芽吹「薬師氏典膳は何者かって?ただの幼馴染よ」 作:ቻンቻンቺቻቺቻ
神樹館小学校、その保健室。そこに呼び出された僕は同じ年頃の女の子三人と対面していた。
「呼び出されてここに来るまでに色々と状況を説明されましたが、確認のために君からも直接お話を聞かせて貰いますので」
「あ、はい」
三人の内の一人、肩まで伸びた淡いセピア色の髪を後頭部で一纏めにした女の子へと問い掛ける。
「バーテックスが分泌した液体をお腹いっぱい飲みました?」
「…………」
「…………」
女の子の快活な雰囲気に反した答えに困ったような沈黙。対して、僕は視線で正直に答えるように促す。
「えぇと」
「飲みました?」
「……はい」
飲んだか、飲んでないか。僕のこの単純な質問に対する答えは同じく単純な飲んだ、飲んでないでしかあり得ない。誤魔化すような雰囲気を見せたセピア色の女の子に重ねて質問をすれば、僕の求めていた単純な答えがやや躊躇いがちに返された。
「……飲みましたかぁ」
「…………やっぱり、マズかったっすかね? でも、あの状況じゃあれ以外に方法が──」
セピア色の女の子の快活な叱られてる子犬のような雰囲気に、肩身をすぼめる仕草から緊張や不安を感じている事が解りやすい。それは、今のこの診察の場においては少しだけよろしくない状態だろう。
どうにかしてリラックスを促し、自然な状態に近付いて貰えないかと思考を巡らせる。
「美味しかったですか?」
思考した結果、少し問診を脱線させてみる事にした。
「──無かった……え? 不味かったっすね、最初はサイダーで後からウーロン茶に変わる不思議な不味さでした」
「なるほどなるほど、興味深いですね」
味覚というのは動物が生きる上で必要な栄養を効率よく摂取するためや害のある食べ物を区別するために発達したものとされている。その味覚が天の神性から分泌された液体を不味いと感じ取ったのは、地の神性の加護を強く授かる勇者としてはある意味で正常な反応なのかもしれない。
これについて深く研究してみたいと好奇心が沸きかけるものの、天の神性の分泌液を入手する方法なんて無いので泣く泣く好奇心に蓋をして診察に集中し直す。
「あの、三ノ輪さんは大丈夫なんですか?」
ここからどう話題を転がしてみようか、今しがた脳裏によぎった味覚の話題で蘊蓄でも垂れ流してみようかと思考していると、診察に同席して貰っていた夜色の髪の女の子が心配そうに僕へと問い掛けてきた。
「それをこれから始める診察で判断しますので」
「これから? 今の問診は」
「問診というよりは好奇心故の質問ですので」
「えぇ……」
「あの微妙な沈黙にちょっとだけドキドキしたのに好奇心かーい」
「クイズ番組の正解発表みたいなドキドキ感だったんよ」
夜色の女の子の問い掛けに答えていると、セピア色の女の子がすぼめていた肩を落として浅く息を吐く。そして夜色の女の子とは別に同席していた麦色の髪をした女の子が面白そうに口を開いた。
どうやら、僕がどうこうする前に上手い事空気がゆるくなり、診察相手であるセピア色の女の子の緊張もほぐれたらしい。
「言い感じに緊張も弛んだみたいなので診察を始めます」
「一応は意味があったお喋りなのかしら?」
「リラックスは大事ですので」
「いやまぁ、たしかになんか気は抜けたっすけど」
夜色の女の子が小さく首を傾け、僕が意識して微笑みを強めればセピア色の女の子が更に緊張を弛めた雰囲気で頬を指先で掻く。この二人は今の些細な仕草の自然さからしてそれなりに緊張を抜く事ができているらしい。
麦色の女の子は対面してから緊張の変移が見えないからよく解らない。最初から緊張していないのか、それとも自然体を繕うのが上手いのか、どちらの状態であっても特に驚きは無い。事前に渡された資料で断片的に知った彼女は、家柄的にも課されている役目的にも肝が据わってても据わったフリが上手くても不思議ではないからだ。
「あ、そういえば僕に対して丁寧語はいらないですよ、僕は別に偉い人間でもなんでもないただの薬師兼霊的医療師なだけで貴女達と同い年ですので」
これから行う診察のためには自然体に近ければ近いほどやり易いので、緊張が抜けてきたついでに少しだけ硬い話し方も弛める事はできないだろうかと試みる。
「同い年……年下かと思ってた」
「肩書きがなんか凄そうなんですけど」
夜色の女の子にはまだ硬さを感じるが、試みに対して素直に言葉遣いから硬さを抜いてくれたセピア色の女の子。僕が年下に見えていたのは身長差がそう見せていたのかもしれない。
それはさておき、年下だと思っていた僕に丁寧な言葉遣いを心掛けていたのは初対面の相手への礼儀に気を付けていたからなのだろうか、それとも今も保健室の隅に待機している付き添いの霊的医療班の大人に僕が丁寧に扱われていたのを見てそれに合わせていたからなのだろうか。どちらにせよ普段からの行儀の良さがなんとなく察せられる。
「よくわからないけど霊的医療師って響きが凄そうだもんな」
「ファンタジーでカッコいい響きだね」
「特殊で不思議な技能を持つ人だというのはおおまかに理解できますね」
ただ、やはり解らないのは、今もゆるやかに微笑み続けている麦色の女の子が最初からあるがままな自然体にしか見えず、そのある意味では超然的な姿が彼女のありのままなのか、そう見えるように振る舞っていらからなのかだ。
もしかしたら、大赦の紹介とはいえ子供でありながら医者じみた行為をしている僕の事を警戒とまではいかずとも訝しみ、何かを疑う事をしなさそうな印象な二人の代わりに敢えて一歩引いた状態になるようにして冷静に状況を見ようとしているのだろうか。ゆるやかな雰囲気ではあるが実は切れ者だという噂を聞いた事もあるし、そういう事も有り得なくはないかもしれない。
もしも本当にそうだとしたら、完全に僕を信用しきるよりも自分の意思で異議を唱えたり不明だと感じた事をすぐに質問してくれるだろうし、そういう意識をもってくれている存在というのは互いの認識のズレを失くす上でありがたい存在になってくれるだろう。
「まぁ、僕のこの肩書きなんて飾りですので。それに、凄さで言えば勇者の方が凄いので」
実際に僕の薬師だの霊的医療班だのという肩書きはほとんど飾りみたいなもので、普段の僕は大赦の老人達や巫女達の健康に関する相談を受けてるだけの子供でしかない。その相談で調子を好転させる人がほぼ十割なのは事実だけど、これに関しては僕自身が凄いのではなくて僕に宿る神の欠片によって得た知識と加護が凄いというだけで、僕自身はその神の欠片が収まっている器だとういだけだ。僕そのものが肩書きに釣り合っているわけではない。
「勇者というのはこの四国の命運を左右する特別な人の肩書きですので、凄さも特別さもとんでもないですね。……さて、まずはでこれをどうぞ、開けてみてください」
言いながら持参した行李箱から和紙を折り畳んで作った手の平ほどの包みを取り出し、それをそのままセピア色の女の子へと手渡す。そして、差し出されたからなんとなく受け取ってみたというのが雰囲気でわかるセピア色の女の子が包みから中身を取り出して
「なんだこれ?」
「紙で作った人形に見えるけど……」
セピア色の女の子が自らの手の平に載ったそれを見ながら首を傾げ、横からそれを覗き込んだ夜色の女の子も同じように首を傾ける。
「あ、私同じのを厄払いで使うのに見たことあるんよ。このお人形さんに悪いモノを預けてよっこいしょって遠いところに運んで貰うんだって」
似た仕草をする二人を見て微笑みを深めた麦色の女の子が間違っていない説明を口にする。一目見ただけでは何も考えてなさそうなふんわりとした雰囲気ではあるが、それなりに物知りだという事が伺える
「その通りですね。でも、今回の使い方はちょっとちがいます、これに状態を写して確認してみますので、それをおでこにくっつけて下さい」
「へー、これをおでこに。これでいいのか?」
「いいですね、そんな感じです」
「ふむふむ、レントゲン写真みたいな使い方って事なのかな?」
特に何かを疑う様子も無く額に紙人形を当てるセピア色の女の子。それを横目に見た麦色の女の子が簡単な質問を僕へと向ける。
どうやら、他二人の代わりに質問をして認識を擦り合わせるように努めてくれるかもしれないという先程の予想と期待は外れていないようだ。
「賢いですね、まさにそれです。要点を押さえるのとわかりやすく例えるのがお上手ですね」
「えへへ、褒められちゃった」
「どんぐらいつけてればいいんだ?」
微笑みから嬉しそうなはにかみに変わる麦色の女の子をそのままに、額に紙人形を当てた変な姿を晒すセピア色の女の子が問い掛けてくる。
「もういいですよ、ぶっちゃけおでこにつけなくても素肌で触った時点でほぼ完了です」
たった今セピア色の女の子にさせた事というのは実は儀式もなにも無い簡易的なまじないのような診察方法で、理科の実験に例えるならばリトマス試験紙で酸性やアルカリ性を確かめる程度の単純なものだ。
この検査において紙人形がリトマス試験紙の役割をしているのだが、女の子に何か大きな霊的異常が発生しているのならばこの紙人形に目で見て解る変化が起きるようになっている。つまり、検査対象のセピア色の女の子が最初これに触れて何も変化が無かった時点で大きな異常は無いという確認は終わっていたのだ。
「おでこの意味は?」
「おでこに変なのをつけてる変な姿が見たかっただけですので」
「えぇ……」
「似合っててカッコよかったんよ」
それっぽい事をさせて実は何も意味の無い事だった。そんな肩透かしで更に気を抜いて貰えないかという試みだったが、気の抜けた曖昧な表情で肩を落とした姿からしてそこそこ程度には効果があったらしい。
「そんな訳で、用済みになったそれを回収しますね」
燃えるゴミに出しても処分できそうな物ではあるけれども、おまじないや儀式に使う特殊な物なのでしかるべき処分の方法がある。と、説明すれば特に疑問を感じたような素振りを見せずに僕へと紙人形を差し出すセピア色の女の子。僕はそれを自分の肌で触れないように新たな和紙を手の平に載せ、その上に置いて貰うようにして紙人形を回収する。
紙人形。形代と呼ばれるこれは麦色の女の子が言ったように厄払いなどに使う物で、人からこの形代へと厄や穢れを移して身を清く軽くするための物だ。そして、霊的医療ではこの厄や穢れが移る特性を利用して対象が厄や穢れを溜め込んでないか、つまりは良くない状態になってないかを検査するのに使ったりもする。
普通の霊的医療師ではそれだけの物だ。しかし、僕にはもう少し特殊な事がこの形代で行う事ができる。
「むむ……おやおや、これは……少しの間集中しますね」
さも、たった今何かに気づいたかのように手の平に載る形代へと顔を向けるようにしつつも視線は形代から逸らす。そして、そのまま何かを確認するために集中している演技をしながら呼吸を止めた。
僕は七つになった日に霊的な何かを見たり聞いたりする事ができなくなった。しかし、それでも僕は神の欠片を宿す神童で、何も感じることのできなくなった今でも神の欠片は僕の瞳を通して僕の周囲を見守り続けている。
これから行うのはそんな状態を利用した裏技、何も見えない僕が見えない何かがそこにあるかどうかだけを確認するための方法だ。
無呼吸、酸素の遮断。それでも続く生命活動による体内の一酸化炭素の増加。端的に言うなれば、窒息。そして、それによって陥る意識消失の寸前に陥るトランス状態。この自我が遠退く瞬間、僕は擬似的に齢七つの頃よりも無垢で薄弱な思考を手に入れる。
この一瞬、僕の瞳は神の欠片が見ている物へと、霊的な存在はそこにあるが形は何もない場所へと視線が誘導される。
「……ぷはぁ…………」
限界を越えないために肉体が反射的に呼吸を再開する。
遠退いていた意識が明瞭に復帰する中で自分の視線が何処に向かっていたのかを確認。
「うわっ、なんか急に顔色青いし呼吸荒いぞ。大丈夫か?」
「霊的な特殊スキルの反動ですね、深呼吸すれば落ち着きますので気にしないで下さい」
トランス状態の直前と同じく、僕の視線は形代に向けているようで何もない空間に向かっていた。つまり、簡易的な検査では調べきれず、優れた霊的な感覚が無ければ察知できないような細かい異常もセピア色の女の子の状態を写したこの形代に写されて無かったという事だ。
「特殊スキル……ファンタジー味が増してきたな。いや、本当に大丈夫なのか?」
「もちろんですので」
意図的な窒息によって蒼白になってしまった顔色を心配されながらも呼吸を整える。
「さて、それじゃあちょっとだけ難しい話をしましょう」
「え、難しい話? なんか特殊なスキルを使う必要があったみたいだし、やっぱり何か悪かったのか……?」
呼吸が平常に戻りきり、支障無く診察を続けられる状態に復帰できたと同時に再度行李箱に手を入れる。そんな僕の言葉にセピア色の女の子が僕の言葉に僅かばかり驚き、そのまま少しだけ不安そうな表情へと変えた。
「タヌキです」
言いながら、僕が行李箱から取り出して机の上に置いたのは手乗りサイズな狸の置物。
「さんたたにたんたうたたどんたのとたっぴたんぐたたたはなにたがたすたきたですか?」
「はぁ?」
「? ……???」
不安の顔から呆けた顔へとまた表情を変えるセピア色の女の子。夜色の女の子もまた、真面目な顔から思考の混乱が容易く察する事のできる愉快で不思議な表情へ。表情豊かな二人の様が面白い。
それはそれとして、状況の変え方が突飛過ぎてついてこれなかったらしく、話を進めるためには早々なネタばらしが必要なようだ。
診察の一部として急な状況の変化に対する反応を見るためにやった事なのだが、スベったギャグを説明させられるような状況に似ている気がしてそこはかとなく虚しい気持ちが沸き上がってくる。
「えへへ、えっとね。きたたつねたがたさいきたんたたたのまたいたぶーたむたなんよ」
僕の内心と同じく虚しい沈黙が満ちた一瞬後、少しだけ間延びした麦色の女の子のネタに対してノリノリな発言が楽しげに沈黙を塗り潰す。
一歩引いた立ち位置に身を置いていると予想していた相手がここで踏み込んでくるのは予想外だったので軽く驚いてしまったが、せっかくネタに対してノッてくれたのだから勢いのままにもう少しだけネタの応酬を試みる。
「いいたたですたね、ぼたくたはたやたまたもたりたのたわたかためたがたすたきたですた」
「たたほんたたとはたたほかたたにもたたすたきたなたのたがたたたあるけたたたどおきたたたものたにたあたわたせたてたたきつたたねってたこたとたにしたたてたるんよた」
「なたたんと! うたわたさのたごたたたれいたじょたうたはうたわたさどたたおたたりたにふたんたいきをたたたうたらたぎたるたおりたこたたたうたさんたですねた」
「たてれたるんたよた」
会話が一区切りし、呼吸一つに満たない沈黙。
ネタの応酬のまま視線が交わっていた僕と麦色の女の子がどちらともなく小さく噴き出して笑い合う。
「たたたたたたたたたた」
「たたたたたたたたたた」
「二人が壊れた……!」
「いや、ちょっと待ってくれ鷲尾さん。二人はなんか会話が成立してるっぽいぞ」
驚きと困惑の入り交じる夜色の女の子がこの状況に対して何をどうすればいいのかまるで解らない様子を晒す横で、セピア色の女の子が顎に手を当てながら考え込む。
「ふふふ、ヒントはこの狸さんなんよ」
麦色の女の子による助け船。
一瞬の沈黙。
「あ~……
「え、狸? つまり……?」
「『た』を抜いてお話しましょうって暗号だよ」
「その通り、ちょっとした頭の体操ですね」
狸とはたぬき。つまり、
狸の置物と発言の中で不自然に多い『た』で即座に気付いてネタに気付き、
「ちょっと考えたらわかったけど、それでも乃木さんの順応のはやさと一瞬で相手の言葉から『た』を抜き合うのはスゴいな」
「やってみたら案外簡単にできるものですので」
「いやいや、内容はちょっとした頭の体操だとしてもそれで普通に会話できるのはレベル高いって」
「それはまぁ、これでもエリートですので」
「凄いんだけど、凄さを無駄遣いしてる気がするわ」
セピア色の女の子の呆れとも感心とも言えるような吐息を吐きながらな言葉に答えれば、まだ色濃く困惑を残したままな夜色の女の子が呆れの色も強い反応。それを軽く聞き流しながら回収したまましまいそびれていた紙人形を丁重に和紙で包み治して行李箱へと納める。
診察のための問診及びコミュニケーション、道具を使った検査とその道具の回収、これで今回の診察の七割は終了。残り三割も滞りなく済ませるために一度姿勢を正して三人へと向き直る。
僕が向き直った事で何かを感じ取ったのか、セピア色の女の子と夜色の女の子も合わせて姿勢を正すのが目に写った。
「さて、自己紹介が遅れましたね。僕は薬師氏典膳、この通りスーパーエリートをやってます」
済ませなければならない残り三割の内の一割、自己紹介。
本来ならばまずは最初にするべき事ではあるけれども、今回は型に嵌まった効率的な言動をするよりも相手の予想を裏切り続けてその反応も見たかったので行うのが今になってしまった事だ。
「これはこれはご丁寧に、私は
僕の唐突な自己紹介に対して真っ先に反応したのは診察対象であるセピア色の女の子。かしこまりつつもフレンドリーな雰囲気を崩さずに名乗り、他の二人がそれに続くように促す。
「え、あ、はい。
次に続いたのが夜色の女の子。ほんの少しだけ慌てた雰囲気を出したが、直後にこれまでの困惑や呆れの顔とはまるで別な凛とした顔になっていた。
「
最後に麦色の女の子。今に至るまで自己のペースを崩した様子の無かった彼女はこの瞬間も自己のペースを保ったままだった。
「銀さんと須美さんと園子さんですね、よろしくですので」
三ノ輪銀、鷲尾須美、乃木園子。この四国を守る三人の勇者。
事前に渡されていた資料で僕だけが一方的に名前も顔も知っていたが、こうやって互いに名乗り合うまでは名前を呼ばなかったのはなんとなくそれが礼儀に反する気がして躊躇われたからだ。
「では、診察の結果を発表したいと思います」
「話題があっちこっちに飛ぶわね」
「ドゥルルルルルルル」
「口でドラムロール……クイズ番組のノリで診察されるのは初めてだな」
「ドキドキワクワクするんよ」
「の、前に。須美さんと園子さんから見てこの問診の間、銀さんになにか違和感を感じたりしましたか?」
クイズ番組のノリと言われたからという訳ではないが、結果をじらすように話題を変えて第三者である二人に話を振る。それに対して、二人は特に違和感を覚えた様子もなく言葉を返してくれた。
「う~ん? 特に変な感じはしなかったかなぁ」
「いつも教室で見るような元気な三ノ輪さんのように思えましたけど」
「はい。実はこの質問までが診察でした」
「あー、つまり?」
二人の返事に頷けば特に大きな反応を見せる事なく説明を求めてきた銀。多少なりとも困惑や驚きの反応をされると予想していたが、これまでのコミュニケーションの間に色々と慣れてしまったのかもしれない。
「僕は普段の銀さんを知らないですからね、肉体面と精神面の両方を見るためには普段の銀さんを知る人の意見も参考にしたかった訳ですので」
済ませなければならない残り三割の内のもう一割。それは、診察相手の普段の様子を知る第三者から情報を得る事。
今回の診察相手である銀が僕の診察を受ける理由として、バーテックスという神性の怪物が分泌した安全確認の難しい液体を経口接種してしまったので肉体と精神の両方の面で検査をするためという物がある。
肉体の面では先ほどの紙人形で霊的な検査をしたが、普段の銀を知らない僕では精神の面での異変を見付けるのは困難なので普段の銀を知る二人に意見を求める方法で簡易的な検査を試みたのだ。
「色々な状況に対する銀さんの色々な反応を引き出すためにボケ倒してましたので、そういう理由でも無ければさすがに診察中にボケませんので」
分泌液を接種した前後で明らかな違和感がある。理解の追い付かない状況に対して過度に苛立つ。状況の変化に対して何かしらの反応ができないほどに思考が鈍化している。バーテックスの分泌液が何か霊的な異常を発生させるものだったとして、過去の事例からこういった異常があるかもしれないと推測していたが、現状でこれらは確認できなかったのでひとまずは安心なのかもしれない。
「全部計算尽くしのお喋りだったとは、やりおる」
「てっきりちょっと変な人かと思ってたわ」
感心するような園子と困惑のような苦笑を見せる須美。そんな二人をそのままに、最後に残った一割を済ませるために再度姿勢を正して相手に不安感を与えないための笑顔も作って銀へと向き直る。
「精神、肉体、どちらの面から見ても異常は今のところ発見できず。だけど、数日ほどは周囲の人も銀さんの様子を見て何か些細なものでも異変を感じ取れたらまた診察兼お喋りをしましょう」
最後に済ませるのは診察の所見をわかりやすく相手に伝える事。そして、相手が抱えている疑問や不安を解くこと。そのために、ただ真っ直ぐに銀の顔を見て表情や瞳の動き、些細な仕草から疑問や不安の気配を探す。
「数日?」
「精神、心というのはとても繊細ですので。今この瞬間が平気でも小さな見逃しがあったとしたらそれが後から何か影響を与え始める事も可能性としては無くはないですので」
銀の表情も瞳も仕草にも不自然な動きは無かったが、抱いた疑問がそのまま口から出たような呟き。それに対し、何故そうなのかという理由を最大限難しい言葉を使わないように答える。
言い淀まず、自信を持って、聞き取りやすい口調で。
自分の所見を録に説明できず、自信も持てず、説明が耳に入らない医者を誰が信用できるだろうか。僕は医者と名乗れる存在ではないけれども、それでも医に携わる者として関わる相手を不安にさせない義務がある。何も知らない人がこの場の光景を見たら子供同士の戯れに見えるかも知れないが、それでも僕は本気で診察相手に向き合っているつもりだ。
これはごっこ遊びなんかではなく、失敗の許されない本物の診察行為なのだ。
やると決めたら本気で。僕はそうやって生きてるつもりだ。
「大袈裟じゃないか?」
「後から不調になるくらいなら大袈裟の方がよっぽど良いとは思いますので。僕の診察を受けるからには些細な事でも妥協なんてする気はないしさせないのでそのつもりで」
「おぉ、あんなに変わり者みたいな雰囲気だったのに真面目に話始めたらギャップのせいか物凄く本気が伝わってくる。……ヨシ、わかった。それなら私も自分から周りの人にしばらくは私に注意してくれって頼んでみるよ」
「いいですね、深刻に考えずに気楽に調子をたしかめる感じていれば問題ないはずですよ。そんな訳で、今回の診察は終わりです」
自分の状態に油断無く向き合う。そう言いのけた銀はポジティブな笑みを浮かべていて、疑問を残してる様子でも不安だから注意を払おうとしている様子にも見えない。その様子に、今日この場で僕がやるべき事の全てが済んだと判断、小さく息を吐きながらの肩の力を抜く。
「さてさて、スムーズに診察が進んだから時間に余裕がありますね。今後も僕が貴女達の診察に関わる事も有り得ますし、お互いを知るためにもう少しお喋りしたいのですが」
今まで大赦より訓練を課されていた勇者達だが、今回の初陣による診察まで同じく大赦の所属である僕との接点は無かった。しかし、こうして大赦が一般的な霊的医療班ではなく僕の診察を勇者に受けさせたのは、敵の攻撃が不明過ぎるから同じく一般の範疇に収まらない僕を利用したというだけではないはずだ。
たしかにバーテックスの分泌液を経口摂取しただなんて前列のない難しい事態ではあるが、似た事例として星屑の肉を食べた初代勇者の例もあるし、今回の診察は一般的な霊的医療班でも対応可能なものだ。
確固たる証拠のない推測ではあるが、大赦は今後も勇者の消耗を最大限回復させるために僕を霊的医療班として勇者の専属にしようとしているのかもしれない。おそらくは、今も部屋の隅で待機している霊的医療班の一人は経験の薄い僕が問題無く診療できるかという事と、勇者達との人間的な相性が悪くないかを見るためにそうしているのではないだろうか。
まぁ、だとしてもそんな事は些事だ。
僕はどんな時も誰が相手でも薬師として霊的医療班として真摯に診察相手と向き合うだけだ。
僕は傷と病を治療する薬師兼霊的医療班。彼女達は負傷が避けられないであろう戦いに赴く勇者。
同じ大赦の所属であるし、今後も関わりはあるだろう。その時のために、今できる事を少しでもしておくべきだ。
「それじゃあね、えっと……みなに楽しく話しよふ」
「え、なんて?」
「唐突に古語!?」
「それならば、和歌にも詠み合ふや?」
「……大和撫子にて負けられず、受けて立たむ!」
お喋りを提案すれば乗り気な園子の斜め上な発言に困惑する二人。斜め上に合わせてみれば須美が鼻息強く食い付いてくる。
先ほどまでは困惑してばかりな印象の須美だったが、実は結構濃い性格をしているのかもしれない。
「……私にもわかる言葉で話してくれよ」
「おけまる水産! とりまテンアゲしてきたいんでよろたんウェーイ!」
「うぇーい! テンアゲうぇーい!」
困ったような、ほんの少しだけ拗ねたような銀に合わせて古語とは真逆の言葉遣いをしてみればそれにまた園子が合わせてくる。
もしかしなくとも、園子もかなり濃いのだろう。
「だめだ、わかりそうで微妙にわからねぇ! 主に二人のテンションがわからねぇ!」
「桶? 天揚げ? ……???」
「鷲尾さんが宇宙の不思議に触れてしまったような顔に!?」
バーテックスの分泌液をお腹いっぱい飲みこんだという濃いエピソードを持っているのに、他二人が濃いせいでこのお喋りがお開きになるまでツッコミに回り続ける銀が相対的に普通なキャラになり続けていた。
またしばらく消息を絶つので気が向いたら
嬉しくなるだけです
そういうことだ
んほぉ