時世   作:宇宙の正面

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過去の刊行作品になります。
Pixiv掲載済みですが、
こちらにも転載させていただきました。
マイスターが(一応)主役です!



時世#1

「―あんたは幸いを見たのかい?」

 それが、あの老人の発した最初の言葉だった。

 

 

 

  1

 

 艦砲射撃をくらったような側面からの衝撃に弾き飛ばされて、ウルトラマグナスは身構える間もなく環境の床に叩き付けられていた。

 素早く上体を跳ね起こして半瞬の間に辺りを確認すると、右舷に傾いた冷たい床の上には、まるで同じ方向から強風を受けた草木のように、それぞれのシートから投げ出された当直の部下達が同じ格好で転がっていた。

 全員が虚を突かれたと解かる顔で、周囲に答えを求めながら視線を迷わせている。ウルトラマグナスは立ち上がるより先に、恫喝にも似た声を艦橋一杯に張り上げて、未だ呆然と止まっている空気を引き破った。

「状況を報告しろッ!!」

 コンソールに片手を引っ掛けたままシート下にずり落ちていたオペレーターが、上官の一声に飛び上がってモニターにかじり付く。それを引き金に次々と個々の役割へ立ち戻った部下達の間から、艦橋に生気が戻り始めた。傾いた船体も自己修復機能を受けて緩やかに正規の位置へ移動を始めているらしく、立ち上がっても支障は感じない。

 ウルトラマグナスはひとまず、口中に幸いを呟いた。

 外部から火器攻撃を受けたのでない事は、最初の衝撃が去った時点で長い経験から判っていたが、当直番が自分以外だったら、もっと騒ぎが大きくなっていただろう。元々、いつデストロンの強襲を受けてもおかしくない今回の単艦巡航に、出発前から随分と苦言があった。いくら同盟星の式典に列席するだけの公務だからと言って、宇宙軍総司令官が僅かな兵士と文官だけを供に旗艦一隻で出かけるなど‥‥と。もちろん、そんな陰口を一蹴したのは総司令官―ロディマス自身なのだが。

 目まぐるしくモニターの映像が変化する間に、艦橋の分厚い扉を蹴飛ばす勢いで、自室に引き取っていた他の面々が駆け込んできた。眠りを妨げられて飛び起きたらしいスプラングの後ろに続いて動揺も露わな文官達が雪崩込み、ウルトラマグナスの周りを右往左往行き交う。

 こうなると、ただでさえ広くない艦橋は指示を出すにも困る。

「申し訳ないがそこを、」

 どいてくれ、とウルトラマグナスが語調をきつくしようとした瞬間、見透かしたようなタイミングの良さで、さっと人垣が分かれた。

「こんな時ばかり、定員オーバーだな」

 半開きになった扉の前でロディマスが苦笑交じりに中を見渡して言いながら、自分の為に空けられた隙間を進み出てウルトラマグナスに肩を並べる。ロディマスは副官の手元で展開するモニターを覗き込んで、軽く呼気を吐いた。それは大事に至っていない現状に安堵したと言うより、休息を邪魔された事への諦めに聞こえてウルトラマグナスを鼻白ませた。

「ロディマス、怪我は?」

「大丈夫だよ。ベッドから転げ落ちただけだ。君こそどこか打ったんじゃないか?」

「眠気がふっ飛んで、丁度よかった」

「そりゃラッキーだね」

 ロディマスは彼らしい精悍な笑みをニッと浮かべて、友人の冷静さを労った。

「―副司令、左舷側の映像が出ますッ」

 告げる声を追って、大きな全方位モニターの正面が切り替わる。抗原を手前に取ったために漆黒の背景をまとって像を結んだのは、全長1キロにも及ぼうかというこちらの巨体に船首から胴体まで半分以上がめり込んだ格好の小型輸送船だった。

 一見して旧式とわかる船体は目茶苦茶にひしゃげ、剥がれ落ちて辺りを漂う装甲板に、辛うじて縞のペインティングの跡がうかがえる。すでに薄くなってしまっているがレッドとグリーン、それと‥‥

「‥‥ゴールド‥‥?!」

 ロディマスの呟きが息を吞んで掠れた。

「〝巡礼船(ハロウィン)〟かッ」

 ワッ、と俄かに喧噪で覆われた艦橋内を一瞥して、ウルトラマグナスはすぐにオペレーターへ的確な指示を飛ばしていた。

「航路局に照会だ。船体の照合も急げ!救護班と小隊はハッチへ!」

「マグナスッ、小隊の指揮は俺が取る」

 言って踵を返したスプラングの背に「頼む」と一言告げながら、ウルトラマグナスの十指はコンソールに走り、アセニアとの緊急回線を開いた。画面にはほんの数秒サイバトロンの赤い紋章が閃き、司令部直属のオペレーターが生真面目な顔を出す。

 手短に現状を伝えるウルトラマグナスの傍らから顔を上げて、ロディマスは巨大なモニターの中にある巡礼船の残骸を黙然と見つめ続けた。

 

 

 公に知られているだけで、この銀河に『信仰』と呼ばれる存在は奥とある。そしてその十パーセントが、星系規模で宇宙進出を果たしていると言われている。つまり遠隔地に及ぶ『信仰』になると、彼らが信じるところの神そのものや聖地が他星系、他銀河に存在する例も少なくなく、一部の熱心な『信仰』者はその地へ訪れることを一生に一度の大義として実行に移す。〝巡礼船(ハロウィン)〟とは、そんな者達が集って聖地巡礼用に仕立てた船を指すが、それは大抵の場合、払下げの民間船や廃棄直前の輸送船であり、決して旅程そのものの安全を保障するものにはなりえなかった。

 いつからか巡礼船は独自の規定を作り、レッド、グリーン、ゴールドの三色を船体に施すことによって巡礼者の一行であることを示し、戦闘地域での保護や危急時の援助を求める印としたが、その視覚的な証は逆に巡礼船狙いの宇宙海賊を急激に増大させていた。

 この数年を見ても襲撃されて乗員全てが死亡した例、女性子供が略奪された例、奴隷として売り飛ばされていた例、数限りない。正直なところ、正規の報告に上がらないまま「遭難」の一言で片付けられている船は数十倍にも及ぶだろう。

 無論サイバトロンに限らず、多くの星系政府は巡礼船の危険性を説いているが、信仰心という無謀な勇気の前にはどんな警告も意味を成していなかった。むしろ巡礼者にとっては行程半ばでの「苦難」すら、一つの信仰の表れなのかもしれなかったが。

《―酷いもんです。腐敗が進み過ぎて、ほとんど肉片ですよ》

 非常灯の赤い照明を頭上に受けながら、スプラングは画面越しに苦笑と溜息を送ってきた。映像の奥には三十人も乗れば一杯の座席もない輸送船の床が見えるが、小隊の兵士が検分に動き回っているせいで、ウルトラマグナスはその〝肉片〟を見ずに済んだ。

「救護金は必要なかったな」

《必要なのは葬儀屋ですね。もっとも、どっからどこまでが一人分かわかりませんけど》

 この皮肉には思わず、ウルトラマグナスも肩を竦めるしかなかった。

「船の出所は分かったのでね、アセニア経由で引き取りを打診しているところだ。遺体の確認は向こうでやってくれるだろう。とりあえず二時間ほどで、宙域警備隊が保護に来てくれることなった」

《了解しました。一応、内部状況と船体の故障箇所を記録してから戻ります》

「よろしく頼む」

 回線を閉じるとようやく一息ついて、ウルトラマグナスは指揮席に身を投げ出すようにして腰を下ろした。

 艦橋はもう平常通りにオペレーターが立ち働き、衝突のショックを引き摺っている者はいない。一時はここに寄り集まっていた文官達も自室に引き取って、こちらの気を散らすこともなくなった。

 こうなると不意に最初打ち付けた足が痛み出し、ウルトラマグナスは仕方なく艦橋の指揮を護衛兵の一人に預けて医務室へ向かった。

 医務室と言っても常駐している医師がいる訳でもなく、まったく簡易な救護セットが置いてあるだけの部屋だが、ウルトラマグナスが入るとすでに先客が小さなベッドを占領して待っていた。

「ロディマス?」

「よ。やっぱり来たな」

「やっぱり‥‥だって?」

 問いかけに、ロディマスは寝そべっていた体をぴょこんと元気に跳ね起こしてベッドを下りると、代わりにウルトラマグナスを強引に座らせて、言った。

「艦橋で会った時、少し左足を庇ってただろ?そのうち痛いことに気付くと思ってた」

「人を鈍いみたいに言わないでくれ」

「でもそうだったろ?」

 あはは、とロディマスに笑い飛ばされると、確かにそうだとしか答えが見つからず、ウルトラマグナスは黙って降伏のポーズを取った。

「よし、素直な君には痛み止めのご褒美だ」

 ロディマスがずいと差し伸ばした手の中に、ここの薬品で一番ましな錠剤がちんまりと乗っていて、ウルトラマグナスは有り難くそれを口に放り込む。痛みを完全に止めるなら感覚回路を遮断すればいいのだが、それでは他の感覚にまで支障が出るために、ほとんどの場合はこういった錠剤タイプの止痛薬を使う。本格的な治療を受けまで、感覚回路の通りを鈍くしておく薬だ。

「助かった。これなら指揮に戻れる」

 と、言う間にも腰を浮かそうとするウルトラマグナスを、ロディマスは苦笑で押し止めた。

「君は少し休んでくれ、マグナス。帰港するまで私とスプラングで艦橋に出るから」

「そういう訳にもいかないだろう。衝突時に指揮を執っていたのは私だし、色々と引き継ぎ事項もある」

「だが、しばらく艦も動かせないんだから、少し休むくらいはいいだろう」

「いや、そう言ってもいられない」

「マグナスッ」

 引き留めようと伸ばしたロディマスの手がウルトラマグナスの広い肩に触れる寸で、甲高いコール音が狭い医務室の一角で上がり、二人は同時に顔を見合わせた。

 ほとんど使用されずに埃を被ったコンソールに、通信を示す緑の光点が点滅している。ロディマスが回線を開けると、艦橋に残してきた下士官が敬礼を作って丁重に言葉を繋いだ。

「恐れ入ります、総司令官閣下。アセニアの統合本部より通信が入っております。そちらへお繋ぎした方がよろしいでしょうか?」

「あ、あー‥‥そうだな、」

 ちらりとウルトラマグナスへ目をやって、ロディマスは返答を濁す。自分が艦橋へ戻ることになれば、ウルトラマグナスも当然付き従ってくるだろう。それでは意味がない。

「わかった、回線をこっちにくれ」

「ロディマス‥‥」

 真面目すぎる副官の呆れ声を無視して、ロディマスはモニターに向かい直した。と、その途端、内蔵スピーカーから悲鳴のような呼びかけが迸り出、ロディマスとウルトラマグナスは瞬間、飛び上った。

《司令!!ロディマス総司令官ッ!》

 モニターに浮かんだ相手の顔を確認したロディマスはもう一度驚きに両目を見開いて、その名を呼び返した。

「‥‥マイスター参与(さんよ)

《ああ、総司令官。ご無事ですか?お怪我はッ?》

「だ、大丈夫です。この通り」

 子供のように両手を広げて見せながら、あの‥‥とロディマスは恐る恐る、マイスターの安心し切った顔を覗き込んだ。

「どうなさったんです?そんなに慌てられて、貴方らしくもない」

 その疑問が口を突いて出たのは当たり前だった。

 かつてコンボイに仕え、かの英雄の片腕として知られた副官、マイスターは、その智謀と冷静な指揮力でサイバトロンを幾度も勝利に導いてきた重鎮である。元来が穏健な性格で、どんな場面でも声を荒げたことのない篤実さは、多くの僚友、下士官達から厚い信頼を得る理由になっている。

 ロディマスは総司令官就任を機に、マイスターのムーンベースⅡ駐留司令官の任を解き、特にと口説いて現在は統合司令部参与の任を負ってもらっていた。参与は見識の深さを求められる軍の重職だが、マイスターはこれまで完璧と言っていい働きを見せてくれている。

 そんなマイスターが何事であれ狼狽し切って声を上擦らせているのだから、ロディマスでなくとも問い返さずにはいられない。ロディマスが聞かなければウルトラマグナスがそれを問うていたところだ。

 マイスター自身も問われて急に自分の狼狽ぶりに気付いたのか、ほっとすると同時、はたと真顔に戻って申し訳程度の敬礼を取った。

《すみません。旗艦が巡礼船(ハロウィン)に衝突されたと報告があったもので、驚いて‥‥》

「いや、衝突されたというか、単なる事故で」

《事故?間違いありませんか?》

「ええ、報告では‥‥」

「単に、故障で漂流していた船とぶつかっただけのようです」

 マイスターらしからぬ警戒を含ませた問いに応じようとしたロディマスの言葉尻を、後ろから顔を覗かせたウルトラマグナスがやんわりと引き取った。

 目顔でロディマスを制しておいて、淀みなく事実を告げる。

「ワープ直後のエンジントラブルで亜空間から転移できなくなっていたようで、こちらの転移波に引かれて、同じ座標軸に出てしまったようです。船体自体が旧式な上に、満足な整備もせずにワープ航法を繰り返した結果でしょう。残念ながら生存者もおりませんでした」

《そう‥‥そうですか》

 ふと、呟いたマイスターの表情を過ったのは、ようやくの安堵でもない昏い陰りだった。ウルトラマグナスは探るように間を置いて、問い直す。

「参与、何か、ご心配が?」

 ゆっくり首を横に振り、マイスターはモニター越しの視線をウルトラマグナスの真摯な眼差しから外した。

《すみせん。ただ少し‥‥嫌な記憶が蘇って》

「嫌な?」

 ふた呼吸、マイスターは無音をまとって、その問いに対する適切な答えを自身の中に探しているようだったが、やがてふっと両肩を落とすと薄く笑んだ。

《‥‥以前、コンボイ司令や私の乗った艦が不時着する事故があったことを、覚えておいでですか?》

 ロディマスがウルトラマグナスの横顔を見上げながら、

「そういう話だけは聞いています」

 戸惑い気味に応じると、ウルトラマグナスが同意を示して言った。

「確か、私が地球駐留軍に配属される直前でしたか。同盟星の和平調印式に向かう途中、トラブルがあって不時着したと。不時着先の砂嵐の影響で、哨戒に出たコンボイ司令と三日ほど通信が途絶して、かなりアセニアの司令部も混乱しました」

 だがコンボイは三日後、何事もなかったようにひょっこりと艦に戻ってきて、身を案じていた部下達を唖然とさせたという。その後の公務も滞りなく終えて帰った頃には、司令部でもほとんど笑い話になっていた。

「結局、不時着の原因も報告ではうやむやで、」

 言いかけて、言葉が急停止する。

 軍の膨大な報告書をいくつも斜め読みしていた時、たった一つだけ曖昧すぎる表現で結末を締め括ったものにぶつかって、苦笑した記憶がある。あれは何と書いてあったか‥‥〝事故原因・未確認飛来物との衝突〟‥‥?

《すべて、コンボイ司令がそう口裏を合わせて報告するようにと、お命じになった事なんです》

「それは、どういう事です‥‥?!」

 コンソールに載せた両手を無意識に強張らせるロディマスを優しい視線でなだめて、マイスターは続けた。

《お二人には、もっと早くお話ししておくべきだったかもしれません。司令が連絡を絶っていたあの三日の間、本当は何が起こっていたのか》

 

 

  2

 

 地球の文化に触れて初めて、マイスターはセイバートロン星のある一角が〝アルファ・ケンタウリ〟と呼ばれていることを知った。

 宇宙進出に多大な困難が伴う地球人と違い、それ自体にいくつかの技術が求められるだけのトランスフォーマーにとって、星系や銀河、それ以上の超銀河団は海原に点在する島と同じだ。だから、大層な名称も付けずに接していた星々に、地球人が半ば空想的とも思える音律を与えていると知った時は感心し、感動すら覚えたものだった。

 その「地球式」に則れば、為す術もなく艦を不時着させた青白い砂ばかりのこの星は、どんなに魅力のある名を付けられることだろう。もっとも、彼らの言うところのオリオン腕から回転軸方向へ、ペルセウス腕内縁の散光星団近くまで航行してきた自分達同様に、地球人類が自らの科学力で辿り着く日が来れば、だが。

「‥‥まったく」

 マイスターは艦橋から外界を見渡して、軽く呼気を吐く。何とか今の状況を良い方向に解釈してみようと試みてはいるのだが、結局、不時着という現実は呆れるほどの痛手に変わりない。ようやく締結に漕ぎ着けた同盟星同士の和平調印式に、その功労者であるコンボイが遅刻するような事になれば大問題の一言では済まないし、サイバトロン軍全体の体面にも関わってくる。

 しかし、自分の苛立ちで艦が動いてくれる訳もない。

「‥‥やはり通信も無理ですね、マイスター副官」

 まるで駄目押しのように、コンソールへ向かっていたオペレーター、ロイグが振り返って告げる。マイスターは思わず顔を覆って呻いた。

「その報告は聞きたくなかったな、ロイグ」

「私も心苦しいですが」

 苦笑いを浮かべたロイグは、どうぞ、と少しシートを引いて場所を開け、モニター近くへマイスターを招いた。手元のモニニターには三つのウィンドウが開いて、それぞれに数式や文字、外部映像を映し出している。映像は舷側とその横腹に穿たれた巨大に穴に視点が結ばれており、周囲には兵士達が動き回っている。

 ロイグは隣のウィンドウを示して、とんとんとそこに並んだ字面を弾いた。

「惑星地表の〝砂〟の解析結果です。鉄、銅、ニッケル、亜鉛とクロムと‥‥砂と言うよりは鋼鉄の塵ですね。その上、薄い上層大気を抜けて降り注いだ宇宙線に汚染されて、微量ながら磁界を放出しています。これでは自然のチャフですよ。いったん舞い上がれば、地表上の通信もほぼ不可能でしょう」

「なるほど、どうりで変わった色の砂だと思った」

 窓外に広がる砂の青白をつい恨みがましく睨めて、マイスターは問の先を移した。

「そっちは仕方がないとして、アセニアへも連絡は無理かい?」

「ええ、システムのほとんどが落ちたままですから、光速通信はちょっと‥‥。通常信号なら送れますが、どうします?」

「ここからだと、どのくらいかかる計算だい?」

「一番近い中継基地まで二日ってところです」

「ちなみに、システムの復旧にはどれくらい?」

 問うと、ロイグはピンと立てた三本の指をマイスターの眼前に突き出して笑った。

「特急で三日です」

 つまり情報がノロノロと往復している間に、艦が発進できてしまうという事だ。それでは通信の意味がない。

「‥‥わかった。復旧を急がせてくれ」

「それはもちろん、全員でかかってます。ですが機関部をごっそり潰されましたからね、あの巡礼船(ハロウィン)に」

 ロイグが不機嫌に唇を歪めて一瞥したウィンドウに、マイスターもつられて目をやった。

 船体の大穴に突き刺さっていた「衝突物」は二次被害を避ける為にとうに引き抜かれていたが、衝突時の爆発とエネルギー炉のオーバーフローによってこちらの装甲と融合してしまった外装の一部が、のたくった怪物の影のように牙を伸ばしている。微かに判別できるのは、巡礼船を示す三色の塗装だけだ。

 ウィンドウに送られてくる映像をスライドさせると、原型も止めない巡礼船の残骸を中心にトランスフォーマーの民間人が数十人、所在なげに集団で身を寄せ合って座り込んでいるのが確認できる。遠目に見たせいか、その集団はひどく異質な気配の塊にしか感じられない。彼らにしても望んでなった事態ではないのだから、混乱しているのだろう。まして、衝突した相手がサイバトロン軍の長が乗った船では。

 しかし疑念も残る。

「マイスター、今いいか?」

 艦橋の扉を軽快な足音と共に抜けて顔を出しのは、外で指揮を執っていたハウンドだった。今度の旅程に加わっている士官の中では、マイスターに次いでもっともコンボイの信頼を受けている指揮官クラスの同胞である。

 ハウンドは鉱砂にまみれた頬を豪快に拭いながら足早にマイスターの元へ来ると、

「ありゃ駄目だ。話にならないよ」

 言って、肩をいからせた。

 巡礼船の乗員保護を割り当てられたハウンドの仕事は救出と負傷者の手当てが主だが、一方でこの事故原因の調査のための聴取も含まれる。とは言え民間人相手、しかも「信仰」に凝り固まった者達が相手では、通じるものも通じない事が多い。実際こんなことでもなれければ、軍としても避けたい部類の相手だ。

 労うようにマイスターは、ハウンドの言葉を継いだ。

「何も喋らないのか?彼らは」

「いや、基本的な事は聞けたんだけど‥‥アケロン教って、知ってるか?」

「ああ、確かブロードキャストが言っていたな。最近あちこちの惑星系で浸透してる新興宗教だろう?〝アケロンの使徒教団〟とか言う」

「そう、それ」

 一つの惑星系から宇宙に広がる新興宗教は、古来のそれに比べれば遥かに少ない。その大概が既存の教義の焼き直しだったり良いところの寄せ集めであったりと、あまりにお粗末な教えを掲げる集団がほとんどで、根付く前に見限られる方が早いからである。アケロン教は、言わばそんな流行り廃りの只中にあって唯一勢力を拡大し続けている集団の一つだった。

 すでに死亡しているという教団創始者のアケロンが、生前に書き記したという「予言書」を教義の指針とし、純潔を保ったままの死によって全宇宙を統べる〝女神〟の元へ回帰できるという難解な内容ながら、新しい救いの道を説いたと評判になり、近年では神の概念を持たないトランスフォーマーの文化面にまで入り込んでいた。じわじわと信者が増え、軍内部にまで広がりつつあるその教義を危惧して、ブロードキャストが会議の席で報告したのである。

 コンボイは各個人の信仰心に対して寛容で、マイスターも同様に、軍全体の問題にするほどの事ではないと考えていたが、ここでその名が出てくると奇妙な胸騒ぎを覚えずにはいられなかった。

 マイスターの不審を横に、ハウンドはちょうどモニターに映し出されている巡礼者達を呆れ顔に見据えた。

「教団のこと以外はいくら聞いても、誰が操船してたのかも知らないって全員が口を揃えてるんだよ。自分達は聖地を目指していたのに、船が故障した勝手にぶつかった、って」

「そんな馬鹿な!」

 弾かれたように声を荒げたのは、傍らでコンソールを操作していたロイグの方だった。ロイグはハウンドが上官に当たるのも忘れたように食ってかかった。

「ありえませんッ。故障した船が、三万キロも手前から機関部めがけて突っ込んで来ますか?!」

「俺もそうは思うけど」

「こっちが五回も回避行動をとる度に、巡礼船も回頭して軌道修正してます。明らかに故意ですッ」

「‥‥当たるなよ」

「ま、まあ、疑いは濃厚だが、民間人相手に尋問という訳にもいかない」

 慌ててマイスターが割って入ると、ロイグははっと非礼に気付いて短く詫び、口を閉ざす。

 ロイグに指摘されるまでもなく、マイスターの中にずっと蟠っている疑念はそれだった。巡礼船の接近をレーダーに捉えてから発した警告は十回以上、回避は五度だ。距離と速度から考えても、充分衝突を避けられるはずだったのに、巡礼船は狙い澄ましたように舷側へぶつかった。航行システムの故障だけでは到底ありえない確率の事故なのだ。少なくとも、衝突時に操縦桿を握っていた誰か―一人か、もしくは数人―の作意があると想像する方が的を射ている。

「とりあえず、詳しく事情聴取するにしても人権の関係があるし、この星では無理だ。アセニアに連れ帰ってからになるだろうな。‥‥ハウンド」

 と、言葉尻を向け、マイスターは目顔で艦橋を出るよう促す。

「巡礼者全員の身元を確認したら、こちらの艦に乗船させてくれ。ただし警備の関係上、荷物は持ち込ませないように」

「了解。すぐ取りかかる」

「それからコンボイ司令に、艦橋までお戻り下さいと」

「え?」

 不意を突かれたように、ハウンドの瞳が宙を惑った。

「え、あれ?コンボイ司令、哨戒に出るって言っていかなかったのか?」

「哨戒に出たって、お独りでッ?」

 咄嗟にマズイという顔をして、ハウンドは追求から逃れようと一歩後ずさる。

「未開惑星だから大した危険もないようだし、近くを見回って来るだけだと言ってたけど‥‥もう戻るんじゃないか?」

「‥‥ああ、まったく、あの方はッ」

 マイスターは頭を抱えて唸った。

 不時着の原因に不安要素があることくらい簡単に察しの付く人なのに、解かっていながら平然と、足下の亀裂に爪先を差し入れてしまう無鉄砲さまで持ち合わせている。部下の手本になるべきコンボイがこれでは、気を揉むだけマイスターの方が損だ。もちろん、自身の危険を顧みずに前線へ立ち続けるコンボイだからこそ、多くの戦士達の尊敬を集めもするのだが、ここが戦場ではないからこそ慎重な行動が必要なのではないか。

 不安げにロイグが、満面に苦渋を浮かべたマイスターを見やった。

「小隊を迎えに回しましょうか?副官」

 同意しかけて、いや、とマイスターは首を振る。

「司令がどの辺りにおられるかも判らないのに、無暗と小隊を動かしても仕方ない」

「ある程度の距離と方向なら、簡易レーダーでも探せないことは‥‥」

 言う間にコンソールパネルを走り出したロイグの指先は、ウィンドウが切り替わった途端、ぴたりと凍り付いてキーの上に停止した。

「‥‥まいった‥‥二時、六時、九時方向、同時に砂嵐が発生しています」

「やはりチャフに?」

 覗いた画面には走査不可能の文字が点滅し、 艦から半径八十 キロほどおいた一帯に砂嵐が起っている事を示す黒い間隙が広がり始めていた。これでは、 何とか機能しているサブシステムもろくに動いてはくれないだろう。

「通信もままならない中に出るのは危ないな。 司令がどうされているか心配だが、迂闊に出て二次遭難になるのもまずい。とりあえず、こちらも嵐に備えよう」

 仕方なく結論を先延ばしにして言葉を納めたマイスターは、まず早急に済ませてしまわなければならないシステムの復旧と巡礼者達の収容にハウンドを促して戻りかけ、 と、その背を弾んだ電子音に呼び止められた。

 通信のコール音だと気付くのに二秒もかからず、マイスターとハウンドはロイグの肩越しにモニターを覗き込む。

「コードはコンボイ司令です。 開きます」

 画面一杯にざらついた走査線が流れ、時間をかけて灰色の波の奥からわずかな色彩が像を結ぶと、それは歪みながらもコンボイの造作を映し出した。追いかけるように途切れ途切れの音声がスピーカーを伝ってくる。

「補正できないのか?ロイグ」

「やってますが、これ以上は不可能です。障害がひどくて双方向通信もできません」

 音量を最大に上げると耳障りな擦過音が艦橋に響いたが、状況を告げるコンボイの声が雑音を避けて、なんとか聞き取れた。

《―の砂嵐で、動きようがなくなった。すまないがマイスター、私はこれから迷える羊のごとく、どこかに隠れる》

 やれやれ、とハウンドが鼻白む。

《‥‥君がどれほど目のいい羊飼いの一人でも、セイバートロンの加護でもない限り私を見つけ出すのは不可能だよ》

「司令は元気そうですね」

「ハウンド最後まで聞こう」

 生真面目に唇を真っ直ぐ結んでたしなめるマイスターの横顔に、ハウンドは訝しげな視線をやって、続きに耳を向ける。 画面越しのコンボイは、映像の乱れも関係ない明朗な笑みを見せて言った。

《私がそこへ戻るまで、君がいいように采配したまえ。どんな指示についても私は不問にする。‥‥それでは》

 ひらりと左手を挙げた格好を最後に、ぶつりと通信は途切れた。瞬く間、通信によって閉じられていたウィンドウが画面に戻る。 ロイグはあちこちキーを叩いていたが、 コンボイとの通信が回復する気配はなかった。

「回線ごと落ちました。これだけです」

「わかった。君は引き続き、システムの復旧作業をサポートしてくれ。ハウンド、君は私と」

 モニターに注がれていた視線を引き剥がし、さっと踵を返して艦橋を出るマイスターの背に、半瞬、前線でしか見せたことのない張り詰めたものがまとわりついているのをハウンドは見逃さなかった。

 大急ぎに艦橋を出、すでに通路の先を曲がろうとしている背中に追いつくと、待ちかねたようにマイスターが口を開いた。

「ハウンド、君に指揮を頼みたい。私はコンボイ司令の所へ行って来る」

「行くって‥‥はぁ?」

「さっきの通信を聞く限り、司令の置かれた状況はあまり良くない」

「通信って、すごい元気に『探しても無駄』みたいなこと言ってたじゃないか」

 マイスターは押し黙ったまま角を二つ折れ、下層ハッチ直通の士官用エレベーターのボタンを押し込む。上昇音をさせてボックスが運ばれてくる間、マイスターは憚るように辺りへ気を配り、溜息と共にやっと応じた。

「あれは、司令なりの状況報告だ。〝迷える羊〟は信仰者の暗喩。おそらく今回の巡礼船衝突に絡んだ人間、もしくは一派と一緒にいる。そして私をわざわざ〝羊飼いの一人〟と呼んだこと」

 言われてハウンドも、随分と迂遠な表現に終始していたコンボイらしくない言動に気づいた。

「目のいい羊飼いは、ベツレヘムの星を見つけた三人のことだろう。〝セイバートロン〟は旧語で『賢者の影』を意味する。三人の羊飼いは、異説で〝東方の三賢者〟とも呼ばれている。 司令はここから東に位置する場所にいると伝えたかったんだ」「東って言うと‥‥確か一箇所、奇岩地帯があったな」

「そこまで判れば難しくない。司令が私に采配を取れと言ったのは、私がこう考えることを見越した上だよ」

「にしたって、司令がああ言うように強制された可能性もある。罠なんか張られたら、」

「それはない」

 艦内の静謐さを損なわないよう、極力防音に努めて設計されたエレベーターが、到着も気付かせない静かさで扉を開けた。踏み込む踵を鳴らしてボックスに滑り込んだマイスターは、操作盤に伸ばした手をそのままハウンドへ翳して、 友人を通路に留めさせた。

「言え、と強制されたのなら、誰にでも想像がつく『解かりやすい』暗号を使うだろう。それをわざわざ解かりにくい暗喩にしたのは、傍で聞いている相手にも解からなくするためだ。つまり、一緒にいる人間は地球文化に明るくない、少なくともメガトロン一派ではない、と」

「あ‥‥!」

「と言うことで、行ってくる」

 マイスターを押し包むように扉が閉じると、畳み掛けるような説明にあんぐりと口を開けていたハウンドは、鼻先に残った自分の鏡像に向かって苦笑と悪態を投げかけていた。

 

 

《続く》

 

 

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