「準備運動はしっかりしなさいよ?」
「わかってますよ」
ブランとクリストは模擬戦闘用の武器を持って教会の裏庭に来ていた。
「シーシャからのアドバイス? なんでしょ?」
「はい」
「どんなアドバイスしたんだか……。まあいいわ。せっかくだし、全力でやりましょうか」
「……勿論です。加減はしませんよ」
全力で、その言葉に少しだけ怖気付いてしまった。女神の全力なんて人間で敵うものではない。だがその中にブランの強さを見出せるなら……。
「じゃあ、いくわよ」
ブランはハンマーを構えた。見た目はいつものハンマーだが、模擬戦闘用に性能を大きく引き下げられている。全力で殴っても少し痛い程度だ。
「はい……」
クリストも模擬戦闘用の刀を構える。久しぶりに持つ白い刃の刀。こちらも性能は大きく引き下げられており、刺突攻撃をしても人体には刺さらなくなっている。
お互い、武器を構えて睨み合う。先に動いたのはクリストだった。
「はっ!」
二本の刀による同時攻撃。右は上から、左は横から振った。
「甘い」
ブランは自身の右から飛んでくる斬撃をハンマーで思いっきり弾いた。上からの斬撃は柄を使って受け流す。
「っ……!」
体勢を崩したクリストはすぐに防御の構えをとった。しかし、追撃は来ない。
(様子見か? 余裕だなぁ)
今度は低い姿勢からの切り上げ。それに対しブランはハンマーを刀に向けて叩きつけた。刀に受けた衝撃が手に伝わり、一瞬刀を落としそうになる。握り直し、いったん大きく距離をとった。
(どうしよう……突破口が見いだせない。ブラン様は頑丈さに自信があるって言ってたけど……本当なんだ。攻め崩すのは無理だ)
「どうしたの? あなたのターンは終わり?」
「……いえ、まだまだですよ」
今度はスキルで攻めてみることにした。刀を逆手に持ち魔力を込める。
「凍てつけ……『氷天凍地』」
刀を地面に刺すと同時にブランの足元から氷柱が現れた。
「なっ……!」
完全に意表を突かれたが、直撃は免れた。
「まだですよ!」
「は……?」
クリストが刺した刀は一本だけ。もう一本は鞘に収め、力強く柄を握りながら居合斬りの時のような構えをとった。
「『飛燕氷牙』!」
そして勢いよく抜刀。同時に放たれた氷の刃はブランめがけて飛んだ。
「くっそ……!」
ブランはハンマーで受けると、氷の刃を割りながら一気に距離を詰めてきた。
「マジ……!?」
クリストは咄嗟に地面の刀を抜き、二本の刀でブランのハンマーを受け止める。
「いい攻撃だったわ……」
「どうも……ありがとうございます……!」
二人は飛び引き、距離をとる。クリストの方はすぐに間合いを詰めようと駆け出した。そしてブランめがけて大振りの攻撃を仕掛ける。
「動きが大きすぎるわよ?」
ブランは余裕を持って防御の構えをとった。刃が来る位置は予想できる。ならば武器で受けるのも簡単。
「わかってますよっ!」
しかし、刃がブランのハンマーに当たることは無かった。寸止めだ。ハンマーと刀が触れるギリギリの位置で、二本の刀の動きがピタッと止まる。
「……!」
「はっ!」
そしてそのまま突きを放った。剣先はブランの肩と喉に触れるか触れないかの位置で止まった。
「……」
「……」
「見事ね……」
ブランはゆっくりと後退りをした。クリストも刀を降ろす。
「振る速度も遅くはない……むしろ速い方だったのに、寸止めできるなんてすごいと思うわよ」
「ありがとうございます。ところで、ブラン様」
「何?」
「本当に……全力でしたか?」
「……どうしてそんなことを?」
「全力なら負けないだろうなと思っていたので」
「なるほど。確かに全力は出てないわ」
「やはりそうでしたか」
「一撃で負けるのも嫌でしょ?」
「はい……。精神的にも良くない……」
(でもまだ分からないなぁ。ブラン様の強さの理由。数こなせばわかるかな?)
「……ブラン様、もう一戦いきましょう」
「良いわよ。でも、同じ手に引っかかるつもりは無いから」
「勿論です」
二人は距離を取ってから武器を構える。そしてクリストは刀に魔力を宿し、ブランは七つの光の玉を出現させた。
「『ゲファーアリヒシュテルン』!」
「『飛燕氷牙』!」
遠距離技同士のぶつかり合い。氷の刃はいくつかの光の玉を噛み砕いたが、全てを相殺しきることは出来なかった。残った光の玉は刀で弾いてかわした。
「たあっ!」
二本の刀での攻撃。決して振りは遅くなかったが、ギリギリかわされてしまう。
「そこ!」
ハンマーの縦振り。刃で受け流す。
(最初からスキル使ったし、さっきよりアクティブに攻めてきてる)
「やるわね。でも、これはどうかしら」
ブランはハンマーで思いっきり地面を叩いた。少し遅れて、ハンマーを中心に輪状に氷塊が勢いよく隆起した。
「おぁっ!? 危なっ!」
バックステップで避ける。隆起した氷塊は、クリストとブランを分つ分厚い壁になった。
(危なかった……。でも今ならこの円の中にブラン様は居る。ならば!)
刀に光属性を宿し、構える。
「『ムーンライトクロスブレイク』!」
交差する光の刃は氷塊を砕き、円の中に居るブランを捉え……なかった。
「え……あれ?」
「そう来ると思ってたわ」
「え!? 上!?」
「食らえ! 『ゲッターラヴィーネ』!」
振り下ろされたハンマーはクリストを地面に叩きつけた。模擬戦闘用の武器だからよかったものの、本物でこれを受けたらタダじゃ済まなかっただろう。
「痛た……」
「今度は私の勝ちね」
「お見事……です」
クリストは立ち上がって、袴に付いた土を手で叩いて落とした。
「さて、少し休憩しましょうか」
「わかりました。飲み物の用意しますね」
❅
「ところで、シーシャからのアドバイスって、なんなの?」
クリストが用意した麦茶を飲みながらブランは訊ねた。
「知りたいですか?」
「大いに。初対面でどんなアドバイスもらったのか気になるのよね」
「じゃあ……話しますね」
クリストはシーシャからもらったアドバイスの内容を話した。
「……それで私と手合わせを?」
「そういうことです」
「それで、あなたは何か分かったの?」
「正直、全然分かりませんでした……。なんなんですか? ブラン様の強さの秘訣って」
「聞きたいの?」
「教えてくださるのなら……」
クリストは小さく頭を下げた。
「教える……と、言いたいところだけど、私自身もよく分からないわ。自信をもってこれってのはちょっとね」
「そうですか……」
「ただ、もしかしたら……私が守護女神だからってのはあるかもしれないわね」
「それは……元から人より強いということですか?」
「そうじゃなくて。守護女神として、国を守護するなら弱いとダメでしょ?」
「あぁ、なるほど。守るべきものがあるから強くなれた……ということですね?」
「多分ね」
「……覚えておきます」
「別に覚えてなくたっていいのに」
クリストは空になったコップを二つ、お盆の上に乗せた。
「さて、この後もやる?」
「ブラン様がいいのでしたら、是非」
「そうね、特に予定は無いし……」
そう言った途端、ブランの携帯電話が鳴った。
「電話……ちょっと出てくるわね」
「わかりました。コップ、下げておきますね」
ブランはその場で電話に出て、クリストはコップが乗ったお盆を持って部屋を出た。
コップを片付け、戻って来ると、ブランの方もやり取りは終えたようだ。
「ネプテューヌに呼び出されたわ。ごめんなさい、この後のは無しで」
「構いませんよ。気を付けて出かけてくださいね」
「えぇ、ありがとう」
ブランは身支度を整えると、教会を後にした。
「守るべきものがあるから強くなれた……か」
クリストはぼそっと呟いた。自分も同じようにして強くなれるかはわからない。側近という立場ではある以上、女神を守ることも役目ではあると思っているが、果たして自分に務まるのか……。実際、逆に守られた経験もある。
「でもブラン様達だって無敵ではない……。もし万が一の時……私が守れるようになればいいんだ」
なんにせよ、女神との差は少しでも埋めなければならない。女神の負担にならないためにも更に成長していこうと、心に決めた。