マーリョランド、ルウィーの北にある島にあるエリア。クリストはクエストの為にここを訪れていた。
「ちょ……待てーー!」
内容は海王イカの討伐。マーリョランドに居る青いイカ型のモンスターだ。残り討伐数は二匹。そして今、全力で逃走をしている二匹の海王イカを追いかけている。
「待てってーー! なんでイカのくせに陸上でこんな動けんだよ!」
(くそっ……SP温存しとけば今頃スキルでぱぱっと倒して帰れてたのに……!)
道中無駄な戦闘もあった為にSPももう無い。だが、あの二匹にも痛手は与えてる。普通に斬るだけで倒せるはずだ。
追いかけっこの末、たどり着いたのは川だった。二匹は迷わず川に飛び込んだ。
「なっ……!? こいつら!」
クリストは川の前で足を止める。流れは緩やかだが、そこそこ深い。
「…………他のやつで数合わせるか」
大きくため息をついて河に背を向けたその時、クリストの腰に青い触手が巻きついた。そしてそのまま川の中に引きずり込んだ。
完全に虚をつかれた。咄嗟に息を止めたが、そう長くは持ちそうにない。そして何より……
(やばい……泳げないのに水中戦は無理だって!)
泳げない。そして息を止めるのも苦手。そう、クリストは水中での活動が大の苦手だ。海王イカは一匹が触手で川底に押し付け、もう一匹がクリストの上にのしかかった。溺死させようとしてるらしい。
(馬鹿やめろどけどけどけどけ!)
クリストは必死にもがいたが、全くどかせる気配がない。それどころか、巻きついた触手の締め付けがさらにキツくなる。
「あ……がっ……」
(まずい……結構思いっきり息吐いちゃった。死ぬ……ここで……? ヤダ……)
ふと、視界の右端に光る何かが見えた。もしやと思い視線を向けると、落とした刀が一本、転がっていた。
クリストは手を伸ばし、刀を手に取ると、逆手に持ってまずは自分に乗っている海王イカを一刺し、そして無理やり刀を引き抜き、もう一匹の方にも深く刃を刺した。二匹は一撃で消滅。クリストは川底を蹴って僅かに浮き、川から手を出すと地面を掴み、体を引きあげた。
「っはあ! はぁ……はぁ……。し、死ぬかと思った……」
陸に上がり、仰向けになって呼吸を整えた。幼少期に川で溺れかけて以来、水中がトラウマになっている。
「まさかこうなるとは……。でもクエストは達成だ。帰ろう……」
横に落ちてる刀を拾い、鞘に収めた……ところであることに気付く。
「あ……もう一本……」
さっき海王イカにトドメを指すのに使った刀、あれを水中に置いてきてしまった。川を覗く。水が透き通ってるおかげで、刀がどこにあるかはわかる。だが、さっき潜ってみてわかった。この川、深い。ここから見れば肩くらいの深さに見えるが、実際潜ればクリストの身長なら余裕で頭の先まで浸かる深さだ。
「…………仕方ない。この刀だって安くないんだ」
クリストは恐る恐る入水した。顎の下まで浸かってもまだ足が付かない。
「…………やっぱ無理」
陸に上がり、ポシェットの中から携帯電話を取り出した。防水機能があるため、普通に動く。
「もしもし……はい、目標数討伐できましたが、ちょっとアクシデントが……はい、お願いします……」
❅
「で、ギルドの方に来てもらって刀拾ってもらったと」
「はい……」
「なるほど、災難でしたね……」
フィナンシェが淹れたココアを飲みながらクリストは話した。冷えた体に温かいココアが染み渡る。
「でも、今後もあるんですかね……水中戦になること」
「どうでしょうね……無くはないと思いますが」
「そうですか……やっぱりそうですよね」
大きくため息をつく。心底嫌がっていることがわかる。
「……フィナンシェさん」
「はい」
「フィナンシェさんって泳げますか?」
「私は……」
「遠慮しなくていいです」
「……泳げます」
「なら……泳ぎ方教えてくれませんか? せめて潜る時の恐怖心は克服したいので……」
「……わかりました。私で良ければお手伝いしますよ!」
「ありがとうございます……!」
クリストはフィナンシェに向かって深々と頭を下げた。
「次の休みの時にやりましょうか。水着の用意しておいて下さいね」
「わかりました。後……すっごい我儘なのですが」
「なんでしょう?」
「なるべく人に見られないようなとこがいいです……。本当に、軽くパニックになるかもしれないので……」
「わかりました。探しておきますね」
「ありがとうございます」
❅
後日、二人はプールを訪れた。
「まさかあるとは思いませんでした……」
「あんまり無いと思いますけどね、個人で予約取れるプール。でも無いと話進まないので、ここはご都合展開ということで……」
「? 最後何か言いました?」
「いえ、何も」
更衣室を出て、準備体操をして、いざ開始。
「具体的にどうすれば克服できますかね?」
「自分でやってみるか、無理矢理やるか……どうしますか?」
「無理矢理ってどんな感じなんですか?」
「プールサイドから蹴落とします」
「自分の力でやります」
クリストは恐る恐る入水した。
「足付きますか?」
「はい……大丈夫です」
フィナンシェはクリストの前に立った。
「じゃあ潜ってみましょうか」
「はい……」
クリストは水面を見て深呼吸している。そして息を大きく吸い、潜った。
十秒後、水中から顔を出した。
「……止めませんか?」
「まだ一回潜っただけですよ……?」
「やっぱり無理です……」
クリストは怯えた目でフィナンシェを見ている。声も微かに震えている。
「怖いですか?」
「はい……」
「やはりそうですか……。うーん、怖いのに無理矢理やらせるのは逆効果ですし……」
フィナンシェは悩んだ末に
「じゃあ、少しだけ恐怖を和らげるやり方でやりますか……?」
と、クリストをチラッと見ながら言った。
「できるんですか?」
「はい。それで和らぐかはクリストさん次第ですが」
「やってみましょう。物は試しです」
「わかりました。では……」
フィナンシェは一度大きく深呼吸をしてから、クリストを……抱きしめた。
「……!!!!??? フィナンシェさん、これは……」
「わ、私だって少し恥ずかしいですよ! ですが、こうすれば少しは安心感もあるかな、と……」
「な、なるほど?」
納得はしたが、やはり水着でくっつくのは少し恥ずかしい。
(これは訓練……そうだ、私が水に慣れるための訓練だ。これは訓練……これは訓練……!)
自分に言い聞かせて心を落ち着かせる。
「では、このまま三つ数えたら潜りますね。苦しくなったら……手で伝えてください」
「わかりました……」
「ではいきますよ。三……二……一……!」
二人は大きく息を吸って止め、潜った。
確かに、一人で潜るより全然安心感がある。これなら徐々に慣れていける……かもしれない。
(さっきより全然安心できる。よし……息止めるのに集中しよ)
恐怖心が和らいだからか、さっきより長く潜っていられた。そろそろ限界、というところでフィナンシェの背中を軽く叩き、限界だということを伝える。察したのか、フィナンシェはクリストを抱きしめたまま立ち上がった。
「はぁ……どうでした? いくらか平気でしたか?」
「はい……ありがとうございます」
「それは良かったです。さっきよりも長い時間潜ってられましたし、頑張りましたね」
フィナンシェはクリストの頭を撫でた。
(あ……なんだろうこの感じ。なんか……懐かしい感じがする)
「あ、ごめんなさい! つい……」
フィナンシェはパッと手を引いた。
「え、いや全然……むしろなんか、好きです……この感じ」
「え、あ、そうでしたか? で、ですが今はとりあえずやりましょうか、訓練」
「あぁ、そうですね」
その後、数回潜って出てを繰り返し、時間が来たため、今日のところは終了となった。
*
「どうですか? いくらか慣れましたか?」
更衣室で着替えながらフィナンシェが聞いてきた。
「少し、ほんっっっとに少しだけ慣れました」
「一人で潜れそうですか?」
「それは……多分まだ無理です……」
「そうですか。でも、時間かけて慣れていけばいいんですよ」
「そうですね。ありがとうございます」
二人はプールを後にした。
「さて、この後どうします?」
「そうですね……どこかでお茶していきません?」
「お、良いですね。お店は……フィナンシェさんに任せます」
「えぇ、任せてください!」
自分もカナヅチなので、今後水中戦する描写はないと思います。泳ぐ感覚が分からないので