「のうきん」の世界にやべー奴が現れたようです   作:Red October

4 / 8
なんと、二次創作界隈の隅っこたるこんな小説に、評価を頂けました!
評価8をくださいましたシルバーマン13様、ありがとうございます!

さて前回、次回予告にてとんでもないフラグをぶっ立てましたが、果たしてそれは回収されるのか、それともへし折られるのか…?



第4話 深海からの挑戦

 アルバーン帝国東部にある港街カザン。ここには、アルバーン帝国海軍最大の拠点として、艦隊司令部が置かれている。そしてこの街には、アルバーン帝国海軍の主力艦隊550隻が集結し、他国との戦争のような有事に備えて待機していた。

 艦隊の数は多く、船に装備された弩弓(バリスタ)も新型のものばかりであり、そして兵の練度も高い。文字通り、この世界では最強クラスの力を誇る海軍戦力である……そのはずだった。

 

「我が、『無敵艦隊』……全滅……!」

「「「………」」」

 

 カザン艦隊司令部に、血相を変えて飛び込んできた伝令兵の報告が、悲痛な響きを伴って響いた。

 いや、報告など聞かずとも、艦隊司令部から直接見えていたのだ。突如現れた巨大生物が、艦隊を蹂躙し全滅させていく様子が。

 その光景をまざまざと見せつけられた艦隊司令部要員全員が、言葉を失っていた。精強を誇るアルバーン帝国海軍主力艦隊550隻、それがたった一体の生物に全滅させられた。それは、現実の光景とはとても思えなかった。

 

「何が……起きた……?」

「艦隊が……!」

 

 司令部の幕僚たちが絶句する中、艦隊司令部の長官ファッジは呟いた。

 

「私は……悪い夢でも見ているのだろうか……?」

 

 夢なら覚めてくれ、と願った。だが残念ながら、これは事実である。

 そうこうしている間に、艦隊を殲滅した巨大生物は進行を再開し、カザンに向けて接近しつつある。2本の足で歩いているらしく、だんだんとここに迫ってきていた。どおん、という足音らしい轟音が周期的に響いてくる。

 

「司令、敵生物はなおもこちらに接近中です! このままでは、カザンに上陸してくるのも確実かと!」

 

 部下からの報告で、ファッジは我に返った。

 

「い、いかん! カザン艦隊司令部に非常呼集をかけろ、非番の者も全て総動員してあの生物を迎え撃つのだ!

カザンの方には、全域に非常事態を宣言しろ!」

「はっ!」

 

 アルバーン帝国海軍・カザン司令部には、艦隊の他に司令部そのものを守る陸上戦力も配備されている。カザン軍港自体の大きさもあり、結構な数の陸上兵力があるのだ。それに、帝国陸軍のカザン駐屯隊にも応援を要請できる。

 加えて、海上であれば人間は船に乗っているしかないため、どうしても機動力が落ちるし、弓矢も船が揺れるせいで照準が安定しない。だが地上ならば、人間は照準を安定させて弓矢を放つことができるし、徒歩もしくは馬によって機動力を引き上げることもできる。司令部そのものに敵を引きつけて叩けば良いのだ。ファッジはそう判断していた。

 

「カザン司令部の兵力は、歩兵1,500、騎兵200、魔導士300。当面の時間稼ぎとしては十分だ。

巨大生物よ、貴様はアルバーン帝国の栄光を踏み躙ってくれた。その報いを、存分に受けさせてやる!」

 

 ファッジが怒りと共に決意を新たにした時、カザンの市街地の方から連続した鐘の音が聞こえてきた。それは、アルバーン帝国(かい)(びゃく)以来初めて鳴らされる、避難を指示する帝国式の警報であった。

 

 一定の周期で打ち鳴らされる鐘の音により、いつも通り平和に始まるはずだったカザンの朝は、瞬く間に騒々しいものとなった。

 一般市民たちは、聞き慣れない鐘の音に首を傾げる者、急いで逃げ出そうとする者、様々な反応を示している。一部の一般市民は、先に巨大生物が放っていた火炎弾の落下を見て逃げ始めており、市街地道路は混乱しつつある。

 カザン艦隊司令部付きの兵士たちは急ぎ武具を装備し、隊列を組んで迎撃の準備を始める。陸軍の駐屯地でも、兵士たちが大急ぎで緊急出撃の準備をしていた。

 カザンの今日の空の色は、赤。一面に血を流したような、真っ赤な色である。それは朝焼けや夕焼けとは本質的に異なる異様な色であり、しかもインクが紙に滲むようにじわじわと青空を侵食していた。また、海も血液のような真っ赤な色に変貌しており、赤く染まった海面が沖合まで延々と広がっている。そして海の上には、赤銅色の不気味な雲が分厚く垂れ込めていた。異様な光景、という他はない。

 そんな中、どおん、という鈍い足音を響かせながら、巨大生物はカザンへと確実に近付いている。

 

「くそ、でかいな……」

 

 自らも金属製の鎧と剣を装備して出てきたファッジは、陸まで大分近付いてきた巨大生物を見て呟いた。

 沖合にいた時点でも大きいと思ったが、間近で見ればその大きさは別格だ。まるで古竜でも相手にしているかのように思えてくる。

 艦隊司令部付きの兵士たちが全員配置についた、と報告が上がった。

 

「バリスタ、弓、魔法、一斉攻撃用意! 奴が上陸した直後に集中攻撃だ!」

 

 水際攻撃ではなく、相手が上陸して体勢を整えている間に攻撃するよう指示するファッジ。これは戦術的には正しい指示だ。史実でも旧日本軍は、サイパン島などでアメリカ軍の水際迎撃に失敗し、以降水際迎撃を廃して上陸直後の迎撃に方針を切り替えた。その結果、ペリリュー島、硫黄島などでは上陸してきたアメリカ軍に大打撃を与えている。

 そしてついに、巨大生物はカザン軍港の岸壁に到達すると、両方の前脚を岸壁にかけ、よじ登るようにして上陸してきた。瞬間、()(づる)の鳴る音が一斉に響き、100本以上の矢が生物に殺到する。そして、生物の身体に次々と命中した。火花と硬質な音が散り、放たれた弓矢の一部は弾かれ、一部は見事に生物に突き刺さっている。

 それと同時に、次々と呪文詠唱の声が響いた。

 

「ウォーター・ランス!」

「ソイル・スピアー!」

「アイシクル・ジャベリン!」

 

 水魔法や土魔法、氷魔法を中心に、幾つもの攻撃魔法が殺到する。魔導士の一部は支援用の風魔法を唱えたらしく、放たれた攻撃魔法は追い風に乗って飛翔速度を上げる。そして巨大生物に殺到したのだが……

 

じゅっ!

ばきっ!

しゅううう……

 

 どれもほぼ全くと言って良いほど通用しなかった。

 水の槍は、どういう訳か巨大生物との距離に反比例するように小さくなっていき、巨大生物に命中した時にはただの「ウォーター・ボール」になり果てていた。そしてすぐに蒸発してしまった。土の剣は、巨大生物に見事命中したものの砕け散ってしまう。氷の剣に至っては空中を飛翔している間に溶けてしまい、もはや氷魔法にすらなっていない。どうやら巨大生物は、洒落にならないような高い体温を持っているらしかった。そしてよく見ると、弓矢による攻撃も大したダメージになったようには見えなかった。

 身体に無数の矢が突き刺さったまま、全身を露わにした巨大生物はゆっくりと上体を起こす。身体の大きさは圧倒的であり、古竜ですら上回る巨体なのではないかと思わされるほどだった。全身を赤い花のような鱗と岩盤のような黒い甲殻で包み、身体各部には赤いラインが走っている。胴体のほぼ中央、胸と思しき部分及び両前脚の付け根と尾の付け根には明るいオレンジ色に光り輝く部分があり、どうやら赤いラインはそこから走っているらしい。尾は非常に長く、荒れ地の岩肌を思わせるごつごつした甲殻に覆われた刺々しい見た目をしており、長大な戦鎚(メイス)を思わせた。背中に生えた両翼には翼膜が見当たらず、飛ぶためにあるものとは思えない。代わりに、翼の先端には赤く輝く巨大な穴がその口を開き、空を睨み据えている。そして胴体の上方に伸びた、細長く扁平な首の先には胴体に比して小さな頭部があり、天に向かって生えた2本の角と深紅の双眸、唇がなく無数の牙が剥き出しになった口がある。また項には、赤赤と光を放つ大穴が合計6つ開いていた。その穴から炎の弾が噴き出し、地面に落下して炸裂する。

 前方の視界一面が赤く染まり、岸壁は炎で覆われた。ファッジや兵士たちの顔を熱風が撫でる。

 巨大生物は、自らが作り出した業火の中で悠然と佇み、こちらを睨み付けた。高所から投げられる、鋭く、そして灼熱とは裏腹に冷え切った視線に、ファッジの心臓が早鐘のように鼓動する。巨大生物が全身から放つ凄まじいプレッシャーは、彼らの上から重くのしかかり、まだ矛を交えてもいないというのに彼らは既に心が折れかけていた。

 この世界においては、体躯の大きさはその生物の強さに直結することが多い。その法則に照らせば、この生物は人間種が矮小な存在にしか見えなくなるほどの、圧倒的な力を持つに相違ない。巨体だけでも脅威だというのに、この上全身から炎を噴き出す力まで持ち合わせるとなれば、その脅威は破格のものだ。巨大生物と真っ向から対峙する彼らは、それをまざまざと感じていた。

 だが、自分たちはいずれ世界を統一し真の覇者となるべきアルバーン帝国、その精鋭の一角だ。逃げることは許されない。

 勇気を奮い起こし、ファッジは命令を下した。

 

「怯むなぁ! 我らは誇り高きアルバーン帝国軍! 巨大だとはいえたった一体の生物に、何を恐れることがあろうか!

ここを耐えれば、陸軍の連中が駆けつけてくれる! 我々はそれまで、この戦線を支えれば良いのだ! 者ども、行くぞーっ!」

 

 これには若干の脚色が混じっている。戦線を支えた後は、陸軍部隊と連携してこの巨大生物を討伐しなければならないからだ。だがまずは、当面の士気と統制を保つことが必要である。ならば、嘘も方便であった。

 

「「「「「おおおおおお!!」」」」」

 

 兵士たちは、ある者は盾に剣を打ちつけ、ある者は槍の石突で石畳を叩きながら、自らを、仲間を鼓舞するべく大声を上げる。何人もの人間、それも軍人が上げる叫び声は、大気を震わせ、味方の士気を上げるには十分であった。

 ところが、その瞬間。

 

グオオオオオアアアアァァァーッ!!

 

 人間たちに威嚇されたと受け取ったのか、巨大生物も右脚を一歩前に踏み出しながら凄まじい咆哮を上げた。その声量は大気どころか地軸すら震わせるかと錯覚するほどのものであり、その響きには禍々しさが感じられる。兵士たちの()(たけ)びなど、到底及ばない。

 

(ぐぅっ…! 何と凄まじい…!)

 

 もはや音の暴力と言っても良い咆哮を聞いて、ファッジ以下の兵士たちは全員が耳を塞ぐ。いや、それだけではなかった。

 一部の兵士は身体を丸めて蹲り、ガタガタと震えている。勇敢さでは誰にも引けを取らないはずの軍人が、怯えているのだ。あの巨大生物の咆哮だけで。

 しかも、巨大生物は首をぶん回して咆哮しているため、咆哮の影響範囲はかなり広い。一般市民の中にも、この咆哮を聞くか、あるいは巨大生物を直接見てしまい、腰を抜かして立てなくなる者が出ていた。

 咆哮する巨大生物、その両翼に走る赤いラインが眩く輝き、オレンジを通り越して黄金色にも似た煌めきを放つ。次の瞬間、金色に輝く両翼の大穴から大量の液体が空に向けて撃ち出された。それと同時に大地は激しく震え、周辺の家では窓ガラスが割れる、屋根板が外れて落下する等の被害が出る。まるで火山の噴火そのものである。

 空中高く打ち上げられた液体は、上空の大気によって冷やされて凝集し、火山弾を思わせる真っ赤な塊になった。それが3、40個もあるだろうか、次々と落下してくる。

 次の瞬間、カザン市街地と艦隊司令部は瞬く間に修羅場となった。十分な速度をつけて空から降ってきた火炎弾の威力は凄まじく、家屋の屋根を一撃で破壊し、屋内に燃える木の板の雨を降らせる。それだけではなく、落下の衝撃で破裂した火炎弾は、内包されていた赤い液体を撒き散らす。溶岩のような見た目の液体は火を纏っており、屋内の床や壁、家具などを瞬く間に燃え上がらせた。また、火炎弾が直撃した木造家屋は、屋根と大黒柱をまとめて破壊され、炎の塊となって崩れ落ちる。道に落下した火炎弾はものすごい勢いで爆発し、周辺にいた人々を一瞬で蒸発させた上に炎を撒き散らして道を封鎖する。一般市民にも水魔法を使える者はいるものの、そのほとんどはコップ1杯くらいの量の水を出すのが限界であり、火炎弾による火が相手では文字通りの「焼け石に水」でしかなかった。また、隊列を組んで応戦しようとしていた兵士たちにも容赦無く火炎弾が降り注ぐ。重い武具を装備してきっちりと並んでいた兵士たちには、落下してくる火炎弾を咄嗟に避ける、という行動は容易には取れなかった。そのため、火炎弾1発の爆発で十人単位の兵士が吹き飛ばされ、戦死していく。

 カザン市街地は、赤と黒に染められ始めた。赤は炎の色、黒は煙である。しかも巨大生物が撃ち出したこれは射程距離も広く、カザンのほぼ東端から撃たれた火炎弾の中には市街地西側まで到達したものもあった。

 一般市民たちは完全にパニックを起こし、とにかく安全を求めてめくらめっぽう逃げ惑う。軍の兵士や魔導士たちも、空から降ってくる災厄に注意を取られ……それが、ある1人の女性魔導士の運命を決してしまった。火炎弾に気を取られてしまい、巨大生物本体が口内に炎を漲らせているのを見逃してしまったのだ。

 何者にも邪魔されぬまま、巨大生物は口から火球ブレスを1発発射する。気付くのが遅れた女性魔導士が、慌てて「マジック・シールド」を唱えたものの時既に遅く、火球ブレスは魔導士に着弾して爆発した。爆発が収まった時には、女性魔導士の姿は消えている。最初から存在などしなかったかのように、痕跡1つ残さず消し飛ばされたのだ。

 魔導士を一撃で屠った巨大生物は、立て続けにもう1発火球ブレスを放つ。発射されたブレスは照準過たず、鎧と大盾を装備した重装歩兵隊の隊列の真ん中に着弾した。大きな爆発が起こり、重い武具を装備しているはずの重装歩兵がゴミのように吹き飛んでいく。その武具が溶けているところから、巨大生物のブレスの威力が窺える。

 

 巨大生物の攻撃により、歩兵隊の戦意は低下してきていた。何せ片っ端から仲間があっさり死んでいくのである。彼らも軍に所属している以上、死の覚悟はできていたが、敵国の兵と戦って魔法や矢や剣で刺されるならともかく、一瞬で蒸発するなんて死に方は想定していない。そのため心が挫けつつあったのだ。

 その時、馬蹄の響きが石畳の道に響く。艦隊司令部付きの騎兵200騎が、一斉突撃を開始したのだ。騎士たちが槍を突き上げ、雄叫びを上げながら巨大生物に向かって突っ込んでいく。

 対する巨大生物はといえば、特に気負う様子もなく右の前脚を振り上げただけ。そして上体を倒し、騎馬隊の先頭集団にパンチを浴びせた。

 次の瞬間、前脚が叩きつけられた地面が爆発した。それをまともに受けた騎馬隊の先頭集団は、避ける暇もなく爆発に巻き込まれ、骨肉ぐちゃぐちゃ(それも人肉と馬肉の混成ミンチ)のバラバラ死体となってその場に散らばった。また、パンチと爆発そのものは避けられたものの爆風の効果範囲内にいた兵と馬は、強烈な爆風によって吹っ飛ばされ、周囲の建物や立木に叩きつけられる。大きな音を立てて立木が折れ、建物に叩きつけられた人馬が壁に血の帯を引きずって地面に落ちる。当然、吹き飛ばされた者はいずれも即死である。

 また、パンチの威力はどれだけあるのか、前脚が叩きつけられた地面からは放射状のひびが、かなりの距離に渡って石畳を走っている。げに恐ろしきは、そんなパンチを平然と繰り出す巨大生物である。

 

 その巨大生物はというと、数こそ減ったものの未だに多数残っている騎兵や歩兵、魔導士や(きゅう)(せん)隊を見て、ちまちまやるのも面倒だと判断したのか、上体をのけ反らせてその場に倒れ込んだ。ただの倒れ込みと侮るなかれ、これほどの巨体が倒れ込んだのでは、相当な脅威になる。実際、回避の遅れた騎兵のほとんどがこの倒れ込みで押し潰され、大地のシミと変わった。生き残れた騎兵も、生物の倒れ込みによって発生した地震のような大揺れに足を取られ、突撃どころではない。歩兵なども同じであった。そこへ、生物の両翼と項からこぼれ落ちた火炎弾が降り注ぎ、軍の被害をさらに拡大する。

 また、この地震めいた揺れによって市街地と艦隊司令部の被害はさらに拡大した。地震に遭ったように家々が倒壊し、その瓦礫に火が回って燃え始める。木造の漁師小屋などは一瞬でバラバラになり、石造の建物も壁が崩壊するなどの被害が出る。それに委細頓着せず、巨大生物は前方に見える歩兵と魔導士の集団に向けて這いずりで突っ込んだ。

 彼らはまだ地揺れに足を取られて翻弄されており、まともに動くこともできていない。そのため、迫り来る生物の巨体を目にしてもできることはなかった。なす術もないまま、歩兵隊と魔導士たちは巨大生物に踏み潰され、一瞬でその数を減らしていく。巨大生物が一歩踏み込むごとに、バキバキ、ぐちゃぐちゃと嫌な音が響き、有機物が焼け焦げる不快極まりない臭いが鼻を衝く。巨体による歩幅の大きさもあり、巨大生物はたった10歩程度の這いずりで歩兵隊の防衛線を突破し、艦隊司令部の近くで立ち止まった。

 その時、立ち止まった生物の左の翼に、太い矢が命中し突き刺さる。見ると、艦隊司令部の屋上にバリスタが2基設置されており、兵がそれに取り付いていた。どうやらバリスタで歩兵隊を援護しようとしているらしい。練度の高さが窺える一面である。

 だが、巨大生物は艦隊司令部の建物に向き直ると、兵士たちの抵抗を嘲笑うかのように火球ブレスを発射。放たれたブレスは正確に着弾し、バリスタのうち1つは第2の矢を放つ前に破壊されてしまった。そしてもう1つのバリスタも、第2の矢を放ったところで兵士ごと焼かれた。

 破壊されたバリスタに代わり、今度は艦隊司令部の建物の陰などに潜んでいた歩兵が、弓や魔法といった遠距離攻撃を加える。ここに至り、巨大生物は艦隊司令部を先に潰すと決定したようだ。一声吼えるや、這いずり突進で建物に急接近する。

 

「止めろ! 止まれー……」

 

 まだ生き残っていたファッジが叫んだが、生物に聞く耳があるはずもない。巨大生物はそのまま艦隊司令部の建物に突撃し、体当たりを喰らわせた。

 石で作られていた頑丈な艦隊司令部の建物も、巨大生物の突撃には歯が立たなかった。子供が作った積み木の城のように一瞬で崩れ、煙のような石の粉をもうもうと巻き上げながら、瓦礫の山と成り果てていく。そこへ駄目押しとばかりに、巨大生物の項から落下した火炎弾が炸裂し、燃え盛る赤い液体をぶちまけた。司令部に詰めていた兵士たちは、その大半が今の這いずりだけで死んだだろう。ほんの一瞬の出来事である。

 司令部を突き崩した巨大生物は、その場で反転する。その時、生物の尻尾が勢いよく振り抜かれ、カザン海軍基地敷地内に残されていた建物にぶつかった。

 生物にしてみれば、ただ単に身体の向きを変えただけの、特に意識することもない普通の動作だっただろう。だが、尻尾が激突した建物は一瞬で1階を丸ごと破壊され、自重によって大地に崩れ落ちる。巨大生物の一挙手一投足だけでも、天災レベルの被害をカザンにもたらしていた。

 反転した巨大生物は再び這いずって前進し、カザン海軍基地の全ての建物を踏み潰し、基地を更地に変えた。さらに通りを渡った先の住宅街に突入し、近くの一軒家や宿屋などを軒並み踏み潰す。

 と、巨大生物はその場で身体を丸めた。尻尾の付け根や前脚の付け根にある赤い発光体が強く輝き、オレンジ色どころか金色の光を発する。そして両翼と尻尾の付け根上部から、火山の噴火を思わせるような煙が噴き上がる。

 ファッジ以下、まだ生存していた歩兵や魔導士は、必死に生物に向けて走り出した。あれはヤバい、と彼らの本能が訴える。何とかして止めなければ、と思う。しかし、巨大生物はさっきの這いずりだけで歩兵隊との距離を大きく引き離しており、歩兵隊と巨大生物の間には、重い武具を付けた歩兵隊には厳しすぎる距離があった。故に、彼らは警戒すること以外、ほぼ何もできなかった。

 やがて、巨大生物は丸めていた身体を伸ばし、咆哮と共に溜め込んだ力を全て解放した。

 

グオオオオオアアアアァァァーッ!!!

 

 これまでに聞いたどんな咆哮よりも凄まじい咆哮が轟く。両翼と尻尾の付け根からは、これまでに見たことがないほど大量の赤い液体が空に向かって撃ち出される。まるで生きた火山というべき所業であった。ファッジたちが何もできずに見守る前で、発射された液体は、上空で不気味に渦を巻く赤銅色の分厚い雲に吸い込まれていった。

 やがて、雲の中から赤く輝く塊が多数……それこそ100個以上も落下してきた。そして、煉獄のような時間が始まった。

 パニックを起こして逃げ惑う一般市民と、それに巻き込まれて未だに戦場への合流を果たせずにいる帝国陸軍カザン守備隊の兵士たち。そして、カザンを守るべくギルドマスターの命令を受け、陸軍に同行して巨大生物の討伐に参加しようとしていた地元のハンターたち。そういった人々の頭上に、火炎弾は平等に降り注ぎ死をもたらす。道路は火炎弾の炸裂によって広がった炎や崩れた住宅によって次々と封鎖され、炎と黒煙が市街地を覆っていく。市街地中央部にあるハンターギルド・カザン支部も火炎弾が1発直撃し、落下してきた屋根に押し潰されてギルドマスターが戦死した。ギルド支部の建物で発生した火災は、ハンターたちの水魔法によってどうにか消し止めたものの、マスターが戦死したせいで混乱が起きており、容易には回復しそうになかった。

 その時、街の人々は市街地東部の方で大きな爆発音が響くのを聞いた。これは、巨大生物が口内に大量の青白い炎をチャージし、艦隊司令部周辺に残っていた歩兵隊をチャージブレスでまとめて吹き飛ばした音であった。ファッジ以下残存していた面々は、この一撃で大半が即死。僅かな生存者たちは戦意を完全に喪失し、バラバラになって退却した。カザン艦隊司令部付きの兵士たちの損耗率は、8割を軽く超えており、完全に組織的戦闘能力を失っていた。

 一面の火炎に覆われた市街地東部、その炎と異様な赤に染まった空をバックに、巨大生物のシルエットが影絵のように浮かび上がる。そして生物は、勝ち鬨を上げるかのように大きく咆哮しながら、両翼から液体を打ち上げ、炎の雨を降らせるのだった。

 

 その後、火炎弾による無差別攻撃で1割強の損害を出しながらも、帝国陸軍カザン守備隊の将兵4,500名とハンターパーティ8個合わせて38名のハンターたち、そして市民の有志を中心とする自警団約150名が戦場に到着し、巨大生物と交戦した。が、

 

グオオオオオアアアアァァァーッ!!!

ずどどどどど……どがぁーん!!!

「「「「ぎゃああああーーー!!!」」」」

 

 咆哮に心胆を縮められ、それを立て直す暇もなく、巨大生物が降らせる火炎弾の雨に打たれ、

 

「火炎ブレスだ!」

「『マジック・シールド』! ……どしゅっ」

「馬鹿な! なんでブレスが『マジック・シールド』を貫通し……ぎゃあああ!」

 

 口から放たれる高温の火球ブレスで狙撃され、

 

「くそアイツめ、ブレスが正確すぎだ!」

「なら懐に飛び込んで接近戦……って、あっっっっっつう!!!」

「駄目だ熱すぎる! 近寄れん!!」

 

 接近戦を挑もうにも、巨大生物の体温の高さで追い返され、

 

「やばい! アイツ倒れてくるぞ!」

「回避! 回避ぃぃぃグジャッ」

どごおおぉぉぉぉぉん!!

 

 巨大生物の倒れ込みによって圧死し、

 

「突っ込んでくる! 避けろ!」

「あんなのどうやって避けるんだ!」

「知らん! とにかく走れぇぇぇぇぇ(ぷちっ、という音と共に台詞が途切れる)」

 

 高速かつ大股で這いずってくる巨大生物に踏み潰され、

 

「自警団は全滅だ! ハンターたちも壊滅してる、もう戦えん!」

「第6歩兵中隊全滅! 第8歩兵中隊壊滅!」

「我が方の兵は、既に半数が戦死又は戦闘不能!」

「そんな、そんな馬鹿な! たった一体の生物に、ここまでやられるとは!」

 

 瞬く間に兵力をすり減らされ、

 

「っ! 敵生物、身体を丸めています!」

「何か、力を溜め込んでるように見える?」

「まずい! あれは大技だ、食い止めろ!」

「食い止めろって、どうやって食い止め…」

 

グオオオオオアアアアァァァーッ!!!

 

ひゅうううううう……ずどどどどどどがぁぁぁぁぁぁぁん!!!!

 

「「「ぎゃあああー!!」」」

「あ”っ、あ”っ、あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”!!!」

「熱いよぉぉぉ助けてぇぇぇぇ……」

 

 巨大生物が打ち上げた100個以上の火炎弾の猛威に晒され、

 

「味方残存兵力、残り800人を切りました!」

「総員突撃用意! これが……これが、我がアルバーン帝国陸軍の意地だ!」

「敵生物、こっちを向いて……何か、口から青白い炎を…!」

 

どがあああああぁぁぁぁぁん!!!!!

 

 巨大生物のチャージブレスで木っ端微塵に消し飛ばされ……そして誰もいなくなった。

 

 

アルバーン帝国陸軍カザン守備隊5,000名、地元ハンターパーティ8個、カザン自警団総員200名、巨大生物と交戦し総員戦死。これだけの犠牲を払ってなお、巨大生物を仕留めるどころか、まともな手傷を負わせることすらできなかった。

そして、カザンにあって巨大生物と戦える即応兵力は、もうほとんど残っていなかった……。

 

 守備兵力を壊滅させた巨大生物は、何ら邪魔されることもないままカザン市街地中央部へ、そして西部へと進行。その過程で何度も噴火を繰り返し、戦略爆撃のごとく火炎弾を市街地一帯に降らせ、逃げ遅れた人々も空になった家々も、全てを炎に沈めていった。炎は風を呼び、竜巻となって飲み込んだ物全てを焼きながら舞い上げ、空から灰を雨と降らせた。何もかもが炎に飲み込まれ、焼け落ちていった……。

 

 そして、日本時間でいうなら午前7時半頃。

 交易商人なら知らぬ者はいない地であったアルバーン帝国東部の港街カザンは、たった2時間半ほどで焦土と化した。港、市街地の家並み、防衛用の砦、全てが等しく炎の海に崩れ落ち、鳥の(さえず)り1つ聞こえぬ黒焦げの土地となった。この街には、軍民合わせて5万人が住んでいたのだが、そのうち少なくとも40%近くの人々が戦禍の中で息絶えた。それはまさに……

 

(ごう)()だ……」

 

 命からがらカザンを脱出できた市民の1人が、さっきまで街があったところに広がる炎の海を振り返って呟いた。そう、それはまさに地獄の劫火。建造物だろうが生命体だろうが、形ある物全てを無に帰す火炎地獄である。

 

「私たちの街が……消える……」

「終わりだ……何もかも……」

 

 そんなことを(うわ)(ごと)のように呟きながら、焼け出された人々は帝都をはじめとする帝国各地へと散っていった。とにかく炎と咆哮のないところを求めて。

 

 陸上の全てが炎に包まれ、海までもが真っ赤に染まって一面赤の世界となったカザンにおいて、生命の息吹はたった1つしか感じられなくなっていた。それはたった1つでありながら、しかし並び立つ者のない圧倒的に巨大な一個の生命。そう、あの巨大生物である。この煉獄を作り出した張本人である。

 自らが作り出した一面の劫火の中に、悠然と佇む巨大生物。炎によって真っ赤に染まった大地を見下ろす黒いその姿は、まるで地上に降臨した悪魔であった。

 と、どこからかゴゴゴゴゴ……という轟音が聞こえ、地面が震え始める。そして、

 

ドドオォォーン!!

 

 カザンの付近にある山の1つが、頂上から大量の黒煙を噴き上げた。爆発によって吹っ飛んだ岩石が散弾銃の弾のように四方八方に飛び散り、噴煙は火災煙と混じり合って視界をさらに悪化させる。

 なお、一応断っておくが、今噴火した山は元々普通の山だったものだ。活火山などでは決してなく、アルバーン帝国の歴史を紐解いても、この山が噴火したなどという記録は1つもない。そんな「普通の山」であった山が、急に噴火したのだ。

 さらに、炎に覆われたカザン市街地に異変が生じる。地面があちこちひび割れ、そこから炎にも見える赤い液体が噴き出たのだ。ひび割れは市街地外周から中心方向に向かって生じていく。その先にいるのは、あの巨大生物だ。

 

グオオオオオアアアアァァァーッ!!!

 

 自ら作り出した破壊と煉獄の中で、巨大生物の咆哮が響き渡る。己の所業を勝ち誇るかのように。

 ……そして、アルバーン帝国の、さらにはこの世界の終わりを象徴するかのように。




はい、フラグは見事に回収されました。カザン滅亡です。というか、建物の土台すら残さずに地図から消し飛ばされました。
アニメ版原作のEDテーマ「ゲンザイ↑バンザイ↑」のサビの部分で、マイルが「ミライはきっと明るいよって ちょっと前の自分に伝えたい」と歌っていましたが、その「明るいミライ」がだんだん怪しくなっていく……

これほどの力を振るえる巨大生物…にして竜らしき存在は、いったい何者なのか? 既に幾つか予想が挙げられていますが、今のところ正解者はいないようです…。ですが、後に必ず明かします。
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