「のうきん」の世界にやべー奴が現れたようです   作:Red October

2 / 8
我らが主人公「赤き誓い」が登場。原作ではどの辺りになるか、皆様はお分かりになりますか?



第2話 吹き荒れる災厄の火

 オーブラム王国中西部にあるアルハリ村。

 そこはある貴族の領内にある、何の変哲もない普通の村である。農民たちが木造建築の平家に住み、畑を(かい)(こん)して農業を行う他林業や狩猟を行って生計を立てている、そんな村だ。

 その村だが、今日に限っては珍しい客を迎えていた。修行の旅の途中だというハンターパーティ、それも女性ばかりのパーティである。

 いや、「迎えている」という表現はある意味で()(へい)があるかもしれない。何故ならそのパーティは村の建物を借りて泊まっているのではなく、村の入り口のすぐそばにテントを張って夜営しているからだ。

 もう夜もとっぷりと更け、日本では「草木も眠る(うし)()つ時」と呼ばれるこの時間帯、流石に村人にも(寝ずの番をしている者以外は)起きている者はいない。ハンターパーティの面々も、ぐっすり眠っている。

 そのハンターパーティは、4人の少女から成っていた。その外見的特徴をざっと説明するなら、まず1人目は身長の高い金髪の少女。年齢は10代後半くらいと見られる。今は安眠を貪っているが、顔立ちは整っており、さぞや見栄えのカッコいい人であろうと推察される。ベッドのすぐ脇に金属製の防具と長い剣が一振り、それに短剣が1本置いてあるところから、どうやら剣士であるらしい。2人目は、背の低い赤髪の少女。何だか気の強そうな顔つきをしている。彼女のベッドの脇には防具は置かれておらず、剣や槍の代わりに木を削って作られたらしい茶色の(スタッフ)が立てかけられている。どうやら魔導士のようだ。3人目は、ショートの茶髪の少女。どことなくぽわぽわした顔つきであるが、これで腹の内は真っ黒なことがあるのだから、世の中分からないものである。彼女の得物は、金属製らしい(スタッフ)だ。彼女も魔導士なのだろう。そして最後、4人目はどこか愛嬌のある顔立ちの銀髪の少女。背は4人の中で最も低く、年齢もそれ相応のものである。彼女のベッドの横に置いてあるのは、ショートソードだ。どうやら剣士らしい。

 

カンカンカーン、カンカンカーン……

 

 その時、深夜のしじまを切り裂くように鐘の音が鳴り響いた。それも1回ではなく、何度も何度も叩かれている。

 

「……何よ、こんな時間に……」

 

 鐘の音に叩き起こされたか、赤髪の少女が目を擦りながら起き上がる。

 

「……この音は、村の方からみたいだね。確か物見櫓に鐘を置いていたはず」

 

 己の最高の相棒たる剣に手を伸ばしながら、ベッドから起き上がった金髪の少女が何かを思い出したように呟く。

 

「何かあった、ということでしょうか」

「ちょっと見てきます!」

 

 茶髪の少女がそう言うと、銀髪の少女がテントの外へ出ていった。

 その銀髪の少女……マイルがテントを出て村に入った時には、村では既に人々が動き始めていた。相変わらず鳴り続ける鐘の下、起き出した男衆が何やら走り回っており、慌ただしい雰囲気が漂っている。

 

(緊急事態、ってことでしょうか。火事とか?)

 

 未だ眠気覚めきらぬ頭で、そう考えるマイル。

 なお、なぜいきなり「火事」という発想にマイルが至ったかというと、これは彼女の前世に原因がある。マイルは元々、現代日本に生きていた女子高生「(くり)(はら)()(さと)」であり、高校の卒業式の日に交通事故に遭って死んでしまった。その後「創造主」を名乗る存在と出会い、現代日本の知識を持ったまま「この世界」に転生し、現在はCランクハンター「マイル」として生きているのである。その海里が持っていた知識の1つに、江戸時代日本の江戸の街における火事を知らせる方法があった。それは、ある一定のパターンで火の見櫓の鐘を鳴らす、というものであったが、その鳴らし方と今回の鐘の音のパターンが似ていたのである。そのため、マイルはすぐ「火事」という発想に至ったのだ。

 ふと周囲を見渡すと、村の背後にある森の空が、深夜だというのに赤い光に照らされている。明らかに不自然な光であった。さらに、周囲の空気がどことなく焦げくさい感じもする。

 

(火事ですね。でも……)

 

 事態を把握したマイルは、そこで不審感を抱いた。

 火事だということは分かった。だが、その規模があまりにも大きい気がする。まるで地平線いっぱいに広がっているかのようだ。

 局所的な火事であれば、燃えている部分の周辺だけが赤く光るはずだ。

 

(火事の規模が、あまりにも大きい……?)

 

 そのことに思い当たった時、

 

(!!)

 

 マイルの探索魔法に、突如として反応が出現した。それも複数。かなりの速度で、まっすぐこちらへ向かってきている。そして、魔力反応の大きさから見ると……

 

(ゴブリン、オーク、コボルト……が、それぞれ4体以上……!)

 

 明らかにまずい事態である。そしてその原因は、マイルには想像がついていた。

 

(多分、森林火災で焼け出され、こっちに逃げてきたんだ。それが、結果的に暴走(スタンピード)に繋がっている……!)

 

 このままでは、村は魔物の暴走(スタンピード)によって壊滅的な被害を負い、その後火災によって焼かれてしまうであろう。ついでに言えば、村の近くで夜営している「赤き誓い」の面々にも相当の被害が出る。

 マイルはすぐに、テントまで駆け戻った。

 

「どうやら、大きな森林火災が起きているみたいです。あと、火災によって焼け出された魔物が暴走し、こちらに向かってきています! 戦闘準備をお願いします!」

 

 ちょうどそのタイミングで、メーヴィスの戦闘準備が整った。メーヴィスは剣士であり、防具を着用しなければならないため、ポーリンやレーナに比べるとどうしても戦闘準備に時間がかかってしまうのだ。

 

「分かったわ、先に行ってるわね!」

 

 レーナが応じ、3人はテントから出ていく。マイルも急いで防具を着用し、腰にショートソードを()くと、宿泊していたテントを収納魔法(アイテムボックス)に放り込んで3人の後を追った。

 森に住む魔物の暴走に対処する。こういった事態は、「赤き誓い」には一度経験がある。マーレイン王国東部の都市マファンで、トリスト王国から押し出されてきた魔物を押し返した時だ。あの時は昼だったが、今回は夜であるため視界が悪い、という違いはある。だが、やるべきことは似たようなものだ。

 

「2時方向、ゴブリン5体! メーヴィスさん!」

「了解だ! 行ってくる!」

「正面より、オーガ2体! レーナさん、ポーリンさん!」

「任せなさい!」

「やります!」

 

 こんな感じで、「赤き誓い」はアルハリ村に近づく魔物たちを次々と討伐し、あるいは別方向へ走るよう誘導した。その結果、村自体は助かったのである。

 

 日本時間にしておよそ1時間後、マイルの探知魔法には生物による反応は見られなくなった。だが今度は、火災の炎と煙が迫ってきている。これを放置すれば、森のすぐ近くにあるアルハリ村は、森と一緒に焼けてしまうだろう。それは防がねばならない。村自体は村人たちが守ろうとしているだろうが、森の方は「赤き誓い」がどうにかする方が早い。

 

(どうしよう……多分、水魔法だけじゃ足りないよね……)

 

 そう考えたマイルは、ある方法を思いついた。それを実行すると、堂々と森林を伐採することになってしまうが……この際止むを得ないだろう。

 

「作戦を考えました。まずはこの辺一帯の木を切り倒し、地面に水や氷を撒いて防火帯を作ります。私とメーヴィスさんで、剣を使って木を切り倒します。ポーリンさんとレーナさんは、水魔法か氷魔法を地面に放ち、枯れ葉や朽ち木を濡らして燃えにくいようにしてください!」

 

 マイルが選んだ作戦は、防火帯の形成であった。この場で火災に対処できるのはたった4人……「赤き誓い」のメンバーだけであるため、積極的な火災鎮火はマンパワー不足により不可能と判断し、防火帯形成による村周囲の防火だけ行おうとしたのだ。

 

「えいっ!」

がつっ、がつっ……めりめりめり……ばたーん!

「それっ!」

がつっ、がつっ、がつっ……めりめりめり……ばたーん……

 

 マイルとメーヴィスが己の剣を振るい、木を次々と切り倒し、茂みを切り払っていく。本当なら木を切るのに適した道具は斧であり、剣では刃(こぼ)れする可能性が高いのだが……そこはマイルとメーヴィス、2人の剣はナノマシンの加護を受けている。それも「絶対に折れず、欠けず、曲がらない」というチート性能の剣である。ならば、斧の代わりとして使うにも十分な性能があった。

 切り倒された木は、直ちにマイルの収納魔法(アイテムボックス)にしまわれる。そしてその切り株も、移動の邪魔にならない程度の高さに調整された。もちろん、調整のために切られた部分はアイテムボックスの肥やしとなる。その上からポーリンの水魔法、そしてレーナの氷魔法が降り注ぎ、地面は凍ったり濡れたりしていく。

 あまり時間は残されていない。それに対して、切らねばならない木の数は多く、可燃物を減らすべき面積も広い。そのため、4人は必死で己の仕事を果たし続けた。すると、村の女性や子供たちを避難させた男たちが道具を手にして駆けつけ、手伝ってくれる。村の命運がかかっていると言っても過言ではない状況だったため、男たちは「赤き誓い」に対しては仕事上必要な問答をするくらいで特に何も言わなかったが……村人たちの胸の中には共通して1つの思いがあった。

 

(((((どうして剣で木を切り倒せるんだよぉぉっ! それに、その馬鹿げた容量の収納魔法は何だぁぁぁぁぁ!!!)))))

 

 村人たちの思いはともかくとして、皆必死になって仕事をこなした甲斐あって、火の手が迫ってきた時には、どうにか皆はかなりの広さの防火帯を確保できていた。立ち木が燃えながら倒れてきたとしても、延焼しない程度の広さはある。後は、防火帯の地面を濡らし続けること、そして風魔法などの利用による火の粉の阻止である。

 だが、これはマイルの凄まじい魔力が役に立った。何せマイルは、転生時の創造主の処理ミス……というより手違い(?)により、「通常の人間の6,800倍」という桁外れの魔力を有するのだから。

 

(ナノマシン! アイ、コマンド、ユウゥ……)

 

 戦闘時くらいにしか使用しない「本気モード」を発動するマイル。当然、ナノマシンたちにも気合が入る。

 

(防火帯上空に雨雲を形成……。危険だから雷は無しで。この辺一帯に雨を降らせて……)

《マイル様、森の方での気温の上昇により、雨雲が発生しやすくなっております》

(火災の放射熱か……都合が良いね。それも利用して雨雲を形成しちゃって! 空気中の水分は私が何とかしてみる!)

《御意》

「レイニー・ウェザー!」

 

 マイルが呪文を唱えると、空から星々の光が失われていく。雲がかかったのだ。

 少しして、マイルの頬を一滴の雫が叩いたかと思うと、雨が降り始めた。

 

「ちょうどいいタイミングね」

「これで、消火しやすくなります」

「後は、様子見かな」

 

 レーナ、ポーリンとメーヴィスも喜んでいる。

 そのまま1時間ばかりも雨を降らせ続けた結果、夜が明ける頃にはアルハリ村周辺では火災は観測されなくなっていた。

 

 どうやら村の周囲での火災は収まった。だが、その被害は非常に大きく、相当な面積の森が焼けてしまったであろうことは、容易に想像がついた。

 実際、夜が明けてから見渡してみると、村のすぐ近くまで広がっていたはずの森はほぼ完全に焼け落ちており、辺り一帯に焦げくさい臭いが充満している。まだ白煙を上げて(くすぶ)っているところも多く、鎮火はしたものの油断できない状態であった。

 

「これだけ大きな火事になると、ちょっとただごとじゃないね。原因になりそうなものを調べておいた方が良いと思わないかい?」

 

 村人たちと共に、休憩がてら「赤き誓い」が朝食を摂っていると、メーヴィスがそんなことを言い出した。これほどの火事を放置してはおけない、と思ったらしい。領地を支配する貴族家の令嬢らしいと言える。……貴族家当主である銀髪少女(マイル)がここにいる? それは言っちゃいけないお約束。

 まあそれはともかく、これほどの大惨事である、出くわした当事者として原因を調べるくらいは必要だろう。反対する意見もなく、4人は朝食後すぐに焼けた森へと出発した。道案内役として2人の村人を伴って。

 道案内とは言うものの、その実案内も何もあったものではない。何せ森における視界悪化の原因となる茂みなんかは軒並み焼け落ち、視界はすっかり開けてしまっているのだから。道案内とは名ばかりの、言ってしまえば「村側から派遣された立会人」みたいなものである。

 魔物や動物の気配が一切消失し、小鳥の(さえず)りすらもまともに聞こえない。そこかしこに炭化した木々の幹が倒れ、中には立ったまま焼け焦げている木もある。魔物や動物の形をした炭が転がっている光景を見るのも、一度や二度ではない。そして、あちこちからまだ白煙が燻っていた。そんな森であるが、マイルには火元のおおよその見当がついていた。当時の火の燃え広がり方と風向き、魔物たちが逃げてきた方向、そしてナノマシンによる探索レーダーの反応から考えるに……

 

「こっちです」

 

 まるで道標(ハンミョウ)のように進行方向を指示するマイル。レーナたちはもう慣れたものであるが、村人たちには、なぜこんな少女がこれほど自信満々に指示を出せるのか分からなかった。2人は首を傾げつつも、道案内役を務めている。

 森に入って1時間も歩いただろうか、一行は不意に、焼けた木々が全くない空間にたどり着いた。ここはどうやら元々広場のようなところだったらしく、焼けた草はあるし大地も黒一色に染まっているが、炭化した木々はない。だが、あちこちに何かが盛り上がっていた。北を見ると焼けた木々の間から海が見え、潮の香りもする。

 その盛り上がったものの1つに近づいたポーリンが突然、悲鳴を上げて仰け反る。そしてその勢いのまま尻餅をついた。

 

「どうしたのよ?」

 

 言いながらレーナが近寄ってくるが、その彼女も盛り上がったものの正体を見出した途端に黙り込む。以下村人たちが、メーヴィスが、そしてマイルが、同じようにして驚愕した。

 それは、人間の死体であった。よほどの高火力で焼かれたのか炭化してしまっているが、形状は間違いなく人間のそれである。そして、有機物が焼け焦げた時に発生する特有の悪臭が、ぷんぷん漂っていた。

 

「火事に巻き込まれたのかしら……」

 

 悪臭に鼻をつまみながらレーナが呟いた時、

 

「いや、違うと思う」

 

 メーヴィスがそう言って、側にあった別の死体を指さした。その死体のすぐ側には、折れた剣が転がっている。それも抜き身だ。

 なお、彼女自身も顔をしかめている。いくら剣士とはいえ彼女も一人の少女だ、死体を見て当然起こすべき反応を起こしているだけである。

 

「火事に巻き込まれただけで剣を抜くような人はいないよ。それに……そっちには魔導士のスタッフも転がってる」

 

 このメーヴィスの台詞を聞いて、マイルは日本神話に登場する三種の神器の1つ「(くさ)(なぎ)の剣」を思い出していた。

 こうなると、昨夜の火事の規模と言い、どうも事情がきな(くさ)くなる。

 6人は手分けして、周囲を調べ始めた。ポーリンとメーヴィスは村人たちと共に、広場に転がる死体を調べていた(と言えば聞こえは良いが、実のところ村人たちは惨殺死体の数に腰を抜かしていただけである)のだが、幾つか見て回るうちにあることに気付いた。

 まず、広場にある死体は全て人間、それも純粋なヒト族の死体ばかりである。次に、どうも魔導士のみならず槍士や弓士もいたらしい。これは、広場内には剣や(スタッフ)以外にも、柄が焼けて穂先だけが残った槍や(やじり)らしい黒い小さな塊が見つかったことでそう判断したものだ。そして……

 

「これは……」

 

 比較的損傷の少ない、弓士だったらしい男性の死体を調べていたメーヴィスが、何やら黒い布の切れ端のようなものを拾って観察している。

 

「多分、マントだね……。それも焼け焦げてるわけじゃなく、元から黒いマントだったみたいだ」

 

 布を指先で撫で回しながら、メーヴィスが分析する。

 

「ポーリン、そっちはどうだい?」

 

 尋ねられたポーリンは、(青い顔をしてはいたものの)ちゃんと調べていたらしく、応答してきた。

 

「こちらも、皆さん黒い布らしきものをまとっています……。魔導士のローブかとも思いましたが、剣士の方も同じような布を着用しています」

「ということは、ここにいた人々はみんな純粋なヒト族で、そして同じように黒いマントを着用していた、ってことだね」

 

 そうコメントして、メーヴィスはふと気付いた。純粋なヒト族のみで構成され、かつ黒いマントを共通して着用する集団。そんな集団にはどこか覚えがあるが、さてどこの誰だったか……

 

「この人たち、アレじゃないですか? ほら、ファリルちゃんの時の……」

「ああ……」

 

 ポーリンに言われてメーヴィスも思い出した。そう、ヴァノラーク王国にて獣人族の娘ファリルが誘拐された事件の際、ファリルを拐った連中がそんな特徴を持っていたはずだ。ということは……。

 

「ここに倒れているのは、あの人たちの仲間でしょうか。そしてこれだけの数が死んでいる、ということは……」

「もしかすると、『強き力を持つ異界の神』を召喚する儀式でもやって、本当に召喚してしまった、ということかもしれない……」

 

 不吉な予感に囚われるポーリンとメーヴィスであった。

 

 一方、広場の別の区画を調べていたレーナとマイルは、死体とはまた異なる物を発見していた。

 

「何これ……」

「すごく……大きいです……」

 

 2人が発見したのは、足跡である。それも、どうやら相当な巨体の持ち主によってつけられたものと見えて、非常に大きい。足跡の(つま)(さき)から(かかと)までは、目測で1メートルはあるんじゃなかろうかという、とんでもないサイズだ。

 なに? マイルは青いツナギを着ていないしそもそも男ではない? 何のことやらうp主にはさっぱり分かりかねます。

 

「この形……明らかにオーガとかのものじゃないわね」

 

 レーナが足跡の形状に目を付けている間に、マイルは周囲を見回して足跡を追った。足跡は、北の方角へ向かっている。マイルがそれを追ってみると、足跡は波打ち際で途切れていた。だが、海に向かってまっすぐ足跡が続いていること、波のせいで崩れかけていたが波打ち際にもしっかり足跡が残っていること、そして怪しいものは何も見えないところから考えると、どうやら足跡の主は海に潜ってしまったらしい。

 

「マイル! これ、どう見ても普通の魔物の足跡じゃないわ。見た感じは竜種に近いわね」

 

 レーナの呼びかけで、マイルは我に返った。

 

「竜種、ですか? しかも、レーナさんは見たことがない?」

「ハンターになる前もなった後も、こんな形でこんな大きさの足跡は見たことがないわ。現実でも書物でも」

 

 レーナはハンターになる前から、行商人だった父親と、あるいはハンターパーティ「赤き(いな)(づま)」の面々と各地を巡っていたため、この世界についての経験や知見はマイルよりも多いのだ。そのレーナが知らないということは、これはよほどのことである。

 

「すると……」

 

 もし森林火災を起こしたのがこの足跡の持ち主だったとすると、幾つか浮かび上がることがある。まず、足跡の主はどうやら高火力の火魔法を得意とするらしい、ということ。ここにある死体が焼け焦げていたり、森林火災で森を焼き払うことまでやってのけたことからも、それが容易に窺える。次に、かなりの巨体を有するらしいこと。足跡の大きさから推測するしかないが、それでも見上げるような巨体だっただろうことは想像できる。そして何よりも重要なのが、足跡の主はとんでもない力を……それこそ古竜レベルの力を有しているらしい、ということである。

 

「よほどのことね、これは……」

「間違いないですね……」

 

 レーナとマイル、2人の少女は足跡を目で追って海を見やった。海はどこまでも青く澄み渡っている。しかし、その青さが薄ら寒いように2人には思われた。そして、嫌な予感を拭いきれないマイルであった……。

 

 広場を一通り調べた「赤き誓い」の面々は、再び集まって情報交換を行った。そして弾き出された推論が、これである。

 

・この広場で、あの邪教集団による「召喚の儀式」が行われた。その結果、実際に「強き力を持つ異界の神」が召喚されてしまった。

・「異界の神」はその力を振るって、この場にいた邪教集団の男たちを全滅させた。その際に発生した戦火により、今回の森林火災が起きたと思われる。

・その後、その「異界の神」は海へと潜り、その姿を消した。

・現場に残された足跡の大きさから、「異界の神」は竜種に近い姿であると思われ、また非常に大きな体躯を有することが予想される。

 

 この推論に達した「赤き誓い」の思いは、一つに集約されていた。

 

((((とんでもないことにならなければ良いけどね……))))

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 その数日後、道中特に何事もなくティルス王国王都へと帰還した「赤き誓い」は、王都にあるハンターギルド支部にて、報告を行っていた。ギルド支部の本館2階にある会議室には、『赤き誓い』の4人の他、ギルドマスター、サブギルドマスター、ギルド上級幹部3人、そして依頼者側(身元が隠されているが、おそらく王宮関係者であると思われる)から3人の、合計12人が勢揃いしており、『赤き誓い』を代表してマイルが報告を行っている。

 

「……オーブラム王国がざわついている原因と思われるのは、ほとんどの魔物たちにおいて出現した新種、『特異種』によるものです」

 

 そう前置きして、マイルは詳細説明を行った。オーブラム王国で不安が高まった理由は、『特異種』の魔物によって王国各地のハンターや農民の被害が漸増し、しかも様々な理由によってオーブラム王国上層部やハンターギルドも事態を把握できていなかったことによるものであること。そして……

 

「ここが、最初に新種が発見されたグレデマールです」

 

 テーブルに地図を広げ、マーレイン王国の東南東端の方の一点を右手の人差し指で示すマイル。

 

「そして、ここと両国の王都の位置関係は……」

 

 言いながら、マイルは今度は左右の手を同時に動かした。両手の親指でグレデマールの位置を押さえた後、右手の人差し指でオーブラム王国の王都を、左手の人差し指でティルス王国の王都の位置を押さえる。その両手の親指と人差し指の間隔は、左右ほぼ同じであった。

 

「「「「「「…………」」」」」」

 

 マイルが言いたいことを察し、完全に黙り込む列席者たち。

 しばらくして、『依頼人たち』のうち1人が、呻くような声でぼそりと言った。

 

「我が国が、王都を含めて異変の発生圏内に……」

「入っている可能性は、かなり高いのではないかと……」

 

 その『依頼人』に、マイルが非情な宣告を突き付ける。

 事態の深刻さを理解し、焦った様子で言葉を交わし始める列席者たち。さらにそこへ、マイルが追撃を叩き込んだ。

 

「また、今回の異変に直接関係があるかは不明ですが、オーブラム王国内にて発生した大規模な事件がありますので、そちらも合わせて報告します。今から5日前の深夜、オーブラム王国中西部にて大規模な森林火災が発生しました。発生した位置はここです」

 

 いったん地図から両手を離した後、マイルは右手の人差し指で楕円形を描くようにして、オーブラム王国中西部海岸沿いのある一帯を示した。

 

「火災発生当時、我々はこの付近にあるアルハリ村で夜営しており、火災発生時に村民と協力して村への火災延焼と、火災によって暴走(スタンピード)した森の生物や魔物の村への侵入を防ぎました」

 

 本当はマイルたち「赤き誓い」がスタンピードを防いだ上に火災の一部を鎮火してしまっているのだが、決して嘘は言っていない。

 

「しかし、火災そのものを食い止めるのは困難であり、結果、この辺り一帯の森林のほぼ全てが焼けてしまったと思われます」

 

 マイルが示した範囲は、火災による消失面積としてはかなり大きい。しかも、オーブラム王国の中でもティルス王国にほど近い領域で発生した事件である。ギルドマスターが不安そうな表情を浮かべているのも、無理はない。

 

「火災が収まった後、我々は焼けた森に立ち入り、火災の原因を特定しようとしました。その結果、火災の発生点と思われる場所で、炭化した人間の死体を複数発見、さらに同地には巨大な足跡も発見されました。足跡は非常に大きく、おそらく古竜クラスのものと推察されます。今回の森林火災は、その足跡の主によって起こされたのではないか……と思われます。

ただ、足跡は現場を北上して海岸へと向かい、そこで途切れていました。波打ち際まで足跡が残っていたことから、足跡の主は海へ潜ったものと考えられます」

「「「「「「…………」」」」」」

 

 その報告、そしてそれに関連すると思われる「ヴァノラーク王国における、邪教集団による獣人拉致事件」の黒幕についての報告に、列席者たち全員がその顔から血の気を失っていた。

 特異種の唐突な出現(ポップアップ)による混乱に加えて、大規模な森林火災、しかもその下手人は海の中へ姿を消したと思われ、行方不明。おまけに、その下手人は「世界最強の魔物」と言われる古竜に匹敵するレベルの存在と見られる、というのだ。これは、異変としてはかなり大きい。

 しかも、森林火災に関してはティルス王国に比較的近いところで発生した上に、下手人が姿をくらましてしまっており、さらには下手人が逃げたと思われるのは追跡のしようがない海の中。おまけにどうもその下手人は外部から召喚されたらしいと見える。

 どうしようもない。

 

「やべぇ……。クソやべぇ……」

 

 ギルドマスターが呟くように言う。おそらくは身分がある人たちを前にして言うには、あまりに下品な言葉なのだが……それだけ気が動転しているのだろう。無理からぬことである。

 

 その後、ギルドマスターたちと依頼人側を交えて対応策が検討された後、「赤き誓い」の面々は解放された。ポーリンは多額のお金を稼げたことに喜んでいるが、マイルは何やら考え込んでいる様子である。

 実際、今回の件は色々とありすぎた。そして考えられるのは、まず、これまでにあちこちで発生した特異種の出現が、古竜たちが調べている「先史文明の秘密」に関係するものなのか、古竜たちが何かに対しての準備が必要だと考えているその「何か」に関係するのか、ということ。そして、あの森林火災を引き起こした下手人は何者なのか、ということである。

 特に森林火災の一件は、気になることが多い。足跡のサイズから考えれば、下手人は明らかに古竜クラスの体躯があると思われるが……古竜では断じてない。そもそも知能のある古竜なら、森林火災を発生させようとは思わないはずだし、もし森林火災が起きているのならそれを止めようとするはずだ。あんなに延焼するまで燃やそうと考えるとは、とても思えない。

 ならば、いったい何者があの火災を起こしたのだろうか? ……謎は深まるばかりである。




はい、今回はWeb版原作で言う「侵略者」の最後辺りから「姿なき敵」の下りでした。原作をよくお読みになっていらっしゃる皆様には、一瞬でお分かりいただけたと思います。

これで、原作との合流は完了。さあ、拙作の物語はここから、原作とは全く異なる方向へと転がっていきます。その辺については次回以降で。
それでは、また次回にてお会いしましょう。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。