灰の墓所、審判者
何も変わらぬ。
何も得られぬ。
何も為せぬ。
世界はすべて繰り返し。
遍く遺志は無駄となり。
けれど世界は終わっていく。
ならば見る価値などあるものか。
君がいない世界で唯1人。
この狂った世界を、見る理由などあるはずもない。
きっと、絶望したのだろう。
きっと、飽きてしまったのだろう。
きっと、諦めてしまったのだろう。
長く生き。死ぬことすらもできず。けれど狂うこともできない。
変わっていく景色。
老いていく人々。
狂っていく世界。
溢れる不死。
そんなもの、見飽きてしまった。
百年。千年。いや、万年か。
人は何度同じことを繰り返す?
いつになったら前へと進める?
どうしたら神々が愚かであったと認める?
盲信の軛から自らを解き放ち、自由を得られる?
私は、疲れてしまったんだ。
私は、もう見たくないんだ。
いつか、この世界が終わったならば。
きっと、起こしてくれ。
そして、私に見せてくれ。
新しい闇を。
新しい光を。
私に。私達に。
瞼を通し、光が差し込む。
瞳は閉じているはずなのに、とても眩しい。
深い眠りからの目覚め。
寝ていたのだろうか、私は。
私。私とは、誰だ。
私は、なんだ。
この光は、なんだ。
瞳を、開ける。
重い瞼を無理矢理開けて、微睡から意識を引き上げる。
石のように固まった身体。
ただ、私は眩しい光に照らされた眼前の光景を見て惚けていた。
木漏れ日が私の網膜を焼こうとしている。
けれど不快ではない。
私は横たわっているのか。
徐々に覚醒する意識。
思い出す数多の出来事。
嗚呼、私は。起こされたのか。
時は、来ていない。
見ずとも、聞かずとも分かる。
私を照らす光。それは、偽りの太陽。
嗚呼。何も、何も変わっていない。
何も、終わってはいない。
「……」
言葉も出ない。
ただ埋め尽くすのは絶望。
けれどもう、そんなものは通り過ぎた。
絶望ならば何度もしている。
慣れすぎた。慣れすぎて、何にも期待しなくなった。
身体を起こす。
手を使って、鉛のような身体を支える。
手のひらに伝わる石棺の材質が鬱陶しい。
「……」
石棺に置かれていた衣服を取る。
手入れされ綺麗なままの緑色のマント。そしてボロ切れみたいなドス黒い布。
髪が、長い。
邪魔くさい。
あまりにも長いので、ボロ切れみたいな布で両側をできるだけ縛るが、それもあまり意味がないくらいには長い。
何もかも、失意のままに行った。
石棺から這い出て、私は腰にしっかりと取り付けられた鞘に気がつく。
こんなもの、眠る時に持ってはいなかった。誰かが私に持たせたのだろうか。
「余計な事を」
そう。余計な事だ。
すべて余計なのだ。もう疲れたのだから。
ゆっくり眠らせてくれ。
空を見上げる。
偽りの太陽が、大地を照らしていた。
その眩しさに、思わず私は手で顔を覆った。
憎い眩しさだ。
「そんなに憎いのかい」
不意に。
声が聞こえた。
それが誰であるかなど、分かるはずもないのに。
けれど懐かしさと、愛おしさと、そして憎さが混じった感情が胸を支配する。
「……貴様か。私を目覚めさせたのは」
声のした方を覗けば、そこには懐かしい姿の男が立っていた。
上級騎士の甲冑に身を包み。もう水の枯れた噴水に腰かける男。
私の仇敵。かつて共に戦った、戦友。
「どうだろうね。ほら、これが必要だろう」
彼が自分の足元を指差せば、そこには見知ったものが放置されていた。
エスト瓶。不死の宝。死の寄せ集め。
「僕は拾えないから、君が拾うんだ」
「……拾えないとは?」
「分かっているだろう? 僕は、君の中の亡霊なんだから」
上級騎士が消えていく。
まるで最初からそこには誰もいないと言わんばかりに。
そう。居るはずがない。奴は薪となったのだから。
ならば今のは、幻覚。
絶望し過ぎてとうとうそんなものまで見え始めたか。
自らを嘲笑し、エスト瓶を拾う。中身は少ないが、使えるだろう。
「……ふん」
鼻で笑い、
目覚めてしまったのであれば、仕方ない。
また、眠れるその時まで旅でもしよう。
どうせ見飽きた世界だ、何ら感動もないだろうが。
ふと、前を見渡せばこの墓所に誰かがいる。
どうやらまともな人間ではないようだ。
「亡者か」
亡者。不死の慣れの果て。
否、羨ましい。狂ってしまえば考えなくて済むのだから。
こちらに気づいた亡者が武器を振り被り走って来る。
亡者が
剣を、抜く。
ロングソード。長剣で、片手で扱うには丁度良い。
それをくるりと回し、感覚を掴む。
「……少し鈍ったか」
しっくりこない。
長く眠っていた代償だろう。だが、そのうち感覚を取り戻す。
狂乱する亡者が剣を振り下ろす。
それを、弾く。
片手だけで、その場から動かず、ロングソードで弾く。
すると剣を弾かれた亡者はそのまま大きく隙を見せる。
「確かに、鈍っているな」
亡者の頭を刎ねる。
亡者の頭が斜面を転がり、
剣に着いた血を血振りして払えば、納刀する。
亡者がいるということは、火が陰っているということ。
だが火継ぎはあの国がある限り滞りないはずだ。
「まぁ、良い」
興味がない。
私はただ、それだけ言って歩く。
噴水を超え、見かけた亡者を殺しながら。
篝火すらも無視して。
放たれる矢を弾き、斬り伏せ。
そうして、この断崖の墓地の奥に何か大きな建物がある事に気がつく。
そういえばどうして私はあんな墓地の隅っこで眠っていたのだろう。最後に眠った時はもっと良い環境にいたはずだ。誰がこんな辺鄙な場所へと運んだのだ。
そんなことを考えていると、目の前に何かがいた。
いつのまにか広い場所に来ていたようで、その中央に膝をついた身体の大きな騎士がいた。
いや、あれは死んでいるのだろうか。
「……螺旋剣」
騎士の身体に刺さるのは、螺旋剣。
篝火に用いられる、特殊な剣だ。
「……そういうことか」
すべて、理解した。
誰がここに呼び寄せたのかも。
何のために目覚めさせたのかも。
すべて、合致した。
騎士の残骸に刺さった螺旋剣を引き抜く。
これは、試練だ。
この場に辿り着き、更なる試練を受ける者への、試練なのだ。
そんなものに、興味などないのに。
引き抜いた剣を、
すると、残骸だったはずの騎士の身体が震え出す。
一歩、また一歩離れ、剣を引き抜くと立ち上がる騎士と対峙する。
まるで眠っていたように、騎士は目覚めた。そして傍にあった斧槍を手にすると、構える。
「ご苦労、遅れた英雄よ。貴公の魂、貰い受けよう」
労わねばならない。
彼もまた、使命を背負っているのだ。
刹那、私の身体が吹っ飛ばされる。
騎士がタックルしてきたのだ。
とても痛い。全身を地面に強く打ち、転がり、いてて、と言って起き上がって腰を伸ばす。
どうやらまだ身体が完全に適応していないようだ。そりゃそうだろう、今起きたんだぞ。
「痛いじゃないか」
だがエスト瓶を飲むほどでもない。ちょっと転けたくらいなものだ。
私は棒立ちのまま、迫る騎士に対峙する。さて、何をしてくるのやら。
騎士が大きく斧槍を振り被る。あれは……
放たれる神速の突き。
なるほど、審判者を名乗るだけはある。
「だが」
足を振り上げ、斧槍の刃を踏み付ける。
突きは確かに良い。けれど、隙が大きい。
斧槍を踏みつけられ、騎士は攻撃を無効化される。
すぐに騎士は斧槍を引いて私から離れると、今度は大きく薙いできた。
それを、弾く。
短い剣で、大きな斧槍を、完全に弾く。
「ああ、こんな感じだったな」
段々慣れてきた。最初のタックルが効いたのだろう。ショック療法とやらだろうか。
騎士の連撃も、全部弾く。鈍い。弱い。
「もう良いだろう?」
次の攻撃を弾けば、こちらも出る。
ステップし、右下からの斬り上げ。そして流れるように左上からの斬り下ろし。そして横一線。回り、大きく振り被ってからの一撃。
それを、一瞬で胴へと叩き込む。
「ッ!!!!!!」
騎士はたまらず膝をつく。
条件反射で私も喉元へとロングソードを突き刺した。
「まぁ、こんなものだろう」
他の不死相手ならばもっと善戦できたはずだ。相手が悪い。
最早この身体に、
自惚れるつもりなど毛頭ない。けれど、強いものは強いだろう?
剣を捻り、そのまま抜く。
すると騎士はそのまま尻餅をついて身体を痙攣させた。
「……もう、世界はそんな状況なのだな」
騎士から感じる悍ましい気配。
人の、いや深淵の、その慣れの果て。
悲しいかな。人はそれでもまだ都合の良い夢を見続けるのだろうか。
騎士の身体から溢れる黒い膿。それはまるで獣となって私に襲い掛かる。
これこそ人間性。その真の姿。長く、淀み、その最果てで得た形。
「何も、変わらぬ」
人も、神も。
ただ都合の良い真実に踊らされる哀れな存在。
左手に呪術を灯す。
そして、向かってくる人の膿に向けて放つ。
「黒炎」
左手から放たれる、ドス黒い炎。
それは質量を持った闇の炎。
巨体となった人の膿ですら弾き飛ばすに十分な威力だった。
焼け焦げ、そしてバラバラとなる騎士の身体。
私は剣を納刀し、長い睫毛越しにただそれを眺めた。
「睫毛、こんなに長かったかな」
ダークソウル3のリリィは
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暗い方が良い
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暗くても多少明るい方が良い