「のうきん」の世界にやべー奴が現れたようです   作:Red October

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明けましておめでとうございます! 新年を新作で始められるとは…
ひとまず、本年度中に完結を目指します!



Case.1 燃ゆる溟海
第1話 災厄降臨


 現在、「小説家になろう」のサイトに載せられた数ある作品の中でも、上位に位置する人気タイトル「私、能力は平均値でって言ったよね!(通称「のうきん」)」。同作品内では、交通事故で死んだ一人の日本人女子高生が、記憶や知識を持ったまま別の世界に転生していた。その世界は、過去に高度な文明があったにも関わらずその文明が滅び去り、そして今は世界中に危険な魔物が(ちょう)(りょう)(ばっ)()し、文明レベルが明らかに後退している世界である。

 具体的には、人類の武器は剣や槍。遠距離兵器は弓、城塞に備え付けるような大型兵器だと弩弓(バリスタ)が限界。火薬というものの存在は知られていない。そんなレベルである。地球で言うなら古代から中世にかけての時代くらいのレベルであり、かなり原始的と言わざるを得ない。

 その一方で、異世界らしい要素もある。それは魔法。具体的には、かつてこの世界を管理していた神々が「大規模実験」として散布した「ナノマシン」が、人間を始め生物の脳内イメージや思考を読み取り、その内容を目に見える形で発現するものである。そして、この世界にはそうした魔法を人間よりも上手く扱える種族…はっきり言えばエルフ族、魔族、ワイバーン等の竜種、更にはこの世界で最強の生物と言われる古竜がいる。また、魔法は上手く使えないものの人間より強い膂力を持つ獣人族や、物作りを得意とするドワーフ族も存在している。

 

 そして、この世界は度々滅亡の危機に晒されていた。その理由については、ナノマシンがマイルにほのめかしたところによれば「本来この世界に存在しない生物ないし存在が、この世界とは異なる別の世界から周期的に召喚されているため」であるようである。

 

 

 これは、その「のうきん」の世界に文字通りの「やべー奴」が異世界から召喚されたら……という物語である。

 

 

 ここはオーブラム王国某所。このオーブラム王国という国は、東西に細長い形をした国であり、国土の北側は海に面しているものの、それ以外の方角ではどこかしらの国と国境を接している。そのため、自国を安定させるべく他国との関係強化に特に力を入れている。

 そのオーブラム王国の中西部の一角、海岸線付近にある森の中。木々が切れて広場のようになったところに、夜更けであるにも関わらず怪しげな一団の姿があった。

 服装はまちまちながら、唯一お揃いの黒いマントを着た男たちが30人、集まっていた。広場の中心部を囲むようにして二重の円陣を組んでいる。うち何人かの男たちは、円陣の中心部ではなく外側を向いて、魔術士がよく使うスタッフを構えていた。他にも剣や槍、弓を持った男もおり、それらの者は黒マントの下から甲冑を覗かせている。残りの者はスタッフを持ち、円陣の内側を向いて何やら怪しげな呪文らしきものを唱えている。

 円陣の中心には、地面に敷かれた布の上に一人の男児が寝かされている。その頭部からは犬の耳が飛び出していた。おそらく犬獣人であろう。

 

 この集団、いったい何をしているのかというと、犬獣人の男児を贄として、異界の神を召喚する儀式を行っていたのだ。

 彼らは皆、とある宗教組織のメンバーである。組織に専門的に所属している者もいるし、本業は別にあって普通の信者として来ている者もいる。

 

 その宗教の教えというのが、これまたロクデナシな代物であった。

 まず彼らが信仰する神とは、『異界から現れる、強き力を持つ神々』なのである。

 そして彼らの宗教教本(つまり経典)によれば、「大昔に何度か現れたその異界の神々は、この世界の神々と激しい戦いを繰り返し、ほぼ相打ちになった。そして異界の神々は元の世界へと戻り、それと同時にこの世界の神々も、人間をこの世界に残してどこかへ姿を消した」とされる。そして、「その後人間達は、異国の神々の再度の侵攻に備えて、4つの種族をしもべとして生み出した。それが、エルフ、ドワーフ、獣人、そして魔族である」と捉えている。

 

 そして、人間たちを置き去りにしてさっさと逃げ出したこの世界の神々にいつまでも義理立てするよりも、異界からの神々をお迎えし、その御加護を得た方が良いのではないか。逃げ出した神々は弱く、そして我々人間を見捨てたのだから、それらの神々はおらず、戻らず、そして我々に加護を与えてくれることもないのだ。ならば、新たな神を迎えるべきだろう。

 そう考えるのが、この宗教の基本理念なのである。

 

 

 その理念と経典の教えに基づき、彼らは異界の神にご降臨いただくべく、召喚の儀式を行っていたのだ。

 以前、ここより遥か西のヴァノラーク王国とやらいう国で、かつての仲間たちの一部が同様の儀式をやっていて、敵の襲撃を受けて失敗した、という情報は彼らも掴んでいる。故に、今回は組織の主要メンバー全てと構成員の粗方を投入するという、かなり厳重な警戒態勢の下に儀式が行われていた。

 この場にはいないが、儀式に従事している魔術士たち、それの防衛に当たる前衛職のメンバーの他に、森の中で警戒に当たっているメンバーもいる。それだけを見ても、厳重に警戒しているのが分かるだろう。

 

 既に詠唱の第5段階までが完了している。あとは最終詠唱を行うだけだ。

 

「諸君、始めるぞ。詠唱準備。5、4、3、2、1、始め!」

 

 リーダーである、教皇のような存在に当たる魔術士の号令の下、魔術士たちは詠唱を開始した。魔力が集約され、彼らの足元に描かれた魔法陣に注ぎ込まれていく。

 彼らが行使しようとしている魔法は、「次元連結魔法」と呼ばれるものだ。要は、この世界と異世界を隔てるものを「次元の壁」と捉え、その次元の壁に意図的に穴を開ける魔法である。それによって、異世界にいる存在をこの世界に招き入れようとしているのだ。

 

 

 だが実は、彼らは知らない。その魔術が隣接する別の世界に上手く繋がったとして、そこからどんな存在が召喚されるのか、ということを。

 というのも彼らの経典には、召喚される「異界の神」がどのような姿をしどのような性格なのか……といったことが書かれていないのだ。当たり前のことではあるが、経典は書物である。つまり、人がまとめたものである。ということは、この経典の編集にあたった者が「異界の神」に関する情報を持っていない限り、経典に「異界の神」の詳細な情報が記されることはないのである。

 

 それ故に、彼らは知る由もなかった。彼らが発動させようとしていた「次元連結魔法」の術式が攻撃性を持ち、隣接する世界に干渉して……とんでもない結果を産み出そうとしていたことを。

 

 

 呪文詠唱を続ける彼らの足元に描かれた円形の魔法陣、その輝きが少しずつ増していく。

 と、不意に男児が寝かされている魔法陣の中心、その上空およそ30メートルほどの空間に、ビシリという鋭い音と共に白い亀裂が入った。それが次第に拡大していく。明らかに、何か巨大な存在が招かれようとしている兆候であった。

 

「「「さあ出でよ、異界の神よ! そして願わくば、我々に(おん)(ちょう)(たまわ)らんことを!」」」

 

 男たちが口を揃え、唱和する。その間にも亀裂はどんどん大きくなっていく。

 次の瞬間、空にできたひび割れから不意に巨大な影が姿を現し、魔法陣の中心へと落下した。それが地面に落下した瞬間、

 

ドゴオオオオォォォン!

 

 轟音と共に大きな揺れが発生し、続いて魔術師たちの視界が大量の土煙によって覆われた。

 茶色の煙幕がようやく収まった時には、空にできていた亀裂は閉じている。そして魔法陣の中心には赤い光を放つ巨大な影が鎮座していた。その赤い光に照らされてよく見ると、地面の一部に赤い液体とボロボロの布切れらしきものが飛び散っている。そして、何やら焦げくさいような臭いが漂ってきた。

 空にできたひび割れから現れた存在、それは非常に巨大であった。一目見た男たちは当初、現れたのは山か何かだと思ったほどだ。だが、召喚されたそれをよく見て、四肢と顔があることに気付き、そこでようやくそれが生物だと理解した。だが、そいつは少なくとも古竜クラスの大きさはある。自分たちが招いたとは信じがたいほどの存在である。

 それは一見すると竜のようだが……この世界に生息する竜とはあまりに異なる形状と見た目である。全身を花のような真っ赤な鱗と岩石のようなゴツゴツした甲殻で覆っており、体表には火山から噴き出る溶岩のような赤く光るラインが走っている。そのラインを辿ると、最終的に心臓か両肩、あるいは尻尾の付け根にある、明るいオレンジ色の輝きを放つ部位にたどり着く。そこでは何かの赤い液体が循環しているような様子が見て取れた。太い2本の下肢に支えられた胴体の先には、長く扁平な首があり、その先端には天に向かって突き立った2本の角と紅蓮に輝く目、そして鋭い牙の生えそろった口を持つ顔がある。また、(うなじ)にはオレンジ色に光る大穴が合計6つ、開いていた。よく見ると尻尾の付け根にも1つ、大穴が上向きに開いているようだ。

 人間のように皮膚や体毛に覆われた場所はなく、竜種によく見られる特徴を持っていた。2本足で立ち、見上げるような巨体を支えたその姿は古竜に似ているが、古竜とは決定的に違う点があった。翼である。そいつには翼らしき機構はあるものの、翼膜が一切ない。まるで岩の塊を生やしたようである。

 全体に見て神々しく、「これが神だ」と説明されても納得できそうなビジュアルである。しかし一方で、どこか禍々しさを否定しきれなかった。

 

「「「………」」」

 

 黒マントの男たちは、突然現れたこの存在に圧倒され、声も出ない。それでも、彼らのトップに立つ教皇のような地位の……いわば最高指導者が最初に気を取り直し、口を開いた。

 

「す……素晴らしい! よもや、このような存在を……」

 

 だが、教皇に当たる男の感極まったような言葉は、出し抜けに遮られた。

 

グオオオオオアアアアァァァーッ!!

 

 召喚された竜らしきそいつが、右足を一歩前に踏み出して踏ん張りながら咆哮を放ったのだ。

 その咆哮は、声量の凄まじさもさることながら、禍々しい響きを含んでいた。聞いていると、不吉な予感を禁じ得ない声だったのだ。

 そして実はこの時、召喚された竜らしきそいつは怒っていたのだ。無理もない、突然これまで感じたことのない浮遊感と共に連れ去られ、訳も分からぬまま見知らぬ地へ到着し、おまけに到着したと同時に重力に引っ張られ、そこそこの高みから地面に叩きつけられたのだ。これで怒らない方が不思議である。

 竜の咆哮を間近で聞かされた魔術士たち、そして前衛職の面々は、堪ったものではなかった。全員が等しく下を向いてしゃがみ、あるいは大地に(うずくま)り、両手で耳を塞いでいる。彼らは圧倒的な音の暴力によって打ち据えられていた。

 しかも、これだけでは済まなかった。召喚されたドラゴンらしき存在は、天を仰いで咆哮しながら両の翼をもたげ、その先端から大量の赤い液体らしきものを空に向かって撃ち上げたのだ。大地は液体の照り返しを受けて赤く光り、地上にいる男たちを影絵のように映し出した。

 震える膝を手で叩き、ようやく魔術士の1人が召喚された竜の顔を見上げた時、その視界に赤い点のようなものが映った。

 

「何だ?」

 

 呟きながら空を見上げ、魔術士は息を呑む。

 空のあちこちに二十数個の赤い点が現れ、それが少しずつ拡大し、燃えるようなオーラを放つ赤い塊となったのだ。同時に、地面のあちこちも円形の赤い光に照らされ、それが急速に大きくなる。

 

「え?」

 

 これ、もしかしてまずい事態では……魔術士たちがそう考えた時には、遅かった。

 次の瞬間、赤い塊は次々と地面に落下。落下した塊は、激しい火柱を噴き上げて爆発し、落下地点周囲の地面を焼き焦がした。地表に生えていた草が焼け焦げ、爆風に乗って灰が舞い上がる。

 赤い塊の直撃を受けた魔術士は、その場から一瞬で消失した。赤い塊を瞬間移動で回避した、とかではない。その証拠に、爆発が収まった地面にはボロ布の切れ端が落ちていた。

 

「「「ぎゃあああーー!」」」

 

 直撃は躱せたものの、爆発までは回避しきれなかった魔術士たちにも、凄惨な運命が待ち構えていた。爆発によって発生した炎がマントや頭髪に移り、全身火だるまとなっている。彼らはこれまで感じたことのない苦痛に絶叫を上げながら、地面をのたうち回った。攻撃を免れた魔術士たちが慌てて駆け寄り、水魔法を行使して消火しようとしているが、炎はかなりの高温であるらしくなかなか消えない。そして火を消そうと躍起になっている間に、焼かれた魔術士はその生命を焼き尽くされていた。

 赤い塊の落下した場所は、竜らしきものを中心としてかなり広範囲に及んでおり、遠方に落下した赤い塊の中には、森の中で炸裂したものもあった。そして森といえば、植物をはじめ燃えやすいものには事欠かない。たちまち倒木や枯れ枝、枯葉などに火が燃え移り、それは徐々に拡大しつつあった。

 だが男たちには、そんなことに関わっている暇はない。何しろさっきの一撃で仲間が5人以上殺されたのだ。自分たちが召喚した存在が、死をもたらしているとなれば、平静ではいられなかった。

 

「まずい! 恩寵どころか死を与えにきたんじゃないのか!?」

「愚痴はどうでもいい! 何とかして止めろ!」

 

 男たちが叫び交わす間にも、竜は動いている。

 長い首を右下から上に振り上げながら、口内に赤い炎を迸らせる。そして次の瞬間、口から火の球を1発発射した。

 それは、魔術士が使う基本的な攻撃魔法「ファイアー・ボール」に似ていた。それも大きさが小さく、例えて言うならDランクハンターの「ファイアー・ボール」程度の大きさしかない。

 だが、その弾速は圧倒的に速く、Aランクハンターの「ファイアー・ボール」すら凌駕していた。しかも竜は、発射寸前まで1人の魔術士を追尾していたのだ。そのため、圧倒的な高速で射出された火炎ブレスは、たった一撃でその魔術士を貫き、上半身と下半身を分断した上に爆発によって遺体を焼き払った。

 火炎ブレスの直撃を受けた魔術士の男は、ほとんど骨の欠片くらいしか残っていない。

 

「く、食い止めろ!」

 

 教皇にあたる男性が焦った声で叫ぶ。魔術士たちの防衛を担当していた男たちは剣や槍を持って竜に向けて駆け出し、弓を持っていた男はその場で弓弦を引き絞る。魔術士の男たちは慌てて、(めい)(めい)が得意とする攻撃魔法を唱えた。

 

「アース・ジャベリン!」

「アイス・スピアー!」

「ファイアー・ボール!」

「バカ、あいつ火を吐くんだぞ! 『ファイアー・ボール』が効くか!」

 

 一部野次も飛んでいる。それに混じり、ひゅうと風を切って矢が飛んでいく。

 真っ先に竜を捉えたのは、弓士が放った矢だった。だが、その矢は見事に竜に当たったものの、カキン! という金属質の音を残して弾かれた。矢が命中したのは竜の脚の付け根に近い部分であり、硬い甲殻に当たってしまったのである。

 続いて魔術士たちの放った攻撃魔法が、竜に殺到した。炎、氷、土…さまざまの魔法が竜めがけて飛ぶ。が、

 

ちゅん!

バキッ!

しゅううう……

 

 いずれもほぼ効果をなさなかった。「ファイアー・ボール」は竜の胸らしき部分の甲殻に当たって消滅し、土の細い槍こと「アース・ジャベリン」は竜の体幹右側面の甲殻に当たって粉々に砕け散った。竜の右腕を狙って飛んだ「アイス・スピアー」に至っては、竜に近付く前に溶けてしまい、竜に命中する頃には「ウォーター・ボール」にすら劣るただの水の塊となる始末だ。無論、そんなもので竜にダメージを与えられるはずもなく、逆に竜の身体に当たった瞬間、湯気を発して瞬く間に蒸発してしまった。

 

「嘘だろ! あいつどれだけ体温高いんだ!」

「愚痴言う前に呪文唱えろ!」

 

 愕然とする魔術士に、別の男性が怒鳴る。彼の手には剣が握られており、どうやら前衛職と見受けられた。

 

「突撃ー!」

「「「おおおおおお!!!」」」

 

 号令一下、槍や剣といった近接兵器を持った男たちが、竜に向けて突進する。が、

 

「「あっっっっつい!!」」

「何だこりゃ! あ、熱すぎる!」

 

 竜まであと20メートルと迫ったところで、悲鳴と共にその足が止まる。火を吐いてきたことなどから察する限り、竜は凄まじく高い体温であるらしい。実際、竜の周辺だけ大気が揺らいでいるような気がする。

 男たちは知る由もなかったが、これは日本においては「(かげ)(ろう)」と呼ばれる現象に近いものであった。大気の温度の変化によって大気密度が不均一であるために、それを通過する光が不規則に屈折した結果、起こる現象である。

 

 凄まじい高温によって突撃の足を止めてしまった男たち。そしてそれは致命的な隙となってしまった。

 男たちが熱で怯んでいる間に、竜は独特の唸り声を発しながら上体をもたげた。そして次の瞬間、前方に向かって倒れ込んできたのである。

 ただの倒れ込みだが、竜の巨体でそれをやられては、攻撃範囲がとんでもないことになるのは自明の理。竜の前方にいた2人の剣士と1人の槍士が巻き込まれた。竜の巨体が頭上に迫った、と思った時には、3人は悲鳴すら上げる暇もないまま竜の身体と大地でサンドされた。ぐちゃりという水気を含んだ音、バキバキと硬い物が折れるような音が一瞬だけ響き、ついですぐにジュウウウウ……という焼けるような音がする。が、それらの音はすぐに、竜が倒れ込んだ際の轟音にかき消された。そして焦げくさい臭いが生き残った男たちの鼻腔を突いた。

 生き残った男たちだが、3人の仇を討とうとはしたものの、身体を動かすことはできなかった。竜が倒れ込んだのと同時に、地面が大揺れに揺れたのである。そのため男たちは足を掬われ、とてもではないが動けなかった。

 倒れ込みだけで震動を発生させるとは、この竜はいったいどれほど重いのだろうか。

 

 倒れ込んだ竜は、一声唸り声を発するや這いずるようにして前進。竜の前方にいた教皇を含む複数の男たちを、まとめて()き潰した。またこの時、項にあるオレンジ色の穴と翼の先端から真っ赤な塊が飛び出し、大地に向けて落下する。

 落下した塊は地面に落ちると炸裂し、周囲に炎を燃え上がらせた。轢き潰され、骨肉ぐちゃぐちゃの塊になっていた男たちの死体が、火をかけられて燃え、灰や炭になっていく。

 

「くそっ、何とかして止めろ!」

「あんなでかいのどうやって止めるんだよ!」

「俺が知るか! 何でも良い、とにかく攻撃だ!」

 

 言い合いながらも、男たちは剣や槍を振りかざして竜に向かおうとする。だが、竜はその全身から凄まじい熱気を放っており、近付くこともままならない。魔術士に水魔法をかけてもらって全身を濡らした状態で、竜に近付こうとした者もいたのだが、水があっという間に蒸発してしまい、ほぼ役に立たなかった。魔術士が放つ攻撃魔法……「アイシクル・スピアー」や「ソイル・スピアー」、「アース・ジャベリン」といった魔法も、竜には命中するものの効果がほとんどない。

 竜は身体各部に開いたオレンジ色の穴から真っ赤な塊を撒き散らしながら動き回り、口から火炎ブレスを発射する。その弾速は恐ろしく速い上に、発射寸前まで男たちのうち誰か1人を追尾してくるため、凶悪の一言に尽きる。直撃を受けた男たちは、剣士・魔術士問わず一撃で消し飛び、骨も残らないレベルで焼き尽くされる。

 その火炎ブレスのうち1発は、魔術士を狙って発射された。魔術士は急いで防御魔法「マジック・シールド」を発動し、自身の前に不可視の壁を作り出す。だが、火炎ブレスはそのシールドを素通りし、魔術士を一撃で消し炭に変えた。

 

「な、なんで火炎ブレスなのに『マジック・シールド』で防げないんだ!?」

 

 仲間の魔術士が戦死するのを見たある魔術士の男が叫ぶ。そこへ、別の魔術士が半ばためらいがちに言った。

 

「さっきから思ってたんだが……この竜からは、魔力が感じられない。もしや、あの火炎ブレスは魔法ではないのか? それなら、『マジック・シールド』で防げないのも頷ける」

 

 防御魔法の1つである「マジック・シールド」もしくは「魔力障壁」は、発動するとあらゆる魔法攻撃を弾く不可視の盾を自分の前方に展開させることができる魔法だ。だが、欠点も幾つかあり、特に魔法によらない攻撃に関しては素通ししてしまうのである。もしも、あの竜が火炎ブレスを魔法に頼らずに撃っているのならば……魔法ではないのだから、「マジック・シールド」で防げないのも道理である。

 

「魔法なしにどうやって火焔ブレスを撃つんだよ!?」

「知るわけねえだろ! そうだ、『アース・シールド』なら防げるんじゃないか!?」

 

 この「アース・シールド」もまた防御魔法の1つであり、自分の前に土でできた盾を地面から生やす魔法である。確かにこれなら、土を巻き込んでいるからブレスも防げるだろう。

 

「よし、ならそれで行こう!」

 

 魔術士がそう言った時、竜は狙ったかのようにブレスの発射体勢に入った。しかも都合よく、狙いはその魔術士であるようだ。

 

「アース・シールド!」

 

 魔術士が魔法を唱え、大地から土の壁を自身の目の前に生やす。その直後、竜は球形の火炎ブレスを1発発射した。発射のノックバックで竜は身体を仰け反らせ、火炎ブレスは真っ直ぐに土の壁へと向かう。そして、土の壁に着弾した。

 

「ぎゃああああーーーー!!」

 

 絹を割くような悲鳴……「アース・シールド」を行使した魔術士が上げたものだ。なんと火炎ブレスはたった一撃で土の壁を完全に破壊し、辺りに炎を撒き散らしていた。魔術士はそれに着火し、全身火だるまとなって転げ回っている。

 

「嘘だろ!? あのブレスどんな威力してんだよ!」

 

 まさかの結果に、弓を構えた男が叫ぶ。

 

「おーーーい! 大丈夫かー!」

 

 そこへ、森の中から何人かの男たちが走り出てきた。彼らは侵入者があればそれを撃退すべく、森の中で警戒に当たっていた者たちである。魔術士たちにしてみれば援軍という訳であった。このタイミングでの援軍はありがたい。

 

「大丈夫じゃない、大問題だ! 手伝ってくれ!」

 

 魔術士の1人が叫ぶ間に、竜は四足歩行の姿勢のまま海岸に向かって後退している。

 すると、竜はその場で動きを止め、身体を丸めるようにした。

 

「お、お、どうした? 弱ったのか?」

「よし今だ! 畳みかけろ!

こいつめ、同志たちをよくも……!」

 

 自分たちが招いた結果である、ということをすっかり忘却して、男たちが一斉に竜に走り寄る。誰もが、竜が動きを止めている間に、仲間の仇を討とうとしていた。

 

「な……なあ、なんかヤバくないか?」

 

 そんな中、警戒班にいた剣士の1人がそんなことを言い出す。

 

「何がだよ?」

 

 槍を持った男が走りながらそう尋ねると、剣士は竜を指さした。

 

「見ろ、弱ったにしては何かおかしい」

 

 確かに妙な点があった。竜は全身を丸め、小刻みに震えているように見えるが……その割には身体各部の穴の輝きが強くなっているように思える。また、尻尾の付け根や両肩にあるオレンジ色の核のような部分は、太陽を思わせるほど明るく輝いていた。

 

「まるで……」

 

 まるで、力を溜めているようだ。そう言おうとした剣士の言葉は、しかし口に出されることはなかった。

 というのは、剣士が続けようとしたその時、竜が不意に首をもたげ、最大級の咆哮を放ったのだ。

 

グオオオオオオオオオオオァァァァァッ!!!

 

 大地そのものが雄叫びを上げたかと、男たちには思われた。そして、男たちが立ちすくみ耳を塞ぐ中で、竜の両翼の先端が一際強く発光し、真っ赤な液体を大量に空に向かって撃ち上げる。

 男たちがようやく動けるようになった時には、竜も既に次の行動に移る体勢を整えていた。そして空からは、竜が撃ち上げた大量の液体が凝固し、100個にも達する火炎弾の雨となって落下してきていた。

 次の瞬間、男たちにとっては地獄、いや煉獄というべき時間が始まった。空からは大量の火炎弾が(あめ)(あられ)と降り注ぎ、地面に着弾して爆発する。空き地の地面はみるみるうちに火に覆われ、男たちが安全に動ける場所は急激に削り取られていった。当然、直撃を受けてしまった男たちは骨すら残らぬレベルで消し飛ばされている。金属製の防具で頭部を守っていようと全く意味がなく、むしろ防具がなんと溶けてしまっていた。

 そして火炎弾が落下するその隙間を縫うようにして、竜は火炎ブレスを撃って男たちを狙撃し、あるいは這いずるように前進して男たちを轢き潰す。男たちは剣士・槍士・弓士・魔術士の区別なく焼き尽くされるか、竜の巨体に轢かれて大地のシミになるかして、急速にその数を減らしていった。

 また、空から落下した火炎弾の一部は周囲の森に落ちて炸裂し、黒く見える森のそこかしこを赤く染め上げる。炎は地面に倒れた枯れ木や枯れ葉を伝って急激にその規模を広げ、森全体に炎が回りつつあった。このままでは森林火災となり、森1つが丸ごと焼けてしまうだろう。だが、自身の命が危険に晒されている男たちには、そんなことは全く関係がなかった。

 

 火炎弾の最後の1発が落下し、ようやく空からの攻撃が収まった時、50人近くいた男たちはたった5人しかいなくなっていた。竜はまだ(ろく)なダメージを受けておらず、ぴんぴんしている。この状況は、いささか……いや、かなり絶望的だった。

 

「くそ、こうなれば最終奥義だ! 合体技を撃つぞ! 合体技なら、あいつにも通るはずだ!

俺たち4人で『ソイル・ランス』を撃つ。お前は竜の攻撃を止められるよう防御魔法を!」

「分かった!」

 

 その場の判断で男たちは連携し、4人が呪文を唱える。すると、大地から4本の土の槍が生み出された。それが合体し、1本の太い槍に変わる。

 それを見た竜は四肢を大地に踏ん張った。そして口内に炎をたぎらせる。竜の口の中に、これまでの赤い炎とは異なる青白い炎が急速にチャージされていく。

 

「「「「ソイル・ランス・カルテット!!!!」」」」

 

 そんな中、4人の男たちが生み出した巨大な土の槍が、竜に向けて飛び出した。それと同時に竜も、口から巨大な青白い炎の玉を発射する。

 

「アース・シールド!」

 

 男たちのうち、攻撃魔法の詠唱に参加していなかった魔術士が急いでシールドを張った。土の壁が大地から盛り上がり、男たちの視界を塞ぐ。

 そんな中、男たちが放った巨大な土の槍と、竜が発射した青白い巨大な火の玉が衝突した。

 

ばきぃ!

 

 一面に炎が燃え広がり、焦げくさい臭いが鼻を衝き、パチパチと炎の音がする中で響いた、硬質な音。

 

「え?」

 

 その異様な音に気付いた魔術士の1人が首を傾げた時、突如として彼の視界は一面真っ赤に染まった。次いで、何かに押されるような感覚が走った、と思った時には、彼の四肢が一瞬のうちに消し飛び、それを感じる前に彼の意識は闇の彼方に消え去っていた。

 

 もしこの時、少し離れたところからこれらの光景を見ている者がいれば、その者の目にはこんな光景が見えていたことだろう。

 まず、巨大な土の槍……魔術士たちが放った合体魔法「ソイル・ランス・カルテット」は、竜が発射した青白い火の玉とぶつかった瞬間、1秒と持ち堪えられずにバラバラに砕けた。さっき響いた硬質な音は、土の槍が砕ける音だったのだ。

 そして、土の槍を打ち砕いた青白い火の玉は、土の壁に衝突して爆発。その瞬間、空き地一帯を吹き飛ばさんばかりの巨大な爆炎が広がった。炎は竜巻となり、周囲のあらゆる物を焼き尽くし、焼けた灰を天高く放り上げた。その爆発と竜巻に巻き込まれ、最後まで生き残っていた5人の魔術士たちは、その痕跡すらも残すことなく魂まで焼き払われてしまったのである……。

 

 

 青白い球形のブレスの爆発が収まった時には、空き地に動く人間は誰もいなくなっていた。まさに「そして誰もいなくなった」である。ついでに、魔術士が張った「アース・シールド」も粉々に粉砕されており、土くれ1つとして地上に見出すこともできなかった。

 現在、この森の空き地にいるもので生きているものはたった1つ、あの召喚された竜だけである。

 四足歩行状態だった竜はいつの間にか、二足歩行に戻っていた。長い首を以て頭部を高くもたげ、周囲を見回している。どうやらまだ敵がいるかどうか探しているらしい。

 

グルルルル……

 

 唸り声を上げながら竜は周囲を見回していたが、やがてもう敵はいないと判断したのか、天を見上げて咆哮した。

 

グオオオオオオオオァァァァァァァッ!!!

 

 竜の咆哮は、声こそ比較的低いものの、威圧感と響きから漂う不吉な予感は、誰にも否定しようがないと思えるほど強かった。声自体が非常に禍々しい。それは、この先に待ち構える事態を先読みしているかのようにも思われた。

 咆哮を上げた竜は、山脈を思わせるその巨体を揺するようにして向きを変えると、巨体に相応しい重々しい足取りで北へと歩いていく。その先には、海があった。

 竜が歩く度に、尻尾の付け根と項、両翼の穴から真っ赤な塊がこぼれ落ちるようにして地面に落下し、空き地に生えていた草が燃え上がる。また、竜の足跡が焼き印のように大地につけられた。長大な尾も地面の上を引きずるようにしており、地面に削られたような痕跡を残す。

 海岸に到達した竜は、何らためらうことなく海の中へ入っていく。竜が海に足をつけた瞬間、じゅううう……という音と共に竜の足元から白い煙のようなものが立ち昇った。湯気である。竜の体温が高く、水の沸点である100℃すら突破しているため、竜の足に触れた水が沸騰し、蒸発しているのだ。湯気の量は、竜がその身体を海に沈めると共にその量を増していく。

 もやのような大量の湯気が上がる中で、竜は身体を沈めるようにして海の中へと潜っていき、やがて海に倒れ込むようにして全身を没した。竜の身体全てが海面下に沈んだ直後、一時的に大量の湯気が発生したが、それも次第に海渡る風に吹かれて散っていく。5分が経過した頃には、海は何事もなかったかのようにいつも通り、どこまでも青く広がっていた。

 だが確かに、海には新たな混乱の種が撒かれ、そしてその芽が生えたのだ。この世界の住人たちはまだ、そのことには気付いていない……。




走り出した以上、後には退けない…
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