芽吹「薬師氏典膳は何者かって?ただの幼馴染よ」   作:ቻンቻンቺቻቺቻ

6 / 13
人生……ヨシ!

 

 防人隊にとって五度目の任務、西暦の時代に近畿地方と呼ばれていた地域に向かうための通路を築くために巫女である亜耶を連れての結界外行動。

 防人隊に危険な任務が有った後に毎回どうやってか察知してはひょっこりと現れた典膳が手当たり次第に手当てするのが恒例になっているのだが、それが今回は珍しく出撃前に現れ、結界の外に出る全員の無事を祈って亜耶と共に祝詞をあげていた。

 

 二人の神職、亜耶の鈴のようなソプラノと典膳の笛のようなアルトが合一し、幻想的な音色が陽炎のように空間を揺らす。

 

掛巻(かけま)くも(かしこ)神樹(しんじゅ)産土大神(うぶすなのおほかみ)大地主神(おおとこぬしのかみ)大前(おほまえ)(かしこ)(かしこ)みも(まを)さく──」

 

 煌めく陽光が私達を包む、穏やかな潮風が頬を撫でる、何処かで鳴いていた海鳥が嘴を閉ざして沈黙を呼ぶ。

 神の童と巫女が祈りを奏上する。

 自分の呼吸する音色さえ遠い場所にあるのに、世界のあるがままが肌を通って心の臓まで届くような錯覚。

 

「──捧奉(ささげまつ)りて乞祈奉(こひのみまつ)らくを(たいら)げく(やす)らげく聞召(きこめし)て、神樹(しんじゅ)(たか)(ひろ)(いか)しき恩頼(みたまのふゆ)()り──」

 

 以前にもこんな心地を覚えた事があった。あれはたしか、私が七つになった日に薬師神社へと七五三のお参りをしに行った時だ。

 その時も今のように典膳が舌足らずながらも難しい言葉遣いの祝詞を唱えていた。

 

──典膳がお祈りするの?

 

──うん。メヴキは特別だからぼくがします

 

──特別?

 

──ともだちなので

 

 友達同士だから神社の子が祈祷するというのもあるのか。と、当時は適当に納得していた。

 周囲の大人達はそれを咎める事も訝しむ事もしていなかった。むしろ、ありがたい事だと喜んだり、羨むようは眼で私を見ていた節があった。

 神童、薬師氏典膳。神樹にとってとても重要な神の一柱より多大な恩寵を授かって産まれ、神の欠片をその身に宿している者。そんな神の近くに在る存在が自らに恩寵を授けている氏神へとたった一人の今後の生涯が善き物である事を祈り願う。

 最近になって知った事実と合わせて過去を振り返ると、もしかしたら私は少し凄い事をされていたのかもしれない。

 

──ぼくは明日七つになるので

 

──そういえば、一日違いの誕生日なのよね

 

──だから、これがさいご。

 

 あの時は典膳が七歳を目前にして突拍子の無い行動を辞めるように心機一転の宣言だと思った。でも、その後も典膳の迷子癖等の頭がおかしくなりそうな訳の解らない言動は続いていた。なので、しばらくは何に対して最後だと宣言したのか解らなくて首をひねっていた。

 後日に直接聞いても『もう終わりましたので』としか答えが帰ってこなくて余計に首をひねる事になっていたのを憶えている。

 

──神童様がお祈祷してくれたのは芽吹ちゃんだけだったねぇ

 

 そんな言葉を近所のお婆さんから聞いたのは何時だったか、その言葉を聞いてからは典膳が誰かのために祈祷して祝詞を唱えるのをあの時が最後にしていたのだと思っていた。

 

 しかし、今、防人の三十二人と巫女一人のために典膳はあの時のように祝詞を唱えている

 結局のところ、典膳の言った"最後"とは何に対しての言葉だったのだろうか。

 

「──禍神(まがかみ)禍事(まがこと)なく、身健(みすこ)やかに心清(こころきよ)く──」

 

 社を囲む鎮守の木々が祝福を葉を奏で、鼻にを香った花が私に重さを与え、肺を満たした空気が私を世界に縫い付けてると錯覚した七つになったあの日と同じ。

 神童が、いや、典膳が心を籠めて祈る。

 ただそれだけ。だけど、不思議な安寧がここにある。

 

「──(まも)(めぐ)(さきわ)(たま)へと(かしこ)(かしこ)みも(まお)す」

 

 今回は護衛対象である非戦闘員の亜耶を連れて結界の外へと出る難易度の高くて過酷な任務だ。安心できる要素なんて何一つ無いはずなのに、任務開始の直前であるこの瞬間に心を安寧させてしまうのは気の弛みかもしれない。

 神樹の方角へ二拍と一拝、典膳と亜耶が祝詞を終えたと同時に自覚したそれを正すために頬の内側を少しだけ噛んで気付け薬がわりとする。

 

 錯覚が全てまやかしと消え、心がゆるやかな現実からただの現実へと戻る。

 

「メヴキ達の指示をよく聞いて、気を付けて欲しいので」

 

「はい、気を付けて行ってきます」

 

 小柄な典膳が更に小柄な亜耶へと念を押すように言い聞かせる。共に神職の衣裳を身に纏い、それがよくよく様になっている二人は双方無垢を感じる似た雰囲気をしているせいなのか、なんとなく程度に兄妹に見えなくもない。

 

「なんか、凄く納得しちゃったなぁ」

 

「何がかしら」

 

 背後から聞こえた雀の声に振り返って意図を問う。すると、気付いたら口から言葉が漏れていたと言わんばかりな表情を見せた雀が続けて口を開く。

 

「祝詞を唱えてる時の不思議で厳かな感じで典膳くんもそう言えば神職だったなぁとか、私にとっては最近できた友達だけどあややにとっては幼馴染みのお兄さんなんだなぁって」

 

「そうね、私も似たような事を今考えてたわ」

 

 作法に則った動作の拍や拝、それを物心ついた頃より巫女として修練を積んできた亜耶と一切のズレ無しに合わせて動き、祝詞を唱えるにも息継ぎや声の抑揚まで欠片の狂いさえ無く同一にこなす。それだけで典膳も神職としてしっかりと修練を積んでいるのが容易に察する事ができる。

 そんな典膳に対して亜耶はとても素直だ。亜耶は普段から誰に対してもそうではあるが、典膳に対してはより一層に素直なように見えるし、接し方にも敬意とそれ以上の親しみの雰囲気を感じられる。

 この2つが合わさり典膳と亜耶が神職の兄妹のように見えていたのだろう。

 

 亜耶はなぜ、交流会とやらで年に数度会えるだけ相手だった典膳にこれほどの大きな親しみの感情を向けているのだろう。と、少しだけ気になり、それは任務開始前に考えるには気が逸れすぎているだろうと自戒するも、思考の片隅にある無意識の部分で勝手に思案が続く。

 

 理論立てて推測した訳ではない。そんな事もあるかも知れないという程度な形の無い思考が無意識の中に混ざる。

 

 先日聞いた亜耶が典膳に初めて会った時の話、亜耶が親元から離れて寂しい思いが強い時に典膳からとても良くして貰ったらしい。それによって、当時はふらっと姿を消そうとした典膳の背中を思わず追ってしまう程に懐いていたのだろう。

 そんな相手が寂しさへの特効薬として傷付いた仔猫を癒して友達になれるようにはからってくれた。

 なるほど、そんな相手を嫌う方が難しいはずだ。

 いつだったか言っていた通り、亜耶にとって典膳は本当に頼れるお兄さんなのだろう。

 

 ふと、意図しないまま典膳と視線が重なり、そのまま視線が絡んで互いに見合う。

 無意識の中に混ざっていた形のない思考が霞んで薄くなる。

 

「何か言いたいことがあるのかしら」

 

 視線を絡めたまま私へと歩み寄ってきた典膳に問う。

 口から言葉を出す変わりに今まで考えていた事はなんだったかさえも忘れていた。

 

 絡んだ視線はほどけず、何を考えてるのか微妙に解りにくい顔の典膳が何を思っているのか微妙に解りにくい声色でまっすぐに言葉を吐く。

 

「武運無くとも、成果無くとも、欠けの無い帰還を期待してますので」 

 

「……これから出撃する隊の隊長相手に随分と消極的な言葉を吐くのね」

 

 逃げ帰ってきてもいい、任務を失敗してもいい。裏を返せばそう取れてしまうような言葉だ。

 全力で事に挑む相手に『成功を必要としてない』などと言うのは侮蔑であり、気の短い人物ならばそれだけで殴り合いの喧嘩に発展しかねない行為だ。例えるならば、自分の仕事に誇りを持っている職人さんに『お前の仕事なんてどうでもいい』と言い捨て、その職人さんがその瞬間までに積み上げてきたもの全てを否定するかのような行為だ。喧嘩を売ってるとしか思えない。

 

 だが、典膳の言葉に裏なんか無い。

 私は典膳はいつも伝えたい事そのものだけを言葉にすると知っている。

 

「私以外にそんな事を言ったのなら頬をつねられるだけじゃ済まないわよ」

 

 典膳の顔が微妙に解りにくい表情から少しだけ悄気たような表情へと変わる。

 

「こう言う以外に言葉が見つからなかったので……」

 

「そうなんでしょうね。典膳だもの」

 

 典膳だから思った事しか、真実しか言葉にしない。

 欠けの無い帰還。つまり、犠牲無く、取り返しの付かない大怪我もなく、誰もが指先少しでさえの欠損無く生きて帰って来て欲しいと典膳は願っているのだ。

 微妙に解りにくい表情と声色。だけど、私にはどんな感情でその表情と声色なのかが解る。その表情も声色も、シズクとの対決にて脇腹を怪我をした時に見たばかりだ。

 

──色々と失わないようにも頑張って欲しいです

 

 不安。典膳はこれから危険な任務に赴く私達に士気を下げる要因になるような顔を見せないように真顔を取り繕いつつ、それでもただひたすらに私達全員を心配し案じているのだろう。

 

 死ぬな、生きて帰って来い。心の奥底の深い所からそう願ってくれる心配性で小心者の幼馴染。私はそんな幼馴染を心配性だと笑ってやるつもりは無いし、小心者だと馬鹿にしてやる気も全く無い。

 ただ、多少ながらも怪我をして帰還するであろう防人隊の手当てに全力を尽くしてくれると信用している幼馴染に礼の先払いとしてきっと欲しがっているであろう言葉をくれてやる事にした。

 

「私の部隊に犠牲は許さない。言われるまでもなく欠けなんてあり得ないわ、任せておきなさい」

 

「! ……期待してますので!」

 

 解りやすく表情が明るいものに変わる、声色も明るいものに変わる。

 なんだかそんな様子が少し面白い。少しだけ頬が弛んだのを自覚し、すぐに気の弛みだと自身に戒めて口元を引き締める。

 

「総員、戦闘準備! 護衛対象を中心に円形密集陣形!」

 

「「「「「「「了解!」」」」」」」

 

 なにがなんでも犠牲は許さない。いつも心に抱いているその目標をいつも以上に意識しながら結界の外へと足を踏み出した。

 

 

 

 

 数度の小規模な戦闘を制し、亜耶を連れた防人隊は問題なく予定していた地点へと到達した。

 人を殺す怪物が山のように跋扈する灼熱の大地に不釣り合いな清い祝詞が唱えられ、地面に落とされた神樹の種を起点に紅い大地が緑の植物に上書きされていく。

 幻想的で超常的な光景に誰もが目を奪われた。甦る緑の光景に心さえも奪われていたのかもしれない。

 

 だから、気付かなかった。

 

 蠍の名を冠する人類の天敵、スコーピオン・バーテックスの接近。

 数珠を連ねたような尾の一振でシズクの小さな体を宙に弾き飛ばし、幻想に奪われていた防人達の心を過酷な現実へと引き戻したのだ。

 

 泣き喚く雀、安否が不明なシズク、尾の一振で蹴散らされる護盾隊、防人隊がほんの一瞬で追い詰められる中でスコーピオンが振り回す尾の危険へと無防備に晒け出される亜耶。

 スコーピオンの尾針がまっすぐに亜耶へと狙いを定めた。 

 

──欠けの無い帰還を期待してますので

 

 思考よりも早く、体が動いた。

 体が動くと同時に、決意が胸中で反響する。

 

 犠牲は許さない。

 

「死なせない!!」

 

 自分の体ごと亜耶を押し倒す。濃厚な死の気配のせいか間近に迫ってくる尾針が細部まで観察できるほど緩慢に動き、同じく鈍く動く私と亜耶が緑の茂る地面へと羽毛が落ちるような鈍さで倒れていく。

 私達が倒れきり尾針の先から身をどけた直後、何もかもが速さを取り戻して伏した私達の上を掠めるようにして尾針が空気を貫いた。

 致死の一刺しを回避する事はできた。しかし、スコーピオンの攻撃は一度では終わらない。尾を引き戻して私達へと尾針を向けるスコーピオンの姿に、地に伏して続けての回避行動へと移れない体勢になってしまったのは失敗だったと悟る。

 

「怖い怖い怖いこ゛わ゛い゛ぃ゛ぃ゛っ!」

 

 またも死の気配を感じたと同時に盾を構えた雀が泣き言を叫びながら間に入り二度目の尾針を引き付ける。型破りな素早い動きで尾針を躱した雀が三度目四度目と難度も軽快で奇天烈な挙動で引き付け続ける。

 

「あーっ! 死ぬ! 次は死ぬ! 次こそ死ぬ! あーっ! あーっ! もう無理! あーっ! そいやぁ! 助けてメブゥ゛ゥ゛ー! あーっ! これ死んだ! あーっ! 死ん、でなぁーーい! あーっ!」

 

「雀さん、すごい……!」

 

「感心するのは後! ここから離れるわよ!」

 

「あーっ! 置いてかないでぇぇ!!!! あ゛ぁーーっ!!!!」

 

 雀の泣き言とは裏腹な軽業が頼もしい、この雀なら亜耶をこの場から離れさせる時間を稼いでくれるだろうと確信。すぐに二人で立ち上がってスコーピオンの尾が届く範囲から離れる。

 

「銃剣隊、狙い! 撃って!!」

 

 ひとまずの安全圏で隊列を乱された防人達を集合させて反撃。雀を狙って振り回される尾を狙うのは難度が高いので顔のような部位への一斉射撃。

 大きく身体を損壊させたスコーピオンが動きを鈍くさせる。

 

「やりましたわね! 芽吹さん、追撃してあれを私達の手柄にしてしまいましょう!」

 

「いえ、危険な追撃は無しで撤退します! 損耗せずに全員での帰還こそが一番の手柄です!」

 

 動きが鈍ったスコーピオンから眼を離さずに後ろ向きでの全力疾走で隊列に戻ってくる雀を確認しつつ指示を飛ばす。誰からの反対意見は無く、誰もが納得したように頷いていた。

 

「置いてくなんてひどいよメブ~! 怖かったよぉぉ~~っ!」

 

「雀なら時間を稼げると思ったし雀にしか任せられなかったのよ」

 

「無茶振りだよぅ!」

 

「撤退準備! 私が殿に立つわ!」

 

 目や鼻から汁を流して腰にしがみついて震える雀を無視して更に指示を飛ばす。

 指揮権の移行、亜耶を厳重に護衛する陣形、訓練通りに滞りなく行われたそれを確認してすぐに防人隊と亜耶を走らせる。

 走らせたが、私以外にも二人の防人がここに残った。

 

「撤退の指示を出したはずですが」

 

「殿こそ戦いの華、その誉れはこの弥勒夕海子にこそふさわしいですわ! 芽吹さんに独り占めなんかさせませんわよ!」

 

「この状況で誉れだの手柄だなんだと言ってる場合じゃ──」

 

「それに、シズクさんを救助なさるつもりなんでしょう、より確実な犠牲ゼロのために人手が欲しいのではありませんこと?」

 

「──っ!」

 

 自信に満ちた不敵な笑みで私を見る弥勒。現段階で想定できる様々な状況は私と要救助が予想されるシズクだけではかなり厳しいので援護に残ってくれた弥勒の存在が非常にありがたい。

 

「助かります……。雀は早く隊列に戻りなさい、あなたまで過度な危険を冒す必要は無いわ」

 

 残っていたもう一人の防人である雀に隊列へと戻るように促す。すると、私の腰に回していた腕に一度力を込めた直後に震えを止めて立ち上がり、決意と少しの自棄が見て取れる瞳で私と視線を合わせた。

 

「怖いけど放っておけないよ。それに、一番危ない所に行くなら盾が必要でしょ。シズクが意識を取り戻さなかったら退路を開く人とシズクを担ぐ人とそれの盾になる人が必要じゃん」

 

 身を守る、安全を確保する、この二点において天才的なセンスを有する雀がこうも言い切るのならばこの殿は三人以上で事に当たらなければ非常に難しいものなのだろう。

 自他共に認める怖がりの雀が恐怖の感情に耐えてまで協力してくれる事に驚き、それ以上に頼もしさをおぼえる。

 

「とても助かるわ。でも、ここに残ったからにはさっきみたいな無茶振りにまた付き合って貰うわよ」

 

「残った事に後悔しっぱなしだけど尚更後悔してきた……」

 

「無茶振り、どんと来いですわ! 無茶を通して無理を踏み越えてこそ誉れあるというもの。それでこそ、弥勒の勇名が轟きますもの!」

 

 対照的な態度の二人を背後に迫り来るスコーピオンを睨み付けて銃剣を握り締める。巨体は破損を物ともせず、目に見える速さで再生しながら私達へと悠然に接近を続けていた。

 続けざまに弾き飛ばされたシズクが倒れているのを遠目に確認。ここからでは状態の正確な確認はできないが、尾針で貫かれた訳ではない事と辛うじて見て取れる胸部の上下に呼吸がある事から死んでない事を確信する。

 把握した状況を脳内で整理、それぞれが行うべき行動を判断、それを指示するために口を開くより先に弥勒が言葉を放つ。

 

「それに、典膳さんにも芽吹さんのフォローを頼まれてしまいましたから、頼ってくる後輩のお願いを聞くのも弥勒の者として当然の事ですわ!」

 

「は?」

 

 誰が、誰に、誰の事を頼んだと?

 

「典膳さんは見る目が有りますわね! この弥勒夕海子を頼れる人間だと認識していらっしゃるのですから!」

 

「あ、やっぱり弥勒さんも典膳くんにメブのフォロー頼まれてたんだ」

 

「は?」

「え?」

 

「ある程度の親交がある防人の人……まぁ、ほぼ全員が典膳くんに似たような事言われてるみたいだよ」

 

「は?」

 

 典膳が、防人のほぼ全員に、私の事を?

 理解すると同時に頭が痛くなるような錯覚を覚える。日常的に迷子になってはご近所中の人に探索されて保護されるを繰り返していた癖に典膳は私の保護を防人隊に頼んでいたのか。

 何様のつもりでの頼み事だったのかやら、私の事を案じるよりもまず自分の振る舞いを直せやら、例えようのない羞恥やら、とにかく色んな思いが混ざって頭痛の気配を感じる。

 

「え? その口ぶりからすると、もしかして、雀さんもですの?」

 

「私は逆にメブに私をもっと守ってくれるように典膳くんからも言って欲しいってお願いしてた側だから」

 

 頭痛がしてきた。誰か私をこの頭痛から守ってくれないだろうか。

 瞬間的に脳内に浮かんだ怪しい頭痛薬を手に持ってニコニコと笑う典膳の姿、無性に腹が立ったので頬をつねって鼻を引っ張った姿を想像しておいた。

 

「……無駄口はそこまでにして。私と雀でスコーピオンに接近して注意を引く、弥勒さんはシズクの状態を確認して──」

 

「このエビ野郎! よくもやりやがったな、みじん切りにして蹴り潰してすり身にしてやらァァ!」

 

「──確認は不要みたいね。間違ってもスコーピオンが本隊に追い付かないように妨害しつつ撤退するわよ」

 

 気を取り直して二人に指示をしている最中、いつの間にか復帰していたシズクがほぼ再生の終えていたスコーピオンへと飛び乗って荒々しく銃剣を突き刺す。

 状況は最悪ではないらしい。むしろ、シズクがほぼ万全の状態で動けるのならば殿としての役目をまっとうしつつ無理なく撤退ができそうだ。

 

「シズクが無事なら私は必要ないよね! 先に撤退──」

 

「全員で! 妨害しつつ! 撤退するわよ!」

 

「──ふえぇ、さっさと本隊と一緒に戻ってればよかった……」

 

 泣き言を漏らしながらも雀は元気よくスコーピオンの周りを走り回って役目をまっとうしていた。

 

 

 

 

 殿に残った四人の連携が訓練以上に噛み合っていたと感じたし、直感が冴え渡っていたのかスコーピオンの攻撃の多くを上手い具合にくぐり抜ける事ができていたし、スコーピオンの尾を切り付けた時も想像していたよりも刃の通りが良くて想定よりも迅速に切り落とす事ができた。

 思いの外スコーピオンへの妨害行動は過酷ではなかった。と、いうのは気のせいだろう。

 

「さすがにぶっ飛ばされた直後に暴れ過ぎたな……全身ガッタガタだ……」

 

 右を見る。全身くまなく負傷だらけのシズクがげんなりとした顔で私と並走している。

 

「わたくしは、まだ、ぜんぜん、いけますわよ……」

 

 左の数歩分後ろを見る。負傷だらけでくたびれた様子の弥勒が上品さとかけ離れている酷く疲労した顔で足を引き摺るように走っている。

 

「私は無理! もう無理! 後十秒続けてたら死んでた!」

 

 数歩分真後ろを見る。顔を涙と鼻水と鼻血に濡らした雀が元気良く泣き言を喚きながら走っている。体力にはまだ少しだけ余裕がありそうだが、灼熱の大地を何度も飛んで跳ねて滑り込んで転がってと繰り返していたせいか全身くまなくボロボロになっている。

 

「もうひと頑張りよ。本隊は既に結界の中にいるから、後は私達が帰還すればお役目完了になるわ」

 

 私自身の状態を確認する。スコーピオンの攻撃が直撃する事は無かったものの、回避行動の際に灼熱の地面を転がったり星屑からの不意打ちなどで多少の負傷を負っていた。

 そう、不思議な事に多少の負傷だけしかない。

 

──芽吹さんが雀さんみたいな変態的回避を!? わたくしも負けていられませんわ!

 

──バカ、止せ! あんなキモい動きなんてやろうと思ってすぐにできる動きじゃねぇ! しくじって串刺しになるオチが目に見えてる!

 

──私の事をなんだと思ってるのさぁーー! あ……あ゛ぁ゛ぁ゛っ!!

 

──なんで身動きできない筈の空中なのに宙返りができてそのまま直撃しそうになった尻尾の上に乗れるんですの……?

 

 不思議な事と言えば、スコーピオンの攻撃に対しての私は自分でも驚く程に直感が冴え渡っていた。いや、直感とは少し違うのかもしれない。

 最初に亜耶をスコーピオンの攻撃から庇った時の世界が緩慢に感じるような錯覚、それが戦闘の最中に頻発して圧縮された時間感覚の中の私は余裕を持って攻撃の軌道を正確に見極める事ができ、それによって最低限の動作での最適な回避行動を行う事ができていた。

 しかし、その一種の達人的な見切りとも言えるそれはスコーピオンの攻撃にのみ発揮され、星屑の不意打ちなんかにはまるで発揮されなかった。

 

──虫が寄ってこない。それはもしかしたら、典膳先輩の影響があるかもしれませんね

 

 不思議、蠍、虫、虫刺され、さまざまな単語が脳内で弛く繋がっていつの日にか聞いた亜耶の言葉を思い出す。

 虫の害を祓うまじないの神、その欠片を身に宿す天膳の祈り、虫除けの加護。

 一瞬だけ"もしかして"と思いはしたが、直後に"まさか"とその思考を捨てる。

 

 私達防人は幻想のような力を神々に借りて戦うが、その戦いは紛れもなく現実で死と紙一重の過酷なものだ。

 在るか無いかもわからない不思議を頭の片隅にでもおいて拠り所にするのはきっと危険な事で、それは防人隊全てを預かる隊長としてそれを頼りにする事は隊の仲間を不確定の危険に晒してしまうという事だ。

 だから、これは今回だけの偶然とだけ記憶に刻んでおけばいい。

 今回だけの、私だけの、偶然だ。

 

「やっと着いた! 生きて帰ってこれた!」

 

 結界の境目を抜ける瞬間に雀が歓喜する。その声に結界の内側にいた防人達と亜耶の視線が集まった。そして、ただ一人、負傷した防人の手当てをしていた典膳だけが自らの手元から視線を逸らさずに集中を続けている。

 実に典膳らしい。と、無意識の内に呆れにも似た苦笑が漏れていた。

 

「お役目完了、今回も全員帰還。さっさと手当てを済ませてゴールドタワーに帰りましょう」

 

 直後、防人の一人に包帯を巻き終えて手当てを終えた典膳が私達に視線を寄越し、すぐに猫のような眼を更に丸くする。

 

「この場で手当てできる怪我については全て済んでますので。急いで移動します」

 

「私達の手当てがまだじゃない。それに、何処に移動するって言うのよ」

 

「病院に決まってますので。その全身怪我だらけと軽度とはいえ火傷だらけを簡単な手当で済ませるようとするのはちょっと引きます。しかるべき検査を受けてほしいので」

 

「は?」

 

 比較的負傷が少ない私を含め、殿の私達は自分達が思ってるよりなかなか酷い有り様だったらしい。手当てしたがりの典膳がここまで言うのならば早めに病院へと向かう方がいいのだろう。

 

「とても大事な事を言い忘れてました」

 

「何かしら?」

 

「欠員無く、欠損無しの帰還、お疲れ様です。さすがメヴキ、期待してた通りです」

 

 怪我に対しての何かかと思えば労いの言葉。満面の笑みで言われたこの言葉はやはり、何一つ虚飾のない本心からの言葉なのだろう。

 

「ふふ、任せておきなさいと言った以上当然の結果よ。それに、犠牲無しは私だけの成果じゃなくて頼もしくて心強い仲間がいるからこそよ、防人全員での成果だわ」

 

 かなりギリギリな状況の連続ではあった。しかし、だからこそ私の指揮に迅速かつ正確に従って行動した防人達や独自の判断で私の援護をしてくれた雀と弥勒、挫けない闘志と根性のあるシズク、恐怖に負けず自分の足で退避行動ができた亜耶、それぞれの頑張りが今回のこの結果に繋がったのだ。

 防人隊の全員が心底から頼もしくて心強い。

 この成果で褒められ労われるべきは私一人だけではなく防人隊の全員なのだ。

 

「わかってますので」

 

「そう、わかってるのならいいわ」

 

「でも、それでも……ありがとう」

 

「何のお礼なのよ」

 

「皆で生きて帰ってくれて、ありがとう」

 

 どれほどの思いを籠めた言葉なのか私には解らなかったが、決して軽い思いでの言葉では無いとだけは確信できた。それほどまでに、典膳の猫のような瞳は深い感情を灯していた。

 

 私の隊に犠牲は許さない。その決意が更に強くなった気がした。

 




 
 
 
 
 
 
 

防人ちゃんA「軽いものばかりとはいえみんな怪我ばっかりだからまるで野戦病院みたい、薬師氏さんがとても忙しそう」

防人ちゃんB「とても急いで手当てをしてくれるけどそれでも絶対に丁寧にしてくれるのマジで推せる」

Aちゃん「綺麗に治ったのにまたちょっと火傷しちゃったね、大丈夫?」

Bちゃん「前ので体質を把握されてたから私に使う分は典膳さんのオリジナル調薬にしつつ大赦製の薬を節約して他の人に回せたからセーフ。この場では使える薬が限られてるから我ながらナイスアシスト、これはポイント高い」

Aちゃん「セーフとはいったい……あ、楠さん達も大怪我無く帰還したみたい」

Bちゃん「あぁ~~、推しと推しの仲が良い姿を見ると心が洗われる~~」

Aちゃん「そっか、人生が楽しそうでいいね」
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。