最近見つかったという洞窟の調査に来ているブラン、ロム、ラム、クリストの四人。クリスタルが輝く洞窟の中を進んでいった。
「分岐が無いですね」
「そうね。一本道の洞窟のようね」
「それにモンスターも全然居ないよ?」
「もしかして、安全な場所なのかな?」
そう。この洞窟に入ってまだ一度もモンスターと遭遇していない。逆に不気味なくらい静かな洞窟だ。
「こういう場所にはモンスターが住み着くはずなのだけど……どうしてこの洞窟には何も居ないのかしら」
何かありそうな気がしてならない
「分岐ですね」
「ここに来て分岐……」
洞窟の深部。道が左右に分かれている
「二人と二人で別れますか?」
「そうしましょう。私とラムは右の道を調べるから、貴方とロムは左の道を調べて」
「わかりました」
「調査が終わったらここに集合で。……気を付けてね」
「はい。ブラン様の方も気を付けて……」
こうして四人は二手に分かれて洞窟の調査を続行した。
❅
「……行き止まりですね」
「うん……何も無かったね」
クリストとロムは左の道を進み、最深部まで辿り着いた。道中はクリスタルが無く真っ暗だったが、何かあるわけでもなく、最深部にも何も無い。本当に何も無い道だった。
「何かありませんかね……ここにモンスターが居ない原因とか…………ん、これは……穴か?」
クリストが壁をよく調べると、下の方に抜け道らしき穴を見つけた。匍匐前進で進めそうな穴だ。
「……気になりますね」
「側近さん……もう帰ろ?(ふるふる)」
ロムはもう限界な様子。ロムの魔法で作り出した光の玉だけが光源になっている状況。精神的に全然落ち着かないようだ。
「……すぐ戻りますから。この先を少し見てくるだけです」
「本当に……?」
「本当です。ですから少しだけ、待っていてくれませんか?」
「分かった。待ってるよ」
「ありがとうございます」
クリストは邪魔にならないように腰の刀を消し、匍匐前進で穴の中に入った。
予想通り、穴の先には空間が広がっていた。さっきまでと同じく真っ暗。クリストは右手の平の上に小さな光の玉を作り出し、それを光源に周りの状況を確認した。
(光属性もある程度扱えると得だな。ランタン程度の明るさだけど……。で……ここも何も無いか?)
少しだけ先に進んでみる。突如、何かを踏んだような違和感が足に伝わったきた。
「何だ……?」
足の下にあったのは鱗に包まれた物体。それが尻尾であると理解するのに時間はかからなかった。そして同時に不安が頭を支配した。恐る恐る尻尾の先を照らしてみる。尻尾の主がゆっくりと体を起こしていく。
「エンシェントドラゴン……」
かつてブランから危険なモンスターだと伝えられた存在。見つけたら逃げることを第一に考えろとも言われた。確かにクリストが敵う相手では無い。しかし、どうやらさっきまで寝ていたようだ。大きな欠伸をしていて襲ってくる気配がない。
(今のうちに……逃げよう)
クリストはゆっくりと、足音をたてないようにして後退りした。そしてさっきの穴を抜けてロムを連れて逃げればいいと、そう考えていた。
だが、睡眠を邪魔されて黙っているわけが無い。エンシェントドラゴンはクリストへと視線を向けた。
「……ヤバい!」
走って逃げよう、そう思った時には既に遅かった。エンシェントドラゴンは尻尾でなぎ払い、クリストを吹っ飛ばした。
「ぐぁ……」
吹っ飛ばされ、壁に激突する。刺すような激痛が走った。
「側近さん!?」
向こうからロムの声が聞こえる。幸い……なのか、通って来た壁はかなり厚かった。エンシェントドラゴンの力でも、崩すには時間がかかるはず。
「……て」
「え……?」
「逃げて……ください……」
激痛に耐えながらロムに訴えた。しかし状況が飲み込めないのか、ロムはその場から動いていないようだった。
「早く逃げてください……そしてブラン様に報告を……」
「でも……側近さんが!」
「私は大丈夫です……。ですから早く!!」
「…………わ……わかった」
ロムの足音が聞こえる。言われた通り報告に行ってくれだようだ。
クリストは壁にもたれながら刀を出現させて構えた。エンシェントドラゴンとの距離はもう遠くはない。
「せめて……みんなが逃げる時間だけでも稼いでみせる」
❅
右の道を調べているブランとラム。先の見えない道を進む中、遠くから響くドラゴンの咆哮を聞き、足を止めていた。
「今のって……」
「ドラゴン系のモンスターの咆哮ね。もしやこの先に……」
「居るのかな……?」
「多分……あ……」
嫌な予感がする。もしや左の道へ進んだ二人が襲われているのではないか……と。
「ラム、一旦戻るわよ」
「うん! ロムちゃん達が心配だもんね!」
ブランとラムは来た道を走って引き返した。
分岐にたどり着く。しかしそこにロムとクリストの姿はない。
「やっぱり……」
「ロムちゃん……側近さん……」
「……行くわよラム、手遅れになる前に」
「うん! ……あれ? あれロムちゃんじゃない?」
ラムが指さした先には走ってくるロムの姿が。
「ロム!」
「あ……お姉ちゃん……」
ロムはブラン達の前で立ち止まった。むせるくらい全力で走ってきたようだ。
「無事だったのね。よかった……」
「お姉ちゃん……助けて……」
「ロム?」
「側近さんが……」
ロムはブランに抱きついて泣きはじめた。ブランはロムが来た道に視線を送る。クリストが走ってくる気配は無い。
「……そういうことね」
ブランはロムの頭を優しく撫でる。
「任せなさい。私が絶対助けるから」
「うん……」
「だから少しだけ、ここでラムと待っているのよ?」
「うん……」
「ラム、ロムのこと頼んだわよ」
「うん……! 任せて!」
ブランはホワイトハートに変身し、暗闇を睨んだ。
「クリスト……もう少しの辛抱だ」
❅
「はぁ……はぁ……うぅ……」
エンシェントドラゴンとの戦いは防戦一方な状況だった。何度も攻撃を仕掛けては見たが、爪で防がれたり、攻撃を合わせられたりでまともにダメージを与えられていない。逆にクリストの方は交わしきれなかった攻撃により、体や足などに軽い切り傷を負っている。体力も限界。そろそろ何か打開策を思いつかなければ……
(どうする? 他に道があるかも分からない……だから逃げ道があるかも分からない。勝てる可能性も0に等しい……)
エンシェントドラゴンの振り下ろした爪を刀二本で受け止める。重い一撃は受けるだけで大きく体力を消費してしまう。
(もう腕が限界なんだが……なんとか受け流すしか……)
刀と爪が競り合う音に混ざって、パキンという音が鳴った。ものすごく、嫌な予感がする。
「……まさか!?」
予感は的中。クリストの持っている刀にヒビが入っていた。もう長くは持たない。
「うあぁぁぁ!!」
それでも、自分の体を横に動かしながら無理やり受け流した。直撃は免れたが、右腕に爪を受けてしまう。あのまま受け流さないで全身に貰うよりはマシだが、利き手が使えない状態になってしまった。
持っていられなくなった右手の刀は大きな音を立てて砕けた。左手の刀も、もう攻撃を受けるのにも使える状態ではなかった。
「…………」
それでもなお突破口を探した。まだ足は使える。ならばなにか隙を作ってエンシェントドラゴンの背後に回り、そっちに道があることに賭けるしかないと……
「……もらっておけ!!」
クリストは刀をエンシェントドラゴンの顔面目掛けて投げた。刀は見事に命中。狙い通り、エンシェントドラゴンは大きく怯んだ。
(今……!)
背後に回り、逃げ切ることができれば生還できるかもしれない。クリストは僅かな可能性に賭け、走った。
しかし、そう上手く事は進まないものだった。先の一撃がエンシェントドラゴンの逆鱗に触れたようだ。怒りに任せた尻尾の一撃が、クリストにモロに入った。
「ガ……」
最初の一撃とは比べ物にならないくらいの衝撃が全身を襲った。内臓が潰されたような感覚と全身の激痛、更に頭を強打した影響で視界も歪む。
「っ…………う……あ……」
(ダメだ……全く体を動かせない……。まさか、ここまで……? でも……みんなが逃げる時間は十分稼げたはず……悔いは…………無い……かな)
目の前にはエンシェントドラゴンの足が見える。もう成す術は無い。エンシェントドラゴンは、瀕死の状態のクリストに向けてトドメの一撃を放った。
しかし、その一撃は横から飛んできた戦斧によって弾かれた。
「え……」
続いて飛んできた白い影は戦斧を握ると、エンシェントドラゴンを思いっきりかち上げ、洞窟の天井ごとぶち抜いた。差し込んでくる月明かりが、プロセッサユニットを照らす。
「ブラン……様……?」
ブランが変身した姿である白い女神、ホワイトハートはクリストを一瞥した。
「よく耐えたな。後は……私に任せろ」
ホワイトハートはエンシェントドラゴンの方へ視線を送る。まだ動けるようだ。
「私の側近が世話になった分、たっぷり礼をしてやるよ!!」
ホワイトハートはエンシェントドラゴンに対し怒涛の攻撃を仕掛けた。相手の攻撃を確実に潰し、自分は戦斧の重たい一撃を入れている。
「そろそろトドメだ。女神をも粉砕する一撃、もらっておけ!! ハードブレイク!!!!」
周辺の地面に亀裂が走る程の一撃をぶち込む。限界を迎えたエンシェントドラゴンは力なく倒れ、消滅した。
「はぁ……片付いたぞ」
ホワイトハートは倒れているクリストのそばに寄った。虚ろな目をしてゆっくりとした呼吸をしている。
「うぅ……」
「無理に喋るな。体に障るぞ」
「…………」
「話は後でゆっくり聞いてやるからよ。とにかく今は生きることだけ考えてろ。ロム達のとこに着くまで、気力で耐えててくれ」
ホワイトハートはクリストを抱えると、ロム達が待つ洞窟の分岐点へ向かって飛んだ。
「もう少し早ければ……ごめんな、クリスト」
❅
「う……」
「あ、起きましたか!?」
見慣れない天井と聞き慣れた声。今自分はどこかの施設のベッドで寝ていて、横にいるのはフィナンシェだということがわかる。
「フィナンシェさ……」
体を起こそうとすると、体の奥の方から激痛が走った。
「……!!!!」
「ダメですよ、まだ動いちゃ。完治してないのですから」
「そう……なんですね」
あの後、ホワイトハートに抱えられたのは覚えているが、それから先の記憶が全く無い。あの出来事も夢だったんじゃないかとすら思える。
「ここは……」
「ここはルウィーの病院です。あの日からずっと、ここで眠ったままでしたよ」
「そうか……。私、どのくらい寝ていたんですか?」
「一週間……ですね」
「一週間……!?」
「はい。ブラン様曰く、抱えてすぐに意識が無くなったとか。死んじゃったんじゃないかってかなり焦ってたみたいです。それからロム様の応急処置を受けて、一応病院でも治療してもらって、今に至ります」
「そうだったんですね……」
女神に仕える存在でありながら女神に負担をかけているように感じ、悔しさが込み上げてくる。
「それも仕方ないと思いますよ。あれだけの大怪我を負ったのですから」
「……どのくらい酷かったんですか?」
「かなり酷い状態でしたよ。両足と肋骨の骨折、右腕は骨に届くくらいの深い切り傷、頭部強打による脳震盪と頭蓋骨のヒビ、それに内臓も圧迫されて……」
「待って、そんなにですか?」
「そんなにです」
よく生きていたなぁと、改めて思う。生きていたといっても、ギリギリの状態だったが。
「ブラン様は……何か言ってましたか?」
「あぁ、そうですね。目が覚めたら伝えておいて欲しいって言われたことが一つあります」
「……! なんて!?」
「今は治療に専念しなさい、と。完治したらまたお仕事手伝ってもらいたいみたいですし、なにより、ブラン様達ものすごく心配していましたから」
そう言うということはブランはまだクリストを必要としている。そう思うと安心する。
「……わかりました。今は安静にしておきます」
「そうしてください。そして早くブラン様達に元気な姿を見せてくださいね」
完治したら負担をかけた分、しっかりお礼をしよう。そして二度、同じことを繰り返さないようにもっと成長しよう、そう思ったクリストだった。
主人公って一回は瀕死になるべきだと思ってる
今回の補足を少し……。ホワイトハート様は回り道した訳ではありません。壁ぶち破ってクリストの元に駆けつけました。女神なんで分厚い壁の破壊くらい朝飯前です。最後フィナンシェさんが居たのはお見舞いです。タイミング良くクリストが起きたんです