「のうきん」の世界にやべー奴が現れたようです   作:Red October

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さて、前話でアルバーン帝国の都市1個が全滅しましたが……次にターゲットにされたのは、あの地でした。
アルバーン帝国に住む連中といえば……



第5話 灼炎の帝王

 カザンを壊滅させた巨大生物は、1時間ほどの間カザン跡地に留まった後、燃え落ちた港街を放置してゆっくりと移動を開始した。少しだけ西へ進み、それから向きを変えて南西の方向へ。大雑把に言えば、巨大生物はほとんど海岸線に沿ってアルバーン帝国南部へと進攻を開始したのだ。

 ちなみに、巨大生物が去った後の港街カザンは、もはや都市とは言えない状態になっていた。地面は広範囲に渡って黒ずみ、ところどころまだ赤熱している箇所がある。建物の土台も石畳の道路もほとんど目立たない。家も立ち木も全て焼け落ちたため、もはや何がどこにあったのか分からないほどの状態になっている。アルバーン帝国が建国され、第2代皇帝の治世に(かい)(びゃく)されて以来、120年あまりに渡って繁栄を謳歌し続けてきた港湾都市の面影は、どこにもなかった。

 その巨大生物は、人間が普通に歩くよりも少し速い程度の速度で海岸線沿いに進攻を続けている。進攻に伴って、アルバーン帝国南部の空は鮮血を思わせる不吉な赤色に染められた。陸上では空気が急速に乾燥し、巨大生物が身体から発する高熱も相まって、自然発火による森林火災が同時多発的に発生し、山々は次々と火を噴いた。それも、これまで何の変哲もない普通の山だった山が、突如として噴火したのだ。また、巨大生物は時々海に飛び込んだため、海洋も煮立って真っ赤に赤熱し、海域に生息していた生命は次々と死滅した。

 巨大生物の接近と、それに伴う自然災害の連続発生に伴い、本能的に危険を察知した生物や魔物は、大いなる災厄の接近を恐れて逃げ出した。それにより、帝国東部から南部では各地で動物の暴走状態(スタンピード)が発生し、畑が踏み荒らされる、移動中の隊商(キャラバン)やハンターパーティが巻き込まれて積み荷や人員に被害が出る、村が襲われて死傷者が多数発生するなどの二次被害が出た。また、それに起因する三次被害として、帝国東部から南部の各都市に設置されたハンターギルド支部には、魔物や動物の暴走を止めて欲しいという緊急依頼が大量に舞い込み、事態に対応できる人手が足りなくなってきていた。

 

 唐突だが、ここで問題である。

 巨大生物は海岸線に沿って、アルバーン帝国東部から南東部、さらに南部へと進行しつつある。では、その巨大生物の進行ルート上には……具体的には帝国南東部には、何があるか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 答えは、そう、「古竜の里」である。

 

 

「いったいどうしたというのだ、これは!?」

 

 空を飛んでいた複数の古竜のうち1頭が叫んだ。この古竜たちは、「赤き誓い」に会いにティルス王国まで出かけ、古竜一族内に裏口伝で伝わる話を聞かせるのと引き換えに、爪や角に飾り彫りをしてもらって、今帰ってきたのである。「赤き誓い」の…正確にはマイルの…仕事に満足して帰ってきてみたら、なんと里の方がとんでもないことになっていたのだ。

 里自体には特に変事は起きていなかったのだが、その周囲は阿鼻叫喚そのものだった。山々は突然に爆発して頂上から黒煙を噴き上げ、森林は炎に包まれて燃え、時折地面が揺れる現象すら発生していた。そして、森に住んでいたとみられる獣人や動物、魔物が、山の爆発や森林火災から逃れるべく、ひた走っていた。その動物たちがあちこちでぶつかり合い、体格の小さいものや弱いものが踏み潰されて死んでいく。

 何が起きているのか、里の上層部でも把握できておらず、現在の指導者たるヴァルティンも混乱していた。もちろんケラゴンやベレデテスたちも、現状を理解しきれていない。何せ突然に、この異変は始まったのだから。

 ティルス王国から戻ってきた長老クラスの古竜も交え、古竜たちは口伝で伝わる事象を片っ端から探ってみた。その結果、山々の爆発や森林火災といった事象そのものに関しては、記録が見つかった。だが、それらはあくまで「事象そのものが単発で発生した場合」に限られており、こんなに同時多発的に発生する事象は見つからない。

 それに加えて、「大気の温度が異常に上がってくる」「空が血を流したような異様な赤に染まる」といった、口伝にもない異常現象までが同時に発生していた。

 長老や指導者を含む「古竜の里」上層部は混乱し、雌たちやまだ幼い幼竜は怯え、里全体が混乱状態となった。

 そんなある日、里周辺で動物や魔物の暴走を食い止めながら監視を行っていた古竜戦士隊から緊急報告が上げられた。非常に巨大な生物が、ゆっくりとこちらへ接近しつつある、と。また、観察した限りでは、巨大な生物は全身が黒と赤のツートンカラーで、身体のあちこちから火を噴きながら歩いている、とも報告された。

 おそらくこの生物こそが、動物の暴走を引き起こした張本人であろう……「古竜の里」では直ちにそのような結論が出され、古竜戦士隊の全力を挙げてこの生物を倒すことが決定された。

 

 「古竜の里」側では、雌たちと幼竜を里に立てこもらせ、里のすぐ外縁部にはベレデテスやケラゴンといった戦士隊には属していない雄の竜を配置。そして里の手前200メートルの位置にある平原に、古竜戦士隊の雄竜全てを配置し、ヴァルティン自らが指揮を執った。

 アルバーン帝国南東部に位置する「古竜の里」に住まう古竜は、成竜・幼竜合わせて100頭。うち幼竜は全部で21頭おり、これは戦力として数えることはできない。また、残り79頭のうち42頭は雌竜であり、これも戦力として数えることはできなかった。そして残りの37頭のうち、現在古竜戦士隊に配属されているのは24頭。残り13頭は、里の上層部に当たる長老やケラゴンのような元戦士隊メンバー、あるいはウェンスやベレデテスのような「成竜だがまだ若い竜」のような面々である。

 

 古竜戦士隊が「打倒すべき相手」と定めた巨大生物も、古竜たちの姿を認めたのだろう、まっすぐ里へと向かってきた。そして里の手前で、古竜戦士隊と相対することになったのである。カザン滅亡から2日後の、太陽が最も高く登る頃のことだった。

 燃え盛る森林をバックに、向かい合う26頭の竜。正確には1頭 対 25頭に分かれて向かい合っている。

 数だけの比較で言えば、どう考えても1頭しかいない側は数の暴力に抗いきれず、25頭もいる側……ヴァルティン率いる古竜戦士隊に叩き潰されそうに思える。ところが、個々の体格で比較してみると、1頭しかいない側……巨大生物の方が体格に恵まれていた。古竜たちは、この世界の陸上で生きる生物としては最も巨大な体躯を持つため、常に相手を見下ろす立場になる。ところが、この生物に限っては例外で、何と古竜たちが生物の顔を見上げる側になってしまった。それだけでも、この生物がどれだけ大きいかがよく分かる。

 巨大生物は、四肢とは分離した翼、それに長大な尾を持ち、全身を赤い鱗と黒っぽい甲殻で覆っている。外見的特徴は竜種のそれに酷似する。だが、その胸、両肩、尻尾の付け根には赤い核のようなものがあり、何らかの液体が渦を巻いているように見受けられた。そこから伸びた真っ赤なラインが、尻尾以外の全身をくまなく走っている。また、身体各部には赤く光る大穴が開いており、時折そこから火炎弾を落としている。そして最大の相違点として、飛竜(ワイバーン)や古竜のように翼を持つものの、翼膜が存在しておらず、飛行するためにあるようにはとても見えない。

 

 隊列を組んだ古竜たちの前方40メートルほどのところまで接近してきた巨大生物は、そこでぴたりと歩みを止め、古竜たちを睨みつけたまま動こうとしない。それに対して古竜たちも、メンチを切るかのように真っ向から巨大生物を睨み返す。

 まさに一触即発、という雰囲気があった。そんな中、ヴァルティンが口を開く。

 

『そこなる生物よ、これより先は我々の住まう「古竜の里」である。この先への立ち入りは許さん、これ以上進むつもりなら、我々は貴様を倒す!』

 

 竜の言葉で、巨大生物に命令を出したのだ。しかし話が通じないと見えて、巨大生物が反転する様子はない。それどころか、小刻みに歩行して「古竜の里」へと近付こうとしている。

 交渉決裂……というより、相手にはこちらの命令に応じる気はないと判断した古竜たちは、最後の警告の意味を込めて一斉に咆哮した。

 

グオオオオオオオオッ!!

 

 古竜の咆哮。それは、この世界においてほとんどの場合「破滅フラグ」を意味する。

 古竜は、この世界においては「最強の魔物」と称される。生物の中でも圧倒的に恵まれた巨大な体躯、エルフ族でも及ばないほどの膨大な魔力、そして長い寿命に裏打ちされた、人間にも勝るとされる知性。どれをとっても他の生物に劣るところはなく、それはまさに「無敵」という言葉がぴったりであった。古竜とは、それほどの存在なのである。

 そんな古竜が咆哮する、という状況には、幾つか種類がある。例えば、自らの縄張りを主張する場合。近距離にいる仲間に何かを知らせる場合。……そして、外敵と認定した者を叩き潰す時のような、怒りの咆哮。

 今回の場合は明らかに、森を荒らされたことに対する怒りを背景としたものである。また、里にいる雌たちや幼竜を守らなければならない、という事情もある。そんな訳で、今回の咆哮を聞いた者は、これより死ぬことを運命付けられる。

 こうなると、この咆哮を聞かされた相手には、必死になって命乞いをするくらいしか手は残されていない。

 

 …ところが。

 

グオオオオオアアアアァァァーッ!!!

 

 何と巨大生物は、その咆哮を真っ向から受け止めたのみならず、お返しの咆哮を放ってきた。それも、古竜たち全部の声を合わせたよりも声量が大きい。まるで、彼我の力の差をそのまま反映したかのようだった。

 ここまで挑戦的な態度を取られては、どうしようもない。これより先にあるのは対話ではない。力の行使あるのみである。

 ヴァルティンと巨大生物が、ほぼ同時に動いた。巨大生物は長い首を振り回し、口内に真っ赤な炎を滾らせる。それに対し、ヴァルティンが叫んだ。

 

『古竜の指導者である我、ヴァルティンが命ず! 魔法の精霊よ、我が眼前の巨大生物から魔法の力を取り上げよ!』

 

 ヴァルティンのみが使用できる技、「魔法の行使権の取り上げ」である。

 これはどんな技か、ということを解説するために、少々メタい話になってしまうことをお許し願いたい。

 この世界においては、魔法というものが存在する……と、一般的には認識されている。が、実際は認識とはやや異なっており、創造主(神のような存在)が散布したナノマシンが、人間や魔物の脳内イメージに応じた現象を発現させる、というものである。そのナノマシンが発現させる現象が、何もない空気中から水を出現させたりするものであるため、「理解しにくい何らかの力」という形で「魔法」と認識されているのである。

 その魔法めいた現象を発現してくれるナノマシンであるが、だいたいどんな生物でも個体ごとに「利用権限レベル」というものが設定されている。そのレベルに応じて、ナノマシンに対してできることが増える、というシステムになっているのだ。

 例えば、ナノマシンそのものに話しかけたりできるのは、権限レベル3以上(ただし、この世界では「ナノマシン」とは認識されず、「魔法の精霊」とかいう形で誤解されることが多い)。細菌兵器の製造には、権限レベル7以上が求められる。こういった形で、権限レベルに応じて様々なことができるようになる。

 ちなみにヴァルティンは権限レベル4であり、「魔法の精霊」もといナノマシンに命令することで、「自分より権限レベルの低い者が、魔法を利用することを(一時的に)不可能にする」ということができる。これは、魔法とか魔力が重視されるこの世界においては、凄まじい威力を発揮する。

 

 ヴァルティンの詠唱が完了し、その効果が発現するのと、巨大生物がブレスの発射態勢を整えるのとがほぼ同時だった。

 そして、

 

ゴッ!

ずどん!

『がああああああぁぁっ!!!』

 

 凄絶な悲鳴が、ヴァルティンの喉から迸った。いったい何があったのか。

 ほとんど根元から粉砕され、焼け焦げたヴァルティンの右の前脚が、全てを物語っていた。

 

 自らにとって必殺技とも言える「魔法の行使権の取り上げ」を命じたヴァルティン。彼は、この技に全幅の信頼を置いていた。

 かつて「赤き誓い」と戦った時、ヴァルティンはこの技を仕掛けたものの、己より上位の権限レベルに達した者(マイル)がいたために不発に終わった。そのことを忘れていたわけではないが、彼は、同じ竜種相手なら通用すると睨んだのだった。

 確かにヴァルティンの読み通りに事が進んだかもしれない……この巨大生物が、この世界の理から外れていなければ。

 「魔法の行使権の取り上げ」という技は強力だが、それが通じない場合もあるのだ。例えば、より上位の権限レベルを認められている者に対してこの技を使った場合。あるいは、より上位の権限レベルを認められている者が、「行使権の取り上げは無効とせよ」とナノマシンに命じた場合。あるいは……

 

 相手の使うブレスのような技が、()()()()()()()()()()()()発射されている場合。

 

 巨大生物は、ヴァルティンの呪文詠唱が完了し、その効果が発現されると同時に火球ブレスを発射したのだ。それは消えることなく、真っ直ぐにヴァルティンめがけて高速で飛翔した。

 「赤き誓い」との戦いにおける苦い経験を覚えていた彼は、火球ブレスに対して咄嗟に回避行動を取った。が、火球ブレスの速度は彼の目測を遥かに超えており、心臓や魔石への直撃こそ避けられたものの、右の前脚が引っかかってしまったのだ。

 火球ブレスが炸裂した瞬間、激痛にも似た高熱と衝撃が襲ってきた。その高熱のためにヴァルティンは悲鳴を上げ、その後体勢を立て直そうとして……見てしまった。自分の右の前脚が、バッサリ消えてなくなっているのを。

 

『ゑ?』

 

 自分の身体に何が起こったのか理解できず、根元からほぼ完全に失われた右の前脚と、黒く焼き固められた断面を見て一瞬固まるヴァルティン。その瞬間、これまで感じたことのない激痛が、彼の神経回路を駆け抜け、知覚野に押し寄せてきた。

 

『ぐああああああっ! 腕が! 腕がぁぁ!!』

 

 ある種のアニメが好きな日本人が聞いたら、サングラスをかけたどこぞの軍人を彷彿とさせるような絶叫が上がる。

 古竜という生物は、その身体の表面を覆う鱗や甲殻には常に微弱な防御魔法がかけられている。また、その巨大かつ強靭な肉体は、それだけで他の生物に対する圧倒的な防御となる。そのため、古竜には「身体を切られること」の痛みを知らない者が非常に多いのだ。古竜を傷つけ得る存在そのものがいないに等しい以上、仕方のないことではあるが。

 粉砕された右前脚の断面は、巨大生物が放った火球ブレスの余波によって既に焼き固められており、それによって止血された状態となっている。だが皮肉にも、そのせいで彼の苦痛は倍加されることになったのだ。

 右前脚に感じる喪失感と、そこから押し寄せる激烈な痛みに転げ回るヴァルティン。こうなれば、もはや戦力としては脱落である。そんな彼に向け、巨大生物は2発目のブレスの発射体勢に入っていた。

 

『させん!』

 

 古竜戦士隊の中でも、比較的ベテランの地位にある古竜が咄嗟に、ヴァルティンを庇って前へ飛び出す。その直後、大気を切り裂いて真っ赤な火球ブレスが飛んできた。

 

ずどん!

 

 その火球ブレスはヴァルティンではなく、割り込んできた古竜に命中。炸裂した瞬間、一瞬時が止まったように感じられた。ヴァルティンを庇って胴体中央部にブレスの直撃を受けた古竜は、ぴくりとも動かない。

 

『な、何故だ! 何故「魔法障壁」を素通りするのだ!』

 

 その後ろでは、別の古竜が混乱している。彼はヴァルティンと割り込んだ古竜を庇うように「魔法障壁」を張ったのだが、生物のブレスはそれを素通りしていったのだ。

 と、ヴァルティンの代わりにブレスを受けた古竜の身体が、急にぐらりと傾いた。そして、

 

ずしーん……

 

 重々しい地響きと共に、大地に倒れる。その胴体中央部を見てしまった戦士隊の面々は、息を呑んだ。

 胴体中央部は広範囲に渡って身体表面の鱗が破壊されており、それどころかむき出しになった筋肉までもが粉砕され、あるいは真っ黒焦げになっている。そして。

 

 心臓と、その真上にある魔石が、どちらも粉々にされていた。

 

 それが意味するところはたった1つ、その古竜が死んだということ。つまり、生物の火球ブレス1発で殺された、ということである。

 

 古竜は不死の存在ではない。だが、その死因というのはほとんどの場合「病気」とか「寿命」である。殺される、ということは非常に少ないのだ。

 古竜が殺される、というのは、例えばまだ幼い子どもの竜に対して大型バリスタを多数装備する連隊や軍団規模の人間が攻撃した、というような場合だけだ。古竜の成竜が殺される、などというようなこと自体、想像だにされていなかった。

 だというのに、この巨大生物はたった1発の火球ブレスで、成竜、それも古竜戦士隊の中でも比較的ベテランの位置にいる竜を殺害したのだ。古竜の成竜に傷を付けるだけでも類稀な存在だというのに、この上たった一撃で成竜を殺してしまったのだ。この巨大生物は、いったいどれほどの力を持つというのか。

 全く予想していなかった事態を前に、戦士隊の面々(ただしヴァルティンを除く。彼は自分自身の身体に走る激痛と喪失感に完全に注意を取られているため)が固まる。

 

『『『………』』』

 

 目の前で起こった、あまりにも現実離れした事象に、理解が追いつかない古竜たち。突然の仲間の死に衝撃を受けていた彼らは、1つ重大なものを見落とした。

 巨大生物の胸と両肩、それに尻尾の付け根にある赤い核のようなものが、オレンジを通り越して黄金色の輝きを放っており、生物の全身に走る真っ赤なラインも金色に光り輝いていたのである。そして、生物の両翼の先端からは、噴火寸前の火山のように大量の煙が噴き上がっていた。

 

グオオオオオアアアアァァァーッ!!!

 

 大気をつんざき、古竜たちの鼓膜を突き破らんばかりの大音量で咆哮が轟く。圧倒的な音の暴力に耐えられず、古竜たちが慌てて耳を塞ぐ。それに委細構わず、巨大生物は大地を震わせ、その両翼の先端から大量の赤い液体を空に向かって撃ち上げた。

 撃ち上げられた赤い液体は、「古竜の里」の上空まで広がりつつあった赤い雲の中で冷え固まり、火炎弾となる。そして重力に引っ張られ、雲から落下する雨粒のように降ってきた。

 次の瞬間、辺り一帯は一瞬で火炎地獄と化した。

 

どどどどどどがあぁぁぁん!!!

『『『ぎゃあああああ!!』』』

 

 火炎弾の雨は広範囲に渡って降り注ぎ、辺りの森林は瞬時に炎に覆われた。あっという間に緑が赤に置換され、平原も一面の火の海となった。

 火炎弾は、綺麗な隊列を作って並んでいた古竜戦士隊の頭上にも、容赦無く降り注いだ。2頭の古竜が火炎弾を躱し損ね、脳天に直撃を受ける。その途端、命中した火炎弾は炸裂し、中から大量の真っ赤な液体を噴き出させた。

 赤い液体はどうやら凄まじい高熱を持っているらしく、全身に赤い液体を浴びせられた古竜は、言葉にならない絶叫をあげて周囲を転げ回っている。赤い液体の持つ高熱の前に、鱗は一瞬で溶かされ、筋肉は焼け落ち、内臓は致命的なダメージを受けた。無機物である骨すらも、無理矢理焼かれてなくなっていく。

 他の古竜が慌てて水魔法を行使し、焼かれる古竜に水を浴びせたが、大量の湯気が噴き上がるだけで火は消えない。さらに水の量を増やし、どうにか消し止めた時には、既に焼かれた古竜は動かなくなり、心臓も鼓動を止めていた。

 それだけではなく、火炎弾は脅威的な射程を持っており、10発以上が「古竜の里」に落下、次々と炸裂した。古竜の住処に次々と火が回り、火炎弾の直撃を受けた雌の古竜が短い絶鳴を放って倒れ伏す。直撃こそ免れたものの、火炎弾が至近距離で炸裂し赤い液体を被った幼竜が、身体を焼かれて大泣きしている。

 

『ハルルが! ハルルがやられた!』

『シェララさん! シェララさん、大丈夫ですか!』

 

 不意に絶叫が上がり、里のすぐ外側で配置に就いていたベレデテスははっとした。持ち場をケラゴンに頼み、自身は炎の上がる里へと飛び込む。

 黒煙に咳き込みながらも現場へと駆けつけ、そこで彼が見たものは、全身の鱗を焼かれ、重い火傷を負ったシェララの姿だった。

 

『シェララーっ!!!』

 

 火傷に喘ぐ思い人(いや思い竜か)の姿に、ベレデテスは絶叫をあげた。

 

 

 里が修羅場になっている時、巨大生物と対峙している最前線は、古竜たちの悲鳴と燃え盛る炎によって地獄のごとき惨状を呈している。

 ヴァルティンが使い物にならなくなったため、古竜戦士隊の隊長が迎撃の指揮を引き継いだ。だが、古竜戦士隊は苦戦している。

 まずそもそも、「古竜戦士隊」といえば戦闘慣れしたエリート集団のように思えるが、その認識自体が間違っている。ここでいう戦士隊は、確かに戦闘慣れしてはいるものの、その「戦闘」というのが古竜同士の、礼儀作法に乗っ取った戦いなのだ。「戦闘」というより「決闘」という方が近いか。

 しかし、今古竜戦士隊と戦っている巨大生物は、(当たり前のことだが)古竜たちの礼儀作法を全て無視して次々と攻撃を放ってくる。しかも「魔法障壁」が素通りされ、ヴァルティンの「魔法の行使権の取り上げ」も通用しなかったことから、巨大生物のブレスは全て魔法によるものではないようだ。そこからして異質な存在であった。

 水をかければ火が消える、という知識は古竜たちにもある。そこで古竜たちは、火を使う巨大生物には水が有効ではないかと見て、巨大生物と30メートル程度の距離を隔てて水ブレスを撃ちまくる遠距離戦を行っていたのだが、攻撃の効果は芳しくない。どうやら巨大生物は尋常ならざる高い体温であるようで、水ブレスは撃ったそばから湯気をあげて蒸発し始め、巨大生物に到達する頃には威力を大幅に減らしてしまっている。そのため生物に命中しても、大きなダメージになったようには見えない。中には水ではなく、氷の槍を魔法で生み出して発射する古竜もいたが、こちらも生物に近付く前に溶けてしまい、攻撃用水魔法にすら劣る水球となった状態で巨大生物に命中し、たちまち蒸発してしまう始末である。

 その巨大生物はというと、口から吐き出す火球ブレスと両翼の噴火によって応戦している。火球ブレスは、古竜や人間たちもよく使う攻撃魔法「ファイアー・ボール」に似ているが、その弾速が段違いに高い。しかも巨大生物は、発射寸前まで目標を追尾して撃ってくる。そのため古竜たちの巨体と身体能力では、「見てから回避不可能でした」という状態が多発していた。おまけにこの火球ブレス、どうやら生物の細長い首を通す際に圧縮されているのか、着弾時の爆風の大きさも尋常ではなく、直撃しなくてもひどい火傷を負う古竜が後を絶たなかった。

 噴火は、まずそもそも生物との距離が離れているために妨害することが難しく、その上一度噴火を許せば、生物本体からの攻撃に加えて上空から落下する多数の火炎弾、そしてそれによって発生する火災にも注意を払わなければならなくなる。そのせいで古竜たちは、かつてない大苦戦を強いられていた。

 既に古竜戦士隊24頭のうち、5頭が巨大生物のブレスと火炎弾によって殺害され、3頭は重度の火傷を負って戦闘続行が困難になっている。

 この状況を見て、古竜戦士隊の面々の胸には焦慮が芽生えつつあった。巨大生物が放つブレスは、過去に見たことがないほど高威力かつ高精度である。それに対して、こちらのブレス攻撃はあまり有効打になっていないようだ。

 ならば、思い切って奴の懐に飛び込む勢いで接近し、近接戦闘を挑むべきではないか。彼らはそう考え始めていた。

 これまでの巨大生物の動きを見るに、奴は素早くは動けない。何せ自分たちより図体がでかい上に、全身を甲殻で覆っているのだ。あれではとっさの対応は難しかろう。

 

『全員、突撃用意!』

 

 戦士隊の隊長が命令を下し、古竜たちは突撃の構えを取る。それに対し、巨大生物は通算11発目に及ぶ火球ブレスを撃ってきた。

 するとここで、戦士隊の隊長を務める古竜の周辺にいた古竜たちが、一斉に水球や「ウォーター・ランス」などの水系攻撃魔法を放つ。火球ブレスはそれらの水魔法に当たり、ものすごい量の湯気を放って消滅した。

 

『今だ! 突撃!』

 

 それを合図に、2頭の古竜をヴァルティンの周囲に残し、13頭の古竜たちが一斉に生物に向けて突撃する。湯気を煙幕代わりにして、一気に相手との距離を詰めるつもりであった。

 が、どうやら巨大生物はそれを見計らっていたらしい。煙幕代わりの湯気を突破した古竜たちが見たものは、上体を後方にのけ反らせる巨大生物の姿だった。それはまるで、前方、つまり自分たちの方へ倒れこもうとしているかのようであった。

 果たして古竜たちの見込み通り、巨大生物は前方へと倒れ込み、古竜たちを潰しにかかってきた。予想できていた古竜たちは、とっさに急ブレーキをかけたり横っ飛びに飛んだりして回避した。

 

ドゴオォォォォォン!!

 

 空振りに終わった巨大生物の倒れ込みが炸裂した。轟音と共に、地面が地震のように大きく揺れ、周囲の焼け残っていた木々が、人が小枝でも折るかのようにバキバキとへし折られていく。

 古竜たちは、生物が上体を接地させた瞬間を見計らって反撃しようとしたが、地震のような揺れに脚を取られ、動くのは難しい。だがそれでも、1頭の古竜が巨大生物へと突貫した。

 勇敢なるその古竜は、走り寄った勢いのまま巨大生物に組み付き、そのまま地面へ押し倒そうとした。が、巨大生物まであと5メートルと迫った時、

 

『あ、熱いぃぃぃぃ!』

 

 突然足を止めた。それどころか、悲鳴を上げながら後退りしようとする。

 その瞬間を見逃さず、倒れ込みの反動から回復した巨大生物は、一声唸り声を上げるや這いずって前進し、肉薄しかけた古竜へと突っ込んだ。

 巨大生物にとっては数歩程度の前進であるが、その巨体故に1歩だけでも数十メートル程度も進んでしまう。瞬く間に距離を詰めた巨大生物は、古竜に乗り上げるようにしてこれを押し倒した。

 

『い、痛い痛い痛い! 熱い!!』

 

 絶叫を上げ、身体をよじって何とか脱出しようとする古竜。しかしそれを許さず、巨大生物は大口を開けて炎をチャージしたかと思うと、火球ブレスを古竜の頭部に叩き込んだ。

 至近距離から放たれたブレスの爆発により、古竜の頭部はザクロのようにあっさり弾け飛んだ。また1頭、まるで人間がアリでも潰すかのように、巨大生物は無造作に古竜を殺したのだ。

 

『『お、おのれぇぇぇ!!』』

 

 怒りに駆られた2頭の古竜が、後ろから巨大生物に組みつこうとする。しかし2頭とも、巨大生物の身体から発せられる高熱に抗えず、退却を余儀なくされた。

 すると生物は、その場で身体を丸める。動き回ったためにエネルギーが切れたのか、と古竜たちは思ったが、直後にそれは違うと思い知らされた。巨大生物が放つ熱の量はさらに跳ね上がり、まるで太陽が地上に降りたかのような高温を放っている。胸や両肩、そして尾の付け根にある核らしき部位は、赤どころかオレンジすら通り越して黄金色にも似た眩い輝きを放ち、それに伴って全身を走る赤いラインも金色に光り輝いている。そして、両翼や項、尻尾の付け根上部にある穴も強い光を放ち、大量の煙を噴出させている。

 

『まずい! あれは奴の大技だ!』

 

 戦士隊の隊長が焦った声で叫ぶ。生き残っていた古竜たちは、巨大生物に向けて水系の攻撃魔法を次々と放つが、まるで効いているように見えない。中には土魔法「ソイル・ランス」を唱えて巨大な土の槍を作り出し、それを生物にぶつける古竜もいるが、巨大生物の甲殻はかなり頑丈らしい。なかなかの高速で射出されたにも関わらず、巨大生物に命中した「ソイル・ランス」は、乾いた音と共に砕け散ってしまう。

 ほとんど何ら有効な手も打てない古竜たちに対し、全身を丸めて力を溜め切った生物は、首をぶん回して咆哮しながら溜め込んだ力を存分に解放した。

 

グオオオオオアアアアァァァーッ!!!

 

 天地を揺るがす大咆哮。それと同時に、金色の光を放っていた両翼の先端から、これまでに類を見ないほど大量の赤い液体が撃ち出され、空へと昇っていく。

 この頃には、「古竜の里」周辺の空気は洒落にならないレベルの高温と化しており、空は不気味な赤い雲に一面覆われ、太陽が全く見えなくなっている。そのため昼間であるにも関わらず、日食でも起きたかのように薄暗くなっていた。

 その薄暗い大地に、赤い円状の光が次々と現れる。先ほど生物が撃ち上げた赤い液体、それが100発を超える大量の火炎弾となって降ってきたのだ。

 

ずどどどどどどどがぁぁぁぁぁん!!!!

 

 同時多発的に着弾した火炎弾により、「古竜の里」は一瞬で炎に包まれた。巨大生物は最初から、「古竜の里」を標的にして火炎弾を撃ち上げ、里の周辺に大量の火炎弾を落下させたのだ。先の火炎弾攻撃を生き延びていた雌や子供の古竜も、絶え間なく降り注ぐ火炎弾を回避しきれず、直撃弾を受けて即死する竜や至近弾炸裂で重傷を負う竜が続出する。

 古竜たちが築いていた住居は、天空から降り注ぐ火炎弾で打ち砕かれ、火をかけられて燃え落ちる。

 1分近くにもわたって降り注いだ火炎弾の雨が、ようやく収まった時には、雌竜42頭、幼竜21頭の中で生き残っていたのは、雌竜22頭、幼竜9頭だけである。他は死んだか、死を避けられないレベルの重傷……トリアージで言うなら黒い札を付けられた状態であった。また、里外縁で守りについていた雄竜にも、2頭戦死、1頭重傷の被害が出ている。

 ついさっきまで生きていた(はら)(から)が次々と殺されていく、という「古竜の里」始まって以来の非常事態に、雌竜や幼竜たちはパニックを起こす者、友の死を嘆き悲しむ者、様々な反応を示していた。

 

 古竜戦士隊の防衛線はというと、また1頭、古竜が火球ブレスを避け切れずに上手に焼かれたところだった。これで、戦士隊の生存竜は15頭に減少し、そのうち4頭(ヴァルティン含む)は重傷を負って戦闘不能になっている。古竜たちにこれほどの被害が出たことは、古竜たちの間で伝えられる歴史の中でも一度もない。つまり、空前絶後の大被害である。

 

『くそ、どうやって食い止めれば良いんだ……』

 

 苦り切った声で、古竜戦士隊の隊長が呟く。

 古竜たちに有効な攻撃の手段があれば、彼らも十分戦えるのだが……まずそもそもの問題として、古竜たちの攻撃があの巨大生物に効いているように見えないのだ。

 相手は強力な火球ブレスを放ってくる以上、火炎系魔法は間違いなく通用しない。火を消すには水だと思って水や氷の魔法を放つと、それらは生物に到達する以前に生物の高い体温によって蒸発する、もしくは溶けてしまい、威力が大幅に減衰してしまって有効打にならない。土属性系の魔法はというと、溶けたり蒸発することはないものの、生物の全身を覆う岩盤のような甲殻で防御されてしまい、これまた有効打になっているように見えない。

 ならば接近戦はどうか、というと、これも相手の高すぎる体温のために近付くことができないため、接近戦に持ち込めない。古竜たちは魔法による火炎ブレスを扱い慣れているため、ある程度の高温には耐えられるはずなのだが、その古竜たちの耐熱性を以てしても耐えられないのだ。

 そのため、古竜たちは完全に攻めあぐねていた。現在は土魔法を中心にした攻撃魔法を使っているものの、戦果は(かんば)しくない。

 一方の巨大生物はというと、二足歩行時は火球ブレスによる遠距離攻撃を主体として戦っていたのだが、四足歩行に移行してからは、その巨体に見合わぬ高い機動力を発揮してブレスを織り交ぜた中〜近距離戦を挑んできていた。どうやら、ブレスでちまちまやるのも面倒だとでも思ったらしい。

 その巨体のため、巨大生物は一歩だけで数十メートルを進んでしまえる。それを生かし、巨大生物はかなりの機動力を以て古竜戦士隊を翻弄していた。また、巨大生物が方向転換した際に振られるその尻尾ですら、とんでもない脅威と化している。というのも、巨大生物の尻尾は非常に長い上に、そのゴツゴツした見た目通り硬いのだ。そのため、ただの振り返りで振られた尻尾であっても、日本で例えるなら鬼が金棒を振るったようなものなのである。尻尾の一撃だけで木々は容易にへし折られていく。また、巨大生物を包囲しようとした2頭の古竜が、この尻尾で叩かれた。ただの尾の一振りだというのに、古竜のうち1頭は胸部の魔石を砕かれて重傷を負っており、もう1頭も両足の複雑骨折で戦闘能力を喪失してしまっている。

 とその時、これまで古竜戦士隊を狙って動いていた巨大生物が、不意にあらぬ方向を向いた。

 

『何をする気だ?』

 

 戦士隊の面々が訝しむ中、戦士隊の隊長はあることに気付いた。最初はあらぬ方向を向いた、と思っていたのだが、よく見ると巨大生物は「古竜の里」の方を向いているのだ。

 と、巨大生物の胸部と両肩にあるオレンジ色の核らしきものが、急に強い輝きを放った。同時に巨大生物は四肢を踏ん張る。まるで、何かの大技を行使した際の反動に耐えようとするかのように。そして、生物の胸部から両肩を経て両翼に至る赤いラインが、金色に近い色の光を発し、今や前方に向けられている生物の両翼の先端から煙が噴き出す。

 

『まさか……!? 全員、一斉攻撃しろ!』

 

 何かを察したように隊長が叫び、古竜たちは思い思いに攻撃を開始する。隊長は巨大生物と「古竜の里」の間に割って入り、攻撃魔法の準備を行った。自分の持てる魔力を全て使ってでも、ここで奴を倒す……隊長はそう心に決めていた。

 黄金色の光がさらに強くなり、大地が細かく震動し始める。それと時を同じくして、隊長の水魔法の準備も整った。

 

『全力全開……! 「大水流ブレス」!』

 

 隊長の古竜が呟き、両腕を前方へ突き出す。すると、まるでどこぞの波動でも撃ち出す時のように、隊長の両腕の間に水が集められ、巨大な水球が出現した。

 次の瞬間、轟音と共に水球から太く青白いレーザーのようなものが発射された。それはレーザーなどではなく、激流として撃ち出された大量の水である。それと同時に、前方に向けられた巨大生物の両翼……現代日本人が見れば、まるで大砲のようだと感じるであろう形状の両翼の先端が、激しい閃光を放った。そして両翼の先端に開いた大穴から、赤橙色の(ごん)(ぶと)ビームが2本、発射される。いや、それはさっきまで空に向かって撃ち上げられていた真っ赤な液体が、高い圧力をかけられたことでビームのような形状になったものだった。発射による反動が凄まじいらしく、巨大生物の巨体が地表をガリガリと削りながら後退している。

 1本の青白いレーザーと、2本の赤橙色のビーム。それは空中ですれ違った後、互いの発射主へと襲いかかった。

 巨大生物には青白いレーザー……古竜戦士隊の隊長が放った「大水流ブレス」が胸部に命中し、爆弾でも爆発したかのような大音響と共に大量の水蒸気が湯気となって発生する。それが白い煙幕のように周囲に広がり、何も見えなくなった。

 一方、古竜戦士隊の隊長には、赤橙色のビームのうち1本が直撃。だがビームはそこでは消滅せず、なんと隊長の後方へと抜けた。そして、大地に2本の赤い線を引きながら進み、別の古竜を1頭貫いて、さらには「古竜の里」すら撃ち抜き、そのまま勢いよく地平線まで振り抜かれた。ビームで撃たれた隊長は、体幹に赤熱した大穴を開けられ、心臓と魔石を破壊されて即死した。いや、隊長だけではなく、もう1頭の古竜も同じ運命を辿った。そして「古竜の里」では、この巨大生物の一撃によってまたも命が奪われた。少なくとも雌竜4頭と幼竜2頭がビームの直撃を受けて即死し、ベレデテスも懸命にシェララの看護にあたっていたところにビームが命中し、一瞬で灰と化した。シェララはギリギリで直撃を免れたものの、今度は彼女自身が恋人(竜)の死を嘆くことになった。

 巨大生物のビームで薙ぎ払われた大地は真っ赤に赤熱し、なんと岩までもが溶けたように崩れている。そして大地は深く抉り取られたようにひび割れ、そこから地揺れを伴って赤い液体が噴出した。もちろんこれは溶岩である。このため、戦場の大気はさらに熱せられ、古竜たちは巨大生物の力とは別に肺を焼かれて行動に制限をかけられることとなった。特に代謝の激しい幼竜たちは、次々と熱中症を起こし、意識を失い、あるいは生命活動を強制停止させられるに至った。

 

 隊長の「大水流ブレス」による大量の湯気が、風に吹かれて少しずつ散らされていく。その中に、何やら巨大な影のようなものが浮き上がった。まだ生存していた古竜戦士隊の隊員たちは、それを見て息を呑む。

 

『『『まさか……!』』』

 

 最悪の想像が、古竜たちの脳裏に浮かんだ。そしてしばらくして湯気が完全に晴れた時、彼らの想像は現実のものとなった。

 四方八方からの同時攻撃、そして隊長の必殺技とも言える「大水流ブレス」を受けてなお、巨大生物はぴんぴんしていた。胸部の甲殻は一部がひび割れ、凹んでいるように見受けられたが、逆にいうとそれだけだ。全身を走る赤いラインは相変わらず赤い光を放っており、胸部の核らしきものの光も全く衰えていない。

 ビームを撃ち込んで「古竜の里」に甚大な被害を与えた巨大生物は、一声唸って一挙に前進した。やや蛇行するように這いずり、ある方向へと向かう。その先には、火球ブレスによる精神的苦痛を何とかしようとしているヴァルティンと、その護衛に当たる2頭の古竜がいた。

 2頭の古竜が、指導者を守ろうと身構える。その2頭の前で立ち止まった巨大生物は、ぱかりと口を開き、その中に炎をチャージし始めた。明らかにブレスの発射態勢に入っている。

 2頭の戦士たちもそれに応じ、水ブレスの発射態勢に入りかけて……気付いた。これまでのブレスとは様子が違う、と。これまでの戦いで巨大生物が放ってきた火球ブレスは、赤い炎を纏っていた。だが今、生物の口から溢れている炎の色は、青白い。

 

((まさか……!))

 

 猛烈に嫌な予感を感じた2頭の戦士は、大急ぎで水ブレスの発射準備をした。2頭が前方に両腕を突き出し、その手の内側に水球を形成する。そして形成が終わり次第、水球ブレスとして発射した。

 その直後、巨大生物もブレスのチャージを完了し、口から青白い巨大な火の玉を放つ。2つの水球と青白い火の玉は、巨大生物と古竜たちのちょうど中間でぶつかりあった。

 

じゅううう…!

 

 2つの水球と1つの火球がぶつかりあった直後、辺り一帯に白い湯気が立ち込める。

 

((やったか?))

 

 古竜たちがそう自問した時だった。

 湯気を切り裂いて、何やら青白いものが飛来した。そう思った次の瞬間、2頭の古竜の足元から巨大な爆炎が湧き上がり、ついで暴力的なまでの大音響が彼らの鼓膜を突き破る。視界が赤一色に染まり、耳と意識が遠くなる中で、2頭の古竜は全く同じことを考えた。

 

((やり損ねた……!))

 

 あの青白い火球ブレスの威力は、想像以上に凄まじいものだったのだ。まさか、自分たちの全力の水球ブレスを弾き飛ばされるとは思ってもいなかった。

 だが、後悔の念を抱く前に、彼らの肉体と意識は赤い爆炎の中で粉微塵に消し飛ばされた。そしてそれと同時に、彼らが守っていた指導者ヴァルティンも、爆炎に包まれて焼き殺された。

 

 古竜戦士隊の隊長と指導者が相次いで殺害され、古竜戦士隊は完全に指揮系統がバラバラになってしまった。そしてその後は、反撃らしい反撃もできぬまま巨大生物に一方的に火球ブレスを撃たれ、1頭ずつ仕留められた挙げ句全滅してしまったのである。

 戦士隊が全滅した、というまさかの結果に、「古竜の里」は大混乱に陥った。そしてついに、里の外縁部の防衛に当たっていた前指導者の古竜は、苦渋の決断を下した。かくなる上は、この地を捨てて脱出し、どこかで再起を図るより他にない、と。

 さっそく脱出にかかった古竜たちであったが、しかしそこへ大量の火炎弾が空から降ってくる。そう、あの青白い火球ブレスを放った巨大生物が二足歩行に戻ったと同時に、両翼から大量の液体を撃ち出したのだ。

 さらに、巨大生物は地面に倒れ込んで四足歩行状態に移行するや、あの極太ビームを連続で発射し、空を飛んで逃げようとする古竜たちを容赦無く狙撃する。何とか逃げようとする古竜たちであったが、上空から雨のごとく降り注ぐ火炎弾、そして大気を切り裂いて高速で飛来するビーム状の高温の液体によって、次々と焼き殺されていく。そして、落下して炸裂した火炎弾により、「古竜の里」は全域が炎に包まれた。

 と、この惨状を作り出した巨大生物に向け、1頭の古竜が突っ込んでいく。その古竜は、片腕の爪のうち1本に紋章が彫られていた。

 元古竜戦士隊の隊員、ケラゴンである。もはや生き残っている古竜が非常に少なくなってしまい、せめて他の竜が逃げられるだけのチャンスを作ろうとしての行動であった。

 里の方で現在生き延びている古竜は、まだ年少の古竜であるウェンスと、重傷ながら何とか生きているシェララだけである。その2人の脱出の時間を稼ぐため、ケラゴンは決死の覚悟を決め、たった一体で巨大生物と対峙していた。

 

『あいつらの元へは行かせん!』

 

 叫びながら、ケラゴンは巨大生物に向けて「アース・ランス」を放つ。巨大な土の槍は、真っ直ぐに巨大生物に向けて飛んでいったが、それを見越した巨大生物は四足歩行で素早く後退した。そのため、ケラゴンが放った土魔法は虚しく空を切った。

 

『そうだ! 俺の方を見ろー!』

 

 ケラゴンは続けて土魔法「アース・ジャベリン」を放つ。今度は見事に命中したものの、土でできた細身の剣は巨大生物の体幹に命中して砕けてしまった。どうやら、甲殻の硬い部分に命中したらしい。

 だが、今までのケラゴンの攻撃は、全くの無駄ではなかった。どこか鬱陶しそうに、巨大生物はケラゴンの方に向きを変えたのだ。それはつまり、奴の注意が「古竜の里」から離れた……つまり、ウェンスとシェララが逃げ出せる可能性が上がったということである。

 

(よし、このまま……!)

 

 新たな攻撃魔法「ソイル・スピアー」を放ちながら、改めて巨大生物を睨み据えるケラゴン。その瞳には、自分の命と引き換えにしてでもまだ若い2頭の竜を逃す、という悲壮な決意があった。

 その巨体に見合わぬ高い機動力を発揮し、ケラゴンに突進する巨大生物。ケラゴンはそれを、上空に飛び上がることで回避した。巨大生物そのものは躱せたものの、その翼から噴き出た火炎弾の1発が足底を掠めた。

 

(……!!)

 

 激痛にも似た灼熱を足の裏に感じながら、ケラゴンは必死に羽ばたきつつ、足に水魔法をかける。少しだけ足の痛みを軽減させ、ケラゴンが大地に降り立った時には、巨大生物は既に火球ブレスの発射態勢に入っていた。ケラゴンも急いで「アース・ジャベリン」を行使して反撃する。

 巨大生物が放った赤い火球ブレスと、ケラゴンが射出した土の剣は、両者の中間くらいのところで衝突した。火球ブレスが爆発し、土の剣は木っ端微塵に吹き飛ぶ。その爆発の煙が収まりかけた時、まだ残っている爆煙を裂くようにして2発目の火球ブレスが飛来した。

 すんでのところで横っ飛びに回避したケラゴンは、またも「アース・ジャベリン」を唱える。大地から生み出された土製の細身の剣は、見事に巨大生物の右翼の中ほどに命中した。それも、ちょうど真っ赤なラインが走っているところに命中したのである。

 命中した土の剣は砕けることなく、翼に突き刺さった。その途端、剣が刺さったところから真っ赤な液体が噴き出し、地面に滴り落ちてしゅうしゅうと煙を上げる。剣が刺さった部位からも、同じように煙が噴き出していた。どうやら血管のような管を傷付けたらしい。

 

(よし……)

 

 ようやく巨大生物にダメージらしいダメージを与えたことに、ケラゴンは少しだけ安堵し……た直後に目を見開いた。

 なんと、翼に刺さった土の剣がぽろりと抜け、地面に落下したのだ。力なく地面に落ちた剣は、長さが明らかに短くなっており、特に先端の方は明らかに溶けた痕跡がある。

 土の剣は、巨大生物が引っこ抜いたのではない。生物の体液が持つ高い温度によって、溶かされてしまったのだ。

 

『なんだと!?』

 

 まさかの事態に、ケラゴンは流石に驚き……それは致命的な隙に繋がってしまった。土の剣の末路にケラゴンの注意が逸れたその一瞬は、巨大生物が火球ブレスを発射するには十分な時間だったのだ。ケラゴンは一瞬後にブレスの存在に気付いたが、時既に遅かった。

 目の前に火球ブレスが迫り、視界が真っ赤に染まりかけた時、ケラゴンの視界には彼が過去に見た光景が次々と流れ去っていった。

 子供の目から見た、親竜の雄姿。

 まだ若かった頃、「自分は選ばれし種族である、あらゆる種族の頂点に君臨し、彼らを導いてやろう」などという考え……現代の日本人に言わせると「厨二病」などと呼ばれるだろう考えを抱き、それを長老方に叱られたこと。

 戦士隊に配属された時に感じた、名誉の気持ち。

 そして、戦士隊除名のきっかけとなりながら、同時に新たな友となった、ヒト族の1人の少女。

 

『…マイル様……』

 

 その少女の名を呟いた直後、ケラゴンの頭部に火球ブレスが直撃し、彼の命は消し飛ばされた。

 

 

アルバーン帝国南東部「古竜の里」、全滅。生存者(竜)はウェンスと、重傷を負ったシェララのみ。他は老若男女の別なく殺害された。

 

 全域が炎の海と化し、全てが炎の中に崩れていく「古竜の里」。上体を起こしてそこに佇んでいた巨大生物は、勝ち鬨でもあげるかのように、天を仰いで力一杯咆哮した。

 

グオオオオオアアアアァァァーッ!!!

 

 それと同時に、生物の両翼がもう何度目になるか分からない噴火を起こし、上空に分厚く垂れ込めた真っ赤な雲へと緋色の灼熱の液体を送り込む。そのタイミングで、「古竜の里」の周囲にある山々が一斉に噴火した。

 なお、この山々の中にはスカベンジャーやゴーレムたちの拠点も築かれていたのだが、それらのほぼ全てが噴火によって壊滅し、逃げ遅れたスカベンジャーやゴーレムは地中から噴き出るマグマによって溶かされていった。

 

ドドドドドドドド……

 

 古竜たちの葬送曲としてはあまりに無惨な轟音が、辺り一帯にこだまする。

 火山の噴火によって発生した火山弾が周囲に飛び散り、その上から50発にも達する火炎弾が降ってくる。

 全てが炎と黒煙に支配された世界に、巨大生物の禍々しい咆哮だけが轟いていた。




はい、巨大生物の襲撃のターゲットとなったのは、「古竜の里」でした。
この世界では最強の魔物とされる古竜たちすら、たった一体でほぼ全滅に追いやった巨大生物……いったい何者なのか……。

書いていて自分でも思ったのですが、召喚されたコイツ、本当にヤバい……。一応、この世界の戦力でも勝てる可能性がある相手として設定したけど、凄まじい被害が出るのは間違いないぞ……。
え、凄まじい被害なんてもう出てる、って? 仰る通りです、はい。
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