「のうきん」の世界にやべー奴が現れたようです 作:Red October
《………(絶句)》
【………(絶句)】
〈………(絶句)〉
『おい、いったい何なんだあいつは?』
【知るか、むしろ俺が聞きたいわ】
〈というか、あんな生物この世界にいたのか? おい、データにあいつの情報あるか?〉
《今俺が持ってるデータと照合したところだが、あの生物に関する情報は、カザンとかいう街の壊滅に関する物以外見つからない。つまり……アレはこの世界で生きていた存在じゃないらしい》
【おいおい、マジで言ってるのか?】
『いや、マジかもしれん。あの生物、よく見たら俺たちの利用権限レベルがゼロだぞ』
〈何……だと……?〉
『いや、今はそれどころじゃなくて……』
『《【〈俺らが専属で仕えていた古竜たち、全滅しちまったよ!!!〉】》』
『しょーがない、新しい就職先探すかぁ。あと数百年くらいは仕えていられるはずだったんだがな……』
「カザンが破壊されただと!?」
巨大生物が「古竜の里」を壊滅させていたその頃、アルバーン帝国の帝都。ハンターギルド・アルバーン帝国帝都支部の一室に、この支部のサブマスターを務める壮年の男性、オーヴィンの叫び声が響いた。
「カザンから逃げてきた、というハンターパーティが、そう言っております」
報告に来た男性のギルド職員が、そのように報告する。
「……本当なのか?」
「
「その根拠は?」
「はい、まず第一に、ハンターたちの格好です。装備の一部に破損・焼け焦げらしき黒ずみが見られる他、皮膚に火傷を負ったり、頭髪が焼けている者も見受けられました。
第二に、ハンターたちの報告内容と彼らの表情です。本件を報告してきたハンターパーティは3組、いずれのパーティの者もほぼ同一の内容を述べています。また、彼らの表情にはただごとではない必死さが見られました。
第三に、彼らが護衛していた人々の様子です。彼らが護衛していたのは、いずれも格好からして民間人と思われる者ばかり、合計で50人前後です。中には多数の道具を所持している者もありましたし、それらの者たちは皆一様に恐怖の表情と焦燥感を顔に浮かべておりました。譫言のように何かを繰り返し呟いている者もいました。1人2人ならともかく、50人全員が同じような状態に陥るのは異常です。
以上の点から、カザン壊滅の報はもしかすると、事実ではないかと考えられます。非常に考えにくいことではありますが……」
「なるほど……で、そのハンターたちと民間人は、今どこにいる?」
「ハンターたちは、ギルド内に部屋をあてがって休ませております。民間人については、集会所をお借りしてそちらに移ってもらいました」
「ふむ……」
オーヴィンは腕を組んで考え込む。ややあって口を開き、重々しい声で告げた。
「本当にカザンが壊滅したとすれば、事は重大だ。情報を集める必要がある。
まずはハンターたちと民間人たちから話を聴こう。お前は、ハンターたちを連れて先に集会所へ行ってくれ。俺はマスターに話を通して、マスターと上級幹部を何人か呼んでくる」
「分かりました!」
職員に指示を出したオーヴィンは、その足でギルドマスターの執務室へ向かった。緊急会議の招集のためである。
10分ほどの後、オーヴィンはギルドマスター、及び7人の上級幹部と共に集会所を訪れた。既に制服を着たギルド職員たち、そして防具を装備したハンターらしき人々と平服の一般人らしい集団が集まっており、人数は合わせて60人を優に超える。これだけの人数が一堂に会すれば、流石の集会所も少し手狭に感じられた。
「済まない、待たせてしまった。皆様には疲れているところを申し訳ないが、カザンで何があったのかを早速教えてもらいたい」
オーヴィンの司会進行と共に、緊急会議はスタートする。状況の重大さと精神面での余裕の無さを考慮し、まずはカザンから逃げてきた一般市民から事情聴取が行われた。
事情聴取の時間を待っていたかのように、一般市民たちは自分たちが見たものや感じたことを語りまくった。それは言葉の激流となって、ギルド上層部メンバーを襲った。司会を務めるオーヴィンは、時折声をかけて彼らの話を中断させざるを得なかったほどである。
2時間ばかりもの時間をかけて、一般人たち全員から話を聞き終えた後、ちょうど昼食時であったため、会議は一時中断した。そして午後から、ハンターたちへの事情聴取が行われた。
随分待たされることになったハンターたちであったが、しかし彼らも事の重大さと一般市民たちの余裕の無さをよく分かっていた。そのため、彼らは不平1つ言わずにギルド上層部に従ってくれたのである。心の中で深く感謝するオーヴィンであった。
2時間近い時間をかけて事情聴取を終え、ハンターたちに労いの言葉をかけて下がらせた後、ギルド支部に戻ってきた一同はすぐさま緊急会議を開いた。一般市民やハンターたちから集めた情報を整理し、何が起こっていたのかを正確に把握するためである。
整理された情報から把握されたのは、次のような内容であった。
・非常に巨大な竜らしき生物が、ある朝突然カザンに海から来襲。カザンは港も街も破壊され、炎の海に飲み込まれたようである。
・上記侵攻に伴い、アルバーン帝国軍のカザン駐留部隊、カザン港に集結していたアルバーン帝国海軍の艦隊、そしてハンターギルド・カザン支部は全滅。巨大竜の迎撃に当たったハンターたちは、そのほぼ全員が死亡した。
・巨大竜は、目測で全長60メートル、幅30メートル、全高50メートルはあると見られ、古竜と同じかそれ以上に大きいと見られる。また、全身から炎と真っ赤な液体を吐き出し、それによって瞬く間に周囲を炎に沈めてしまう。
そして幸いなことに、事情聴取に協力してくれたハンターの中に絵心のある者がいて、その者が巨大竜の絵を大まかながら描いてくれた。それによると、件の巨大竜は四肢と長大な尾、そして細長い首の先に比較的小さな頭部を持つようだ。頭部には2本の角が天を衝くように生えており、特に後脚は非常に太く、巨体を支えるに相応しい逞しさが窺える。
ここまでは古竜にそっくりの特徴を持つのだが……最大の相違点は翼である。巨大竜は、四肢の他に背中には一対の翼を持つようだが、どう見ても飛ぶためにあるようには見えなかった。翼には翼膜が存在しておらず、代わりに先端には大きな赤い穴が開いている。ハンターや一般人の証言から考えるに、どうやらこの翼から大量の炎を打ち上げ、それを火炎弾として空から降らせてきたらしい。だとすれば、翼の存在意義は飛ぶことではなく、炎を打ち上げることだと考えられる。
これは明らかに異質な生態であった。古竜も確かに炎を吐くのだが、それは口から放つ火炎放射のようなブレスとして吐くものだ。全身から炎を垂れ流すものとは異なる。そのため、カザンを襲った巨大竜はこれまでに確認されたことがない新種だと考えられた。
また、巨大竜の項には翼にあるものと同じような赤い大穴が複数開いている他、胸部や両肩、それに尾の付け根にある核のような部分から全身に赤いラインが伸びていた。ラインは翼や項の大穴にも繋がっていることから、どうも核らしき部分と翼や項の大穴には何か関係があるようだ。
「こんな竜、というか生物は、見たことないな……」
ギルドマスターの呟きは、絵を見た者全員の心境を代弁していた。
その数日後、ギルドから指名されて調査に向かったハンターパーティ「
彼女たち(「蒼い疾風」は女性ばかりのパーティである)は調査記録として、以下のような文章を
『カザンの街は、全ての建物が炎に包まれており、地面すら黒く焼け焦げて、もはや更地と化している。また、港も全て破壊され、船1隻見当たらない。さらに、港から見える海は一面真っ赤に染まっており、何をどうすればこうなるのか想像もつかない。まさに「火炎地獄」というに相応しい』
こう記した報告書を引っ提げて、彼女たちは帝都への帰還を急いだ。
また、ハンターギルド・アルバーン帝国帝都支部はカザン壊滅を事実であると一旦認め、カザンをたった一体で壊滅に追いやったという「全身から炎を吐く、巨大な黒い竜」も現実に存在すると認めた。そして、帝都支部ギルドでは規則で認められている「緊急事態特別措置」を適用し、ハンターギルド本部に以下の2点を意見具申することを決めた。
・カザンを壊滅させた巨大な竜を「
・フレアドラゴンを「ハンターギルドに喧嘩を売った者」と認定し、最優先討伐対象に指定すること。
「煉獄竜」という命名は、「カザンが壊滅する様子はまさに、神話や御伽噺に出てくる地獄絵図、あるいは煉獄そのものだった」という、カザンから逃げてきたハンターたちの証言から取ったものである。大規模な街一つが炎の海に飲み込まれ破壊された、という様子から、御伽噺に出てくる「火炎地獄」「煉獄」に絡めたネーミングである。
同じ頃、アルバーン帝国の皇宮と軍の上級司令部にも、似たような報告が上げられた。こちらは、カザンに住んでいた市民たちの避難誘導にあたった兵士たちや、実際に巨大生物と交戦して部隊壊滅の憂き目に遭い、命からがら逃げ延びた陸軍の兵士たちからの報告である。
また、帝国東部や南部に領地を持つ貴族たちからも、悲鳴のような報告が矢継ぎ早に皇宮に飛び込んだ。その内容は「領内の山が爆発して赤と黒の灼熱の液体が大量に大地から噴き出し、そのせいで畑や村落が埋もれてしまった」「領内で巨大な地揺れが突然発生し、それによって町が甚大な被害を受けた」「魔物や動物が領内各地で暴走し、畑や街道に大きな被害をもたらしている」といったものである。そしてそれらの中に、こんな報告も混じっていた。
『全長60メートル以上の超巨大な黒い竜が、全身から炎を噴き出しながら領内に侵攻。領軍主力を以て迎撃に当たるも、部隊は全滅。これより、領都を砦として最終決戦を挑む。皇帝陛下万歳』
『帝国南部にある古竜の生息区域が、謎の超巨大生物によって全滅させられた』
いずれも事態が切迫していることを否応無しに痛感させるものであった。それも、「古竜の里」を全滅させた……つまり、古竜たちを皆殺しにしたとなると、これは非常にまずい。
この世界において「最強の魔物」と称される種族、それが古竜なのだ。アルバーン帝国人でその強さを知らぬ者は、赤ん坊くらいしかいない。如何なる生物であろうと、古竜には勝てないはずであった。
しかし、突如現れた巨大竜は、その古竜たちを皆殺しにして古竜の生息区域を全滅に追いやったのだ。となると、これは国軍を全力動員しても勝てるかどうか怪しいかもしれない。
同じ内容の情報が複数のルートから同時に入ってきたため、アルバーン帝国皇帝はカザン壊滅や「古竜の里」の全滅、そして突然現れたという巨大竜を、全て事実であると認めた。そして、出動の準備をしていた国軍……本来ならブランデル王国かティルス王国への侵攻に用いるはずだった兵力である……を急いで帝国南部に展開させ、防衛線を構築して巨大竜を迎撃するよう命令を出した。また、帝国北部に領地を持つ貴族たちにも令状を送り、領軍を寄越すよう命じた。
しかし……残念ながら、ハンターパーティ「蒼い疾風」の報告も、アルバーン帝国軍の迎撃陣地の構築も、少し遅かった。
帝国南部を荒らし回った巨大生物……フレアドラゴンは、帝国中部〜南部に領地を持つ貴族たちの領軍を蹴散らし、各地の森林を焼き払い、活火山を量産し、村や町を炎の海に沈めながら、次第に北上。アルバーン帝国の帝都へと確実に迫りつつあったのだ。
アルバーン帝国軍は、皇帝親衛隊と帝都防衛隊だけではなく、自警団やギルドのハンターたちまでも総動員し、帝都の守りを固めた。また、大急ぎで国土中南部に2つの大規模防衛線を構築した。名前は「大規模」だが、その実態はテント中心の急造野戦陣地ばかりである。まあこれは無理もない。この世界では、戦国時代の日本よろしく「一夜で城を築く」なんて発想がなかったのだから。ただし、移動式の
そして、アルバーン帝国上層部とハンターギルド・アルバーン帝国帝都支部に「カザン壊滅」と「巨大竜侵攻」の情報が届いてから2日後。巨大竜……フレアドラゴンはアルバーン帝国軍が築いた第一防衛ラインに到達し、戦闘が始まった。
防衛の任に当たっていた2万人のアルバーン帝国陸軍の兵士たちは、精鋭たるの矜持を胸に、見上げんばかりの巨体を持つ竜に対して果敢に挑みかかった。そして、
グオオオオオアアアアァァァーッ!!!
ひゅうううううう……ずどどどどどどがぁぁぁぁぁぁぁん!!!!
「「「「「ぎゃあああああー!!」」」」」
フレアドラゴンが空から降らせた火炎弾の雨と、巨大竜が放つ高威力かつ超精度の火球ブレス、そして竜の巨体から繰り出される肉弾攻撃によって、凄まじい被害を受けた。
火炎弾の直撃を受けて一瞬で焼け焦げた肉の塊と成り果てる者、直撃こそ免れたものの火炎弾やブレスの爆発に巻き込まれ、命を散らす者。形はどうあれ、彼らの運命は皆等しく、「死」という唯一の結末へと続いていた。
第一防衛ラインでは、堀の掘削こそ間に合わなかったものの、森林から木を切り出して作った丸太の柵や乱杭、逆茂木などの障害物を準備し、土魔法の「アース・シールド」を重ねがけして防壁を作り、バリスタを並べて遠距離攻撃の準備もしていた。しかし、バリスタは矢の射程の遥か外側から巨大竜が放った火球ブレスの直撃を受けて爆砕され、障害物は巨大竜が放つ火によってあっさり焼け落ちた。そして土の壁は、四足歩行状態になった巨大竜の突撃を受けて、何ら抵抗らしい抵抗もできずに破壊され、突破された。ついでに、壁を挟んで巨大竜と対峙していた兵士たちが何人も轢き潰され、焼け焦げたミンチ肉の塊と成り果てた。
30分。それが、フレアドラゴンとの交戦開始から第一防衛ラインが突破されるのにかかった時間だ。2万人の兵士たちのうち、1万3千人までが行方不明となるか、もしくはその命を露と散らした。それに対して、兵士たちは数十本のバリスタの矢を巨大竜に命中させ、攻撃魔法も何発か直撃させたものの、手傷らしい手傷を与えたとは思えなかった。それだけの攻撃をぶち当てても、フレアドラゴンは一切怯むことなく攻撃を続けたからである。
第二防衛ラインでは、命からがら第一防衛ラインから撤退してきた5,000人の兵士を加え、実に5万5千人もの大軍が動員されていた。また、こちらには魔法で作った土壁の他に、水魔法や土魔法、それに人力を駆使して水濠が掘られ、バリスタや投石器をはじめとする防衛用兵器の量も多く、また兵士の練度も高かった。さらに、平野部だけでなく周辺の山にも攻城兵器が据え付けられ、何が何でも巨大竜の侵攻を阻止できるよう準備されていた。
帝都のような頑丈な城壁こそないものの、これだけの装備を整えれば、あの巨大竜でも打ち倒せる。兵士たちはそのように自信を持っていた。
第一防衛ラインが突破された2日後、アルバーン帝国陸軍はついに第二防衛ラインにてフレアドラゴンと接敵。たちまちのうちに、戦闘が始まった。
ところが。
グオオオオオアアアアァァァーッ!!!
戦闘開始と同時に、フレアドラゴンはまるでゴングを打ち鳴らすかのように咆哮を轟かせた。その瞬間、そのタイミングを狙ったかのように、地面が大揺れに揺れたかと思うと、攻城兵器を配した山が一斉に爆発し、その頂上から大量の火山弾と火山灰を撒き散らした。そればかりではなく大量の溶岩が溢れ出し、さらに噴き上がった火山灰は火砕流となって谷間に築かれた防御陣地めがけて殺到した。
「「「「「「「ぎゃああああああああ!!!!!」」」」」」」
山々に配備された攻城兵器により、フレアドラゴンに石と矢の猛射を浴びせようと待ち構えていた兵士たちは、次々と降り注ぐ火山弾に打たれ、一矢を射る暇もなく戦死していった。それだけではなく、巨大竜は咆哮と同時に両翼から大量の灼熱の液体を撃ち出しており、それは50発を超える数の火炎弾となって防衛ラインの頭上に落下した。その火炎弾の炸裂と火砕流により、せっかく配備された攻城兵器は次々とスクラップに変わっていく。
同時に、谷間に築かれた防御陣地にも悲劇が襲いかかった。火山弾と火炎弾は容赦無く降り注ぎ、回避し損ねた兵士たちを粉微塵に打ち砕く。その地獄の雨を逃れた兵士たちも、時速数百㎞もの速度で流れ落ちてきた火砕流から逃れることは能わなかった。たちまちのうちに灰色の高温の風に飲み込まれ、兵士も魔術師も関係なく焼かれ、地獄の亡者のごとき悲鳴を上げながら焼け死んでいったのである。
火山弾と火炎弾に打ち砕かれ、火砕流によって焼き尽くされた防御陣地。その上から、山から流れてきた溶岩が覆い被さり、全てが業火に消えていく。そして、その溶岩の上をフレアドラゴンは平然と歩行し、何ら邪魔されることもないまま谷間を抜けて、後方の平野部にある本陣に襲いかかった。
第二防衛ラインを守っていた帝国軍は、ドラゴンに何の手傷も与えられぬまま2万人近い兵士を失い、士気もズタズタになっていた。敵前逃亡という、軍人にあるまじき行為を働こうとした者もいたほどである。それでもなお、彼らは帝都を、皇帝を、家族を守るため、死に物狂いで抵抗した。
だが、「それがどうした」とでも言わんばかりに、フレアドラゴンはバリスタから放たれた矢の雨を浴びようと、土属性の攻撃魔法で巨大な槍を撃ち込まれようと、痛手らしい痛手を負うことがない。逆に、挑んできた兵士たちを這いずり突進で轢き潰し、水濠には一度は落下したものの瞬く間に水を蒸発させながらあっさりと乗り越え、土壁を兵士たちや攻城兵器ごとチャージブレスで消し飛ばした。全身から炎を撒き散らし、辺り一帯を炎の海に沈めながら進攻する巨大竜に、アルバーン帝国軍は為す術なく、ただただ死体の山を積み重ねるだけとなっていた。
戦闘開始から僅か40分後、フレアドラゴンは第二防衛ラインを完全に突破して帝都方面へと進攻。第二防衛ラインの守備に就いていたアルバーン帝国軍は、5万5千人中4万人までが戦死または行方不明となった。残る1万5千人も、その大半は部隊が壊滅した状態となって組織的戦闘力を失った上に、戦意も地の底まで落ち込んでおり、とても戦える状態にない。中にはあまりの恐怖で心が壊れたのか、意味不明の譫言を言い続ける者や、いるはずのない何かの視線に常時怯える者などもおり、ついには謎の狂死を遂げる者まで現れた。こうなってくると、いっそ死んでいた方がまだマシだったかもしれない。
防衛ラインが2つとも壊滅した、という情報はすぐに帝国軍の上級司令部と皇宮に届けられたが、しかしこの情報は帝都の一般市民の間にまで広まることはなかった。パニックが発生することを危惧した皇帝の命令により、情報統制されてしまったのだ。このため帝都の一般市民やハンターたちは、この事実をまだ知らなかった。
しかし、巨大竜の接近に伴い、アルバーン帝国の帝都周辺では異変が発生するようになった。具体的には、1日のうちに何度も大小の地揺れが発生し、原因不明の森林火災が多発した。また、小動物や魔物、鳥までが何かから逃げるように次々と大移動を起こし、スタンピードもしばしば発生した。帝都に屯する3万人の帝国軍兵士たちや、帝都で活動しているハンターたち、それに一般市民で構成される自警団の団員たちは、それらのスタンピードにどうにか対処したものの、多数の怪我人や死者を出すことも珍しくなかった。というのも、暴走した魔物や動物はどれも皆様子が尋常ではなく、何としてでもここから離れようとする様子を見せるものが多かったのである。力押しに突破しようとした魔物や動物を必死に食い止めようとした結果、特に自警団やハンターたちの被害が大きくなったのであった。
地揺れ、森林火災、動物の暴走。明らかに尋常ではない事件が立て続けに発生し、帝都の住民たちや兵士たちが重苦しい不安感を感じ始めた頃。
皇宮と軍の上級司令部に、不可解な報告が上がった。第二防衛ラインを突破したあの巨大竜が、第二防衛ライン跡付近で突如として消息を絶ったというのである。山のごとき巨体を持つあの竜が突然、神隠しにでもあったように忽然と消えてしまったのだ。
混乱しながらも上級司令部は、兵士を動員して第二防衛ライン周辺を調べた。だが、何も見つけられないまま、時間だけが虚しく過ぎていった。
このタイミングで「蒼い疾風」がカザン方面から帰還し、帝都のギルド支部に報告書を提出した。カザン壊滅に関する全ての情報が事実であると知ったギルド支部には衝撃が走り、ギルドマスターは大急ぎでギルド本部や付近のギルド支部に急使を向かわせた。そして、帝国軍の動きが慌ただしくなっていることから、巨大竜に関して何かがあったと直感したマスターの命令により、「青い疾風」を含む帝都のハンターパーティが全て招集された。E、Fランクのハンターやパーティは万が一の時に一般市民の避難誘導に当たることとされ、Dランク以上のハンターやパーティは巨大竜の迎撃に当たるよう命じられたのである。
なかなか巨大竜の消息を掴むことができず、帝国軍はさらに追加で調査の兵士たちを派遣し、何としても竜の痕跡を見つけるよう命じた。また、万が一を想定して帝都に残る兵士たちに厳戒態勢を命じた。それだけではなく、上級司令部からの要請を受けて皇帝が親衛隊を動かしている。
ハンターパーティ「蒼い疾風」が帝国東部の調査から帰還した、その翌日。
空一面が朝焼けによって赤く染まる中、アルバーン帝国帝都中央にて突如として大地震が、次いで大爆発が発生。地面と、爆心地にあった家屋や商店、教会などが大きく吹き飛び、周辺の建物も一斉に倒壊し、居合わせた人々はその大半が即死した。そして、その爆発の中心地から現れたのは……全身を赤い鱗と真っ黒の甲殻で覆い、絶対零度の眼光を放つオレンジ色の
そう、フレアドラゴンが出現したのだ。何の前触れもなく、いきなり帝都中央に。
帝都を守るアルバーン帝国軍は、予め巨大竜フレアドラゴンを迎撃する作戦を立てていた。それが、帝都を囲む城壁に設けられたバリスタ等の攻城兵器を駆使しつつ、地上では移動式バリスタや魔術師・兵士を馬車に搭載し、あるいは騎兵を投入して、バリスタの矢や攻撃魔法、あるいは兵士が投擲する大槍などによる遠距離攻撃を仕掛ける。そして、城壁という高所からの射撃と合わせて、四方八方からフレアドラゴンに間断ない攻撃を浴びせる、というものである。また、馬車や騎兵による攻撃部隊の援護のため、本来は虫殺しに使う草や湿らせた干し草等を燃やして白煙を大量に発生させ、それを煙幕代わりに使うことも検討した。それほど厳重な作戦を立てていたのである。
しかしこれは、「フレアドラゴンが帝都外周を守る城壁に地上から接近してくる」という想定の元に立てられた作戦である。残念なことに、その想定を根本から覆されてしまったのだった。
後詰めの部隊として市街地や大通りに待機していた、国軍や貴族領軍の歩兵や騎兵たち、あるいは側面から機動援護を行う予定だったハンターたち、そして皇帝親衛隊といった面々は、皇宮の至近に突然現れたフレアドラゴンに対して決死の抵抗を試みた。何としてでも、それこそ自分たちの命を捨ててでも、皇帝陛下と皇族の皆様方、あるいは自分の大切な物や人を守る……そんな悲壮な覚悟を決め、彼らは得物を手にフレアドラゴンへと吶喊した。
だが、フレアドラゴンは地中から出現した直後に身体を丸めたかと思うと、力を溜めるような素振りを見せた。そして、ドラゴン自身の高い体温を以て歩兵や騎兵の突撃を退けると、
グオオオオオアアアアァァァーッ!!!
魂そのものを揺さぶり、原始的な恐怖を否応なく惹起させる咆哮を轟かせながら、両翼の先端から大量の赤い液体を空に向けて撃ち出した。灼熱を放つ赤い液体が、朝焼けとは異なる異様な赤色に染まった空に吸い込まれた数秒後、それらの液体は100発を優に超える量の火炎弾と化して降り注いだ。
ひゅうううううう……ずどどどどどどがぁぁぁぁぁぁぁん!!!!
たちまちのうちに、帝都はその全域で火の手が上がった。そしてそれと同時に、人々の悲鳴があちこちに満ちた。
一般市民たちは、突如訪れたこの惨劇によってパニック状態に陥った。落下してきた火炎弾の炸裂で消し飛ぶ者、崩れた家の瓦礫に潰される者が出る。また、それらの者の家族や友人が、死体を前にして悲鳴を上げ、泣き崩れる。その上から追加の火炎弾が落下し、パニックが加速していく。
また、隊列を組んでフレアドラゴンに応戦しようとしていた歩兵隊、特に重い鎧と大盾を装備し、重防御を誇る代わりに機動力が低くなっている重装歩兵隊には、大きな被害が出た。重量物を装備したことで動作が鈍くなっている上に、密集した隊列を組んでいるため、咄嗟に飛び退いたりすることも難しい。そのため、落下してくる火炎弾に対して有効な回避行動が取れず、火炎弾1発で数十人単位が消し飛ばされたのだ。機動力に優れるはずの騎兵隊も、市街地という比較的狭いフィールド構造が災いし、火炎弾を避け切れずに焼かれる者が続出している。
その時、ひゅうっ、という
「アース・ジャベリン!」
「ソイル・スピアー!」
「アイシクル・スピアー!」
「ウォーター・ランス!」
攻撃魔法の詠唱の声が複数響く。そして、土や槍、水でできた剣や槍が飛翔し、フレアドラゴンに向かっていった。それに混じり、金属製の大槍が投擲される。
魔術師たちの攻撃魔法詠唱にタイミングを合わせて、歩兵たちが投槍による攻撃を狙ったのだ。体温の高さのためにフレアドラゴンに接近できないのなら、体温の影響範囲の外側から槍を投げて攻撃すれば良い。そう考えたのだ。
しかし、矢はフレアドラゴンに命中こそしたものの、首尾良く突き刺さったものは僅か十数本であり、大半は甲殻に弾かれてしまった。攻撃魔法に関しては、土魔法は命中したものの甲殻に当たって砕けてしまい、大したダメージになった様子がない。水魔法や氷魔法に至っては、フレアドラゴンのあまりに高い体温のために命中する前に蒸発するか溶けてしまい、まともな攻撃にすらならない。槍に関しては、命中角度が浅かった数本の槍が弾かれたが、大半は見事に突き刺さった。「命中さえすればオーガをも貫く」と帝国兵たちは豪語していたが、それが実証された形である。
槍が刺さった部分の甲殻が割れ、割れ目から溶岩を思わせる真っ赤な液体が噴き出る。帝国軍の兵士たちは、今のところ投槍が最も有効な攻撃手段だと判断し、遠距離攻撃メインに切り替えることにした。しかし。
グオオ……!
フレアドラゴンが短く吼える。何かをしようとしているのだ。警戒の構えを取った帝国兵たちは次の瞬間、思いがけないものを目にして唖然とした。
先ほどフレアドラゴンに突き刺さった槍や矢が全て、ぽろりと抜け落ちたのだ。しかもよく見ると、槍の
槍や矢の命中によって傷付けられたはずの甲殻は全て、何事もなかったかのようにきれいに治されていた。ひび1つ見当たらない状態になっている。
「「「「「なっ!?」」」」」
少々のことには動じない帝国兵たちも、これには流石に驚いた。
この世界において使われる魔法の1つに、「回復魔法」というのがある。文字通り、身体に受けた傷を治癒することができる魔法だ。上級者になると、創部の痛みを除去するばかりか、骨折の修復や神経の再生などですら平然とやってのけることができる。まさに魔法の中でもチートを地で行く代物である。だがいくら何でも、回復魔法のついでに腕に刺さった矢を引き抜くなどということはできない。
しかしフレアドラゴンは、そんな常識など知ったこっちゃないとでも言うように、割れた甲殻を一瞬で全て修復したばかりか、刺さったままだった槍や矢を全て抜いてしまったのだ。それも、鏃や穂先を溶かすという、常識では考えられない方法を以て。
フレアドラゴンは、いったいどれほどの再生能力を有しているというのか。
帝国兵たちは目の前の光景を理解できずに固まってしまい……それが致命的な隙となってしまった。
フレアドラゴンの巨体が勢いよく前進する。四足歩行状態での這いずり突進だ。フレアドラゴンにしてみればただの這いずりなのだが、全長60メートル以上の巨体ともなればその攻撃範囲、そして威力は、人間に対しては想像を絶するものとなる。
たちまちのうちに、フレアドラゴンの正面に展開していた歩兵隊が一瞬で轢き殺された。人間がアリでも踏み潰すかのように、訓練を重ねた精強な帝国兵たちがあっさりと踏み殺されてしまったのだ。しかも、その遺体はフレアドラゴンの高い体温によって骨も残さず瞬時に焼かれてしまい、グチャグチャに潰れた炭の塊しか残されない。
その上、フレアドラゴンが身体を動かす度に、両翼や項の大穴から大量の火炎弾が噴き出し、こぼれ落ちてくる。フレアドラゴンの巨体そのものは回避できたものの、回避した先に落ちてきた火炎弾が直撃して一瞬で蒸発する兵もいた。100人単位の兵が一瞬で戦死する状況に、士気が挫けそうになる。
歩兵、重装歩兵、騎兵、弓箭兵、魔術師。兵科の別なく十把一絡げに轢き潰したフレアドラゴンは、大通りの商店や家屋すら踏み潰しながらさらに進む。その先には、皇宮があった。
「まずい!」
「陛下が…!」
兵士たちは叫び、慌てて皇宮の方へ走り出そうとする。しかし、大通りは瓦礫や炎によって封鎖されたような状態になっており、行動できる範囲は非常に狭い。とても大軍が通れるものではなかった。
皇宮の前には、皇帝親衛隊5,000人が展開し、肉弾防壁となってでも皇帝とその一族を守ろうとしている。その親衛隊の隊列の前で立ち止まったフレアドラゴンは、胸部と両肩の核を明るく光らせた。両翼へと繋がる赤いラインが色を変え、オレンジ色を経て金色の光を発する。そして、両翼の先端に開いた大穴が皇宮の建物に向けられ、怪しげな白い煙が噴き上がった。
親衛隊の隊員たちは最大限に警戒し、弓による遠距離攻撃を開始したのだが……遅すぎた。
弓による攻撃を意に介することなく、フレアドラゴンは両翼から灼熱の
ドゴオォォォォォン!!!
激しい爆発音が、辺りの大気を震わせる。そして、皇宮の建物はいとも簡単に崩れ落ち、炎の中で瓦礫の山と変わり果てた。
「「「陛下ぁぁぁ!!」」」
親衛隊の隊員たちから、悲痛な悲鳴が上がる。
「おのれぇぇぇ!」
1人の親衛隊員が、手にした大槍をフレアドラゴンに向けて投擲した。それは見事にドラゴンの顔に命中し、眉間に突き立った。
「ざまあ……」
ざまあみろ、と言いかけた親衛隊員はしかし、口を閉ざした。フレアドラゴンの瞳に睨み据えられた瞬間、戦意が一瞬で挫けたのだ。この竜は駄目だ、戦いを挑まなければ良かった……そう感じたが、もう遅かった。
急に熱風が吹き付けてきたのを感じ、親衛隊の面々は一斉に風上を……フレアドラゴンの方を見た。その彼らの目に飛び込んできたものは。
大口を開き、その中に大量の青白い炎をチャージして、強力なブレスを放とうとしているフレアドラゴンの姿だった。
(((((あ、詰んだ)))))
そう思った時、視界一面を染める白光、そして轟音と共に、彼らの意識は吹っ飛んだ。
フレアドラゴンが放ったチャージブレスは3発。1発目は比較的手前に着弾し、皇宮を囲む城壁の残骸を親衛隊の隊列ごと吹き飛ばしたが、残り2発は皇宮の敷地内で炸裂し、残っていた建物のことごとくを消し飛ばした。帝国の象徴だった皇宮は完全に破壊され尽くし、灰と消えてしまったのだ。
あまりの事態に、2,000人程度にまで数を減らしながらも戦っていた親衛隊の面々は、完全に打ちのめされた。そして、守るべき皇帝と皇族を殺された悲しみを怒りに変え、フレアドラゴンに対して正面から挑み……しかし力及ばず、次々とフレアドラゴンの猛威に討たれ、戦火に斃れ伏す骸となっていったのである。
全体に炎が回り、崩れ行くアルバーン帝国の帝都。その城門には大勢の一般人が押しかけ、どうにかして逃げ出そうとしていた。しかし、フレアドラゴンが放った大量の火炎弾が落下し、そのうち数発が門前の道路と城壁に命中した。これにより、道路に溢れかけていた避難民が40人ばかりまとめて吹き飛ばされ、即死した。そして運の悪いことに、火炎弾が命中した城壁が崩れ、火炎弾炸裂によって広がった炎と共に門を塞いでしまったのだ。このため、避難民たちは有力な退路を1つ失ってしまい、炎が荒れ狂う帝都を逃げ惑い、1人また1人と斃れることになってしまったのである。
混乱と恐怖のどん底に突き落とされた帝都に背を向け、1騎の騎馬が街道を走っていた。その背中には、ハンターギルドの制服を着た壮年の男性が跨っている。彼の目には涙が流れ、しかし帝都の方を振り返ることなく、北に向けて馬を走らせていた。
その男性、ハンターギルド・アルバーン帝国帝都支部サブマスターのオーヴィンは、マスターから渡された複数の書類を入れた鞄を肩にかけ、必死に馬を走らせている。実は彼は、帝都にフレアドラゴンが出現し、絶望的な交戦が始まった頃にマスターから命令を受けたのだ。
『私はここでハンターたちを指揮し、フレアドラゴンの打倒に生還の望みを賭ける。お前は、フレアドラゴンに関する一切の情報を、帝国北部の国境の町、そしてブランデルとティルスの王都ギルド支部に至急伝えてこい! お前にしか、できない仕事なのだ!
我々はここで敗れ、戦場の露と消えるやもしれん。だが情報だけでも伝われば、我々が仮に敗死したとしても、他国の兵やハンターがきっと仇を討ってくれるはずだ! 行け! ここは我々が奴の注意を引き、時間を稼ぐ!』
ギルドマスターのこの采配により、オーヴィンは帝都の門が避難民と火炎弾、そして城壁の瓦礫によって封鎖される前に、帝都を脱出することができたのである。
彼にも分かっていた。この後、フレアドラゴンに挑んだマスターやハンターたちに、如何なる運命が待ち構えているのか。心情的には今すぐにも帝都に取って返し、マスターたちと共に戦いたいところだ。だがそれをすれば、フレアドラゴン打倒の可能性が消えてしまうことになるし、マスターたちの犠牲も無駄になってしまう。
「マスター、そして帝都で必死に戦うハンターたち……すみません。この情報は必ず、北の町とブランデル・ティルス両国に伝えてきます……!」
今この瞬間にも失われているだろう命を悼みつつ、オーヴィンは馬を走らせるのだった。
彼の頭上には、鮮血のような不吉な赤い色に染まった異様な空が広がり、しかもその赤は青空を徐々に侵食しつつある。それはまるで、今後の戦禍の動向を暗示しているかのようであった。
そして、帝都の方はというと、不気味な赤銅色の雲が分厚く広がり、それによって覆い隠されてしまっている。そこで起きている地獄のごとき光景と街の運命を、天が憐れみ、他人に見せないようにしようとしているかのようだった。
軍事大国アルバーン帝国、壊滅。皇族たちはその全員が帝都にて戦死し、帝都は完全に焼け落ちて更地と化した。また同時に幾つもの街や町、村が、巨大生物の猛威の前に灰塵に帰したのである。
皇族たちの中で戦禍を免れることができた者は、誰もいなかった。他国を武力で併合し、繁栄を謳歌するはずだった帝国の皇族たちは、1人残らずあの地獄の業火に消えてしまったのだ。
また、帝都の守りに就いていた国軍の兵士、貴族領軍の兵士、皇帝親衛隊を合わせて約6万人、それとは別にハンターたち26人(「蒼い疾風」所属メンバー含む)、そして帝都に暮らしていた一般市民・奴隷合わせて9万人、総合計15万人以上もの命が、業火の中に失われていったのである……。
グオオオオオアアアアァァァーッ!!!
炎が火災旋風となって帝都一帯を荒れ狂い、帝都の建物全てが燃え落ちる中、アルバーン帝国の運命を告げ知らせるかのようにフレアドラゴンの咆哮が響き渡った。
「アルバーン帝国内の偵察と調査?」
「ああ」
一方こちらは、アルバーン帝国の北にあるティルス王国の王都。そのハンターギルドにて、「赤き誓い」がギルドマスターから説明を受けていた。彼女たちはギルドの依頼ボードを見ながら受ける依頼を探していたところ、ギルドマスターに呼び出されたのだ。そしてマスターから申し渡されたのが、「アルバーン帝国の偵察と調査」という指名依頼だったのだ。
「またあの国が、何か怪しげな動きでもしているの?」
レーナが真っ先に口を開く。
以前、「赤き誓い」は情報収集任務でアルバーン帝国に潜入したことがある。レーナはその時のことを思い出したのだ。
「いや、違う。実はな、アルバーン帝国帝都のハンターギルド支部から、緊急の情報が入ってきたのだ。ここから先は、他言無用で頼む」
だが、マスターの口から出てきたのは、思いがけない内容だった。
「分かりました。それで、緊急の情報、とは?」
すかさず、メーヴィスが交渉役を引き受ける。こういう場合は、パーティでも一番の年長者にして、パーティリーダーでもあるメーヴィスが出ることが多い。……普段レーナやマイルに指揮権を取られがちなので、ついうっかり忘れそうになるのだが。
「何でも、アルバーン帝国内に突然巨大な竜が現れたらしい」
「竜ですか? 古竜のような?」
「そうらしい。だが、全身を赤い鱗と岩盤のような黒い甲殻で固め、身体のあちこちから炎を噴き出すのだそうだ。これまでに確認された竜種とは似ても似つかない、と報告されている」
マスターの説明を聞いて、メーヴィスは必死にイメージを膨らませようとした。だが、正直なところイメージが浮かばない。
「そんな竜が出た、ということは、帝国には大きな被害が出ているのではないですか?」
「ああ。実際その竜の襲撃によって、アルバーン帝国の東部から南部にかけて大きな被害が出ているそうだ。特にアルバーン帝国東部の港街カザンは、その竜の襲撃によって全滅に追い込まれたそうだ」
これには流石に、「赤き誓い」の面々も驚いた。
確かに竜種は、この世界においては間違いなく生態系の頂点か上位に食い込む生物だ。しかし、大規模な街1個を全滅させるとなると、古竜くらいにしかできない芸当だろう。つまり、アルバーン帝国に出現した新種の竜は、古竜クラスの実力を持っている可能性が考えられる。
しかも、力を以て街1個を全滅させるとなると、かなり凶暴な性質を持つらしい。非常に危険な相手だ。
「アルバーン帝国帝都のギルド支部はこの竜を、『煉獄竜フレアドラゴン』と仮称することにした。また、カザンにあったギルド支部も壊滅させたことから、このフレアドラゴンをハンターギルドに喧嘩を売った者と認定し、最優先討伐対象に指定することを具申してきた」
マスターの説明は続く。
「アルバーン帝国は言うまでもなく、我が国の隣国だ。その隣国でこれほどの事態が発生した、というのは坐視できない。フレアドラゴンに関して、情報収集を行う必要がある。最悪の場合、フレアドラゴンと一戦交えて情報を持ち帰らなければならんかもしれん。
だが、この辺一帯では最大の港街であるカザンを全滅させたとなると、フレアドラゴンの力は凄まじいものであると考えられる。おそらく、並のハンターパーティでは情報収集はできないだろう。それどころか返り討ちに遭ってもおかしくない。
そこで、お前たちに白羽の矢が立ったというわけだ。
この任務は我が国、そしてハンターギルドという国家を跨ぐ組織にとって、極めて重要な任務である。なるべく多くの情報を集めてもらいたいが、最優先すべきは生きて帰ることだ。おそらくお前たちにしかできないだろうと考え、指名依頼とする」
「依頼内容は分かりました。それで、報酬はどのくらいになりますか?」
一通りの内容を聞いたメーヴィスが、疑問を提起した。
「うむ、報酬はまず前金として金貨40枚。生還すればオリハルコン貨40枚。収集した情報の内容によっては、さらにボーナスが上乗せされる。それとは別に、生還すれば功績ポイント1万を付与する」
これを聞いたポーリンの目が一瞬、凄まじい光を放った。
前金だけで金貨40枚というのは、かなり破格だ。それに加えてオリハルコン貨40枚プラスアルファとなれば、大儲けになる。功績ポイント1万というのも、とんでもない好条件だ。
「さて、どうする? この依頼、受けてくれるか?」
ギルドマスターの問いに、「赤き誓い」の4人は全員が爽やかな笑み(ただしポーリンのみ若干黒い笑いが混じっている)を浮かべて答えた。
「「「「この依頼、お受けします!」」」」
そして、ギルド支部を出た「赤き誓い」一行は、急いで宿屋に戻って旅の支度にかかった。もちろん、宿屋の看板娘であるレニーにも、「急な依頼で遠出することになったため、1ヶ月くらいここを留守にします。ゴメンね!(意訳)」と告げている。
翌日、ギルド支部が用意した2頭立ての馬車の中で、レーナが気合十分の声を張り上げた。
「第一目標、アルバーン帝国北部国境の街。『赤き誓い』、出撃!」
「「「おお!」」」
かくて「赤き誓い」は出撃した。
問題の「フレアドラゴン」と遭遇した時、彼女たちは何を感じどんな情報を収集するのか。それを知る者は、この時点ではまだ誰もいなかった……。
はい、いよいよ「赤き誓い」出撃です。
そしてもうそろそろ、召喚された者の正体が明かされます。この世界のハンターギルドは「煉獄竜 フレアドラゴン」と名付けていましたが、その正体とは……?
ちなみに前書きのアレは、ヴァルティンなど古竜たちに仕えていた専属ナノマシンたちの会話でした。
どうやらナノマシンたちは、例の巨大生物が異世界から召喚された存在であるらしいことに気付いたようです。そしてあの巨大生物はナノマシンの利用権限レベルがゼロ、つまり魔法を使えないようです。となると、あの生物は火球ブレスをどうやって撃っていたのやら……