ラブライブ!~夢を諦めた者とスクールアイドル~   作:TRcrant

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プロローグ

赤い。

目の前に広がるのはまるで赤いペンキをひっくり返したかのような赤一色だった。

それは私の罪。

これが私の運命なんだ。

 

「ああ……」

 

私はそのとき何を思って声を上げたのだろうか?

 

――ー弱肉強食。

―――出る杭は打たれる。

 

いつだって、この世界は理不尽で満ち溢れている。

そのことを悲嘆してのものなのか、それとも怒りによるものなのか。

それはもう、私にもわからない。

だから、私は―――――ー

 

 

 

 

 

「ん……」

 

カーテンの隙間から差し込んだ光で、僕は目を覚ます。

 

「何だか、変な夢を見た気がするなぁ……」

 

と、僕は独り言のように呟きながら起き上がる。

枕元に置いてある時計を見てみると、針が示す時間は朝の6時30分だ。

 

「そろそろ起きるか……」

 

そう言って、ベッドから降りるとカーテンを開けて部屋に太陽の光を取り込む。

そして自室を後にすると、洗面所に向かい顔を洗う。

顔を洗い終えた僕は、鏡に映る自分の姿を見ながら髪を整える。

とはいえ、ストレートなので本当に寝癖を直す程度だが。

短い髪なので、すぐに終わるのが自分的には気に入っていたりする。

そして、そのまま部屋に戻り制服に着替えることにする。

程なくして着替え終わった僕は、教科書などが入ったカバンを持ってリビングに向かう。

そして、誰もいないリビングにおいてあるテーブルのそばに鞄を置いた僕は、無言でキッチンに向かうと、朝食の準備を始めた。

今日はトーストだ。

パンを取り出して、それにバターを塗るとそれをトースターに入れる。

パンが焼き上がるまでの間、僕は冷蔵庫から牛乳を取り出してコップに注ぐと、コップを手にしてリビングに向かいそれをテーブルに置いていく。

 

(後はサラダと……目玉焼きでも作るか)

 

そう思い立った僕は、フライパンに油を引いて火を点けると、フライパンを温めていく。

そして、十分温まったところで卵を割り入れて塩コショウを振った後、すぐに蓋を被せて加熱する。

パチパチ、ジューッという音と共に卵が焼けていく。

そして数分経ったところで蓋を開けると、綺麗な形の目玉焼きが出来上がっていた。

 

(うん。上手く出来たかな)

 

と心の中で自画自賛しながらそれを皿に盛りつけてテーブルに運ぶ。

すると、パンが焼きあがったようで、チンッという音が鳴る。

僕は焼きあがったパンをお皿にのせてテーブルに持っていく。

さらに適当に野菜をお皿に盛り付けたサラダを用意すれば、目玉焼きとサラダにトーストという朝食の完成だ。

僕はそのまま無言で、椅子に腰かける。

 

「いただきます」

 

僕は誰に言うでもなく手を合わせて、呟くと、朝食を食べ始めた。

これが僕……香月(こうつき) 高輔(たかすけ)は、どこにでもいる(たぶん)学生だ。

去年実家を出て一人暮らしをしている。

別に両親が出張続きで……といった理由ではなく、ちょっとした事情から僕自身が一人暮らしをしたいと言って、出ることになった。

最初は料理や洗濯などの家事に色々と手間取ったが、人というのは慣れる生き物で今はもうスムーズに行えるようになった。

僕は黙々と箸を進めながら、テレビを付けると目を向ける。

そこには朝のニュースが映っていた。

ニュースでは、最近起きた事件や政治の話や芸能関係など様々な話題が取り上げられる。

どうやらお堅い番組と言うよりは、ちょっとばかりゆるい番組らしくバラエティ風の印象を抱く。

そんな中、とある話題に僕の目は留まった。

それは――

 

『次は最近話題のスクールアイドルのニュースです!』

 

そう言ったあと、ニュースキャスターがカメラ目線で微笑む。

すると画面には三人の少女達のライブ映像が映し出された。

 

『皆さん、スクールアイドルって知っていますか?』

『スクールアイドル……いやー、自分はちっとも知りませんねー』

 

司会の人の問いかけに、コメンテーターの一人が答える。

 

(まぁ正直知らない人がいても当然か)

 

コメンテーターの言い方に、どことなくわざとらしさも感じなくもないが、まあ、致し方ないとは思う。

スクールアイドルというのは文字通り学校で活動しているアイドルだ。

プロのアイドルという訳ではなく、あくまで学生がやっているアマチュアなのだ。

学校に通う生徒達で結成され、パフォーマンスを行っているのだ。

手軽に始められるということもあり、始める学校の数が増え始めているらしい。

 

『では、こちらの映像をご覧ください!!』

 

そんなことを考えているうちに、アナウンサーはそう言ってVTRの映像へと切り替わる。

流れてきた映像には、色とりどりの衣装を着た少女たちがいた。

彼女たちはとても楽しそうに歌い踊っており、見ているこちらまで楽しくなりそうだと感じるほどだ。

 

(へぇ……やっぱり凄いなぁ……)

 

なんて感想を抱きつつ、画面に映る少女たちを見つめる。

彼女たちは【A-RAISE】というスクールアイドルではかなりの人気を集めているグループだ。

確か、UTX学園というところに所属しているグループだったと記憶している。

彼女たちの華麗なパフォーマンスと歌が、その人気の高さの理由なのかもしれない。

そんな風に思っている間にも、番組は進行していく。

 

『スクールアイドルが、今後どのようになっていくのか、今から楽しみですね!それでは次のコーナーに移りたいと思います!』

 

その言葉と共に、違うコーナーが始まった。

 

「……」

 

僕はそこでテレビを消した。

別に見ていたかった訳でもないし、何より興味がないからだ。

テレビが消えたリビングは、再び静寂に包まれる。

僕は小さくため息を吐いた後、朝食を再開した。

 

「……ごちそうさまでした」

 

それから数分後、朝食を終えた僕は両手を合わせてそう呟いた後に食器を流し台に持っていって洗うと、水切りかごに置く。

これで学校から帰った頃には乾燥しているだろう。

テーブルのそばに置いておいた鞄を持ち、玄関へと向かった。

 

「行ってきます」

 

靴を履いて、誰もいない家に向かってそう言うと、そのままドアノブを捻って扉を開けた。

外は太陽がさんさんと輝いているが、どこか肌寒さを感じる。

春先の肌寒い空気に触れながら一歩外に出ると、新鮮な空気を肺いっぱいに吸い込んで深呼吸を一つ。

 

「……よし、今日も頑張ろう!」

 

自分に言い聞かせるように、声を出して気合を入れる。

こうして僕……香月(こうつき) 高輔(たかすけ)のいつもの一日が始まるのだった。

 

 

 

 

 

僕……香月 高輔は、どこにでもいる(と思いたい)学生だ。

この日は僕が通う『森ヶ丘学園』の登校日だ。

森ヶ丘学園は、奥多摩付近の森ヶ丘市あるどこにでもある学園だ。

学園の周囲は木々に囲まれ。自然豊かさを謳っている。

今年で創立40周年だとかなんとか。

そんな学び舎に、通い始めて今年で二年目。

何も無ければ今年もまたいつも通りの日常が待っている。

森ヶ丘はどちらかというと田舎寄りの場所だ。

都会のような賑わいこそ無かれ、通学路には商店街があり、飲食店やらパン屋などといったお店が並んでいる。

さすがに登校時間に開いているお店は少ないが、下校時間になればほとんどのお店がやっている。

また、少し足を伸ばせばスーパーなどもあるので、生活に不自由することは無い。

そんなこんなで学校に着いた。

 

「おう、高輔。今日も早いな」

 

校門をくぐろうとすると、肩を叩かれ声をかけられる。

振り返るとそこには、同じクラスの友人が立っていた。

 

「おはよう、圭輔。まぁいつものことだしね」

 

僕は苦笑しながらそう返す。

彼は三嶋(みしま) 圭輔(けいすけ)といって、この学園の数少ない友達の一人だ。

運動神経は良く、成績も意外に良い上に、整った顔立ちで人当たりの良い性格をしている。

正直言って、これと友人になれたのはある意味奇跡に近い。

僕は圭輔と一緒に校門をくぐり抜けて校舎に入り、校舎前に設置されている掲示板で、クラス分けを確認する。

 

「お、今年も同じクラスだな」

 

そう言われて確認すると確かに僕と圭輔の名前があった。

 

「そうだな。けどまさか本当に二年連続で同じクラスになるとは思わなかったよ」

 

そう言いながら苦笑すると、圭輔も

 

「俺もだよ。よろしくな、親友!」

 

と苦笑しながらこちらに手を差し出してくる。

その意図を理解した僕は、“こちらこそ”と言いながらハイタッチの要領で手を出す。

僕達はそのまま昇降口へ向かい、先ほど確認したクラスの下駄箱に向かうと上履きに履き替え、自分たちの教室に向かった。

教室にはすでに来ていたの生徒が談笑していたり、スマホを弄っていたりと各々自由に過ごしているようだった。

僕は黒板に貼ってある座席表を頼りに、自分の席に座り荷物を置くと、窓の外にふと目をやる。

窓から見える景色は相変わらず緑ばかりだった。

 

「高輔、今日は生徒会の集まりだろ?」

「ああ。そろそろ体育祭とかの準備を進めないと行けないからね」

 

同じく荷物を置いた圭輔が、声を掛けてきたので、僕はそれに応える。

 

「そういやそうだったな。早いとこ決めねえとなぁ。文化祭の準備とかも来るだろうし」

 

僕の言葉に、圭輔は困ったように頭を掻きながら答える。

彼の言うように、あと少しすれば各部活やらクラスなどが出し物などをどうするか決める時期でもあった。

ちなみに僕らが通っている森ヶ丘学園では体育祭を5月の下旬に、文化祭を9月に開催する。

 

「とりあえず、今日の放課後で、終わらせるか」

「そうだな。それが一番だな」

 

僕らはそう結論付けると、予鈴の音が鳴り響いたので会話を打ち切る。

クラスにいた生徒達も、各々席に着くと、担任と思わしき教師が入ってくる。

 

「皆さんおはようございます。今年このクラスの担任になった山中です。今日はこの後、体育館で―――」

 

そして教卓に立ち、自己紹介をした山中という男性教師は人当たりの良さそうな雰囲気に思えた。

そして山中先生が話し始める。

その内容はやはりというか何というか、今日の予定という普通の内容であった。

とは言っても普通に集会で先生方の“ありがたい”話を聞いてHRをやって帰るというシンプルな感じではあったけど。

 

「はい。それではこれから講堂に移動するので、各自遅れないように」

山中先生の一言により全員が一斉に立ち上がり、ゾロゾロと移動を開始する。

もちろん僕も例外ではない。

他の生徒たちと同じように立ち上がり、みんなに続いて講堂へ向かう。

 

「じゃ、頑張れよ。会長」

 

講堂の出入り口前にたどり着くと、圭輔はニヤッと笑いながら肩を叩いてくる。

 

「……どうも、副会長殿」

 

それに対して僕は苦笑混じりに返答する。

今の圭輔のセリフの通り、僕はこの学園の生徒会長を務めている。

就任するのにいろいろなことがあった訳だが、それは別の機会に話すとしよう。

とにかくそういう理由で、生徒会長として挨拶をすることになっているのだ。

僕は大きく深呼吸してから扉を開けてステージ袖に続く入り口の方へと足を進める。

 

『それでは、次は生徒会会長の挨拶です』

 

進行を務めているであろう女性教師の声と同時に、僕はステージの中央に置かれた教壇前にへ歩き出す。

そこは高校の全校生徒を収容してもまだ余裕があるほどに広い空間が広がっている。

この講堂は集会などに使われるが、体育の授業でも使われている。

体育館と違い空調が完備されているので、ここでの授業の日はあたりの日だと言われていたりするのだが、それはどうでもいい話だろう。

そこにいる新入生を除いた全校生徒達の視線が、こちらに集中していた。

僕はその光景を見ながらステージの真ん中に置かれている教壇前に着くと、僕は全校生徒に向かって一礼する。

そして、静かに自分を落ち着かせながら口を開いた。

 

『皆さん、こんにちは。生徒会長を務めさせて頂いております、香月高輔です』

 

僕がそう言うと全校生徒は拍手を送る。

 

「よっ! 生徒会長!」

「頑張って~!」

 

中にはそんな声がちらほら聞こえてくる。

それは僕に対して向けられた言葉だ。

この言葉には、期待のような物の現れなのかもしれない。

だけど、僕にとってはそんなに嬉しいものではない。

なんとなくだが、ステージそばにいる教師達の雰囲気に怒りのような物を感じたような気がした。

そんな中、僕は挨拶の言葉を紡ぐべく口を開いた。

 

『今日から学年が一つ上がり新二年生は後輩出来ました。先輩としての自覚と責任を胸に頑張って下さい。また新三年生は進学の年になります。学年が変わって、色々と戸惑う所もあると思いますが、学園生活をよりよく出来るよう、我々生徒会も微力ながら協力させて頂きます。今年度が皆様にとって実りある一年であることをお祈り申し上げます。以上をもちまして、私、香月高輔からの挨拶とさせていただきます。ありがとうございました』

 

僕は再び軽く会釈をすると、拍手を受けながらステージ脇に向かう。

その後は、さっきまでの雰囲気とは変わって堅苦しい雰囲気の中で、集会は進んでいくのであった。

 

 

 

 

 

「それじゃあ、今日の活動を始めるとしようか」

 

放課後、生徒会室を訪れた僕は、その場にいるメンバーに、呼びかける。

 

「そうですね」

「よろしくお願いします」

「って、少しは朝礼の時の話をさせてくれよ~」

 

僕の呼びかけに応える形で一人ずつ口を開く中、圭輔が抗議するように声を上げる。

 

「お前、絶対に冷やかすつもりだろ?」

「……そんなことないぞ~?」

 

そして、白々しくとぼける彼をジト目で見る。

圭輔もさすがにまずいと思ったのか、慌てた様子で視線を逸らす。

しかし、そんな彼とは対照的に他のメンバー達は苦笑を浮かべていた。

 

「でも、三嶋君の気持ちも分かります。檀上の香月君はとても凛々しかったですから」

 

圭輔に援護射撃するかのように、左斜め上の席に座っている女子生徒がそんなことを言ってくる。

彼女の名前は松田舞。

ウェーブがかかった腰辺りまで長い黒髪が特徴の彼女は、容姿端麗・文武両道で誰にでも優しく接してくれるような優等生で、男女問わず(ちなみにわずかに男子の方が多い)人気が高い人物である。

 

「そ、そうか……?」

 

彼女に言われて、頬が熱くなるのを感じながら、誤魔化すかのように頬を掻きながら答える。

 

「ふふ、顔が赤くなってますよ」

「いや、それは……っていうより、誰だっていきなりそんなこと言われればそうなるでしょ……」

 

我ながら実に見苦しい言い訳だと思う。

 

「あらら~、耳まで真っ赤ですよ。高輔君」

「うるさい、黙れバカ……」

 

そんな俺をからかうように、圭輔がニヤつきながら言ってくるので、ジト目で睨みつけた後にそう返した。

 

(何だか圭輔に救われたようで癪だ)

 

実際、圭輔のからかいのおかげでさっきまでの動揺が薄れてくれたので、感謝しないといけないところかもしれない。

ただ、素直に認めたくなかった。

 

「でも実際、俺的には素晴らしかったと思いますよ。会長」

「あ、まだ続くんだ」

 

本題を切り出そうとした僕に、追撃するように口を開いた男子学生が、橋本勉だ。

黒色の短めのトサカヘアーという髪型で、陽のオーラを振りまく奴だ。

これ以上続けると下校時刻を過ぎそうだったので、話を戻すために咳払いをする。

それに従ってその場にいた皆が姿勢を正す。

 

「さて、本題に入ろうか」

 

俺の言葉に三人は頷いて応える。

ここ、森ヶ丘学園の生徒会は副会長である圭輔、会計の勉、書記の松田さん。

そして、なぜか会長の僕という構成だ。

 

「今日は体育祭の備品チェックの結果が届いてるから確認しようと思うんだ」

 

それは、前に体育祭の実行委員に対して出していた備品の調査依頼の報告書だ。

例年では委員会が希望する数の備品の購入許可を出しているようなのだが、今年からは必要な数だけの備品に限り許可を出すようにルールを変えたのだ。

その理由としては経費削減だ。

この体育祭が本当は必要性がない備品を買い換えようと申請してくるような事態も十分あり得る。

もし仮にそんなことがされているのであれば、全く以て無駄遣いなので、ルールを変更させてもらったのだ。

それが、最初に必要な物を今まで通り申請してもらい、そこから視察(という名の監査)を行って本当に必要な数を算出するというものだ。

おかげで体育祭の議題に費やす時間がこれまでの倍もかかってしまった。

しかし、その分無駄な経費がかからないとなれば楽なものだ。

 

「え~っと、去年の予算に比べて随分と減っていますね」

 

報告用の書類を見ていた松田さんが驚いた声をあげる。

 

「そうだな。やっぱり不必要な物の購入の申請をしていたようだな」

「……みたいだね」

「では、これはこのまま申請を通してもいいんですかね?」

 

書類を確認しながら、各々が思い思いの言葉を口にしていき、松田さんが僕の方を見ながら問いかけてくる。

それに対して僕は頷いた後に言葉を続ける。

 

「うん。それじゃこの申請の内容で問題が無いと思う者は挙手を」

その言葉に反応して、三人が同時に手を挙げる。

僕はそれを見て頷くと、言葉を紡いでいく。

 

「……という事で、これで体育祭の方は進めていくと言うことで。次は――――」

 

そして、僕は次の議題を話し始めるのであった。

 

 

 

 

 

「っと、もうこんな時間か」

 

話し合いが一段落したタイミングで時間を確認すると、すでに時刻は13時を過ぎていた。

別に遅い時間ではないけれど、さすがにぶっ通しで数時間も話していると疲れるものは疲れる。

 

「少しだけ休憩にしようか」

 

一旦休憩を挟んだ方がいいと判断して、僕は皆に向けて告げる。

それを聞いて全員の肩の力が少し抜けたような気がする。

その様子を見て僕は苦笑してから、気分転換にとゆっくりと立ち上がると窓際の方に向かい窓を開けた。

春の心地よい風と共にふわりと桜の花びらが入り込んでくる。

空を見上げれば青い空が広がり、太陽が出ている。

これこそ絶好の花見日和だと言えよう。

そんなことを考えながら窓から外の様子を見ていた時だった。

コンコン、と扉を叩く音が耳に届く。

 

「……ん?」

 

突然のノック音に、扉の方に目を向ける。

もう一度、ノック音が聞こえる。

どうやら気のせいではないようだ。

 

「どうぞ」

 

一体誰が来たんだろうと疑問を抱きつつも、僕は扉の向こう側にいるだろう人物に声を投げかけた。

ガチャリと音がして扉が開くと、そこには頭頂部が少々寂しい(何がとはあえて言わないが)中年の男性がそこにいた。

 

「学園長?」

 

彼はうちの学園の学園長だ。

なぜここにいるのだろう? 何の用だろうか、と思っていると学園長は、少し困った表情を浮かべていた。

その様子を見た僕は何かあったのかと勘繰ってしまう。

すると、彼が口を開いた。

 

「すまないが、香月君。ちょっといいかい?」

 

申し訳なさそうに言う彼に、僕は疑問が確信に変わったような気がした。

 

「はい、なんでしょう?」

「それがだな……ちょっとここでは言いにくいことだから場所を変えさせてはくれないか?」

 

そう言う彼の顔からは疲れの色が見えた。

一体何があったんだろうか? そう思いながらも、この場で話せないほどの事となると嫌な予感しかしなかった。

しかも相手は学園長だ。

 

「私は構いませんが」

「すまないね。では行こうか」

 

そう言って学園長に連れられ、僕たちは生徒会室を後にした。

そうして学園長に連れられて向かった先は学園長室だった。

来客用に用意されているであろうソファに壁に掛けられた額縁には、表彰状やらこれまでの歴代の学園長の写真なんかが飾られていたりして、どこにでもあるような校長室を思わせる内装になっている。

僕は来客用のソファに座るように促されたので、言われるままに腰掛ける。

そして僕が座ったと同時に学園長は向かい側のソファに移動し腰を下ろす。

 

「……それでお話と言うのは?」

 

単刀直入に聞くべきか悩んだが、いつまでも黙っている訳にはいかないので思い切って聞いてみることにした。

それに、もし重大な話なら早めに聞いておいた方がいいだろうと思ったからだ。

 

「うむ……」

 

学園長はしばらく考え込む素振りを見せてから意を決したように口を開いた。

その表情から察するに、あまり良くない話なのは間違い無いようだ。

その証拠に歯切れが悪いし、さっきから視線が泳ぎまくっているのだ。

さすがに急かすわけにもいかないので、じっと待つしかないだろう。

そして、しばらく沈黙が続いた後ようやく学園長が重い口を開き話し始めた。

その言葉を聞き逃さないように耳を傾ける。

 

「……実は、君にはここから転校して欲しいんだ」

 

重々しく発せられた言葉に一瞬ドキッとしたが何とか平静を保つことが出来た。

 

(ああ……そういうことか)

 

「転校……ですか」

 

やはり思ったとおりの事だったかと思いながら、確認の意味を込めて聞き返す。

 

「そうだ」

 

学園長はゆっくりと首を縦に振った後、肯定の意を示した。

 

「……」

「……すまない」

 

黙り込んだまま何も言わない僕を見て、学園長はさらに申し訳なさそうな表情を見せる。

しかし、俺はどう答えればいいのか迷っていただけなのだが……。

 

「いえ、謝らないでください。学園長には感謝しているんです。去年の一件では色々とお世話になりましたし、ご迷惑をおかけしてしまいましたから」

 

そう言って頭を下げる。

去年、僕が起こした行動は、正直あまり良い方法ではなかった。

それでも僕の考えに賛同し、支援してくれた学園長には、とても感謝しているのだ。

その気持ちだけは本当だということは分かってもらいたい。

 

「香月君。こんなことを言っても気休めにもならないかもしれないが、もう一度ここに通うことが出来るように、こちらで努力してみるつもりだ。だからどうかそれまで待っていて欲しい」

 

僕の話を聞いた学園長は真剣な眼差しで訴えかけてくる。

その瞳には強い意志が込められているように見えた。

だから、僕はその言葉に頷くことしか出来なかった。

 

「わかりました。でも、あまり無茶しないでくださいね」

「ありがとう」

 

僕が承諾したことで安堵したのか安堵の表情を浮かべる学園長。

それに対して僕は疑問を投げかけることにした。

 

「それで、転校先はもう決まっているんですか?」

「ああ。それなんだが、何も聞かされてないんだ」

「……そうですか」

 

その言葉を聞いて思わず顔を顰めてしまう。

 

「とにかく急な話で申し訳ないが、追って連絡があるらしいので、そのつもりでいてくれ。すまないが話は以上だ」

「……はい」

 

そう言うと僕は立ち上がり、頭を下げた後学園長室を後にした。

 

(さて、これからどうしようか)

 

生徒会室に向かって廊下を歩きながら考える。

 

(せめて転校先の学校がどこなのか分かればいいんだけど……)

 

「……はぁ」

 

学園長室を出た後、廊下を歩きながら思わず溜め息が漏れた。

突然の転校話……しかも転校先すら分からないなんて。

関係ない人なら「面白くなってきたぞ!」と胸躍るところだが、当事者としては笑えない。

 

(あーあ。色々と生徒会としてやって行こうと思ってたのに)

 

窓の外を見ると、のどかな自然が広がるだけだった。

 

「おい、高輔! 転校ってどういうことだよ!」

 

生徒会室のドアを開けると、圭輔が待ち構えていた。

いつもの飄々とした態度とは裏腹に、焦りを隠せない表情だ。

 

(ああ……聞いてたんだな)

 

「一体何があったんだ? 転校って……冗談じゃすまないだろ」

「実は……」

 

圭輔の目は鋭く、嘘やごまかしは通じない雰囲気だ。

僕は諦めたように肩をすくめ、状況を説明することにした。

 

「事情は分かったが……でもなんで高輔が転校しなきゃいけないんだ?」

 

圭輔が不満そうに言う。

 

「お前は学校のために頑張ってるじゃないか」

「それは……まあ、どっちかというとこっちの問題だと思うし、気にするな」

 

(こういう根回しをしてくる人って限られてるからな……)

 

僕は曖昧に微笑んでみせる。

しかし圭輔達の表情は晴れない。

 

「高輔が転校したら俺たち生徒会はどうなるんだよ……」

「どうなるも何も、変わらないさ。予定通りに活動してけばいい」

 

僕がそう言うが、圭輔はなんとも言えないような顔をする。

どうやら納得していないようだ。

 

「まあ今生の別れじゃないんだから、縁があればまた会えるさ。それに何かあったら連絡くれればある程度のことなら生徒会活動の方はフォローできる」

 

僕は圭輔の肩をポンと叩き、安心させようと軽く微笑んだ。

 

「そう、だな……でも、何かあったら必ず連絡しろよ? いつでも相談に乗るからな」

 

圭輔は少しだけ不安そうな表情を見せたが、すぐにいつもの明るい笑顔に戻ってそう答える。

 

「もちろんだ」

「そういや、会長。どこに転校するですか?」

 

話が一段落したところで、勉が元気よく質問してきた。

 

「それが、さっぱり分からなくて」

 

僕は肩をすくめて苦笑いを浮かべる。

 

「え?」

 

そんな僕の答えに舞さんが驚いたように目を丸くする。

 

「学園長、教えてくれなかったんですか?」

「ああ……まあ、すぐに分かるだろうから気にはしてないけど」

 

舞さんの問いかけに僕は曖昧に答える。

どうせ家に戻れば何らかの連絡があるだろうから、そこまで気にしても仕方ない。

 

「そうなんですか……」

 

舞さんは心配そうな表情で僕を見るが、僕は相槌を打たないでおいた。

彼女達は一般人だ。

僕の事情は知らなくていい。

 

「それじゃ、そろそろ帰りますか」

 

重い空気を吹き飛ばすように、僕はわざと明るい声で言った。

それに対して他の三人も

 

「そうだな」

 

と同意する。

こうして生徒会室を出て帰り道を歩き始めた。

 

「それじゃ、また会いましょう」

「早く帰ってきてくださいね」

 

校門まで歩いてくると、家の方向が違うまいさんと勉の二人とはここで別れる。

 

「ああ。また」

 

僕はそう言って二人に手を振ると、二人は去って行った。

 

「それじゃ、俺達も行くか」

「ああ」

 

僕は圭輔に相槌を打つと一緒に帰路に着いた。

 

「「……」」

 

圭輔と二人きりになった後も、しばらくの間は無言で歩き続けた。

僕も圭輔も特に会話を始める気配はなかったが、お互いに何か言いたげな雰囲気を感じる。

 

夕暮れ時の空は茜色に染まり、周囲の風景を優しく照らしていた。

 

「……なあ」

 

突然、圭輔が口を開いた。

その声は普段よりも少し小さく、どこか遠慮がちな感じだった。

 

「どうした?」

 

僕はできるだけ明るい口調で返事をする。

 

「無理してないか?」

 

圭輔は、まっすぐな視線でこちらを見ながら言った。

その表情からは冗談で応えることを許さないと言われているような気がした。

 

「ああ。無理はしてないよ」

 

僕は軽く肩をすくめてみせる。

 

「まあ……なるようになれ、だ」

 

僕の扁桃に、圭輔は少しの間黙っていたが、やがて小さく息を吐いた。

 

「……高輔。お前、何か隠してるだろ」

 

その言葉に、それまで歩みを進めていた足を止める。

圭輔の目は真剣そのもので、僕を見つめていた。

 

「別に、何も隠してないさ」

 

僕は無意識に目を逸らしながら答える。

 

「嘘つけ。何を隠してんだよ?」

 

圭輔は少し苛立ったように声を荒げる。

 

「隠してなんか……」

 

言いかけた言葉が途切れる。

実は転校の裏にはある理由があるのだ。

だがそれを話すわけにはいかない。

 

「……圭輔。恥ずかしいこと言うけど、僕はお前を友人だと思ってる。だからこそ言えないこともあるんだよ」

 

僕は正直にそう伝えた。

圭輔は一瞬驚いたような表情を見せたが、何かを悟ったのかすぐに頷いた。

 

「そうか……わかったよ。無理に聞くつもりはないさ」

 

その声には少し寂しさが混じっていた。

 

「悪いね」

「いや……俺こそ詮索しすぎた。でも、困った時はいつでも連絡して欲しい。お前の力になれることがあれば手を貸すよ」

 

圭輔の真剣な眼差しに、胸が少し温かくなる。

 

「ありがとう。その時は頼むよ」

 

僕は微笑みながら答えた。

やがて通学路の分かれ道に差し掛かり、僕たちは立ち止まった。

 

「それじゃあ、ここでお別れだな」

「ああ。またいつか」

 

圭輔に僕はいつもの感じで言う。

 

「そうだな……じゃあな」

 

圭輔もそれに倣っていつも通りに返してきた。

 

圭輔は手を振りながら僕に背を向けた。

僕も小さく手を振って応える。

 

彼の後ろ姿を見送りながら、少し寂しさを感じる。

それは一年前には感じなかった物だろう。

 

「はぁ……」

 

深くため息をついてから、僕は自分の家に向かって歩き始めた。

 

夕暮れの道は静かで、時折通り過ぎる車の音だけが聞こえる。

通学路の途中にある公園では、小学生たちが遊んでいた。

楽しそうな笑い声が耳に入ってくる。

 

(あんな風に純粋に楽しめていた頃もあったな……)

 

公園の横を通り過ぎると、少し先に住宅街が見えてくる。

住宅が立ち並ぶ通りは静かで、時々聞こえる鳥のさえずりが心地良い。

 

「さてと」

 

自宅を前に僕は深呼吸をして、気持ちを切り替える。

 

「ただいま」

 

家に入って声をかけるが、返ってくるのは静寂だけ。

一人暮らしだから当然だけど。

 

「さてと、荷物整理でもするか……」

 

独り言を呟きながら部屋に戻る。

転校が決まったら、準備が必要だ。

制服を脱いで、クローゼットにしまい、代わりに私服を引っ張り出す。

シャツにジーンズといったシンプルな服装に着替え、クローゼット内に置いておいたキャリーケースに、必要な荷物を詰め始める。

 

「とりあえず、これでいっか」

 

キャリーケースに適当に詰め込んだ荷物を前に、満足げに頷く。

転校の話の実感が湧かないが、こうして準備をすることでようやく、”ああ、本当に転校するんだ”と実感できる。

 

「さて……そろそろかな」

 

時計を見て、そろそろ動きがある頃だろうとスマホをチェックする。

スマホには、特にそれらしい連絡は無い。

 

「ん?」

 

突然、家の前で車が停車する音が聞こえた。

窓から外を見ると、家の前に黒塗りの高級車が止まっているのが見えた。

 

(なるほど、そうきたか)

 

窓から見える高級車を見て、僕はついに来たかと深いため息をつく。

車の持ち主が誰なのかは想像がつく。

こんな閑静な場所に、わざわざ高級車で来るような人間は限られているからだ。

 

「全く……わざわざ目立つような車で迎えに来るなんて……」

 

ブツブツと文句を言いながら、荷物をまとめた鞄とキャリーケースを手にして部屋を後にすると玄関に向かう。

名残がないわけではないが、僕は家の中を振り返ることは無かった。

そして玄関のドアを開けると、そこには予想通りの人物が立っていた。

 

「坊ちゃま。迎えに来ました」

 

車の前には、スーツ姿の中年男性が立っていた。

その男性……倉松は丁寧な口調で挨拶してくる。

 

「ありがとう」

 

僕は軽く頭を下げて答える。

この人は僕の家の専属ドライバー(執事)だ。

物心がついた頃からずっと僕の家に仕えているらしい。

僕にとっては幼い頃から世話になっている人だ。

 

「荷物は私が運びますので、お任せください」

「……それじゃあ、お願いするよ」

 

僕は倉松に荷物を渡すと、荷物を載せてもらう。

そして、彼は車の後部座席のドアを開けて乗るように促してきたくれたので、そのまま乗り込むとシートベルトを締める。

それを確認してか、倉松はドアを閉めて運転席に乗り込む。

 

「では、出発いたします」

「ええ」

 

僕の返事に応じるように、車はゆっくりと走り出す。

この車は窓にスモークフィルムが貼られており、外から中の様子が見えないようになっている。

その上、外の音も聞こえてこないので車内は静かで居心地が悪くはないが、これから向かうであろう場所に少しばかり憂鬱になる。

 

「はぁ……」

「お疲れのようですね?」

 

僕のため息に、バックミラー越しに見える倉松は少し心配そうな表情を浮かべて尋ねてくる。

 

「まさかこんな迎えの仕方をするとは思わなかったので……」

 

思わず嫌みっぽく言ってしまった。

 

「申し訳ありません……しかし旦那様からの指示ですので」

 

倉松は少し困ったような表情で言葉を選ぶように言う。

その言葉を聞いて、僕は納得すると同時に呆れてしまう。

やはり、この一件は父が関与しているようだ……。

 

(今度はどこに働きかけたんだ)

 

父がどこのお偉いさんに、どのような働きかけをしたのかわからないが、おそらく今回もそういった人達が関与しているのだろう。

 

(うん、考えるのを止めよう)

 

窓の外を流れる景色を見ながら、僕はまた深いため息をついた。

父の強引さには慣れているつもりだったけど、今回ばかりは度が過ぎている。

 

(まあ、一人暮らしも無理を言ってさせてもらってたしな……)

 

父に必死で頼み込んで、ようやく勝ち取った一人暮らしの自由。

それがたった一年で終わってしまうのかと思うと、やはり落ち込まずにはいられない。

 

(はぁ……どんな無茶ぶりをされるのやら)

 

「はぁ……」

 

再びため息が漏れる。車内の静寂が、まるで僕の不安を増幅させるように感じられた。

窓の外を流れる景色は徐々に変わっていく。

行き先はおそらく、僕の家だろう。

 

(またあそこに戻るのか……)

 

あの家が嫌だというのはない。

むしろ、あそこにいた方が快適だろう。

だが、それを上回るほどの事情があるのだ。

 

(まあ……いつか戻る日が来るとは思ってたけどさ)

 

内心で愚痴をこぼしつつも、運命を受け入れるしかないと悟る。

どうせ父の判断には逆らえないのだから。

 

「……」

 

会話が途切れたまま、しばらく沈黙が続く。

倉松は何も言わない。

おそらく僕の心情を察しているのだろう。

そう思えば彼は昔からそうだったような気がする。

僕の感情を理解し、必要以上に踏み込んではこない。

僕は再び窓の外の方に視線を向かわせ、流れていく景色を眺めるのであった。

 

 

☆ ☆ ☆ ☆

 

 

「―――ま。着きましたよ」

「ん……?」

 

優しい声で倉松に肩を軽く叩かれて、僕はハッと目を覚ました。

窓の外には見慣れた我が家が見える。

 

「……ああ、着いたのか」

 

どうやらいつの間にか眠っていたらしい。

 

「坊ちゃま。お荷物は私の方でお持ちいたします」

「……わかった」

 

倉松に荷物を預けて車を降りると、家を見上げる。

 

「うん、やっぱりデカいな」

 

久しぶりに見る我が家は、やはり相変わらずの豪邸ぶりだ。

石造りの外壁に美しい装飾が施され、まるでヨーロッパの貴族の邸宅を思わせる。

僕が立っているロータリーのような場所の周囲には手入れの行き届いた植栽が広がっているる。

 

(どこの成金貴族だよ……ほんと)

 

思わず内心で毒づいてしまう。

まあ、確かに外観は立派で文句のつけようがない。

しかし、素直に素敵だとは思えない。

 

「坊ちゃま。どうぞ」

 

倉松が僕の背後から声をかけてくる。

僕は無言で頷き、大きな玄関扉へと足を進める。

そして扉を開けて中に入った。

扉の向こうには広々としたエントランスホールが広がっている。

床には赤い絨毯が敷き詰められ、壁には高級そうな絵画が飾られている。

吹き抜けになった天井からは大きなシャンデリアが吊るされており、室内を明るく照らしている。

そして奥の方にはやや大きめな階段があり、二階へと続いているようだ。

 

「おかえりなさいませ、浩介様」

「ただいま」

 

メイド服を着た家政婦さんが、僕を迎えてくれていた。

 

「旦那様がダイニングでお待ちです」

「……わかった」

 

僕は短く答えると、家政婦さんの後に続いてダイニングルームへと向かった。

ダイニングルームにつながる扉を開き、ダイビングルームに足を踏み入れる。

そこは相変わらず広く、縦長の大きなテーブルが中央に置かれている。

僕の向かい側……一番奥の場所に父さんの姿があった。

 

「……久しぶりだな。浩介」

 

父さんは僕を見るとニヤリと口角を上げる。

相変わらず胡散臭い笑みだ。

 

高月(たかつき) 宗二郎(そうじろう)

それが父さんの名前だ。

 

50代後半のはずだが、年齢を感じさせない若々しさだ。

髪は黒みがかった短髪で、オーダーメイドと思われる高級スーツをピシッと着こなしており、ネクタイも無地ではなく少し凝った柄物を選んでいる。

ただ座っているだけだというのに、なんとも言えない威圧感を醸し出している。

日本有数の総合商社「月宮ホールディングス」

その現社長が僕の父親だ。

たった一代で大企業にまで上り詰め、政財界にも顔が利く。

この一連の動きもそれがあって出来たことだ。

そして、僕の名前もまた偽名であり、本名は高月浩介だ。

そんなある意味大物の息子である僕が、なぜ名前を変えて平々凡々と一人暮らしをしているのか──それには複雑な事情がある。

 

「ただいま、父さん」

「まあ座りなさい」

 

促されるまま、父さんの向かい側の席の椅子に腰掛けると、父さんが話し始める。

 

「向こうでは生徒会長も務めていたそうじゃないか。さすがは我が息子だ」

 

そう言ってニッコリと笑う。

この人はいつもこうだ。

常に胡散臭い笑みを浮かべていて、何を考えているのかわからない。

そんなところが苦手なのだ。

 

「ありがとうございます」

「それで今回の件だが……」

 

いよいよ核心部分に入ってくるようだ。

僕は少し身構える。

 

「分かってるとは思うが、これから新しい学校で生活してもらうことになる。無論、問題は無いな?」

「ええ。で、どこの学校ですか?」

 

僕の問いかけに父さんが静かに頷くと、続ける。

一人暮らしをする時の条件の一つに、”父さんの方で何かがあったらすぐに戻ること”とあるのだから、転校先が訳ありであるのはすぐに分かる。

 

「明日からお前には音ノ木坂学院に編入してもらう」

 

父さんのその言葉が、僕のこれからの運命を大きく変えることになるのを、この時は知る由もなかった。




以前投稿していたプロローグですが、色々と思う所があったため一から書き直した物に差し替えを行いました。
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