君のために生きたこの命の行く末を、誰も知らない。
僕は誰かの、神様になれるんだろうか。
ネタバレになる点があるかもしれないので注意してください
あとどれくらい頑張れば、君を救えるだろう?
ただそれだけを思って、僕は生きてきた。
最高に輝いたように思えたあの夏休み。『佐藤ひな』が思い出を紡いだあの夏休み。
そんな大事な日々を、ひなは忘れさせられてしまった。
放物線を描いた球も、揃えた牌のことも、一緒に見た花火のことも、みんなで撮った映画のことも、・・・ひなのことを好きと言った僕のことも。
全てを奪われて、人を信じれなくなって。
僕はそんなひなを救おうとした。
右も左も分からないまま、自分に出来ることをと焦って、他人にいっぱい迷惑かけて、それでも僕はひなを救おうとした。
そして、ひなは日常に戻ってきてくれた。拙い言葉で、確かに好きと告げてくれて。
全てのピースを奪われて、それでも心のどこかに僕らの居場所を作ってくれていたんだ。
・・・でも僕はもう、それだけじゃ満足できなくなっていた。
×××
なんとか合格した八幡大学を蹴って、僕は浪人。
ひなと一緒に過ごしながら、僕はもっと上の大学で、医療を学ぶことを望んだ。
同じように粒子コンピューターを作ったところで、それは人類には早すぎる文明だということは分かっている。同じ轍を踏むほど、僕も馬鹿じゃない。そう信じている。
だから、僕は僕にできることを最後までやって見せる。
奇跡なんていらない。今度は人の証明できる、人の力でひなを救うと決めたんだ。
結果、浪人は一回きりで大学に合格。晴れて僕は、医学に専念することができる環境へ進んだ。
そこからの数年間は、目まぐるしいほど早く進んだ。
本業である勉強を終えてからは家に直帰。空いている時間は全てひなとの時間に費やした。
僕からすればもう他のことなんかどうでもよくて、ただひなのためだけに生きていた時間だった。
そんな時間はあっという間。卒業すると今度は、研究職としての道が始まった。
医療の道で、ひなを救う旅がようやくここから始まった。
根本的にやることは変わらない。ひなを救う目的は、一ミリも変わってなんかない。
ひなの症例をもう一度丁寧に分析して、何ができるかを探す。
その過酷な日々が、一年、また一年と増えていく。
そして、あの夏から15年がたったころ、僕はたどり着いた。
×××
「ねぇ、ひな。どこか出かけようか」
「いくー」
何もない休日。今日も今日とてひなを乗せた車いすを押して街を歩く。
暗くどんよりとした梅雨も明け、そろそろ夏本番の日射しが差し込んでくる。
「暑いねー、ひな」
「あついー」
「アイスでも食べようか?」
問いかけに対してひなは首を横に振る。
「そっか・・・。じゃあ、何がいいかな?」
「すいかー」
「よし分かった。じゃあ、そうしようか」
散歩の帰りがてらにスイカを買って、縁側に座って二人で食べる。
そんな日常は、きっと当たり前じゃない。だから、大事にしたかった。
「おいしい?」
「うんー」
そうしてはいるものの、ここ最近どうも会話が少ない。どころか今日は、いつもより食べるスピードが遅いように思えた。
医学を勉強するようになってからは、どうしてもそう言ったところばかりに目が行ってしまう。職業病と言えばそうなんだろうか?
「ひな、どこか痛いところとかあるかな?」
「・・・わから・・・ない」
そうは言いつつも、調子があまりよさそうではないのを表情と声音ではっきりと伝えてくれた。
そのメッセージを受けとって、僕はあくまで優しく提案する。
「じゃあ、今日はもうスイカ食べたらお昼寝しようか」
「・・・」
返事はない。代わりに短い頷きが一度だけ。
縦に振られた頭をGoサインと僕は理解して、スイカを食べ終わるなり、ひなを診察器具が近いベッドに寝かせることにした。
体が疲れていたのか、ひなが眠りにつくのは早かった。
「もう寝ちゃったのか・・・。・・・よし、眠りも深いな」
あれからのひなの成長はと言うと、はっきり言ってほとんどない。
言語能力、脳処理どころか、体格に至るまで成長が格段に遅かった。
そのため、こうして診察しようとするだけで拒否をされることがしばしばあった。
眠りが深いこういう時が、一番安全だった。
「・・・大丈夫、すぐ終わらせるからね」
聴診器を耳につけ、体の動作の様子をチェックする。
呼吸、血液の周り、そういったものを検査して・・・。
「・・・っ!? そんな・・・嘘だろ・・・!!?」
そして、その現実は何の前触れもなく訪れた。
ひなの身体は、確実に少しずつ衰え始めていた。
「そんなこと・・・ありえないだろ・・・!?」
実年齢換算しても、明らかに衰えが来るような年齢ではない。体にコンピューターが眠っていた時であればそれのせいと説明がついた。けど今は、もう何もない。難病を抱えていることを除けば普通の少女と相違ない。
でも、目の前のひなは・・・。
「っ! ・・・大丈夫、僕が何とかして見せる」
声を荒げても、焦っても何の意味もない。
せめてひなの前では笑い続けれるように。それがあの日々で僕が学んだモットーだった。
だから・・・大丈夫。何とかして見せる。
×××
ひなの衰えが分かって以降、僕はより一層研究に励んだ。
ひなが眠ってからの数時間。それが僕に与えられた自由な時間。その時間をすべて費やして、僕はひなのために出来ることを探した。
最初の方はひなの症例の治療法を探した。けれど、いつまでたっても最善策が見つからない。もっと時間が必要な研究を短期間で急いで行っても、何の意味がないことに気づくのは早かった。
今度は衰えを遅くする方法を探した。けれど、見つかるものはどれも1を0.8にするものばかり。それでもよかったが、いずれにせよ長くない未来であることには変わりがなかった。
「くそっ・・・! どうすればいいんだよ・・・!」
探しても探しても有効打が見つからない。こうしているうちにもひなの衰えが進んでいると考えると、嫌でも焦りしか浮かんでこなかった。
「落ち着け・・・! 現状を把握しろ・・・!」
頬をぱちんと叩いて、一度大きく深呼吸をする。そして僕に出来ることを探す。
現状を見つめる。希望的観測はいらない。
・・・ひなの衰えは止まる気配がない。その上に対処法は存在しない。
だから・・・この現実は間違いない。
あと少しで、ひなは死んでしまう。
僕が真に探すべきは、そのために出来ることだったんだ。
それは延命だとかそういうものじゃなくて。
ひなが望む終わりを迎えるために。
医者ってそういうものなんだ。どれだけ頑張っても、治せない現実がある。
そういう時は、患者の思う最期を迎えさせるのが仕事だ。
例えそれが、自分の消えてほしくない人間であっても。
だから僕も・・・覚悟を決める。
×××
とうとう、ひなは口も動かさなくなった。
感情は表情筋で表すけども、そこに音声が伴うことはほぼなくなった。
それでもひなは僕に微笑みかけてくれる。せめてその笑顔が絶えないうちに、僕はひなのためにどうにかしたかった。
それが、僕が今日まで生きてきた意味だったから。
覚悟は決めている。きっと拒絶されてしまうかもしれないであろう提案をする覚悟を。
一度大きく息を吸った。そして、いくつものパターンの未来を先読んで僕はひなに語り掛けた。
「ねえ、ひな。提案があるんだ」
「・・・」
「ひなの楽しかった思い出を取り戻す方法・・・、なんて言えば難しすぎるか。簡単に言うとね、ひなのモヤモヤを治そうと思うんだ。・・・どうかな」
嘘めいた言葉を並べてひなを諭す。
『治す』という言葉にひなは敏感だ。きっと、何度も痛い思いをしてきたのだろう。
けれども今ばかりは使うしかない。例え拒絶されても、そこだけは逃げられない。
歯を食いしばった。どんな拒絶反応を見せられてもいいように。
けれど。
ひなは一度だけ小さく、縦に頭を振った。
「え・・・?」
「よーた・・・しんじる」
「ひな・・・!」
涙が出そうだった。
ひなを助けようとした行為を初めて、ひなに肯定されたように思えた。長く長く拒絶されて、それでも分かってほしかった僕がそこにはいた。
それが今・・・、報われたように思えた。
×××
ひなからGoサインを受け取った僕は、準備を整えて手術へと臨んだ。
ショック治療。
簡単に言えば、ひなと、みんなと過ごしたあの夏休みをひなに思い出させるための治療だ。記憶喪失の人間に行うことがよくある。
とはいえ、今回は例外。
あの夏僕らと過ごしたひなは、脳に粒子コンピューターを抱えていた。
認めたくはないけれど、大概の記憶はそちらに記録されているだけであって、ひな本人のものではない。
けれど、ひなはほんのわずか、どこかで僕たちのことを覚えててくれた。
だから、それを触媒にすれば、思い出せないことはなかった。
とはいえ、可能性は限りなく低い、難しい手術だった。
けど、失敗したらどうしよう、なんて言葉は一度も出ることはなかった。
ひなの今後を縮める可能性だってある手術。メリットに対するデメリットを考えるとあまり選びたくない手術。言えば、苦渋の決断に近い手術だった。けれど。
『信じる』
ひなから貰ったその一言で僕はどこまでも頑張れる気がした。
そして手術は、静かに終わりを迎える・・・。
×××
今日も今日とて、ひなを車いすに乗せて街を歩く。
夕方になっても日射しは衰えることなく、僕たちを焼く。
こうしてみれば、何も変わってないように思える。
けれど、確かに変わったこともある。
「陽太、今日はあの場所へ行ってみたいんじゃ」
「分かった」
無邪気そうに、ひなは僕たちが映画を撮影した場所を遠く指さした。
その姿はあの夏、僕たちと一緒にいたひなに間違いなかった。
結果から言うと、手術は成功に近かった。
手術終了後、ひなが目を覚ましたのは三日後。そこにはいつか失った瞳の光と、あの夏の記憶があった。
ただ、不思議なことに、本来失っていたはずの言語能力まで取り戻していた。
いつかはくどいくらいに聞いていた全知の神という言葉が、泣けるほどに懐かしい。
けれど、僕は知っている。僕だけが知っている。
あの手術は、ひなの死への道を加速させてしまっていることを。
夕焼けを背に、ひなと映画を撮影した丘へと向かう。
登りきるころには太陽も隠れ、次第に星々が灯りだした。
「綺麗じゃな」
「うん、綺麗だね」
二人で星を眺める。きっとひなはこうしたかったのかもしれない。
「・・・」
しばし無言が続いた中で、ひなはおもむろに立ち上がった。
ふらふらとする足をどうにか踏ん張って、その場に仁王立ちのごとく立つ。
「ひな、まだ調子もよくないんだから立つのは・・・」
「・・・」
ひなは首を横にぶんぶんと振る。そうしていたいことの意思表示だった。
透き通った瞳で僕を見つめる。穏やかで、慈愛を秘めたような瞳。
その瞳に飲み込まれそうになった時、僕は全てを理解した。
「嘘、だよね・・・?」
「バカチン、わしが嘘を吐くか。・・・それに、お主だってもう分かっておろう」
「分かってるけど・・・分かりたくないよ!」
ひながいまこうして立ちふさがっている理由はひとつしかない。
今日が、ひなが迎える最後の日だった。
「全知の神だって、いつかは終わるもんなんじゃ。そうべそをかくな」
「でも・・・! でも!」
今君に死なれたら、僕は明日から何を思って生きればいいんだ。
けれどひなはそんな僕の思考なんてお見通しのようだった。なぜなら彼女は全知の神なんだから。
「・・・いいんじゃよ。もう十分に満足した。生まれてきたことさえ奇跡なわしじゃ。今こうして陽太、お主の前でこうして話していることは、そんな奇跡をいくら重ねても足りんわ」
「こんなの奇跡じゃないよ! ・・・僕の、自己満足だよ・・・」
本当に、あの夏の記憶を取り戻すことがひなの望んだことだったのだろうか?
自分の寿命をさらに縮めてまで、一瞬の輝きを心から望んでいたのだろうか?
絶えない後悔に、いつしか僕は涙を流し始めた。研究に、ひなにとこらえてきた感情が溢れんばかりに暴れている。
「自分の命を捨ててまで記憶が欲しかったのか、なんて野暮なことを考えているのか?」
「・・・」
図星だった。自分の脳の中で押さえきれない思いが、筒抜けにひなの頭に入っていくようだった。
「あほちん。そんなこと、どちらでもないわ」
「え・・・?」
「お主がわしのためを思ってしてくれたことを、わしが嫌がるはずがないじゃろうが」
「ひな・・・」
「それにな。わしはこうしてくれてよかったと思ってるんじゃ」
遠くを見つめ、ぼんやりとひなは吐き捨てる。
その言葉を吐き終わった時、ひなは膝から崩れだした。もう、足に力が入っていなかったのだ。
「ひなっ!」
倒れないように下からひなを抱きかかえる。その体はぐったりしていて、全てを抜き取られた時のひなのそれに相違なかった。
近づいてくる、終わりの合図。
医者として、何度も目にしてきた、患者の死期だった。
「・・・わしはあの時、ちゃんとわしの意志でお主のことを好きと言った。・・・でも、その時の思いはお主の施しを受けて、ようやく思い出したんじゃ。・・・なければ、わしはあの時感じた思いを・・・忘れたままじゃった」
「そんな・・・! でも・・・!」
このまま時が止まってくれたらいいのに。そう祈らずにはいられない。
でも世界は残酷だ。こんな時間さえ、許してくれない。
別れる覚悟も、出来てないのに。
「いいんじゃよ」
死にかけの身体をもいとわず、ひなは僕の頭を小さな手で撫でた。慰めるように、僕に語り掛ける。
「わしのな・・・最後の願いを教えてやろう」
「え・・・?」
「流れ星が見たかったんじゃ。・・・それも一人じゃない。幸せな記憶と、好きな人間に抱かれて。・・・見ろ、陽太。頭上を」
促されて僕が空を見上げると、目まぐるしいくらいに星が流れていた。
それは、ひなが望んでいたものだった。いつかの病室でも、司馬さんに星を見せてもらっていたような気もする。それはもう、遠い昔の話だけど。
「全知の神は流れ星の日に空へ帰る。・・・どうじゃ? ろまんちっくじゃろ?」
「・・・うん、そうだね」
あどけない笑みを浮かべるひな。泣いているのが僕だけなんてカッコ悪いな。
だからもう、涙は見せないでおこう。
無理にでも笑って見せて、僕はひなと星空を見る。
ああ、綺麗だ。
今僕が立っている汚れた世界とは雲泥の差。ひなは、そんな空へ帰ろうとしているんだ。
なら、笑って見送ろう。
言葉を交わすことなく、小五分。ひなの息は絶え絶えになっていく。あと少しの呼吸でひなが逝くことを僕は悟った。その遺言を聞き逃さないように、涙を抑えて耳を傾ける。
「・・・毎日が、きらっきら・・・しておったな」
「そうだね。・・・楽しかったよ。本当に」
けどもう、あの日々に帰ることはないし、帰ろうと思うこともないだろう。
あの日々は遠い思い出。『佐藤ひな』という全知の神が生きた神話だ。
僕みたいなただの人間が帰れる場所じゃないから。
「・・・なあ、陽太。お主は・・・もっといい、人間になれる・・・」
「なんだよ、いい人間って」
「なんでも・・・治せる・・・医者に・・・人間になれる。・・・そしたら、きっと・・・」
「分かってるよ。僕の生きがいは、きっとそこにあるんだ」
世界にいる人間は僕とひなだけじゃないから。
きっと世の中にはまだ多くの理不尽がある。それを僕の手で治せるなら、僕はそうしたい。
・・・なんだ。生きた意味、僕にもちゃんとあったんだな。
「・・・好きじゃよ、陽太」
「ああ。僕も・・・僕の方がもっと好きさ」
「あほちん・・・。わしのほうが・・・」
そうして、ひなは小さく息を吸った。小刻みに唇を動かし言葉を乗せて、息を吐く。
『ありがとう』
最後の言葉はこれだった。
ひなは役目を終えたロボットみたいに、ピクリとも動かなくなった。みるみるうちに体温が下がっていく。動きもしない脈に僕はようやくその死を理解した。
「ありがとうだなんて・・・、あの時、一回でも聞いたかな。ははっ・・・」
そもそも、感謝されることなんて少なかったから。だからこうして、その言葉は僕にしみて・・・。
「・・・大丈夫って・・・思ってたんだけどさ・・・。っ」
こらえていた涙が関が崩壊したようにあふれ出す。
「やっぱり僕は・・・それでも・・・僕は・・・!!」
もう一度、もう何回でも、君と笑い合いたかった。
「ひなっ・・・ひなぁああああああああ!!!」
×××
僕が一人大事な人を失ったところで、世界が止まってくれるわけじゃない。
僕も医者だ。その仕事には責任が付きまとう。
けれど、月日を経て、僕はひなに施したことを後悔しなくなった。
きっとあれでよかった。今ならそう思える。
それからも僕は医者として、多くの患者に寄り添うことにした。
何でも治せる医者にはなれないけど、僕にしかできないこと、もうあるからさ。
きっとそれを続けていけば、僕もいつかはきっと。
誰かの心に寄り添える神様になれると思うんだ。
「だよね、ひな」
今日もまた、夏は往く。
いつか僕も、誰かにとっての神様になるために。
というわけで、このような形にさせて頂きました。
感覚的には智代アフターに近いんですよね、この作品。なので考えるところもありました。
万人受けするという訳では無いと思いますが、人生の理不尽さ、生々しさを伝えれたらなと思っています。
そこで幸せを見つけれたら。
それが私の望みです