良き世紀末を目指して 作:ミツバチ
「―――当たりだな」
マンホールから地下水道へ降りる。
ガスマスクに設えられた安っぽいレンズ越しに、GUMPの画面を覗き込む。エネミーソナーに反応有り。これでこの辺りに悪魔がいることは間違いない。
問題はどれくらいのレベルの奴がうろついてるかだが……まあ、確かめないことには始まらないので気楽にいくとしよう。
いのちだいじに、を合言葉に探索だ。
そしてマップを完成させるのだ。
「うぅ、くさい。それにジメジメしてるし……サマナー、早く出ようよ」
残念ながらマップが埋まるまで帰れません。
ピクシーから漏れる不満の声を黙殺しつつ、胸ポケットに入っている懐中電灯の明かりを着け、GUMPのオートマッピング機能を起動してから俺は歩き出した。
当たり前だが、地下水道の環境は劣悪だ。
水路の縁に沿って造られた道は手酷く汚れているし、流れる汚水はまさしく糞だ。怪我を負った状態で落ちたら破傷風になるだろう。気をつけなければならない。
両手で口と鼻を塞ぐピクシーを伴って、地下水道を進む。
すると程なくして、エネミーソナーの反応が極大に高まった。
「ウ、ォォォォオオオオオオ」
不気味な呻き声。それは水路の中から聞こえてきた。
流れる汚水の底から緑色の粘液塊が浮かび上がり、ずるずると不快な音を立てて這い上がってくる。ソレの顔らしき部分には怪しく光る二つの眼窩があり、口と思しき穴があった。
外道スライムが現れた。
「敵だよ、サマナー! どうする?」
「殺す。ピクシー、魔法は使うなよ―――!」
言いつつ、俺は地面を蹴った。
背面に手を伸ばし、ショルダーポーチからモンキーレンチを引き抜く。そしてそれを大きく振り上げて突撃した。
俺の方が速度が上か。相手はこちらの動きに対応できていない様子だ。
先制攻撃。
容赦なくモンキーレンチを振り下ろす。鈍器が緑色の粘液に沈み込んだ。
「ウルィィィァ!」
手応えは微妙だが、効いてはいるらしい。俺は更に連続でモンキーレンチを振り下ろした。
何度も殴る。
執拗に殴る。
スライムが苦し気に呻くが、知ったことじゃない。殴る。殴る。殴る。
「ウ……ゥ……―――」
やがて、スライムは呻くことすらできなくなった。
顔だった部分がなくなって、力尽きたみたいに緑色の粘液が地面に広がっていく。それでも殴り続けて。殴り続けて、殴り続けて……―――
「サマナー。もう、死んでるよ」
ピクシーにそう言われて、俺はようやく敵を倒したことを知った。
スライムの死骸が緑色の燐光になって消えていく。実体化していたマグネタイトの結びつきが崩壊し、勝利者である俺の身体へと流れ込んできた。
マグネタイトの獲得。戦闘に勝利した証だった。
「…………」
なんだろう、体に力が漲るような感覚がある。もしかしたらレベルが上がったのかもしれない。
「サマナー、だいじょうぶ?」
「ああ、問題ない。……それより。さっきお前、何もしなかっただろ」
「だって魔法は使うなって言ったじゃない。スライムなんて触りたくないし」
「ああ、そう……」
まあ俺も素手でスライムに触りたくはないので、これ以上深くは追及しないことにした。
―――先程、ピクシーに「魔法を使うな」と言ったのには理由がある。
もちろん、あんな雑魚相手にいちいち魔法なんて使ってられないというのもある。だがそれ以上に切実な事情もあった。
この世界にMPという概念はないようなのだ。
端的に言えばライドウ方式。仲魔が魔法を行使する場合は、契約しているサマナーが保有するマグネタイト――MAGを消費して発動する。今はスライムを倒しMAGを回収・回復することができたが、先程まではピクシーの実体化を維持することさえギリギリの状態だった。何せ当のピクシーにマグネタイトを根こそぎ吸い取られた後だったからだ。
……それにしても。
召喚や実体化の維持にもMAGが必要なことを考えると俺に掛かる負担が多いが、その反面いちいちGUMPでステータスを見てMPを管理する、などという手間が省けるのは楽ではあった。
戦闘って思った以上に疲れるし、攻撃や回避以外のことに注意なんて向けてられない。
もしかしたら場数を踏んだりして慣れればできるようになるのかもしれないが……少なくとも、今の俺にとってはこちらの方がやり易くはあった。
まあ、なにはともあれ。
こんな感じで、地下水道探索と悪魔退治を続けていくとしよう。
* * *
あれから一時間ぐらい経っただろうか。
倒した悪魔は外道スライム、外道ウィルオウィスプ、幽鬼ガキ。いずれも低級の悪魔で、ほとんど俺一人でなんとなかなる範疇だ。もちろんバックアタックを受けなければの話ではあるが。
「ディア!」
ガキから受けた引っかきの傷を、ピクシーの回復魔法――ディアで癒して貰う。
傷はあっという間に塞がった。痛みももうない。
「ありがとな、ピクシー」
「ふふん」
お礼を言うと、得意気に胸を張る妖精。その仕草は実に微笑ましい。
―――さて。この辺で少し情報を整理しよう。
この地下水道が悪魔の住処になっているのは間違いない。
しかしそのほとんどがスライムとウィルオウィスプだ。たまにガキも混ざったりするが、そちらはむしろ前二つの悪魔が持つMAGを食う目的で巣食っている感がある。
スライムとは悪魔が実体化し損ねた姿だ。
召喚時にマグネタイトが足りなかったか、あるいは召喚そのものには成功したものの物質界に留まっている間にマグネタイトが底を尽き実体化を維持できなくなってスライム化したか。
この地下水道にいるスライムは恐らくその両方。
俺の下に送られてきたSTEVENのメールを思い出す。
真・女神転生において、STEVENはターミナル作成時の事故で誤って悪魔を召喚してしまい、負傷した。更に世界征服を目論む悪魔の存在を知ったがために、奴らに抵抗する手段として悪魔召喚プログラムを造り無作為にばら撒くという暴挙に出る。
つまり毒を以って毒を制しようとしたのだろうが……はっきり言って迷惑極まりない話だった。
……まあ、なにが言いたいのかというと。
この地下水道に巣食う大量のスライムの群れは、召喚された悪魔の成れの果てである可能性があるということだ。
院長が言っていたことを思い出す。
―――近頃、悪魔召喚プログラムなるものが無作為にばら撒かれているのは私達も知っています。そのせいで呼び出された悪魔に襲われ、命を落とした者も多い―――
メールを受信したパソコンや携帯電話が悪魔召喚プログラムを勝手に起動させ、悪魔を呼び出す。一般人は悪魔に関する知識を持たないから殺されるか逃げるかして――結果、一部のMAG集めが下手な悪魔が実体を維持できずスライム化。より住み易い地下水道に降りてきたという訳だ。
この推測なら一応、辻褄は合う。
ただしそれは、最悪の事態が起きているということを意味した。
「…………」
「どうしたのサマナー。そんな深刻な顔して。お腹痛いの?」
「……いや、なんでもない。先に進むぞ」
あえて思考に蓋をして、俺は探索を再開した。
程なくして、ガキを発見した。
こちらに背を向けて、スライムからマグネタイトを貪っている。絶好のチャンスだ。後ろから殴り殺そう。
俺はモンキーレンチを上段に構えて、走った。
無防備なガキの後頭部に鈍器を叩きこむ。良い音がした。
「グエッ!?」
ガキが悲鳴を上げる。そしてコンクリートの上を不自然にごろごろと転がった。
受け身を取った……という訳じゃなさそうだ。逃げるつもりか?
追撃しようと再度モンキーレンチを振り上げる。しかし、俺は途中で動きを止めた。
尻餅をついたガキが、許しを乞うように両手を掲げている。
「グッ……ウウ、ウゥ……ウルィ……!」
「助けてくれって言ってるみたいだけど……どうする、サマナー?」
モンキーレンチを振り上げた態勢のまま、少し考える。
相手は幽鬼。会話では仲魔にならない悪魔だ。だが……―――
「いいだろう。見逃してやる」
「……! ケケケ! ウケケケケケ!」
モンキーレンチを下ろすと、ガキがケタケタと笑い出した。
襲い掛かってくるか――いや、どうやら違うようだ。
「グェグェグェ……オレ、オマエ、仲魔ニ……ウルィ?」
「仲魔になりたいって言ってるみたいよ。どうする?」
「……分かった。いいだろう」
「ウケケ! オレ、幽鬼ガキ。コンゴトモヨロシク!」
ガキが仲魔になった。
GUMPで確認すると、しっかりと仲魔にガキの項目が追加されている。
「とりあえずガキ、お前は実体化を解いてくれ。今は俺とピクシーだけで大丈夫だ」
「グェグェグェ! ウウ……イツデモ、オレ、呼ンデクレ……サマナー!」
ガキの肉体を構築していたマグネタイトが解け、俺の中に返還される。
仲魔になった悪魔はCOMPの中に格納される訳ではない。
COMPはあくまで契約した悪魔の召喚データを保存しておくだけのものだ。ならば実体化していないとき仲魔はどこにいるのかと言えば……不明である。
憶測だが――魂だけの状態でサマナーの傍にいるんじゃないだかろうか。
いや……魂だけ、というと語弊があるかもしれない。
限りなく『無』に近い状態とでもいうべきか。悪魔にもサマナーにも決して認識できない存在としてそこにいて、それ故に当の仲魔本人も外界を知覚できない。COMPを通じてサマナーからマグネタイトを供給された場合にのみ実体化する。そんな状態なのではないかと思う。
あくまで俺の憶測なので、本当にそうなのかは分からないが。
「よし、この調子で進んでいくぞ」
「え~、あたしもうここにいるのやだ~」
ピクシーから不満の声が上がるが、無視する。
マップが完成するまで帰れません。
* * *
「……マジかよ」
目の前にある安っぽいシャッター状の扉を睨み、俺は思わず呟いてしまった。ヤバイ、結構テンションが上がっている。これほどの喜びはかつてないかもしれない。
シャッターには『DEVIL HAZARD』の文字。
そして『Dr.スリルの研究所』というプレートが張られていた。
「よし、出てこいガキ」
《SUMMON SYSTEM
SUMMON OK――GO》
悪魔召喚プログラムを起動。ガキを召喚する。
「ウケケ! ウケケケケケ!」
「さあ行くぞ、ピクシー、ガキ! カチコミだ!」
「なんだかよくわからないけど、おー!」
二体の悪魔を伴って、こっそりシャッターを開ける。
中は薄暗い。
懐中電灯のスイッチは入れたまま、足音を忍ばせつつ侵入する。
そこそこ広い空間。そこには幾つかの円筒形の水槽が並んでいて、その中には奇怪な形の生き物らしき物体が浮いていた。
ホラーな様相を呈しているが、しかし俺の足取りは軽い。
迷いなく奥へと進む。
すると、男の声が聞こえてきた。
「ククク……もう少しや! もう少しでわしの造魔くんが完成するでぇ! まだまだ試作の段階やけど、これは大きな前進や! 偉大なる第一歩なんや! ハハハハハッ!」
関西訛りの強い男の声。
まだ顔は見えないが、鼻がデカいことだけは分かる。
やがて件の男の姿が見えた。
眼鏡をかけた黒髪の男。背は結構高い。着ている服は古めだが……まだファントムソサエティとは繋がっていないのか?
男は一つの水槽の前で大仰に両手を掲げている。
水槽には人型の悪魔がいた。肉と神経が剥き出しで、その造形は人というほど洗練されていない。どちらかといえば猿に近い印象を受けた。
俺は少し考えてから、声を掛けることにした。
「おい、あんたここでなにしてる」
「誰や!?」
振り返る謎のマッドサイエンティスト。やはり鼻がデカい。
「なんやこのガキ! ここはガキの来るところやないで、さっさと家に帰りぃ……って、お前さん悪魔を連れとるんかい!? 何者やッ!」
「通りすがりのデビルサマナーだ。大人しくソレを渡して貰おうか」
「な、なんやとぉ!? このクソガキ、大人に舐めた口きき腐ってからに! しかもわしの大切な造魔くんを分捕ろうっちゅうんかいな! そんなことは許さへんで! 資金難の状態からようやくここまで漕ぎ着けたんや! お前みたいなクソガキ、いてもうたるわ!」
宣言し、デカい鼻の男――Dr.スリルは装置に設えられたコンソールを叩いた。
水槽が開き、中の液体と共に造魔が外へ出される。
「行け、わしの造魔くん――このクソガキを殺せ!」
「上等。征くぞ、お前ら―――ッ!」
「おー!」
「グェグェグェグェグェ!」