芽吹「薬師氏典膳は何者かって?ただの幼馴染よ」 作:ቻンቻンቺቻቺቻ
前回の任務で結界の外に植えた種は神樹の種。それによって発生する緑溢れる大地を結界外の小規模な陣地として橋頭堡のように扱い、西暦の時代に近畿地方と呼ばれていた地の霊山への道のりを確保、やがて辿り着く霊山で大規模な儀式をするのが大赦の目的だった。
だけど、頓挫した。
天の神への反抗計画、結界を境目に不可侵を条件とした講和の違約、これらが天の神の怒りに触れて結界の外に燃え盛る炎の勢いが急激に増し、更には天の神が四国へと直接顕現する気配さえ出てきた。これにより、時間を掛けなければ成功しない霊山への道のりの確保が残された時間の少なさによりほぼ不可能になってしまったのだ。
事を急いで杜撰に計画を進めた大赦にも、人間を滅ぼそうとする天の神にも、頭の芯が熱を帯びる程に怒りを覚える。
計画していた大規模な儀式は頓挫、迫る天の神の怒りによる滅びを回避するために大赦は別の儀式を計画した。
巫女を天の神へと贄に捧げて赦しを乞う、奉火祭。
その贄に捧げる六人の巫女の内の一人にに亜耶が選ばれたと聞いてからずっと、私はひたすらに感じていた怒りに加え、体が重く感じるほどの無力感に全身を蝕まれた。
相反するような二つの思いが思考を妨げ、一度に多くの情報を得てしまって煩雑に絡まる脳内の整理が一向に進まない。
──国土さんは、奉火祭にて捧げられる巫女の一人に選ばれました
亜弥が犠牲にならざるをえない、もちろんそれは腹立たしい。それだけではなく、他に五人も犠牲になる。名も顔も知らない巫女達だが、だとしても、それらが犠牲になると聞いて『はいそうですか』と聞き流せるほど私は人間として薄情ではない。
──神樹様の、みんなの、お役に立てることがうれしいんです
犠牲を許容し、巫女達にその役目を与えた大赦が腹立たしい。そして、それ以上に抗うこともせずに犠牲を受け入れている亜耶にやるせなさを覚える。亜耶以外の五人もそうなのだろうか、だとしたら、尚更にだ。
──犠牲を厭う典膳さんがこれを聞いて納得しているとは思えませんわね
──典膳先輩は今、御両親に付きっきりですから……
苦虫を噛み潰した表情の弥勒と儚い笑みで目を逸らした亜耶のやり取り。それにより、まさかと思ってしまうような想像をしてしまった。
典膳の両親が倒れたのは意図された事で、大赦にとって特別な典膳を治療に専念させる事で何をやるかわからない典膳の動きを封じたのではないかと。典膳に何ができるかなんて私には解らないが、少なくとも何もできないなんて事はないと私は思っている。
私の知る典膳はいつだってやりたい事をやるためにやりきるまで行動する人間だ。犠牲を厭う典膳が亜耶を犠牲にさせないために何かしらをするというのは考えなくても解る事だ。そして、色々と特別扱いされてる典膳が奉火祭の妨害に動いては大赦としても厄介だとされて典膳が治療以外の事をできないように封じたのではないかと嫌な想像をしてしまった。
神に仕える神職がそんな悪どく卑劣な事をするだろうか。と、馬鹿な想像を否定する自分がいる。だけど、生贄を是とする集団が悪計を躊躇うのだろうか。と、考えてしまう自分もいる。
どれだけ想像しても所詮は想像。
そんな事よりも私は他にもっと考えるべき事があるはずだ。
そもそも、今考えるべきは何故そうなってしまったのかではなく、ましてや何が悪いのかではない。どう物事を解決すべきかだ。
仮面の神官から奉火祭の話を聞いてから煩雑になっていた思考が一本に纏まっていく。
私がやるべき事は一人で自室に籠って考え込む事ではない、考えるだけでは何も変わらない。行動を起こすべきだ。
一本に纏まった思考が真っ直ぐで強固な芯へ。
私が今まで生きてきて築き上げた自意識という基礎*1に載る犠牲を許さない志という土台*2、その上に亜耶達巫女を助けるという思考の芯が柱*3としてそびえ立つ。
奉火祭はまだ執り行われていない。
まだ誰も犠牲になってない。
犠牲ゼロはまだ終わってない。
いてもたってもいられない。
気付けば私は自室から飛び出していた。
「雀!」
「わっ! 黙ったままではいないだろうとは思ってたけど予想外の勢いで来た!」
まずは雀の部屋に飛び込んでみればミカンを食べていた雀が肩を跳ねさせる。机の上に幾つか並んだミカンの皮と飛び込んだ瞬間に見えたをぼんやりと空中を眺めていた姿から何かを長考していた事がうかがえる。
しかし、申し訳ないがそれを中断して付き合って貰う。
「展望台に集合! 他の隊員にも伝達!」
「え!? ……えっと、今のところ誰に集合呼び掛けて誰に呼び掛けてないの?」
「雀一人だけよ、残りの内半分は任せたわ!」
「ふえぇ、了解……」
半分を任せる。ただそれだけしか言ってない指示としては不十分なはずの言葉だが、雀にならそれだけでも不足なく指示として機能する。
自己評価も大赦からの評価も高くはないが、雀の直感的な判断力と機転は一流だ。こうやってまた廊下に飛び出した私が向かった方角をしっかりと把握してその反対側すべての部屋にいる隊員達に余すことなく伝達事項を伝えてくれるだろう。
任務、訓練、休息、そのほとんどを共に過ごしてきた雀に対して私はそこまでできて当然だと信頼している。
雀は私にとってこの防人隊で最も信頼できる盾だ。私が防人として何かをするならば決して欠かす事のできない仲間だ。
平時においては私の全力を凌ぎきって実りのある訓練をできる数少ない相手であり、有事においては私のみならず防人隊全ての命運を守りうる盾。防人隊を1つの建物と例えるならば、雀はまさしく壁*4、建物の内にある人や物のみならず建物の部材全てを守ると信を置ける壁だろう。
「弥勒さん!」
「……急ぎの要件でもノックはするべきですわよ」
飛び込むように扉を開けて呼び掛ける。丁度ティーカップを傾けていた弥勒が微塵も慌てずに細い喉を動かした後に嗜める言葉を返してきた。
「あ、すいません」
「素直でよろしいですわ。それで、考えは纏まりましたのね?」
ソーサーにティーカップをゆっくりと置いた弥勒が私に視線を据えながらの問い掛け。語尾に疑問符を付けてはいるが、表情はどこか確信をもっているかのような確固としたもの。
弥勒はどうやってか私が今しがたまで何かを考えていて、なんらかの結論を出したと確信しているのだろう。
誰かが何かを思考して何かに至った。それを平然と見抜く、私には同じ事をできる気がしない。
普段は猪突猛進な言動なのに、弥勒は私とは大きく違う思考の広さと物事に対して広い視野を持っている。恐らくは、私が少なくない頻度で弥勒に感じる
もしかしたら、これらを聡明と表現するのが適しているのかもしれない。
「はい、半分だけですが」
「半分?」
「私一人で考えてても何も変わらない。ってだけです」
「ふふふ、それで皆を集めている。という事ですわね」
これだ、弥勒は今私が答えた言葉以上の事を理解していた。
言葉は悪いが普段はお馬鹿っぽいのに、ここぞという時に弥勒は誰よりも迷わずに答えを見ている……気がする。確信できないのはきっと普段の言動がお馬鹿っぽいのと、それ以上に私がまだまだ人間として未熟だからなのかもしれない。
聡明。いや、人間ができている。とも表現できるのだろうか。
「私達は防人、単独では星屑にさえ敗北しかねない弱い人間。ですが、三十二人集まればバーテックスとだって戦えますももの。皆で集まれば考えの残り半分も見つかるかもしれないですわね」
「はい、協力して貰えますか?」
「勿論! 頼りにしてくる後輩に応えるのは弥勒家の者として当然の事ですわ!」
自信に満ちた笑み、堂々とした振る舞い、快諾。実に様になっている。
聡明や人間ができていると表現がうつろったが、今また別の表現が脳裏をよぎった。
器が大きい。これだ、これがきっと弥勒を表現するに最も相応しい表現だ。
「家とかではなくて、先輩で隊員な弥勒さんを頼りにしているのですが」
「それはそれで嬉しいですわね、存分に力を貸しますわよ」
器が大きく、迷わず、高く広い視野を持つ。とても頼れる相手だ。もしかしたら、人間関係が上手とは言えない私よりも弥勒のような人間こそが多くの人を纏めるリーダーに相応しいのかもしれない。
防人としては残念ながら実力が弥勒の人間性に追い付いておらず、成績のみで言えば私の方が大きく秀でているからこその現状。もしも、成績がまるっきり同じだったのならば弥勒が防人の隊長に選ばれていても不思議ではない。
ふと、頭の中で何かが噛み合うような感触。
私ともう一人、成績が同等の二人が最後に残った勇者の選抜。選ばれたのが私ではなかったのはそういう理由だったのかもしれない。
本当にそうなのかなんて今となっては確かめる方法なんてないし、確かめる気もない。今の私には他にやるべき事がある。
「ありがとうございます。それじゃあ、展望台に集合で」
弥勒へと礼と伝達を伝える。これが今するべき事で、これからする事に繋がる事だ。
「えぇ、ティーセットを片付けてすぐに向かいますわよ」
やはり、堂々とした余裕のある笑み。
先ほど雀を壁と例えたが、弥勒を建物で例えるならば屋根*5だろう。防人の誰よりも高く広い俯瞰的な視野を持ち、年長者として後輩達に手を差し伸べる事を躊躇わない。実力以外は高みにいる尊敬されるべき頼れる人間だ。
思っていても口には出さない、調子に乗らせると面倒くさいからだ。
尊敬してはいるが、それとこれとは別の話だ。
伝えるべき事は伝えたので他の隊員にも伝達するべく
へ次の部屋へと向かう。少し離れた先の廊下で期待通りに雀が防人達に伝達してまわる姿が視界に入った。
「しずく、入るわよ」
逸る気持ちでドアノブへと延びかけた手で扉をノックし、一度呼び掛けてから扉を開く。その先には飾り気の少ない簡素な部屋で膝を抱えて座るしずくが閉じていた目蓋をゆっくりと開く姿。
眠っていたという訳ではないだろう、姿勢の落ち着きと気配からしてただ目蓋を開けてなかったたけだという事はわかる。
「楠……ちょうど、話がしたいと思ってた」
「そう、奇遇ね」
絡み合う視線、小さく開かれた口から紡がれる言葉は控え目ながらも強い意思を感じられた。
「私が思うに、お互いにしたい話は同じ内容なんじゃないかしら」
何も言わず首を縦にも横にも振らないしずく。ただ視線が絡み合う。
無反応のようで、無反応ではない。しずくの瞳に灯るたしかな意志が私に何かを訴えている。
最初に会った頃と比べて随分と変わった。と、しずくの瞳にそんな感想を抱く。
防人としてゴールドタワーに集められた頃のしずくは自我さえ希薄に思えるような意思表示の少なさで、自分の考えを口にする事は非常に稀だった。しかし、口数は少ないままだが最近ではこの瞳のように自分の意思を表す事が増えた。
「一応確認しておこうかしら」
意思表示は増えたがそれでも口数は少ない。そんなしずくが自発的に相談という行動を起こし、自分の目標のために典膳へと助力を求めていた姿は記憶に新しい。
それほどに本気の思いなのだろう。とても強い思いなのだろう。
しずくもまた、犠牲を認めたくないと足掻く一人だ。
「亜耶や他の巫女を助けたい。そういう話をするつもりだったのよね?」
犠牲ゼロ、私としずくはこれに至った経緯は違えども同じ目標を胸の芯に抱える仲間だ。だからこそ、不条理な犠牲が発生すると聞いて黙ってはいられないという事を共感しているはずだ。
「……国土はいい子、死なせたくない」
「私もそう思うわ。だから、どうにかするために手を貸して」
言葉での返事は無い。しかし、しずくの瞳に灯る意志が更に輝き、力強い頷きが返された。
心強い。根拠なんて何もないのに、不条理なんてどうにでも打ち砕けるという自信が湧いてくる。心底から同じ思いで共に戦ってくれる戦友の存在が私の意志と精神をを更に強いものへと補強してくれる。
共に挑める仲間の存在がこんなにも支えになるなんて、勇者に選抜されるためにただがむしゃらな研鑽を重ねていただけの私は知らなかった。
柱だ。しずくもきっと柱だ。
防人隊を率いる隊長の私が柱だとするのならば、同一の志で共に戦ってくれるしずくもまた柱のはずだ。
強く頑丈な柱は何本あったって良い。
典膳の協力を得て更なる実力向上をするであろう
「展望台に集合するように防人全体に呼び掛けてる。そこで亜耶を助ける協力を求めて、そのまま解決策を話し合うつもりなのだけど」
「すぐに、行く」
意志の瞳を携えて立ち上がったしずくと共に部屋を出て、肩を並べるようにして展望台へと向かう。私としずくが展望台に着く頃にはほとんどの防人が集まっていて、その後には数分も待たずに全員集合が完了していた。
集まってくれた皆が揃って私へと視線を向ける。誰もが集められた理由を気にしているのだろう。
一つ大きく息を吸い、誰の耳にも届くように声を張る。
「今回の大赦の決定に、私は納得してない! みんなはどうなの!? 亜耶や他の巫女達が犠牲になる事に納得しているの!?」
真っ先に雀が、継ぐように弥勒が、続々と防人達が否の声を上げる。ここにいる全員が亜耶を犠牲にする事を納得していなかった。
それならば、話は早い。防人の皆にはとことん付き合って貰おう。
犠牲ゼロはまだ終わってない。
防人C助(奉火祭かぁ……)
C助(ヤだなぁ)
C助(このままあややがそうなっちゃったら、きっと私は一生この気持ちのままなんだろうなぁ)
C助(私だけじゃなくて、防人皆の何かがダメになる気がする。なんていうか、こう、どうしようもない程にダメになる……気がする)
C助(でも、たぶんこのままで終わらないはず)
C助(メブ、ショックを受けてたみたいだけど落ち着けたかな)
C助(そろそろかな?もうちょっとかな?様子を見に行った方がいいのかな?部屋に行ったら邪魔かな?どうしよ)
C助「このみかん、酸っぱいなぁ」
─
防人Cずく(死んでしまったら、もう
防人Cズク(……あぁ、そうだな)
Cずく(なにもないから、話す事もできない。死なせたくなかったのか、一緒に死にたくなかったのか、他の何かだったのか、
Cズク(Cずくを産んだアイツらが何を考えてたなんかもう誰にもわからねぇ、死んじまったからな。だけど、国土はまだ生きてる、だろ?)
Cずく(うん。国土はみんなの役に立てるのが嬉しいって言っていた、頑張るとも言ってた、でも、死にたいとは言ってなかった……。生きたいのかもしれない、本当は死にたくないのかもしれない)
Cズク(このままだったら一生わからないままになるようなモノをまた抱えるハメになる)
Cずく(それもある。でも、それ以上に──)
防人Cずズ((たた単純に死なせたくない、生きてて欲しい))
Cズク(やれること、やるつもりなんだろ?)
Cずく(うん……!)
─
C級お嬢様「……なるほど」
C級「……」
C級「…………」
C級「………………」
C級(カツオ出汁で紅茶をいれても全然美味しくないですわ。先ほどの私は何を考えて好きなものに好きなものを足すとヤベーくらい好きなものになるなんて発想をしてたのやら)
C級「……また一つ賢くなってしまいましたわね」