暗い魂の乙女   作:Ciels

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大っ変お待たせしました。


不死街、ジークバルト

 

 

 

 物陰からチラリと顔を出せば、それが飛んでくる気配を感じて頭を引っ込める。

 刹那、すぐ目の前に大矢が降って来る。

 まるで大木のようなそれは、地面に半分ほど突き刺さると衝撃と轟音をあたりに撒き散らした。

 

「まだこの時代にも巨人がいるとは」

 

 微かに見える塔の上に、巨人がいる。それがこの渓谷を通る者を無差別に射ているようだった。

 弾道は予測できるから、下手をしない限りは大矢に射抜かれることはないだろう。それに道中の敵すらも射抜くおかげで邪魔もいない。

 

 駆け出し、大矢が飛んでくる気配がすれば加速して回避する。

 しかし鷹の目といい、巨人の弓使いというのは驚異だな。昔はその身体で叩き潰した方が強いのではと思っていたが、彼らの巨体に見合う弓を使えばそれはそれはとんでもない威力を長距離から叩き込めるのだ。

 戦術的にも有用だ。

 

 

 狙撃渓谷ゾーンを抜ければ、何やら石造りの遺跡に辿り着く。

 遺跡といってもロードランやドラングレイグよりも新しいものだろうから、そこまで古くはない。だが手入れされていないのかあたりには苔が生え、石畳も少し荒れてしまっている。

 亡者どもを蹴散らしながら、拾ったウィップと亡者から奪った農具を組み合わせて改造する。よし、これで鉤縄ができた。落下死しそうになってもある程度は対応できるだろう。

 

「さて……それで、これはなんだ?」

 

 その遺跡に広場があったのだが。

 巨大な木を囲むように、亡者たちが祈りを捧げているではないか。

 自然にできたにしてはあまりにも不自然な大きさ。それに、実っている卵のような何かが本当に不快だ。あれは呪いの塊だろうか。

 

 不死街というものは、古くから呪いが流れ着く。

 そしてその場に住む者にも、呪いは溜まっていく。

 ならば、あの木は呪いの押し付け先だろうか。手に負えぬ呪いを押し付けるための御神木。

 

「ム……動くのか」

 

 と、そんな時。

 巨大な木が動き出す。

 擬態していたのだろうか。いや、あれは本物の木だった何かだ。

 それが、溜め過ぎた呪いにより変化した。なんと悍ましい。叩き斬ってくれる。

 

 

 

呪腹の大樹

 

 

 大樹をよく見れば、人の手足のようなものがある。あれで動いているのか。見れば見るほど気持ちが悪いが……

 ロングソードを抜き、構えれば大樹に祈りを捧げていた亡者達がこちらに気づいた。

 その瞬間、まるで邪魔だと言わんばかりに大樹の腕に押し潰されてしまった。

 

「信者は大切にするものだぞ」

 

 かくいう私も邪魔なものは全て斬り捨ててきた口だが。

 しかしこれほど大きいとどう攻撃したものか。ロングソードだけでは碌な攻撃手段にならないだろう。

 

 大樹が腕と足をバタつかせるように振るうので、一度離れて呪術を出す。

 

「火球」

 

 一先ず牽制の意味合いとしても呪術で直接的に攻撃する。しかし大樹は燃える火の玉をものともせずにゆっくりとこちらへと移動してくる。木だから燃えるかと思ったが、どうにも呪いのせいで効果が薄いようだ。

 

 ならば、やりようはある。

 呪いとは溜め込むもの。大樹を構成しているものが呪いであるのならば、その呪いを消してしまえばよい。

 

 私は動かぬ屍と化した亡者から農具を取り上げる。熊手のようだ。

 そしてウィップを取り出しその先端に熊手を括り付けた。

 

「さて、久しぶりだからどうなるかは分からぬが。遊ばせてもらおう」

 

 ウィップを振り上げ、接近してくる大樹の上目掛けて投げつける。

 すると先端の熊手が引っ掛かったので、思い切り引きつけながら跳躍する。刹那、私がいた場所を大樹の腕が通り過ぎた。

 

「ははっ」

 

 大樹の枝を支点に自由自在に飛び回る。

 もちろんこれは単にウィップに振られているだけであるが、それでも超高速で機動しているので鈍足な大樹に私が捕まえられるわけもない。

 

 近場の枝に実っている卵を通り過ぎ様に斬りつける。

 すると液体をぶちまけながら卵が弾ける。その瞬間大樹が明らかに悶え苦しみ出した。やはり効いているようだ。

 

 鉤縄を解除して飛び降り、疲れ果てたように倒れ込む大樹の卵を壊しに行く。

 全力で駆けながら近場の卵を斬りつけ、遠くの卵はスローイングナイフで落とす。どうやら卵はかなりの呪いが溜まっているらしく、ちょっと突くだけで破れてしまう。

 そのせいで私の服が汚れそうになるが、なんとかダッシュで避けまくる。汚い。

 

「良い加減消えろ。汚いんだ」

 

 不潔なのは嫌いだ。

 不死は篝火に触れればその肉体の時を戻せる。故にずっと綺麗なまま。

 他の不死は平気な顔で汚物の中に手を入れるが、私は本当に嫌だ。かつてロードランにおいて、最下層なんかがあったが今考えたらよく平気な顔で私は探索できたな。

 

 ある程度卵を破壊する。

 すると、もう限界と言わんばかりに大樹は震えて両腕を振り上げる。

 

「おっと、それはマズイな」

 

 今我々が立つ石畳はもう朽ちかけている。

 あの巨体が腕を最大威力で振り抜けば、きっと石畳は割れてしまうに違いなかった。

 問題は、この石畳の下に何があるかだ。空洞かもしれないし、普通に岩かもしれない。

 

 大きな音を発てて大樹の大腕が石畳を砕く。

 この祭壇の石畳がほとんど割れ、近場にいた私も崩落に巻き込まれた。

 下は空洞だったか。すぐに鉤縄を取り出して、近くの岩場に引っ掛ける。どうやら石畳の下は広い洞窟らしく、四周を岩に囲まれていた。

 

「ちっ、パルクールは万能じゃないんだぞ」

 

 空中で振られながら、私は適当な岩場に掴まって飛ぶ。

 そしてまた岩場に掴まり、また飛ぶ。

 そうして下へとどんどん降りていく。他の不死には真似できまい。習得するまで何回か死んだんだぞ。

 

 最下層に着地すれば、腰を強打したらしい大樹が震えながら腰を押さえていた。

 少しばかり人間らしいその動作に同情してやらんでもないが、生憎化け物には容赦はしないと決めている。

 すると大樹の中心が割れ、中から禍々しい腕が飛び出てくる。

 それはより人間らしく、そして悍ましい。

 

「やはり人の呪いが集まれば形は似るものだな」

 

 ならば不死斬りもよく通るだろう。不死街の呪いということは、不死の呪い。不死を斬るための一撃は、きっと致命打になる。

 大樹は生やした腕を大きく振り上げ、私へと叩き付ける。だがそれはあまりにも遅い。遅過ぎて欠伸が出るほどだ。

 大きくバックステップして地面に叩きつけられた腕を回避すれば、一閃。

 

「頭が高い」

 

 赤黒く瘴気に染まった不死斬りが、腕を斬り裂く。

 指を落とし、けれどまだ死ねぬ大樹が痛みにのたうち回る。

 死ねることの、なんと幸せな事か。死とは正しく、不死の悲願。終わりがあることの幸せを知らぬほどに、大樹には脳がない。

 

「生まれてきた地獄に戻れ」

 

 前に駆け出し、ぐったりと疲れ果てた大樹の腕を駆け登る。

 ロングソードを手に、私は左手を刃で自傷し血を滴らせ、腕の根本へとそれを突き刺す。

 そして、血は燃え滾る。

 大樹の内側から、死ねぬ者を殺す炎が燃え滾る。

 樹を燃やすその炎は、魂を焼き切る業火。

 溜めた呪いすら比にならぬ。私は闇に魅入られ、見初められた乙女ならば。

 根源たる闇が、その子らである呪いを打ち消せずになんとする。

 

 炎上し、焼き切れた大樹が倒れゆく。

 飛び去り、刀身に着いた樹液を振るって払うとロングソードを鞘に納めた。

 去り際に奪った何かを手に、私は言う。

 

I’m invincible(私は無敵故),I’m unavoidable(逃げる事は叶わぬ),I’m undebatable.(その余地すらない)

 

 久しいこの言葉に、少し懐かしくなった。

 これはお呪い程度のものだった。自らを鼓舞するために脳が生み出した、単なる言葉の羅列。

 けれど今では、歴とした事実と化している。

 私は無敵で、死ぬことすらも許されぬ。

 

 

 

 

 

 

 

「ほう……君、錬成炉を手に入れたか」

 

 一度火継ぎの祭祀場に戻り、私はルドレスに先程大樹から奪い取った何かを手渡す。

 それは、ある種の呪い。魂を冒涜した何か。

 故に、呪いの溜まり場である呪腹の大樹はそれを取り入れた。活かせるわけでもないのに。

 

「随分と古いが、まぁ使えそうだね。なぁ、君……異形の魂を持ってきたまえよ」

「やはり、そういった類の物か」

 

 ルドレスの手の中で暗く揺れるそれを見て言う。

 あまりにも暗いそれは、まるでダークソウル。

 だがこれは、人工的なものだ。不純物が多過ぎる。

 

「今更禁忌でもなかろう。君は、今までもそういった事をしてきたのだろうから」

 

 私は答えなかった。答える必要もない。

 それに、こういういった技術は今までも散々扱ってきた。

 ロードランやドラングレイグといい、数多の技術者が通ってきた道だ。

 きっと、強い(ソウル)を渡せば強力な何かを錬成できるはずだ。

 だがそれよりも、今はやるべきことがあった。

 

 

 

 

 

 

「そうか。彼女は死んでいたか……」

 

 グレイラットに、遺骨を渡す。

 彼はそれを、抱き締めてそのまま蹲ってしまった。

 涙を流せぬ不死が、けれど悲しんでいる。

 いくら長く生きた私でも、彼にかける言葉はなかった。

 母を知らぬ私に、母を失った者を導けるはずもない。

 

「君は優しい不死のようだ」

 

 ふと、背後から老人が声をかけてくる。

 それは不死街でさっと助けた呪術師である、大沼のコルニクス。

 何やら私を弟子にしたいらしいが、どう考えても私の方が呪術師としても腕が上だから丁重にお断りした。あんまり無碍にしても失礼だし、彼はカリオンのように話が通じないわけでもない。多少の狂気は感じるが。

 

「よせ。単に人を傷つけただけだ」

「それでもだ。君の行いは焼き尽くす炎とは違う。人を包む、温かい火なのだから」

「……暗い魂のようにか?」

 

 皮肉と事実を交えた言葉に、私は鼻で笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少年達が少女と出会ってから、十年近くが経った。

 ずっと彼らは旅をした。東を見ては西を見て、北を行っては南へ行った。

 沢山の事を学んだ。

 人の愚かさ、勇敢さ、蛮勇さ。

 神の偉大さ、愚かさ、惨めさ。

 師は、どこまでも淡々と語った。

 学んだ事を消化させるように、彼女は単なる事実として語った。

 時折街行く少女達に声を掛ける師に呆れながらも、彼らの興味は尽きなかった。例え師である少女が一線を超えない恋愛をしていても、彼等は見ないふりをした。奥手だと馬鹿にすれば模擬戦で死ぬほど痛めつけられるからだ。

 

 もう少年とも言えぬ歳になった。

 サリーは身体が大きくなり、人間に擬態するには無理が出てきて迫害される事も多かった。

 エルはもう大人になり、その偉大な奇跡のせいで数多の教会からスカウトもされた。

 けれど、二人とも師と仲間と離れる事を良しとしなかった。師は知らぬかもしれないが、語らずとも二人にはある共通の目的が出来たのだ。

 

 ともあれ、彼らは旅をする。

 相変わらず師は強いが、昔ほど瞬殺されもしなくなった。

 ふと、彼らの耳に巨万の富に溢れた都の話が入った。

 何でも(ソウル)の業を極め、彼らは豊かになったらしい。

 よくある話だった。だがそういう所は大抵長続きしないし、裏側は醜いだけだからと、寄る事はしなかったのだが。

 

 不意に、師はその都へと足を運ぶと言い出したのだ。

 不思議に思ったが、どうにも富や(ソウル)に興味を持ったわけではないらしい。

 かくして、彼らはその都へ向かう。

 巨人が王となる、その都に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 不死街の探索を続ける。

 相変わらず巨人が塔の上から矢を放っているようなので、成敗しなければならない。地味に危ないんだよ、あれ。

 さて、そんなこんなで亡者共を薙ぎ倒して巨人がいるであろう塔に近付けば。

 

「ほう……貴様も火のない灰というやつか」

 

 巨大な槌を担いだ、狼のようなフルプレートの鎧を身に纏う騎士が塔の前で岩に腰を下ろしていた。

 その背後には洞窟があり、その入り口は鍵付きの柵となっており、誰かを閉じ込めているのだろう、中から啜り泣くような声がする。

 

「貴様、カリムの国の者か」

「フン……名も無い亡者風情が、カリムを知るか」

 

 口が悪い。私の嫌いな女神の騎士を思い出させる。国も同じだしな。

 

「フン……まぁいい、忠告しといてやる。お前がまともなら棺桶にでも篭っているといい。ここは亡者の地……まともな奴など、戦場の女のようなものだ」

 

 この男にはさほど興味がなかった。

 ただ、檻の中から聞こえてくる啜り泣くような女性の声が気になった。

 孤独を感じる声。けれどそれは、単なる不死のものではない。私の(ソウル)が、暖かさを感じる。まるで、炎のような暖かさを。

 

「……お前、牢を覗く趣味があるのだな。何とも高貴な事だ。クックック……」

「火防女か」

「いいや。あの女は火防女にもなれなかった役立たずさ。俺がここまで連れてきて準備までしてやったというのに、あの様だ。……あの女は、もう壊れているのさ……クックック……」

 

 だが目の前のカリムの騎士は、そんな壊れた女を守るようにここにいるではないか。

 わざわざ牢に閉じ込めて、誰にも触らせないと言わんばかりに。なんだこの、青春意地っ張り野郎は。

 

 カリムの騎士というものは、生涯一人の女神に仕える。此奴はきっと、私が知らないとでも思っているんだろう。だが残念だな、私は遥か昔から生きて、学び、識っている。

 

「なら、私が貰おう」

「……なに?」

 

 だからこそ、遊んでみたくなった。

 此奴がどこまで一途であるのか試してみたくなった。

 そのプライドある減らず口がどこまで保つのか、試してみたい。

 

「いらないのだろう、迷惑なのだろう? なら、私が戴こう。別に、貴様の女神でもあるまい」

「……」

 

 黙り込み、狼のような兜の下から私を睨む。

 だがそれを無視して檻へと向かい、針金を出して鍵穴へ突っ込む。そしてあっという間に開けてしまった。

 

「お前はそこで見ていると良い。泣いている女の子を無視できるほど人が出来ていないんだ、私は」

「お前……哀れだよ、炎に向かう蛾のようだ」

「蛾にすらなれん男が何を言うか」

 

 鼻で笑い、私は檻の中へと入る。

 カリムの男というのはどいつもこいつも周りくどい。腹が立つ。

 

 檻の中には、一人の少女が打ち捨てられたように座り込んでいた。

 恐らく歩けないのだろう。そして、目も見えないのだろう。私の存在に気付かず、ただ彼女は泣いている。

 纏うはカーテンのように白い聖女の衣。美しいその顔にはよく似合う。

 けれどもそれより、やはりその姿がどこかアナスタシアと被る。魂も、見た目も、何もかも違うのに。

 そこでようやく、私はカリムの騎士に抱いていたイラつきの正体に気がついた。

 

「……君、君。面を上げ給え」

 

 そう尋ねると、彼女は乾いた顔をこちらに向けた。

 

「……どなたです? 誰かそこにいらっしゃるのですか?」

「ここにいる。ほら、感じるだろう。私の(ソウル)を」

 

 彼女の頬に触れる。

 手のひらから伝わる暖かな人間性。

 嗚呼、彼女の内に宿るのは、人間性の毒。いつしか人間性は変異し、虫となり、火防女の内側から噛み付いている。

 なんと悍ましいことか。これこそが人間性。こんな悍ましいものが内側に流れるとは。

 人とは、やはり暗い。暗い故に、人。

 

「ああ……ありがとう、ございます。まだ、私は一人ではなかったのですね。感謝します、神よ」

「リリィだ。君の名前は?」

 

 優しく、包み込むように彼女を抱き締める。

 私の熱を与えるように、彼女へ問いかける。

 

「ああ、失礼致しました。私はカリムのイリーナ。火防女となるため、この地に参りました」

 

 だが、やはり彼女は火防女のなり損ない。

 人間性の闇と、その痛みに耐えられぬのであれば、やはり火防女足り得ないのだ。

 

「そして私に触れ、私を救ってくださった貴女は、きっと英雄なのでしょう?」

「いや。私は英雄ではない」

「私にとって……貴女は既に英雄なのです。けれど私は弱く、だからきっと火防女になれなかったのでしょう。それでも……」

 

 彼女は私を抱き返すと、耳元で囁いた。

 

「英雄様、私を、貴女に仕えさせていただけませんか……?」

「ふぅ〜……もちろんさ、美しい少女よ」

 

 彼女が盲目で良かったと心の底から思った。

 こんなにやけ面を見られたら即座に叫ばれていたに違いない。

 それに……それにだ。私に誰かの想い他人を寝取る趣味は無い。

 彼女の心も、そしてあの騎士の心も、固い意志で繋がっている。そう、感じたのだ。なんだかモヤモヤするな。あいつめ、さっさとこの子と幸せになれば良いのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 イリーナを祭祀場へと送れば、もうあの騎士はいなかった。恐らく奴も祭祀場へと向かったに違いない。

 

 とにかく私は例の巨人の塔へと向かう。

 どうやら巨人が居る上階にはエレベーターで向かうらしいが……リフトは今地下に降りているようだ。

 とりあえずエレベーターを呼ぶためにレバーを操作しようとすると、急にリフトが上昇し出す。

 亡者が私を察知して階下から乗ってきたのだろうか。

 剣の柄に手を当てて、いつでも抜刀できるようにして待つ。

 

 

「っ……」

 

 リフトが、地上階へと登ってきた。

 そしてそのリフトに乗っていたのは。

 

「うーむ……ううむ……」

 

 悩める玉葱。

 否、カタリナの鎧に身を包んだ騎士だった。

 

 脳裏にロードランでの出来事が蘇る。

 使命を果たさんと悩み、駆け、しかし成し遂げられなかった父。

 父を探し、追い、最後には父を殺し切った娘。

 私のトラウマの一つが、蘇った。

 

 

 そして、時が止まる。

 

 コツ、コツ。

 背後から、足音が響く。

 音のない世界、けれど私と奴だけは世界の遺物であるが故に。

 

「あの頃、僕は無知だった」

 

 カタリナの騎士の横へと歩む薪の王。

 浮かぶ映像は褪せていて、けれど消えることはない思い出。

 嗚呼、懐かしい。確かに、奴は無知だった。玉葱と、見たままの感想を述べ、私が咎める。そんな光景が瞼の裏に浮かぶ。

 

「だが無知だったのはお互いだった。君もまた、彼の使命を知る由もなかった」

「……貴様が語ることではない。貴様はあの親子と関わりがないだろうに」

 

 燻る上級騎士の鎧が、こちらを向く。

 

「ああ。だから僕に、彼等に起きた悲劇を語る資格はない」

「ならば消えろ。不愉快だ」

「不愉快なのは、君が彼等を救えなかった事を思い出すからだろう?」

「黙れ。殺すぞ」

「君は負けたけどね」

 

 叩き斬ってやっても良かった。でもそれをしないのは、奴を斬っても意味が無いことを知っているから。

 幻影に何をしても無意味。どうでも良い。

 

「まぁ良い。ここは過去と向き合うのに丁度良い。さぁ、君の罪を見せてくれよ。後悔を……僕に」

 

 

 

「うーむ……お、おお!」

 

 石化したように固まる私に気付いたカタリナの騎士は、驚いたように声を上げた。

 

「すまぬ、考え耽っていた!」

「……ああ」

 

 どうやら私がエレベーター待ちしていた事に気がついたようだ。

 騎士は謝ると道を譲るように私を避ける。

 あの神の地で、初めてカタリナの騎士と出会った時のように。一言一句違えず、彼は考え耽っていた。

 

「私はカタリナのジークバルト。貴公、見た所まともな不死のようだ」

「ジーク、バルト」

 

 カタリナの騎士で、ジーク。

 あの頃から、もう何年経ったかも分からぬが。

 もしかすると、目の前の騎士は彼らの子孫なのだろうか。カタリナという国は既に滅んでいるが、彼もまた火のない灰。

 ということは、この時代に生き返った者だ。

 何らかの未練を残して。

 

「……私は、リリィ」

「リリィ! 良い名前だ、その身にぴったりな名前だ!」

 

 ワッハッハと彼は呑気に笑えば、しかし一転してまた悩み出す。

 

「実は少し難儀していてな」

 

 聞いてもいないのに、まるであの時のように彼は語り出す。

 どうやら彼もまた巨人の矢に困っていたようで、なんと巨人と話し合いをするために塔の上を目指していたようだ。

 だが地下に降りることはできるのに上階へは登れないらしく、困っていたと。

 私は上を見上げる。塔の上階には、同じくリフトがある……どうやら下へ行くリフトと上へ行くリフトは連動しているようで、今地上階にあるリフトに乗っていては永遠に上へと上がれない。

 

「子供騙しだな……ほら」

 

 ジークバルトをリフトの上から退かし、リフトを起動する。するとリフトは下へと降りていく。

 しばらくして、上からリフトが降りてきた。

 

「貴公、もう少し洞察力を鍛えた方がいいぞ」

 

 確か、ロードランでもセンの古城の城門が開かなくて難儀していたな。

 彼は、おお! と驚いて笑うカタリナの騎士。

 

「貴公、天才だな!」

「ふふ……まぁな。」

「さぁ、では上の巨人と話し合いと行こうではないか!」

 

 高いテンションで先導する彼の後ろを、追う。

 上昇していくリフト。どうやら止まらない階から外に出られる場所があるようだ。後で行ってみよう。

 

 最上階に辿り着くと、私達はそれに対峙した。

 巨人だ。まぁ分かっていたが。

 大きな弓を持つそれは、かつて出会った鷹の目を思い起こさせる。そもそも巨人の寿命は長い。そしてこのタイプの巨人は、アノール・ロンドにもいた種族だ。ならばこの巨人は、ゴーの系譜と言えよう。

 

「あんたら、だれ」

 

 低い声で、巨人は言う。

 話が通じるということは、亡者ではないらしい。

 

「おお、やはり話せる! 私はカタリナのジークバルト、貴公! 是非とも我々に矢を放つのはやめてもらえんか!」

 

 すると巨人は懐から何かを取り出す。

 それは幼い白枝。

 何かの魔力を感じるそれは、きっとウーラシール産のものだ。やはり、彼はゴーの仲間だったのだろうか。

 

「いつでも、ばんぜん」

 

 親指を立て、そう言う巨人はマスクの奥で笑っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 デーモン。

 それは、かつて廃都イザリスで産み出された異形の存在。

 在りし日に苗床は私に滅ぼされ、最早デーモンという恐れられた存在は絶滅していく運命にある。

 けれど、やはりどこにも生き残りというものはいるわけで。

 

「うーむ……どうしたもんかなぁ……」

 

 隣で悩むジークバルト。その視線の先には、弱々しく燃えるデーモンが不死街を彷徨いていた。

 先程の塔の途中から不死街へと至れば、まさかデーモンの生き残りと出会うとは。

 ドラングレイグの時はいなかったし、それ以降も見た覚えはないからてっきり滅び去ったのだと思っていたのだが、まだ生き残りがいた。

 だが、滅び行く者の運命。最早混沌の炎は弱々しく、歩く姿もあの頃の勢いを感じない。そしてそれは、この世界も同じこと。

 

「老いぼれのデーモン……アルシュナはしっかりと役目を果たしたのだな」

 

 混沌を、自らと引き換えに封じ続けたアルシュナ。あのデーモンは老いている。ということは、エス・ロイエス産ではないだろう。

 

「話し合いは……通じなさそうだな。うーむ……」

「考えるだけ無駄だ」

 

 隣でどう対処しようか悩むジークバルトを置いて、私は走り出す。

 デーモンは見つけ次第、滅ぼす。それがかつて約束したことであれば。

 

「貴公! なぜ待たなかったのだ!」

「待っていてもどうにかなるわけでもあるまいに」

 

 鼻で笑い、私は魔術師の杖を取り出しロングソードにエンチャントする。

 

「冷たい武器」

 

 かつて、我が弟子から伝えられたどこかの魔術。

 全ての魂を凍らせるほどの冷気は、あのデーモンの炎を打ち消すには丁度良い。

 

「仕方ない、このカタリナのジークバルト、助太刀するぞ!!!!!! うりゃー!!!!!!」

 

 背後からのっそのっそと駆けてくるジークバルト。面倒だ、彼が来る前に勝負をつけよう。

 こちらに気付くデーモンに、まずは先制する。

 ロングソードを振り上げ、その一刀に全力を集中する。

 

「一文字」

 

 東洋の師から授かった、あまりにも単純な技。

 だが、それ故にあまりにも鋭いその一閃は、岩のように固いデーモンの皮膚と肉を斬り裂く。

 

「二連」

 

 それを、もう一撃。

 すると斬りつけた傷口が凍っていく。過剰なまでの冷気は、傷口からデーモンの中身へと入り込み、脊髄まで凍らせていく。

 

「渦雲渡り」

 

 最早攻撃すらも許されぬデーモンが、バラバラに斬り刻まれて行く。一閃で五閃。それを飛びながら放つ。

 望まれぬ存在であるのならば、せめて一瞬で死に絶えろ。それが私の慈悲である。

 

 着地し、零れ落ちる死骸に背を向けながらロングソードを鞘に納める。

 

「うおぉおお〜……き、貴公……」

 

 剣を振り上げて立ち止まるジークバルト。

 

「すまんな、貴公の見せ場を奪ってしまったよ」

 

 私に流れ込む(ソウル)の弱々しさといったら。

 もう、世界もデーモンも、そして神もまた。

 終わりへと向かっている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな話を、細い球体関節の指でページを捲りながら彼女は読んでいた。読み聞かせてくれていた愛する狩人は、今手が離せない。

 工房の窓の外からは金属がぶつかり合う音が響く。

 

「貴様私を愚弄するか……!」

 

 怒り、空中に浮きながら斬撃を繰り出す白百合の騎士。

 

「黒歴史なんてなぁ、イジられてなんぼだろうがァ!!!!!!」

 

 それを全て見切り、手にする刀で受け切る白百合の狩人。

 そんな光景を流し見て、波立つ紅茶が注がれたカップを手にして香りを嗅ぐ。良い茶葉の匂いだ。

 

ダークソウル3のリリィは

  • 暗い方が良い
  • 暗くても多少明るい方が良い
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