暗い魂の乙女   作:Ciels

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一気に書き上げました。
これにてドラングレイグ編は終了となります。


渇望の玉座、旅の終わり

 

 

「そうか……もう行っちまうのか。寂しくなるな」

「思ってもないことを……」

 

 マデューラで、ギリガンに訝しむような目を向ける。

 

「おいおい、人をなんだと思ってんだ? 常識ねぇのかよ……」

「お互い様だなそれは」

 

 笑って、私は沈まぬ夕日を見つめる。

 梯子くらいでしか接点がなかったが、もらった椅子の模型はとある場所で役に立った。

 いつかまた、会うかもしれない。その時もまた彼は常識について語るのだろうか。

 

 

 

「……そうか。なら、もう行け。仕事の邪魔だ」

 

 一瞬だけ手を止めて、けれどまた金槌を打つレニガッツ。優しさが垣間見えるその対応は、やはり彼らしい。

 

「娘さん、どうするんだ」

「ふん、親の顔すら覚えてない馬鹿娘なんて知らん。まったくこっちがどんな思いで……」

 

 ぶつくさと言い出す彼に、しかし私は言った。

 

「最期の時が、いつか来る。分かっているんだろう」

「……ふん、余計な心配だな」

 

 そう。私には余計な心配だ。けれど、親子と聞いてジークリンデの事を思い出さずにはいられない。

 幸いと言っていいか分からぬが、彼もまた亡者になりかけている。鍛治仕事はボケ防止に役立つとアンドレイが言っていた。きっとそれだけの話だ。

 運命を克服することは、通常の不死では不可能なのだ。

 

 

「そうですか……寂しくなりますね」

「君は不死ではない。またどこかで会えるさ」

 

 ロザベナが涙交じりに言う。

 彼女とはもっと深い関係になりたかったが、そんなことをしたらルカティエルに離婚を迫られる。

 教えてもらった呪術はほとんど無かったからなぁ……もっともっと親密に……あ、いや、なんでもない……

 

「我が弟子よ、達者でな」

「師はこれからどうするのだ?」

 

 うむ、と言うカリオンは語る。

 

「そうじゃな。この地でできる事をするまでよ。オラフィスの魔術師を見つけ、叡智を授かるとかのぅ」

「ふふ、そうか。貴方なら大丈夫だろうな」

 

 オラフィスのストレイド。奴は忘却の牢でちょっと前に助けたが、煩かったのであまり関連が無い。

 まぁ、人の話を聞かない彼ならば奴相手でもなんとかなるだろう。

 

 

「ああ、愛しい貴女よ……玉座へと至るのですね! 玉座が何なのかよく分かりませんが」

 

 リーシュの深い抱擁に包まれながら、彼女の重い愛を受ける。ちなみにどさくさに紛れて短剣で刺そうとしてきたのでブロックした。

 

「なぁに、会えなくなるわけじゃない。また情熱的に殺りあおうじゃないか……」

「嗚呼、嗚呼……私、蕩けてしまいますぅ……」

 

 もう蕩けているとは口が裂けても言えない。後ろにいるルカティエルにそのまま殺されそうだ。

 

 

 

 

「王よ、玉座へ。そして事をなされよ。その望みのままに」

 

 猫の姿のシャラゴアが、敬意を向けてくる。

 私は頷くと、彼女の喉を指で撫でた。

 

「んん……ちょっと、真面目に話しているんだけれど?」

「ついつい可愛くてね……」

「私の姉妹達はこんな風に落とされたのね、フフフ」

 

 人聞きが悪い。もっと荒々しかった。それにアルシュナは未だ白王にゾッコンだ。他人の百合を汚す趣味はない。

 そしてルカティエル、猫にまで嫉妬するのはやめたまえよ。

 

 

 

「そうか……貴公、玉座へと向かうのだな」

 

 首だけの武人、ヴァンガルは語る。

 

「数多の戦士を見てきた。だが、そなたのような奴はいなかったよ」

「それは褒めているのか?」

「もちろんだ。恩人を貶すことはしない。もし、必要ならば私のサインを探すが良い。身体が解放されたことで、霊体くらいならば力を貸せる」

「要らぬ心配だが、覚えておく。さらばだ、武人よ」

 

 彼はこれからも、空を眺めるのだろうか。

 いつか朽ち果てるその時まで。

 

 

 

 

 

 

 私とルカティエルで、王の証を捧げる。

 重く硬く閉ざされた扉が、開いていく。

 きっと、もう何百年と開いていないのだろう。ここに辿り着くとは、即ち時代の一区切り。

 

 旅の終わり。

 

 扉が開き、中へと入れば一人の少女が私達を出迎えた。緑衣の巡礼だ。

 彼女は私達へと身体を向けると、フードを取る。

 美しい顔が、そこにはあった。とても竜のできそこないとは思えぬ、優しい顔の少女だ。

 

「私の旅は、既に終わりました」

「いや。始まりだよ。君は因果から解放され、自由を手に入れるのだから」

 

 そう言うと、彼女はそっと微笑む。

 

「やはり、貴女は優しいですね。あの人(アナスタシア)が言っていた通りに……これを」

 

 彼女が纏っていたローブが脱がれ、それを私に渡す。

 暖かい温もり。それは緑衣の巡礼のものだけではない。

 かつて、私が愛したあの子の温もり。

 

 それを私が羽織ると、彼女は言う。

 

「私の名前はシャナロット。それは、名を持たずに生み出された私に……アナスタシア様がつけてくれた名前」

「シャナロット……忘れない。あの子がつけてくれたのであれば、尚更」

 

 あの子の遺志を、彼女もまた継いでいる。

 

「この先に進めば、デュナシャンドラが貴女を襲うでしょう」

 

 それは分かっている。

 彼女の(ソウル)を感じる。闇の落とし子、その(ソウル)を。

 狙っている。私という王の力を。そしてルカティエルという王女の力を。

 ならば打ち滅ぼさねばならない。或いは、迎えなければならない。私が愛する落とし子達のように。

 

「貴女は……火を、継ぐのですか?」

「君は、どう思う?」

 

 逆に問い掛ければ、彼女はすぐに答えた。

 

「貴女が私に与えたように。ご自分の意思のまま……きっと、アナスタシア様もそれを望むでしょう」

「分かってるじゃないか。……また、いつか」

 

 ルカティエルと共に、彼女の横を通り過ぎる。

 通り過ぎ様に、小さな声でシャナロットはルカティエルに耳打ちした。

 

「お幸せに」

「……ありがとう」

 

 聞いていないわけでは無かったが、それは彼女なりの祝福なのだろう。私は微笑み、そして進む。

 

 長く、そして風化し、けれどその道はかくありし。

 王たらんとする者を待つために。

 そして、火を求める者のために。

 

 それは、いつしかこう呼ばれていた。

 

 渇望の玉座と。

 

 

渇望の玉座

 

 

 大きな門がある。

 その先に見えるは巨大な……釜か、あれは?

 私は門の前で立ち止まり、少し考える。

 

「どうした?」

「うん……」

 

 ここは、似ているようで違う。

 最初の火の炉ではない。

 やはりドラングレイグはロードランの跡地にあるわけではないようだ。

 だが所々、どう言うわけかロードランの名残も見えた。その最たる例がエス・ロイエスだろう。

 今考えるには判断材料が無さすぎる。今はただ、デュナシャンドラに備えよう。

 

 ふと、別次元の霊体が見えた。

 色は分からぬが、大剣を担ぎ巨体の霊体と共に門を潜っていく……あれはバンホルトとヴァンガルだ。

 彼らもまた、自らの道を進んでいるようだ。なるほど、君を呼んだのはバンホルトだったか。武人同士声を発せずとも気が合うのだろう。

 

「私達も行こう」

「……ああ。憂いはない」

 

 手を繋ぎ、二人で門を潜る。

 そこは少し開けた足場があるだけの部屋。奥にはゴーレムが鎮座しており、さらにその先には先程の大釜。まさか、あれで火を継ぐのか?

 ……少し、歪んだ火の継ぎ方だな。

 

「デュナシャンドラはいないな」

 

 ルカティエルが警戒して言う。

 私も闇朧を抜き、いつでも戦える準備をする……が。

 

 どこかから、二人組がやって来る。

 ドシン、と床に着地したそれらはゆっくりと立ち上がるとこちらに剣を向けた。

 二人の戦士。一人は男、大盾と大剣持ち。もう一人は長剣を持った細身の女性。どちらも(ソウル)を溜め込み過ぎて異形化しているが。

 

 

王座の監視者

 

王座の守護者

 

 なるほど。此奴らは玉座の番人か。ならばどちらも死んでもらう。

 

「大盾の方は任せろ」

「頼む。私はレディと楽しんでくるよ」

 

 私の軽口を鼻で笑うと、ルカティエルが走る。

 同時に私は聖鈴を取り出して奇跡を詠唱。

 

「固い誓い」

 

 リンリンと心地良い鈴の音が鳴り、私とルカティエルに奇跡が齎される。

 この軌跡は元を辿れば太陽の戦士達が編み出した軌跡である。術者とその仲間の防御力、そして攻撃力を跳ね上げるのだ。

 

 すぐに聖鈴を叡智の杖に変更し、駆ける。

 向かうは玉座の監視者、細身の女性だ。

 彼女はこちらに反応し、すぐに小盾を構えながら接近してくる。趣味の悪いデザインの盾だ。

 

 対して私はグラン・ランス。

 マックダフに変質強化を施された一品だ。

 

 構える盾ごと貫こうと、突撃力に身を任せて突っ込む。

 その小盾がランスの切先を捉えた瞬間、監視者に文字通り電流が走った。

 

「ッ!!??」

「痺れたかい? おっりゃぁッ!!!!!!」

 

 雷のグラン・ランス。単純に雷属性が付与されたそれは、一度攻撃されれば相手を痺れさせる。黄金松脂と似たようなものだ。

 盾で防がれようともそのまま押しやり、監視者を吹っ飛ばす。

 長いので詳細は省かせてもらうが、オジェイの記憶にはお世話になった。おかげで(ソウル)を最大限まで強化できたからな。

 

 吹っ飛ばされた監視者が空中で受け身を取りながら剣に松脂を塗る。なるほど、雷には雷を、というわけか。

 

 着地を狙い、(ソウル)の槍を無詠唱で放つ。

 それを小盾で受ける監視者。だがそれで良い。もとからダメージを与えることなど想定していない。

 これは、隙を作り出すための作戦だ。

 

 一気に跳躍する。

 

 監視者はかなり離れてしまったので一回の跳躍では届かないが、何も脚力だけでどうにかしようというわけではない。

 ウィップの先端にかぎ爪を取り付けたレニガッツ特製の鉤縄を左手に召喚する。そして先端を、監視者へと投げつけた。

 

「!?」

 

 小盾にかぎ爪が絡まり、驚く監視者。私は一気にウィップの柄を引っ張る。

 

「攻撃だけが武器の使い道だと思うなよ!」

 

 体重の軽い私が一気に監視者へと引き寄せられる。

 空中で、まるで矢のように突っ込んでくる私を見て監視者は長剣を振りかぶる。

 だが奴のリーチに届く前に、私は鞘に納めていた闇朧に手をかけた。そして、少しだけ刃を抜き左の掌を軽く刀身で切りつける。

 

「奥義、不死斬り」

 

 抜刀すれば、赤く伸びた不死殺しの刀身が監視者を斬り裂く。

 例え鎧で防がれようとも、不死斬りは相手の魂を削り取る。それが異形であろうとも関係がない。

 大きく膝をつく監視者の喉元に、闇朧を突き刺す。そして一気に脳天を引き裂いた。

 

「相手が悪かったな」

 

 パックリと割れた頭部から血と脳髄を噴き出し、仰向けに倒れ霧散する監視者。女性を痛めつけるのは趣味ではないが、歯向かうならば容赦はしない。

 一方のルカティエルを見れば、彼女もまた守護者を圧倒していた。

 雷の槍を全身に撃たれ満身創痍の守護者の心臓を、正統騎士の大剣が貫く。

 

「弱過ぎる。ロイエス騎士の方がよほど手強かった」

 

 血振りして納刀するルカティエルがそう呟けば、玉座の守護者は(ソウル)へと霧散する。彼女もまた、その実力は私に引けを取らない。

 

 

━━Victory Achieved━━

 

 

 敵を倒し、ルカティエルと合流する。私もそうだが彼女も無傷のようだ。幸先が良い。

 

「しかし……デュナシャンドラはどこにいる? 怖気付いたか?」

「いや。彼女も闇の子ならば、現れる」

 

 渇望しているのであれば。

 どれだけ私達に遅れを取ろうとも、現れる。

 人の底知れぬ闇を、舐めてはいけない。

 

 

 そしてそれは、現れる。

 

 闇が、渇望の玉座を覆った。

 

 ルカティエルは困惑して周囲を見渡すが、私はこの闇の正体を知っている。

 かつてウーラシールで対峙した深淵の主。

 それと似通ったものだ。

 

 今では弱く、けれど感情を持ったそれはある意味純粋な深淵よりも厄介である。

 

「不死よ」

 

 闇から声が響く。

 おどろおどろしい闇から、手が伸びる。

 それはとてもあの美しい淑女とは思えぬような醜いもので。

 

「試練を超えし不死よ」

 

 続いて、その姿が露わとなる。

 まるで亡者……否、骸骨のような見た目に、歪なドレスを着た、闇の子。

 

「今こそ、闇と一つに……」

 

 手にするは大鎌。

 まるで死神のような見た目と相まって、よく似合っている。

 

 

デュナシャンドラ

 

 

「あれが、デュナシャンドラ……」

 

 ごくりとルカティエルが息を呑む。

 

『我が姉妹ながら悍ましい欲望だ。気をつけろ、白百合』

『ああ……あれが、勝ち組……』

『ドラングレイグの王は我が君には遠く及びませんが』

 

 私の中の闇の子らがそれぞれ思ったことを言っている。まともな事を言っているのはエレナだけだが。

 私はそんなデュナシャンドラを鼻で笑う。

 

「王妃の姿のままの方がよほど美しかったぞ。今の君は渇望が溢れ出ている。人とは少しくらい感情を隠しておくものだ」

『……あら、伴侶となる方には全てを曝け出したいとは思わないかしら?』

「ヴァンクラッドには隠していたのにかい? あと、もう先約があるんでね。君は愛人枠だ」

 

 真横から若干圧を感じるが、気にせず飄々と振る舞う。お仕置きなら後で受けるさ。

 デュナシャンドラは、そう? じゃあ死になさい、と冷酷に吐き捨てると、空いた左手から何かを召喚する。

 その瞬間、私達の周囲にモヤのようなものが現れた。

 

「ちっ……呪いか」

 

 近づくそれを切り払って気がつく。このモヤは呪いそのものだ。近づくだけで呪いが溜まっていく。

 下手をすればすぐに亡者になってしまうだろう。そもそも私が亡者になるとは思えないが。それでも呪死する可能性もある。

 

「リリィ、お前はデュナシャンドラに注力しろ! これしきの呪いは今の私には効かん!」

 

 だがルカティエルはそう言うと威勢よくモヤへと突っ込み斬り伏せていく。

 なるほど、王の冠が不死の呪いを打ち消しているのか。

 

「私の嫁は頼りになるだろう?」

 

 ニヤッと笑うと、闇朧を抜刀し構える。

 

『それが、呪いを超えし王達の証……それも、私は欲しい』

 

 死神のような顔が歪に歪む。

 刹那、彼女の左手から光線が放たれる。

 

 それを間一髪回避する。闇属性の光線とは、スクロールがあれば是非覚えたいものだ。

 だが光線を放っている間は無防備になるようで、私はその隙に懐へと潜り込む。そして闇朧で彼女の腹を斬り裂いた。

 

『い、痛い……』

 

 その姿とは裏腹に、彼女は戦いには慣れていないようだ。それもそのはず、彼女は仮にも王妃だ。王妃が戦場に出ることなどあるはずもない。

 きっと美女の姿のまま、今まで政略を練って戦っていたのだろう。だから、肉弾戦で勝てるはずがないのだ。

 

『その痛みも、私は欲しいッ!』

 

 無理矢理、大雑把な動きで大鎌を振るう。

 だがあまりにも直線的な動きだ。

 私はバック宙して大鎌を回避すると、すぐに左手に叡智の杖を召喚して詠唱する。

 

(ソウル)の奔流」

 

 即座に杖から放たれる、悍ましい量の理力。

 束になった(ソウル)の槍が、目の前の敵を喰らいつくさんと迫る。

 デュナシャンドラはそれを回避することなどせず、ただ大鎌で受け切ろうとしてそのまま貫かれる。

 

「おいリリィ、こいつ……」

「言ってやるな」

 

 弱い。

 あまりにも、弱過ぎる。

 エレナは強かった。呪術と闇術、そして召喚術に優れる戦士だった。

 ナドラは面倒だった。近づけば呪われかけるし周囲の敵を強化したりとこちらの嫌な事を徹底して行っていた。

 アルシュナは一途だった。ただ彼女の王のためだけに身を捧げ、抜け殻となっても混沌を食い止めようと、約束を貫こうと努力している。

 

 対して、彼女は欲深い。

 そう、それだけ。あれも欲しい、これも欲しい、全て欲しい、ただ虚しい。

 そんな存在が彼女なのだ。つまるところ、ワガママ娘だ。きっとマヌスが感情を持って彼女を育てていたなら溺愛していただろう。

 父親に甘えてあれ欲しいこれ欲しいと言う娘はかわいいものだ。

 

 ……もしやヴァンクラッドも父性にドンピシャだったのだろうか。

 

『欲しい……全て。遍く(ソウル)が、王の(ソウル)が、私は……』

「ふむ……」

 

 這いずりこちらに手を伸ばす彼女に、私は考える。

 これ、もう堕とせるんじゃないだろうか。

 

「君、一つ提案がある」

「おい」

「ルカティエル、ちょっと落ち着いてくれ」

 

 私の提案を察した彼女が睨んでくる。それはもう恐ろしいものだが、それでも私は白百合で。少女達のために生きる存在。

 

「そんなに私が欲しいのならば、私のものとなれ」

『……随分と荒々しいプロポーズなこと』

 

 彼女に歩み寄る。もう鎌は手放してしまっているし、仮に呪いを流されようとも私を落とせるとは思えなかった。

 彼女の手をそっと取り、ただ私は言った。

 

「姉妹達のように、私の一部となれ。そうすれば、私は愛を君に与えよう。君達の父、マヌスや薪の王ですら殺すほどの偉大な愛で、君を迎え入れよう」

 

 確かに嫁はルカティエルだ。だが、彼女には予め他の少女達にも手を出すであろう事は言ってある。代償として彼女に好き放題されてしまうという欠点……いや利点のようなものだが、それがあるのだが。

 

『愛……』

「私はどこかのボンクラ王のように表面だけを見ない。君を、いや君達を知り尽くし、全てを受け入れよう。闇とは、正に深海の眠り。呪いすらも受け入れる暖かい微睡。で、あるならば君もまた受け入れる」

 

 ボロボロと死神のような顔が剥がれていく。

 現れるのは絵画に描かれていたような美しい娘。

 

『ああ……それは、とても甘美ね……』

「孤独だったのだろう。誰も愛せず、ただ渇望するだけだったのだろう。だが、それも終わる。例え嫁はルカティエルだろうとも、私は全ての少女を愛する」

 

 手から彼女の(ソウル)が流れ込んでくる。渇望とはその名の通り、人の底知れぬ欲望。

 一瞬立ちくらんだが、これしきの欲がなんだというのだ。私は一人の少女のために神を殺して闇の王となろうとしたのだぞ。

 

『暖かいわね……姉妹達が、惚れるわけね……』

 

 デュナシャンドラの身体が霧散する。

 そしてその(ソウル)の全てが、私に流れ込む。

 得体も知れぬ欲望が、心に渦巻く。けれど、それは同時に彼女の愛でもある。

 私はその渇望を受け入れよう。そして君を愛そう。

 

「まったく……正妻は私だぞ」

 

 隣でぷんぷんと怒るルカティエル。

 

「君の嫉妬はいくら浴びても心地が良いさ」

「調子の良い奴め……そんなお前に惚れた私もどうかしているが」

 

 呆れたように笑うルカティエル。

 そんな彼女を私は抱き締める。

 

「終わったね、ルカティエル」

「ああ……旅の、終わりだ」

 

 いや、と私は首を横に振る。

 

「新しい旅が始まるんだ。私と、君の」

「ふふ……よくそんなクサい事が言えるな、旦那様」

 

 ルカティエルと向き合う。

 互いに、これからどうするかなんて無粋な事は問わぬ。

 ただ、唇をそっと寄せて。

 

 

 

 

「、何か来るッ!」

 

 気配を察し、私とルカティエルは抜刀する。

 人の恋路を邪魔するとは、どこの不届者だろうか。

 

 しかしその不届者はすぐに現れる。

 

 床を破り、木の根のようなものが現れた。

 それは次々と大きくなり、一つの顔のようなものとなる。

 

 ──かつて、数多の王が現れた。

 

 久しぶりに顔を見せたそれは、自らを焼くような炎を伴って語る。

 

 ──ある者は毒に呑まれ、ある者は炎に沈み、そしてある者は凍てついた地に眠る。

 

 サルヴァ、鉄の古王、そして白王。

 それらは確かに王だった。

 

 ── 一人としてこの場に辿り着くことはなく。

 

 けれど、王達は火を継がなかった。否、できなかった。

 火を継ぐに値しない者もいれば、民のために尽くした者もいた。

 

 ──試練を超えた者よ。答えを示す時だ。

 

 それらを、ずっと待っていたのだろう。

 諦め、けれど死ねず、不死にもなれず、ただ一人。

 そんな愚か者の末路が、目の前の男。

 

 

原罪の探究者

 

 原罪の探究者の大きな根が床を突く。

 刹那、無数の根が床から突き出て私達を襲った。

 

「百合を邪魔するとは……それも原罪に入っているのか?」

 

 ── それは原罪とは無関係だ。

 

 二人で回避しながら機を伺う。

 近付こうにも根が多過ぎて接近は困難だし、仮に近寄れてもアン・ディールを包む炎でこちらが焼かれてしまう。

 

『嗚呼、義理の兄が御迷惑を……』

「気にしなくて良い。どの道殺す予定だった」

 

 敵になる事は薄々勘付いてはいた。デュナシャンドラが謝る必要などない。

 根を回避すると、今度は火柱が無数に床から突き出てくる。まるで炎の嵐だ。

 

「どうする、近づけないぞ!」

「魔術を放つ隙が無い。今は回避に徹する! あれだけ大技を繰り出せば隙もあるはずだ!」

 

 どんなに偉大な魔術師であろうとそれは変わらない。

 いつかは理力が切れるか、脳が疲れてしまう。

 

 そしてそれは唐突に来た。

 アン・ディールが攻撃の手を緩めたかと思えば、少し俯くように大頭が傾いているのだ。

 

「今だリリィ!」

 

 叫び接近していくルカティエルが叫ぶ。私はクァトの鈴を取り出し、闇術を繰り出す。

 

「追う者たち」

 

 闇より生まれた仮初の魂達が私の周囲に現れ、それがアン・ディールへと飛んでいく。

 闇術が着弾しアン・ディールの顔の一部が弾けるのと、太陽の光の剣で大剣を強化したルカティエルが斬りつけたのは同時だった。

 

「まだだ! 仕留めきれてない!」

 

 ルカティエルが言う通り、アン・ディールは床へと潜って隠れてしまう。しかし潜った穴が綺麗に消えると言うのはどういう原理なのだろうか。

 

「気をつけろ! ナジカのように浮上して攻撃してくるかもしれない!」

 

 その可能性は大いにある。なんせあれだけの巨体だ、ぶつかるだけで大怪我だろう。

 だがその予想に反してアン・ディールは遠く離れた場所から浮上してきた。なるほど、奴もまた戦士向きではない。

 むしろあれは……

 

「呪術が来るぞ!」

 

 アン・ディールの頭上に太陽のような炎が現れる。

 完全に遠距離から呪術を放つ呪術師だ。

 太陽から火球がいくつも放たれるが、それに当たるほど甘くはない。どうやら自らを焦がす炎すらも太陽を構成するエネルギーへと回しているようだ。

 

 しかし、それだけで終わるとは思えなかった。

 

「マズイ! デカいのも来る!」

 

 ルカティエルが叫んだ瞬間、太陽がそのままこちらへと飛んでくる。

 あれに当たれば流石に死ぬ。ルカティエルが横へと飛ぶ。

 

「迷えば、破れる」

 

 だが、私は前へと駆け出した。

 ルカティエルどころか闇の娘達も驚くが、それらを無視してただ駆ける。

 太陽とすれ違うようにスライディングし、回避する。刹那、背後で太陽が着弾し大きな爆発を生んだ。

 

 背中に爆風が突き刺さるが、私はそれすらも活路として見出す。

 爆風に乗って跳躍し、一気に距離を詰めたのだ。

 

 ──なんと……!

 

 驚くアン・ディールに、私は最期の一撃を見舞う。

 

 振り被る闇朧。

 刀身には既に、私の血が這っている。

 だがそれ以上を求め、更に左手の掌を切り付ける。

 

I’m invincible(私は無敵故),I’m unavoidable(逃げる事は叶わぬ),I’m undebatable.(その余地すらない)

 

 呪いを、刀身に授ける。

 この巨体を斬れるのは、師アーロンに禁じられた不死斬りでしかなし得ない。

 

「秘伝、不死斬り」

 

 大きな弧を描くように、赤黒い怨嗟がアン・ディールを斬り裂く。

 だが一回で終わらぬ。もう一回、私は斬り裂く。

 

 着地するとすかさず私は納刀し、心を無にする。

 

 考えることなどない。

 ただ目の前の敵を斬るのみ。

 ひたすらに、相手を殺すためだけに。

 

One Mind(一心)

 

 抜刀する。

 世界の時が、緩やかに過ぎる。

 全ての音を、光を、置き去りに。

 振るう。振るう。振るう。

 

 血の刃を飛ばし。

 

 ただ、私は斬りつける。

 

 そして静かに。水が滴るように納刀すれば。

 

 世界が、動き出す。

 

 無数の斬撃が、亡者の慣れ果てを刻んだ。

 バラバラに、最早原型も留めぬ程に。

 

「貴様の罪は、貴様で探究しろ。私は貴様の後継になどならぬ」

 

 ──……それが、答えか。不死よ……

 

 

━━Victory Achieved━━

 

 最早、彼には何も無かった。

 流れる(ソウル)すらもない。

 倒したところで、何も得るものはなかった。

 

 それでも現れたのは、きっと私を試していたのだろう。

 

 私の、往く道を。

 

 

 ──私はすべてを失い、そして待ち続けた。

 

 空中に哀れな男の声が木霊する。

 

 ──玉座は、お前を迎え入れるだろう。

 

 玉座の周囲に鎮座していたゴーレム達が動き出し、互いに組み合わさり道を作る。

 開かれるのは大釜の入り口。王となった者の終着点。

 

 ──だが、因果は……お前は、何を望む?

 

 ルカティエルがそばにやって来る。

 私は彼女の手を取ると、大釜を見据えた。

 

 ──光か、闇か……或いは。

 

「道に、答えなどあるはずはない。ただ歩む場所こそが答えならば」

 

 玉座に背を向ける。

 決まっていたことだ。

 私はルカティエルと生きるのだから。

 この長く、哀しい世界を旅して、彼女と生きる歓びを見つけるのだから。

 

 役目を失ったゴーレム達が配置に戻っていく。

 

 ──道など、ありはしない。

 

 二人で渇望の玉座の階段を登る。つまりは、戻る。

 

「お前の選択を、私は否定しない」

 

 私の腕をそっと抱き締め、ルカティエルは呟いた。

 

 ──光すら届かず、闇すらも失われた先に。

 

「例え不死の病がこの先続くとしても。私はお前と生きると決めたんだ」

「ルカティエル……」

 

 足を止め、彼女と向き合う。

 両腕で彼女を深く抱きしめ、互いに口付けを交わした。

 

 ──何があるというのか。

 

 人がいる。

 そしてそこには、愛がある。

 きっと障害もあるに違いない。けれど、人は可能性の生き物だ。

 ならばその困難も、きっと乗り越えていける。

 

 ──だが、それを求めることこそが。

 

 胸のペンダントを開く。

 奴にも、使命があったように。

 

 我ら人の、使命。

 今、分かった。原罪とは、そういうことなのだろう。

 人が旅の終わりに何を得るのか。何を選ぶのか。

 それを見届けることが、我ら不死に与えられた使命なのだ。

 

 

 

 

 

 

 この後の事を、少しだけ記しておく。

 

 ドラングレイグを去った私たちは、しばし世界を旅した。

 この目で何かを見て、何を感じたのか。

 私とルカティエル。そして、闇の子らと、束の間の幸福を得たのだ。

 きっと、その間に不死の幾人かが火を継いだのだろう。不死を見ることもあれば、そうでないときもあったのだから。

 

 そして、それから何千年と時を経て。

 

 私は、ある国の建国に立ち会う事となる。

 

 

 後の世はそれを、ロスリックと呼んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 第ニ章、The Way of the Lily 完

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 本を、閉じる。

 しばし私は無言のまま、瞳を閉じて椅子の背もたれに寄り掛かった。

 何とも言えぬ感情が過ぎ去っては、思い出がやって来る。その繰り返しに酔い痴れていたのかもしれない。

 

「このお話は、良い終わり方でした」

 

 ふと、私の最愛の少女が静かに言葉を紡ぐ。

 けど私は、否定も肯定もしない。

 

「どうだったんだろうね。今でも、私はあの時の選択の答えを得ていないんだ」

「そうなのですか?」

 

 うん、と私は頷いて腕だけを動かしテーブルの上のスコーンを取る。

 口に頬張れば、程よい甘みが舌を支配した。

 

「次の話を聞けば分かる事だ」

「では、早く次のお話を……」

「そんなに私の黒歴史を暴きたいのかい……いいけどさぁ」

 

 この子も大分感情豊かになったものだ。

 だがそれもまた、嬉しい。人とは感情の生き物だ。

 もちろん冷静さも必要だが、何よりも感情が優先だ。

 

 誰も自らの欲には逆らえぬ。

 

 誰も、本能に抗うことなどできぬ。

 

 例え人を辞めた身だとしても、それは変わらぬ。

 

「今日はもう夜も遅いから……少しだけ読んだら寝るんだよ? 少し眠くなってきたしね」

「はい……なら、コーヒーを用意いたしましょう」

 

 ギョッとした。

 コーヒーは苦くて嫌いだ。

 

「えぇ!? 私がコーヒー嫌いなの知ってるよね!?」

「ええ。ですので、ミルクコーヒーを」

「うんと甘くして。コーヒー牛乳くらい」

 

 私の注文にかしこまりました、とだけ言って彼女は立ち去る。私は甘いのと辛いのは好きだが苦いのは苦手なのだ。

 

 さて、と。

 なら本を準備しておかなくてはならない。

 立ち上がり、本棚へと足を運べば今読んでいた黒歴史その二を収納する。そして黒歴史その三を手にしようとして。

 

「待て」

 

 横から、手甲を纏った手が伸びて私の腕を掴んだ。

 

「……貴様いたのか」

「それ、読むのか」

 

 手甲の主を見てみれば、眉を細めて私を睨んでいた。

 

 灰のような色の長髪。あまりにも長いから少しだけ二つ結びにした甲冑姿の白百合。

 私はこいつが嫌いだ。きっとこいつも私のことが嫌いだろう。

 

「人形ちゃんがせがんでいるんだ。いいだろう別に」

「ダメだ。それは本当にダメだ。何が何でもダメだ」

「珍しいな、貴様がそんなに拒むなど」

「分かっているだろう。お前のためでもあるんだぞ」

 

 必死に私を止めようとしてくるそいつに、私はうんざりしたようにため息を吐き捨てた。

 

「ここで刀を抜かせないでくれ」

「黙れ。お前が私に敵うとでも?」

「ほう……貴様、表に出ろ」

 

 一触即発。

 バチバチと私達の視線が火花を散らす。

 

「あら……来ていらしたのですね」

 

 不意に、最愛の彼女が戻ってくる。

 途端に甲冑姿の女はバツの悪そうな顔をして、けれどうっすらと気味の悪い笑みを見せた。

 

「丁度良かった、ミルクコーヒーを作ったんです。騎士様も、如何でしょう」

「……いただこう」

 

 根負けしたように、騎士様は頷いた。

 私は小馬鹿にするように笑うと、本を取って椅子に座る。

 その対面にはいつでも斬るぞと言わんばかりの形相の騎士が座って、ミルクコーヒーを啜った。

 

「それでは、読んでいこうじゃないか」

「待て。お前が読み聞かせるのか?」

「そうだが? 人形ちゃんがそっちの方が良いと言うのでね。いけないかな?」

 

 ぐぬぬ、と怒る騎士がチラッと人形を見る。

 騎士の抵抗も虚しく人形はとても興味津々といった様子だ。

 

「……早く読め」

「そうこなくちゃな!」

 

 ケラケラと笑いながら、私は咳払いして本を開く。

 

 

 

 これから読み聞かせる物語に、ドラングレイグのような希望は無い。

 全てを諦め、けれど戦うしかなかった女の哀れな話だ。

 

 それでも君は、この先を読むのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 日も暮れる田舎道で。

 少年二人は、化け物と対峙していた。

 

 否、それは化け物と呼ぶにはあまりにも美し過ぎて。

 けれど、あまりにも強過ぎて化け物と呼ぶ以外に術がない。

 

「く、くそ! 俺の剣術が効かないなんて……!」

「だ、だから言ったじゃないか! 逃げよう、早く逃げよう!」

 

 片方は、聖職者志望の少年だった。安っぽいローブを見に纏い、手には聖典。けれどその意味も、起源も知らぬ。

 もう片方は、異人だった。

 木のような顔に細い長身。その手には、二振りの剣。けれど二つともポッキリと折られてしまっている。

 

 化け物は、そんな二人を見て何も言わずに背を向けた。

 

「済まなかったな。てっきり盗賊かと思って剣をへし折ってしまった。これ以上何もするつもりはない」

 

 化け物が手にするのは、刀身の見えぬ不思議な刀。

 けれどその武器が特別だから負けたのではないと、少年は理解していた。

 だからだろう。その圧倒的強さに、彼は惚れてしまったのだ。

 

「あ、あんた! 頼む、俺に剣を教えてくれ!」

「何言ってんだよ! 早く逃げようよ!」

 

 土下座する亜人の少年とそれを咎める聖職者の少年。歪なコンビだが、だから上手くいっているのだろうか。

 化け物は、表情ひとつ変えずに振り返り、ただ少年を見下ろしていた。

 

「……弟子か。弟子は……とらん」

「そこをなんとかさぁ!」

「だが」

 

 化け物は。否、白百合の少女は少しだけ口角を上げる。

 見惚れるような、けれど儚いような。そんな笑顔だった。

 

「勝手についてくる分には、別に構わんさ」

「よっしゃぁ! お願いします先生! いや、師匠!」

「ええ!? 僕は嫌だよ!」

 

 ちなみに、と少女は言って。

 

「奇跡もそれなりに扱えるぞ」

「師匠、よろしくお願いします!」

 

 聖職者の少年も少女の後に続く。

 

 少年と少女は、火が沈むまで歩き続けた。

 何日も。何年も。

 何れ、道を違えるその日まで。

 

 

 








クリア時ステータス

Lily/リリィ
性別/女性 素性/戦士 贈り物/ペンダント 体型/痩せ型 顔/百合顔 髪型/セミロングにサイドテール 髪と瞳の色/グレーホワイトと緑
 
ソウルレベル/694
体力/80
持久/80
体力/60
記憶力/99
筋力/70
技量/90
適応力/99
理力/99
信仰/70
 
 生い立ち
 薪の王に敗れてからの数百年、記憶が曖昧な亡者として世界を放浪していた。
 ドラングレイグ近辺で不死の解呪の噂を聞き、ものは試しとやって来たのが始まり。
 
 
 右手武器1/闇朧 右手武器2/グラン・ランス 右手武器3/ショートソード
 左手武器1/叡智の杖 左手武器2/クァトの鈴 左手武器3/円の聖鈴
 指輪/貪欲な銀の蛇の指輪固定
 場合によって切り替え
 
 頭防具/なし 胴/獅子の魔術師のローブと緑衣のマント 腕/なし 脚/飛猫のブーツ
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