良き世紀末を目指して 作:ミツバチ
俺が住んでいる街は東京の郊外にある。
そこから電車を使って都心部に移動し、乗り換えて神奈川県平崎市へ向かう。何度も電車やら新幹線やらを乗り換える必要があって疲れた。時刻表くらいならインターネットで調べられるが、詳しい情報までは載っていないし、それ以前に極めて見辛い上に分かり辛かった。
グーグルマップなんかのサービスもまだないし、非常に不便な旅を強いられた。
それでも辿り着きました平崎市。
ミーハーな性質ではないつもりだが、それでもテンションが上がる。あの葛葉キョウジとレイ・レイホゥが駆け抜けた舞台の上に俺も立つことができたのだ。これ以上の感動はない。
しかしそれはそれとして、目的を忘れてはいけない。観光したい気持ちをぐっと押し込めて、俺は駅から矢来区へと足を向けた。
矢来区の商店街。
入ってすぐのところで葛葉探偵事務所の看板を発見した。
あれがキョウジの事務所……!
わくわくと胸が高鳴るのを感じる。遠目でこっそりと舐めるように観察していると……不意に、背後に誰かが接近してくるのを感じた。
「―――おい、小僧。そこで何をしている」
口から心臓が飛び出るかと思った。
恐る恐る背後を振り返る。すると白いスーツ姿の男が視界に入った。
齢は二十代の半ばといったところだろうか。顔立ちは整ってこそいるが、徒に女を惹き付ける雰囲気はない。鋭く細められた眼は猛禽に似て、性別を問わず近寄りがたい酷薄で冷徹な印象を与える――研ぎ澄まされた刃のような、そんな男だった。
一目見て分かった。
彼こそが葛葉キョウジ。国家安泰を司る悪魔召喚師――葛葉。その中でも四天王と呼ばれた四人の英傑。そこから分派した末裔の一人である、名立たる伝説のデビルサマナー……!
「もう一度聞く。返答がなければ路地裏に放り捨てるぞ、小僧。そこで一体何をしている」
「あ、いえ、その……」
思考が追い付かず、しどろもどろに狼狽えてしまう。
期待はあった。
もしかしたら会えるのではないか、と。淡い願望。しかしそれが如何に浅慮であったか、思い知らされていた。
葛葉キョウジはこういう男だ。
たとえ子供だろうと容赦はするまい。流石に刃傷沙汰にはならないだろうが……―――
「―――もう、キョウジ! 子供相手になにやってるの! 見てらんないったらないわ」
横合いから助け舟を出される。
二十歳かそこらの若い女性。薄っすらと白いストライプ模様が入ったブラウンのパンツスーツを着た彼女の顔立ちは、アジア系と思われるが、人種を特定させないエキゾチックな趣がある。なににせよ、筆舌に尽くし難い美人であることは疑いようもなかった。
こちらもまた言わずと知れた人物だ。
ショートカットの髪を飾る赤いカチューシャがトレードマークの女性――レイ・レイホゥ!
「……レイか」
「いちいちこんな子にまで突っかかって。怯えてるじゃない。まったく、本当にあんたって人はいつもいつも―――」
「チッ、後はお前が対処しておけ。俺は事務所に戻る。いいか小僧、命が惜しければ二度とここには近付かないことだ。あばよ」
「あっ、ちょっと! もー!」
面倒臭そうに顔をしかめて、キョウジはそそくさと事務所の中に退散した。
そんな彼の態度にいたく立腹していたレイだったが、溜息を零すと、こちらに向き直る。そして膝を屈め、真摯に目線を合わせてくれる。
口紅に彩られた唇が、柔らかな微笑みを浮かべた。
「えーっと、さっきはゴメンね。あいつって誰に対してもいつもああだから、気にしないでね。でも子供が用もなくこんなところをうろついたりしちゃダメよ。ほら、ここって変なヤツが多いからさ。気をつけてね」
「は、はいっ! ありがとうございます。気をつけます。それじゃあ、失礼します!」
一礼して、脱兎の如くその場から逃げ出す。
商店街の角を目指して走る。……途中、一度だけ振り返ると、レイはにこやかな表情でこちらに軽く手を振っていた。
惚れてまうやろ。
「―――いやいや、気持ちを切り替えろ俺!」
角を曲がり、路地を突き抜けた辺りで止まってから頬を掌で叩く。
さあ行くぞホテル業魔殿!
商店街を進んでいくと、程なくして目的の建物が見えてきた。
見た目は普通のホテルだ。他のビルディングと大して変わらない構造をしている。そこの扉の取っ手に手を掛けると、呆気ないほど簡単に開いた。
暗い洋風の空間に出迎えられる。
床には赤いカーペット。そして天井にはシャンデリア。ホラー映画に出てきそうな洋館めいた、如何にも妖しい雰囲気のそこには――やはり、如何にも怪しい男が待ち受けていた。
「ようこそ、若き客人よ。私はヴィクトル。この業魔殿の主だ。……詳細は分からぬが、随分と珍しいものを持ってきたようだな。歓迎しよう」
一目で看破された。
俺は無言でショルダーポーチから自作GUMPとドリーカドモンを取り出す。それを目にするや否や、男――ヴィクトルの目の色が変わった。
「―――ドリーカドモン。血通わぬ土塊でありながら、命の息吹きを秘めし異形の人形。それがこの世に存在すると確信してはいたが……まさか、このような形で私の前に現れるとは。お前は、それをどこで手に入れたのだ?」
「とある科学者から分捕ったものだ。それより、これで悪魔を造ることは可能か?」
尋ねると、ヴィクトルは注意深く目を細めた。
こちらを値踏みするように、頭頂部から足の爪先までくまなく観察される。……居心地が悪い。蛇に睨まれた蛙みたいな気分になる。
しばしの沈黙。
ややあって、ヴィクトルは「ふむ」と頷いた。
「……なるほど。身体はただの子供だが、魂は異なるようだ。非常に興味深い」
見ただけで分かるのか。分かってはいたことだが、伊達に百年以上生きている訳ではないってことか。まあこの世界では女神やら悪魔やらが転生したりするのはよくあることだし、別にバレても問題はない……か?
まあ、わざわざ説明する必要もあるまい。黙っておこう。
「ドリーカドモンと悪魔を合体させ、特別な悪魔――造魔を生み出すことは可能だ。しかしこれは私にとって初の試みでもある。上手くいく保証はないが、それだけに万全を期したい。……成功すれば我が研究は次の段階へと進み、お前は強大な力を得ることになるだろう」
「分かった。そのためには、どうすればいい? なにか必要な悪魔がいるのか?」
おつかいイベントかな。俺の実力でどうにかなる範囲ならいいのだが。
そんなことを考えていたのだが、ヴィクトルの答えは全く違っていた。
「お前と契約している全ての悪魔を貰い受ける」
「は?」
「お前と契約している全ての悪魔と、このドリーカドモンを合体させるのだ」
頭が理解を拒んだ。
所持悪魔を全て合体素材に? いくらなんでもそれは軽々しく承諾できる条件じゃない。戦力が大幅に低下するのは目に見えている。
造魔は召喚時や実体化の維持にマグネタイトを消費しないというメリットがあるが、その一方で新月時には非常に弱くなるというデメリットが存在する。もしも仲魔が造魔だけの状態で運悪く新月時に異界に引き摺り込まれてみろ、確実に死ぬ。絶対に死ぬ。
「戦力が低下することを危惧しているのか。我が業魔殿には悪魔全書がある。お前のマグネタイトと引き換えに、COMPに登録されている悪魔を再召喚することが可能だ。もっとも、無理強いするつもりはないがな。選ぶのはあくまでお前だ」
そう言って、ヴィクトルは指を鳴らした。
中二階へと続く階段が迫り上がり、反転。下降して地下へと続く階段と接続される。それを待ってから、ヴィクトルは階段を降りて行った。
俺もまた無言で後に続く。
悪魔合体。それは女神転生シリーズ独自の要素であり、作品の華だ。
会話で悪魔を仲魔にし、合体させてより強い悪魔を造る。そのシステムがあるが故に、合体の素材として使うことを目的に悪魔を捕まえることも多い。レベルが上がったらより強い悪魔を。強い悪魔を造るために、頑張ってレベル上げを。仲魔を引き連れ、マップを埋め、敵対するボスを倒す。それこそが女神転生だ。
当然、俺だって散々やってきた。
プレイしている時は罪悪感なんてなかった。多少はあったかもしれないが……―――これほど重くはなかった筈だ。
なにを考えているんだ俺は。
俺はなにをしにここに来たのだ。ここは悪魔を合体するところだぞ。分かってた筈だ。真・女神転生Ⅲでだって、ヨヨギ公園に帰ろうとするピクシーを引き留めて――それから合体に使った。なんの躊躇もなく。なのに俺はなにを考えている―――?
ぶっちゃけた話、カハク、コダマ、イソラは別にいい。
だがピクシーとガキ。この二体を合体に使うのは……―――
「―――なぁに辛気くさい顔してんのよ、サマナー」
不意に額を小突かれた。
目の前にピクシーがいる。召喚はしていないのに、何故?
「我が魔の公房の内であれば、COMPを使わずとも悪魔の実体化が適う。実体化に必要なマグネタイトは設備から供給されるものだ、安心するがいい」
こちらの疑問を先読みしたのだろう、ヴィクトルは簡潔に答えた。
確かに悪魔合体時、悪魔は実体化するがその際にMAGを消費することはない。それもそういう理屈なら納得できる。それに自分よりもレベルが高い悪魔の合体を制止されることも。
基本的に悪魔は自分よりも弱いものに従うことはない。
召喚者が合体した悪魔より著しく弱かった場合、悪魔の気質によってはその場で一方的に契約を反故にしかねない。そうなれば流血沙汰は免れないだろう。合体時の制限は、そういった事故を未然に防ぐためという訳か。
「んー、私達は別に……ねぇ?」
「特にサマナーにも思い入れもないッスから。合体でお別れも寂しくないッスよ」
「グウ、オレサマ、悪魔使イ荒イサマナートハ、オサラバシタイ」
カハク、コダマ、イソラの三体が言った。どうやらあちらも考えていることは俺とそう大差がないらしい。
しかしピクシーとガキ。お前達は……?
俺は目の前に佇むガキを見詰めた。
子供である俺と同じか、少し低いくらいの背丈。肌は黒く、長い顔は顎が弛んでいるように見える。痩せていて手足は細く枯れ木のようだが、腹だけが膨れている。その姿は妊婦か栄養失調の重症患者を思わせた。
醜い容姿だ。だが、だからこそ愛着がある。
「グ、ェ……オレ、サマナーヨリ、弱イ。強クナリタイ。サマナー、護リタイ」
……知らず知らずの内に、俺は固く拳を握り締めていた。
勝手に顔が歪む。痛いほどに歯を食い縛っていた。
そんな俺を見て、けらけらと妖精が笑う。その種族名に相応しい、無邪気な笑み。それはとても輝かしく、尊いものに視えた。
「おっかしい、なんて顔してんのよ。……あのね、サマナー。合体してもあたし達の心は、合体した悪魔にしっかりと受け継がれるの。だからだいじょうぶ。あたし達は弱いから、もうここでお別れだけど―――これからもずっと、あんたの傍にいるわ」
そう告げて、ピクシーは俺の頬にキスをした。
「でも、まっ! 気が向いたらまた喚んでよね」
ふわりと宙を翻って、ピクシーが離れていく。
一度、深呼吸する。
ここまで言われてしまっては、頷くしかないじゃないか。見送るしかないじゃないか。……新しい仲魔を、迎えるしかないじゃないか。
「―――いいだろう。ヴィクトル、やってくれ。その代わり絶対に失敗するなよ」
「確約は出来かねるが、最大限の努力を約束しよう」
ヴィクトルにドリーカドモンを渡す。
心臓を模した異形の人形。その大きさは、それこそ人の心臓と同一だ。子供の手には大き過ぎる。ヴィクトルはそれを恭しく受け取った。
「では、合体を始める」
装置の中心にドリーカドモンを配し、その周りを囲うように五体の悪魔が陣を組む。
ヴィクトルが機材から生えるレバーを倒し。すると、部屋の明かりが落ちた。余剰な電力を悪魔合体のエネルギーとして供給し、今こそ科学と魔術の粋を凝らした秘術が行使される。
ドリーカドモンが高く浮き上がった。
天井近くまで上昇し、停止する。すると悪魔達の総身が黒く変色した。彼女達の身体は漆黒の燐光へと分解され、上空のドリーカドモンの下へと集まり収斂される。
なにか――力の脈動を、肌に感じた。
黒い光が渦を巻き、一点に凝縮される。そして次の瞬間――それは爆ぜた。
爆音と同時に衝撃が肌を打ちのめす。網膜が真っ白に焼けた。一拍遅れて、黒い稲妻が陣の中央に落ちたことを理解する。
咄嗟に顔を覆った腕を退かし、恐る恐る落雷した場所に目を向ける。
もうもうと立ち込める薄闇の煙の中、人影が見えた。
業魔殿地下施設の換気機能によって、急速に煙が晴れていく。
果たして陣の中心には――造魔がいた。
一体の造魔。その姿は黒かった。
球体関節の人形を思わせる造形。背丈は俺と同じくらいか。首には金色の首輪が着けられており、長い鎖が伸びている。性差に乏しい体付きは子供のもので、しかし胸や腰、臀部の細かな凹凸からソレが女性型であることが分かった。
顔だけが白い。
血色というものが一切ない蒼褪めた白い肌。その顔立ちは整っており、ソレが文字通りの人形であることを窺わせる。しかしその一方で、その貌は人間のものといって差し支えなかった。
精巧――といえばその通り。
だがそれ以上に、彼女の顔は人間らしかった。少なくとも俺にはそう見えた。人間ではないけれど――その実人形でもないのだと、俺は確信していた。
心を持つ機械の乙女。それが今の彼女なのだと、理解した。
短く揃えられた黒い髪。
形のいい色素の薄い唇。そしてルビーの宝石を思わせる、大きな紅い瞳。
その姿は、見惚れるほどに美しい。
「―――はじめまして。私は造魔、貴方様の忠実な下僕です。シロウ様、どうか今後ともよろしくお願い申し上げます」
裸体のまま優雅に一礼して、造魔は機械のように淡々と告げた。
名 前:川渡 司朗(カワタリ シロウ)
種 族:人間
属 性:NEUTRAL-NEUTRAL
レベル:18
能力値:力7 魔3 体11 知16 速16 運1(-15)
【スキル】
・食いしばり
・気合い
・暴れまくり
* * *
名 前:メアリ
種 族:造魔
レベル:18
性 格:虚心
能力値:力9 魔11 体5 知7 速17 運5
相 性:全般的に強い
【スキル】
・ジオ
・ディア
・引っかき
・スクカジャ
※ステータスにあまり意味はありません。