良き世紀末を目指して 作:ミツバチ
「ガキは好きにやれ! ピクシーはとにかくジオだ、撃って撃って撃ちまくれ!」
命令を飛ばし、俺は造魔に向かって全力で駆けた。
少し遅れてガキが追随する。
敵は造魔。
推測するに、デビルサマナーに登場したプロトガルガンチュアよりも前の段階の代物だろう。
見るからに皮膚が不完全であり、それを補うための防護服すら装備していない。外見も人というよりもむしろ猿に近い辺り、試作段階の未完成品であることは確かだ。今の俺達でも十分に勝機はあると踏んだ。
この中では俺が最も素早い。
「グェエエ、スクカジャ!」
更にガキの魔法によって、パーティ全員の回避・命中率が大きく底上げされた。
造魔に肉薄し、有無を言わさずモンキーレンチを振るう。
分厚い鉄の塊が肉を殴打した。
確かな手応え。しかし敵に怯んだ様子はない。痛覚がないのか?
「ジオ!」
「グェェエ!」
更にピクシーとガキが追い打ちをかける。
妖精が発した青白い電撃が、造魔を撃ち抜いた。びくりと大きく痙攣して、そのまま硬直する。その隙を突き、ガキが引っかいた。
ガキの爪が、造魔の肉を裂く。血が噴き出した。
「ああっ! わしの造魔くんが!」
悲鳴を上げるスリル。
その素っ頓狂な声に注意を引かれ、ピクシーの視線がそちらを向く。
「―――待てピクシー、そいつに攻撃はするな! 今は造魔に集中!」
「ちぇっ、は~い」
頬を膨らませて詰まらなさそうに答えるピクシー。
彼女を仲魔にする際、俺が命乞いをしたのがいけなかったのだろう。ピクシーの忠誠度はいまいち低い。まあそれでもボイコットされないよりはマシ――と、今は自分に言い聞かせておく。
ああ、俺にもパートナー――レイやネミッサのような、一緒に戦ってくれる相棒が欲しい。
……でもよくよく考えてみると、人修羅やライドウにはそういう枠のキャラいなかったよな。いや、人修羅にはピクシーがいたか。うちのピクシーもメギドラオンとか使えるようにならないかな。流石にそれは無理か。
益体のないことを考えつつも、体は動いていた。
殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。
時折、造魔も反撃をしてくるが――躱せる。問題ない。ガキはたまに食らっているが、このペースなら回復は必要ないだろう。
俺と同様、ガキも攻撃の手を緩めていない。元々が好戦的な性質なのもあるだろうが、屈服させた上で仲魔にしたこともあってか忠誠度が高く命令にも忠実だ。その反面、ピクシーは手を抜き始めている。まあ戦況的にもこのまま押し切れそうだから別にいいけど……―――!?
「グゥ……ォオオオオオオオ―――! マハラギオン!」
突如放たれた三つの火球。それは正確に、俺達の下へ飛来する。
「きゃあっ!?」
「嘘だろ――ガァッ!」
「グェッ、サマナー!?」
感電状態から脱した造魔が魔法を発動した。
火炎魔法――アギよりも更に一段階上の上位魔法アギラオ。そしてその効果を敵パーティ全員にもたらす全体魔法マハラギオン。今の俺達が直撃したならば確実に即死する。そして実際、俺は瀕死に陥っていた。
歯を食いしばり、飛びかけた
この造魔は知恵も速度も大したことない。魔法は強力だが、回避することは容易い。
実際、ピクシーは驚いて悲鳴を上げこそしたものの、問題なく回避している。
ただし攻撃動作中だったガキは別だ。あのままでは直撃していた。
ガキが死ぬ。仲魔が死ぬ――そう思った時には体が動いていた。
自分に向かってくる魔法を躱し。近い位置にいたガキの下へと駆け寄り――彼の前に出て、代わりに魔法を受けた。結果このざまだ。
「サマナーっ! ―――ディア!」
文字通りにピクシーが飛んできて、回復魔法を行使する。
「ククク、ええでぇわしの造魔くん! そのまま畳みかけるんや!」
「ゥゥウウウウウウ」
スリルの命令に応え、再び魔法を発動させようとする造魔。
その直前――黒い影が、造魔に襲い掛かる。
「グェ―――グェェエエエエエエエエ!」
ガキによる渾身の引っかき。
鋭い爪が造魔の頭部を捉えた。肉と頭蓋が大きく抉られ、中身が飛び散る。一拍遅れて、脳漿と髄液が零れ落ちた。
ぐらりと造魔の身体が傾き、床に倒れ込む。
何度か痙攣した後、造魔は完全に動かなくなった。
「造魔くん? ……嘘やろ? 負けた? わしの造魔くんが、こんなクソガキ共に負けたっちゅうんかいな!? ありえん! いくらなんでもありえんやろこんなんッ!」
怒りで顔を真っ赤に染め上げ、スリルは地団太を踏んだ。
「グェグェ、サマナー!」
「サマナー、だいじょうぶ?」
「ああ、なんとかな。ピクシー、ガキにもディアを使ってやってくれ」
「……うん」
敵の反撃を許してしまった原因が自分の怠慢だと弁えているのだろう。ピクシーは妙にしおらしく頷いて、俺の命令を聞いた。
体を起こし、地面に胡坐をかいて座る。そして仲間達に手招きして呼び寄せた。
ピクシーとガキのステータスを確認する。ひとまず問題はない。俺の身体の負傷も、別段問題なさそうだ。ディアのおかげで火傷の症状も随分と軽くなった。あとは傷薬を塗って、孤児院で治療を受ければ完治するだろう。
当面の問題は……服が焼けて大穴が空いたことか。
火炎魔法を受ける度にこんなざまになっていては困るな。スタント用の耐火ジェルとか買った方がいいかもしれない。
「おいガキィ!」
喚いていたスリルがこちらに向き直り、刺し殺さん気迫で俺を指差す。
「今日のところはこれで勘弁したる! わしの研究はこんなもんやない、次は完全な造魔くんを用意してお前らをぶっ殺したるかいな! 覚えとけよ! ボケ! カス! ほなな! 今日はこれからパーティ行かなアカンねん!」
「グ……コイツ……!」
「やめとけガキ、そいつのことは放っておけ」
こちらに罵声を浴びせながら荒々しい足取りで去っていくスリル。その背中に飛びかかろうとするガキを制して、俺は溜息を吐いた。
勝った。
痛手は被ったが、勝った。
「……さて、いつまでも浸ってはいられないな。目的の物を回収して、今日のところはさっさと撤収しよう」
「目的のもの?」
「アレだよ」
造魔の死骸を顎で指す。
猿や人でいうところの心臓がある位置。胸の中心部分の肉の隙間から、人形のようなものが覗いていた。
俺は立ち上がって造魔の傍に寄り、人形を抜き取る。
心臓を模した異形の人形――ドリーカドモン。造魔の核となるモノだ。
俺はドリーカドモンをショルダーポーチに仕舞い、踵を返す。
「そろそろ孤児院の門限だ。帰るぞ」
「グェグェ!」
「やった! これでこのダンジョンともおさらばね!」
「なに言ってるんだ。また明日ここに探索に来るぞ。まだマップが埋まってないからな」
「そんなー!」
悲鳴を上げるピクシーを置いて、ガキをGUMPに返還する。
「ほら行くぞ、ピクシー」
指を振って着いてくるよう促す。ピクシーは肩を落として、俺の後に続いた。
マッピングした通路を辿り、入ってきたマンホールを目指す。
その途中で、おもむろにピクシーが口を開いた。
「サマナー、一つ聞いていい?」
「なんだ?」
「悪魔を殺して平気なの?」
「ああ、平気だね」
即答する。
「じゃあなんでさっきガキをかばったの? 道中ではたくさん別のガキを殺してたのに。あの時サマナーはあの悪魔モドキの攻撃が致命傷になるって、分かってたでしょ。それでも躊躇せずに前に出た。なんで?」
「そんなことか。理由なんて決まってるだろ」
心の赴くままに、俺は答えを口にする。
「仲魔だからだ。敵は殺すよ。人間だろうが悪魔だろうが、区別せずに殺す。だけど味方は別だ。それが人間でも悪魔でも、俺は絶対に見捨てたりしない」
我ながら実に月並みな言葉だと思う。
だけどそれが偽りのない本心なのだから仕方がない。
……ちらりと、ピクシーの表情を盗み見る。
ピクシーと視線が合う。
彼女は猫のような笑みを浮かべて、こちらを見上げていた。
「ふぅん、そっか」
くすくすと、鈴を転がすような声。
「これからもよろしくね、サマナー」
「ああ。今後ともよろしくな、ピクシー」
俺が手を掲げる。そこに小さな妖精の掌がぶつかり、小気味良いハイタッチの音が地下水道に響き渡った。
* * *
地下水道の梯子を登り、地面へ這い出る。
マンホールの蓋を戻してからようやく一息吐いた。
時刻は既に五時四十五分を過ぎている。日は落ちて、辺りは暗い。
ガスマスクを脱ぐと、自分から強烈な異臭がすることに気が付いた。焼け焦げて穴が開いていることだし、今着ている服は処分した方がいいだろう。
新鮮な空気を直接肺に取り込んでから、俺は家路を歩き出した。
とは言っても孤児院のすぐ近くにあるマンホールから地下に潜ったので、そう離れてはいない。程なくして孤児院――を兼ねたメシア教会が視界に入り込んだ。
ゴシック建築の程々に大きな白い建物。
周囲は壁に囲まれていて、それなりの大きさの庭がある。庭にはここで暮らす孤児のための遊具がいくつかあった。
見た目は普通の教会だ。院長から言われなければ、たぶんメシア教の施設とは気づかなかっただろう。もしかしたら後々、あの孤児院の人間と戦うことになるかもしれない。
そこまで思考したところで、不意に幼馴染の少女の顔が浮かんだ。
彼女の名前は真莉愛。
真莉愛……まりあ……マリア……いや、まさかな。ないない。ここ日本だし。絶対ありえない。
ぶんぶんと大仰に頭を振り、俺はお得意の自己暗示を繰り返した。
礼拝堂から建物の奥へ進み、院長室へ辿り着く。
扉をノックすると、返事があった。
遠慮なくドアを開けると、こちらの姿を認めた院長が慌ただしく駆け寄ってくる。
「司朗君、帰ってきたのですか! おかえりなさい。よかった……ああ、怪我をしているのですね。では治療を施しましょう」
「ただいま。はい。俺の仲魔も頼みます。召喚した方がいいですか?」
「いえ、デビルサマナーとその仲魔には霊的な繋がりがあります。我々の治療術はその繋がりを介して癒すことができる。召喚の必要はありません」
答えて、院長は両手の指を組み合わせ祈りを捧げた。
しばらくして、俺の負傷が全快する。火傷も裂傷も、全て完治したのを実感した。
「ありがとうございます。じゃあ、支払いは……」
「お金を取ったりなんてしませんよ。君はこの孤児院の子供なのですから」
「ほー」
感心半分、呆れ半分といった心情で言う。
院長は俺の言いたいことを察したのだろう。苦々しい表情で口を開いた。
「……君の言いたいことは分かります。学校でいじめられているにも関わらず、なにもできない私達のことを快く思っていないのでしょう。それはもっともです。言い訳はできない。にも関わらずこんな時だけ綺麗事を言われては、信用も出来ないでしょう」
「それに関してはまあ、別に」
実際問題、孤児院の対応に文句はある。
文句はあるが、現実として出来ることと出来ないことの区別はつくつもりだ。
この孤児院にいる子供は中学生から赤ん坊まで、それなりの数がいる。そして俺がいじめられている理由が理由なのだ。いじめ被害にあっているのは俺だけじゃない。その全ての子供の状況を把握し、適切に対処するのなんて現代はおろか未来ですら不可能だ。
なんてことはない。表裏含め、俺よりも優先して対応すべきことがあるというだけ。
それは子供心を拗ねさせるのには十分な理由なのだろうが、まあ俺は人生二周目なので、そこまで気にしていない。
無論それはそれとして、メシア教関係者って時点で好感度はマイナスだけど。
「もうすぐ夕飯ですが、その前にシャワーを浴びてもいいですか? あとこの服を処分しといて欲しいんですけど」
「えっ……ええ、はい。……わかりました」
「それでは、失礼します。ピクシー、お前もGUMPに戻れ」
「はーい」
ピクシーを返還してから、俺は院長室を後にした。