TS転生系Vtuber、時々ダークヒーロー【第一部完結】   作:ムーンフォックス

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15 生きることの、なんと苦しいことか

 

そのとき、ペドロがイエスのところに来て言った。「主よ、兄弟がわたしに対して罪を犯したなら、何回赦すべきでしょうか。七回までですか。」イエスは言われた。「あなたに言っておく。七回どころか七の七十倍までも赦しなさい。

 

マタイによる福音書8章21節から22節まで一部抜粋。

 


 

 ここはどこだ? 目を覚まして俺が考えた疑問はそれだった。

 事態を整理するために記憶を整理する、そうだ。俺はこの塔の中の最上階で怪人になったしじみさんと出会って、対人殺機関のセラストがしじみさんの体を乗っ取って戦い始めて、『こいつ』の言う事を信じてさっきまでレッドガランと一緒に戦ってて──。

 

「──そうだ、あの作戦、どうなった……!?」

 

 そうだ、レッドガランが考案した作戦が成功したと思ったら結局怪人に見透かされてて失敗して、分身が殺されて、激痛が走ってそのまま失神したところまでは覚えている。

 

 そして改めて周囲の光景を観察してみると、それが異様であることに気付いた。

 

 ──目の前に、あの怪人の放った巨大なエネルギーの塊がある。死を覚悟してまた目を閉じ数十秒が経過する……再び目を開ける、だがその塊は依然としてそこにあって、動いていないように見えた。

 時間でも止まったのかと錯覚する程に、一向に攻撃が着弾しない。

 

「これって……」

 

 俺はこの現象を知っている。前にもこのようなことがあった。

 

 立ち上がり、周囲を見渡す。変身が解除されたレッドガラン──赤羽さんが走りながら必死にこっちに手を伸ばしているのが見えた。だがやはり動きが停止している。

 

「……なあ、どうなってるかわかるか?」

 

 あまりにもな異常な事態に『こいつ』に対して問いかけてしまう、だが返事はない。寝ているのかと思い懐中時計をバンと叩いたが、それでも反応が返ってくることは無かった。

 

「……もしかして」

 

 この止まった世界で動けるのは俺だけのようだ。そしてわかったことが一つある。

 

 前に俺はこの事態を走馬灯とか運命の選択とか言ってた気がするけど、それは違う。

 これは──本当に時間が停止している。

 なんだこれは

 たまげたなあ

 

 時間停止(アニマル)(ビデオ)モノの9割はヤラセというのはその界隈でまことしやかに囁かれている根も葉も無い噂話だが、どうやら俺はその1割の『世界』に入門してきたらしい。

 

 ……だが問題は、果たしてこの現象がいつ終わるかだ。数秒後なら良いが、これが解除されない可能性だって考えなくちゃいけない。

 

 色々と頭に浮かぶ疑問や疑惑は、目の前にいる怪人を改めて見たことで消え去った。

 

 セラスト・ペスシクル、対人殺機関を自称し、驚異的な能力を誇る怪人。

 だがさっきまでアイツが切ったり爆発させたりしてたその体の元の持ち主はお前ではない、淡水しじみさんのだ。

 

「しじみさん……」

 

 こんなもので気持ちが届くはずも無いのだが、無意識に手がその煙に覆われた体へと向かってしまう。触れていれば伝わるかもしれないという淡い期待を抱いて、そして必ず助けるということを伝えたかった。

 

 触れる箇所はその翳された右腕、煙の奥に隠れてある筈の彼女の腕に今──触れた。

 

 

 

 

 眼前に突然、一つの会社の光景が浮かんだ。

 

「え……?」

 

 違う、移動したのだ。

 前回もこんな風に、自身の過去の雑談配信を写す形で俺すらも覚えていなかった記憶の一部分へ移動した。だったらこれも同じように、誰かの記憶の一部分なのだろう。

 

 ……誰の記憶だろうか。少なくとも俺の記憶では無い、前世の俺はニートだったから(抉られる古傷)。

 

 近くの席に座っていた社員の一人に触れようとするが、伸ばした手は社員の体に当たることなくすり抜けていった。俺を認識しているようにも見えない。

 となるとやはり、ここは現実では無い。

 

「おい!! お前な!! これは一体なんなんだよ!!」

 

 俺の疑問なんてどうでも良いかのように、会社の一角から怒号が飛んでくる。見てみると、どうやら上司が目の前の部下の女性に怒っているらしい。

 その剣幕は俺が想像してるアットホームな職場のものとはまったく異なる。『パワハラ』、社会知らずの俺が真っ先に思い浮かべた単語はそれだった。

 

「おい聞いてんのか!? なあ!! おい!!!」

 

 やだこわい……まるで自分が怒られたかのようについついビクビクとしながら、怒られてる部下の人を観察する。

 心なしか、右の拳が小刻みに震えてる、目の前の存在が怖いのだろう。

 

 お、今度はその腕を大きく、後ろに引っ張っていった。まるで殴る直前かのようなモーションだ、そして彼女がそのまま拳を突き出してそれが上司の顎に当たった。

 

 え? 今殴ったってこと?

 

「うるさい!」

 

 そんな一言と共に繰り出されたパンチは偶然なのか狙ってなのか綺麗に顎へ直撃し……なんと上司がそのまま倒れた。狭いオフィスだったせいで、後ろに積まれてあった書類やらがその衝撃やらで散乱する。

 当然、場は大混乱だ。

 

「キャアッ!? なんなの……!?」

「大変だ……誰か、救急車呼んで! 早く!」

「あなた、自分が何をしたのか分かってるの!?」

 

 突然の事態に困惑する者、もしもに備え人命を救助しようとする者、彼女の野蛮な行いを糾弾する者、喧騒と騒動に満ちたこの空間で、そこにある全ての反応は三者三様で十人十色であった。

 共通点は一つ、全員がつい先程まで彼女を無視していたことだ。

 

「この光景は──」

 

 その全員の動きが再び、停止した。そしてさっきまでの光景がまるで溶けるように消えていき、辺り全てが暗闇に包まれる。

 

「なんで……どうして……あんなこと……」

 

 喧騒が再び静謐へと戻る──とある少女の嗚咽を除いてだ。声のする方向を見る、誰かが一人ぼっちで地面に座って泣いていた。

 違う、彼女を俺は知っている、見たことがある。あれは──

 

「しじみさん……?」

「違うんです……私は……ただ……」

 

 あの仮想の、イラストレーターに描いてもらって現実には存在しないはずのアバターの淡水しじみが、一人俯いてひたすらに懺悔の言葉を口にしていく。俺に近寄ってきたことにも気づかずに、いつも配信でしているエセ関西弁を忘れる程に、彼女は謝罪を繰り返し続けている。

 

 

 ……そういう、ことだったのか。大方の事情は、何となくではあるが察せられた。

 ならば俺には何ができる? この現象は、一体俺に何をさせようとしているのか?

 俺は、彼女になんて言えば良い?

 

 明確な答えは出てこないし、俺は彼女に偉そうなことを言えるような人間では無い。

 

 対面に立って、彼女と同じように俺は座った。俺が彼女にできることはそれだけだ。

 

「ねぇ、しじみさん。私の話、聞いてくれませんか」

 

 だからここからは、『私』の出番だ。

 

「私、まだ登録者が全然いなかった時……Vtuber辞めようって思ったんです」

「…………」

「初めて半年経ってて、でも何やっても人がいなくて、たまに人が来ても、すぐに離れてまた同接が0人になって……そんなこと繰り返してて、自分何やってるんだろうって思っちゃって……」

「…………」

「ロマンだからって言い聞かせても、実際やってみたら誰も私なんか見て無くて……周りの子はみんな、部活とか勉強とか必死にやってるのに、私だけ何やってるんだろうって、どこか虚しくて……でも、そんな時、しじみさんが私のことを配信で話してくれたんです」

「…………」

「そしたら次の配信から突然同接が30人とかになって、チャットしてくれる人が現れたり、本当にたまにですけどマックスで私のこと呟いてくれる人も現れて……そしたらもっと人が増えてきて……」

 

 あの時の感動は忘れない、誰かがチャットに言葉を残してくれている。誰かがアーカイブにコメントを残してくれる。誰かが確かに、『私』という存在を見て、笑ってくれたり悲しんでくれたり怒ってくれたり喜んでくれたり元気づけられたりしているという事実に、どれだけ震えたことか。

 

「…………」

「今の私がいるのって全部、しじみさんがいてくれたからなんです。誰がなんと言っても、それだけは変わらないんです」

「…………」

「しじみさんの過去に何があったのかなんて、私わかりません。でもしじみさんがあの時配信してくれて、あの時私の名前を出してくれたから、今の私がいるんです。それだけは本当だし、事実なんです……」

「……!」

「……それだけ……伝えたくて……」

 

 だから今の『私』がいる。つまらなくて、くだらなくて、虚しくて、辛かった全てのことを吹き飛ばすくらい配信が好きになれた『私』がここにいる。

 

 確かなことが一つ。

 淡水しじみが、『私』を救ってくれた。

 その過去は、絶対に変わることは無いだろう。

 

「……は」

 

 その時、静かに伏せて、泣いて、反応を返さなかった彼女が、

 

「ウチは、誰かを、救えてたんやな」

 

 涙を拭って、そして立ち上がった。

 そして俺に対して笑みを向ける

 

 なんてことは無く、いつもの淡水しじみがそこにいた。

 

「すまんなカモメちゃん。なんかウチ、ちょっとナイーヴになってたっぽいわ」

「しじみさん……!」

「こんな姿リスナーに見られたら、切り抜きにアップロードされて一生の笑いもんやったな!」

「妙に現代的で怖いこと言わないでくださいよ……」

 

 そこにあるのはいつものやりとり。だが、その反面視界は歪んでいく。

 

「これは……」

「どうやら目覚める時が来たらしいな」

 

 グッ! っとサムズアップをこちらに向けるしじみさんの姿。

 

「ウチも全力で内側から対抗する、だからカモメちゃんも全力で外からぶちかましたれや!」

「……はい!」

 

 やがて、何もかも見えなくなって、まるで今までの出来事が夢であったかのように視界が暗転していって──。

 

「頼むで。時々ダークヒーローの、Vtuberさん?」

 

 そして、時の歯車が動き出す。

 過去から繋がり積み重なった今が、未来へと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 
 

 

 

 

 

 

そのとき、ペドロがイエスのところに来て言った。「主よ、兄弟がわたしに対して罪を犯したなら、何回赦すべきでしょうか。七回までですか。」イエスは言われた。「あなたに言っておく。七回どころか七の七十倍までも赦しなさい。

 

マタイによる福音書8章21節から22節まで一部抜粋

 


 

 ここはどこだ? 目を覚まして俺が考えた疑問はそれだった。

 事態を整理するために記憶を整理する、そうだ。俺はこの塔の中の最上階で怪人になったしじみさんと出会って、対人殺機関のセラストがしじみさんの体を乗っ取って戦い始めて、『こいつ』の言う事を信じてさっきまでレッドガランと一緒に戦ってて──。

 

「──そうだ、あの作戦、どうなった……!?」

 

 そうだ、レッドガランが考案した作戦が成功したと思ったら結局怪人に見透かされてて失敗して、分身が殺されて、激痛が走ってそのまま失神したところまでは覚えている。

 

 そして改めて周囲の光景を観察してみると、それが異様であることに気付いた。

 

 ──目の前に、あの怪人の放った巨大なエネルギーの塊がある。死を覚悟してまた目を閉じ数十秒が経過する……再び目を開ける、だがその塊は依然としてそこにあって、動いていないように見えた。

 時間でも止まったのかと錯覚する程に、一向に攻撃が着弾しない。

 

「これって……」

 

 俺はこの現象を知っている。前にもこのようなことがあった。

 

 立ち上がり、周囲を見渡す。変身が解除されたレッドガラン──赤羽さんが走りながら必死にこっちに手を伸ばしているのが見えた。だがやはり動きが停止している。

 

「……なあ、どうなってるかわかるか?」

 

 あまりにもな異常な事態に『こいつ』に対して問いかけてしまう、だが返事はない。寝ているのかと思い懐中時計をバンと叩いたが、それでも反応が返ってくることは無かった。

 

「……もしかして」

 

 この止まった世界で動けるのは俺だけのようだ。そしてわかったことが一つある。

 

 前に俺はこの事態を走馬灯とか運命の選択とか言ってた気がするけど、それは違う。

 これは──本当に時間が停止している。

 なんだこれは

 たまげたなあ

 

 時間停止(アニマル)(ビデオ)モノの9割はヤラセというのはその界隈でまことしやかに囁かれている根も葉も無い噂話だが、どうやら俺はその1割の『世界』に入門してきたらしい。

 

 ……だが問題は、果たしてこの現象がいつ終わるかだ。数秒後なら良いが、これが解除されない可能性だって考えなくちゃいけない。

 

 色々と頭に浮かぶ疑問や疑惑は、目の前にいる怪人を改めて見たことで消え去った。

 

 セラスト・ペスシクル、対人殺機関を自称し、驚異的な能力を誇る怪人。

 だがさっきまでアイツが切ったり爆発させたりしてたその体の元の持ち主はお前ではない、淡水しじみさんのだ。

 

「しじみさん……」

 

 こんなもので気持ちが届くはずも無いのだが、無意識に手がその煙に覆われた体へと向かってしまう。触れていれば伝わるかもしれないという淡い期待を抱いて、そして必ず助けるということを伝えたかった。

 

 触れる箇所はその翳された右腕、煙の奥に隠れてある筈の彼女の腕に今──触れた。

 

 

 

 

 眼前に突然、一つの会社の光景が浮かんだ。

 

「え……?」

 

 違う、移動したのだ。

 前回もこんな風に、自身の過去の雑談配信を写す形で俺すらも覚えていなかった記憶の一部分へ移動した。だったらこれも同じように、誰かの記憶の一部分なのだろう。

 

 ……誰の記憶だろうか。少なくとも俺の記憶では無い、前世の俺はニートだったから(抉られる古傷)。

 

 近くの席に座っていた社員の一人に触れようとするが、伸ばした手は社員の体に当たることなくすり抜けていった。俺を認識しているようにも見えない。

 となるとやはり、ここは現実では無い。

 

「おい!! お前な!! これは一体なんなんだよ!!」

 

 俺の疑問なんてどうでも良いかのように、会社の一角から怒号が飛んでくる。見てみると、どうやら上司が目の前の部下の女性に怒っているらしい。

 その剣幕は俺が想像してるアットホームな職場のものとはまったく異なる。『パワハラ』、社会知らずの俺が真っ先に思い浮かべた単語はそれだった。

 

「おい聞いてんのか!? なあ!! おい!!!」

 

 やだこわい……まるで自分が怒られたかのようについついビクビクとしながら、怒られてる部下の人を観察する。

 心なしか、右の拳が小刻みに震えてる、目の前の存在が怖いのだろう。

 

 お、今度はその腕を大きく、後ろに引っ張っていった。まるで殴る直前かのようなモーションだ、そして彼女がそのまま拳を突き出してそれが上司の顎に当たった。

 

 え? 今殴ったってこと?

 

「うるさい!」

 

 そんな一言と共に繰り出されたパンチは偶然なのか狙ってなのか綺麗に顎へ直撃し……なんと上司がそのまま倒れた。狭いオフィスだったせいで、後ろに積まれてあった書類やらがその衝撃やらで散乱する。

 当然、場は大混乱だ。

 

「キャアッ!? なんなの……!?」

「大変だ……誰か、救急車呼んで! 早く!」

「あなた、自分が何をしたのか分かってるの!?」

 

 突然の事態に困惑する者、もしもに備え人命を救助しようとする者、彼女の野蛮な行いを糾弾する者、喧騒と騒動に満ちたこの空間で、そこにある全ての反応は三者三様で十人十色であった。

 共通点は一つ、全員がつい先程まで彼女を無視していたことだ。

 

「この光景は──」

 

 その全員の動きが再び、停止した。そしてさっきまでの光景がまるで溶けるように消えていき、辺り全てが暗闇に包まれる。

 

「なんで……どうして……あんなこと……」

 

 喧騒が再び静謐へと戻る──とある少女の嗚咽を除いてだ。声のする方向を見る、誰かが一人ぼっちで地面に座って泣いていた。

 違う、彼女を俺は知っている、見たことがある。あれは──

 

「しじみさん……?」

「違うんです……私は……ただ……」

 

 あの仮想の、イラストレーターに描いてもらって現実には存在しないはずのアバターの淡水しじみが、一人俯いてひたすらに懺悔の言葉を口にしていく。俺に近寄ってきたことにも気づかずに、いつも配信でしているエセ関西弁を忘れる程に、彼女は謝罪を繰り返し続けている。

 

 

 ……そういう、ことだったのか。大方の事情は、何となくではあるが察せられた。

 ならば俺には何ができる? この現象は、一体俺に何をさせようとしているのか?

 俺は、彼女になんて言えば良い?

 

 明確な答えは出てこないし、俺は彼女に偉そうなことを言えるような人間では無い。

 

 対面に立って、彼女と同じように俺は座った。俺が彼女にできることはそれだけだ。

 

「ねぇ、しじみさん。私の話、聞いてくれませんか」

 

 だからここからは、『私』の出番だ。

 

「私、まだ登録者が全然いなかった時……Vtuber辞めようって思ったんです」

「…………」

「初めて半年経ってて、でも何やっても人がいなくて、たまに人が来ても、すぐに離れてまた同接が0人になって……そんなこと繰り返してて、自分何やってるんだろうって思っちゃって……」

「…………」

「ロマンだからって言い聞かせても、実際やってみたら誰も私なんか見て無くて……周りの子はみんな、部活とか勉強とか必死にやってるのに、私だけ何やってるんだろうって、どこか虚しくて……でも、そんな時、しじみさんが私のことを配信で話してくれたんです」

「…………」

「そしたら次の配信から突然同接が30人とかになって、チャットしてくれる人が現れたり、本当にたまにですけどマックスで私のこと呟いてくれる人も現れて……そしたらもっと人が増えてきて……」

 

 あの時の感動は忘れない、誰かがチャットに言葉を残してくれている。誰かがアーカイブにコメントを残してくれる。誰かが確かに、『私』という存在を見て、笑ってくれたり悲しんでくれたり怒ってくれたり喜んでくれたり元気づけられたりしているという事実に、どれだけ震えたことか。

 

「…………」

「今の私がいるのって全部、しじみさんがいてくれたからなんです。誰がなんと言っても、それだけは変わらないんです」

「…………」

「しじみさんの過去に何があったのかなんて、私わかりません。でもしじみさんがあの時配信してくれて、あの時私の名前を出してくれたから、今の私がいるんです。それだけは本当だし、事実なんです……」

「……!」

「……それだけ……伝えたくて……」

 

 だから今の『私』がいる。つまらなくて、くだらなくて、虚しくて、辛かった全てのことを吹き飛ばすくらい配信が好きになれた『私』がここにいる。

 

 確かなことが一つ。

 淡水しじみが、『私』を救ってくれた。

 その過去は、絶対に変わることは無いだろう。

 

「……は」

 

 その時、静かに伏せて、泣いて、反応を返さなかった彼女が、

 

「ウチは、誰かを、救えてたんやな」

 

 涙を拭って、そして立ち上がった。

 そして俺に対して笑みを向ける

 

 なんてことは無く、いつもの淡水しじみがそこにいた。

 

「すまんなカモメちゃん。なんかウチ、ちょっとナイーヴになってたっぽいわ」

「しじみさん……!」

「こんな姿リスナーに見られたら、切り抜きにアップロードされて一生の笑いもんやったな!」

「妙に現代的で怖いこと言わないでくださいよ……」

 

 そこにあるのはいつものやりとり。だが、その反面視界は歪んでいく。

 

「これは……」

「どうやら目覚める時が来たらしいな」

 

 グッ! っとサムズアップをこちらに向けるしじみさんの姿。

 

「ウチも全力で内側から対抗する、だからカモメちゃんも全力で外からぶちかましたれや!」

「……はい!」

 

 やがて、何もかも見えなくなって、まるで今までの出来事が夢であったかのように視界が暗転していって──。

 

「頼むで。時々ダークヒーローの、Vtuberさん?」

 

 そして、時の歯車が動き出す。

 過去から繋がり積み重なった今が、未来へと。


 

 ──いよ」

「死黒暗澹」

 

 

────────────────────

 ─────────────

 

死黒シッコク暗澹アンタン

 

 

 突然の黒の斬撃が、セラストの溜めていたエネルギーの塊を真っ二つに切断した。爆発の衝撃で彼の身体が後方へと吹き飛はさせる。

 

「なっ……なんで……」

「どうして……」

 

 突然の出来事に彼も、そして彩月でさえも混乱が隠せない。

 彼女はついさっきまで失神して、何もできなかったはずではないか。

 だからあり得るわけが無いのだ、彼女が、ヴァントガゼルが再び立つなどと言う事態は。

 

「まぁ良いさ、どんなトリックを使ったのか知らないけど、さっきまでフラフラだった君に、できることなんて──ッ!?」

 

 そこで初めてセラストは異変に気付いた。

 自身の身体にあった筈の力の大半が失われている。

 今の彼は先ほどの二割の実力すら引き出すことはできないだろう。

 

 だが一体何故──疑問に思う彼を襲うのは、とある一つの感覚。

 まるで、この感覚は、まるで中で誰かが暴れているような……。

 

「あっ、あのクソやろ──」

 

 

紅蓮天照

 

 

 

 

紅蓮天照

 

 

あ.グレンあ.アマテラス

 

紅蓮天照

 

 だから、レッドガランの背後の攻撃にも気づけない。

 

「なっ、お前──」

 

 彼がこの事態に混乱している時間でレッドガランは自らの体力を僅かながら回復させることに成功した、だからこれはその体力の全てを使い放つ正真正銘の最後の必殺技。

 奇襲とも呼べる火球の一撃が彼を焦がしながら、とある一つの方向へと向かわせる。

 

「影己断立」

 

 ────────────

 

影己エイコ断立ダンリツ

 

 

 二人に分かたれた、ヴァントガゼルの方へと。

 

「「「!」」」

 

 

紅蓮グレン
 

 

 

紅蓮グレン

 

紅蓮グレン

 

 
廻天カイテン

 
天照アマテラス

死黒シッコク

 

 

 

襲連シュウレン

 
天照アマテラス

 
天照アマテラス

 

 

 炎に焼かれ、数多の斬撃がセラストへ容赦も無く降りかかる。斬撃はそれだけでない、塔の外壁を、塔の天井を、その全てを削り、燃やし、切り刻み、焼失させ、消失させていた。

 

「なんで……ッ!! 僕はっ、僕はァッ!!」

「どうでも良い……!! その体をさっさと返せッ!!」

「うああああァァぁぁあぁッッッ!!!!!??」

 

 そして、斬撃音が止んで、静かになって──

 中から姿を現したのは、セラストの体となっていた女性だった。腕が先の戦闘で切断されていた筈だが外傷は見当たらない。どうやらあの懐中時計の言った言葉は本当だったらしいと、ヴァントガゼルが安堵のため息を一つ吐いた。

 

 だが物理法則には逆らえない、彼女の体が下へと落ちて行き──それを受け止めたのは、レッドガランであった。

 変身可能時間も残り僅かだったらしく、その直後に変身は解除された。

 

「う、あ、わ、私……」

「大丈夫ですか!? すぐに病院に連れていきますから!」

「あ、はい……なんとか……」

「良かった……」

 

 彩月が不安げに呼びかけるが、彼女の返答は明瞭で、意識ははっきりとしているようだった。どうやら命に別状は無いらしい。

 遅れてヴァントガゼルが地面に着地する──瞬間だった。

 

「なに──!?」

「これは──ッ!!」

 

 突然、塔が唸り声をあげるかのような音をたてながら揺れ動いた、塔のあちこちが崩れていく。戸惑うヴァントガゼルに応えるように、懐中時計が光を瞬かせる。

 

『核となる怪人の消失により、塔が崩壊を開始。今はまだ軽度な振動に留まっているが、完全崩壊までの猶予は皆無。速やかな退避を推奨する』

「……レッドガラン、このままだと塔が崩れる。今のうちに早く脱出を──」

『ッ! 後方より怪人反応ッ! この反応は──!』

「あのままで死ねるかよぉぉぉッッ!?」

 

 そこに襲いかかる怪人──セラスト・ペスシクルの姿。ヴァントガゼルは思い出した、万が一彼女の身体が傷つくことを考慮し、威力を抑えて必殺技を発動していたことを。

 

「せめてこのクソヒーローは道連れだぁぁぁぁッッ!!?」

 

 どうやらそれが裏目に出たらしい、身体のおおよそが損失して、もはや残ったのは傷だらけの右腕と頭部と、それを辛うじて接続してる胴体のみ、風前の灯火な命はしかし、だからこそ動きを機敏な物へと昇華させ、ヴァントガゼルの対応を遅らせた。

 標的は一人──変身の解除された赤羽彩月。

 

(間に合わない──ッ!!)

「死ねえぇぇぇえええぇぇッッ!?」

「ダメッ!! 赤羽さ──ッ!!!」

 

 そう。全てが何もかも円満に解決して、終わるなどと、そんなことはあり得ない。

 そんな出来事が起こせるのは画面の中のヒーロー──

 

「水尽切利」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──或いは、かつては英雄とすら謳われていた、本物のヒーローくらいなものであろう。

 

 セラストの身体が飛来してきた水に切断される。

 

「ギャッ!?──」

『……怪人の撃破を確認』

 

 あっけなく、セラストはその最期を迎えた。

 その死体が塵と化すよりも早く、最上層へと登ってきた()()が踏み潰す。

 

 ヴァントガゼルの脳裏に浮かぶ、先ほどの『こいつ』の言葉。

 

……ヴァントガゼル、塔外部に出た怪人達の反応が全てロストした、凄まじい速度でこちらに向かう反応がある

 

 ……ヴァントガゼル、塔外部に出た怪人達の反応が全てロストした、凄まじい速度でこちらに向かう反応がある

『……ヴァントガゼル、塔外部に出た怪人達の反応が全てロストした、凄まじい速度でこちらに向かう反応がある』

 

この反応は……ブルーネヴィルだ

 

 この反応は……ブルーネヴィルだ

『この反応は……ブルーネヴィルだ』

 

 言葉通りに彼女がやってきた。

 

 

 ――荒巻(あらまき)水縹(みなはだ)

ブルーネヴィル

BLUENEVILLE

本名・青藍(せいらん)(あおい)  

 HERO-CODE"Ⅱ"

 

 青の英雄、ブルーネヴィルが。

 

 

「せっ、青藍先輩……」

「お待たせぇ。彩月ちゃ〜ん! ちょっと下にいる怪人全滅させるのに時間がかかっちゃってぇェ」

 

 ヴァントガゼルはまるで眼中にないかのように、ブルーネヴィルは彩月と彼女が背負っている女性の二人に話している。

 

「外に佐藤さんと救急隊が待機してるからぁ〜、あなたたちは彼女達と合流してぇ。もう道中に怪人はいないから安心して良いわよぉ〜」

「すみません、ありがとうございます……!」

「……青藍先輩は?」

「まだ()()が残ってるからぁ、そいつ倒したらすぐ向かうわよぉぉォ〜」

「怪人って……まさか青藍先輩──」

「行きなさい」

 

 彩月の問いに、ブルーネヴィルの雰囲気が変わる。少しだけ彼女はヴァントガゼルとブルーネヴィルへ交互に目を寄せたが、一般人を優先し背を向け、出口の方へと歩いていった。

 

「……青藍先輩」

「なぁに?」

 

 去り際に、彩月は問うた。

 

「許すことって、できないんでしょうか?」

「ダメよ、許さない」

「ッ……でも」

「さっさと行きなさい、あなたとその人を巻き込みたくない」

「……わかりました」

 

 下層へと降りていく二人。

 ブルーネヴィルがそれを見届けて、そして意を決したかのように、彼女は向かい合った。

 

 ヴァントガゼルと。

 自らの行ってきた、過ちと。

 

「……ブルーネヴィル、このままだと塔が崩れる。ここで戦えば崩壊に巻き込まれて二人共死ぬ、今は早く脱出を──」

「良いじゃない。最悪あなたを道連れにできるわ」

「…………」

「……えぇそうよ、私は許さない」

『ウェポン』

「あの日私の両親を助けなかったあなたを、決して許さない」

 

 刀を、そして向ける。それは明確な『()()』の現れ。

 

「あなたを殺すまで、私の復讐は終わらない」

『構えろ、ヴァントガゼル』

「始めるわ」

『来るぞ』

「死ね」

 

 
 

──蒼炎燃え尽きること無き復讐者──

──蒼炎燃え尽きること無き復讐者──

ブルーネヴィル

BLUENEVILLE

 

本名・青藍(せいらん)(あおい)ああ

 

 

 そう。全てが何もかも円満に解決して、終わるなどと、そんなことはあり得ない。






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