ポケモントレーナー ハチマン 完   作:八橋夏目

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10話

 ここは………?

 気が付けば辺りは真っ黒な世界だった。

 また破れた世界に逆戻りしたのかとも思ったが、それにしては暗すぎる。はっきり言って何も見えない。ただ黒い。

 正直、座っているのか浮いているのかすら分からない。立っていないのは確かであるが、それ以外に得られる情報が皆無である。

 …………ん?

 でもこの状況。知らないわけでもない気がする。そうでなければ、こんな冷静に状況を整理出来るわけがあるまい。

 

「ライ」

 

 と、突如聞き覚えのある声がした。

 その声で何となく状況が絞り出されて来る。

 前にもあったな……と思いながら、その声のした方へと顔を向けた。

 蒼い目が一つ。

 それ以外の身体は黒に溶け込んでいる。

 ああ、蒼い目のおかげで目の周りの赤いラインと白い鶏冠が半分ほど光を浴びていて輪郭がなぞれるな。

 

「ダークライ………」

 

 名を呼ぶとポゥッと火の玉がいくつか飛ばされて来る。これは俺とダークライとの会話の仕方だ。ポケモンの言葉が通じない人間である俺に合わせてくれたものである。

 その火の玉にはこう書かれていた。

 

『ココハオマエノユメノセカイ。ワレガモグリコンデイルニスギナイ』

 

 ………つまり、俺は今眠っているということか。そしてその間にダークライが俺の精神世界にアクセスしていると。

 一つ目が消え、二つ目の火の玉がやって来る。

 

『ワレガオマエニチカラヲアタエタアト、ギラティナニトラワレタ。ダガソレハ、ワレラヲホゴスルモクテキダッタラシイ。ソノオカゲデ、オマエノコトヲカンソクスルコトガデキタ』

 

 どうやって? とも聞きたくなるが、そこはギラティナとダークライだ。どうとでも出来ていたのかもしれない。それに、そのおかげで俺も助かったというわけだからな。

 

『ソシテ、ギラティナニハオマエニツタエルベキコトガアッタヨウダ』

 

 は?

 ギラティナが俺に?

 たった一個人の人間でしかないこの俺に、裏世界の王が伝えることがあるだと?

 

「………一応聞いてやる」

 

 承諾と受け取ったダークライは三つ目の火の玉を送りつけて来た。

 

『ワガナハギラティナ、セカイノサイテイシャナリ』

 

 …………ん?

 それだけ?

 …………結局何が言いたいんだ?

 いや、ギラティナのことだ。こんな俺に伝えるくらいなのだから、何かしらの意味があるのだろう。

 名前はまあいい。お前がギラティナなのは知っている。つまり、重要なのは『セカイノサイテイシャ』ってところか。

 セカイノサイテイシャ。

 ギラティナに合う意味をつけて変換するなら、『世界の最低者』ってところか?

 うーん、これだとただの自己紹介にしかなってない上に、ある意味で周知の事実である。

 となると、この『サイテイシャ』という部分の変換が重要ってことか。

 他に表現するのならば、『裁定者』ってところか。他には思いつかない。

 

「『世界の裁定者』………、破れた世界の裁定者…………? 全体的に見た世界の裁定者………? どちらにせよ、破れた世界が裁定場になるのだろうな…………」

 

 破れた世界で裁定することなんて、俺が思い当たるのは一つしかない。

 生物の命………魂の処遇…………なんかそんな感じのこと。

 

「ダークライ、一つ聞きたい。俺は現世で生きているんだよな?」

「………ライ」

 

 首肯。

 ということは、俺はギラティナの作った穴を通って現世に戻って来たということになり、つまりそれは………ギラティナに生かされた、ということになる。

 裁定者を名乗るのならば、俺は裁定された結果生かされたということになる、のか………?

 ならば、裁定された結果生かされなかった、つまり死んだ者もいるということだ。

 …………あ、ああ!

 あー………そういうことか。

 

「………つまり、お前のダークホールで呑み込んだ人やポケモンも裁定されてどこかに飛ばされているってことか。まあ、中には死んだ奴もいるんだろうが」

「ライ」

 

 即首肯。

 はあ…………なんか、喜んでいいのか分からないな。これで俺の罪が消えるわけでもないし。やるしかないからやっていたけど、死んだ者に対しては俺が殺したようなものだ。死んだ者がゼロではない以上、その事実は変わらない。

 けどまあーーー。

 

「ーーー生きているなら、人生やり直してくれているといいな」

 

 特にポケモンたちは。

 人間に使われて、従って。そして呑み込まれて死にましたでは可哀想すぎる。やった本人が言うのもアレだが………。

 

『イバラノカンムリヲムリニカブセルナ。オマエハゼンデモアクデモナイ。オマエハオマエダ』

 

 見透かしたように再度火の玉が送られて来て、そう書かれていた。

 分かったよ。どうせ戻ったら戻ったでやることが山積みなんだからな。気持ちは軽くしとくに越したことはないーーー。

 

「ライ」

 

 うんうん頷いているとダークライの蒼い目が消えていった。

 どうやらダークライのお帰りのようだ。俺も起きるとしますかね。

 …………これ、どうやって起きるのん?

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

「ん………」

 

 目を覚ますと知らない天井だった。

 まあ、他の天井を覚えているかと言われると悩むところではあるが、流石にこんなに白い天井は初めてである。

 ………しっかり起きれましたね。一体どうやったのだろうか。自分でもよく分からない内に目を覚ましてたぞ。

 

「……………」

 

 気のせいだろうか。

 目は覚めたが身体が動かせないぞ。

 ………え?

 

「……………」

 

 しかもさっきから電子音までピッピッピッと聞こえている。俗に言う心電図を刻んでいるあの音。

 …………え?

 

「……ふんぐ」

 

 出た声は言葉にならなかった。

 あれ………?

 これ本当にどういう状況?

 それにさっきから呼吸をする度に口元が生暖かくなっては冷めていくんだが………。

 

「は、ハチマン!? 起きたのか?!」

 

 ん………?

 この声確か………。

 

「オレだ! ククイだ!」

 

 あーそうそう。

 ククイ博士のだ。

 …………は? ククイ博士?!

 何故に………?

 

「ぁ……ぅぁ………」

「ああ、いいから。こちらにも疑問が山ほどあるが、お前にもあるみたいだな。取り敢えず、首は縦に動かせるか?」

 

 言われて首、というか顎を下に動かしてみる。

 

「ちょっとは動くみたいだな。横はどうだ?」

 

 続けて左右に動かしてみる。

 ………どちらも動いた感があまりないんだが。

 

「よし、なら今からオレが質問していくから肯定なら縦に、否定なら横に動かしてくれ」

 

 何となくそうなる気はしていたが、もしかしてククイ博士もこういう状況に慣れているのだろうか………。

 一先ず、縦に首を動かして肯定の意を示した。

 

「まず、お前はヒキガヤハチマン本人だな?」

 

 肯定。

 

「オレのことは知っているか?」

 

 肯定。

 

「オレと会ったのはカントーでポケモン博士が集まった会議が最後か?」

 

 肯定。

 

「そうか。あれから数日後にカロス地方でお前が暗殺されたとニュースに流れた。遺体は謎の生物に吸収されて謎の穴に吸い込まれていったとされている。お前は死んで蘇った、とかではないよな?」

 

 否定。

 てか、そんな風にニュースに取り上げられていたのか。大衆の前で起きたことだし、秘密には出来ないとは思っていたが………。

 

「ということは謎の生物ってのはウツロイドのことか。神隠しとか祟りだとか色々噂されてたぞ」

 

 マジか。

 

「それと、カロスポケモン協会の方から正式にお前が死亡したと発表されている。それは知っているのか?」

 

 ………はい?

 死亡した、だと…………?

 しかもカロスポケモン協会からって………ユキノたちがそう発表したってことだよな?

 ………え?

 

「その様子だと知らないみたいだな」

 

 コクコクと小さいながらも何度も首を縦に振った。

 

「なら、その話はお前が声を出せるようになってからだな。今はその酸素マスクを付けててもらわないと危険らしい」

 

 ええー…………、すげぇ気になるんだけど。

 いやほんと俺が死亡扱いって、あいつら何考えてんだ?

 少なくともイロハとゲッコウガはあの場にいたんだから、俺が死んでいるとまでは断定出来ないと断言出来るだろうに………。

 

「よし、次は今のお前の状況の説明だな。ここはアローラ地方のエーテルパラダイスだ。戦の遺跡でカプ・コケコが激しく鳴いているのを聞いてハラさんと駆けつけたら、お前が倒れていたんだ。カプ・コケコが鳴いていたのもお前のウツロイドが原因なのはすぐに分かった」

 

 ああ、あの時駆けつけて来たのはククイ博士だったのか。呼吸がそれどころじゃなかったから判断も出来ていなかったわ。

 でも何故エーテルパラダイス?

 エーテルパラダイスって確か医療関係じゃなかったよな?

 

「オレも色々疑問はあったが、とにかくお前の命の危機だったんでな。エーテルパラダイスはメレメレ島のポケモンセンターよりも設備が整っているから、ここに運び込んだってわけだ。ああ、先に言っておくが、お前が入院しているのを知っているのは、上のごく一部の人間のみだ」

 

 秘匿案件。

 そりゃそうか。

 公で大々的に死亡が発表された人間が生きていたとなっては後々困るからな。隠蔽していた組織として後ろ指刺される可能性もあれば、下の者から変な噂が広まる可能性だってある。方針は俺が出す必要があり、保留としてくれているのだろう。

 

「それと、ポケモンたちはオレの方で預かっている。と言っても他二つは開けてないがな。ウツロイドに関しては逆に襲われかねないか気が気でならん。ただサーナイトだけは消耗が激しかったようで、こっちの施設の培養器で回復中だ」

 

 そう、か…………。

 俺がこんな状態だしサーナイトも同じようになっていると考えた方がいいのかもな。というかそれだけで済んでいてよかったのかもしれない。

 正味、破れた世界からの帰還なのだ。本来ならば帰って来られるかも怪しいところなのに、長期間滞在していたため身体が現世との区別を出来ていなくなっているのは当然といえよう。下手したら帰還して即死というのも有り得たかもしれないくらいだ。

 

「ククイ博士!」

「おお、グラジオ! それにビッケさんも」

「彼が目を覚ましたと聞いてグラジオぼっちゃまをお呼びして駆けつけて来たのですが………」

「ああ、ただ声がまだ出せないみたいでな」

 

 ククイ博士の話を聞いていると、二人の男女が部屋に入って来た。年齢は、男の方が俺に近く女の方はククイ博士に近い、かな。

 

「ハチマン。こいつはグラジオ。このエーテルパラダイスを率いるエーテル財団の御曹司だ。今はわけあってエーテル財団の代表代理をしている」

 

 ………御曹司と聞くとホウエンの元チャンピオンを思い出すな。あの人はいろんな方面で秀でていたが、この少年はこれからって感じか?

 それにしても………なんかイタいな。ザイモクザに通ずるものを感じてしまう。

 

「グラジオだ。ククイ博士から話は聞いている。オレの母親と同じくウツロイドに取り憑かれたらしいな」

 

 ………ん?

 オレの母親と同じく?

 つまり、ウツロイドに取り憑かれた症例は俺が二度目ってことか?

 そういやそんな話もカントーでされたような気もするが………、そうか。こいつがその人の息子ってわけか。

 

「オレの母親ルザミーネはウツロイドから解放されてからも意識を取り戻していないんだ。今は妹が付き添ってカントー地方のマサキという人のところへ治療へ行っているが………そう簡単な話ではないらしい」

 

 カントーのマサキ………?

 それってあのマサキか?

 

「だから、回復してからでいい。どうか知恵を貸してくれ。お願いだ」

 

 お、おおう………。

 そんな頭を下げなくとも………。

 でもそれだけでルザミーネさんとやらの症状が重いというのが伝わって来た。

 知恵なり知識なり、今の俺に出せるもんなら使ってやろうじゃないの。助けられたという恩もあるし、一財団の御曹司とのコネクトを作っておくのも悪くない。助かるかは別の話だが………。

 

「………そうか。グラジオ、よかったな。ハチマンの承諾は得られたぞ」

 

 首を縦に振るとそれを読み取ったククイ博士が少年に伝えてくれた。

 早く声出せるようにならないかね。

 

「恩に着る! こちらも貴方の回復を全力を以ってサポートさせてもらう!」

 

 少年の目尻に溜まる水分がタラーっと頬をつたい、顎先まで行く前に下に落ちていく。

 その後ろではどこか含みのある笑みを浮かべているククイ博士が、うんうんと頷いている。

 あー………これは博士にしてやられたってわけか。

 全く………何も考えてないようで計算高い人だわ。いいんだけど。

 

「何かあればこのビッケを呼んでくれ。彼女はここの支部長を務めている。職員を統括しているのも現在は彼女だから、オレよりも内情には詳しいんだ」

「ビッケと申します。ハチマン様が回復なさるまでサポートさせていただきます。それと、ハチマン様に関しての情報は最重大案件として扱い、ハの字も漏洩しないよう努めさせていただきます」

 

 丸渕メガネが印象………いやそれよりももっと印象的なところがあったわ。何がとは言わないが。

 うん、何というかメグリ先輩に近いオーラを感じる。天然の癒し系というか裏を感じさせないほんわかした感覚。メグリ先輩が歳を重ねるとこんな感じになるのだろうか。

 

「ああ、そうだ。ビッケさん、ハチマンの今後の治療スケジュールとか分かったりします?」

「はい、それなら一通り作成してあります。まず、現在行っている血中酸素濃度の数値回復。それが終わりましたら、全身の筋肉のマッサージとリハビリ。それからお腹と背中の傷の経過観察ですね。傷の経緯も伺えたらと思っています」

「だってよ。随分とまあボロボロの身体になるまでムチを打てたもんだと感心するぜ」

 

 五体満足で帰って来れたのだから、まだボロボロとは言い切れないと思っちまった時点で、俺は病気なのだろう。

 と言っても文字通り生死を彷徨って来たのだし、博士たちからすれば同じことなのだろうな。

 ああ…………声が出せるようになったら経緯を説明しないといけないのか。どうも目が点になるところしか想像出来ない。

 まず破れた世界に行ってましたとか、誰が信じると思うよ。ギラティナさん、強かったッスと言っても溜息を吐かれそうだ。

 

「よし、オレもハラさんに報告して来ないといけないからな。また明日来るぜ」

「ビッケ、彼を頼む」

「はい、グラジオぼっちゃま。それではハチマン様。ワタシは隣室で経過を観察してますので、何かあれば首を横に出来るだけ大きく振るなりしてください。すぐに駆けつけます」

 

 どうやら今日は解散らしい。

 サーナイトは大丈夫なのだろうか。生身の身体で俺を追いかけて破れた世界に飛び込んで来たんだ。戻って来た今、その反動が大きく出ているのかもしれない。

 ウツロイドに関しては分からないとしか言えないな。体調の方は大丈夫だろうが、暴れ出さないかが心配だ。俺を死なせないようにしてくれていたし、俺の言うことも聞いてくれるくらいにはウツロイドとの距離は縮まっているのだろうから、元気になった姿を見せられれば例え何か拍子で暴れ出したとしても落ち着いてくれるはずだ。落ち着いてくれるよな………?

 とにかく今は声が出せて起き上がれるようにならないとな。血中酸素濃度とかなんとか言ってたが、要は久しぶりの現世で、しかもウツロイドから解放された直後だ。身体が現世に馴染んでいない証なのだろう。

 ということは寝て起きたら回復してましたってことになってないかな。

 いや、うん………。そんな都合のいい話はないな。

 けど、することがないのも事実。

 寝よう。

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