「…………」
ルウィーの傍の森の中、クリストはある特訓を行っていた。魔力を一点に集中させ、物体を頭の中に思い浮かべる。
「……よし、完璧」
クリストの右手を白い篭手が覆った。握ったり開いたり、手首を回したりしてみる。手を動かすのに支障はない。
前にテストをした時、体に影響が出たのは、魔力の増えすぎによるものだという結論に至り、魔力を何かしらの形で逃がし続けることで体への負担を無くすという対策が必要だという事になった。その方法として、物体を作り、そこに魔力を割くというものを選んだ。
(無茶ぶりだと思っていたけど、やればできるものなんだなぁ……)
左手にも篭手を纏わせる。今のままでは二箇所が限界だが、陣羽織を羽織ればおそらくもっと多くの部位を覆えるはず。
この特訓を始めたきっかけは四ヶ月前のブランの提案にあった。ブランは本のあるページを見せながら、クリストに魔力で物体を作り出すやり方を教えた。
『この方法がおそらく、一番合理的だと思うの』
『ですが、魔力で物体を作り出すなんて……本当に身につきますかね?』
『きっと大丈夫よ。とりあえず一ヶ月やってみて、全くダメだったら別の方法を探しましょう』
『……わかりました。頑張ります』
そして一ヶ月のうちに、小さな物体を作り出せるようになった。
それから自分の時間を使い、この技術を自分のものにしてきた。万一暴走しても周りに被害が及ばないように、ルウィーの傍の森で特訓を行ってきたが、最近、ようやく安定して扱えるようになってきている。
(ふふ……これが完全に身に付けばきっとあんな戦い方も……これでブラン様達との差も縮まるな……)
気付けばもう日が沈む時間になっていた。クリストは特訓を切り上げ、教会に帰ろうとする。
(ん……なんか、足音が聞こえる。しかもでかいヤツの)
遠くからではあるが、何かの足音が聞こえてきた。ここら辺は比較的安全な地域だが、万一凶暴なモンスターだった場合、何かしらの被害が起きる可能性がある。報告だけでもするために、クリストは身を隠しながら足音の方へ向かった。
少し歩くと、すぐに足音の主の姿を捉えることができた
(エンシェントドラゴン……何故ここに……?)
暗くなってきた森の中でもわかる。前もこんな暗がりの中戦った相手だ。
(今の武器じゃ勝てるわけがないよね……前のより弱いんだし。よし、逃げるしか)
クリストはその場をゆっくりと離れ……ようとしたその時だった。
ピコン
と、携帯電話の通知が鳴った。その音に反応してか、エンシェントドラゴンはクリストが隠れてる木に視線を向けた。
「…………嘘でしょ」
考えるより先に体が動いていた。クリストはエンシェントドラゴンに背を向け、一心不乱に走っていた。背後からは咆哮が聞こえる。そして、自分の方に近付いてくる足音も。
「ふざっけんなよーー!!」
❅
「……クリストから返事が来ない」
携帯電話の画面を見ながらブランが呟く。そこには自分が送った『帰りは何時くらいになる?』というメッセージが映っている。
「気付いていないのかも知れませんね」
隣でフィナンシェが言った。
「そんなことあるかしら? いつもすぐ返信よこすのに……」
「一応電話してみたらどうですか?」
「そうね、そうするわ」
クリストに電話をかけようとしたその時、逆に電話がかかってきた。
「クリストさんからですね」
「えぇ」
ブランは電話に出た。
「もしもし、クリストあなた……」
『ブラン……さま……ちょ、手短に伝えます……』
電話の向こうからは息を切らしたクリストの声がした。
「え? クリスト、あなた一体何があったの?」
『あの……私がいつも特訓する森に……エンシェントドラゴン……』
「はぁ!? エンシェントドラゴンって……」
「……!」
「あなたは大丈夫なの?」
『今はなんとか撒けましたが……いつ見つかるか……』
「わかったわ。なるべく早く向かうわ」
『ありがとう……ございま…………うわっ!』
「クリスト?」
直後、耳を劈くような咆哮が聞こえてきた。
「クリスト! 返事して!!」
そして電話が切れた。
「早く行かないと。フィナンシェ……」
ロムとラムをお願い、と言おうとしたが、そこにフィナンシェの姿は無かった。
「フィナンシェ……?」
部屋を見渡す。そこである事に気付いた。部屋に置いておいたある物も無くなっている。
「…………まさか!」
ブランは部屋を飛び出した。今頭の中にある予想が当たっていないことを強く願いながら……。
❅
状況は良くもなく悪くもない。視界が悪い森の中ではエンシェントドラゴンを撒きやすい。しかし、見失っても足跡を辿ってついてくる。今は木の上に逃げているが、さっき電話した時はそうしても見つかった。完全に撒く手立てはおそらく、無い。
(早く助けに来てくれるといいんだけど……)
ブランが来れば生還は確実。それまで何としても逃げる、これしか選択肢はなかった。
足音がゆっくりと近付いてくる。すぐ動けるように呼吸を整えつつ、エンシェントドラゴンの様子を伺った。
「……」
「……」
「…………」
「………さん……」
(……? 今人の声がしたような……)
「……さーん……!!」
間違いない人の声だ。ブランの声ではないが、よく聞きなれた声だ。
(フィナンシェ……さん?)
やがて、目視で確認できるところに、見慣れたメイド服を着た金髪の少女が現れた。間違いなくフィナンシェだ。その手には何かを抱えているようにも見える。
なんだろうか、と考える暇はなかった。すぐ下から聞こえるエンシェントドラゴンの咆哮。ハッとして下を見ると、エンシェントドラゴンはフィナンシェの方を向いていた。
「まずい!」
クリストは木から飛び降りつつ抜刀。目を目掛けて斬りかかった。一本は鱗に弾かれ折れたが、もう一本は左目を斬りつけた。効いているのか、苦しそうな声をあげて大きく怯んだ。その隙にクリストは刀を投げ捨ててフィナンシェに駆け寄り、抱き抱えると走ってその場を離れた。
❅
「何してるんですか!」
「ごめんなさい……でも、クリストさんにまた辛い思いしてほしくなくて……」
今は大樹の陰に隠れている。エンシェントドラゴンからは大きく離れた為、すぐには追いつかないはずだ。
「だからって……一人で来るなんて無謀すぎます!」
「…………」
フィナンシェの体を眺める。少し怪我をしているが、走れないような怪我ではないと見た。まだ走れるか、聞こうとしたその時、ズン、と大きな足音が聞こえた。
「まずい、もう近くまで来たか……」
「ひ……」
足音がだんだん大きくなってくる。見つかるのも時間の問題だ。
「フィナンシェさん、それ、持ってきたってことは何か役に立つ物なんですよね?」
「はい……。クリストさんが前に使ってた刀……です」
「何……? いや、だったら好都合。早速使わせてもらいますよ」
クリストはフィナンシェから刀袋を受け取り、中に入っていた二本の刀を取りだした。鞘や柄の細かい部分のデザインが変わっているが、持った感じは前と変わらない。
「フィナンシェさんは早く逃げてください。これがあれば、万一戦うことになった時でもやり合えるはずですから」
「わかりました。無事に帰ってきてくださいね」
クリストは小さく頷くと、木の影から向こうの様子を伺った。エンシェントドラゴンの姿が見える。口を大きく明け、息を吸っているようだ。段々と口内が赤く染まっていく。
「ダメだ!!」
「え?」
クリストはフィナンシェの腕を掴み、思いっきり引っ張った。直後、フィナンシェが居た場所を業火が横切った。大樹の幹は大きく焼け、そして倒れた。
「フィナンシェさん! 少し遅かったか……」
「う……うぅ……」
直撃は免れたが、脚にもらってしまった。このままでは走って逃げることは不可能だろう。
「クリスト……さん……」
「……。こうなったら……」
クリストはエンシェントドラゴンの方を向き、刀の柄に手を添えた。二人目掛けて振り下ろされる爪に対し
「『居合・氷華一文字』!!」
全力の居合切りで応じた。爪を弾くだけでなく、エンシェントドラゴン自体を大きく仰け反らせ、そのまま後ろに倒した。
「今ならやれる。…………大丈夫、特訓の成果を出すだけだ」
クリストは深呼吸すると、地面を強く踏んだ。
「いでよ……氷晶の陣羽織!!」
雪の大地から氷の粒が舞い上がり、クリストの上半身を覆う。そしてケープを外すと、そこには水色の陣羽織が。
「クリストさん、それは!」
「これしかないんです。でも、上手くやってみせますよ」
湧き出る魔力に意識を向け、各部位に防具を生成していく。篭手、
(まだいける……)
さらに四本の氷の刀を生成、自身の背後に浮かせる。
(……前に羽織った時より全然良い。これなら、前みたいにはならないはずだ)
ゆっくりと目を開ける。その水色の瞳はエンシェントドラゴンの姿をしっかりと捉えていた。
「さあ、始めようか」
エンシェントドラゴンは大きく咆哮すると、クリスト目掛けて火球を吐いた。しかし、それは両肩付近に浮いていた大袖を模した盾で防がれた。その後も何度も放つが、大袖は少しも焦げついていない。
「今度は私の番……文句ある?」
右の刀の剣先をエンシェントドラゴンに向けながら言った。エンシェントドラゴンは変わらず火球を飛ばしてくる。それを大袖で防ぎ、刀で弾きつつ距離を詰める。距離を詰めると、今度は爪を振り下ろしてきたが
「ふうっ!」
腕ごと斬ってみせた。怯んだ隙に、四本の氷の刀と手に持ってる二本の刀で斬りかかった。刃はまるで豆腐を切るように、なんの抵抗もなくエンシェントドラゴンの堅固な鱗を切り裂いた。
「これで終わらせる……!」
クリストは大きく跳躍すると、刀を納刀し、左の腰の刀の鞘に手を添えた。同時に、背後の氷の刀が砕け、その魔力が刀に集う。
「『居合・氷華一文字【徒花】』!!!!」
放たれた一閃はエンシェントドラゴンを縦に真っ二つにし、氷塊へと変えた。氷塊はクリストの着地と同時に徐々に砕けていった。
雲が晴れ、月明かりが森の中に差し込んでくる。篭手や兜など、身に付けている防具が月明かりに反射して白く輝いた。
(勝てた……エンシェントドラゴンに……。しかも、体もどこもおかしくない。間違いない……自分の力として身につけることが出来たんだ)
クリストはエンシェントドラゴンだった氷の粒を一瞥すると、フィナンシェへ駆け寄った。
「お待たせしました」
「クリストさん……良かった、それもう大丈夫なんですね」
「はい、もう大丈夫です。ですが、今ここで話すより先に脚の手当をしてもらわないと」
「そうですね……すみません」
「…………本当ですよ。もうこんな無茶しないでくださいね」
「はい……」
クリストはフィナンシェの背中と太腿の下に手を入れ、持ち上げた。所謂お姫様抱っこだ。
「あの……他に抱え方は……」
「いいじゃないですか。抱えやすいやり方なんですから。それに、なんか…………お姫様救い出した騎士っぽくないですか?」
「お、お姫様!!?」
「…………」
「ちょ、ちょっと! 何か言ってくださいよ!」
「帰りますよ……」
クリストは早足で森の中を進んだ。少しだけ、手に力が入ったような気がした。
この後、ブランに見られたのは言うまでもないことか……。
❅
「なるほど。特訓の成果は出たみたいね」
「はい。ぶっつけ本番でしたが、何とかなりました」
後日、クリストはブランに何があったのかを話した。
「しかし、あの格好は……」
「かっこいいと思いませんか?」
「かっこいいけど、それ以上にクリストらしいなぁって思ったわ」
「やはりそう思いますか? 結構自分好みにしたので」
少し誇らしげな笑顔を見せた。
「あ、そういえば……この刀、直してくださったんですよね? ありがとうございます」
クリストは腰に差した刀の柄頭に手を添えながら言った。
「いいのよ。使い心地はどうだった?」
「前と全然変わっていません。ですが……」
「何?」
「少し、前とは違いますね」
ブランは目を見開いてクリストを見た。
「……わかるの?」
「わかりますよ。付き合い長いので。でも、悪い方には変わってませんね」
「それならよかったわ……。そう、強度を増す為に高級な鉱石を素材に使ったし、より魔力の伝導が良くなるようにしたわ」
「ありがとうございます。……名前どうしようかな」
クリストが小さく呟いた。
「名前?」
「刀の名前です。前と違うなら新しく付けた方が良いかな、と」
「なるほどね。どんな名前付けるのかしら」
「うーーん……じゃあ、こっちは雪の別名である『
右の腰に差している刀に手を添えながら言った。
「で、こっちは『
今度は左の腰に差してある刀に手を添えながら言った。
「白神の由来は?」
「白の女神、ブラン様達ですよ。私も女神と並んで戦えるようにと」
「あなた……フィナンシェが居ながらそんな……」
「敬愛の意味を込めてで…………ん?」
クリストは不思議そうな目でブランを見た。
「ブラン様、今のはどういう意味ですか?」
「ん? フィナンシェがいるのに、私達のことを刀の名前にしていいのかってこと。まぁ、フィナンシェは嫉妬深い性格ではなさそうだけど」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ! なんか勝手に話進んでませんか!?」
「え? 勝手にも何もあなた達もう……」
クリストは突然、ブランの肩を強く掴んだ。
「……まだです」
「え?」
「まだです!」
「えぇっと……」
(聞こえないとかじゃなくて、『まだ』って……)
「まだなんです……!!!!」
「あぁ、はい……」
(つっこまない方が吉、ね)
この話はこれ以上発展することは無かった。ブランは、これ以上は口出しせずに、二人の行く末を見守る事にした。
追加で生成した防具に関して……篭手は前腕を覆う防具で、臑当と甲懸は脛から足を覆う防具、兜は説明不要でしょう、大袖は甲冑の両肩に付いてる盾みたいなアレです。クリストは大袖を浮遊する盾として扱ってます。
ずっと出したかった強化形態完全版です。今後もちょいちょい出していきます
追記:陣羽織を羽織る前にケープを外す描写を入れ忘れていたのに気付いたので、入れました。