TS転生系Vtuber、時々ダークヒーロー【第一部完結】 作:ムーンフォックス
正義を洪水のように、恵みの業を大河のように、尽きることなく流れさせよ。
崩壊を始めた塔の最上階。そこは今、激情の青と静寂の黒とが衝突する戦場と化していた。
「ハアアアアアアアッッッ!!!」
ブルーネヴィルの斬撃が嵐のようにヴァントガゼルを襲う。
速い。以前戦った時よりも、遥かに。
『くっ……!』
避けきることができないと判断し、水を纏った斬撃を鎌の柄で受け止めた。
『ッ!?』
「死ねええェッッッ!」
本来であれば消耗の激しい筈の必殺技、それを彼女は容赦無く発動した。
火力を増す刀、咄嗟にヴァントガゼルは鎌の角度を変えそれを受け流す。刀を纏う蒼の斬撃は方向が逸らされ、背後に佇む塔の円柱を斜めに切断した。
明らかに、ブルーネヴィルが強くなっている。
「あらァ? アンタを殺したいって想いが私に力を貸してくれてるのかしらァ?」
崩れ落ちた円柱が煙を巻き上げ両者の視界が困難となる中で、ヴァントガゼルの疑問は尽きない。
病み上がりであるはずの彼女が突然そんな強さを得るわけがない。ならば、何故急に──
『
それに答えるように響く懐中時計の声。ただでさえ塔の崩壊する音が絶え間なく、煙の中であれば自身の声が聞こえる可能性は少ないと判断したのだろう。
「煙に巻けると思ってるのかしらァッ!? さっさと出てきた方が身の為よお!?」
『詳しいことは後ほど明かすが、現在ブルーネヴィルが大幅に強化されている理由はそれだと推測可能』
なぜそんなことが分かる──? 疑念が浮かぶがそれは今問い詰めることでは無い。今問うべきはその蒼炎が辿る末路だ
「このままだと、どうなる?」
『ブルーネヴィルは、死亡する』
「そこから助かったやつは?」
『現時点では、確認されて無い』
冷酷なまでに、事実が告げられる。
そう、ブルーネヴィルは今、限界を超えて稼働していた。命を削り、血液を燃料にしていた。
その光景はさながら、燃え上がる蒼い炎のようだ。
「出てこないならァ……! こうするまでよッ!!」
全方位に放たれる水の弾丸、やはりその威力は前回喰らった時とは比べ物になら無い。
彼女は命を燃やしている。全ての力をこの戦闘に割き──そしてここで燃え尽きるつもりだ。
「なんか無いのかよ……ッ!?」
『……理論上、可能な対処法が一つある』
「それは!?」
『──────する。そうすれば理論上、エネルギーが還元され、死という結果を回避できる可能性が高い』
「その返す方法は!?」
『──────だ』
「……はぁっ?」
提示された条件は、意図せずヴァントガゼルに困惑を引き起こした。それほどまでに、それは突飛な方法。
何より告げられた『理論上は可能である』──つまりそれは、実質的に不可能であることを意味する。
可能性は万に一つあれば良い方で、それはもはや奇跡と呼ぶに等しき行為。もはやそれに縋る姿は愚かとしか言いようが無い。
「にわかには信じがたいけど……やるっきゃねえか」
『……これは理論上可能な方法、本当にこれが実践可能だと考えてるのか?』
「いやそれよりもっと前に問題があるんだけど……」
瞬時に入るツッコミ。
だがその状況で、ヴァントガゼルは笑った。
「しじみさんを助ける為に、俺は『お前』を信用したんだ……そしてしじみさんは助かった」
辺りを飛び着弾していく水の弾丸により、霧が晴れていく。
「もう一度だ。俺は『お前』を信じる」
「あらあらァ? 見つけちゃったわァ……」
「だからお前は俺を信じろ」
返答は来ない。
当たり前だ、情報の秘匿のため、人がいる前では決してこの懐中時計は音を発さない。
『───承知した。私は、君を信じよう』
その筈、だった。
「……!」
「あらあらあらァ!? お仲間がいたのねぇ!?」
懐中時計から音が響く、やはりブルーネヴィルはそれに敏感に反応した。
懐中時計に潜む者がもっとも危惧していたであろう事態を、自ら手放したことにヴァントガゼルは困惑を隠せない。隠せないが──もしかしたらこれは、『こいつ』なりの信頼の証なのかも知れない。
「でもお仲間さんは残念ねぇ……今からヴァントガゼルは殺されちゃうのよォ───私によってェッ!!」
「……勝負だ。ブルーネヴィル」
「ッ! やっとマトモに戦ってくれるのねェッ!! ──じゃあ殺してやる」
地面が陥没するほどの踏み込み──水流を纏った刀がヴァントガゼルを穿ち、肩を掠める。黒い装甲が削れ、鮮血が舞う。
ヴァントガゼルは青藍葵の両親を殺した。
だからブルーネヴィルはその復讐者となった。
その事実は揺らがない。
その過去は決して消えない。
ならば、どうする?
答えは出ない。
だとしても今は、ただこの刃の雨を耐え忍ぶしか無い。
ガラガラと音を立てて崩れ落ちる階段を、二人の影が降りていく。
赤羽彩月は、背中に淡水しじみを背負いながら、必死に走っていた。
「すまん……すまんなぁ、ヒーローさん……」
「はぁ、はぁ……大丈夫ですよ……ほら、あとちょっとで出口です」
「せやけど……ウチのせいでこんなことに……」
「『六つ、謝ったら誰でも許す』、カモメちゃんならきっとそう言ってる筈です……違いますか? 淡水しじみさん」
「なんや、ウチのこと知っとるんかいな……」
背中から聞こえる声は弱々しく、そして震えている。
怪人化の影響は抜けたはずだ。だが、彼女の心はまだ、深い闇の中にいるようだった。
「なあ、じゃあウチのこの前の配信も見たんか?」
「勿論です。特に三行でマシュマロを返すコーナーで縦書きで浪漫!の3行を書いたカモメちゃんがカッコよかったですね」
「せ、せやな……」
一瞬その果喪鳴へのガチ勢っぷりに気圧されるしじみだったが、やはりそれでも元の顔には戻らない。疲労すら超えて彼女が何かに苦悩しているというのは、彩月にもわかった。
「てことは、ウチの返答も覚えとるんやろ?」
「ああえーと確か……理不尽な上司のパワハラから部下を守るためにぶん殴って辞めさせられたんでしたっけ?」
あまりにインパクトが強い話であったためにその返答は彩月の脳にも深く刻まれていた。冗談では無いかと一瞬思ったが、この事件でVtuberをやる以前の彼女の経歴を見て、それが事実であったことに驚愕したのを覚えている。
「だから早く元気になって配信してカモメちゃんを喜ばせてください。貴女が救ったその部下の分もです」
「部下……か」
それは彼女なりの優しさの言葉であり、そこに裏表は一切介在しない。だが、それは間違いなく引き金となって、
「ウチな……嘘ついたんや」
「……え?」
それが淡水しじみの重い口と、その真相の扉を開かせるのには十分すぎた。
「カモメちゃんに話した、過去の話や。ウチが会社をクビになった理由……」
崩落の轟音に負けないよう、しじみは絞り出すように語り始めた。
「同僚を守るために上司を殴った……なんて、そんなカッコいいもんやないんや。ウチは……ウチはな、自分の悪口を言われたから、カッとなって殴ったんや」
──お前は使えない。
──代わりなんていくらでもいる。
──その程度の能力で。
「全部、自分のためやった。自分のプライドが傷つけられたのが許せなくて、暴力という一番安易な手段に逃げたんや。それを……誰かを守るためだったなんて、勝手に美談にすり替えとったんや……」
自分が一番可愛くて、自分が一番醜い。
そんな自分を直視できなくて、嘘の記憶で蓋をしていた。
でもそれはどこまでも事実で、現実だ。
彼女は間違いなく、暴力という手段に逃げたのだ。
「最低やろ……? ウチは、カモメちゃんが憧れてくれるような、立派な人間やないんや……」
涙声が、彩月の耳元で響く。
しじみさんが抱える過去、それは確かに誉められたものではない。衝動的な暴力、身勝手な動機。
それは紛れもなく、どうしようも無く消えることは無い過去。
ならば何をすれば良い? ヒーローとして自分は何をすれば良い?
それを断罪するべきなのだろうか? 消えない過去を糾弾し続け、憎悪の蒼い炎を燃やし続ける。そんな人を赤羽彩月は知っている。
そして消えない過去を持ちながら、昼夜を問わず活動し、漆黒の鎌でこの世界を守り続けている。そんな人も赤羽彩月は知っている。
「……しじみさん」
彩月は、足を止めずに、しかし力強く言葉を紡ぐ。
「過去は消えません。暴力を振るったことも、無かったことにはできません。あなたは一生を以て、その消えない過去を償うんです。そしてそれが許されることもきっとありません」
不思議なことに、その答えは無意識でありながら口から出ていた。
その過去は絶対に消えないし、許すことはできない。正しくは無い。
「……せやな」
「でも、貴女が配信活動を始めて、今日まで作り上げてきた過去もまた、消えない過去なんです」
さりとてその過去に囚われる、それもまた、正しいこととは言えない。
背中の温もりに、彩月は自身の想いを伝える。
「……え?」
「あなたのこれまでの配信時間、同時接続数、リスナー、そしてカモメちゃん……あなたはまた、消えない過去を作ってしまったんですよ」
考えてみよう、バタフライエフェクトを。
蝶の羽ばたきはいずれ大きな竜巻を起こせるまでに至る。とるに足らない小さな虫すらそんな偉業を起こせるのだ。
ならば、人間にはそんな竜巻よりも更に大きなことができるに決まってるじゃないか。
「だから今度からはそんな消えない過去に対しても責任を取ってください。逃げるなんて、私が絶対に許しません」
「…………」
「過去は消えません、だから背負って生きていくしか無いんです」
過去が消えないというならば、淡水しじみというVtuberが積み上げてきたこれまでもまた、消えない過去に違いない。
「貴女が起こしたバタフライエフェクトを、私も一緒に背負っていきますから」
崩れる瓦礫を避け、出口の光があと少しというところまで見えてくる。
眩しい光だ。
でも眩しいからこそ、どこに向かうべきかはすぐにわかる。
その光は、目指すべき未来への道標のようでもあった。
「それに……」
赤羽彩月の言葉は尚も紡がれる。
ブルーネヴィルが一瞬でヴァントガゼルの懐へ潜り込む、と同時に彼女の水の刀身が光を帯び始めた。
「死ねェッ!!」
だがその一閃はヴァントガゼルが霧になることで避けられた。しかし、それでもブルーネヴィルの狂気の笑みは止まらない。
「またその手ぇ!? 私だって学んでいるのよッ!」
「ッ!?」
「ドロドロになっちゃえばァッ!?」
本来であれば水の障壁を展開し防御に使用されるブルーネヴィルの必殺技、しかし今回はヴァントガゼルを溶かさんと黒い霧に一斉にその水が振り注ぐ。
「クッ……!」
慌てて実体化し、その影響から逃れようとするヴァントガゼル。
しかしそれこそが、蒼の英雄の目的。
「かぁらァの〜……これェ!」
「なっ……!?」
ヴァントガゼルに振り注ぐ水、その一つ一つが今度は水の弾丸となり、牙を向く。
そんな状況であっても冷静に鎌を振り回しその殆どを撃ち落とす冷静さは流石歴戦の戦士と呼ぶべきか、しかしその攻撃ほ間違いなくヴァントガゼルに傷を負わせることに成功していた。
そして防御に割いた一瞬の隙を見逃すなどと言うことは、ブルーネヴィルにとってはありえない出来事だ。
追い打ちをかけるよう、ブルーネヴィルの蒼の一閃が迫りくる。勿論狙いは──ヴァントガゼルの心臓。
「ッ!」
脅かされる命の危機に、思わずヴァントガゼルはその必殺技の発動を許容した。
ともすれば相手を殺すことになるかもしれない必殺技を、使ってしまった。
一直線に駆けていたブルーネヴィルが咄嗟に横に避ける。黒の斬撃は彼女を掠め、頬から多少の血が垂れてしまう。
だと言うのにブルーネヴィルの笑みは尚も消えない。いやむしろ彼女は悦んでいる──自身に対し、必殺技を放ったことに悦んでいる。
「ようやく使ってくれたわね……それ」
「…………」
「あはッ! 今回ばかりはアンタも殺す気で来ないと死ぬかもしれないわねぇッ!」
「もちろん私は最初から殺す気マンマンよォッ!!」
青の極光がヴァントガゼルの首を断たんと横薙ぎに払われる。咄嗟に鎌で受け止め暫しの鍔迫り合いが起きるが──やがてはブルーネヴィルの勢いに競り負け、背後に聳え立つ支柱へと吹き飛ばされ、轟音と共に激突した。
「ぐぅっ……ッ!」
「なに? それともアンタ、こうして攻撃を受け止めてればいつかアタシが許すとでも思ってんの?」
「そんなわけ無いじゃないッ!」
「…………」
「アンタの過去は決して……消えないのよぉッ!!!」
ブルーネヴィルの言う通りだ。
過去は消えない。
だから、背負って生きていくしかない。
最上階。崩壊が進む戦場で、ヴァントガゼルは覚悟を決めた。
ブルーネヴィルの憎悪は消えない。両親が死んだ事実は、覆らない。
あの時の傲慢な選択が、彼女を修羅に変えた。
ならばその刃を受け止めるのもまた、それを引き起こした元凶の役目だ。
「…………」
ヴァントガゼルはこれまでの構えを解き、両手をいっぱいに広げた。
「へぇ……そんなに死にたいんだ」
加工された声が伶俐に宣告する。
「来い」
余裕の表れでは無い。ならば攻撃をさっぎで鎌で防いでいた意味がわからない
ブルーネヴィルが導いた結論は一つ。
───奴は、私の全てを受け止めるつもりだ。
「ふざけないでッ!!」
もちろんそれは、彼女の青い憎悪を滾らせるのに申し分のない行為。
「受け止めるですってッ!? バカじゃ無いの!?」
ブルーネヴィルは明確に理解していた。
技を使用するたびに、己の中から大切な『何か』が欠けている。使うたびに、己のソレがどんどん小さくなっていく。
なんとなくだがわかる。
──
「死んで償えと言ってるのよォッ!!」
ブルーネヴィルの激情が頂点に達する。
周囲の瓦礫が、水蒸気が、大気中の水分までもが手に持つ刀へ集約され、青く、深く、そして激しい明滅を繰り返す。
それは彼女が流れ出る命そのもの。
全てを洗い流す、断罪の蒼。
彼女はそれを、放出した。
空間すらも歪めるほどの水圧と斬撃の嵐が、一直線にヴァントガゼルへと放たれる。
避けることはできない。防ぐことも困難。
だが、あえてヴァントガゼルは逃げなかった。
鎌を捨て、漆黒のエネルギーを全身に纏い、真正面からその蒼い奔流を受け止める。
「グアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!」
皮膚が裂け、骨が軋み、肉が削げ落ちるような激痛。
だが、一歩も引かない。
彼女の殺意を、悲しみを、その身一つで受け止める。
「死ね! 死ね! 死ねぇぇぇぇぇッッ!!」
ブルーネヴィルの絶叫と共に、技の威力が更に増す。
それでも、ヴァントガゼルは倒れない。
黒い霧が散らされ、スーツが砕け散っても、その瞳だけは真っ直ぐに彼女を見据えていた。
「う……うぁあああああッッ!!」
やがて──技の奔流が止んだ。
塔の最上階は半壊し、天井からは空が見えている。
砂煙の中、ヴァントガゼルは立っていた。ボロボロになり、血を流しながらも、まだ立っていた。
「……私の……負けね……」
対するブルーネヴィルは、刀を落とし、その場に崩れ落ちていた。
彼女の蒼炎は力を与え、全てを燃やし尽くした。
なんということは無く、その代償を支払う時が来たのだ。
「……全部……無駄……」
ここまでの代償を支払って、ヴァントガゼルを殺すことができなかった。
ならば何故、自分は生きているのだろう。
生きる意味がわからない。
「……青藍葵」
視界が揺らぐ、音が遠のく、感触が溶けていく。迎える末路をただ受け入れるように目を閉じ───。
「だけど、生きていくんだ」
突然感じた、唇への熱い感触。
思考が停止する。
「───ッ!? んグッ───!!」
瞬時の困惑、やがての理解。
ヴァントガゼルは今、ブルーネヴィルにキスをしている。
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漫画風ナレーション
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青嵐水波蒼海藍藤紫縹