時世   作:宇宙の正面

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時世の第2回目、コンボイが登場します。

そして1回目にタイトルの読み方を書き忘れてしまい…
「ときよ」と読んで下さい。(今更すみません(*_*))



時世#2

 

 3

 

 タイヤが空転する度、巻き上がった大量の砂が否応無く関節部に侵入して、全身がガリガリと嫌な音を立てる。

 トランスフォーマーの身体は幸い、機体に変形している間は極限の環境下でも弊害なく動けるように出来ているため、砂を噛む不快な感覚さえ気に留めなければ、思ったように進めない砂漠の真っ只中だと言っても不安はない。マイスターが一つだけ後悔しているのは、よりにもよって自分がオフロードにまったく向かないポルシェにしか変形できない点だった。

 おかげで二時間近く走り続けている割に、目的地へ近付いた気がしない。それどころか前進するごとに周囲の大気は乱れ、マイスターはいつのまにかすっかり砂嵐の中へ呑み込まれてしまっていた。

 こうなると数十センチもない視界を、天然チャフで狂わされたレーダーに頼らずにほとんど勘と経験で方向を定めて行くしかない。無論の事、状況の悪化も考慮して最短経路は何度も確認してあるから、向かっている方角に誤りはないのだが、それでも頭上を覆い尽くして逆巻く砂塵に空も景色も塞がれてしまうと、まるで同じ場所をグルグル走り続けているだけのような錯覚に襲われる。

 時間と距離をもう一度確認し、マイスターは動かすのも虚しいほど激しく左右に振り続けているワイパーの向こうに、素早く視線を走らせた。予測ではこの辺りから、コンボイがいる奇態な岩山の連なりが視認できるはずなのだ。だがどれだけ目を凝らしても、煙った砂は取り込んだマイスターを弄ぶように粒子を叩きつけるだけで、一向に隙を見せようとしない。

 ともかく嵐から抜け出そうと、ギアをトップに入れ替えた瞬間だった。

 ギュルン、と後輪が唸ったかと思う間に、薄い砂の下に埋もれていた硬い何かにバランスを取られて、マイスターは横倒しにひっくり返った。

 砂丘にめり込む寸でで反射的に変形を解いたが、反動で頭から倒れ、全身に砂をかぶる。

「‥‥まいった‥‥!」

 口一杯に吸い込んだ流砂を吐き出しながらごちて、タイヤの一つを確認すると、見事に引き破られている。これでも、地球の一般車とは比べものにならない高度な材質で出来ているのだが、ここまで破損してしまっては車体に戻っても満足に走れないだろう。

 思わぬ不運にマイスターは、タイヤが引っかかった辺りの砂地を払いのけてみた。

 数度、砂を掻いただけで、斜めに傾いた黒い岩盤のようなものが現れる。相変わらず狂ったように舞い上がる砂礫で、現れたと思うと瞬く間に隠れてしまうそれを手探りして、指先の感触にマイスターの顔が曇った 。

(これは‥‥紋様じゃないか)

 岩盤に見えた一枚岩は、その一端を直線に切断したブロックの一部のようだった。風化してはいるが、表面を撫でると絵文字に似た模様の羅列がわかる。不時着時の哨戒では数種類の野生動物を確認しただけだが、元は一般的な文明星だったらしい。

(とすると、この近辺は遺構群なのかもしれないな )

 マイスターは腕で視界を庇いながら立ち上がり、ブロックの傾きと逆の方向、暴風が真正面から吹きつけてくる方へ足を進めた。

 実のところ、初期段階で文明が滅亡した星に偶然行き当たることは少なくない。トランスフォーマーの広範囲に渡る進出から、サイバトロンの保有している銀河航路図が最も進んだ信頼性の高い地図だと言われているが、それでも、出会う前に興り、消えてしまった文明の存在は地図に書き足しようが無いからだ。そして多くは密林に覆われていたり氷に閉ざされていたり、今回のように砂漠化していたりする。

 マイスターが迷わず方角を定めたのは、こうした、かつての文明星に降りた場合の行動マニュアルに従った結果だった。

 巨大なブロック状の岩石は、大抵の文明で城壁や砦といった集落を守る要所に使用される。つまり最も外縁だ。それが風化し、崩壊する時には、ほとんど集落の側へ倒れない。内側に壊れて味方を傷付けないよう強化してある分、同じ風化状況でも外の面の方が先に崩れてしまうからだ。一ヶ所が崩れると、後はドミノ倒しのようにバタバタと全てが同じ方向へ崩れる。

 こういった遺構を見つけた場合、倒れている方向の真逆に進めば形ある場所に出られるのである。マイスターが直感的に遺構と結び付けたのは、砂漠の中にぽつんと突き出していた奇岩地帯の奇妙さだった。

 地球でも岩山を刳り貫いて造られた遺跡を見たことがあるが、ここの奇岩の群れもそうだとしたら、怪しまれずに身を隠すには絶好の場所だ。

(やはり、ここにおられる)

 ガリリ、と両膝が砂を噛んで悲鳴をあげる。

 一歩二歩、慎重に爪先で探りながら砂塵の奥へ踏み込んだマイスターは、数十メートルも行ったところで不意に、それまでの風の猛りとは違う音に気付いて顔を上げた。と、それまで晴れることを知らなかった砂嵐の向こうが眩しいほどの陽を浴びて白く輝き、唐突に現れ出たような、そびえ立つ黒い岩山を照らし出した。

「いつの間に‥‥」

 目と鼻の先まで辿り着きながら、まったく見えていなかった。見上げると、切り立った幾つもの天辺が晴天を突いて立ち尽くしている。だが。

(?‥‥何だ、少し違和感が)

 初めて直視した景色だ。違和感があるのは当然かもしれない。

 思い直してもう一歩、前に踏み出した爪先が、マイスターの期待を裏切るように空を掻いた。

「ッ!!」

 浮遊感は、半瞬で落下に変わった。

(そうか、高さがッ!)

 地上から伸びた岩山の高さが哨戒時のデータに比べて低すぎたのだと気付いたのは、地上から地下へと穿たれた断崖に沿って、真っ逆さまに墜落し始めてからだった。

 見る間に地表の嵐が遠ざかり、崖を流れ落ちていく砂の囁きと、漆黒の谷底から伸びる岩の群れに反響した風の叫びが、繰り返しマイスターの聴覚を劈く。

 墨絵のように上へ上へと流れ去る奇岩の所々に、人為的な窓や出入り口の跡が見えた。咄嗟にマイスターは空中で姿勢を変えると落下し続ける身体を伸ばして、 眼前に迫った窓枠の一つに右手一本で掴みかかった。

 激痛と反動が全身を貫く。だが指先に全力を込めて、落ち続けようとする身体を引き上げると、マイスターは転倒しながらも何とか中に這い上がった。

 息を切らせて右肩をさすり、思わず存在を確かめる。

「てっきり外れたかと思ったが‥‥助かった」

 痛みは残ったが、銃も持てないほどではない。ほっとする間もなく身構えて慎重に立ち上がり、改めて薄暗い周囲を見回すと、案の定そこは部屋のように造られた一角で上下左右が平らに均された壁面になっていた。 居住のための部屋と言うよりは見張り台に近そうだ。天井は立って歩くのに支障ない高さだが、出入り口は外部からの侵入者を阻む目的でか、腰を屈めないと通れないほど狭い。

 マイスターは辺りに気配がないことを何度も確認してから 中廊下へにじり出、正面と左右、三方に伸びる洞穴のような廊下を見渡した。 アイグラスにサーチをかけてもこれといった反応はなく、岩盤が邪魔して熱源を見分けるのはかなり無理なようだ。ただ音だけは、色々なものが入り混じって反響している。

 この奇岩地帯は八キロ四方ほどに区切られていたはずだが、入り組んだ内部を虱潰しに探すより、微かでも音が発せられている場所を当たっていった方が確実かもしれない。ある程度コンボイに近付けば、認証シグナルで判別もできる。

(とりあえず、隠れるなら中層より下だろうな)

 内部空間を把握するには外周を知るのが先決だが、岩山の構造上、低層に行けば行くほど裾が広がって専住空間も大きくなっていくはずだ。自分より上背のあるコンボイを連れて、わざわざ行動範囲を狭めるような場所に隠れている訳はない。

 まず左手の廊下に定めて踏み出すと、マイスターは下へ続く通路を探した。前方からザラザラと岩の崩れる音がするのも、通路ではないにしろ下方に向かう道筋なりがあるような感じだ。

 岩壁に沿ってうねった廊下を一キロも行くと、マイスターの眼前に頭上から地階へ一直線に穿たれた巨大な縦穴が現れた。

「す‥‥」

 無意識に出かかった声を、ばっと片手で塞ぐ。

(‥‥ごいな、これは)

 まるで巨木が生えていた跡のようだ。

 時折その穴を、崩れた岩石の欠片が流れ落ち、底に吸い込まれていった。覗き込むと縦穴の壁面に螺旋階段状の踏み石が所々残り、ずっと下まで続いている。正規の階段ではなく補修や点検の時に使うものだったのか、間隔は疎らだし足を乗せる部分が小さい。さすがにマイスターの体重を支えるほどの強度はなさそうだ。

 しかし気付かれずに下へ行くには、階段を見つけて降るよりずっと人目を避けられていい。幸い、断崖を行き来するのは経験済みだ。

(大体()()()は、真下が帯電水でもっと危険だったな)

 それに比べれば簡単だ、と無意識に状況を重ねている自分に、マイスターはつい口元を綻ばせた。

 土星の衛星タイタンで、タイタン人の神に扮したデストロンの悪行を止めるために奮闘したのはもう十年近くも前だというのに、以来マイスターは難問に直面する度、あのタイタンでの出来事を対比の尺にしてしまうようになった。

 その経験が、戦士として生きてきた人生の内で最も苦労したものなのか、と聞かれるといつも答えに困ったが、マイスターにとってタイタンでの全ては代えがたい記憶の一つなのだった。彼女に―タラリアに出会えたという、ただ一点で。

 まだ崩落の危険がなさそうな壁の一部に携帯型ワイヤーの先を食い込ませると、残りを暗い穴の底に垂らして、マイスターはゆっくりとワイヤーに取り付いた。ぎしりと唸って、華奢な筋が重みに耐える。

(こんな危ない事をしているようじゃあ‥‥)

 そろりそろりと空中に足場を探すような慎重さでワイヤーを伝い下りながら、マイスターは不思議と冷静にタラリアの姿を思い返していた。

(‥‥やっぱり、結婚なんて言い出せないなぁ)

 

 初めて会った時から、タラリアは今まで出会ったどの女性よりも聡明で、勇敢だった。

 トランスフォーマーはすべてデストロンと誤解して一人堂々と矢を射かけてきた度胸も、こちらの説明を正しく聞き入れて判断できる明敏さも、望んで得られる訳ではない天性の才能だ。マイスターはタラリアの見せるいくつもの面が好ましかった。

 もちろんトランスフォーマーの美意識とタイタン人のそれが違うのは当然で、タラリアを素晴らしい女性と認識しこそすれ、最初は決して愛情の対象だった訳ではない。タラリアにしても、生まれて初めて遭遇した異星人を一個の男として意識したとは到底思えないし、事実、衛星タイタンの文化的復興への助力をコンボイが買って出て、その名代としてマイスターが度々タイタンを訪れるようになっても、しばらくの間、互いにそんな感情を表すことは無かった。

 だからこそ、自然に緩やかにタラリアを女性として慕い始めている己の気持ちに行き当たっても、マイスターは至極普段通りに振る舞った。

 当然の顔で二人の境に立ちはだかっている種の違いは、一方の思い込みや熱情だけで越えられるほど簡単な障害ではない。 まして自分達は、金属生命体と有機生命体。その差が恐ろしく歴然としている以上、誰にも知られず秘め続ければ、きっと忘れられる感情だとマイスターは思っていた。

――結婚してほしいの

 と、 ある日、前触れもなくタラリアに告げられた時、マイスターの思考は無様に中断した。

 それはまるでいつもと変わらない散歩の途中で、あまりにも周囲の木々は静かで、ほんの一分前まで他愛ない会話に笑い合った後で‥‥マイスターだけが、それをデートと思っていなかった事が後から判明したのだが、タラリアもまた同じように抱き始めたマイスターへの愛情を、意を決して言葉に変換したのだ。

 互いの意思を確認する前に、早々と手順を飛び越えて結婚に至った明快さはタラリアらしい。突然の慣れない恋愛感情に戸惑った末、真っ向勝負に出るしか手段を知らなかった彼女の正直さに、マイスターは圧倒された。そして、押し込めた胸の奥底から溢れ出してくる喜びに狼狽えた。

 愛している、と確信を持って言える。タラリアがこの想いに応えてくれるのなら、他のすべてを失っても構わないとさえ思う。しかし不安なのだ。愛が確かであればあるほど、越えられない種の運命が。

 マイスターはタラリアに、その場で応えることができなかった。タラリアは彼女自身の聡明さでマイスターの迷いを感じ取り、それを責めも悲しみもしなかった。

 コンボイが、そんなマイスターの背を押したのだ。守るものが増えること、それは一層強くなる証だと。

 マイスターはタラリアとの結婚を決めた。決めたと言っても二人でそう誓い合っただけで、実際に「結婚」へ向かっている訳でもないし、いつ実現するかもわからない約束だ。

 その上、クリアしなければならない問題が他にもある。本当なら、コンボイに随行して出立するまでに解決するべき問題だったのだが‥‥

「つくづく、運が、悪い‥‥ッと」

 悪態でテンポを取りながらワイヤーから飛び降りると、マイスターの両足は堆く積もった砂の上に着地した。仰ぎ見るとワイヤーを掛けてきた先は黒く滲んで、もう窺い知れない。おそらく一キロ近くも縦穴を下降して、ようやく着いた地上‥‥いや、谷底だ。

 アイグラスに指示を送ると直ぐ様サーチ機能が起動し、周囲の走査結果が視界に重なる。思った通り、このフロアが一番広い。入り組んだ通路と横穴、大小様々な部屋が奇妙に交差して、正しい順路もないようだ。

 やはりコンボイの反応を探す方が早いと判断すると、マイスターは迷わず音源の走査に切り替えた。

 感度を上げた途端に飛び込んで来るいくつもの音から、自然のそれを選り分けていくと、一ヶ所、不自然なリズムを響かせている場所が浮かび上がる。微かだが金属音が混じっているようだ。

(十時方向に三キロ‥‥四キロはない)

 認証シグナルで判断できるギリギリの距離だ。

 マイスターは操作をそちらに替え、迂回しながら目標地点に近付いて行った。

 こちらの足音は上手い具合に地下水の滴りに紛れ、思ったほど響かない。あと一キロほどの近さになると、マイスターの耳にはコンボイ特有のシグナル音がはっきりと聞き取れた。こうなればこの先、道が塞がれていても迷わず辿り着ける。

 天井の抜けた狭い横穴を這って通り、通路を二つ折れてまた横穴へ入り込む。そこを抜けるとホールか広場のようにやや大きく造られた空間に出、左手前に真っ黒い通路が奥に向かって伸びていた。通路と言っても、元は壁で仕切られていた通路と横穴が崩落のせいで一本の洞窟のようにつながってしまった形で、入り口を岩盤の名残が塞いでいる。

(銃を使うのは考えものだが)

 壁に背を張り付けて、マイスターは光子ライフルを引き出した。

 奥にコンボイがいるのは間違いないのだが、敵の数がはっきりしない。だが、あまりに静かなところを鑑みると多くて三人。いや、以下の方が可能性として高い。

 十五分待って、マイスターはするりと通路に滑り込んだ。銃口を油断なく正面につけ、一歩ずつ奥へ踏み込んでいくと、やがて視線の先で、薄汚れた床に座り込んでいるコンボイの巨体がぼんやりと滲み出した。

「コンボイ司令ッ」

 マイスターの声に、コンボイは「やあ」と手を上げ、

「さすがは君だ。一晩かからずにここを見つけてしまったな」

 と、素直に感嘆した。

 マイスターは転がるようにコンボイの傍らへ跪き、急いで上官の具合に目を走らせた。

「指令、お怪我は?どこか痛められたのでは」

「いや大丈夫だ。手荒なことはされていない」

 言いながらも、コンボイはまるでマイスターを拒否するように立ち上がろうとしない。 マイスターは辺りに視線を走らせて、コンボイの肩を促した。

「とにかく、ここを出ましょう。気付かれないうちに」

 だがコンボイは苦笑を見せてかぶりを振った。

「そうしたいのは山々だが、そうもいかないんだ。マイスター」

 言って、さっと眼前に持ち上げられたコンボイの右手を確認した途端、マイスターは声をつつ抜かせた。

遠隔起爆装置(ウロボロス)?!」

「そういう訳だ」

 コンボイの腕には飾り気も何もない鈍い銀の光を放つ細いリングが取り付けられ、 ダイオードの小さな青い光点が一ヶ所、等間隔に明滅を繰り返している。

 〈ウロボロス〉と名付けられたそれは、軍がデストロン兵囚の保護観察処分時に用いる刑具の一つで、遠隔装置と起爆本体の二つからなる。一方の遠隔装置を保護観察人となるサイバトロン所属騎士に取り付け、起爆本体部はデストロン兵の体内に組み込む。この二つは連動しており、常に信号を発している遠隔装置から起爆部が二キロ以上離れると、脱走の危険があると判断され起爆スイッチが入る仕組みで、三十分以内に信号圏内に戻らない場合は体内で爆発するようにプログラムされている。

 とは言え、実際にこの刑具で死亡した例はなく、一種の警告として使用されているに過ぎない。第一に爆発の威力はさして大きくなく、また組む取り込む位置によってはほんの掠り傷程度で済んでしまう。しかし同じ技術を悪用し、デストロン内部で近年、爆発の威力を高めた装置が出回っているという噂もあった。

 今コンボイの腕に絡み付いているものは、間違いなくその筋の違法品である。

 マイスターはコンボイの手を取り、リングをぐるりと眺めて訝しげに告げた・

「‥‥しかしこれは、遠隔装置の方ですね。一応、改造品のようですが」

 コンボイを捕虜として扱うなら、逃亡できないように爆発部分を取り付ければいいはずだが、見たところその腕にあるのは、信号を送受信する遠隔装置だった。これではまったく使用している意味がない。

 マイスターの言葉に、コンボイがまた苦笑して軽く首を振った。

「確かに逃げるのには支障ないんだが‥‥相手が一枚上手だった」

 つと、外通路の奥に広がる闇へコンボイが目を向けると、いつからそこに佇んでいたのか、矮躯の年老いたトランスフォーマーが一人、影のように静かに姿を見せていた。

 反射的に銃口を跳ね上げるマイスターを、コンボイが慌てて制した。

「彼は武器は持っていないから、心配ない。ただ、」

 言いながらコンボイは、トンとこめかみを突いて言った。

「頭部に起爆部を埋め込んでいるんだ。私の腕に取り付けたこれと、同調しているやつを」

「何ですって?!」

「つまりは彼の命が『人質』という訳だ。私が逃げたりすれば、彼が死んでしまう」

 マイスターは思わず声を噛み殺した。

 想像もしなかった手だ。普通なら捕虜そのものを爆発部で『死』の恐怖に拘束するものなのに、優位にある捕縛者自身が『死』をもって捕虜の行動を抑制してしまうなんて。いや、もちろんこれはコンボイが相手でなければ破綻する論理だ。

 コンボイなら、己の逃走によって相手に自爆の危険があると分かれば、たとえ敵でも行動には移らないという、真っ正直な気質を利用している。これでは、マイスターがどれだけ言ってもコンボイは頑として動くまい。

 マイスターは銃を下ろすと、作り物のように佇立したままの老人に歩み寄った。

 見るからに小さいと感じた老人の身体は、間近にすると一層貧弱で脆く、修理と改造の跡が全身に伺えた。かつては普通並みの肉体を持っていたのだろうが、あちこちに手を加えたせいで衰え、パーツを小振りにする他なかったのだろう。この身体では武器を隠し持つどころか、立って歩くだけがやっとのはずだ。

 その左の胸先にデストロンの紋章を削り取った跡があるのも、マイスターは見逃さなかった。

「ご老人、あなたも〝アケロンの使徒教団〟‥‥の方ですね?」

 老人はマイスターの顔をちらりと見上げただけで答えず、億劫そうに腰を下ろした。

「要求を言ってください。わざわざ艦までぶつけてコンボイ司令を捉えたからには、理由があるのでしょう?狂信者の単なる思いつきではないはずだ」

 だがやはり、答えはなかった。肩越しにコンボイの溜息が聞こえて振り返ると、コンボイは「無駄だ」と言うように肩を竦めていた。

「私にもまだ、何も言ってくれないんだ。地道に待つとしようじゃないか」

「しかし‥‥」

「アケロン教団、だったか?分かっている所まででいいから報告してくれ。衝突の原因なのだろ?」

 コンボイの性格を冷静沈着と評する部下は多いが、マイスター自身はどちらかと言うと、この上官を『豪胆』だと思っている。危機的状況を横に置いて行動できる大胆さは従う人間にとって頼もしいが、それゆえにコンボイは時折、己がサイバトロン全軍を指揮する立場だということを忘れてしまうのだ。今だとて本来なら、唖の老人に付き合う前に、いつ総司令官と副司令官が不在と気付くかしれない艦に一刻も早く戻る手立てを模索するべきなのだが、コンボイはそう考えていない。

 マイスターは盛大に溜息を吐き出して、渋々コンボイに向き直った。

「司令、ここで収めるべき問題ではありません。とにかく部下達が騒ぎ出す前に、艦にお戻り頂かなければ困ります」

「一日二日なら、なんとでも誤魔化せるさ。ああ、しかし元老院にバレると厄介だな。また絶好の口実を与えてしまう」

 コンボイは言いつつも、むしろからからかうように笑みを含ませて、呆れ顔のマイスターを見返すと、

「それなら、君に一旦()()()()()()もらう方がいいかも知れないな」

 本気とも冗談ともつかない口調で、自身の胸元を指差した。胸部プレートの奥に納まった叡智の存在を知るのはごく一部だが、ここ数年、元老院が強硬に後継者問題を取り沙汰する事もあって、サイバトロンのみならずデストロン内部にも噂が流布し、新たな標的の一つに挙げられてもいる。

 マイスターは笑えずに、首を振った。

「そういう訳にはいきません。私など、触れるどころか眺めるだけで十分―」

 ガララッ、と瓦礫を蹴り付けて、マイスターの背後に突然気配が跳ね立った。 それまで何の関心も示さなかった老人が棒立ちに、双眼を一杯に見開いてこちらを凝視し、喘ぐようにパクパクと薄い唇を動かしていた。

 長いこと乾き切っていた喉がようやく、割れた音を紡ぐ。マイスターに聞こえたのは、その最後の数音だけだった。

「――あんたは、幸いを見たのかい?」

 意味が繋がらず困惑して首を傾げると、老人の目は瞬く内に失望の色を滲ませて沈んだ。

 マイスターは、がっくりと短躯を縮ませる老人を見下ろして、まだその言葉の意味を探していた。

 幸い?いったい今、何を言ったんだ?まるで天啓でも受けたような喜びに満ちた顔で。

「あんたも‥‥救えん愚か者だな」

 老人は一度沈めた視線をゆるゆるとマイスターに戻すと、哀れみを隠そうともせずに言った。

 

《続く》

 

 

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