芽吹「薬師氏典膳は何者かって?ただの幼馴染よ」   作:ቻンቻンቺቻቺቻ

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息継ぎ……ヨシ!

 

 今回の御役目も犠牲無く遂行する事ができた。危機的状況もあったが、それを覆す想定外もあったからだ。

 

──このデカブツが、ナマスにしてやるぁぁぁっ!!

 

 防人番号『九』、山伏しずく。平時において自己主張の少なくおとなしい気質な彼女に迫った命の危機は、目を疑う程に攻撃的な豹変をした彼女自身によって覆された。

 彼女のそこからの戦いぶりは凄まじかった。縦横無尽に駆け回る獅子奮迅、個としての強者。防人隊の戦い方である群に徹していては披露される事のなかっただろう戦闘力だった。

 事情を知っていた仮面の神官が言うには普段は私達のよく知る"しずく"の人格だが、何か命の危機が迫るなどのきっかけでしずくの内にある"しずく"とは違う攻撃的な人格が表出するらしいという事だ。

 

──あ? なんだテメェ

 

──薬師ですので、しずくさんの手当……しずくさん? とにかく怪我を診せてください、手当てしますので

 

──うるせぇ、ほっときゃ治る、触んな

 

 ゴールドタワーに帰還する私達を迎えた典膳の手を払い除けて拒絶していた姿から、おとなしい"しずく"とはまるで違う人格だという事がよくわかる。普段のしずくならば例え相手が非常に鬱陶しくともあんな拒絶の仕方はしないだろう。

 

──メヴキも手当て

 

──かすり傷よ

 

──小さな傷でもバイ菌が入ったら怖いので!

 

──傷の洗浄はもう済ませてるわ、先に報告を済ませてくるから他に手当てを必要としてる人を優先しなさい

 

──絶対に手当てするので! 報告さっさと済ませてください!

 

 そういえば、大赦関係者ではあるが防人との関係はほぼ無いであろう典膳が何故ゴールドタワーに待機していて、あまつさえ医務の職員と供に簡単なものとはいえ医療行為を行っているのだろうか。ゴールドタワーに詰めている大赦職員や医務の職員に咎められてる様子は見受けられないので、不思議ではあるが問題は無いのだろう。

 典膳は簡単な怪我や体調不良の手当てが非常に上手く、ちょっとした擦り傷ならば癒える途中に感じる傷口の痒みすらも感じさせないし傷痕も残さないような処置をしてみせる。かすり傷とは言え傷口が膿めば面倒だし典膳が治療したがっているのならば丁度良いだろうと典膳を探すために防人達が集う夕食時の食堂を進む。

 

「薬師氏さん、だったっけ? 手当てするのスゴく手際良かったね」

「エリートですので」

「医務の人がやたらと腰を引かせてたけど、君はいったい何者なの?」

「エリートですので」

 

 探さなくても防人隊の数人に質問責めされていた典膳はよく目立っていたのですぐに見つけられた。

 

「今更だけど、もしもがあったら責任取れないからに医師免許を取るまで軽いものでも他人に医療行為をしないってご両親と約束していたはずじゃないのかしら」

 

「うぐ……。でも、出来ることがあるのに何もしないのもちょっと違うと思うので……」

 

 別に責めている訳でも無いのに肩を縮める典膳。そんな殊勝な態度を取れるのならば結界の壁上で仮面の神官に説教されている時にもそうするべきだったであろうに。むしろ、常にそうしていて欲しいくらいだ。そうすれば頭のおかしくなりそうな理由で迷子になる事もないだろう。

 典膳の腰掛ける隣の席に私も腰を降ろしてお役目中に擦り剥いた右膝を典膳に差し出す。これは星屑の突進から隊の仲間を庇った時についたかすり傷で、痛みは少ないが煩わしいのでこれからやろうとしている事への集中を妨げるかもしれない。

 

「言われた通り手当てを受けに来たわ」

 

「うん、最大限の手当てを約束しますので。それと、その右肘もちゃんと診せてほしいです」

 

 煩わしいだけな膝の擦り傷よりもさらに軽傷な右肘だったのだが、典膳はこの怪我とも言えないような怪我も見逃すつもりはないらしい。庇うような仕草はしていなかったと思うのだが、よくも袖の内側にあるこれを見抜けるものだ。

 

「エリートですので」

 

 何故見えない箇所の怪我が解ったのかと問えば典膳の傍らに置かれていた行李箱の引き出しを開きながらのこんな言葉。

 よくよく見覚えのある小さな引き出しがたくさんついている行李箱、もしかしなくとも典膳の私物だろう。これもまた見覚えのある使い込まれた背負子に括られているそれは、私達防人がお役目に出動して別れた後に自宅から持ってきたのだろうか。慣れた手つきで薬やらなにやらを典膳が取り出していく。

 

「臭い薬ね、何を使ったらこんな匂いになるのかしら」

 

「天然素材しか使ってませんので」

 

 食事時の食堂で放っていい匂いとは思えないが周囲の誰も気にした様子は見えず、むしろ、典膳を質問責めしていた防人達なんかは興味深そうに視線を寄越していた。

 

「私達に使ってたのと違う薬?」

 

「これは大赦医療班謹製の薬じゃなくて僕の特製ですので」

 

「……安全なの?」

 

「何度も自分で試しましたので」

 

 他者に使っても大丈夫だと胸を張れるだけの自信を得る事ができるほど自分に試したらしい。そんなに怪我をする機会があるのもどうかと思うが、日中に見た命懸けの迷子の事を考えれば日常的に怪我をしていても不思議ではない。

 

「この薬と適した処置なら多少の怪我なら絶対に傷痕を残させない自信があるけど、オリジナルな配合の薬は塗られる側が怖がると思って使いませんでした。でも、さっき使ってた大赦製の薬は万人の体質に合うように試行錯誤された一級品ですので」

 

「お気遣いどうも、で、いいのかな?」

 

「誰かに塗るのは気が引けるような物なのに、それを遠慮無しに塗られる私に気遣いは無いのかしら」

 

 丁寧に洗浄された膝の擦り傷に薄く塗り広げられる柿渋色な謎の薬、触られる感触はあれども薬を塗布する際の滲みる痛みはほとんど無い。

 

「もしも、傷痕が残れば責任取りますので。それに、たぶんこっちの薬の方がメヴキの体質に合うので」

 

「どう責任取るつもりだってのよ……。この後激しい動きをするかもしれないからそのつもりで処置してちょうだい」

 

「かしこまり!」

 

 きりりっ。と、擬音が付きそうな顔で返事をした典膳が行李箱から包帯を取り出し、迷いの無い手つき薬を塗った傷口を覆う半透明なシートの上からするりするりと巻いて固定していく。

 ただ巻くのではなく、口では上手く説明出来なさそうな少し複雑な巻き方。うんうんと満足そうに典膳が頷いたのを合図に何度か膝を曲げて伸ばしてと繰り返すが、動きを阻害する窮屈さは無く、かといってズレたりほどけたりするほど弛くも無い仕上がり。

 

「たかだか擦り傷なのに包帯を巻かれるとなんだか大袈裟な見た目になるわね」

 

「次は肘を処置しますので」

 

「これこそ絆創膏でも貼っておけば済むでしょうに」

 

「絆創膏よりも機能性よくて効果あるし傷痕残さない自信あります」

 

「当たり前でしょ、自信無しに謎の薬塗ってたのなら頬をつねるじゃ済まさないわよ」

 

 いや、そもそも自信が有ろうが無かろうがよく解らない薬品を傷口に塗られるのを受け入れているのは我ながら少し頭が足りないのではないだろうか。と、ほんの一瞬だけ考えたが、得体の知れない薬品を怪しむ気持ちよりも、なんだかんだ典膳本人への信頼が大きく勝っているからこそこうして怪我の処置をさせてしまっているのだろうと思い至る。

 典膳は自分が本気で打ち込む事で嘘は吐かない。それは、本気で仕事に打ち込む職人である私の父と同じだ。

 薬の神様を祀る神職である典膳はたとえ怪しい薬だろうが薬を作る事にも本気なのだ、父と同じように本気の事で誰かを裏切らないと私は確信していた事に今更ながら気付く。

 そもそも、幼い頃から私のちょっとした怪我のほとんどは典膳が処置していた。信頼だのなんだのは今更すぎる話だ。

 

「どう?」

 

「見た目が大袈裟なの以外は上出来ね」

 

「ふふふ、処置完了……ヨシ!」

 

 肘も膝も動かす事にわずかな支障さえ無く、煩わしい痛みもまるで怪我そのものが消えて無くなったかのように感じられない。

 

「激しい運動をしないのなら包帯は要りませんので、シートはテーピングで固定しても可です。よほど汚れたりしなければ丸一日貼りっぱなしにして回復を促進させます。薬はお肌の再生の促進と痛みを薄れさせるものです、明日には傷の表面に薄皮が再生してるはずですのでそれ以降はこのシートを定期的に交換するだけです」

 

「ほんとに何をどうしたらこんな薬になるのよ」

 

「古来より伝わる薬草とモイストヒーリング*1の融合ですので」

 

 やっぱり意味がわならない、理解の外にある。だけど、なんとなくスゴい事はわかる。

 

「礼を言うわ、これで少しやりやすくなった」

 

「どういたしま! 何かするの?」

 

「ちょっと喧嘩を売るだけよ」

 

「???」

 

 個であり、孤高の強さを誇る猛獣。それを獣の理である力によって説得して人の群に繋ぎ止める。

 私にはもう一人の山伏しずくと喧嘩して勝利する必要がある。

 

 

 

 

──勝負あり、ね

 

──俺の負けだ

 

 私はもう一人のしずくとの戦いに勝利した。ギリギリでの勝利、もう一度同じ戦い方をしろと言われても再現できないだろう偶然を重ねての勝利だった。

 対等の装備、対等の条件、互いに紙一重の瞬間を凌ぎ合う接戦。時に銃剣、時に蹴撃、正々堂々と使える手段全てを応酬する激戦だったが、私はそれを制した。

 

「何はともあれ、これでお二人はもうお友達ですね。仲良しです」

 

 防人の装束を解除し、戦闘の疲労に床へと座り込む私と"シズク"の手を取って無垢に笑む亜耶。最初は防人隊の方針に反する暴れん坊に言うことを聞かせるつもりで始めた戦いだったが、胸の内を言葉にして叩き付け合いながら全力でぶつかり合った結果、終わってしまえば亜耶の言うとおりシズクに対して友達と自信をもって言えるような感情が胸に芽生えていた。

 不思議な事もあるものだ。と、当初の予定よりも上手く行き過ぎた結果に口角か曖昧に上がる。

 

「喧嘩とお話は終わりましたか」

 

「あ、典膳。そういえばいたわね」

 

「俺が言うのもなんだが扱いがぞんざいじゃねぇか?」

 

 喧嘩を売る宣言の直後から、あわあわとした雰囲気でここまで着いてきていたのをすっかりと忘れていた。雀も弥勒も途中で何処かへといったようだが何故典膳がここにいるのか、いや、考えるまでも無い事だったか。

 

「手当てしますので、怪我を診せてください」

 

 昔からこの幼馴染みはこうだ、怪我に気付けば意地でも放置させない。お役目から帰還した直後のように傷口を洗っとけばどうにかなるような怪我でも全力の手当てを施そうとする。

 シズクとの手合わせの最中、山ほどあった危うい場面のほとんどはなんとか無傷でくぐり抜けたが、最も危うかった場面で脇腹に銃剣を掠めた時の傷に典膳は気付いているのだろう。

 

「拒否権は与えませんので」

 

 とんでもなく渋い物を食べた後に鼻にも渋い物を詰め込まれたような顔で強く言う典膳。有り体にいって、面白い顔をしている。

 

「診るって言ったって、肘や膝じゃあるまいしここで脱げと言ってるのかしら」

 

 さすがに典膳相手とはいえ異性の前でそんな大胆な露出をしたいとは私も思わない。拒否の意を伝えれば典膳の渋い顔が更に渋く面白くなる。

 

「事は緊急かもしれないので、そろそろムリヤリ診ますので」

 

「ムリヤリってお前、国土と大差無い程度のナリで訓練を受けた防人相手にそんな事できんのかよ。そもそも緊急って……うおっ!? 楠! 脇!」

 

「え? ──は?」

 

 急に声を荒らげたシズクの声に釣られて負傷した脇腹を見てみれば赤い染み。最近頻度を増している気がする自分の間抜けな声が出てしまった直後に服の内側から血が滲んで歪な模様を描いているのだと理解した。

 

「きっと大事な話だったから、我慢して待った」

 

「あ、あーっ! あの踏み込んだ時の怪我か!」

 

「芽吹先輩、今から医務室に向かうよりも典膳先輩に一度診て貰った方がいいんじゃないでしょうか?」

 

 血の滲んだ箇所を見て驚いた亜耶が狼狽するように典膳へと視線を向け、直後に深く息を吸って自身を落ち着かせてから私に提案する。その様子から、亜耶も手当ての事に関して典膳の事を深く信頼しているのだろうと理解を得た。

 きっと、典膳は私の知らない所で、亜耶という典膳にとってのもう一人の幼馴染みの知れる場所で、私が知るように誰かの怪我を手当てしていたのだろうと知る。

 

「ほら、はやく」

 

 傍に寄ってきた渋い顔の典膳が背負子で持ち歩いていた行李を開けつつ私を急かす。慌てるシズク、提案する亜耶、雰囲気にながされるとはこの事だろうか、下着や肌を見られたところで所詮典膳か、という気持ちもそこそこにあったせいか、堪えきれない溜め息を吐きながら服を捲り挙げた。

 

「……っ」

 

「うわ、結構血が出てんな。これ大丈夫なのか?」

 

 顕になった傷口に亜耶が息を飲み、シズクが少しだけ声を震わせる、心配させてしまっているらしい。殺し合うつもりも怪我をさせる事を狙った訳でもない、しかし、それでも互いに本気で武器を向けあったのならばこうなりうる事は解っていた、だから、新しくできた友人には変に罪悪感を抱かないでいて欲しいが難しいだろう。

 

「血を拭うよ」

 

 消毒なのだろう、アルコールの臭いがする液体で手を清めた典膳が私の脇をタオルで拭う。たった一拭き、それで肌に乗る赤色を取り除き、肌の色一色の状態にしてから典膳が顔を寄せて睨むように傷口を見る。

 所詮は典膳、されど異性。そんな至近距離まで顔を近付かれるのにはやはり羞恥心を呼び起こされる。が──

 

「お、おい。どうなんだよ、なんとかなんのか」

 

「救急車を呼んだ方がいいんでしょうか?」

 

「…………」 

 

 無言、渋い顔だったはずの典膳がいつの間にそうなっていた眉間に皺を寄せた真顔で傷口を視線で刺す。シズクの声も、亜耶の声も聞こえてないかのような一直線の視線。私はこの視線を知っている。

 自分と対象しか無い集中力、その瞬間に自身の全てを捩じ込む全力、幼い頃からずっと見てきた視線だ。

 

 父と同じ、職人の眼。

 

 典膳は今、意識の全てをこの傷口に向けている。

 異性の肌とか下着なんてまさしく眼中に無いのだろう、こんな眼で見られて羞恥心なんて抱きようがない。呼び起こされかけた羞恥心は典膳の眼に刺し潰されていた。

 幼い頃から何かに夢中になっている時の集中力が強い事は知っていた、でも、典膳がこの眼をしているのを見るのは今この瞬間が初めてだ。いつの間にこの眼をするようになっていたのやら。

 呆れたような、安心したような心情を自覚していると、ぷつ、と、拭われた傷口からすぐに赤い滴が盛り上がり、すう、と、一筋の帯を描いて滴が垂れ下がる。

 

「なぁ、どうなんだよ」

 

「典膳先輩……?」

 

「うん、傷は長いように見えるけど深いのは極々一部の米粒以下ですので、縫うほどの傷じゃないし痕も残させませんので」

 

 血の流れかたで傷の深さを見極めたのだろうか、露骨な安堵の顔で綻ぶ典膳にシズクと亜耶も安堵の表情を見せた。

 

「あ、メヴキの手当てが終わったらその痛そうな足も診るからキレ芸のしずくもその長い靴下脱いどいて欲しいので」

 

 父は典膳がこの眼をするようになったのを知っているのだろうか。典膳に『お師さん』と呼ばれ、実際に大工道具の使い方を少しだけ教えていながらも『師とは呼ぶな』と師弟関係を否定する父だが、それでも典膳が何かを上達する度に無愛想な口を弛めて面白そうにするのだ。もしかしたら、典膳のこの眼を見て面白そうな無愛想の笑みを浮かべたかもしれない。

 

「うげ、なんで足が痛むのが解るんだよ」

 

「エリートですので。牽制で蹴られたやつがかなり良い感じで当たってたのをちゃんと見てました」

 

 シズクと言葉を交わしながらも私の傷を手当てする典膳の手に迷いも淀みもなく、表情を柔らかくしたままだが典膳の眼はそのままに私の傷を見続ける。

 

「あー、うん、確かに対決が終わったら座り込みたくなる位に痛んでいたけど上手く隠せてたと思ってたのによ……牽制の一撃で負けかけたってバレてたのはかなり恥ずかしいな」

 

「私にはお二人の対決は早すぎて細かい動きは解らなかったんですけど、典膳先輩はお二人の動きが全部見えてたんですか?」

 

「エリートですので。もっと凄く動いて怪我を増やすのにそれを誤魔化す人を診るにはそれくらい見えないとダメです」

 

 もう一度手を消毒した典膳が血をもう一度丁寧に拭き取り、先程膝と肘とに塗った薬とは違う薄緑色に透明な薬を容器から指で掬っておもむろに、しかし、繊細な力加減で傷口を軽くなぞる。

 くすぐったくて鼻から変な音色の呼吸音が僅かに鳴ってしまったが、典膳とシズクの声に紛れたのか誰もそれを耳にした様子は無かった。

 薬のついた指が傷口を通り過ぎ、また直後に血が滲んできたが肌を滑り落ちる事は無く、薬によって瞬間的に止血された事を知る。

 

「装束の後押しがある防人よりも激しく動くって人間技じゃねぇな、何者なんだよそれ」

 

 会話が途切れる。私の傷に注視する典膳が今日一番の慎重さを感じさせる手の動きで僅かに血に滲んだ薬を拭き取り、血の滲んでこない傷口の上に先程膝と肘に貼ったシートと似た物を貼り付けた。

 

「勇者」

 

 典膳が短くこぼす。

 

「……あ?」

 

「……は?」

 

「僕は薬師として負傷の多い先代勇者達の治療に携わっていましたので」

 

 静かに、噛み締めるように落とされた言葉に衝撃を受ける。シズクもかなり驚いているらしく、荒々しい口調で動かす口を半開きに止めて丸くした眼で典膳を見ていた。

 また言葉を途切らせた典膳が服を捲り上げていた私の手に触れて服を降ろさせる。そして、私に背を向けて固まるシズクへと向き直った。

 

「メヴキは勇者になりたいんだよね」

 

──私は勇者になるんだ!

 

 私に顔を向けないまま紡がれる言葉、それによって対決の最中に放った私自身の言葉が去来する。

 

「そうよ」

 

 問われた事に対して率直な肯定。衝撃に思考が鈍っていたせいなのか、言葉が反射的に私の口から飛び出ていた。

 またも、途切れる言葉。典膳はそのままシズクの赤くなったふくらはぎを確認し、行李箱から取り出した小さな袋を叩いてから布で包んでシズクの手に持たせながら赤くなった部位に当てさせる。

 

「冷てっ」

 

「なんで宮大工になったのかと聞いたときのお師さんと同じ眼をしてたので、つまりはそういう事なんだろうと解ります。誤解無いように最初に言うけど、反対はしませんので」

 

 白い布に今まで使った薬とはまた別の薬を塗り、馴染ませるように揉む典膳。

 典膳は父になぜその問いをしたのか、父はなんと答えたのか、父はどんな眼をしていたのか、私はどんな眼をしていたのか、私は今どんな顔をしているのか、典膳は今どんな顔をしているのか、何を思っているのか。

 付き合いの長いはずの幼馴染みが初めて私に見せる雰囲気に戸惑う。

 

「勇者のお役目も、防人のお役目も、とても大変なものです。僕には手伝う事さえできません」

 

「あの三人を知ってたのか」

 

 頷いた典膳がシズクのふくらはぎに薬を馴染ませた布を当て、されるがままに大人しくしているシズクに包帯を巻いて薬を塗った布を固定する。

 

「僕は治す事だけができます、それ以外できません。失った物は何も取り戻せません」

 

 常では無い雰囲気。怒っているとも、悲しんでいるとも違う、波紋立つ水面のような雰囲気。こんな典膳は初めてだ。

 

「……お前…………」

 

「手足を失えば戻せません、命を失えば取り戻せません。死体は薬を飲めないし、死んだ肉に薬は効果ありませんので」

 

 典膳の顔が見えているだろうシズクが何かを言い掛けてから口をつぐむ。何を言おうとしたのかなんて想像がつかないが、シズクの表情に欠片も攻撃性の気配は無かった。

 

「僕の薬は奇跡の産物、でも、なんでもできる万能の魔法じゃない」

 

「……あ? うわ、まじかよ、嘘みたいに痛みが引きやがった」

 

「失わない限り、怪我なら僕がいくらでも治します」

 

 信じがたい物を見たような顔で手当てされた脚を見るシズク、驚いた勢いのまま立ち上がって脚を上げて下げてと繰り返す。最初はおそるおそるゆっくりと、何度か確かめるように繰り返して速度を上げていく。

 

「つまり、勇者になるために頑張るのなら、怪我をするのはともかく……いや、怪我もホントはダメだけどそれよりも色々と失わないようにも頑張って欲しいです」

 

 言いながら、ゆっくりと私へと向き直った典膳。

 その表情は、諦めにも消沈にも似た不安の表情に見えた。

 典膳のそんな顔は初めて見た。あまり見ていたい表情ではないと感覚が囁いた。

 

「勿論そのつもりよ、私の隊で犠牲は許さない。それは、私自身も含めてる」 

 

──俺は二年前、その勇者って奴らを間近で見てた。その一人が死んだ姿だってみた

 

 対決の中で聞いたシズクの叫び。勇者だって人間だ、死ねば死ぬ、極々当たり前の事。

 防人だって人間だ、それも、勇者とは違って消耗を前提に運用される部隊だ、勇者よりも死傷率は遥かに高い。

 典膳は先代の勇者達を知っていたらしい、きっと、今の私達にしたように負傷の度にせっせと手当てしていたのだろう。お役目での関わりとはいえ、仲も良かったのかもしれない。

 

 だが、一人が死んだ。

 

 もしかしたら、心配させてしまっているのかもしれない。

 普段は神隠しもかくやな迷子になって周囲を心配ばかりさせてる癖に、随分と身勝手だなと思わなくもない。

 

 だけど、普段は何が楽しくて笑ってるのかわからない程に微笑み続けている典膳がそんな顔をしているのがどうにも落ち着かない。

 だから、きっと典膳が欲しがっているだろう言葉をくれてやることにした。

 

「私は死なないわ。防人をしてても、勇者になっても」

 

「期待してますので」

 

「すげぇな、あんなに痛かったのにもう治ってるじゃねえか。たしかにこりゃ奇跡を自称するだけはあるな」

 

 いつものと同じようで、いつもとどこか違う静かな微笑み。その背後でシズクが手当てされたふくらはぎをおもむろに叩いた。

 

「~~~~ッッ! 痛ぇ! 治ったんじゃなかったのかよ!」

 

「キレ芸のしずくに塗ったのは僕が作ったのじゃなくて大赦製の薬ですので、痛みを感じてなかったのは冷却された事で痛覚が一時的に鈍化してただけですので」

 

「ハァ!? 奇跡の薬とやらを塗れよ!」

 

「緊急でもないのに体質を把握してない人に手作りの薬はリスクが高いですね」

 

「この痛さは緊急だろ!」

 

「痛いだけでは死にませんので。そもそも、塗った瞬間に治る薬なんて摩訶不思議な魔法です、そんなものありませんので」

 

「奇跡も魔法も似たような物だろうが! ってかお前、楠と比べて俺に塩対応過ぎねーか?!」

 

「キレ芸のしずくは叩くと音が鳴るオモチャみたいで楽しそうと思ってたけど間違いじゃありませんでした」

 

 叫ぶシズクとどや顔の典膳。いつの間にやら雰囲気が騒々しいものへと変わっていた。

 

「勇者の事とか色々聞きたいのに、しばらく治まりそうにないわね……」

 

 溜め息。ふと気付くと、傍に何か言いたげな顔の亜耶が近付いてきていた。

 

「典膳先輩は普段お役目の事を何も話さないんです。それが例えどんなことでも、です」

 

「そうね、私はつい最近まで大赦にちょっと出入りしてる程度の認識だったくらい何も知らなかったわ」

 

「それを話してまで心配している事を伝えたのは、きっと、本当に心配されてるからなんじゃないかって……。芽吹先輩は、典膳先輩にとても大切に思われてるんですね」

 

「そうね、そうかもしれないわね」

 

 ほんの少しだけ悪いとは思ったが、悪くもない気分だった。

 

*1
「モイストヒーリング」別名を閉鎖療法または湿潤療法とも言われ、患部を湿ったまま密封する傷ケア方法。正しい知識と正しい方法でやらないと逆に治りが遅くなったり傷跡を残すかもしれないから気を付けようね




 
 
 
 
 
 
 

防人ちゃんA「責任取るって……?!!」

防人ちゃんB「軽く流されてるの草はえますね。これはおそらく幼馴染み関係という普通の友人とは違った心理的距離感の近さ故の弊害で薬師氏さんにそういった事を連想しないのと楠さんの青春を擲って自身を高めるストイックさによる恋愛事への興味の薄さが相乗して発生した塩対応と思われますがこれを越えて楠さんの乙女回路をうまくキュンキュンさせた場合に発生するだろうデレは例えどんなに小さくともそれまでの平坦な反応とのギャップで高効率の破壊力が期待されますから是非ともその瞬間は目撃したいのが本音ですが私の信条として他者の恋愛的幸福は当事者達のみで完結すべきで余計な茶々入れや出歯亀する者は死んで然るべきだと思うのでこれからの進展に期待しつつ遠くからそっと見守りたいところゲホッうっヒュヒー」

Aちゃん「ちゃんと息継ぎして」

Bちゃん「スゥー……要約すると私達に地獄のような訓練を課す鬼隊長が乙女してるのが見たい」

Aちゃん「さっきの薬師氏さんが言う責任ってそういう意味だったとも限らないじゃない?」

Bちゃん「スゥー……違うそうじゃない大切なのは真実じゃなくて観測している私達にとってどう見えたかとそこからどうなって欲しいかっていう願望がスゥー大切でその願望こそが熱意として私達の胸の奥にあるナニか魂とも言える部分がようやく鼓動を打つことができるのスゥー人が人として生きるのに大事なのは三大欲求だなんて言われてるけどそれだけじゃ足りなくて獣と変わらないから私達人間はロマンへの欲求に萌え滾るべきなのお願い解ってスゥー乙女してる鬼隊長が見たい」

Aちゃん「ちゃんと息継ぎできてえらいね」

Bちゃん「乙女してる鬼隊長が見たい」
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