美しき城へ続く道:「2人の臨時講師」編 作:Whiplash
再び、美しき城へ
--姉の導きを受けながら進んだあの夏を過ぎて、色々ありまして。
これまでは目の前の仕事と学生生活を両立することで精一杯だから、と、まずはジブンにできることをしっかりとやることで前に進むんだ、と言い聞かせて、活躍の場を広げてきた中で降ってわいた、「個人の仕事優先」と「パスパレの再度の活動休止」の方針。その試練の中でジブンたちは、否が応でも「アイドルとしてどうなりたいか?」という、これまで正面から向き合うことを避けてきた課題に直面することになりました。*1
日菜さんは、「わからなくてもいーんじゃない?パスパレを続けていけば、いずれわかるようになるから」と言ってはくれたけど。あの試練を克服して今しばらく、相変わらずジブンの中の「アイドル」は分かりません。
そんな、冬の足音が聞こえてくるある日のことでした--
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--事の発端は2週前の金曜日、突如、翌週の火曜日(すなわち、レンタルスタジオを訪れるちょうど1週間前)に渋谷に所在する、とある芸能プロダクション--他でもない、姉である大和亜季も所属する、国内最大手の芸能事務所へ行くよう、指示を受けたことにある。幸いにして、演劇部の練習等も予定されておらず予定は空いていたが、何の説明もないまま急に送り出そうとするスタッフをはいそうですか、と信用するにはあまりにもこれまでの所業は重く、業界内外で温厚で知られる麻弥も、つい、
「あの、ちゃんとどういう用件か把握されてますよね?」
と、いささかの不信感を含んだ口調で問いただしてしまうのであった。麻弥の様子に狼狽したスタッフであったが、
・ある意味ではスタジオミュージシャンとしての指名である
・内容は把握しているが、対外的に未発表の事項を複数含んでいるため社外秘扱いで、話を聞く段階でNDA(秘密保持契約)へのサインを求められる。次週の火曜日は依頼の詳細と、受諾するかの決定がメインとなる
・受諾した場合、12/3から2ヶ月強、週2回、先方の事務所のとなりにあるレンタルスタジオへ出向いての業務となる
と、どうにか必要十分な説明を行い、麻弥を納得させることに成功したのであった。
翌週火曜日、学校帰り、待ち合わせに指定された18時まで数分。麻弥は副都心の一等地であることを忘れる広大な敷地に気圧されつつも、事務所へと向かう。「美しき城」と称されるこの事務所の本丸であるという30階建てのビル、その広大なエントランスホールへ立ち入り、受付で。人々麻弥はますます居心地の悪さを覚えてしまう。そんな様子を見かねてか、黄緑蛍光色のスーツに身を包む、背丈は千聖とほぼ変わらないくらいの、編み込みの女性が駆け寄ってきた。
「お待たせしました、大和麻弥さんですね」
「はい、そうですが……えっと……」
「私、アシスタントを務めている千川ちひろです。担当者は既に3階の応接室で待機していますので、ご案内しますね」
「よ、よろしくお願いします……」
奇妙な威圧感*2を感じ取りつつも、麻弥はちひろの案内を受ける。エスカレーターで3階まで上ると、一体いくつ個室があるのか、一目では見積もりがつかないような数の扉が並んでいる。
「ええっと……こちらですね!」
ちひろが示すのは角の、他よりもやや広めの個室であった。
ドアをノックし入室すると、2人の男性が待ち受けていた。1人は初めて会うスーツ姿の、20代後半くらいと思われる男性だが、誰かしらの担当プロデューサーであろうと、麻弥にも容易に当たりがついた。
そして、もう1人は麻弥にとって大いに見覚えがある人物であった。
「え、MAOさん……?」
「お、僕のこと覚えてくれてるとは光栄だねえ」
「そんな、いまどきMAOさんのことを知らないスタジオミュージシャンなんて、モグリですって!」
そう、この事務所が公式に設けているバックバンド「シンデレラバンド」にて、ドラムスを務めているMAOがいたのだ。尊敬するミュージシャンが同席していることにますます恐縮してしまいつつ、促されるままに座る麻弥。スーツ姿の男性は、VelvetRoseという、今年の初春にデビューしたユニットの担当プロデューサーで、本来のまとめ役である統括プロデューサーの代理でここにいる、と自己紹介したうえで、話を始める。
「単刀直入に、本題から申し上げます。大和さんには私が担当しているアイドルの一人--白雪千夜への、ドラムスの技術指導を依頼したいのです」
「ジブンが……指導役ですか?」
「ええ、いきなりで驚かれているかと思いますが」
「それはそうss……そうですよ、まずMAOさんがいらっしゃいます」
「そうそう、本来は僕らが指導役ってことになってたんだけどねー。いやあ、思いの外スケジュールが詰まっちゃってて」
と苦笑いのMAO。
「仮にMAOさんがお忙しくても、他にもスタジオミュージシャンの方がいらっしゃるじゃないですか!」
「……聞くところでなのですが、弊社直属のドラマー、というのは慢性的に不足しているんだそうです。もちろん、上長が依頼を出しましたが全員、予定が立てられないから、と断られています」
「……それでも、外に頼むにしても、選択肢はあるはずです。なぜジブンなんでしょう」
「こういう言い方は何ですが、白雪はこう……気難しいところがありまして。良くも悪くも忌憚のない物言いをするタチなので、そういったコミュニケーション面のコントロールができることがどうしても必要になるんです。そういう点ではまず年齢的にも近いことも重要と考えていまして、基準を踏まえて候補選定する際、真っ先にあなたの名前が上がったのです。まあもちろん……あなたのお姉さんからの推薦もありましたが」
「亜季姉ェ……」
渋面の麻弥ではあったが一つため息をついて。
「……分かりました。詳しい話を聞きましょう。そもそもどういう経緯で技術指導が必要になったのかは気になります」
「ええ、承りました。それに当たって、向こうでも聞いてるとは思いますが一筆を」
そう言って、スーツの男は数枚の書類を渡してくる。承知していた麻弥は、机に出していたペンを手に取り、秘密保持契約書、と先頭に記載されたそれをざっと確認する。そして末尾にあった署名欄へとサインをする。*3
「ありがとうございます。では、具体的な話に入っていきましょうか」
「麻弥ちゃんも、ここの事務所が今やってる東名阪ツアーのことは知ってるよね?」
「ええ、確か楽曲ジャンル別、っていうくくりでやってるんですよね」
「そうそう、それそれ」
他事務所の情報収集を日常的にしているユニットメンバーの存在もあり、他のアイドル事情に疎い麻弥でも、このライブツアーのことは知っていた。確か、6月末--千聖の舞台でひと悶着あった頃にはすでに発表になっていたはずだ。
Pastel*Palettesがゲスト参加した事務所ライブから2週間後には最初の、大阪城近くにあるアリーナでのライブ*4が開催されていた。続いて11月には名古屋のアリーナ会場でのライブ*5が開催され、国内でのDJ文化の魁というべき人物がゲストとして招聘され、大きな話題となっていた。そして残るは、来年2月中旬に控えた「ロック」がテーマの埼玉でのライブで、シンデレラバンドもここに参加している、というのが、麻弥の把握している範囲であった。
「それで、ここからがまだ未発表の話なのですが、前の2つと同様に今回のライブでもテーマソングが作られているのです」
それがこちらです、と、バンドスコアと音源と思われるCDを渡してくる。
「Unlock Starbeat(アンロック・スタービート)……」
それが、大阪でのライブでのテーマ曲--「Comic Cosmic」、名古屋でのテーマ曲--「ミラーボール・ラブ」に続く、埼玉での「ロック」に沿ったテーマ曲のタイトルであった。
「ええ、こちらを……」
「いえ、ここまで説明いただければ、察しがつきますよ。この曲を、実際にアイドルに演奏させる、と」
「そうですね、そういうことになります」
「スコアを見た限りでは、5人での演奏のようですけど、メンバーは決まってますか?」
「はい、白雪以外は、ボーカルに星輝子、ギターは多田李衣菜、ベースが五十嵐響子、キーボードに神崎蘭子、ですね、詳しくはこちらを」
そう言って、スーツの男がスコアとは別に5枚の紙を渡してきた。
その紙面にはライブと連動した、テーマ曲に関する企画の詳細があるようで、ライブのどのタイミングでやるのか(書類によれば、初日の1曲目になっているらしい)、メンバー(さきほど言われていた通りの名前が記載されていた)、おおよその配置、連動したCD、発表時期などが記載されており、その末尾には、各パートごとのスケジュールと、演奏クオリティ面の進捗見込みについてまで記載されていた。
ボーカルについてのみ、スケジュールの図にだけ掲載されていて記載から漏れていたことに気づき、麻弥はまずそこを質問したのだが、
「さすがに星さんのことは上から下まで全く心配してないですね。一応全員に歌うパートはありますから、負担が大きいわけでもないし」
という返答があったのみであった。とはいえ、「夏の偶像」から2度に渡って彼女の実力の程は見てきていることもあり、麻弥もこの返答に不服はない。
続けて見ていくと、全体としてと、他のパートについては以下の通り記載があった。
・全体として
1月最終週に行う最終合宿の後、2/3の審査会においてシンデレラバンドからの認可が降りることを判断基準として、懸念事項はあるものの、概ね達成可能と判断している。
12月末からはシンデレラバンド側の準備が開始され、同メンバーによる指導が一切不可能となってしまうことから、パート別の中間審査(必要な技術の定着度・曲への理解度・ボーカルと並行した演奏の状況をはかる)を行い、1月以降の方針を決定する。
・ギター(多田李衣菜)について
木村夏樹との×〇フェスへの共同参加の際、木村からのギターに関する指導を受けており、事前にチェックしたところ当時の技術は保っていることは確認できた。
シンデレラバンドのメンバー(JOE・HEY)による指導時間の確保は、両名が多数の楽曲に対するMIXへのコミットを行わなければならない関係上2人合わせて10時間程度にとどまる見込みだが、当面の指導役としては早い段階で木村夏樹からの承諾を得ており、問題なしと判断している。
・ベース(五十嵐響子)について
楽器経験はないが、譜読みの試験は問題なし。
シンデレラバンドのベース担当であるSHINについては、現状MIXを担当する楽曲もなく、12月中のすべての個別レッスンについてスケジュールも確保できている(ただし、本ライブと連動して発売するCDの楽曲(後述)に対して、編曲を担当するとの報告があり、これの推移によっては多少の影響が予想される)。また、1月以降も弊社スタジオミュージシャンを2名確保している他、指導補助として音楽理論に精通している涼宮星花の内諾を得ており、記載を省略したボーカルに次いで、順調に推移すると考えている。
・ドラムス(白雪千夜)について
楽器経験なし、ドラムスの譜面は特殊であるため、本書面が提出・承認される現段階で既に指導を開始している。
シンデレラバンドでの該当パート担当であるMAOについては、本ライブと連動して発売するミニアルバム「3Chord for the Rock」に収録される1楽曲(タイトル未定)を担当するほか、別途の案件も複数抱えており、12/13以外のスケジュールを押さえることができなかった。また専属のスタジオミュージシャンへも依頼を行ったが、スケジュールの都合で不可能である旨の報告を受けている。また、所属アイドルで唯一当該楽器の演奏経験があるライラについては、指導役としての意思疎通に問題があると判断し、依頼を断念している。一方で、所属アイドルを通じた有力なコネクションが存在しており、外部指導役の招聘にあたっては、まず当該人物への交渉を行う方針である。
・キーボード(神崎蘭子)について
楽器経験なし、譜読みの試験は概ね良好だったが、同試験の監査役からは「五度圏の理解にやや不安がある」との報告もある。
他パートと異なりいくつか懸念事項が存在する。
まず、ライブの企画より以前に内定した個別の活動予定があり、個人レッスン開始初週のスケジュールを確保できなかった。合流予定が他の4名と比べ1週間遅延し、12/3からとなる。
また、該当パートを担当するSHUNについては、バンドマスターを兼務し、シンデレラバンドとして演奏する35曲(予定)のライブ用MIX作成の実務および監修を行う立場にあり、全くスケジュールの確保ができなかった。また弊社には当該パートについて、専属のスタジオミュージシャンが在籍しておらず、松山久美子ら、鍵盤楽器の経験があるアイドルもスケジュールの問題により確保に至らなかった。従ってこちらも、外部から指導役を招聘することとなっており、現在数名の候補者と交渉中である。
「ああ、このコネクションっていうのがジブンなんですか……」
「そういうことだねぇ。演奏技術も、指導能力ってとこでも問題なし、って判断だよ」
「指導のほうはあまり自信ないですが……引き受けた以上は善処しますね」
MAOはサムズアップしつつ、よろしく頼むよ、と麻弥に声をかけると、じゃあ僕外で別件あるんで、と言い部屋を後にする。
ふと、麻弥があることを気にかけて尋ねる。
「そういえばこの書類、何時ごろのものなんですか?」
「2週間ほど前ですね。これは企画書ではなく、決定事項を上に伝達するための資料なので。ちなみにですが、指導者を付けた個人レッスン以前より個別での練習は開始してもらってます」
VelvetRoseとしての活動が結構詰まってて、白雪の練習時間はなかなか取れていないんですがね、と、担当プロデューサーは苦笑いをするのであった。
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12月最初の火曜日、間もなく陽が沈みきろうかという時間。渋谷駅東口から歩いて数分のところに広がる広大な敷地……のそばにある、それなりの規模のレンタルスタジオ。その玄関口にライトグレーの、羽丘女子学園の制服(冬服)に身を包む大和麻弥の姿があった。
玄関を抜けた先、受付には1人だけ女性スタッフが鎮座していた。麻弥が指定された部屋番号を告げると、その場所をわりあい懇切丁寧に説明してくれた。麻弥は受付スタッフに案内への礼を告げると、足早に、集合場所であるスタジオ入口へと向かっていく。
「ああ、おいでなさってましたか!こっちですこっち!」
そう声をかけてきたのは、先週とは別の、やはりスーツ姿の男であった。彼は今回ベースを担当している五十嵐響子の担当プロデューサーを名乗り、あくまで聞いた限りで、と断った上でこの後の段取りについて説明する。*6
「……この後はひとまず、今回のメンバー全員と15分ほど顔合わせをして、それから残りの時間はレッスンにあてていただく形になります。資料は先日応対した者から渡されていると思いますが……」
「はい、そこは大丈夫です。星さんと多田さんとは既に共演もして*7面識もありますから」
「話せる相手がいるなら、安心ですね」
そう二言三言ほど交わしつつ、響子担当プロデューサーが扉を開ける。
「あっ、プロデューサーさん!おかえりなさい!」
スタジオ内に入ると、ロングの、色素薄めのナチュラルな茶髪をポニーテールでまとめた、レッスン用と思われるジャージ姿の少女が声をかけてくる。入ってきたときにはエレキベースを持っていたことも踏まえると、どうやらこの少女が五十嵐響子のようだ。響子(?)は麻弥の方を一瞥すると、それじゃあみんな呼んできます、と担当プロデューサーへ告げて一旦部屋を後にしていった。
「あれ、行っちゃいましたね」
「響子ちゃん、相変わらず気が利くねぇ」
麻弥が不思議に思っている横から、別の男性の声がかかる。聞き覚えのあるそれに麻弥がスタジオの奥を見ると、そこにはYシャツ・ネイビーブルーのジャケット・黒ジーンズの細身の男--この夏2度共演したベーシストが立っていた。
「あっSHINさんご無沙汰してます。そういえば五十嵐さんのレッスンをされてるんでしたっけ」
「MAOくんたちと違って、今は割とヒマしてるからねえ」
数分後。互いの近況について麻弥とSHINが話をしているところに、響子を先頭にぞろぞろ、と少女が5人入ってくる。うち2人、銀髪の一際小柄な少女と、響子よりさらに明るいショートの茶髪で、首にはヘッドホンをかけた少女は、麻弥とも面識のある人物--星輝子と多田李衣菜だ。
「麻弥さん!お久しぶり!」
「夏以来……だね……フフ」
「お二人ともご無沙汰してます!」
そして輝子よりだいぶダークな銀髪を、奇妙なツーサイドアップでまとめている少女--こちらはいかに麻弥がアイドルに疎かろうと、さすがに知っている。このプロダクションの看板アイドルの一人、神崎蘭子だ。それなりに人見知りするのか、見覚えのないらしい麻弥を見て声をかけづらそうにしている。
そして--
「……」
どこか値踏みをするように、無表情で麻弥を見つめる、ごく細身の、黒髪ベリーショートの少女。
この子が今回指導する白雪千夜であると、麻弥にも容易に察しがついた。
5人とも部屋に収まったところで、それじゃあ揃ったので、と響子担当プロデューサーが声をかける。麻弥が5人の前に立つ。
「今回ドラムスの臨時講師になった大和麻弥です。普段はPastel*Palettesというアイドルユニットに所属していまして、ご存じとは思いますが、夏にはここのプロダクションが主催するライブにもゲストとして出演させていただきました」
しってるー、などと李衣菜や輝子からやんやと飛びかうのを、麻弥は苦笑いしつつスルーし、つづける。
「スタジオミュージシャンとしても駆け出しだった身ではありますが、ご縁あってこのような大任を引き受けることになりました。シンデレラバンドのみなさんが求める基準はとても厳しい、と聞いていますが*8、引き受けたからには、そこに達せられるよう奮励努力していきますので、今日から約2か月間、よろしくお願いします!」
麻弥の自己紹介が終わると、5人と、SHINから拍手が起こる。蘭子は何か琴線に触れるものがあったのか、目を輝かせて麻弥を見つめてくる。一方、千夜は引き続きの無表情で、拍手にもイマイチ心はこもっていない様子だ。心ここにあらず、というわけでもなさそうで、麻弥には事情をおしはかることは、今は不可能である。
ともあれここでの用事は一区切りとなった。それじゃあレッスンに戻りましょう、と響子担当プロデューサーがようやく口を開くと、ドラムス組はまず千夜が出ていき、続いて麻弥が響子担当プロデューサーの案内のもと、ドラムス組用の部屋へと向かっていく。
ここから、麻弥と千夜、そしてもう2人による、怒涛の2ヶ月が幕を開けた。
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