芽吹「薬師氏典膳は何者かって?ただの幼馴染よ」 作:ቻンቻンቺቻቺቻ
打撲、擦過傷、火傷、私達が負っていたそれらは傷痕を残さずに完治した。
典膳に手当てを任せた時よりも体感できる程度にはゆっくりとした回復だった以外は特に何も問題は無かったが、強いて言うならば休養の期間が入院当初に予想していたよりも長かったせいか少し体が鈍ってしまったくらいだろう。だけど、この程度の鈍りなら日々の訓練ですぐに取り戻せるはずだとは思う。
──楠さんって、勇者様みたいだよね
そんな褒め言葉を防人の仲間達から貰った回復祝いのパーティーは数日前。その日の夜、パーティーの時から自分でもよく解らない感情を抱えていた私はその感情を整理するために夜のゴールドタワーを散歩し、その最中で鉢合わせたしずくとの腹を割った会話にによって不定形だったよく解らない感情を"この防人隊を率いて勇者になる"という確固たる思いに整理した。
勇者になる。私のやりたい事で、やるべき事だと定めた誓い。
犠牲ゼロ、私の隊に犠牲は許さない。私のもう一つのやりたい事で、やるべき事。
いつの間にか、別の事だと思っていた二つのやりたい事が切っても切れない近い思いになっていた。
「楠、調子いい」
「しずくこそ髄分と調子良さそうに見えるわよ」
退院後に復帰した防人としての訓練、その中の一つである銃剣術の模擬戦でしずくと技の応酬を繰り返す。
攻め気の強いシズクとは違ったしずくの瞬間的な判断力に優れた細やかで丁寧な動作による堅実な強さがよくよく発揮されていて、攻勢に出てイメージ通りの動きができていても一本をとるには常に一手、いや、半手が足りずに攻めきれずにいる。
互いに休養による身体の鈍りはとれているようだ。
「っ!」
決め手を打てないまま技の応酬が続く中、また半手足りずに一本を取れなかった私の僅かな隙を狙ったのであろうしずくにしては珍しい大きく踏み込んだ一手に意表を突かれて息を飲み、辛うじて間に合った受けにより軽く体勢を崩される。
「なんの!」
あとほんの少し打撃が強ければ完全に体勢を崩されてそのまま一本取られていただろう。しかし、崩れかけた身体を流れにのせて翻し、しずくに対して模擬銃剣を突きつけた。
この模擬戦、私の勝ちだ。
「……参った」
「惜しかったわね」
負けを認めたしずくが追撃の一手を打とうとしていた手を戻す。肩を上下に揺らして荒い呼吸をする姿からこの模擬戦に全力を尽くしていた事がよくわかる。
「後ほんの少し威力があったら押し切られて私が負けてたわ」
「……シズクだったら楠の受けを崩せたかもしれない」
野性的な身のこなしで見た目以上のパワーを発揮するシズクなら咄嗟に出した不完全な受けを強引に押しきれた可能性はたしかに否めない。もしも、この一戦がしずくではなくてシズクとの模擬戦ならば勝敗は逆だったかもしれない。
「やっぱり、シズクみたいにはいかない」
「しずくとシズクでは気質が大きく違うもの、同じように動こうとしても噛み合わないんじゃいかしら」
控え目な気質の通り堅実に立ち回るしずく、野性的な気質の通り強力に攻め立てるシズク。二人が互いの真似をしあっても何処かで思考と動きに差異が出てそれが隙に繋がるだろう。実際に今の模擬戦でもそれが勝敗を別けていた。
「同じ身体なのに、シズクみたいなパワーが出せない」
「それは立ち回り方が違うだけだと思うわ。今の模擬戦だってしずくの最後の打ち込みの時にすぐに追撃できるように後先をしっかり考えた一振りだったけど、シズクは次の余力もその一振りに注ぎ込んでそれでもダメなら流れた身体のまま次の一手をその場で構築していたと思うわよ」
しずくとシズクの立ち回り、それらのどちらが優れているという話ではない。堅実に立ち回れば安定し、野性的に立ち回れば勢い次第でどうとでもなるだけだ。
だが、隊を指揮する立場である私個人の考えで言うのならば、他者が合わせる事の難しい野性的な立ち回りよりも、無理をせず安定している堅実な立ち回りの方が組織の一員としては優れているのではと思う。
「私の時にもシズクみたいな活躍ができたら防人隊の負傷率を減らせるかも」
「別にしずくがシズクに劣っている訳ではないわ、隊員それぞれが得意分野を最大限生かして連携する事の方が集団としてはより強固になるはずよ。しずくの立ち回りはその点ではシズクよりとても優秀だと思うわ」
「それでも、やっぱりパワーが欲しい」
私の言った理屈を理解してくれてはいるのだろう。しかし、何か思う所があるのだろうか少しだけ眉尻を下げたしずくが自身の引き締まってはいるものの細身な二の腕を指で摘まんだ。
体質の問題なのか他の防人と同等以上の訓練を積んでいるのにも関わらずしずくは防人達の平均よりもやや細身だ。私としずくとの身長差はほんの数センチ程度の差でしかないが、筋肉の量が眼で見てすぐにわかる程に差があり、その分発揮される純粋な力の差も大きい。
それを身体の動かし方や技術で補って私とこれほどの接戦をしてみせるしずくも、勢いで私の受けを強引に崩せるシズクも尋常ではないほどに優秀だ。と、評価せざるを得ない。
「体質で筋肉が付きにくいのは仕方無いわ。無い物ねだりするよりも日々の研鑽を続ける方が有意義よ」
「……体質」
無いものは無い。だからこそ、私達は持ち得る全てを十全に活かすために日々の研鑽を重ねて技能を熟していくべきなのだ。つまり、力量が伸び悩んでも悩んで迷ってる暇があるならその時間も研鑽に注ぎ込んで更なる上達をしてしまえば最終的には全部解決できる……気がする。と、私は考えている。
なにやらパワー不足に頭を悩ませているようだが、悩んでるのと同時進行で研鑽を重ねても無駄にはならないはずだ。と、言いながら再度の模擬戦に誘ってみる。
「楠は……カツオ。弥勒の言ってた通り」
なにやら脱力感のある曖昧な表情でそんな言葉を返された。
◆
「ぅうえぇぇ……もぅむり、疲れすぎて倒れちゃうよメブー。ちょっと休憩しよぅよぉ~」
雀がひどく情けない震えた声で休憩をせがんでくる。その声に訓練室の壁に掛けてある時計を見てみると、訓練を始めてからそこそこに長い時間が経っている事に気付いた。
護盾の習熟を更に高めるために互いに盾を構えて正面から衝突し合って耐えて往なしてと繰り返す訓練をしていたはずなのだが、全力でかかっても大半を雀に綺麗に受け流されてしまい、一度たりとも真正面から弾き飛ばす事ができなかったのが面白いやら悔しいやらで時間を忘れる程に集中していたようだ。
「メブが手加減してくれないからもう腕も足も腰も震えてきてるよぉ~」
震え声で泣き言を重ねる雀が全身をわざとらしくふらふらと動かして疲労をアピールしてくる。こんなにも情けない姿なのに、その実は防人隊で『壱』番を預かる私からの全力での衝突を受け流し続けてみせた多大なセンスの持ち主なのだから侮れない。
私の『壱』番とは防人隊の隊長であり、最も優れているという証だ。最強と言い換えても大きく外れた表現ではない。そんな私からの攻撃を凌ぎ切った雀はやはり、防御において防人隊で最も優れているという事の証明に他ならないと雀本人は気付いているのだろうか。
たぶん、気付いてないのだろう。
雀は自己評価を下にみる癖がある。
「たしかに少し熱中し過ぎてたかもしれないわね、十分ほど休憩にするわ」
「やっと休憩だぁ~」
情けない声を出しながらヘロヘロと歩いていく雀。向かう先は訓練室の壁際に腰を降ろした典膳と大きなクーラーボックス。
典膳が訓練中にひょっこりと現れる時はいつも手製のスポーツドリンクを差し入れに持ってきてくれるのだが、雀はそれをあてにして水分補給しようとしているのだろう。
集中が途切れたとたんに疲労と喉の渇きを自覚してしまった私も典膳の差し入れにあやかろうと雀の後を追う。あのスポーツドリンクを飲んだら気のせい程度にはその後の訓練の調子良くなる気がするのだ。
「あぁ~、うるおうぅ~~」
「はいコレ、メヴキの分」
「助かるわ」
壁に背を預けて喉を潤している雀を横目に典膳から飲料を受け取る。今更な疑問だが、典膳はそこそこの頻度でゴールドタワーに現れているのだが学校はどうしているのだろうか。サボり過ぎで出席日数が足りずに現級留置にならないのだろうか。
「わたくし達もいただいても?」
「っス。もちろんっス!」
銃剣の訓練を続けていた弥勒としずくも休憩を挟む事にしたらしく、示し会わせた訳では無いがいつもの顔触れが集まって訓練室の端に並んで腰を降ろす。ちょっとした偶然というやつだろう。
それぞれが汗を拭いつつ一息、季節の巡りによって冷えてきた空気が激しい運動で上昇した体温を和らげる。
「薬師寺に聞きたいこと、ある」
この顔触れが揃っているのに珍しくお喋りの無かった空間にしずくの控え目な声がポツリと落ちる。
口数の少ないしずくが沈黙の中で自分から会話を始めるのを少し珍しく思いつつ、私の隣に座る典膳の更に隣にいるしずくへと無意識に視線を向けていた。そして、しずくが典膳の隣に腰を降ろしていた事になんとなく気付いた。
きっと、雑談ではなくて言葉通りに知りたい事があったからそうしたのだろうと、目に映るしずくの真面目な表情に悟る。
「薬師寺は身体づくりに詳しいって聞いた」
「薬師をするにあたって必要な知識の延長としてある程度は知ってる程度ですね」
「力強い身体をつくりたい。だから、どうすればそうなれるのか教えて欲しい」
まっすぐに典膳を見るしずくの言葉にどこか納得を覚える。先程の模擬戦の時から察してはいたが、根本的なパワー不足を悩んでいたらしきしずくは自分の体質の不利を越えて筋肉量を増やそうと考えたらしく、そのために典膳を頼ったらしい。
「? 防人隊に教導しに来ている銃剣や盾の師範さん達ではなくて何故僕に?」
「技術についてならそっちの方に聞く。でも、身体の事なら薬師氏に聞いた方が良いと思った」
「あー、それなんとなくわかるかも。身体の事なら典膳くんに聞けば理由を含めて解りやすく答えてくれそうな気がする」
猫のような瞳に疑問の色を浮かべた典膳にしずくが率直に答え、それに対して雀が深く同意しながら相槌を打つ。
「典膳さんがこのゴールドタワーに出入りしている内に築いた信頼の現れですわね」
華美で派手な笑みではなく、どこか大人びた静かな笑みで典膳としずくを見た弥勒。楽しんでいるのではなく、喜ぶような、嬉しがるかのような雰囲気を纏う弥勒は何を思ってそうしているのか、極々稀に見る大人っぽい弥勒の事は私にはまだ難解だった。
それはそれとして、信頼。
真摯に一切の妥協を認めずに怪我人と向き合う典膳の姿は防人の誰もが目にしているし、その全てを良い結果にしてきたのも誰もが知っている。今更典膳に対して不信の念を向ける防人はいないだろう。それほどまでに、典膳は実績を積み上げている。
さらに、以前に酷い火傷を負った防人の一人が治療の際に典膳の指示に基づいた生活をし、完治した今もそれを続けて負傷前よりも健康と美容を増したのは防人の中でもよくよく知られた話だ。
典膳の専門とする分野は薬学ではあるが、身体の不調や悩みを典膳に対して訊ねる者がいてもなんら不思議は無いのだろう。
「身体を鍛えれば、シズクはもっと強く戦える。そうなったらきっと、負傷率が減る。……犠牲ゼロも、もっと確実になる」
一度言葉を区切り、口調も声色も変わらないまま真面目な雰囲気を強めたしずくが言葉を繋げる。
「わたしも、楠と同じ。犠牲はイヤ」
犠牲ゼロ、私が私にやるべきことだと定めた目標の一つ。
私と同じ目標を目指していると口にしたしずくに熱く燃えるような雰囲気は欠片もなく、どこか切願しているような姿に見えた。
片手間に聞くべきではないと判断したのだろう。訓練に励む防人達の異変や負傷に気付けるように訓練室全体を見回せるように座っていた体勢を変え、ただ一人しずくだけを見るように座り直す。
「? ……?」
「僕がちゃんとお話を聞きたいだけなので、どうぞ続けて」
「あ、うん……」
「ゆっくりでいいですので、思っている事を教えてほしいです」
戸惑うしずくと視線を絡ませる典膳が柔和に笑む。
模擬銃剣同士が打ち合う音、盾が衝突する音、踏み込みの振動、防人達の裂帛の声。訓練室に響くそれら全てがどこか遠くにあるかのような沈黙の中、二つ三つと呼吸が往復した後にしずくが一言ずつ慎重に言葉を連ねる。
「最近ずっと考えてた、いや、もしかしたらずっと考えてたのかも。でも、任務でたくさん実感して、ようやくまとまった」
「うん」
「犠牲は、死は、なにも残さない。
「うん」
「私はそうなりたくないし、そうさせたくない。だから、少しでもできること、したい」
日常会話のような自然さで、しかし、怪我人に手当てを施す時のように丁寧に。ただ一人しずくを見ながら相槌を打つ典膳。
やると決めたら半端はしない。私の父より学んだという姿勢の通りに本気でしずくと向き合っているのだろう。
「死を見据え、考え、自分なりの答えを見つけ、そのために一歩を踏み出す。静かなしずくのその全ては尊いものだと僕は思います」
これは、典膳のこの言葉は決して祝詞ではない。
しかし、一言一句丁寧に言葉を奏でる典膳の姿はまるで、祈るようで、凪いでいるようで、どこか重さのある言葉遣いだった。
「僕も、誰かの死を厭う者です。もしかしたら、静かなしずくと似た思いを辿って似た答えに至ってるのかもしれません」
「…………みのわ……?」
「……友達との別れは、死は、嫌なものです」
ほんの一瞬だけ躊躇うように息を呑んだしずくが静かに告げた名に、典膳が鼻で深く長い溜め息を吐きながら寂し気な表情を見せた。
「死は終わりではない、なんて賢ぶった言葉なんて嘘です。死ねばその人の命は終わりです」
「うん」
「尊い犠牲、なんて言葉も嘘です。犠牲なんて無い方がよっぽど尊い。死を美化するよりも他にやることがあるはずです」
「うん。私も、そう思う」
話す側、相槌を打つ側は逆だが、先程の焼き増しのように切願する言葉と丁寧な相槌が交わされる。
同意し合う典膳としずく。あくまでこれは私の感覚でしかないが、二人は言葉には現れていない感情の深い部分で賛同し合っているように思えた。
二人の感情を繋いでいるのはやはり、今しがたしずくの口から聞いた先代勇者の死が大きな要因なのだろうか。
私達防人は自分達に迫る危険として死を実感している。しかし、それだけだ。幸運な事に私達防人はまだ誰も犠牲になっていない、身内の誰かが理不尽に命を奪われたという話も聞いたことも無い。私を含めた防人隊の多くは今まで生きてきて死を間近に迫ったものとしてしか知らない。
だけど、典膳としずくは死という事象を発生してしまった出来事として知っている
負傷が多かったらしい先代勇者達の専属薬師として役目を受け、幾度も手当てしながら友人と呼べる仲になった相手の死を経験した典膳。
直接的な関わりは少なかったらしいが、同級生だった先代勇者の死を経験し、両親の心中をも目の当たりにしたしずく。
死に重いも軽いも無い、全てが取り返しのつかない事だと思う。
だからこそ、二人が知っている死という現象は間違いなく二人の心に痕を残す重大な事だったのだろう。と、実体験という意味で死を知らない私にそれだけは推し測る事ができた。それほどまでに、死を口にした二人の言葉に重みがあった。
「
「? ……むくい?」
「僕は、死を知りながらも怯えずに立ち向かうことを決めて、僕を頼ってくれた勇気ある同志に報いたいので」
普段は稚気に溢れた言動ばかりの癖にどこか包容力を感じさせるやわらかな笑みを浮かべる典膳。それに対し、しずくが困ったように薄く微笑む。
「同志……えぇと、手を貸してくれるのは嬉しい。けど、大袈裟」
犠牲を厭み、それを無くしたいという切願を同じくしているという意味での同志なのだろう。
犠牲ゼロを目標に掲げているのは私も同じだが、私がこれを掲げ始めた切欠は不条理への怒りや隊の仲間への情け、自分が研鑽にて積み上げた物への誇り、そして、私を勇者に選ばなかった大赦に私の実力を証明して認めさせようとする思いなどが入り混じったがためにだ。それに対し、二人はただ純粋に死に対して立ち向かう思いで犠牲を無くしたいと志しているのだろう。
「大袈裟だとしても、僕を頼ったからには僕の全力に付き合って貰いますので」
言葉にすれば同じ犠牲ゼロだが、きっと中身は違う。
とても近いが、どこか遠い思いなのかもしれない。
「えぇ……でも、助かる。ありがとう、薬師氏」
典膳が同志という言葉を使った真意が私のこの推測通りだなんて保証はない。何か深い感情で通じ合っていたように見えたのもそういう印象を私が抱いただけにすぎない。
たしかめた訳じゃない、私の知る典膳としずくならそういう事も有りそうだというだけだ。それでもこれらはそう間違ったものでは無いのではと私は思っている。
「あれ? 身体を鍛えても戦衣での身体強化がパワーの大部分だからあんまり意味無いんじゃ……?」
「……ぁっ」
典膳としずくの話が纏まった直後、ふと思った事がつい口から出てしまったらしい雀の言葉にしずくが一瞬の間を置いてから目を丸くする。そして、すぐにしずくの眉尻を下がって迷子の子供のような表情へと変わり、曖昧な空気の沈黙が訪れる。
言われてみればたしかにそうだ。任務の際に防人の身体能力は防人専用のアプリに大きく依存し、元の身体能力がどれだけ高くなったとしても強化によって増すパワーと比べれば誤差にしかならない。これでは幾ら身体を鍛えようともあまり意味が無いのではないだろうか。
「いやいや、おちゅんさんが懸念する事はありませんので、志を抱えて身を鍛えるのは防人として活動するにあたってとてもプラスに働きます」
「……え?」
「そーなの? なんで?」
朗らかに笑みながら沈黙を払い消した典膳に視線が集まる。もちろん、私もどういう事なのかが気になって典膳へと視線を向けていると、弥勒が自信に満ちた笑みを浮かべながら口を挟み始めた。
「ふふふふ……わたくしは答えを聞かずとも理解してましてよ。目標に向けて努力をしたという事実が自信やモチベーションに繋がるという事ですわね!」
「……っス。まぁ、そういう事もあるっス」
「否定してないだけの曖昧な反応!」
「弥勒さんのその根拠無しなのに自信満々で適当な事を言えるのはすごいなぁって思うよ」
特に意味もなく登った梯子を外されて勝手にショックを受けている弥勒に雀が生暖かい感心の視線を向ける。そして、典膳が気を取り直したようにしずくへと視線を向け直してから口を開いた。
「防人システムによる強化が有っても戦衣を着るのは生身の身体、どんな人間もスタミナが無制限なんてありえませんので。身体を鍛えてスタミナを強化すれば全力で動ける時間はそれだけ増やすことができます」
「そうね、スタミナがなければ防人として活動するのはとても不利だわ」
四国を囲む結界の外に出ればそこは無限にも思える星屑が跋扈する領域だ、どこかに腰を降ろして休めるような環境ではない。一度任務を開始すれば無補給無休憩で動き続けなければならないのが当たり前な防人にとってスタミナはあればあるほど有利に働く。
「わたくしも前回の任務で殿を請け負った時に嫌と言う程実感しましたわ。体力が切れると移動するのも苦痛でしたもの」
「身体を鍛える事と生活習慣や食生活でスタミナは向上できます。それらのアドバイスなら僕にもできますし、お手伝いもできますので」
「頼もしい」
しずくに期待の視線を向けられている典膳が自信に満ちた笑みを浮かべながら言葉には続ける。
「それと、肉体的なスタミナと精神的なスタミナは互いに影響しあうもので、肉体が疲れにくくなれば精神も疲れにくくなるものです。防人のシステムは精神状態で起動の可否が変わるというのは勿論知ってると思いますが、タフな精神であれば神樹との霊的回路も安定しやすくなりますので」
神樹との霊的回路が安定すれば神樹から借りられる霊的な力も安定し、僅かな差ではあるが不安定な霊的回路よりも防人システムによる強化も多少ながら向上するらしい。身体能力を防人システムに大きく依存する防人にとって誤差のような違いでも見逃せない大きな差になりうるだろうとも典膳は解説していた。
「これらをよくよく理解し、身体を鍛えてスタミナの向上を自覚すれば揺るぎない自信に繋がります。自信がつつけば精神的なスタミナもまた向上し、時には気合いで肉体的な疲労を誤魔化したりもできたりするかもですので」
「明確な目的を持って研鑽を重ねるだけで色々な事が関わって多くがプラスになるのね」
「その通りですので! 今日のメヴキは理解が早いですね」
「へー、精神的なスタミナかぁ。……あれ? さっきの弥勒さんが言ってた自信に繋がるって間違ってなかったんじゃ?」
「その通りですので」
納得したように頷いた雀がそのまま小首を傾げ、典膳がなんて事ないように平然と言い放つ。それによって弥勒が難しい物を見たような顔になった。
「では、何故先程はあのように曖昧な感じに……?」
「っス。パイセンをこうやってからかうためっス」
「まぁ、意地悪はよろしくなくってよ」
悪戯な笑みに嗜めるような言葉を返す弥勒だが、その表情はやれやれと言わんばかりな微笑みだった。
「それで、身体を鍛えるにはどうすればいい?」
「適度な運動は防人の訓練をしているからヨシとして、さっきもちょっと言った普段の生活習慣や食生活を気を付けるだけでかなり変わるはずです。スタミナそのものもこれらで劇的に変化するのはよくある話です」
「生活習慣と、食生活……」
「しずく達の生活習慣と食生活に身体を鍛えるのあたってマイナス要素が無いか確認して、そこから改善してプラス要素を増やしていくべきですので」
身体を鍛えるのに無理をしてはかえって身体を弱めてしまう。焦ってトレーニングを増やすのは禁物だと説明する典膳。その言葉に納得したのか、しずくは小さく頷いていた。
「無理はとにかく禁物です、身体は大事に使えば死ぬまで使える一生物ですので。万が一にでも無理が無いように今日の訓練が終わったら細かい所をゆっくりお話して一緒に考えていきましょう」
「ありがとう、薬師氏。とても、助かる」
話が一段落し、そういえばと壁に掛けてある時計を確認してみれば休憩を終えると定めていた時刻。あまり長く休憩をしても身体が冷えて怪我の元になりかねないので立ち上がって休憩を終える事を行動で示す。
「え、あ……もう十分経ってた、また地獄が始まる……」
「大袈裟ね。身体が冷えきったら無理な訓練になるわ、一生物を壊したくないなら軽いストレッチして訓練再開するわよ」
げんなりとしている雀に訓練再開を促していると、一瞬だけ場の雰囲気に揺らぎを感じたので無意識に訓練室全体を見回していた。
訓練に励んでいる防人達にも私達以外の休憩をしていた防人達にも特段変わった様子はみられなかったが、訓練室で見掛けるには珍しい人物を見付けて雰囲気の揺らぎに納得する。
「あ、ロボット神官。訓練室で見掛けるのは珍しいね」
雀もその教師役も兼ねている女性神官に気付き、訓練室に出現した事を珍しく思ったのか声を漏らしていた。
「あれ? なんかまっすぐこっちに向かってきてない? え、なんか怒ってる? 怒らせちゃった?」
「薬師氏様、こちらにいらっしゃいましたか。携帯電話が繋がらなかったので探しました」
ロボット発言が不味かったのかな、どうしよう。と、あたふたしていた雀だが、私達のいる場所まで小走りで近寄ってきた女性神官が典膳へと声を掛けた事に安堵の息を吐いていた。
「こんにちは安芸さん。ケータイはさっきうっかり落としてウンともスンとも言わなくなっちゃったので後で修理をお願いするつもりでした。それで、なにかありましたか?」
「……落ち着いて聞いて下さい」
にこやかに神官へと挨拶した典膳だったが、安芸と呼ばれた神官の無機質なようでどこか緊迫感のある声によって瞬時に表情が引き締まる。
「御両親が倒れられました、このままでは危ういとの事です」
「──えっ」
神官の発言に空気が凍り付く。
典膳の両親という見知った相手が倒れたと聞いて驚きの声が漏れ、直後に典膳よりも先に私の方が驚きと戸惑いの声を漏らしていた事によって二重に驚いていた。
「原因と、容態は」
驚きや戸惑いの声も無く問う典膳。
「大赦直轄の病院に運ばれたようですが、未だ原因は不明です。容態は衰弱と聞いています」
「あぁ、うん、そっか」
常の典膳には無い落ち着きのある声色と雰囲気。淡々と交わされる神職達の緊迫した空気に側にいた防人の私達は眼を丸くして沈黙する事しかできなかった。
眼を閉じながらの深い一呼吸、その後にゆっくりと眼を開けた典膳が稚気の一切無い声で神官と会話を続ける。
「最先端の機器と技術がある病院の検査で何も解らなかった。と、いうことですね」
「はい」
「……安芸さん、お願いがあるのですが」
「はい、車は既に用意させています」
「ありがとうございます」
礼を言いながら立ち上がった典膳が壁際に置いてあったいつもの背負子に括られた行李箱を慣れた動作で背負う。そして、ひどく申し訳なさそうな顔でしずくへと向き直った。
「急いで行かなければいけないので、今日はお手伝いできなくなってしまいました。申し訳ないです」
「……ぁ、うん」
稚気のあふれる顔ではない。集中しきった職人の顔でもない。きっと、この場の誰もが初めて見る姿で、私も初めて見る典膳の姿。
猫の瞳に冷たい憂いを携えた、湿り気を感じさせるようなポジティブではない顔。
何を思ってその顔をしているのか、少なくとも両親を案じているだけではないのだろう。
「……典膳」
何を言おうとした訳ではない、気付けば名を呼んでしまっていた。
静かに向けられた慣れない視線にひどく落ち着かない心地を覚える。
「僕は依童でこの手は
「……え?」
「これがあるからこそ僕は霊的医療班のエリートですので、きっとなんとかなります、しますので。僕の父と母の事を心配しないのは無理でも心配しすぎないでください」
「……そう、それじゃあ、気を付けて行ってきなさい」
典膳の口ぶりからして自身の眼で両親を診て何かしらの処置をしに行くのだとは理解できた。だか、そんな典膳にどんな言葉を口にするべきなのかわからないまま、頭になんとなく浮かんだ言葉をそのまま発していた。
ほんの一瞬だけ猫の瞳を丸くした典膳がささやかに口角を上げて口元だけ微笑む。
「うん、いってきます」
一言を置き去りに踵を返した典膳が足早に訓練室から出ていき、神官もそれについて立ち去っていく。
私達は何も言わず、ただその小さな後ろ姿を見送るだけだった。
「……それじゃ、軽くストレッチしてから訓練を再開するわよ」
「! ふえぇ……」
「弥勒、私達も」
「もちろん! 目標のために努力する後輩に協力するのは弥勒として至極当然の事でしてよ!」
なんとなく壁際が寂しくなった訓練室。いつものように訓練を続けはしたが、何故か何かが物足りなく感じた。
「国土さんは、奉火祭にて捧げられる巫女の一人に選ばれました」
翌日、私達は不条理極まりない言葉を耳にした。
防人Aちゃん「訓練の後にたべるうどんおいしい」
防人Bちゃん「…………」
Aちゃん「箸が止まってるね、考え事?」
Bちゃん「……ちゃんと理解してるつもりだったんだけどなぁ」
Aちゃん「なにが?」
Bちゃん「私はこれまでに何人もいただろう手当てした怪我人の内の一人だってこと」
Aちゃん(あっ、薬師氏さんの話かな)
Bちゃん(まっすぐ眼を合わせて、落ち着いた声を誠実に話をして、良い未来を約束してくれる。でも、それは典膳さんにとって私が特別だったからじゃない。誰に対しても誠実だからこそ、私にもあの眼で安心させてくれたんだ。さっきも訓練室で山伏さんと何かを話していた時だってあの時私にしてくれたようにそうしていた、あれが典膳さんにとっての当たり前なんだ)
Aちゃん「ご飯冷めちゃうよ」
Bちゃん(誰に対してもまるで特別みたいに接する典膳さんにとって特別な相手っていうのはきっと鬼隊長みたいに遠慮無しに頬っぺたを引っ張って叱り付けてくるような相手で、典膳さんが受動的になるような相手なのかもしれない。鬼隊長の他にも凄く独特なマイペースの弥勒さんにもなんとなく程度に接し方が違うように見えるし、まるで妹みたいな国土さんにも接し方が違う……あ、今なんか扉開いた気がする……!)
Aちゃん「まずはお腹一杯になった方が考え事もまとまるんじゃない?」
Bちゃん(血の繋がらない兄と妹……幼い頃からお互いを大切に思っているけれども時を経て成長するにつれて兄や妹へ向ける身内への愛情に異性へと向ける恋が混ざり始めて身体も大人になり始めると些細な仕草とかにもドキッとして妙な意識をし始めたり……兄なのに、妹なのに、でも血の繋がりは無いし、一歩を踏み出したいけど相手はきっと兄妹として接してるだろうからって自分の思いに蓋をして……かぁ~っ、タマんねぇな!白飯3杯はイケる!!)
Aちゃん「急にめっちゃ箸が進んでる、考え纏まったの?」
Bちゃん「うん、ご飯おいしい」
Aちゃん「そっか、よかったね」
Bちゃん「うん、おいしい」