ポケモントレーナー ハチマン 完   作:八橋夏目

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次回からようやくトーナメント戦。
ここにくるまで長かった………。


99話

 キバナから再戦宣言をされた後。

 ちゃんとバッジをもらい、無事に八つとも集めたということで、翌日には北にあるシュートシティへと向かった。

 理由としてはトーナメント戦がシュートスタジアムで行われるためである。

 で、行ったら行ったで凄い事実を知った。

 そう、なんと!

 ジムチャレンジ中のバッジを八つ集め切った者たちはトーナメント戦まで高級ホテルに無料で泊まれるのだ。

 しかもそのホテル、タイムスリップする前、コマチとトツカがガラルに行くってことで、せめてもの俺からの餞別として初日の宿泊をプレゼントしたのだが、そのホテルこそ今回の高級ホテルだった。

 まさか俺も堪能出来る日が来ようとは…………。

 まあ、なんてことが二週間前にあったわけだ。

 

「あーあ、もう二週間経っちまったよ。高級ホテルを堪能出来るのもあと数日ってか」

 

 この二週間、暇なのでホテルの施設を片っ端から堪能しまくってやったのだ。

 露天風呂もあれば、サウナもあれば、砂風呂もある。筋トレマシンもあったし、マッサージも受けられたし、小説・マンガコーナーもあり、至れり尽くせりのなんのって。

 ああ、ここに住みたい。

 これまでの疲れが一気に取り払われた気分である。

 あるんだけど、それもあと数日限定ともなれば、悲しみが生まれてくる。

 

「………なに、マッサージチェアで泣いてんのさ」

「ん? あっ……」

 

 不意に声をかけられたかと思うと、目の前にはシャクヤが立っていた。

 

「シャクちゃん? どしたの? 迷子?」

「気持ち悪っ?! なに? 高級ホテルを堪能し過ぎて頭おかしくなっちゃったの!?」

 

 酷い言われようである。

 

「お兄ちゃん、泣いちゃう」

「いやもう泣いてるじゃん。てか、マジで何で泣いてんの?」

 

 シャクヤが自分の身体を抱いて引き気味に聞いてくる。悲しい。

 

「この高級ホテルを堪能出来るのもあと数日なんだなーって考えてたら、勝手に流れてきた」

「いや、重症過ぎるでしょ!」

 

 それくらいこの高級ホテルが良過ぎるんだって。

 というかこいつこそ、何でこんな高級ホテルにいるわけ?

 

「で、結局シャクヤは何でいるのん?」

「ハチ兄がトーナメント戦に出るっていうから応援しに来たんだよ」

「………そんな応援されても負ける時は負けるぞ?」

「ハチ兄が?」

「ダンデがいるんだぞ?」

「それでも勝ちそうじゃね?」

「…………勝ったらチャンピオンの座が回ってくるだろ」

「…………………は?」

 

 底冷えするような冷たい声が漏れた。

 一体誰から!? と一瞬焦ってしまったが、出す奴なんて一人しかいない。

 シャクちゃん? 女の子が出していいお声じゃないわよ?

 

「いやいやいや、マジで言ってる?」

「それは何に対してだよ」

「よもやチャンピオンになりたくないからチャンピオンには負ける予定、とかそんなことは考えてないよね?」

 

 ……………くっ。

 鋭い。父親譲りの勘は舐めちゃいかんな。流石だわ。

 

「ない……こともないが、なってくれたらいいなーとか考えなくもない。つか、ダンデに一方的に負けるっての癪だし、かと言ってチャンピオンにはなりたくないし、そもそも俺の仕事としては大会自体を盛り上げないといけないから、ダンデに一方的に負けるって選択肢は潰されてるわけで、そうなるとエース対決で勝敗が決まるって感じの展開にしないといけないわけだ。俺、どうしたらいい?」

 

 色々並べてみたものの、負け方一つを取っても演出を気にしないといけないとか、どんな無理ゲーなんでしょうね。

 いや本当。世間は既に俺とダンデとのバトルを一定数が求めているようだし、それが実現したら直前で棄権することは許されないし、何より俺がジムチャレンジに参加した理由が、ダンデが俺ともう一度バトルしたいってとこから来ているわけで、そうなるとダンデとバトルする以外に選択肢がないのである。

 そこへさらにチャンピオンになりたくないがために、一方的に負けるのではなく、エース対決くらいまで持っていってから負けなければいけないわけだ。

 はっきり言って面倒くさい。

 

「なんか、大変そうだね………」

「この二週間、現実逃避してたんだけどな…………。無理難題過ぎて、吐きそう」

 

 ジム戦も終わったことだし、いよいよ明日からトーナメント戦が始まる。最初はジムチャレンジの参加者同士でーーーつまり八個全てのバッジを集めたトレーナーだけでトーナメント戦を行い、その優勝者を含めてジムリーダーたちとのトーナメント戦が開かれるらしい。さらにそこで優勝すればチャンピオンであるダンデとのバトルになるのだとか。

 セミファイナルトーナメントで優勝して、ファイナルトーナメントでも優勝しないとダンデとはバトル出来ないとか、マジで面倒くさい。しかもダンデとのバトルのことも考えないといけないのだから、いかに現実逃避したくなるかが分かるだろう。分かるよな?

 

「シャクちゃーん、部屋の鍵もらってきたぜー!」

 

 考えたくもない明日からのことに目を背けていると、また聞き覚えのある声がした。

 

「あ、親父。おかえり」

 

 デスヨネー。

 こんな高級ホテルにシャクヤが一人で来るわけがないもんね。

 ウン、ハチマンワカッテタ。

 

「んあ? ハチじゃねぇか。お前、こんなところで何してんだ?」

「現実逃避」

「はあ? シャクちゃん、こいつとうとうイかれたか?」

「チャンピオンとエース対決にまで持っていった上で、負ける方法を考えてるんだって」

「何をどうしたらそんな考えを必要とするんだよ。勝ちゃいいじゃねぇか」

「チャンピオンにはなりたくないらしい」

 

 チャンピオンなんてただただ有名になって人前に立たされるだけだからな。ガラルなんか特にジム戦がエンターテイメント化しているから、尚更人前に立たされる機会が多くなる。

 そうなると身元の怪しい俺がチャンピオンになったら、面倒なことにしかならないし、そもそも今の俺が目立ってしまってはいけないのだ。

 何とか苦肉の策として仮面のハチなんてキャラクターが出来上がったが、それもいつバレるか分からないので、例えダンデに勝ったとしてもチャンピオンの座は辞退させてもらうつもりである。

 まあ、批判はされるだろうがな。

 そうなったらガラルから出ていけばいいだけの話だし、そこはどうにかなるだろう。

 

「ふっ、しょうがねぇ! なら、ハチにはこれをやろう!」

 

 するとピオニーのおっさんがリュックから一枚の黒い布を取り出した。

 

「じゃじゃーん! ピオニー特製ヒーローマントだぜぇ!」

 

 何が出てくるのかと思えば………。

 マントって…………。

 

「ちなみに親父の手縫い」

「マジで?!」

 

 はぁ!?

 手縫いって…………いや、マジか。

 マント自体は布一枚でどうにかなるような代物だが、所々に縫われている刺繍がまた芸術の域に達しているというか……………。

 

「…………どこかで買って来たんだとばかり思ったわ。刺繍のレベルがプロ級じゃね?」

「でしょ? 親父、そういうところは器用なんだよなー」

「見た目とのギャップが半端ねぇ……………」

「それな」

 

 この強面の圧の強い顔で裁縫が得意………というかプロ級って絶対何かの間違いだろ。

 どう考えてもチマチマしたことが嫌いそうな見た目なのに、手先が器用って……………。

 それは娘のシャクヤからしてもギャップを感じているらしいし、それならもう少しマイルドな見た目になってくれよって話である。

 

「だって、ダン坊ばっかりズルくね? ジジイは推薦状渡せてるし、カブちゃんはバトルも出来て、バッジも渡せるってのに、オレだけなーんもあげられねぇとか寂しいじゃねぇか!」

 

 バシバシ背中を叩くんじゃない。

 力加減しろよ。どこが手先器用なんだよ。力の込め方が大雑把過ぎるんだよ。

 

「そこにダン坊が自費でハチのユニフォームを作り始めたんだぜ? オレも渡すしかねぇじゃん?」

「それで手縫いのマントとか、話のインパクトが強すぎるだろ………」

 

 百歩譲って俺と関係のある人たちが何かしら俺に渡してきているから、ピオニーのおっさんからもらうのも吝かではないとしても、強面の色黒おじさんが刺繍したマントをもらうって、絶対誰の人生にもないと思うわ。

 ある意味、歴史的瞬間なのかもしれない。

 

「でもこれでガラルの英雄に挑む悪役って構図が完成するんじゃね?」

「悪役って………。まあ、確かにガオガエンはヒールポケモンなんて言われてたりするらしいが、俺悪役なのか…………」

 

 まあ、ヒーロー役をやらされるよりは断然いいんだけど。

 柄じゃねぇし。

 

「いいじゃん、ダークヒーローって感じで。つか、ハチ兄に王道のヒーローとかないし」

「シャクちゃん? 辛辣過ぎない? 自覚はあるけど」

「あるんだ」

「あるよ。逆にこんな目の腐ったやつがヒーローだったら、助けられた方が可哀想だろうが」

 

 多分、泣かれて新しいヒーローが出てくるまである。

 

「少なくとも二人………いや、サイトウもかな。アタシも別に抵抗はないし…………四人くらいはハチ兄でも可って人はいるんじゃね?」

 

 おい………。

 焦がれてる感が全くねぇ…………。

 お呼びじゃないってか。

 

「シャクちゃん!? お前のヒーローはずっとここにいるぞ?!」

「あ、親父がヒーローとか一番ないから」

「シャク、ちゃん…………」

「トドメ刺すなよ」

 

 シャクヤのヒーローになりたい………恐らくシャクヤが幼い頃にでも言われたのであろうおっさんが、はいはい! と名乗り出てきたがシャクヤに一蹴されてしまった。

 大柄な身体がどんどん小さくなっていっている。

 

「いや、だって。親父がヒーローとかキモくね?」

「ヒーローではないな」

「どうせおじさんのヒーローなら、カブさんの方がいいと思う」

「あー、なんだかんだイケオジだもんな、あの人」

 

 シャクヤの意見にはご尤もと思うものの、実の父親だろうに。扱い酷くない? 娘ってそういうもんなの?

 あ、うん、コマチも親父に対してへこんな感じか。

 俺も娘が出来たら言われるんだろうな……………。

 

「まあ、そういうことならピオニー特性ヒーローマントをもらっておくかな。今回のジムチャレンジを盛り上げるって仕事が俺にはあるわけだし」

「働きたくねーとか言ってた割にちゃっかり働いてるじゃん」

「それな。ほんとそれ。働きたくねぇのに働かされるこの世の中。世知辛いったらありゃしねぇ………」

 

 不憫に思えてきたので、折角だからマントをもらっておくことにする。

 ダンデの衣装コンセプトにはなかっただろうが、そもそもあいつの思惑に全て乗る必要もないしな。

 

「でもこれで負ける口実が出来たっしょ?」

「ああ、悪は悪らしく英雄に負けてくるわ」

「あ、でも先に仮面と合うのか見てみたい」

「一応、何かあった時用に持ってきてはいるけどもだな………。付けろと?」

「親父もいるからちょっと目立ってるよ?」

「分かったよ」

 

 高級ホテルだからか俺たちに近づいて来ようとする不届者はいないにしても、確かに視線は多くなっている気がする。

 なので、シャクヤに提案に乗……………。

 

「なあ、今ここで被る方が素顔と合わせて結び付けられてヤバくね?」

「………あ、確かに。じゃあ、あとで着替えたとこを自撮りして送ってよ」

「えぇ…………」

「そんなに嫌なん?」

「そもそも自撮りとかしたことがない」

「あー…………まあ、鏡の前で全体が分かるようにしてくれればいいよ。あ、でもピンぼけには気を付けてね」

「へいへい。画質は期待するなよ」

 

 どうやら着替えた自撮りは送らないと気が済まないようだ。

 仕方ない、部屋に戻ったら着替えて自撮りを送ってやるか。

 

「んじゃねー。トーナメント戦、頑張ってねー」

「おーう」

 

 ひらひらと手を振りながら父親の首根っこを掴んで引きずっていくシャクヤ。

 逞しいことで。

 さて、続き続きと。

 

「おや? ハチさんではないですか」

「今度はなんだよ…………マクワか」

 

 しばらく一人でマッサージチェアにごりごりしてもらっていると新手がやってきた。

 

「よいっ……と」

「隣座るなよ」

「いいじゃないですか。ただマッサージされてても暇なんですよ」

「ぼーっとしてろよ」

 

 マクワもバッジを全て集めたらしいし、ここにいても不思議ではない。だが、だからと言って隣に座るのはどうかと思うんだわ。

 有名かどうかはお互いそこまで変わらないだろうが、素顔を晒しているマクワには普通に視線が集まるわけで、俺の精神衛生上非常によろしくない。

 

「あー………明日から楽しみですねぇ」

「楽しみなのはお前くらいじゃねぇの? 俺は面倒で仕方ない」

「そういう割にはちゃっかりバッジを集め切ってるじゃないですか」

「流石にジム戦で負ける要素がなかった」

「そんなこと言えるのはハチさんかダンデさんくらいなんでしょうね」

 

 それにそもそもの理由がダンデとバトルすることなのだから、ようやくスタートラインに立ったようなものである。

 一方的に取り付けられてしまった約束を果たすべく、明日から勝ち上がらなければいけないと思うと憂鬱でしかない。

 つか、一方的な約束なんだから反故にしたところで、俺が悪いわけじゃなくね?

 

「…………アンタたち、ぶるぶる震えてるとキモいわね」

「また何か来たし………次はルリナかよ」

「オレ様もいるぜ」

 

 二人でぶるぶる震えているとまた新手がやってきた。

 顔を上げると色黒の二人組が。

 

「ここ、ちょっと死角になってるはずなんだけどな………」

「確かに死角ではあるけれど、気持ち悪いオーラが滲み出てるの自覚ないでしょ」

「……………………………そんなに?」

 

 確かに視線は感じるのに全くと言っていい程、誰もマッサージチェアのエリアには近づいて来ようとしない。

 目には見えないオーラが出ているのだろうか。

 

「冗談よ。単にマクワが目立つだけよ」

「お前のせいか。よし、やっぱ場所変えろ」

「えぇー………いいじゃないですか」

 

 単にマクワが有名人だから、遠目に見られてるだけだったか。

 よかったよかった。

 

「つか、何でジムリーダー二人がこんなところにいるんだよ」

「ファイナルトーナメントのために来たに決まってんだろ」

「期間中、ジムリーダーも無料で泊まれるのよ。セキュリティもバッチリだしね」

「そうですね。母も来てますからね」

「マジかよ………」

 

 ジムリーダーたちもこのホテルに泊まるのかよ。

 つーことはだ。

 あれも来るんだろうなー…………。

 マクワの比じゃないからなー……………。

 てかもう、目の前の二人が来ている時点でさらに目立っているから、俺の居心地の悪さよ。場違い感が半端ないんだけど。

 

「で、ダンデは?」

「「さあ?」」

 

 一緒ではないのか。

 それなら安心……………いや、別の意味で心配になってきたわ。

 

「…………明日間に合うといいな」

「やめて…………考えないようにしてたんだから……………」

「お、おおう、なんかすまん」

 

 どうやらルリナもそこは心配していたようだ。

 まあ、明日くらいはいなくても大丈夫だろうが、明後日からのファイナルトーナメントからは流石にいないとマズいだろうな。

 因みに明日は午前と午後にセミファイナルのトーナメント戦を行い、決勝戦をナイトゲームにすることになっている。

 四人しかいないから組めた日程な気もするが、一応連戦にならないように時間を開けてはくれているようだ。それと今朝通知が来てて、俺は午前の方でバトルをするらしい。相手はマクワ。そう隣の奴である。

 

「にしてもお前ら、緊張感無さすぎないか?」

「初戦の相手がハチさんなんですよ………………」

「「あぁ………」」

 

 おい、マクワをそんな可哀想な目で見てやるなよ。

 

「は、ハチは緊張しねぇのか?」

「素の俺に何も影響ないから緊張はしてないな。それよりもダンデとのバトルを今から思うと憂鬱でしかない」

「アンタくらいよ、そんなこと言ってられるのは」

 

 そうは言ってもチャンピオンにはなりたくないため、ギリギリいい感じに負けるのを演出しないといけないんだから、憂鬱にもなるって。

 

「んじゃね、マクワ頑張りなさいよ」

「相手がハチなら、査定にも考慮されるだろうから、気を抜くなよー」

「はい、頑張ります」

 

 おい、お前ら。

 俺には一言もねぇのかよ。別に欲しいわけじゃねぇけど。

 そのまま二人は自分の部屋へと行ってしまった。

 

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