極光大怪鳥ヤタガラス   作:彼岸花ノ丘

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大怪鳥惑星
日常


 大地を隙間なく覆う草原が、地平線の彼方まで続いている。

 草原といったが、生い茂るのはか弱くて美しい草花などではない。この地に満ちるのはライバルとの生存競争を経て、細くも逞しく伸びた草本性植物達。夏真っ盛りを迎えた今では高さ一メートルを超えるものもあり、ライバル達に光を渡すまいとふてぶてしく葉を広げていた。夏の日差しを浴びて葉も茎もキラキラと輝き、世界を煌めきで埋め尽くす。 

 そんな草原を、一台の軽トラックが駆け抜けていた。

 軽トラックは時速百キロ近い猛スピードを出しており、草原を容赦なく突っ走る。タイヤが草を踏み潰す、或いは吹き飛ばす様は正に文明(自然破壊)の様相。草原には舗装された道などないので軽トラックは地面の凹凸によりぴょんぴょんと頻繁に跳ねていたが、止まらずに跳ね続ける様はむしろ草を蹴散らすのを楽しんでいるかの如し。開発者である人間の傲慢と暴虐ぶりを表すかのようだ。

 尤も、運転手――――『昔』よりも大人びた顔付きとなった山根百合子に、そんな考えはこれっぽっちもないが。

 

「ひぃいいいいい!? 無理です駄目ですお終いですぅぅぅ!」

 

 アクセルを全開で踏み付け、ハンドルを力強く握り締めながら、目に涙を浮かべた百合子は叫ぶ。

 彼女の運転する軽トラックは地面の凹凸で跳ね、昔と比べて大きくなった胸がぶるんと揺れた。分厚くて窮屈な作業服を着ていなかったら、揺れだけで胸の付け根が痛くなっていたかも知れない。

 無論軽トラックが跳ねるのは、百合子がアクセル全開のフルスロットルで走らせているのが原因だ。アクセルから足を離せば、跳ね方はかなりマシなものとなるだろう。しかしそうもいかない事情がある。

 百合子の運転する軽トラックの後ろに、巨大な生物がいるからだ。

 

「フニャアアゴオオオッ!」

 

 そいつは、図太い声を発しながら駆けてくる。

 体長五メートル。百合子が運転する軽トラックとほぼ同等の体躯を有しており、四足で大地を蹴っている。太くて巨大な足が生み出す速さはこちらも時速百キロ近く、軽トラックのスピードにしっかりと追随していた。いや、むしろ段々と距離を詰めてきているほどだ。

 大きな身体には茶と黒の毛が生え、独特な縞模様を作り出している。尻尾は長く、走る時のバランサーとして用いているのか、忙しなく左右に揺れていた。丸い顔立ちはとても可愛らしいが、開いた口の中に見えるのは巨大な牙。もしもあの牙が人間に突き立てられたなら、胸骨など平然と貫き、一撃で命を奪うであろう。正に凶器と呼ぶべき身体的特徴がそこに格納されていた。

 等々細かく語れども、その生物の正体を示す言葉は実にシンプル。

 巨大化(怪獣化)した家猫だ。

 

「百合子ちゃん! もっとスピード出せないの!?」

 

「ですから無理ですってば! これがアクセル全開です! というか何時までもこんなの続けられませんから! トラック壊れますからぁ!」

 

 ()()()()()()()から掛けられた女性の声に、百合子は振り返りもせずに泣き言を断言する。

 断言した通り、百合子は軽トラックのアクセルを全開で踏んでいた。ボタンを押すと謎のジェットエンジンが出てくるような仕組みはなく、これが正真正銘の全速力。それに悪路で跳ね続けていたら、いずれエンジンなどのパーツが衝撃で壊れてしまうかも知れない。

 そして、巨大猫からの追撃から逃れられなければどうなるか?

 

「ギニャアアアアアアッ!」

 

 興奮しきった叫び声と、開いた口から溢れ出す涎を見れば、結果は明らかというものだ。

 

「ちっ……仕方ないか。アサルトライフルじゃあまり効果がないし、とっておきを使うよ!」

 

 荷台側に乗っていた女性が、警告するように叫ぶ。

 揺れる車内の中、その声を聞き取った百合子は荷台で何が起きているのか想像が出来た。荷台に乗る『彼女』は今、大きな武器を弄っている筈だ。その武器に一発の『爆弾』を取り付け、重さ十キロ近い筒状のそれを肩に担いでいるに違いない。

 そうしてしっかりと狙いを定めた上で、引き金を引く。

 百合子が頭の中で思い描いていた、その通りのタイミングで――――強烈な爆音と衝撃が軽トラックの荷台から轟いた。覚悟していた百合子は顔を顰めつつも、なんとか平静を保つ。トラックの運転も狂わない。

 対して巨大猫は、突然の爆音に驚いたのか。バックミラー越しに百合子が見れば、僅かに身体が硬直して身動きが止まっている。

 だからこそ爆音と共に放たれた物体こと、()()()()()()が顔面に直撃するのを避けられない。

 

「ギャニャアオオォッ!?」

 

 RPGは直撃と共に爆発。人間一人ぐらい粉微塵に吹き飛ばす爆風が、巨大猫の顔面で炸裂した。流石の巨大猫もこの一撃には悲鳴を上げる。更には血肉も飛び散り、大きなダメージを与えたのは確かだ。

 

「ニ、ニギィヤアァアアッ!」

 

 とはいえ致命的な傷ではないらしく、ごろごろと地面の上を転がる程度には元気な様子。

 時間が経って痛みに慣れたなら、さぞや激怒して(元気いっぱい)にこちらを追い駆けてくる事だろう。

 そうなりたくなければ、今のうちに逃げるしかない。

 

「今だ! 全速力で走って!」

 

「ひぃええええええ!」

 

 悲鳴と共に、百合子は既に限界まで踏み込んだアクセルを更に強く踏み付ける。

 もうこれ以上速くならない軽トラックを走らせて、百合子達は巨大猫から大急ぎで逃げていくのだった。

 

 

 

 

 

「ぜー……ぜー……」

 

 止めた軽トラックの中で、百合子は息を乱しながら、ハンドルに寄りかかる。

 軽トラックは未だ草原の真ん中にいるが、もう、巨大猫は傍にいない。なんとか振り切ったのだ。追い駆けっこは終わり、一休み出来る状況になっていた。

 そうしていると、さくさくと草むらを踏み付けて歩く音が聞こえてくる。足音は徐々に近付いてきて、やがて百合子が乗る運転席側の窓をコンコンと叩く音が聞こえた。

 

「お疲れー。流石、百合子ちゃんの運転テクニックは凄いね」

 

「そりゃどうもです……」

 

 褒め言葉に疲れた言葉を返しつつ、百合子はちらりと目線を横に向けた。

 ショートで切り揃えられている髪の色は黒。かつては金髪だったが、もうその面影は残っていない。染めるためのお金も時間も余裕もないのが理由だ。

 身体の方も筋肉が付いて、競技選手のよう。タンクトップと長ズボンというラフな格好は、その引き締まった肉体の良さを引き立てている。露出している腕は下手な男性よりもガッチリとしていて、百合子ではもう力ではどうやっても勝てそうにない。RPGを軽々と肩に担ぐところからも、その力の強さが窺い知れるというもの。昔と変わらない点を挙げるなら、成人女性としては平均的な身長と、控えめな胸ぐらいだろう。それを指摘すると拳骨で叩かれるので、百合子は目を向けないよう務めるが。

 ()()()から大きく様変わりした友人・北条茜の姿。百合子がそれをじろじろと見ていたところ、茜はこてんと首を傾げた。

 

「どしたの百合子ちゃん? 私の顔になんか付いてる?」

 

「いえ……茜さんはこの四年でかなり変わったなぁとしみじみ思いまして」

 

「何それ? まぁ、確かに女子高生時代からはかなーり変わったと思うけど」

 

 思っていた事を正直に話せば、茜は笑いながら、今度は自分の番だとばかりに百合子をじろじろと見てくる。

 

「それを言うなら百合子ちゃんの方が変わったでしょ。今じゃ車の運転、私らどころか町の誰よりも上手いじゃない。まさかそんなキャラとは思わなかったでしょ」

 

 それから言ってきたのは、百合子自身その通りだと思う意見だった。

 

「ええ、まぁ、私自身自分がこんなに車の運転が得意で、それに好きだとは思いませんでした」

 

「逆に一番変わってないのは、絶対真綾ちゃんだよね。というかあの子、何か変わった?」

 

「変わってないと言いますか、何もなくてもああなったと言いますか。いや、何もなければ案外普通に結婚してたりするかも?」

 

「ないない。恋愛感情どころか性欲があるかも怪しいじゃん」

 

「いやいや、あの手の子が恋愛すると凄いですよ。昔読んだ専門書に書いてありました」

 

「専門書って少女漫画じゃん」

 

 本人がいないところで盛り上がる、他愛ない会話。けらけらと笑い合って気持ちを一新した百合子は、自分達の『仕事』について思い出す。

 具体的には、軽トラックの荷台に積んだ物資――――重さ数百キロはある肉の安否について。

 

「ところで肉は無事ですか? かなり派手に揺れたと思うのですが」

 

「ロープでちゃんと括り付けてるから大丈夫だったよ。手ぶらで帰った私らがみんなの夕飯にされる展開は避けられたね」

 

「あはは。ですねー」

 

 笑いながら、百合子は軽トラックのエンジンを入れる。

 悪路を走らされた軽トラックは、素直にエンジンを再稼働してくれた。車体が小刻みに揺れ、車体後部の排気口から環境によろしくないガスを吐き出す。

 まだまだ元気に動いてくれそうだ。『相棒』の安否を確かめた百合子は、にやりと笑みを浮かべる。その笑みを見た茜はトラックの荷台に跳び乗り、積み荷である巨大な肉塊の傍に座り込む。

 準備が整ったのをミラー越しに確認した百合子は、「出発進行!」という元気な掛け声と共にアクセルを踏み付ける。もう、先程味わった命の危機など忘れたかのように。

 勿論百合子は忘れてなどいない。ただ、今更気にしていないというだけ。

 これが今の百合子達にとっての、日常生活なのだから。

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