芽吹「薬師氏典膳は何者かって?ただの幼馴染よ」 作:ቻンቻンቺቻቺቻ
日課である早朝の走り込みを終えて少し早目の朝食を摂りに来た食堂、まだ他の防人隊員が誰も無しに静まったがらんどうな空間で何故か典膳が味噌汁を啜っていた。
「なんで朝一番から典膳がここで朝食を食べているのよ」
「怪我は手当てして終わりじゃないので、手当てした人達の予後観察にきました」
配膳された朝食のトレイを典膳の正面に置いて訊ねればなんて事無いように告げられる用件。そのまま着席して会話を続ける。
「学校はどうしたのよ」
「ニボシ出汁の効いたお味噌汁がおいしいです」
「……サボったのね」
「エリートには学校で習うあれそれより優先されるべき事があるので、仕方ない事なので」
悪びれる様子も無く茶碗に半分残したご飯へと半分残していた味噌汁を掛けて啜るように食べる典膳。食事の前半を白飯、後半を猫まんまで楽しむこの食べ方は典膳の幼い頃からの癖みたいなものだ。
「朝ごはんを済ませてから希望する人達の予後を診ます、許可は得てますので。むしろ、ここの医務さんとか職員さんには喜ばれてます」
防人は消耗前提の運用、しかし、いたずらに消費するつもりは無いという事なのだろうか。それについての真偽はわからないが、信頼する相手が怪我を診てくれるというのならば念のため程度でも診せておくのもやぶさかではない。
「学校サボってるとはいえ来てしまったものは仕方ないわね、でも、用事が済んだら遅刻してでも学校行きなさいよ」
「その件については前向きに検討させていただきますので方針が決まり次第報告させていただきます」
用事を済ませてもここにとどまって学校に行く素振りを見せないなら頬をつねって追い出すと決めつつ朝食を摂る。なるほど、ニボシ出汁が実にいい感じな味噌汁だ。
典膳と二人のテーブル、付き合いも長いせいか今更多くを語る事も無い私達は特に会話をする事もなく静かに食事を続ける。何が楽しいのか、やはり典膳はニコニコと機嫌よさそうに猫まんまとおかずを交互に口へと運んでいた。
そして、互いに完食が近付いた頃に「そういえば」と、前置きして昨日のシズクと典膳のやり取りが途切れなかったので聞きそびれた事を聞いてみる。
「勇者の事を知っていたのよね、どんな人達だったのかしら」
どんな人物が勇者を勤めていたのか、それを知れば私が勇者に何故選ばれなかったのかを知ることができるかもしれない。そして、勇者になるためのヒントになるかもしれない。そのための質問。
「うーん……。僕は口が軽いと自覚してるのでうっかり秘密にしなきゃいけない事も喋っちゃいそうな話は勘弁してほしいので」
「そう」
質問をしたが、答えが帰ってくるとは思っていなかったので落胆は無い。典膳は十年近く大赦関連の事を話さずにいたのだ、雑談の中の軽い質問で答えるだなんて期待してはいなかった。
「でも……」
ほんの少しでも何か話す気があるのだろうか。と、ほんの少しだけ湧いた期待に視線が典膳へと引き寄せられる。
そして、懐かしむような、寂しいような、誇るような、典膳に似合わない少しだけ大人びた表情に少しだけ呆けてしまった。
「あの三人は友達です」
断言してから残りすくない猫まんまを美味しそうに口に掻き込む典膳。その表情はいつの間にかなにが楽しくて笑ってるのかわからないニコニコ顔。
付き合いは長いはずなのに、最近は幼馴染みの知らない一面をよく目の当たりにしている気がする。いや、幼い頃とは変わった部分を見付けていると表現した方が正確なのだろうか。
「ふぃー」
完食した器の前で満足そうに腹部を撫でる典膳を視界に収めつつ私も最後の一口を咀嚼しつつ考える。
幼い頃から知ってる間柄だからなのか、それとも、背の低さや普段の稚気を感じる言動のせいなのか、いつまでも子供みたいだと錯覚していたが実はそうじゃない部分も多くあるのかもしれない。
典膳だって私と同い年の中学生で、私と同じように様々な経験を得ている。私が勇者候補として二年ほど訓練を受けていた間の会う機会なんて無かった時期に典膳は少しだけ変わっていたのだろう。
変化、いや、成長と言う方がもっと正確なのだろうか。と、同い年の典膳相手にこんな風に考えてしまうのはきっと、典膳の周囲にいた大人達がご両親も含めて甘過ぎる上に放任的だったせいで私が事あるごとに頬をつねってやらないといけなかったからだろう。非常に遺憾ではあるが、ある意味では典膳の監督役のような立ち位置だった私は典膳に対して変に姉貴分ぶった思考ができてしまっているのかもしれない。
だからこそ、変化したのか成長したのかよく分からない典膳に自分でもよくわからない感慨を僅かにでも抱いているのだろう。
「ごちそうさまでした」
「ごちそーさまでした」
私が完食したのと合わせて食後の挨拶。
「で、診るんでしょ」
「もちろん」
「走り込みで汗を流した時にあのシートを剥がしてしまって、医務室に代わりの物を貰いに行こうとしてたから丁度いいわね」
「メヴキは怪我しても動き続ける回遊魚」
鼻で深く溜め息を吐く典膳が一度立ち上がって私の座る隣まで移動してくる。ここでさっさと診るということなのだろう。
「傷口は洗った?」
「直接傷口に触らず石鹸の泡を当てるように撫でる、でしょ。散々言われ続けたから覚えてるわよ」
「それならヨシ!」
防人になる前、勇者の選抜に参加するよりも前は怪我をする度に典膳に手当てされては同じ事を言われ続けていたのだ、忘れようがない。たしか、傷口を刺激し過ぎないようにしつつ清潔を保つための方法だ。何故そうしなければいけないのかは忘れてしまった。
「確認して問題なさそうなら貼り治すので、見せて欲しいです」
テーブルの下から背負子に載せた行李箱を引き摺り出した典膳。顔はニコニコとしているように見せ掛けて目が仕事中の父と同じそれへと変わっていた。
「それじゃあ、頼むわよ」
今着用しているの防人の制服でワンピースの形をしている。脇腹を見せるには大きく裾を捲し上げなければならないが、相手は典膳だし中にはスパッツも着用しているから問題無いなだろう。
アルコール臭のする液体で手を清めて典膳が準備を終えたのを見計らい、制服の裾を捲り上げた。
「あら……?」
直後、食堂の戸が開かれて弥勒が現れて私達を見るなり動きを止めて固まった。
「おはようございます、弥勒さん」
「片手間で失礼ですがおはようです」
珍しく挨拶を返す事もなく口を開いては閉じてと言葉に困っているような弥勒。それを特に気にする様子もなく傷口を確認した典膳が手早く昨日と同じ種類のシートを貼り付ける。
「ヨシ!」
「もう終わったの? 相変わらず手際は良いわね」
「エリートですので。この傷は化膿の様子もないしこれならすぐに治りますので、次は肘と膝です」
「あぁ、そういえば擦り剥いてたわね、些細な怪我過ぎて忘れてたわ」
裾を降ろして肘と膝も典膳に診せる。これらも問題は無かったらしく手早くシートを貼り直されるだけに終わった。
「確認ヨシ! 明日からはここの医務さんに診て貰いつつシートを交換して欲しいです。きちんとケアしてればメヴキの予想してるよりも早くキレイに治りますので」
「そう、早く治るに越した事はないしそうさせて貰うわ」
「はぁー……。なるほど、状況はだいたい把握しましたわ」
沈黙していたかと思えばどこか重みを感じる溜め息を吐いた弥勒が私達の正面にある席へと腰を降ろし、いつになく真面目な表情をしながら私達を見据えて口を開く。
「芽吹さん、典膳さん、食器を下げたらもう一度そこにお座りなさい」
「え」
「???」
どこか険を帯びていた声に戸惑うも、有無を言わせない雰囲気に流される。
「私は弥勒家の者として、一年長く乙女をしている先輩として、このままでは道を踏み外しかねない後輩のお二人にきつく言い付けなければならない責務がありましてよ!」
「は?」
「?????」
どうやら私達はこれからお説教をされるらしい。
◆
曰く、信頼している相手でも乙女が軽々にあられもない姿で肌を晒すのは良くない。仕方ない理由で肌を晒すにしても、もう少しマシな方法や格好があるはずだ。それに、確かな信頼があるにせよ異性である事には変わりないのだから警戒と言わずとももう少し慎み深くあるべきだ。
曰く、些細な怪我でも心配で仕方ない程に大事に思う相手に人の目があるかもしれない場でみっともない姿をさせるのは良くない。正当な理由でそれをさせるにしても、場を選ぶべきだ。相手の品位を下げかねないし、恥をかかせてしまうかもしれない。
いつもの丁寧な口調でのお説教を要約するとこうだ。
丁寧に何がどうして悪いのを本気でお説教され、正論しか言われてない気がするので『はい』としか言えなかった。
普段は先輩後輩として接するよりも同じ防人の仲間であり隊長と隊員として接するのが多いせいか、先輩として間違えた事をした後輩を叱る弥勒が普段との差異で自分よりもよっぽど大人な人間に見えてしまった。
──今のてめえは他人の芝生を見てヨダレ垂らしてるガキ。
ふと、昨日の対決の中でシズクにぶつけられた言葉を思い出す。
もしかしたら、弥勒がとても大人なのではなく、私自身が子供じみているからこそそう見えてしまっているのだろうか。典膳に対して子供じみていると内心で思っていたが、私もそう変わらないのだろうか。
少し、自分を顧みて改めるべき所があるのかもしれない。が、ちょっと考えただけでは何もわからなかった。
それはそれとして。
「っス。心を入れ換えて頑張るんでよろしくオナシャス」
「急にキビキビし始めましたわね」
「っス。弥勒パイセンまじリスペクトっス」
なぜか典膳が弥勒になついた。
叱られて急激になつく思考の推移が本当によくわからない。
「っス。メヴキに対してだけじゃなくてほぼ他人な自分にも心から言葉を尽くしてくれるパイセンまじやべぇっス。パイセンの名家な心意気を感じましたっス」
基本的に誰が相手でもマイペースを崩さずにいる典膳だが、ヘタクソな丁寧語を使っている事と年齢の差を意識している事から弥勒の事を先輩として典膳なりに敬っていることが解る。
解るが、典膳への予備知識が無ければ逆に相手を舐めてかかっているかふざけているようにしか見えない。普段を自由に振る舞い過ぎてる弊害だろう。
「ふふふ、弥勒家たる者たとえ貧に窮しても心は錦でしてよ」
幸か不幸か弥勒とこの状態の典膳はそう悪くは無い相性らしく、弥勒が満更でもなさそうに笑っていた。
「あれ? 薬師氏さん来てたんだ」
朝食を摂りに来た人が食堂に増えてきた頃、ひょっこりと現れた雀が和気藹々と会話している典膳と弥勒に気付く。そして、自室に戻るタイミングをなんとなく失っていた私の隣の席に腰を降ろした。
「手当てした怪我人の予後を診にきたらしいわ、後で医務室に待機して医務の人と一緒に希望者の検査をするみたいよ」
「へ~、そうなんだ。……今更だけどそういう医療に関係する事って免許とかそういうの必要なんじゃないの? 私達と年が変わらない薬師氏さんってそういうのあるのかな」
「……たぶん無いわね」
無免許医師、いわゆる闇医者は犯罪だ。幼い頃から典膳にちょっとした手当てなどを任せていたからか私にとって典膳の手当ては当たり前の出来事だったが、一般常識でいえばかなり黒に近い行為をしているかもしれない。
「エリートですので特定の条件を満たすなら許可されてます。その他は許可されてないので手当てや調薬をしても秘密にしてますので安心して下さい」
「えぇ、許可されてない場合でもやってるんだ……」
「あっ、これは秘密ですので!」
実に口が軽い。重大な秘密に触れかねないからと大赦関連の話題を口にしたがらない事に改めて納得してしまう。
「防人隊への手当てと調薬は許可されてるし、どちらかと言えば手が空いてるなら協力して欲しいとまで言われてます」
「あら、そうなんですの。てっきり防人隊に芽吹さんが所属してるからなんとなく協力していただいてるのかと思ってましたわ」
「っス。ここの医務とか安芸さんにお願いされてるっス」
「なにその不思議な体育会系な口調、弥勒さんとの間に何があったの?」
「っス。弥勒パイセンまじリスペクトっス」
「弥勒の威光が人を惹き付けてましてよ」
「ホントに何があったの??」
会話の途中に聞き覚えの無い名が出てくるも、三人の軽快な話の流れによってそれは何者かと問う間を失ったまま別の話題へと移り変わる。
「っス。弥勒パイセンの高貴な輝きが眩しいっス。溢れ出るオーラがまじパネェっス」
「さすが、エリートを自称するだけあって典膳さんは人を見る眼が養われてらっしゃいますわ」
「輝きに眼を焼かれて視力失ってるんじゃない? 大丈夫? ちゃんと相手が見えてる?」
典膳と雀の波長が合って軽快にお喋りできるのは以前に知っていた、典膳と弥勒の人間的な相性も悪くないのも今しがた知ったばかりだ、雀と弥勒も防人として共に行動する事が多いからか遠慮の無い会話をする仲だ。そして、そんな三人はそれぞれ会話を好む性質だ。
この三人が揃えば間隙無い軽妙なお喋りがとめどなく続くのは一種の必然なのかもしれない。
「視力が減衰してるだけならまだしも失ってたらさすがに薬では治せないので」
「視力を向上させる薬なら作れるとおっしゃいますの?」
「っス。視力減衰の原因が何かにもよるけど一時的な回復に加えて減衰以前よりも視力を向上させるくらいならイケるっス」
「それ回復じゃなくてドーピングなんじゃない?」
「自分で試した時は飛んでるトンボの脚の本数を数えれるくらいに視力が向上しましたので」
「自分で試した!? 軽い感じでマッドサイエンティスト疑惑が浮上しちゃった!」
「昆虫の観察をしたかったがための苦肉の策でしたので」
「それで、脚は何本でしたの?」
「っス。六本でしたっス」
「気になるのそこなの!? っていうか昆虫の脚はみんな六本だよ! 数えなくてもわかるよ!」
一部聞いてるだけで頭痛がして言葉がでなくなりそうな話題というのもあるが、会話のリズムそのものが早くて私には会話に交わる事が難しい。
「薬の効果が強すぎて父の頭皮の侘しさがよく見えてしまうハプニングがありましたので、将来の僕の頭皮が心配です」
幼い頃の記憶にある典膳の父は当時から微妙に切ない有り様だった。勇者の選抜に外れてから防人になるまでの間にも会う機会があったが、その時にはもうかなり悲しい有り様になってしまっていた。
実は典膳が自由過ぎるせいでのストレスによって気の弱い典膳の父は頭皮にダメージを負い続けているのではと私は邪推している。
「頭皮の事は遺伝すると聞きますわね」
「頭の寂しさは薬でどうにかならないの?」
「頭皮の孤独とはつまり毛根の喪失……失ったのなら戻せませんので……それは薬の領分じゃありませんので……」
典膳の重い声色に一呼吸程度の沈黙が生じる。そして、諦めたように笑う典膳が苦笑いしながら口を開いた。
「ハゲにつける薬はありませんので」
「ハゲは不治の症状なのですわね」
「そんなに深刻な雰囲気でいう言葉なのそれ?」
なんとなく、ただなんとなく程度ではあるが、典膳の諦めたように笑う顔に小さな衝撃を受けていた自分がいることに驚いていた。
防人ちゃんA「あ、薬師氏さんがまた来てる。いつの間に弥勒さんとあんなに仲良くなってるし」
防人ちゃんB「ハウッ!!コヒュッコヒュッカヒュッコヒュッコヒュッハヒュッ──」
Aちゃん「うわなにそれ過呼吸?唐突すぎてこわい」
Bちゃん「──カヒュッハヒュッ三角関係ハヒュッカヒュッ──」
Aちゃん「うん、そうだね。事実がどうとかじゃなくてどう見えたのたどうなって欲しいかの想像が大切なんだよね。はい、ちょっとだけ息を吸ったらゆ~っくり吐いて」
Bちゃん「スゥ……ふぅ~~──」
Aちゃん「ちゃんと呼吸できて偉いね」
Bちゃん「会話に混ざれなくてちょっと寂しくてちょっと嫉妬しちゃう鬼隊長かわいい」