「のうきん」の世界にやべー奴が現れたようです   作:Red October

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予告通り、「巨大生物」とか「竜らしき存在」とされていた、召喚された存在の正体が、今回ついに明かされます。

……とはいえ、読者の方の中には、召喚された存在の正体が現時点でもう分かっているという聡い方も、いらっしゃるかもしれません。何故なら、今話のタイトルがそのまま、召喚された存在に直結するネーミングになっているからです…!



第7話 (こく)(えん)盛んにして災異未だ止まず

「転移!」

「あんた、そういえば前にもそれ、やらなかった?」

 

 何やら訳の分からぬことを叫びながら、国境を示す道標の石の前を飛び越すマイル。それを見たレーナが、呆れた表情でツッコミを入れる。

 レーナの言う通り、実はマイルは以前にも、アルバーン帝国に入国する際に同じことをしている。あの時はギルド(を通して王国軍の上級司令部、もしくは王宮)からの依頼を受けて帝国の内情を探るため、商人に扮した間諜を護衛する形での入国であった。

 

「何か、お約束みたいなことになってますね……」

 

 そう言って肩を竦めるポーリンと、苦笑するメーヴィスであった。

 

 ティルス王国の王都を出立してから2日後、「赤き誓い」一行はティルス王国とアルバーン帝国の国境にたどり着いていた。流石(さすが)にギルドが出してくれた馬車は、速度が速い。しかも今回は、前回「赤き誓い」がアルバーン帝国に潜入した時とは異なり、余計な荷物を一切積んでいない。そのため、国境まで来るのにかかった時間は以前よりも短かった。

 さらに言えば、今回は「夜を明かすため」という理由で国境手前の町で宿泊した後、朝一番で国境を超えている。実質1日で国境まで来たようなものだ。

 

 ギルドの馬車と「赤き誓い」の一行が国境を越えた時、彼女たちの前方、つまりアルバーン帝国領側から馬に乗った男が1人やってきた。かなりの速度で馬を走らせており、よほど急いでいるようだ。

 その男が着ている衣服がギルドの制服であることにメーヴィスが気付いた時、男も「赤き誓い」に気付いたらしく、馬を停止させた。そして、声をかけてくる。

 

「商人のキャラバンか? この先は非常に危険……って、お前たちは……」

 

 早口で話しかけてきた男は、「赤き誓い」一同に気付くと声の調子を変える。まるで、どこかで会ったことがあるかのような口ぶりだった。

 そしてすぐ、「赤き誓い」のメンバーも、相手が誰であるか気付いた。

 

「「「オーヴィンさん!」」」

「……誰?」

 

 ただ1人、マイルを除いて。

 そう、実はマイルは人の顔を覚えるのが苦手なのである。これは前世以来のマイル、もとい「(くり)(はら)()(さと)」の癖であった。

 「赤き誓い」の面々は、一度オーヴィンと会ったことがある。アルバーン帝国帝都のギルド支部で「腐った依頼(トラップ)」を掴まされた時のことだ。その時にお互いの顔を覚えていたのである。……1名を除いて。

 

「こんなところで会うとは()(ぐう)だな。何しに来たんだ?」

 

 オーヴィンに尋ねられ、パーティを代表してメーヴィスが答える。今回は特に、隠すようなこともないはずだ。

 

「アルバーン帝国の方で何か大きな事件があった、と聞きまして、その情報収集のために参りました。『フレアドラゴン』とかいう巨大な竜が出現したと伺っています」

「ああ、その件か。ならちょうど良い、伝えておくことが幾つかある」

 

 入国した途端にいきなり有力な情報を手に入れられそうになったため、「赤き誓い」一同も少し身構えた。

 

「まず1点目、この先は非常に危険だ。というのも、あのフレアドラゴンが出現して以来、この国の国土はめちゃくちゃにされている。山々は次々と爆発して火を噴き、原因不明の地鳴りや森林火災が多発し、それらに触発される形で動物の暴走もしばしば起きているんだ。おかげで、帝国各地の村や畑、街にも被害が出ている」

 

 のっけから凄まじい情報が出てきた。この情報には、流石の「赤き誓い」一同も目を丸くしている。

 

「次に2点目、これが非常に重要な情報なんだが……昨日、アルバーン帝国の帝都にフレアドラゴンが突然現れた。このため、迎撃態勢の構築が間に合わず、アルバーン帝国の帝都は全域に火が回った。多分今頃は、フレアドラゴンの力によって陥落しているだろう。

私がここにいるのも、ハンターギルドの帝都支部が壊滅する前に、マスターから情報伝達を託されたからだ。これからブランデル、ティルス両国に情報を伝えに行く」

 

 まさかまさかの情報に、「赤き誓い」の面々は大きな衝撃を受けた。

 アルバーン帝国といえば、この周辺切っての軍事大国だ。一度、帝国への潜入・情報収集任務を行なった際に帝都に行ってきたが、そこは街全体を分厚い城壁で覆い、精強な兵士たちや多数の兵器を配備した鉄壁の要塞だった。そんな王都をあっさり攻め落とされたとなれば、これはただごとではない。

 

「そして3点目、ちょっとこれを見てもらいたい。これは、カザンでフレアドラゴンと交戦したハンターが描いてくれた、フレアドラゴンの姿だ」

 

 そう言って、オーヴィンは肩にかけた鞄から1枚の紙を取り出し、それをメーヴィスに手渡した。

 4対の目から放たれる視線が、一斉にその紙に注がれた。そこには、2本の太い脚で上体を支える巨大な竜が描かれている。

 竜は四肢の他に一対の翼を有しており、細長い首の先に比較的小さな頭部を持つ。その容姿は、古竜のそれに似通っていた。ただし、決定的な相違点として、フレアドラゴンの翼には翼膜がない。代わりに翼の先端には真っ赤な大穴が口を開けており、何かを射出する機能があるように思われた。

 全身を覆う黒い甲殻には、炎を思わせる真っ赤なラインが無数に走っており、それらのラインは胸と思しき部位と前脚の付け根にある赤い部分へと繋がっている。

 

「……これが、フレアドラゴン、ですか……?」

「見たことないわね……」

「私も、これは初めて見るな……」

 

 ポーリン、レーナ、メーヴィスの反応を見て、オーヴィンは言葉を続けた。

 

「これは、ブランデル・ティルス両国のギルド上層部と政府に見せなければならないものだから、済まないが皆にはここで容姿を覚えてもらうしかない。済まない……」

「いえ、ありがとうございます。これほど独特の容姿なら、すぐに覚えられますよ」

 

 メーヴィスのこの言葉は、お世辞でも何でもない事実である。

 ハンターというのは、命懸けの職業だ。己の命を長らえさせるためには、実際に経験したことはもちろんだが、噂に聞いた程度のものであってもなるべく覚えておく方が望ましいのである。

 

「私からは以上だ。すぐにもブランデル王国へ行かなければならないので、私はここで失礼する。君たちはフレアドラゴンの情報を収集しに来たと言っていたが……どうか気をつけて欲しい。もはや何が起こるか分からんからな。

そうそう、この先にある国境の町では、帝国軍と地元のハンターたちが防衛拠点を置いてフレアドラゴンに抵抗しようとしている。まずはそこへ行ってみると良いだろう。

君たちの無事を祈っている」

 

 言い終えると、オーヴィンは馬に鞭を振るい、北へと走り去っていった。その後ろ姿を見送り、メーヴィスが声をかける。

 

「よし、まずは有力な情報をゲットしたね。フレアドラゴンの容姿と、その力の一端が分かったのは大きい。

まずは国境の町へ行こう。そこで更なる情報収集だ」

「そうね。初めて戦う相手、それも竜種となれば、情報は多い方が良いわ」

 

 レーナが賛成し、ポーリンも頷いたところで、メーヴィスは最後の1人、マイルに声をかけた。

 

「マイル?」

「……え? ああ、はい!

まずは国境の町に行ってみる……ですね?」

「そうそう。それじゃ、行こう!」

 

 メーヴィスの号令により、再び歩み始める「赤き誓い」一同。

 マイルはずっと、考え込んでいた。フレアドラゴンの姿を描いた絵を見てから、彼女の脳には何かが引っかかったままになっている。

 

(フレアドラゴンのあの姿、どこかで見たような……。でも、どこで見たのか、そして何の姿だったのか思い出せない……)

 

 絵を見た直後からそれに気付いたマイルは、ナノマシンに頼んで情報を検索してもらった。しかし。

 

【申し訳ございませんが、我々ナノマシンのデータベースにも、フレアドラゴンに関する情報がほとんどありません。見つかった情報といえば、このフレアドラゴンがカザンと呼ばれる港街を全滅させたこと、帝都もフレアドラゴンによって陥落していること、それからフレアドラゴンが最初に現れた地はオーブラム王国中西部の森林地帯であること、そしてフレアドラゴンは、とある教団の男たちによって異世界から召喚されたらしいということのみです】

(オーブラム王国? それじゃ、もしかして……)

【はい。マイル様ご一行が対処したあの森林火災、あれを引き起こしたのがフレアドラゴンです。あの時残っていた巨大な足跡は、フレアドラゴンのものだったのです】

(やっぱりそうだよね……。あと、とある教団の男たちって、もしかして……)

【お察しの通り、マイル様の仰る「ファリルちゃん事件」の時の教団の仲間です】

(やっぱり……。それで、アルバーン帝国のどの辺に、フレアドラゴンの被害が及んでいるの?)

【率直に申し上げますと、この国の東部から南部、中部、さらには西部にまでフレアドラゴンの影響が及んでいます】

(南部と西部? カザンは帝国東部の街だし、帝都は中部にあるよね? なんでそんなところに被害が出ているの?)

【フレアドラゴンは最初にカザンに出現し、海岸線に沿って東部から南部までぐるりと回った後、急速に北上して帝都に至ったのです。西部については……あのフレアドラゴンの出現以降、いきなり火山の噴火や原因不明の森林火災が多発するようになりました。そのため、まだ不確定ではありますが、これらの事象は全てフレアドラゴンと何らかの関係があると見られています】

(まだ分かってないんだね……ありがとう、ナノちゃん)

【いえいえ。お役に立てず申し訳ありません】

(そういえば、古竜の皆さんは?)

 

 ふと思い出したように、マイルは付け加えた。

 アルバーン帝国の南東部には、「古竜の里」がある。そのことを思い出したマイルは、ケラゴンや他の古竜のことが気になったのだ。

 

【………】

 

 だが、ナノマシンからの答えが返ってこない。

 

(……ナノちゃん?)

【………】

(……ナノちゃん?)

【……その、マイル様……大変申し上げにくいのですが……】

(……まさか……)

【はい。フレアドラゴンの攻撃により「古竜の里」は全滅。古竜たちはそのほとんどが死亡しました】

(ケラゴンさんや、あの、便利です、とかいう古竜も?)

【はい。ケラゴン殿、ベレデテス殿、その他指導者ヴァルティン殿を含む長老たちは、全て死亡……生き残っているのは、ウェンス殿とシェララ殿だけです】

(そんな……)

 

 マイルにとっては、特にケラゴンは友人(いや、友竜か)と言っても良い存在である。それが死んだとなれば、その衝撃は大きかった。

 

(フレアドラゴンが敵であることは分かったけど、そのフレアドラゴンは元々この世界にいた存在じゃないのね?)

【それは確からしいと見られています】

 

 あの邪神教団が、何かとんでもない存在として「フレアドラゴン」を召喚したに違いない……マイルはそう睨んでいた。

 

 

 オーヴィンと別れた後、アルバーン帝国側の国境付近の町に着いた「赤き誓い」一行。この町は、以前に来た時とは雰囲気が大きく異なっていた。町の南側には、明らかに軍人と思われる鎧を着た男たちが陣形を形作っており、雰囲気がピリピリしている。

 また、町の中と町の外部北側には、様々な荷物を持った一般市民らしい人々が大量に集まっていた。帝国各地からの避難民らしい。

 そうした人々の顔には、共通して恐怖が刻まれていた。何かの視線に怯えるように周囲を見回す人、きつく目を閉じて何かを念仏のように唱え続ける者、泣いている子供。中には発狂したのか、突然喚き始める者もいる。

 そうした人々の間を抜けて、「赤き誓い」を乗せた馬車は町のハンターギルド支部に着いた。まずは情報収集である。

 

かららん

 

 いつものドアベルの音と共に、建物の中に入った「赤き誓い」一行はすぐに、様子がおかしいと気付いた。

 どこの国のどんな町のハンターギルド支部であっても、ギルドが開いている時間はいつもハンターパーティの1つくらい、あるいは個人活動している等の理由で1人でいるハンターの数人は、いるものである。だが、このギルド支部にはハンターが1人もいない。それだけではなく、ギルド支部の職員や幹部と思しき人々が忙しげに行き交い、受付嬢ですらその表情に焦りが見られる。

 受付嬢に話を聞いてみると、どうやらフレアドラゴンの襲来に備えて急ピッチで防衛線が築かれているらしい。既に帝都はフレアドラゴンの力によって陥落し、それに伴って上級司令部や皇宮とも連絡が取れなくなり、指揮系統は麻痺状態にあるため、この防衛線は帝国北部に領地を持つ貴族たちが中心になって築いているそうだ。

 防衛線は、この町と帝都付近の大きな街の間に三重に渡って築かれている。こちらには貴族たちの領軍が配置され、守備に当たっているそうだ。帝国の最北部、つまり国境線付近に領地を持つ貴族の軍勢は、まだ到着していないとのことである。帝都からここまでの距離を考えると、おそらく派遣部隊の編成が間に合わなかったのだろう。

 また、ハンターたちは機動予備戦力となっている、とのことだった。Dランク以下の個人ハンターやパーティは、万が一の事態が発生した時に避難民の誘導と護衛に当たることになっているそうである。そして、Cランク以上のパーティは迎撃戦力となっている、とのことであった。もちろんだが、Cランクパーティである「赤き誓い」も、迎撃戦力としての参加を要請された。

 

「参戦自体は構いませんが、我々はティルス王国のギルドから特別指名依頼を受けて動いています。万が一の時には、ここを離脱してティルス王国へ戻ることも考えられますが、それでもよろしいでしょうか?」

 

 メーヴィスがそう尋ねると、受付嬢は一瞬迷った様子を見せた後、少々お待ちください、と言い残して奥へ引っ込んだ。受付嬢が戻ってきた時には、ギルド支部のマスターが一緒にやってきた。相談しに行ったのだろう。

 場所を移して交渉した結果、「赤き誓い」は離脱を許可された上で防衛戦力の一翼として参加することに決まった。マスターも、迎撃戦力の最低ランクであるCランクのパーティが1つ抜けたところで、事情に大きな変化は生じないと判断したらしい。

 

「まあ、これは概ね想定通りじゃないかな?」

「そうですね、後はフレアドラゴンが来るのを待つだけでしょう!」

 

 ギルド支部を出た後、そう言ったメーヴィスにマイルが応じた、その時だった。

 

ゴゴゴゴゴゴ……ドォーーーン!!

 

 不意に、大地の底から響いてくるような大きな音が聞こえた、と思う間もなく、地面が大揺れに揺れたのだ。

 

「なっ、何だ!?」

「た、立てない!」

「揺れているのか、地面が!?」

 

 兵士たちや町の住民たちが地面にしゃがみ込むか、もしくは揺れに足を(すく)われ、転倒する。

 

「何よこれ! なんでこんなに地面が揺れるのよ!」

「分かりません……!」

 

 レーナとポーリンも例外ではなく、「赤き誓い」の面々も思わず地面にしゃがんでしまっている。

 

「この地揺れは、相当に激しいねっ……!」

 

 さすがはメーヴィス、「地揺れ」という表現を知っている辺り、教養のある貴族たる姿を見せている。「地揺れ」という言葉があるところからすると、この世界にも「地震」という現象はあるらしい。

 

(この世界にも、地震というものがあるんですね……)

 

 そしてマイルは、どこか他人事のような考えを抱いていた。

 その瞬間、一際大きく地面が揺れた、と思う間もなく、

 

ドガアァァァァァーン!!

 

 国境付近の町から見て東にある山の1つが、突如として噴火した。山頂から強烈な噴煙が噴き上がり、一瞬だけ真っ赤な炎が見えた。

 その直後、山の噴火を見ていた町の人々の前で、信じがたいことが起こった。なんと、山そのものを包み込むような轟然たる大爆発が発生し、巨大な炎と黒煙とが山を覆い尽くしてしまったのだ。山を構成していたと思われる土砂や岩が撒き散らされる。

 

「うわあぁぁぁ!」

「げぶっ……」

「助け……グジャッ」

 

 土砂と岩の飛散に巻き込まれ、兵士や市民が次々と倒れる。ある者は飛んできた岩に潰され、またある者は上空から降ってきた大量の土砂によって、生き埋めとなった。家屋にも損傷し、あるいは崩壊するものが相次ぎ、また市街地の道路が家屋の瓦礫や土砂で封鎖される事態が多発した。

 そして混乱が続く中、

 

グオオオオオオァァァァァーッ!!!

 

 噴火の轟音すら霞むような、凄まじい咆哮が響き渡った。山そのものが上げる雄叫びとはまるで違う。それはこの町の運命を予言するかのような、恐ろしく禍々しい声であった。

 

「なっ、何だ今のは!?」

 

 驚愕の表情でメーヴィスが叫ぶ。

 と、黒煙の中に巨大な何かの影が一瞬だけ見えた。そして、黒煙が風に吹き散らされた時には、山は跡形もなく消え去り、代わりにそこには異形の生物が立っていた。

 2本の太い足は、岩石のようなゴツゴツした甲殻に覆われた巨大な体躯を支えており、その上からは扁平な首が長く伸びて、先端に顔がある。額の部分には2本の角が天に向かって生えており、その根本には深紅に光る双眼がある。舌なめずりをする口元には、無数の牙が上下に並んで生えている。また、項にはオレンジ色に輝く巨大な穴が6つ開いていた。

 そいつの首の表面には赤く光るラインが走っており、それは両肩と胸にある強いオレンジ色の光を放つ部位へと続いている。その部位は光り輝いているだけでなく、目を凝らすと中で何かを渦巻かせているように見えた。両肩のオレンジ色の核からは、両腕と翼に向かってオレンジ色のラインが伸びているが、翼はどう見ても翼に見えない。翼膜が存在せず、ただ単に岩の塊をくっつけただけのような形に見えた。

 何より特筆すべきは、生物の大きさである。古竜を彷彿とさせるほど……いや、下手をすると古竜より大きい。山かと錯覚するほどの巨体を持ち、全身を黒い甲殻に包包み、絶対零度の眼光を放つ深紅の瞳を以てこちらを見下ろすその姿は、神々しくも禍々しかった。

 

「何よ……アレ……」

 

 レーナの呟きは、「赤き誓い」全員の心中を代弁していた。そして「赤き誓い」の4人は、突然の巨大生物登場に硬直し、動けなくなっている。だが、アルバーン帝国の兵士たちはすぐに動き出した。

 

「出たぞ……出たぞぉぉぉぉぉ!!」

「ふ、フレアドラゴン! まさか、地中を突破して防衛線を迂回してきたというのか!」

 

 想定を完全に覆された帝国軍の兵士たちは、混乱しながらも迎撃のため走り出す。それを見て、メーヴィスがようやくのことで立ち直った。

 

「オーヴィンさんが見せてくれた絵とも一致する……どうやら、あの竜が件のフレアドラゴンみたいだ。さあ行くよ!」

「え、ええそうね!」

「わ、分かりました!」

 

 本来の「赤き誓い」リーダーの号令に、レーナとポーリンがようやく我に返る。そして2人ともスタッフを構えた……が、あと1人、マイルが硬直している。

 

「ど、どうして……こんなところに……」

 

 目を見開き、マイルはフレアドラゴンを見つめて呟いた。その肩をメーヴィスが叩く。

 

「マイル!」

「……え? ああ、はい!」

「突然あんなのが出てきたから、驚くのも無理ないよ。けど、あれが問題のフレアドラゴンなんだ、軍の兵士と一緒に迎撃するよ! マイル、君がしっかりしてくれないと!」

「は、はい!」

 

 ようやくのことで我に返り、剣を抜くマイル。

 

「ええと、作戦はいつも通り! ポーリンさんとレーナさんは、攻撃魔法で後方から援護してください! 相手は火を吐いてくるそうですから、炎魔法は多分効きません。氷とかの魔法を中心に攻撃してください!

メーヴィスさんと私は前衛を担当、敵攻撃に注意しながら肉薄、攻撃します! あの巨体です、攻撃範囲の広さに注意、(とっ)(かん)!」

 

 やっと元に戻ったマイルが、早口で号令を下した。「赤き誓い」では、こういう非常事態で指揮を執るのはマイルの役目なのである。

 メーヴィスと共に走り出しながら、マイルは今一度「フレアドラゴン」と呼ばれた竜を見上げた。竜は既に兵士と交戦に入っており、火球ブレスを吐いて早くも帝国軍の兵士を数人、焼き払っている。

 マイルは、さっき喉から出かけた言葉をギリギリで押し留めたことに安堵していた。

 さっきのマイルの「ど、どうして……こんなところに……」という言葉。メーヴィスはそれを、「どうしてこんなところに、フレアドラゴンがいきなり出てきたの?」とでも言おうとしたのだと解釈した。まあ、この状況ではそう捉えるのが自然であろう。

 だが実は、マイルが言いかけた内容はそうではなかったのだ。マイルは危うく、こう言うところだったのである。

 

 

「ど、どうして……こんなところに、()()()()()()()()が出現したの!?

 

 

 そう、マイルは思い出したのだ。フレアドラゴンが、何者であるのかを。

 実はマイルはこの竜を知っていたのだ。この世界のハンターギルドが「(れん)(ごく)(りゅう) フレアドラゴン」と名付けたこの竜は、実は全く別の名を持っていたのである。その名前こそ、マイルがうっかり口に出しかけた「グラン・ミラオス」という名であった。

 グラン・ミラオス。別名を「(れん)(ごく)(りゅう)」と(とな)えるこの龍は、本来この世界に生息するものではない。ではどこにいるのかというと、マイルの前世の姿たる「栗原海里」が住んでいた現代日本で販売されている、とあるゲームシリーズの世界にいるのである。このおかげでマイルは、「邪神教団の男たちが召喚したという存在」こそがこいつなのだと完全に理解した。

 このゲームシリーズにおいては、「龍」と呼ばれる生物は「古龍種」というカテゴリーに数えられており、通常の生物より圧倒的に高い力を持つ。その「古龍種」の中でも、「黒龍」という名を持つものは頭一つ以上抜きん出た規格外の力を……世界すら滅ぼす力を持っている、と設定されている。そして、「煉()()」たるグラン・ミラオスも、恐るべき力を有しているとされる。

 ゲーム中では、グラン・ミラオスは「大地の怒りが具現化した存在」として畏怖され、「偉大なる破壊と創造」「大地の化身」「煉獄の王」「獄炎の巨神」などと呼ばれていた。実際にとある海域に現れた際には、想像を絶する禍々しい力を以て海域一帯を岩漿(マグマ)のごとく煮立たせ、海域に存在した数多の島々を悉く海の底に沈めてしまったと伝えられる。海洋全てが血のように赤く染まった光景は、正しくこの世の地獄と表現するより他にないほどだったそうだ。

 これだけでも、グラン・ミラオスが非常に危険な存在であること、そして凄まじい力を持っていることは、お分かりいただけるだろう。

 というのも、まず海を真っ赤に染めて煮立たせること自体が規格外なのである。グラン・ミラオスの身体には、血液とは別に「ほとばしるマグマ」と呼ばれる真っ赤な灼熱の液体が循環しているのだが、この液体、なんと水中でもしっかり炎を纏っている。普通、マグマは水に触れると冷えて固まってしまい、最終的には陸地になるものなのだが……水に入ってなお炎が消えることがなく、逆に海の方を真っ赤に染めて煮立たせてしまう辺り、ミラオスがどれほどの力を持っているのか、想像もつかない。

 また、グラン・ミラオスは「獄炎の巨神」とも呼ばれる、というところから、神としての側面をも持ち合わせている。ここで思い出してほしい、あの邪教を信仰する男たちが召喚しようとしていたのは、「強き力を持つ異界の神」ではなかったか?

 そう考えれば、男たちが「次元連結魔法」を使用して召喚の儀式を行った結果、グラン・ミラオスを召喚してしまったのも、ある意味では当然のことだったのかもしれない。ただ残念なことに、召喚してしまったのは神は神でも「邪神」だったようだが。

 

(まずい……!)

 

 マイルの額を、一筋の汗が流れる。

 世界観的に考えても、グラン・ミラオスは強敵だ。いや、この世界に生息する「最強の魔物」古竜すら超える圧倒的な力を持つ、と言い切れる。古竜には「島を海の底に沈める」なんてことはできないが、ミラオスにはできるからである。

 また、グラン・ミラオスが生息していたゲームシリーズの世界は、この世界よりも文明レベルが進んでいる。具体的には、地球で「世界の三大発明」と呼ばれる火薬が実用化され、原始的ながら大砲が使用されているレベル。そんな文明レベルの進んだ世界でも、ミラオスは世界そのものを破滅させかねない力を振るっていたのだ。

 ならば、ゲームシリーズの世界より文明レベルが遅れているこの世界では、どうであろうか? ……考えるだけで、寒気がする。

 

「皆さん、この……フレアドラゴンの力は、あまりにも強大です! 複数の古竜を相手にした時以上の脅威だと思ってください!」

 

 マイルはうっかり「グラン・ミラオス」という名前を口にしかけて、慌てて「フレアドラゴン」と言い直した。

 

「「「了解!」」」

 

 マイルのこの一言で、メーヴィス、レーナ、ポーリンの3人は事情を理解した。そして、「アレ」の行使に踏み切った。

 

(水分凝縮、急速冷凍、整形……。氷結弾、発射用意……)

(ウルトラ・スーパー・デラックスホット魔法、発動用意……。赤き地獄、フルパワー……)

(燃えよ我が心、震えよ我が魂……。マイルの名の元に、メーヴィスが命じる。我が愛剣よ、真の姿を現せ!)

(栗原海里、アデル・フォン・アスカム、マイルが命ずる。我が命令を最優先で受諾せよ!

ナノマシン! アイ、コマンド、ユウゥ……)

 

 そう、本気モードの発動である。

 

「噴火中の火山の中から現れた、ということは、あのフレアドラゴンは溶岩にも耐える力を持ちます。

相手はあまりにも強大です! 全兵器使用自由(オールウェポンズ・フリー)、最初から全力で行きます!」

 

 グラン・ミラオスが火山の中から出現した、というところからも、マイルはミラオスが並々ならぬ力を持つと確信していた。

 そのマイルの言葉に、メーヴィスが返事の代わりにポケットから出した「ミクロス」を一気に(あお)る。その瓶は、通常の「ミクロス」の瓶の3倍もの容量があり、危険度を示すために赤く塗装されている。……3倍だけに。

 

「氷結弾、発射!」

「ウォーターボール・エクストリームホット!」

EX(エクストラ) 真・神速剣、(さん)の太刀、斬竜剣! 参る!」

位相光線(フェイザー・ビーム)、発射!」

 

 どういう訳か、フレアドラゴン……もといグラン・ミラオスに突撃した兵士たちは、ミラオスを遠巻きにするだけで止まってしまっている。剣や槍による近接攻撃を実施していない。そこに、「赤き誓い」の攻撃が一斉に着弾した。

 マイルが「全兵器使用自由(オールウェポンズ・フリー)」と言ったので、「赤き誓い」の他の面々も本気の攻撃を……古竜を相手にした時に使う魔法を使用した。

 

 ところが。

 

しゅううううう……じゅうう……

しゅううううう……

ちゅん! ちゅん! ちゅん!

 

 レーナの放った「氷結弾」は、グラン・ミラオスに到達する前に溶けてしまい、「ウォーター・ボール」にすら劣るただの水球と成り果てた。そして、ミラオスに着弾した瞬間、瞬時に蒸発し、消えてしまった。ポーリンの「ウォーターボール・エクストリームホット」も、空中で蒸発して消えている。

 唯一有効打となったのは、走りながらマイルが撃った「位相光線(フェイザー・ビーム)」のみ。それらは見事に命中し、グラン・ミラオスの身体に穴を開けた。ミラオスが防御魔法を一切使っていなかったのだろう、ビームによって開けられた穴は、かつてマイルが古竜にビームを撃ち込んだ時よりも深い。

 しかしそこで、信じがたいことが起こる。「位相光線(フェイザー・ビーム)」によってグラン・ミラオスの身体を覆う甲殻に開いた穴、そこから真っ赤な液体が噴き出る。同時に、煙がその穴から立ち昇った。ものの3秒ほどで煙も液体も消えたのだが……そこに開けられたはずの穴は、完全に塞がってしまっているではないか。

 

 そして、マイルとメーヴィスはその時、立ち止まらざるを得なくなった。どういうことかというと、

 

「「あ、熱いぃ!!」」

 

 灼熱のせいである。グラン・ミラオスの身体からの放射熱が凄まじく、近寄ることすらできないのだ。

 

(そんな……!)

 

 状況を理解すると同時に、マイルの心に絶望が降りてきた。

 「赤き誓い」はこれまで、どんな状況でも戦うことができていた。古竜戦士隊に所属する古竜を6頭同時に相手取った時も、初撃でそこそこのダメージを与えることができた。

 しかし、今回の相手にはその攻撃のほとんどが効いていない。灼熱の体温のおかげでこちらは近接戦闘ができない。魔法も、レーナが得意とする炎系の魔法は一切通用しないだろう。水魔法や氷魔法は、灼熱の体温のせいで命中前に蒸発するか溶けるかしてしまい、ほとんど効果がない。唯一通用した「位相光線(フェイザー・ビーム)」も、受けた傷を瞬く間に再生されてしまった。

 こんなことは、今までに一度もなかった。どんな相手にも、何かしらのダメージは与えることができていた。それが今回は、「赤き誓い」の全力に近い攻撃を行なったにも関わらず、グラン・ミラオスはまさかの無傷……そう、ほぼ無傷である。

 その時、マイルの視界に赤みがかったような気がした。次の瞬間、

 

「「「ぎゃピぐぎゃげひぷべらば!」」」

 

 鋭い痛みが、目に、鼻に、口に、一斉に襲いかかってきた。

 そう、先ほどポーリンが放った「ウォーターボール・エクストリームホット」。水分が完全に蒸発したことで気化していたカプサイシン成分が、周囲に拡散し、マイルたちに牙を剥いたのである。

 

(うわあぁぁぁ! ば、バリアァァ! フィルター、換気、清浄魔法ぅぅ!!

ま、前にもこんなことあったっけ……!)

 

 激痛で涙目になりながらも、マイルは必死で魔法を使った。そして自らを立て直してから、同じ魔法をメーヴィスやアルバーン帝国軍の兵士たちに行使し、味方の態勢を立て直そうとする。しかし一瞬早く、赤赤と燃える火球ブレスが飛んできた。それによって、マイルのすぐ近くに展開していたアルバーン帝国軍の戦列の一角が崩される。

 

(!! ヤバい!)

 

 火球ブレスの炸裂によって生じた爆風を感じ、マイルの口元が引き()った。

 以前、マイルは古竜3頭分のブレスを同時に受けたことがある。あの時、マイルは「格子力バリア」でその威力をかなり減殺したものの、防ぎきれなかった分のブレスの威力によってマイルは吹き飛ばされた。

 だが、今撃たれた火球ブレス……間違いなくグラン・ミラオスが撃ったものであるが、その威力は、古竜3頭分のブレスよりも遥かに高かった。マイルが咄嗟に「格子力バリア」を強めに張ったため、彼女は尻餅をつく程度で済んだものの、もし少しでもバリア展開が遅れていたら、おそらく20メートルは吹っ飛ばされていただろう。しかもこれが、ブレスの直撃ではなく着弾点周囲に広がった爆風によるものだというのだから、恐ろしいものである。

 ブレスが直撃すれば……骨も残らないレベルで消し飛ばされる。今さっきブレスを喰らった帝国軍の兵士たちのように。

 

 火球ブレスを撃った当のグラン・ミラオスは……周囲を漂うポーリンのホット魔法の名残など一切気にする様子もなく、悠然と佇んでいる。生物に対して強力な威力を発揮するホット魔法であっても、まともに喰らわなかったのだ。

 

「ポーリンさん、ホット魔法はダメです! フレアドラゴンの体温は半端じゃないです、水魔法は避けて土か岩の魔法を使ってください!」

 

 後方で帝国軍の兵士たちの回復に当たっているポーリンに叫び、マイルは改めて気を引き締めた。

 相手の力を測るためには、接近戦を挑む必要がある……が、グラン・ミラオスの体温は尋常ではなく、生身のままでは近寄ることすら覚束ない。ならば、やるべきことは1つ。

 

(高熱遮断、皮膚表面冷却……アイス・スーツ!)

 

 そう、魔法による耐熱性を得た上での近接戦闘である。

 アルバーン帝国軍の兵士たちが全く近寄れず、見てくれを気にするメーヴィスですら撤退を余儀なくされる中、マイルは単独でグラン・ミラオスに吶喊した。

 一息に走り、マイルはグラン・ミラオスの懐へ潜り込もうとする。そこへミラオスが火球ブレスを撃ってきたため、彼女は横っ飛びにそれを(かわ)した。ついでに、ブレスの爆風を防げるよう「格子力バリア」を張っておく。

 ところが、マイルが爆風を防いで体勢を立て直した時、グラン・ミラオスが2発目の火球ブレスを発射してきた。

 

「このぉっ!」

 

 マイルは咄嗟に、持っていた剣で火球ブレスを薙ぎ払う。ブレスは真っ二つに断ち切られ、マイルの背後で爆発した。その爆風を背中に受けて加速し、マイルは今度こそミラオスに肉薄する。

 マイルが狙ったのは、グラン・ミラオスの左脚だ。ミラオスも龍、すなわち生物である以上、脚を支えているアキレス腱のような腱にダメージを与えれば、まともに動けなくなるはず……マイルはそう考えたのである。

 巨体を支える太い脚は、岩盤を思わせるゴツゴツした黒い甲殻で覆われている。そして、脚の付け根から爪先に向かって真っ赤なラインが走っていた。ゲーム内で交戦した時の姿と全く同じものが今、実物として目の前にある。

 

「たぁっ!」

 

 かけ声と共に、剣を振りかぶるマイル。

 だがその瞬間、グラン・ミラオスは左脚を大きく振り上げ、一歩前へ踏み出した。そのため、マイルの一撃は残念ながら空を切った。

 それだけではなく、ミラオスは振り上げた力強い脚を振り下ろし、マイルを踏み潰そうとする。マイルは飛び退(すさ)ることでそれを回避した。太い脚が大地に振り下ろされ、震度3くらいの揺れが起きる。

 その時には、ジャンプで揺れを回避したマイルが今度こそ脚に肉薄していた。大上段の構えから振り下ろされた剣が、今度こそグラン・ミラオスの左脚に食い込む。瞬間、かなり重い手応えが剣を通じてマイルに伝わった。

 

「っ!」

 

 想像以上の手応えに、思わず剣を離しそうになる。しかも、思ったより剣が食い込んでいない。だがそれを(こら)え、マイルはもう一撃、横薙ぎに脚を斬った。

 重い手応えと同時に、傷口から真っ赤な液体が噴出し、しゅうしゅうと音を立てて白い煙が上がる。マイルは少し下がって、赤い液体を回避した。浴びればかなりの火傷を負うだろうことが、容易に想像できたからだ。

 3撃目を入れようとした時、グラン・ミラオスが大股に2、3歩前進する。その太い尻尾が高く振り上げられているのが、ちらりと見えた。

 

(!!)

 

 マイルがバックステップで離脱した直後、大木よりも太く重いミラオスの尻尾が、大地へと叩きつけられた。爆弾が爆発したかのような轟音と共に震度5強はありそうな揺れが発生し、砕かれた岩盤の破片が宙を舞う。もう少し気付くのが遅れていれば、あの尻尾で叩き潰されていたかもしれない。

 少し下がって様子を見ながら、マイルはグラン・ミラオスの挙動に不審感を抱いた。どうも、ミラオスの動きが鋭いように感じられる。マイルが足元に潜り込んだと分かった途端、彼女を潰そうとしてきたのだ。

 それに、その身体を明らかに斬られたというのに、グラン・ミラオスは悲鳴1つ上げない。それどころか、冷静に対処してきたのだ。古竜たちが攻撃を喰らって悲鳴を上げていたのとは、あまりにも対照的である。

 

(何でこんなに鋭いの……!? それに、「身体を斬られる痛み」を知っているように見える。

こんなの、勘ってレベルじゃない。まるで、人との戦いを経験したことがあるかのような……!?)

 

 そう考えた時、マイルの背筋に悪寒が走った。

 

(しまったぁ! そういえばグラン・ミラオスは、少なくとも一度は「あの世界」の人々と交戦したことがあるんだったぁぁ!!)

 

 そう、実はグラン・ミラオスは少なくとも一度、ゲームシリーズの世界……マイルの言う「あの世界」の人々と交戦しているのだ。つまり今、ミラオスはその時の経験を元に立ち回っている、と言える。

 そりゃあ強いはずである、何しろ一度はその身を以て経験しているのだから。

 また、交戦した経験を持つということは、当然ながらグラン・ミラオスは大なり小なり傷付けられたはずだ。つまり、「身体を斬られる」ことの痛みを知っているとも言える。だからこそ、マイルに脚を斬られることも、その痛みも折り込んだ上で、カウンターを狙うことができたのだ。

 他者の追随を許さない力、受けた傷をすぐに回復する圧倒的なまでの回復力、そして身を斬られる痛みを知っている。間違いなくグラン・ミラオスは、この世界では段違いに高い実力を……古竜ですら及ばないほどの力を持っている。

 

(マズい!)

 

 焦ったマイルは即座に、攻撃方法を切り替えることにした。剣を構えつつ、ナノマシンに指示を出す。

 

(手空きのナノマシンたちは全員、この辺りの上空に移動!

気温、湿度、気圧制御! 屈折率操作、氷晶整列、空間湾曲……集束魔法、発射用意!)

 

 そう、アレである。最強にして最兇、最大の切り札(トランプ)

 この技は以前にもやったことがあるため、ナノマシンたちもマイルの意図を即座に理解して動いてくれた。マイルの指示が、専属ナノマシンを介して数万フィート上空に展開したナノマシンたちにも伝えられる。そして、

 

【マイル様、発射準備完了です!】

「行くよ……サンシャイン・デストロイヤアアァァーー!!」

 

ずばしゃああああああ!!

 

 天空から光の剣が飛来し、それがグラン・ミラオスを直撃した。大量の煙が立ち込め、視界が遮られる。

 この技は、マイルが古竜戦士隊の6頭の古竜を同時に相手にした時に使った大技である。太陽の光を集め、強力なレーザーを生み出して攻撃するものだ。その威力は、大地を切り裂けば岩が溶けてマグマと化すほどである。

 そんなものを直撃させたのだ。あれほどの威力があれば、如何にグラン・ミラオスといえども重傷は免れまい……マイルはそう考えていた。

 そんな中、煙が次第に晴れていき……

 

 

 

 

 

 グラン・ミラオスは、ほぼ無傷と言い切って良い姿でそこにいた。もちろん生きている。

 「ほぼ」とついているのは、ミラオスの甲殻には確かに溶けたような跡が……さっきまでなかった痕跡が残っているからだ。だが逆にいえば、「マイルが攻撃を行った」という証拠になるものはそれしかない。

 

 

 マイルの技の中でも、凄まじい威力を持つ「サンシャイン・デストロイヤー」。それを直撃で喰らってなお、グラン・ミラオスはぴんぴんしていた。その視線は、絶対零度の眼光を以て彼女を睨みつけている。それはまるで、ミラオスがこう言っているかのようであった。「(なん)なんだぁ今のは……?」と。

 

(もう駄目だぁ……おしまいだぁ……)

 

 これには流石に、マイルも心が折れそうになった。

 ゲーム内では、グラン・ミラオスの瞳に捉えられた者は、戦いを挑んだことを深く後悔すると言われている。今のマイルがまさにその状態だった。

 まさか「サンシャイン・デストロイヤー」をほぼ無傷で乗り切られるとは、思ってもいなかった。果たして「マイル」というちっぽけな生物は、この強大すぎる存在(グラン・ミラオス)に敵うのか。

 

(……勝てない。グラン・ミラオスの生命力は圧倒的すぎる……)

 

 そのマイルの後方では、レーナとポーリンが必死に攻撃を行っていた。レーナは次々と氷の槍を生み出しては発射し、ポーリンは土魔法に攻撃を切り替えて「ソイル・ランス」を放っている。

 だが、どれも効いているように見えない。氷の槍は溶けかけているし、土の槍は命中するそばから砕けてしまっている。グラン・ミラオスの甲殻に弾かれているのだ。

 同じようにして、兵士たちの弓撃も弾かれまくっている。騎士のうち何人かは、巨大な槍を投げて攻撃しているが、それも刺さるだけで大したダメージになっているようには見えない。

 逆に、グラン・ミラオスは兵士たちから攻撃を受けながらも、平然とした様子でその場で両脚を踏ん張る。そして、

 

グオオオオオアアアアァァァーッ!!!

 

 大気どころか大地すら震わせるほどの大咆哮と共に、両翼から大量の赤い液体を撃ち出した。それらは、ミラオスの出現と時を同じくして上空に現れていた赤い雲に飲み込まれていく。

 数秒後、血を流したような赤い雲の中から大量の火炎弾が現れ、地上へと降り注ぎ始めた。

 

ひゅうううううう……ずどどどどどどがぁぁぁぁぁぁぁん!!!!

「「「「「ぎゃあああああー!!」」」」」

 

 たちまち辺りは、阿鼻叫喚の地獄絵図となった。

 アルバーン帝国軍の兵士や貴族領軍の兵士たちは、天空から降ってくる火炎弾の雨の前に、急速にその数を減らしていく。ある者は、火炎弾の炸裂と同時に骨も残らぬレベルで消し飛ぶ。ある者は即死こそ免れたものの、全身に重い火傷を負い、虫の息で地面に横たわっている。またある者は爆風で吹っ飛ばされ、周辺の木に叩きつけられる。大きな音を立てて木が折れ、その上から目を見開いたままの兵士の身体が落下する。兵士は手足や首があらぬ方向にねじ曲がっており、どこからどう見ても既に死んでいた。

 それだけではなく、火炎弾が降り注ぐ中でグラン・ミラオスは今一度咆哮する。

 

グオオオオオアアアアァァァーッ!!!

 

 その途端、それを待っていたかのように、周囲の山々が一斉に噴火した。葬送行進曲(もちろん、送られるのはアルバーン帝国の兵士たちである)にしてはあまりに物騒な噴火の轟きが、辺り一帯にこだまする。さらに、地面があちこちひび割れ、そこから溶岩が噴き出してきた。それによって戦場の大気は急速に熱せられ、それに反比例するように兵士たちやハンターたちの動きが鈍っていく。

 そう、熱中症のリスクが急速に高まっていたのだ。特に兵士たちは重い金属製の鎧を着用しており、それが高熱を持ち始めたこともあって、急速に消耗していたのだ。

 それを見逃すグラン・ミラオスではない。直ちに火球ブレスを1発叩き込むと、地面に倒れ込んで兵士たちを踏み潰す。そして二足歩行から四足歩行の姿勢へと変わった。

 四足歩行状態になったグラン・ミラオスは、先ほどまでの比較的鈍い動きから一転、巨体に見合わぬ高い機動力を発揮し、兵士たちやハンターたちを次々と轢き潰す。弓やバリスタによる攻撃も攻撃魔法も何のその、その大半を甲殻で弾き返し、傷付いた様子を見せない。逆に、人がアリでも踏み殺すかのように兵士たちを容赦なく殺害していく。

 

「何よこれ! これじゃ、全然歯が立たないじゃない!」

 

 苛立たしげにレーナが叫んだ。

 レーナは氷魔法も扱えるのだが、彼女が最も得意とするのは火魔法である。しかし、その火魔法はフレアドラゴン……グラン・ミラオス相手に通じないだろうことは明白だ。何せ火山の中から現れるなんてことを、堂々とやってのけたのだから。

 

「まさか、これほどの相手だとは……」

 

 ポーリンも、その表情に絶望の色を浮かべていた。その時、

 

「レーナ! ポーリン! マイル!」

 

 メーヴィスが走り寄ってきて叫んだ。

 

「現地のハンターギルドから離脱の許可を取った! 今のうちに逃げるよ!」

 

 元々「赤き誓い」が受けた任務は「フレアドラゴンの情報収集」だ。無理に交戦する必要はない。

 このまま交戦を続ければ、最悪の場合任務達成が不可能になる。それはつまり、この状況においては「赤き誓い」の全滅とほぼ同義だ。そのことを考え、メーヴィスは()(じゅう)の決断を下したのだ。

 

「……っ!」

 

 レーナが、にが虫でも噛み潰したような表情を浮かべる。この地で戦っているハンターたちを置いて、自分たちだけ離脱することが、気になっているのだろう。 

 だが、一瞬の迷いの後に、彼女は歯を噛み締めて頷いた。

 

「……そうね……ここは一度退きましょう。情報収集任務を優先するわ」

「フレアドラゴンがここまで強力だとは、正直思っていませんでした。ここは一度退き、国に情報を報告しましょう。その後万全の態勢を敷いてフレアドラゴンを迎え撃ち、ここで散った兵士やハンターの皆さんの無念を晴らしましょう!」

 

 ポーリンも同意した。

 

「……撤退します!」

 

 ここに至り、マイルもついに腹を括った。

 だが、その撤退行も楽なものではなさそうだ。何せ火山の噴火が起きているし、それに伴う火山性地震や森林火災も発生している。道が悪くなっているのは明らかだ。それに何より、グラン・ミラオスが目の前にいるのである。それでも「赤き誓い」は、この地獄の戦場を離脱し、生きて帰らなければならない。

 メーヴィスがちょうど馬車を連れてきてくれたので、「赤き誓い」は迅速に撤退の準備を完了した。

 

「『赤き誓い』はこれより、戦場を離脱! ティルス王国へ帰還します!」

 

 マイルの号令と共に、馬車は走り出す。火炎弾の着弾によって掘り返された地面や、横たわる人間や馬の死骸、地面で燃え盛る炎を避け、馬車は一路北へと向かい始めた。御者も馬もパニックを起こしかけており、若干速度が速めになっている。

 

(!?)

 

 不意に後方から凄まじい殺気を感じ、マイルは馬車の車体側面に設置されたドアを開けて後方を振り返った。そこに見えたのは……

 

 こちらを睨み据え、今まさに火球ブレスを放ったグラン・ミラオスの姿だった。

 

 高速で飛来する真っ赤な火球、それに向けてマイルは無詠唱で魔力弾を放つ。

 マイルが右手を前方に突き出し、(てのひら)を火球ブレスに向けると、掌の先に白みがかった緑色の光の玉が出現し、それが瞬時に巨大化してビー玉サイズからサッカーボールサイズに成長した。その魔力弾が発射され、空中を飛翔して火球ブレスとぶつかる。

 

ぎゅいいん

 

 何とも形容しがたい、独特の衝突音が響いた。

 マイルの放った魔力弾は、火球ブレスとの衝突によって軌道をずらされ、真下の地面に着弾してその威力を解放する。街道が直径2メートル、深さ1メートル程度に渡って抉り取られた。

 そして、馬車を狙って飛んできた高精度の火球ブレスは、魔力弾によって軌道をわずかに逸らされ、馬車を飛び越えて街道脇の木立の中に着弾、炸裂した。数本の木が大きな音を立てて折れ、その1本が街道に向かって倒れてくる。御者は咄嗟に馬に(むち)を振るい、馬は悲鳴を上げて加速する。数瞬後、猛スピードで走り抜けた馬車の後方に木が倒れ、街道を塞いだ。

 そこに2発目の火球ブレスが飛んでくる。しかしこちらは馬車がスピードアップしたことで狙いが外れ、街道に倒れてきた木に命中した。倒木の幹や枝葉が一瞬で赤い閃光の中に消滅し、焼き切られた木の幹の先端部が街道に力なく転がる。

 グラン・ミラオスからの攻撃は、それが最後だった。「赤き誓い」を乗せた馬車は、無事に戦場を離脱することに成功したのである。

 

グオオオオオアアアアァァァーッ!

 

 走り去る馬車を追いかけるように、グラン・ミラオスの咆哮が響く。初戦における勝利を勝ち誇るかのように。




瞠目せよ、かの者の姿に。
絶望せよ、かの者の力に。
その者の名は、グラン・ミラオス。

はい、召喚された存在の正体は「煉黒龍 グラン・ミラオス」。はっきり申し上げますと、モンスターハンターシリーズに登場する大型モンスターの一種です。
公式さんから発表されたデータを元に、グラン・ミラオスの身体の大きさについて考察・設定すると、拙作におけるグラン・ミラオスの大きさは、全長6288㎝、全幅2450㎝、全高(身長)5295㎝、体重10240㎏です。身長があの「超大型巨人」と大して変わらない、といえば、どれだけデカいかお分かりいただけると思います。
このモンスターは現状、「モンスターハンター3G」にしか登場していないんです。ついに発売されたモンハンシリーズ最新作「モンスターハンターライズ」では登場するかどうかは分かりませんが……。ですので、せめてこういうところでだけでも出してみたいと考えて、拙作への登場となりました。
かつてマイルの「サンシャイン・デストロイヤー」をほぼ無傷で乗り切る相手なんて、いただろうか? ……いえ、いませんでした。ということで、グラン・ミラオスがどれほどの実力者なのか、その一端を描くことができたかと思います。こりゃあ古竜たちが全滅するのも道理ですね。
これほど絶望的な相手に、今後マイルは、「赤き誓い」は、この世界の人々は、どう立ち向かうのか……

実は、今回で正体を明かす前に、ある程度の推察ができるように不完全ながらヒントをお出ししておりました。
ここまでの全7話分のタイトルは全て、モンハンのクエスト名を拝借していたのです。これによって、どの作品と「のうきん」をクロスさせたのかが分かるようにしていました。非常にさりげないヒントだったので分かりにくかったかもしれませんが、このカラクリに気付いた方もいらっしゃるのではないでしょうか。
そして今話タイトルはそのまま、グラン・ミラオスと戦うクエストのタイトルになっていた、というわけです。
また、前話でハンターギルドが付けた「煉獄竜」という仮称ですが……その発音は偶然ながら、グラン・ミラオスの別名と一致していました。これもまた、ヒントだったつもりです。
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