芽吹「薬師氏典膳は何者かって?ただの幼馴染よ」 作:ቻンቻンቺቻቺቻ
全身の打撲、擦過傷、火傷、それぞれの一つ一つは軽傷ではあるが、その数の多さによって私達は念のために入院する事となった。
典膳が言うには皮膚というのは生命を維持するのにとても重要な機能が多く備わっているらしく、健康で無傷な状態の皮膚が少ない状態というのはとても危ない状態になりかねないらしい。私達の怪我はそこまで危険な状態ではないが、皮膚が健康な状態に回復するまで清潔で異変にすぐ対応できる病院で安静にしていた方がいいとも言っていた。
安静。つまり、訓練とお役目は無し。大赦からも休息を指示された私達は病室で静かでも退屈でもない日々を過ごしていた。
「調子はどうか見に来ましたので」
「毎日来たところで前日から急激に治る訳でもないでしょうに」
「小まめな確認……ヨシ!」
「病院では病院のやり方があるから任せているんでしょう? 確認してどうするってのよ」
「順調な回復に安心するだけです」
今日も今日とて見舞いにくる典膳。自宅からそこそこ離れてるここまで通うのは面倒だろうによくも飽きないで続けていられるものだと呆れを越えて感心してしまう。
「でも、この病院は大赦の系列なのでちょっとだけ口を出せたりしますので。まぁ、それはよほどの事がない限りしませんけど」
「病院にも関わってる大赦の手広さはともかく、病院にも口を出せるって典膳くんって実はスゴく偉い人なの?」
同室のベッドに腰掛けながらミカンの皮を剥いていた雀がなにやら興味を抱いたのか、気軽な口調で会話に混ざってくる。
亜耶から以前聞いた話では、典膳自身を御神体とした神社が作られかねないという存在ではあるらしいし、大赦の職員や仮面の神官からも丁寧な扱いをされているのを少なくない頻度で目撃しているので、雀の問い掛けに肯定が返っても驚きはするが困惑しながらも納得してしまうかもしれない。
ただ、典膳の普段の言動を知る身としては、この自由の擬人化にある程度の発言力や権力を与える組織には正気を疑う視線を送らざるを得なくなるとも思う。
「僕は別に偉くないので、ただちょっと特別だっただけですので」
「? ……よく解りませんですわね」
「っス。おいしいケーキの入った箱は丁重に扱われるってだけっス」
「なんとなくわかったような、わからないような……。薬師氏はやっぱり不思議」
雀と同じようにベッドに腰掛けながらティーパックの紅茶を楽しんでいた弥勒と窓辺に立ってぼんやりと外を眺めていたしずくも会話へと混ざる。
「そういえば病院うんぬんで思い出したんだけどさ、顔にひどい火傷をした人を典膳くんの薬で治してたけど、数は多いけど軽傷ばかりの私達がなんで入院なの? 逆じゃない?」
「わたくしも実はそれが少し気になってましたわ」
話題が一区切りしたかと思えば雀からの更なる話題提起、好奇心を刺激されたらしい弥勒が間髪入れずに会話に乗る。お喋り好きとお喋り上手とその二人に波長が合う言動が騒々しい人間、三人が揃ってしまっているので今日も静かでも退屈でもない時間が始まってしまうのだろう。
「っス。いわゆるケースバイケースっス。みんなの怪我は常に医者がいる病院で万全にケアするのが最適で、あの火傷は心が落ち着ける環境で僕の薬が最適でしたっス」
「あの火傷は病院のお医者様では治せなかったんですの?」
「っス。ハイかイイエで言うならイイエですけど、完全に痕を残さないかどうかは賭けの部分もありましたっス。でも、もしもの場合でも整形手術とかで時間はかかるけどある程度ならどうにかはできたかもっス」
「でも、薬師氏の薬で綺麗に治った。すごい」
「お医者さんでも治しきれなかったかもしれないのをキレイに治したのってよく考えなくても凄い事だよね」
言葉を返そうと口を開いた典膳がそのまま停止し、何かを考えているのか目線をわずかに上へと向けて停止した後に再起動して会話を続ける。
「念のために言っておきますけど、これは別に僕の薬が医者より優れてるって訳ではないですので。むしろ、医者というのは日々勉強を繰り返して技術と知識を更新し続けてる存在そのものが万能薬みたいなスーパーエリートですので」
一度言葉を区切り、典膳がこの場の全員を一度見回す。
「僕の作る薬はいわゆる霊薬、奇跡の産物、どれだけ成分を調べても検出されない何かが含まれます」
「物質じゃないけど存在してるって事?」
「はい、おちゅんさんは微妙にかしこいですね」
「微妙に褒められた」
「形は無くとも存在するもの……。それは! 愛ですわね!」
「……っス。えぇと、まぁ、っス……」
「否定の意味を含んでそうな歯切れの悪い肯定ですわ!?」
いつの間にか渾名で呼ばれるようになっていた雀が微妙に喜び、張り合うように知ったような事を言った弥勒が勝手に登った梯子を外されたような顔になる。
「僕の薬が含むのは加護、元々含む成分の効果はそのままに成分以上の治癒を人体に与えますので。そして、これは元より加護を授かっている人間ほど効果を増しますので」
「えぇと、つまり……神様パワーが神様パワーで更にドン……みたいな?」
「今日のおちゅんさんは冴えてますね」
「ははぁ~ん、完全に理解しましたわ。防人は神樹の力を借りて戦う、つまり、そこら辺のあれそれがどうにかなってなんかいい感じで薬が効くのですわね!」
「八割くらい適当な理解」
「っス! だいたいそんな感じのいい感じっス!」
得意気に胸を張る弥勒にしずくが呆れたような視線を向け、典膳が面白そうに囃し立てる。
神の加護に深く触れた人ほど典膳の薬は効果を発揮する。神官や巫女はもちろん、神に愛される特別な人、神の加護を借りて身に纏う防人、それらは科学では解明できない力で本来の薬効や治癒力を越えて回復するらしい。
「当時お子様だった僕が勇者専属薬師のお役目を任されたのもこれが理由ですので。勇者のちょっとした怪我なんて勇者も僕も安芸さんもドン引く勢いで治りましたので」
「ドン引く勢い……?」
「紙で指を軽くスパッとした傷なのですが、目で見て解る速さで傷口が閉じて表皮がもぞもぞ再生しました。あまりの不可思議現象な光景に体に変な負担をかけてしまうのではと疑惑が出ましたので、勇者の些細な怪我で僕の薬を使う事が禁じられました」
首を傾げていたしずくが困惑に眉を寄せる。雀と弥勒も同じように困惑の表情をしていたし、私もきっと似た表情をしているのかもしれない。
しかし、似た表情だとしても私の困惑の理由は三人の困惑の理由とは違うのだろう。
「珍しいわね、典膳がお役目の事を口にするのは」
うっかり話してはいけない事も話しかねないほど口が軽いのを自覚している典膳がこういった事を話すのはとても珍しい事だ。それも、勇者に関わったお役目の事や自分が具体的にどう特別なのかを話すのは私が知る限り初めてのはず、話題の始めに考え込むような仕草をしていたし何か理由があってこれらを話したのではないかと訊ねてみる。
「僕は決して医者より優れた存在という訳ではない、って事を説明したかったので。積み重ねた人の知識と技術の塊である医者と奇跡の霊薬を発生させる現象、比べる事も混合して見るのもできればしないでくれると嬉しいなと思います」
「あぁ、そういう事。随分とそれらしい事を言うのね」
人を治療する医者、人を治療する典膳、結果は似通うが決して同じではない。そんな典膳の言葉にようやく意図を知ることができ、さっきまで感じていた困惑が消えてひたすらに納得の思いが胸に満ちる。
「なんかメブが言葉以上の事を理解したような雰囲気」
「言葉通りにしか理解してないわ」
言葉通りで普通の事だ。
多くの先人達が研究し、追求し、築き上げた知識と技術。それを学んで糧として自らの頭と腕で覚えた医者。それらが優れてないはずがない、手の届く場所に奇跡の産物があるからと軽んじられていいはずがない。
理不尽に人を治療する典膳は、奇跡という理不尽無く人を治療する術を磨き続ける医者という存在に敬意を抱いていて、敬意の対象を誰かに安く見られたくないのだ。
「研鑽を良しとして励む人を敬う。腕を競う職人でも学び続ける医者でも変わらない、人として普通の事よ」
「そういう事ですので」
「薬学も神職としての事も研鑽を重ねる典膳を褒めただけで、誰も医者を安くなんか見ないわ。変な深読みしてないで素直に褒められときなさい」
つまるところ、これまでの典膳の話は特別として生まれたが故に裏技で良い結果を出しているという謙遜のようなものだ。
典膳自身が研鑽に励んでない訳でもないし特別性に頼りきってる訳でもないだろうに、謙虚が過ぎるのではと思わなくもない。
「……えへへ」
ほんの一瞬だけ眼を丸くした典膳が照れ臭そうにはにかむ。そんな典膳を見た三人が生ぬるいような曖昧な表情で私を見た。
「三人共、なにか言いたい事がありそうな顔ね」
「言葉以上の事というか、メブは典膳くんの言葉の真意を正確に理解できるって感じなのかな」
「言葉に含まれるニュアンスを把握している……いや、齟齬が無い、とも違いますわね。でも、私達三人には通じにくかった何かを芽吹さんは深く考えずともすぐに理解できたのはたしかですわね」
理解もなにも言葉通りでしか無いと思うが、三人にとってはどうやら少しだけ違うらしい。どこか腑に落ちないような不思議で曖昧な空気が病室に漂う。
「楠と薬師氏は考え方が少し似てる……?」
「私が典膳と? まさか」
「あー、職業意識っていうか、役目に対してストイックな所は似てるかもね」
「物事に対して真面目ですものね」
しずくのぽつりと落とすような呟きを否定するも、雀が食い付くように納得して弥勒もすっきりしたような表情で頷く。
私としては不真面目であろうとしたことは無いが、意識して真面目に振る舞った事も無い。私はただやるべき事である防人の役目とやりたい事である勇者になるために必要な事を不足の無いように行動しているだけだ。そうしたいからそうしているだけなのに"真面目"と評されるのは何かが違う気がするも、病室の中で腑に落ちない表情をしているのは私だけだった。
「僕はお師さんから道具の使い方以外にも色んな事を教えて貰いましたので、お師さんの娘さんなメヴキとは考え方が似通う所もあるかもしれませんので」
先ほどまではニコニコとはにかんでいたのにいつの間にか何もない所を眺めて何か思考にのめり込んでいた典膳が口を開く。
「研鑽を良しとして励む人を敬う。さっきのメヴキの言葉だけど僕はこれをお師さんの普段の振る舞いから教えて貰いましたので、お師さんの職人的な姿勢がメヴキにも僕にも影響してるのかもしれません」
「人としてそうあるべき尊い事だと私も思いますけれども、普段これを意識してるかと自分を思い返すと自信を持って頷くのは少しだけ気が引けますわね」
典膳の言葉に三人が感心したように声を漏らす。私にとっては言葉にするのも今更とも言えるほど人として当たり前の思考だと思っていたが、どうやら三人にとっては何か感じ入るものがある言葉に聞こえたらしい。
「真面目と褒めてくれましたが、お師さんから学んだやると決めたら半端はしない姿勢がそういう風に見えたのかもしれませんので」
「パパさんでありお師匠さんでもある同一人物から色々教わった二人だからちょっと考え方が似てるように見えたのかな」
納得したようにうんうんと頷く雀。私自身も典膳の言った言葉に思い当たる節が無いわけではないので、先程は『まさか』と切って捨ててしまったが少なくはない納得の念が胸に沸いてしまった。
「お師さんは多くの事を言葉ではなく実際の行動で見せて教えてくれましたので、だからこそ僕にとって"師"なのです」
「背中で語る……?」
「まさしくそれです」
「なんかテレビのドキュメンタリー番組で見る職人さんのイメージ通りって感じだね」
父の話で盛り上がり始める病室。微かに照れの感情が沸きはするが、尊敬する自分の父が好意的に語られるのがそれ以上に誇らしく思える。
「お師さんは残念ながら話上手ではないし口数も少ないですが、その分本当に伝えたい事は必ず言葉短にでも口にしてくれますのでお話からもたくさん学びました」
「言葉が軽くないタイプの人なんだね」
「なんかカッコいいから真似しようと思ったけとお喋りで口が軽い性分は変えられませんでしたので無理でした……」
「わかる! 意識して黙ってようとしても長くもたないいんだよね!」
「でも、口が軽くとも嘘は絶対吐きませんので!」
「典膳さんは芽吹さんのお父様をとても尊敬してらっしゃるのですね」
お喋り二人が共感し合っている横でしみじみと呟く弥勒、普段の丁寧なようで喧しい口調とは違う雰囲気に私を含めた全員の視線が集まる。
「見て学んだという事はつまり、その人を良く見ているという事、その人から学ぼうとする強い意識がなければできることではないはずですわ。芽吹さんのお父様は子供心にでもこの人から学びたいと思えるような立派な方なのでしょうね」
「っス!」
弥勒の言葉に満面の笑みで強く頷く典膳。
父がこれほどまでに褒められるのは間違いなく嬉しいのだが、そろそろ照れの感情が上回ってきた。どうにか別の話題に話を逸らせないだろうか。と、少し話題を考えてから口を開く。
「話を戻して悪いのだけど、私達の怪我を典膳の薬で治すのは何故最適じゃなかったのかしら?」
「あ、私もそれ気になるかも。神様的なパワーでどうにかなるなら入院もいらないんじゃ? 軽い怪我ならだいたい問題無く治っちゃうんでしょ?」
「たしかに、気になる」
私の振った話題に雀としずくも興味を示し、自然な流れで典膳が説明を始める。話題を逸らすのは上手くできたらしい。
「僕の薬は奇跡の産物、でも万能の魔法じゃない」
「前にも言ってたわね」
「損壊した皮膚を治すのにその質量を人体の何処から調達するのかと考えてみて欲しいので、奇跡は現象であって質量を持ち得ないのです」
「ちょっと話が難しくなってきましたわね」
「皮膚の削れた所にいきなり皮膚を発生させるには同じ量の皮膚の材料が必要で、質量保存の法則に則って考えたら解ると思いますので」
「……しつりょー……ほぞん?」
典膳が唱え出した呪文の意味が解らない、典膳はいったい何を言っているのだろうか。
私だけが解っていないのかと一瞬だけ思ったが、どこか舌足らずに首を傾げたしずくやキョトンとした表情の雀、難解な顔になっている弥勒の様子から誰も理解していないらしい。
「怪我が治るという現象は医学で解明された様々な人体のメカニズムにより成り立ちますので、それを──」
「典膳……あなた、もしかして頭が良いのかしら?」
「──薬で無理に……え?」
「何を言ってるのかまるでわからないわ」
解らなさ過ぎて理解しようにも頭が痛くなりそうな有り様だと告げると、典膳が愕然とした表情で私達を見回した。
「中学生の勉強する範囲の知識を前提にした説明のはずです……?」
「最低限の授業はあるけど私達防人は基本的に訓練ばかりよ、世間一般の平均とはどれだけ違うかは解らないけど深い知識はあんまりないわ。それに、私と弥勒さんとかは勇者選抜で他の防人より二年ほど多く義務教育から離れてるわ」
「わ、わたくしはそこそこいい感じな理解がで、できてましたわよよ」
猫のような目を更に丸くして震え声の弥勒と私に視線を往き来させる典膳。
「もっと噛み砕いた説明を考えるので十秒ください」
「……無理して説明しなくてもいいわよ」
「どんな処置をされてるのか理解させて安心して貰うのも薬師の務め一つですので」
やると決めたら半端はしない。典膳的には私達にしっかりと理解させる事は父から学んだ姿勢をまっとうするにあたって大事な事なのだろう。
五秒ほど何もない所を眺めて難しい顔をしていた典膳が口を開いて説明をやり直す。
「無理にたくさんの怪我を治すと新しく再生した皮膚や肉の分だけおっぱいが減るかもしれませんので」
「えぇぇ……」
雀が露骨に嫌そうな声を漏らす。
「科学や医学で解明できない奇跡による超回復という現象、それが体に一切の負担が無いと言い切れませんし、そのせいで寿命が減ったりなんてのも可能性的には否定できませんので」
「長生きする予定ですのでそれは困りますわ」
弥勒が眉尻を下げた困り顔をする。
「つまり、自然に治る怪我で傷痕もほとんど残らないような怪我ばかりの場合、それらを僕の薬で無理に治すより病院でしっかりとケアしながら治したほうが最適の場合が多いのです」
「さっきより解りやすい」
しずくが納得したように頷く。
「私は今までに結構な回数を典膳から手当てされたけどアレはどうなのよ、その分の肉や脂肪が減って寿命も減ったのかしら?」
そして、新しく生じた疑問を私が問う。
「僕の記憶にある限りメヴキのこれまでの怪我は些細な怪我なので大した影響は無いと思いますので、今回は怪我の面積がちょっとだけ広いので焦らず治して欲しかったので」
「そう」
私の記憶にある限りでも今回のような全身怪我だらけの事態を手当てされた憶えは無い。よくよく理解できたし納得もできた。
難しい言葉を使わずに解りやすい説明ができる典膳は本当に頭が良いのかもしれない。と、やり遂げた笑みの典膳を見て感心の念を抱く。
「メブなら多少寿命が減ったとしても百年生きそう」
「どういう意味かしら」
「ついでに補足すると、防人隊全体のコレまでの怪我と手当てした後の経過を観察するに、今のみんなくらいの負傷量くらいが病院でのゆっくり治療が最適だと判断されますので」
つまり、今の私達より軽傷ならば超回復させても影響はほぼ無しの見込みで、これよりも重傷ならば傷痕が大きく残ったり命の危険もあり得るので超回復を視野にいれるべきらしい。
私達の負傷は軽度と重度の間にある絶妙な状態という事だ。
「質問ばかりになってしまいますけど、雀さんのようにこれ以上減るお肉が無い場合、その超回復が発生したらどうなってしまうんですの?」
「自然な流れでわりと酷い暴言! たしかにほとんど無いけどさ!」
「っス。寄せるお肉が無い場合やその他人体の限界以上での超回復は試した事が無いから解らないっス。試したくもないっス」
「私にだって寄せればお肉あるよ!」
「雀、うるさいわよ」
納得がいかないと口やかましく囀ずる雀をよそに典膳が説明を続ける。
「たぶんですが、傷の治癒はされるとは思いますが色んな悪影響が想定されます。その想定の内、最悪の場合が発生してしまっては取り返しがつかないので僕の生涯の内に限界を越える回復を促すために薬を使用する事は絶対に有り得ませんので」
「最悪の場合? 何があるってのよ」
「まさか、胸が抉れてマイナス方向に……!!?」
「加賀城、もう胸の話は終わってる」
「死。もしくは奇跡による損傷箇所の代替です」
典膳の言葉に口喧しく囀ずっていた雀が引き攣ったように息を止めた。
薬も過ぎれば毒となる。と、淡々と言った典膳は一度だけ自分の手の平を猫の瞳で一瞥してから説明を促す私達の視線に応える。
単純な想定ですので。と、前置きした典膳曰く、怪我を治すには肉や脂肪、つまりは栄養が必要。栄養が無いのに無理な回復をすれば体の無事な場所から栄養を奪う事になる。すると、結果的に怪我の治った箇所と栄養の足りないその他全身が最後に残る事になる。という話らしい。
「重度の栄養不足は死に至る危険があります。それに、望まぬ奇跡で臓器からさえもたんぱく質……お肉の元を寄せてしまった場合なんて想像もしたくないですので」
「え、怖……こっわ! 内臓が減ったり小さくなるかもしれないの!? 内臓小さくなってどんな事が起こるか解らないけど猛烈に怖い!」
再度口喧しくなる雀。鬱陶しくはあるが、よく解らないけど恐ろしそうというのは同意できる。
「まぁ、そんなにお肉が不足するような怪我なんてそれこそ手や足をまるごと失ってしまった場合とかに限られるのでこんなパターンはほとんどあり得ないですので。それに、元々人体は薬を使った程度でニョキッと手足が生えるような生き物じゃないですし、内臓を分解して手足にするような生き物でもないので発生しようがないです。そんなのは魔法ですので」
「奇跡だけど魔法じゃない、薬師氏が前にも言ってた」
「極少の可能性を引き寄せるのが奇跡なら、可能性も過程も無視して欲しい結果を得るのが魔法。僕が勝手に決めた定義ですが、僕の薬は前者ですので」
どれだけ優れていても発生する可能性がゼロならばその結果を得ることができない。典膳の薬は治癒という過程を前提に傷痕を残さず、後遺症も残さず、最短での回復という結果を引き寄せているとの事。
それでも十分に魔法のように思えると言ってみたが、典膳の薬が無くともこういった結果を得られる可能性が無くはないと返された。
「勇者のちょっとした切り傷がもぞもぞと再生したのは神様パワーが強すぎた神の御業という例外ですので、神の御業という超極少の可能性が発生したという事です」
「へー、怪我しても元に戻る神の御業、勇者様なら神の御業で手とか足でも生えたりするのかな。……胸も大きくなったりとか」
「絶対にそれはさせません、それこそが最悪です」
羨むように放たれた雀の何気無い一言。それに対し、解りやすい説明を一生懸命考える講師じみた雰囲気だった典膳が即座に否定の言葉を吐き、同時に強い拒絶の雰囲気を纏う。
「胸を大きくするのは典膳くん的に禁忌だった……!」
「え? 大きい事は良い事ですので」
「シリアスの気配を感じたと思ったら気のせいでしたわね」
「身長をもっと伸ばして大きくなりたいものです」
「あ、そっち? 私は弥勒さんほどって贅沢は言わないけどメブくらいは欲しいなぁ」
「僕もメヴキくらいは欲しいですね、誰と話す時でも見上げ続けるのは少し首が疲れますので」
「加賀城と薬師氏で小さい同盟が締結」
「私はしずくを盟主に推薦するよ」
「不名誉な同盟の不名誉な役職、辞退したい」
「背も体型も、そんなに大きさなんて気にするものかしら?」
何気無くこぼした言葉、小さい同盟の二人が勢いよく振り向いて怒りと悲哀の眼で私を見た。
少しだけ気圧されそうな気がしたけど、欠片も迫力の無い二人なのでやはり気のせいだった。
「どちらも持つメブにはこの虚しさはわからないよ……」
「僕には作れない背を伸ばす薬……心底欲しいと思いますので……」
「薬学において四国で一番と称される典膳さんにも作れないのなら、背を伸ばす薬はこの四国には存在しないのではなくて?」
「っス。全盛期の僕はなぜ背を伸ばす薬を求めなかったのか、非常に後悔してるっス」
「全盛期の過ぎ去った十四歳……?」
「ついでにいうと胸を大きくする薬も作れませんので」
「後でコッソリと作ってもらえないか頼もうと思ってたけど夢が潰えちゃった」
小さい二人が深く重たい溜め息を垂れ流す。
私にはよく解らない事で落ち込んだ二人だが、一分も経たない内に立ち直って弥勒を巻き込みながら姦しくお喋りを楽しみ始める。
今日もやはり、静かでも退屈でもない入院生活だった。
防人ちゃんA「前は少食だったのに最近はよく食べるね」
防人ちゃんB「火傷治療してた頃に栄養たくさん摂ってって指示を受けてて、ダイエットを意識し過ぎないようにバランス良く食べるようにしてたらこれが平均になっちゃった」
Aちゃん「……前以上にお肌が綺麗になった気がする」
Bちゃん「回復力を含めた体の機能を万全にするために体を冷やさないようにして十分な睡眠も確保するようにって指示をされて、それが癖になって今も続けてるの。そのおかげか体の外も中もすごく調子良くなったよ」
Aちゃん「…………胸も……」
Bちゃん「たぶん、成長期。でも、典膳さんが言うには健康的な睡眠は成長や美肌を促すって言ってたから何か関係があるかも」
Aちゃん「…………わたしももっと健康的な生活する……」
Bちゃん「そっか」
Aちゃん「元から綺麗だったのに更に綺麗になるの羨ましい」
Bちゃん「……綺麗になれても……一番それに気付いて欲しい人が別の人に夢中で、その人にとって私はその他大勢の中の一人だから意味ない……」
Aちゃん「!?」
Bちゃん「推しと推しが仲良しなのが嬉しいけどつらい。首を突っ込まない信条を曲げたくなる」
Aちゃん「!!?……!!!!??!?」