やっと、ここまで書けました。
この軌道に乗せられたのでもっと更新頑張りたい(切実)。
エゴサーチ。略してエゴサと呼ばれ、インターネット上における自分自身の評価を確認する行為のことだ。
芸能人でしない人など恐らくいないのではないかと言うほど、エゴサという物の存在は大きい。
自分の知名度や人気が知れるし、ファンの声もたくさん聞ける。
何故いきなりそんな事を言ったのかと聞かれれば、今まさに自分がその行為をしているから。それが答えだ。
「‥‥‥これが世間の一楓さんに対する声です」
視線をずらし、少しばつの悪そうな顔をする佐々木さんは感情が言い表しにくい澱んだ声でそう言った。
僕の片手には一つのスマートフォン。そこには僕に対する反応が匿名でたくさん記載されていた。
佐々木さんが唐突に発した言葉。アイドル部門に入らないか、言わばアイドルにならないかという突拍子もない提案は、こう言った声が理由に含まれていたのだろう。
「この提案は上との会議で話題に上がったんです。その‥‥一楓さんの容姿は可愛らしいし、活動も音楽をメインにしているなら、いっそのことアイドルとして位置づければ人気も知名度も上がるのではないかということで」
「それに対して異論しかないんですが」
僕の言葉はごもっともだろう。
まず、何で自分がアイドルにならなきゃいけないのだ。僕は男。性別にも難があるし、何より僕自身抵抗がある。
別にアイドル自体を否定するわけじゃない。何せ近くにその存在がいるし、その人が頑張って努力していること。大変な思いをしていること。でも、ステージに立った時の輝きは凄まじいこと。
それを知っているからこそ、凄いと思うし尊敬も出来る。
ただ、その枠に自分が入った姿があまりにも想像出来ない。
悩みの種はたくさんあるし、今すぐ快諾するのはとても難しかった。
「一楓さんが言いたいことは分かります。勿論、一楓さんが嫌なら強制はしません。これはあくまで提案ですから」
「‥‥‥そうですか」
佐々木さんはそう言うが、僕には何故かそれが『推奨』の様な押される圧力を感じた。
それは先ほど見た世間からの声からなのか、はたまた目の前にいる佐々木さん、事務所の人達からのものなのか、僕には分からなかった。
「一つ、聞きたいことがあります」
「はい、何でしょうか」
「‥‥バンドのメンバーを探していると、最初に話した時言っていたその件はどうなるんですか」
僕は当初、またバンドを組んでこの業界に復活するつもりだった。
しかし、メンバーがすぐには集まらないということもあり、暫くはソロで活動する方向に決まっていたのだ。
「‥‥‥何とかバンドメンバーを探そうとしていましたが、やはり一楓さんのレベルに合う技術と、有志者が少ないんです。スカウトの方も悩んでいて、最近はあまり動きが少ないと聞いています。‥‥予想ですが、その面からも一楓さんをアイドルにしようとした提案の理由の一部に含まれているのかもしれません」
僕は思わず言葉を失った。
もしも、佐々木さんの言葉が本当だとすれば、僕はずっとソロで活動していくことになるだろう。ソロで長い期間活動してからグループに入るのは難しい。このままメンバーが決まらない状態、決まったとしても何らかの問題が纏わりつくのは確実。
それを嫌っていっそのことアイドル部門に所属させる。言わば、バンドをやるのは諦めろということだ。
必ずしもそういう意図があるとは言い切れないが、バンドを組める可能性が限りなく低いのは変わらない。一人で頑張っていくと心には決めたが、少なくとも期待はあった。
それを潰されたような感覚で、僕は口を紡ぐ。
「でも、必ずしもそうとは限らないのでそう気を落とさないでください」
僕が悲しんでいるように見て取られたのか、佐々木さんは気をかけるように言った。
そして、恐る恐る心配そうな声音で僕に問いかける。
「という事で‥‥どうでしょうか」
その問いかけに僕はどう返せば良い。
無理だと即座に言い捨てる?それとも前向きな姿勢を見せる?
一体どれが正解なのだろうか。
自分の気持ちを表すとすれば、賛同する気持ちは少ない。興味が全くないと言えば嘘になるかもしれない。
だが、この状態でその意見を飲むのは生半可な物だろうし、本気で取り組んでいる人達に申し訳が立たない。やるとするなら本気で取り組む気持ちが大切だと思う。
それなら断るのが一番無難なのか。
でも、可能性が薄いバンドに固執し続けるという新たな悩みが発生し、一人でも頑張ると決心したことに矛盾が生じる。
そんな考えが頭の中を巡る自分に自己嫌悪が止まらなかった。
「一楓さん‥‥‥?」
より不安な色を濃くする佐々木さん。
そんなマネージャーの姿に耐えかねた僕は。
「‥‥‥少し、考えさせてください‥‥‥」
その場凌ぎの有耶無耶な答えを返すのだった。
○
「‥‥‥アイドルね」
事務所を後にし、自宅に帰宅した後、僕は自分の部屋のベッドに仰向けになっていた。
最近は悩んでばかり。復帰を決める前も、復帰を決めた後も、こうしてベッドに転がっては頭を悩ませている。
これは僕の悪い癖かもしれない。一人で悩んではその解答に時間をかける。
結果として何とか答えを出してはいるが、その結果が本当に正解なのかとまた頭を悩ませるという悪循環。
その度に千聖姉さんに励ましてもらって、元気を貰う。
傍から見たら非常に情けないだろう。これから芸能界に復帰するのに、こんなので本当にやっていけるのだろうか。そう言った不安が僕を埋め尽くす。
「っと、晩御飯作らなきゃ‥‥」
時計を見ると現在の時刻は午後六時を回ろうとしていた。千聖姉さんはまだ帰ってきていないが、帰宅した時に直ぐ食べれるよう作っておきたい。
そう考えていた僕はベッドから気怠い体を起こし、キッチンの方へと向かうのだった。
○
「ふぅ、ただいま」
玄関に入り、見慣れた廊下が視界に映る。
リビングから流れてくる良い香りが晩御飯を作っている一楓の姿を想像させた。
今日はパスパレでの練習。身体の疲れは溜まっているが、家にいる弟の存在を実感しただけで吹き飛ぶようだった。
私は早々と靴を脱ぎ、リビングへと向かう。
「ただいま、一楓」
「‥‥‥ん、お帰りなさい」
予想通りキッチンには晩御飯を作る一楓の姿が見えた。
「ごめん、もう少しかかるから待ってて」
「分かったわ。私は手を洗ってくるから」
そう断りを入れ、私は洗面所の方へと移動する。
蛇口を捻り、手を洗いながら私は一つ言葉をこぼした。
「‥‥‥浮かない顔ね」
料理をしていた一楓の浮かない顔。何とか笑みを作ろうとはしていたが、あれは何か悩みを抱えているであろう表情であった。
一楓は顔に良く出るし、悩む癖がある。いつも一緒にいるからこそ、それは分かりやすい。そして少しの変化にも違和感を感じる。
きっと、一楓の悩みは仕事絡みのことだろう。
何せ一楓は今日事務所に行ってくると言っていたし、復帰直後の不安はまだ拭い切れていないはずだ。
反響の声が大きいからこそ不安の色はより濃くなっている。
そんな状態にある弟を私が助けないわけにはいかない。
一楓は私にとって大切な存在。身近な家族として
だからこそ、今度は私が支える番だ。
輝きを失ったあの日から、また前に進もうと決心してくれた一楓。自分の願望を押し付けるように提案してしまったが、結果として明るい姿に戻った。
その姿を見て嬉しかったし、何より心から笑うようになってくれたことに凄く安堵した。
そんな今の一楓をまた壊すわけにはいかない。壊させない。
もう、暗く沈んだ最愛の弟の姿なんて見たくないから。
そう考えながら、私は一楓が待っているであろうリビングへと再度向かうのだった。
○
「よしっ‥‥と、出来たよ。千聖姉さん」
「ええ、それじゃあ食べましょうか」
手を合わせ、いただきますと挨拶を交わし、各々が夕食を口へ運ぶ。
今日は肉じゃがなどの和食メイン。昼は洋食にしたので順当だろう。
「今日も美味しいわ」
肉じゃがを口にし、そう告げる千聖姉さん。
僕はその言葉に対してお礼を言い、自分も同じく肉じゃがに箸をつける。
「うん、ちゃんと柔らかくなってるね」
じゃがいもを咀嚼しながらそう僕は言い、出来栄えはまあまあと心の中で考える。味付けは相変わらず薄めにした。千聖姉さんの好み上あっさりした物が多くなるのだ。
その千聖姉さんを見ると箸をどんどん進めているようだし、しっかり好み通りに出来たということだろう。
「一楓、最近の仕事はどうかしら」
「ん、ま、まあ、ぼちぼちって感じ」
いきなり仕事について聞いて来た為、少し歯切れの悪い返答になってしまったが、千聖姉さんは気にする素振りを見せなかった。
「そう。それなら良かったわ」
何か含みを持つような言葉一つ一つは僕の表情を曇らせる。
だが、その表情はある言葉によって即座に変わってしまうのだった。
「何を悩んでいるのかしら」
箸を置き、こちらに真っ直ぐ視線を向ける千聖姉さん。
「‥‥‥やっぱりか」
そう言葉が出た僕は、やはりこの姉には敵わないなと改めて実感する。
それと同時に、思わず苦笑してしまった。
どうして分かっちゃうんだろう。そう言葉にしたい気持ちと恨めしい気持ちが合わさり、何でも見通す千聖姉さんがどこか面白かった。
「舐めてもらっては困るわね。一体何年一緒にいると思ってるのかしら」
「はいはい、千聖姉さんには敵いませんよ」
お手上げですと表すように僕は両手を上げ、こちらを見据える千聖姉さんに対して僕も視線を返す。
「はぁ、何か最近はずっと千聖姉さんに頼ってばっかり」
「あら、別に良いじゃない。私は全然ウェルカムよ?たまには甘えてくれる一楓が見たいわ。そろそろ一楓の画像ファイルの容量が足りなくなりそうだけど」
「‥‥‥‥そのファイルいつか絶対消すから」
聞き捨てならない物を楽しそうに言う姉をジト目で見ながら、溜息を吐く。
もう慣れっこだし、言うことはない。もはやこれが通常運転と化してるから悪態はつくが、文句のひとつも出てこないのだ。
「言っておくけど、私は一楓に頼られて迷惑だと思ったことはないわ。寧ろ相談してくれる事は嬉しいし、一楓も一人で抱えるより幾分か楽になるはずよ。だからこそ、悩んでる時は頼って欲しい。何たって一楓は私の大好きな最愛の弟だもの♪」
「‥‥‥はいはい」
何の躊躇いもなく大好きだの最愛だの言葉にできる千聖姉さんが羨ましいし、本当に恨めしい。
まあ、そこが千聖姉さんらしいところだ。
僕にとって千聖姉さんという存在は大きい。いやがおうにもそれは実感させられる。
それは家族だからか、姉だからか。いや、恐らく両方だろう。
支えてくれて、頼りになる千聖姉さんだからこそ、またこうして僕は千聖姉さんに助けてもらう。
一人で悩み続けるのは、もうやめよう。
そう、思えてしまうのだ。
「千聖姉さんは、もし、僕がアイドルになるって言ったらどうする?」
「アイドル?」
流石に驚きが強いのか、千聖姉さんは目を丸くする。
「そのアイドルは私と同じアイドルってことかしら」
「うん、そう。女の人がやるアイドルだよ」
「そう、ね‥‥‥」
顎に手を当て、考える素振りを見せる。そんな千聖姉さんの姿を見て、どういった言葉が飛んでくるのか不安に駆られる気持ちが膨らんでいった。
やはりこんな質問は普通に考えておかしいのだ。
家族の弟がいきなりそんな事を言えば困惑するのは当たり前だろうし、何を言ってるのだと馬鹿馬鹿しく思う筈だ。
「良いんじゃないかしら」
「そう、だよね‥‥‥‥‥‥‥‥は?」
と思っていたのに。
千聖姉さんから発せられた言葉は否定でも罵倒でもない。ただの同意だった。
「え、え?本気で言ってるの?」
「ええ、別に私は良いと思うわ。男性がアイドルをやるって新しいじゃない。人気も出そうだし、何より一楓は可愛いもの。そこら辺の人よりよっぽど女らしいじゃない」
げ、解せない。何とも受け入れ難い理由に思わず表情を濁らせる。
「そ、そんな理由で良いの?なんかもっと、こう‥‥‥‥」
「私は私なりの意見を述べたまでよ。一楓は何が不満なのかしら」
「い、いや、不満というか。まず、男である自分がアイドルっておかしいというか‥‥‥」
「じゃあ、一楓はアイドルになりたくないのかしら?」
「えっ、と」
勿論自分がアイドルになることに抵抗はある。前も言った通り自分がアイドルなんておかしい。
でも、何故だろうか。何故僕は強く否定出来ない。何故拒絶しない。
「貴方が中々言い出せない理由、分かっているはずよ?一体、近くに誰がいるのかしら」
「ぁ‥‥‥‥‥‥‥」
ここで僕は気づいてしまう。
何故すぐに決断できなかったのか。
そうだ、いたじゃないか。近くに、家族にその存在が。
人一倍努力して、努力し続けて。ステージに立った時には最大限の輝きを発揮する。
その姿を何度も見て来た。僕は憧れていたのではないのか。
あの姿に。目一杯耀くアイドルに。姉の姿に。
「そっか。そう言うことなんだ。でも、やっぱり男の人がやるのは—————」
「まだそれを言うの?」
僕の言葉に割り込むように、千聖姉さんは少し強い声音で発する。
「一楓はやりたい事を他の目を気にして諦めるのかしら。音楽だって、憧れたから始めたのでしょう?自分がやりたいことをやる前から諦めるなんてダメよ。一度目指した物は叶えるまでやってみなさい。そこでどうしようもなかったら仕方がないわ。でも、やらなきゃ何も始まらないじゃない」
はっと気づかせられたような強い感覚が僕を襲う。
そうだ。興味を持ったから、憧れたからその道に入って更に好きになっていった。
もし、憧れを持っただけでいたら、それ以上は何も進まない。
ああやってラジカルとして参加していないし、恐らく役者もやっていない。
「‥‥‥やっぱり、千聖姉さんは凄いよ」
姉の言葉はどうしてこんなにも説得力があって、僕を前に進ませてくれるのだろう。
永遠の謎であるし、感謝も尽きない。
いつか、この恩返しができるのだろうか。数え切れないほどの物を姉に貰った。
それを全て返すとしたら、命だけでは足りないぐらいだ。
そんな強くて頼もしい千聖姉さんの方へ精一杯。
「僕、アイドルになるよ」
笑顔と、決意を投げかけるのだった。