ポケモントレーナー ハチマン 完   作:八橋夏目

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91話

 アラベスクタウンで一泊し、翌朝にはシャクヤたちと別れ、アーマーガアタクシーを使ってナックルシティの東エリアまで戻って現在。昼前には着いたため、そのまま次のジムがあるキルクスタウンに向かうことにした。

 それはいいのだが、どうして俺はサーナイトに右を、エンニュートに左を拘束されているんでしょうね………。

 

「サーナー」

「エニュー」

 

 サーナイトはいつものこととして、エンニュートよ。お前もか。

 いや、エンジンジムでのあの飛びつき具合を見るにこうなることは目に見えていたのかもしれない。

 考えないようにしていた俺が悪いのだろう。

 とは言え、だ。

 この山道を両側に抱きつかれていると歩きにくいったらありゃしない。もういっそのこと、サイコキネシスで飛んでこうぜと言いたいくらいには歩きにくい。

 そんな俺とは裏腹にルンルン気分で歌に顔を擦り付けてくるんだから、毒気も抜かれるというね。

 はいはい、分かりましたよ。諦めればいいんでしょう?

 まあ、二人がいがみあってないのがせめてもの救いか。最初からサーナイトはエンニュートを受け入れてたもんな。

 ここにキングドラまで出てきたら身動きが取れなくなってしまうところなのだが、あいつは誰もいない時にしか飛びついてこないからな。それでも押し倒す力は強いため、毎度俺が下敷きになってしまう。

 うん、総じてうちの女性陣は手のかかる子たちばかりである。

 それにしてもこのアスレチック感のある山道は何なんだろうな。絶対自然的に作られたものじゃなく、人の手で造られた人工物だよな。梯子を使って登ったり降りたりさせられるのは、はっきり言って面倒臭い。

 無駄に体力は使うわ、時間を食うわで、今日中にキルクスタウンに着くのはまず無理だろう。

 こんなことなら、ナックルシティからアーマーガアタクシーを使えばよかったのかもしれない。もっと言えば、今朝のアラベスクからのアーマーガアタクシーでそのままキルクスへ向かうべきだったのかもな。

 過ぎた話はしてもしょうがないので諦めるしかないのだが、ならせめてもっと楽な道を作っといてくれと言いたくなる。

 

「サーナイト、エンニュート。ある程度登ったら、今日は野宿な」

「サナ!」

「エニュー!」

 

 うん、多分こいつらは俺に抱きついていられれば何でもいいのだろう。

 ったく、しょうがないやつらだな。

 

 

 

   *   *   *

 

 

 

 段々と標高が高くなってくると山道も白んできて、雪山を越えなければならなくなったので、その手前で野宿することにした。

 寒さはガオガエンとウルガモスがいるからな。それにエンニュートもほのおタイプなため、暖を取るのに困ることはなかった。というかサーナイトがエンニュートに引っ付いていたのは珍しい光景だったな。

 そして翌日。

 面倒なのでウルガモスに飛んでもらい、一気にキルクスタウンへと向かった。クソ高いところを飛んだ気もするが、ウルガモスの熱で全然寒くないというね。ウルガモス様様である。

 だが、街はもう雪国となっており、俺の服装が場違いな感じだったため、ポケモンセンターに逃げ込み、取り敢えず冬服の売っている店を調べることにした。

 

「いらっしゃいませー」

「あの、取り敢えず防寒具売ってるとこ知らないですかね」

「あー、これはまた寒そうな格好をしてますね………。コートとかなら隣の店で売ってますよ。あとこの街は温泉もありますから、是非お楽しみください」

 

 温泉、だと………!

 

「ちなみにサウナは?」

「ありますよ」

「よし、行こう。今すぐ行こう。めらっと行こう」

「い、いってらっしゃいませー」

 

 サウナがあるとかこの街神じゃね?

 俺もうここに住もうかな。

 つか、温泉があるなら源泉があるってことだろうし、土地買って家建てて穴掘って温泉作って、サウナ作っちゃえばいいんじゃね?

 金ならある!

 うん、いいね。このパワーワード。

 そもそもおかしいんだよ、俺の給料は。何で毎月毎月数百万単位で振り込まれてるんだよ。定期報告をメールで送ってるだけだぞ。何なら仕事のことなんかこれぽっちも頭の中にないからな。

 偶に警察手帳を見て、「あ、俺ってそういや国際警察だったんだっけ?」ってなるレベルだからな?

 こんな俺でも一応含まれてしまうであろう世間一般的な名称ーー労働者にとってサウナとは福利厚生とも言える代物だ。乱れた自律神経を整えることでリラックス効果を得られ、以後の作業効率をアップさせるとか、もうほんと労働者のために作られたと言っても過言ではない。

 ああ、なるほど。あのぶっ飛んだ給料はこれでサウナに入ってこいという上からの福利厚生費だったというわけか。これは何が何でもいかなければ。福利厚生は享受してこそのもの。放置なんてしていたら、ただの損失でしかない。得られるものはもらっておかないと。

 

「おや? ハチさん?」

 

 ただ、その前にやはりコートを買ってこないとな。ポケモンセンターを出た瞬間、寒さで鳥肌が立ったぞ。

 隣にあるって話だし、どっちだ?

 

「ハチさん」

 

 誰だよ、さっきから。呼ばれてるぞ、ハチさん。返事してやれよ。

 

「ハチさん!」

「うおっ!?」

 

 急に肩を捕まれ大声を出されてしまっては驚くというもので。

 身体がビクン! と反応してしまった。

 

「………なんだ、マクワか。驚かすなよ」

「いや、さっきから呼んでたのに反応しないからですよ」

 

 ああ、呼ばれてたのって俺だったのか。サウナとコートのことで頭いっぱいだったから、全く外の事に目を向けてなかったわ。

 

「親子バトルが終わったらしい奴が何でまだこの街にいるのかとか色々聞きたいことはあるが、取り敢えずコート売ってるのってどっち?」

「コート? ああ、寒そうな格好してますもんね」

「お前だけには言われたくないわ。何で半ズボン履いてんだよ」

「地元ですから」

「理由になってねぇ………で、どっちだよ」

「右ですよ」

「よし」

 

 短パン小僧に指差された方に向かい、店に入る。

 

「いらっしゃいませー」

 

 中に入るとどこからか店員の声が聞こえてきた。

 作業中なのかね。

 うん、確かに服屋だわ。

 ひとまずアウターコーナーを探し、コート類の売り場に着くと目についたものから確認していく。

 色合いは……黒でいいか。白は汚れるし、茶色って気分でもないし。ネイビーくらいならサブとしてありかもな。

 トレンチ、ダッフル、チェスター、Pコート………くらいしかネーミングを知らないんだった。えっと………モッズコート、ポロコート、アルスターコート、タイロッケンコート、ベルテッドコート………うん、カントーでも見たことあるような気がするけど、初めて名前をちゃんと見たわ。ただ、違いがよく分からない。ボタンの位置とか数とか、あとベルトがあったりなかったりの違いなんだろうけど、こういうのはコマチ含めて女性陣の方が詳しいからな。

 

「ハチさんに似合いそうなのだと………」

「おい、何で着いてきてんだよ」

「このタイロッケン辺りですかねー」

「聞けよ」

 

 当然のよう着いてきて俺のコートを選び始めるマクワ。

 お前何なの? 俺の彼女なの?

 やだよ、こんなぽっちゃりむさ苦しいの。俺の嫁はあいつらがいい。

 

「色はどうします?」

「黒で」

 

 何を言っても聞きそうにないので、マクワにお任せすることにした。どうせ俺が選んだところで微妙なものになるのは分かってることだし、マクワが出してきたので気に入ったのを買うことにしよう。その方が楽だ。

 

「で、何でまだこんなところにいるんだ? 残りのバッジは集めたのかよ」

「ええ、抜かりなく勝たせていただきましたよ。今はファイナルトーナメントに向けた調整中です」

「そりゃお早いことで」

 

 親子対決の話を聞いたのはいつだっけ?

 確か野生のダンデが現れた時に聞いたはずだから、十日くらい前になるのか?

 その後で残り二つのバッジを手に入れたというわけか。

 七個目八個目ともなると挑戦者の数も激減して、いつでもウェルカムな状態なんだろうな。

 

「これなんかどうです?」

 

 マクワが見せてきたのは黒の………タイロッケンコートか。値札見て分かったわ。

 いや、高ぇな。五万円って。

 

「なあ、ここの店って全部こんな値段?」

「これでも安い方ですよ」

「マジかよ」

 

 高いと思ったけど、これでも安い方たったのか。

 なんて店がポケモンセンターの横にあるんだよ。そしてそんな店を紹介するなよ。

 

「で、これの良さは?」

「グレーとかならもう少し落ち着いたのでもいいかと思ったんですけど、黒なので少し遊びを加えた方がいいかなと思いまして」

「じゃ、それで」

 

 至るところに紐が伸びていてうるさい感じもあるが、まあいいだろう。迫力はあるからな。嫌いじゃないぞ。

 

「選んでおいてなんですけど、それでいいんですか?」

「いいんだよ。どうせ俺が選んだところで微妙って感想を抱かれるのがオチなんだからな」

「なら、一応着てみてください」

「へいへい」

 

 マクワにコートを持ってもらい、リュックを下ろして腕を通していく。

 ねぇ、さりげなくやってるけど、何でそんな新妻感を出してんの? お前男だろ?

 

「どうだ?」

「おおー、やっぱりその目と合わさっていい感じに仕上がってますよ」

「おい」

 

 目と合わさってって何だよ。

 コート着るのに目が関係あるのかよ。

 

「まあいいや。着てみた感じ肩周りがきついってこともないし。これにするわ」

「お金は………」

「心配するな。使ってないから余裕だ」

 

 ようやく使い道を見つけたくらいだ。五万円が高いとは思えど、普通に払えてしまうし、これからはサウナにちょくちょく来ることになるだろう。

 うん、これで俺も経済を回せるようになるんだな。

 

「んじゃ買ってくる」

 

 大体ここで決めずに他にもあるかなーと見て回ったところで、結局は最初に選んだものに戻ってくるのだ。それが分かっているため、即断即決。

 この後に待ち受けているサウナの方が重要だから。時間は有効的に使わないと。

 

「これください」

 

 レジに持っていくと、女性の店員さんがコートを受け取ってくれた。

 

「はーい。………五万円になりまーす」

 

 うん、やっぱり高いよな。確認してなかったけど、ブランド物だったりするのだろうか。

 

「タッチ決済で」

「では、ここにタッチをお願いしまーす」

 

 お会計は国際警察から支給された口座と紐付けしてあるアプリから。

 一応現金派ではあるのだが、飛ばされてからというものいつどうなるか分からないからな。手持ちの金はあまり使いたくない。

 

「ありがとうごさいまーす。袋はどうされますか?」

「このまま着ていくんで」

「では、タグは取っておきますねー」

 

 着ていく旨を伝えるとタグを全部取ってくれた。

 

「はい、どうぞー」

「うす、あざます」

「はーい、お買い上げありがとうございましたー」

 

 その場でコートを羽織り、リュックを背負い直して店の外へと出る。

 

「はぁ………やっと寒さから解放されたわ」

 

 外へ出た瞬間にビューッと小さい風が吹いたものの、さっきよりは寒さが和らいでいる。機能性に問題はないようだ。

 すると待ってましたとばかりにマクワが近寄ってきた。

 

「では、ジムに行きますよね?」

「え、今からサウナに行くつもりだけど?」

「え?」

「え?」

 

 こいつは何を言っているのだろうか。

 この後はサウナに行くに決まっているだろうが。

 

「サウナ?」

「サウナ」

「ジム戦は?」

「ジム戦?」

「ジム戦しにこの街にきたんですよね」

 

 ジム戦……………。

 ああ!

 

「………そういえばそうだったな。受付してねぇわ。えぇー、面倒くさ………サウナ行きてぇ………」

 

 本来の目的を思い出したが、いかんせん気が向かない。

 まずは冷えた身体を温めたいのだよ。

 

「どんだけサウナ好きなんですか」

「サウナはいいぞ。自律神経の乱れを整えることでリラックス効果を得られ、以降の作業効率をアップさせることに繋がるんだからな。血流、発汗の詰まり、むくみとかも取れるし、何より運動しなくともいい汗をかける」

「なら、受付だけしてサウナに行ってください。ハチはまだかと母がうるさいんですよ。それに昨日からハチさんのチケット販売はまだかとジムへ問い合わせが殺到していますし」

 

 チケット販売はまだかっ問い合わせが殺到してるってなに?

 アラベスクからキルクスまでどんだけ距離あると思ってんの?

 というか俺がすぐジム戦すると思ってるのか?

 

「何でそんなことになってるんだよ」

「あなたという人は…………。いい加減、自分の人気を自覚してください。最初のジム戦が嘘かのようにバウジム戦から毎度満席の集客力を誇るチャレンジャーなんて聞いたことないですよ。僕でも良くて九割いけばってやつなのに………。毎度ネットでは考察が続いていますし、話題に事欠かないハチさんのファンは日に日に増えてるんです」

 

 なんか俺が知らない間にさらに酷い有様になっていたらしい。

 ネットで考察云々はルリナから何回か見せられているため目にしているが、ジムにまでチケットの問い合わせがくるようになってるって………。

 

「見ます? ネットの考察」

「マクワ、お前もか…………」

 

 自分のことをやたらめったら考察されるのって結構恥ずかしいんだぞ。的外れなこと書かれてる分にはしめしめと思ったりするが、格好のこととか、ミッションのこととか、結構黒歴史になり得るものばかり注目されてるからな。

 

「ルリナといい、何で俺にネットの考察を見せたがるかね」

「嫌なら取り敢えず、受付だけは済ませておいてください」

「おい、押すなよ。分かった、分かったから」

 

 メロンさんから一体何を言われてるかは知らないが、どうしてこいつはそこまでして俺を今すぐにでもジム戦の受付をさせたいのだか。

 別にそこまで急がなくてもいいと思うんだけど。

 これじゃ今日中にジム戦することになるじゃねぇか。

 あ、もしかしてだが、さっさと俺のジム戦を終わらせてしまいたいとか?

 チケットの問い合わせの対応も面倒になってきているってジムのスタッフから苦情が来ているのかもしれないな。

 えぇー、だとしてもそれを俺が聞き入れる必要はなくね?

 ジム戦のタイミングなんて俺の自由だろうに。

 

「ハチさんはポケッターとかをやってないらしいですから知らないでしょうけど、毎年有望株たちはネットで近況報告をして、ファンサービスしてるんですよ。ですが、あなたの場合はミステリアスなのが売りでもあるので、強くは勧められないというこのジレンマ。分かってくれますか?!」

「いや、お前どんだけだよ。別に興味ないし、面倒だし、そもそも自撮りとかやったことねぇし、面倒臭いし」

 

 マクワに背中を押されながら北へと歩みを進める。

 その間、背中からヒートアップしてきたマクワが力説し始めた。

 

「しかもポケッターを始めればすぐにフォロワー数で僕を抜いてくるであろう逸材が、どうしてアカウントを持っていないのか!」

 

 面倒だからに決まってるだろうが。

 なんでプライベートなことをいちいちネットに投稿しなきゃいけないんだよ。

 要はサーナイトたちの可愛さをネットにアップしろってことだろ?

 絶対嫌だわ。

 

「こうして出会えてもポケッターにツーショットを載せられないし、いいから早くファンサービスだと思って受付してください!」

 

 お、おおう。

 なんか、うん、マクワがかわいそうになってきたわ。

 そこまでネットに囚われなくてもよくないかと思うが、ある意味これも一種の病気みたいなものだろう。

 

「へいへーい。代わりにとびっきりのサウナへ案内しろよ」

「いいでしょう! さあ、行きましょう!」

 

 ………………こいつも相当ストレス溜まってんな。

 

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