ポケモントレーナー ハチマン 完   作:八橋夏目

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122話

 翌朝。

 目が覚めると隣にイロハの寝顔があるという幸せ空間が俺の視界いっぱいに広がった。

 その艶やかな髪も、柔らかな唇も、閉じている瞳を縁取るまつげも全て愛おしく見えるのは、昨日の夜もたっぷりと彼女との時間を味わっていたからかもしれない。

 彼女は裸の上掛けから胸元がはだけていて、白い肌が露わになっている。

 その姿を見るとつい昨夜の情事を思い出してしまいそうになるけれど、これ以上彼女の身体に触れてしまってはさすがに起きてしまうと思い至り、なんとか自制した。

 俺はそっとベッドから抜け出し、シャワーを浴びに風呂場へ。

 シャワーを浴びながら昨日の情事を思い出す。

 彼女の柔らかい唇、細い舌先と絡み合いながら互いの唾液を交換しあう快感。

 その舌先が俺の首筋をなぞる感覚、胸や腹部をくすぐられる感覚に身震いする。

 そんなとき彼女は俺の身体を撫で回し、そして……。

 思い出しただけでまた身体が熱くなってしまうが、さすがに朝一で彼女に襲いかかるわけにはいかないと思いなおし、シャワーを止める。

 脱衣所で身体を拭き部屋に戻ると、ベッドの上にはまだイロハが眠っているのが見えたので、なるべく音を立てないように静かに服を着る。

 別に初めてというわけではなかったのだが、それでも昨夜はお互いに貪り合うようにして求め合っていたこともあり、部屋の中はまだ片付けられてはいなかった。

 シーツは乱れ、床には脱ぎ捨てられた衣服が散らばり、ベッドの足元には破けたタイツが転がっている。

 昨晩は特に激しかったな。

 何度目になるか分からないが、そんなことを考えながら、俺は散らかった部屋を片付けることにした。

 といってもイロハの服を掻き集めて綺麗に畳んでいくだけなのだが。

 だってもう俺着替えたし。

 そうして一通り片付け終わった頃にようやくイロハが身動ぎをし始めてきたので、俺はインスタントコーヒーを淹れることにした。

 コーヒーのいい香りが部屋の中いっぱいに広がっていく。

 しばらくしてイロハが目を覚ましたらしく、ベッドの上から声が掛かった。

 

「あ……おはようごさいます、先輩………」

「ああ、おはよ」

 

 彼女は恥ずかしさからか視線を彷徨わせていたが、俺の顔を見てほっと安堵したように表情を緩めた。

 昨日のことが夢じゃなかったと思えたのだろう。それは俺も同じだ。イロハからすれば昨日の朝に暗殺、夕方近くに再会って流れだが、俺からすれば三年近くも期間が空いたのだ。長かったとしか言いようがない。

 ただ、今の俺はこの時間軸の者ではない。いずれ元の時間軸に戻るためにお迎えが来るはずだし、そうなると今度はイロハたちが我慢を強いられることになるだろう。

 っべー………そうなるとカロスに帰ったらユキノたちにもマーキングしておかないと。

 などと考えているとイロハがシャワーを浴びに風呂場へ向かっていったのだが、その背中はどこかやつれている。

 やっぱりやり過ぎたかな………。

 俺は昨晩の情事について反省しつつ、インスタントコーヒーを入れていく。

 注ぎ終わるとコーヒーをお供に昨日回収した資料を確認することにした。取り分け、今日必要になってくるのはシャドウ化したポケモンを元に戻す方法。

 リトレーンについて念入りに目を通しておく。

 

「先輩………」

 

 しばらくしてイロハが戻ってくるなり俺の元へと駆け寄ってきたので、俺はその小さな身体を抱きしめてやることにした。

 まだ湿り気の残っている髪から石鹸の良い香りが漂ってきて心地いい。

 しかし、彼女の表情はどうしても元気がないように見えるのは気のせいか?

 

「どうした? 体調悪いのか?」

「いえ………」

 

 イロハは首を横に振りながら俺の胸に頭を押し付けてくるが、その仕草に俺は昨夜のことを思い起こす。

 やはりやり過ぎただろうか。

 すると、イロハは顔を上げて俺の顔をじっと見つめてきたかと思うと、突然唇を重ねてきた。

 突然のことに驚いたものの、イロハの唇の柔らかさや体温に俺の心拍数は否応なく上昇していく。

 俺はイロハの腰に腕を回し、身体を密着させながらイロハの舌を絡め取った。

 イロハが小さく身じろぎするが、それを無視するかのように俺はイロハの口内に舌を入れると、舌先にイロハの唾液が触れたのを感じた。

 俺はそれを舐め取りながら、舌同士を絡ませ合う。

 甘い蜜のような味と匂いが俺の鼻腔をくすぐり、その甘美な感覚に身を任せたくなるのを抑えつつ、俺は少しずつ唇を離していった。

 しかし、俺と離れる間際、イロハの唇が吸い付いて離れなかったのはご愛敬だろう。

 やがて俺たちの唇が完全に離れたころには、俺たちはどちらからともなく熱い吐息を漏らしていた。

 少しの間俺たちは無言で見つめ合っていたが、やがて俺はイロハに尋ねた。

 

「どうした? 昨日はあんなに求めておいて」

 

 彼女は頬を赤く染めながら目を逸らすも、すぐに俺の胸に頭を押しつけてくる。

 彼女の耳は真っ赤に染まっているから、きっと今の言葉は恥ずかしいのだろう。

 俺はそんなイロハの髪を撫でながら、彼女が何を言い出すのかと待つことにした。

 

「朝なら勝てると思ったのに………ずるい……」

 

 彼女の声には悔しさと嬉しさが入り交じっているように思えたのは気のせいだろうか?

 

「ん?」

「何でもないですー」

 

 そう言うと、彼女は俺の胸に埋めたままの顔を左右に振ってみせるが、その仕草も可愛らしく思えた。

 まあ、そういうプレイだったら喜んで付き合うんだけどもね?

 しばらくそうやってイチャイチャした後、俺たちは朝食を取りに向かったのだった。

 ホテル内の食堂でサンドイッチを頬張る俺たちは、他愛もない会話を楽しんでいた。

 イロハの食べっぷりが実に可愛らしいのだが、やはり昨日の疲れが出ているのだろう。

 逆に俺は気分もいいし、身体の調子もいい。

 昨日あれだけやったというのに。

 

「さて、病院へ向かうとしますかね」

 

 

 

   *   *   *

 

 

 

 朝食を終えた後は予定通り、病院へと向かった。

 病院までは近いためすぐに到着し、受付で名前を名乗ると、すぐに案内された。

 うん、ナチュラルに手を繋いでいますとも。

 まあ……ちょっと恥ずかしいですけどね!

 病院内を歩く最中もすれ違う人たちにジロジロと見られたりするのが気恥ずかしいが、まあいいでしょう。

 そしてトツカの病室の前に到着する。

 既に中からは話声が聞こえており、集まり始めているようだ。

 

「いますね」

「いるな」

 

 扉を開けて中に入ると既に全員揃っていた。サカキたちまでもちゃんといる。

 あれ………? これってもしかするともしかしなくても俺たちが最後なパターン?

 近寄ってきたコマチにイロハが回収されて何やらヒソヒソ話をしているが、あまりそこには触れないでおこう。

 

「昨晩はお楽しみだったようだな」

 

 一人になった俺にサカキが口角を上げて絡んできた。

 うっわ、朝からこいつの相手とか嫌だわー。

 つか、カブさんもピオニーのおっさんも「それ聞いちゃう?!」みたいな反応してないで止めてくれよ。

 

「ばっかばか、あんな可愛い生き物、手を出さずにいられるかよ」

「ふっ、理性の化け物もただの獣に成り下がったか」

「俺の理性を破壊してくるのはあいつらだけだ」

 

 俺の言葉にサカキは肩を竦めるが、俺はあえて無視しておくことにした。

 そしてコマチにマウントを取れて満足しているイロハのところへシャクヤが口を挟んだ。

 

「二人とも仲良いよね」

「「よ、良くないから!」」

 

 いや、仲良いと思うんだ、君たち。

 反応が丸っ切り一緒ってなかなかだぞ?

 

「さて。皆集まったことだし、シャドウ化したポケモンを元に戻す方法を伝えておくぞ」

 

 俺が場を仕切り直すと全員がこちらに顔を向けてきた。

 こうして見られると恥ずかしいから苦手だわ。

 それでも伝えておかないといけないことなので、こればっかりは文句も言っていられない。

 …………やっぱりオリモトだけは違和感あるな。サカキよりも違和感を感じてしまうんだから相当だろう。それだけ俺が予想していた展開から一番かけ離れていた存在でもあるというわけだ。

 サカキなら何かしら絡んでいるかもしれない、という胡散臭さがあるのが故に違和感を覚えないというのも問題ではあるが。

 

「まずダークポケモンの時は一緒に生活して、真面に呼び掛けを行って徐々に自我を取り戻させた上で、最後にセレビィによる浄化ーーリライブをしてもらうことでダークオーラを取り除くことが出来た。だが、今回のダークポケモンの昇華版であるシャドウポケモンは、そのリライブではどうにもならなかった、というデータがあるみたいでな。リライブに関する情報はあまり役に立たないと見ていい」

「そ、それって………」

 

 最初の前提として説明したのだが、今の説明だけではコマチの不安を煽る形になってしまったようだ。

 それは申し訳ない。

 

「いや、悲観するにはまだ早い。奴らも暴走させると自分たちにも被害が出てしまうためか、別の方法でシャドウオーラを取り除くことに成功しているみたいだ」

 

 流石の俺でも除去する方法がなかったら、今頃血眼になって探してるだろう。

 というか除去する方法があったからこそ、アジトを壊しながら出てきたくらいだし。なかったら現状維持で残しておかないと、手掛かり自体がなくなってしまうからな。

 

「まずその方法を奴らはリトレーンと称していたようだ。リライブは浄化だったが、リトレーンは解毒と言った方がいいだろうな。つまりはシャドウポケモンに薬を飲ませることになる」

 

 資料に目を通していて最初に思ったのが、この違いである。

 リライブはセレビィの力でダークオーラを綺麗に取り除くことから、浄化っぽいイメージなのだが、リトレーンはポケモンのアメとほしのすなを飲ませるだけでいいみたいで、ぶっちゃけアメは錠剤で、ほしのすなが粉薬じゃねぇかって思った。

 

「でもその薬って特殊なんじゃないの?」

「確かに特殊だな。一つはポケモンのアメと呼ばれる種族ごとに練り上げた特殊なアメ玉を作る必要がある。まあ、錠剤と思えばいいだろうな」

 

 コマチにもイメージしやすいように俺が思ったことも伝えておく。

 

「………一つということは他にも必要なものがあるのかい?」

 

 すると俺の言葉が引っかかったのか、カブさんが確認してきた。

 流石鋭いな。

 

「鋭いっすね。もう一つはほしのすなが必要らしい」

「ほしのすな? あの赤くて綺麗なやつ?」

 

 そう、それである。

 ほしのすなってただただ赤っぽい綺麗な砂でマニアックな人たちが集めているくらいのものでしかなかったのだが、ここにきてまさかの効能がハッキリしたというね。

 一体全体、研究段階で何をどうしたら、ほしのすなを使ってみようってことになったんだろうな。

 しかも活用方法を見出したのが、裏社会の連中というのが、なんと皮肉な話だろうか。

 

「ああ、資料を読む限り、それで間違いないと思う。ただ、ポケモンごとに総摂取量が違うみたいでな。最低でも千グラムは必要なんだが、多いと五千グラムとか、イロハがパクってったヒードランなんかは二万グラムを要するらしい。しかもそれに比例するようにアメ玉の方も与える数が増えて、ヒードランは二十個必要なんだとさ」

「うっわ、マジか………」

 

 これ、一律じゃないんだよなー。

 どうやらポケモンの種族によって必要になるアメの個数とほしのすなのグラム数が変わってくるらしい。

 カメックスをリトレーンしようとするとアメ三個にほしのすな三千グラムが必要なのに対し、カビゴンだとアメ五個にほしのすな五千グラムが必要になってくる。一応、法則として一対千の割合で必要になってくるようで、数字の覚え方としては楽である。ただ、実際にその数を揃えようとすると大変なのは確実だが。

 そして一番厄介なのはヒードランであろう。何せアメが二十個、ほしのすなが二万グラム必要になってくるのだからな。

 それをちゃっと分かってるのかね、いろはすは………。

 

「でも、やるんだろ?」

 

 今はイロハのことは置いとくとして。

 コマチに確認だけはしておかないと。

 

「うん、やるよ。カメくんたちはコマチを助けてくれたんだもん。今度はコマチが助けないと」

 

 無理難題であるのは確かだ。

 奪ってきたデータを基にアメを作り上げられるのかも定かではないし、ましてやそういう系が苦手なウチの家系には厳しいのではないだろうか。

 

 そうなると嫌でも時間がかかるため、当然金もかかってくることになる。

 何なら材料費だけでもバカにならん。

 コマチの小遣いではまず無理だ。

 

「だと思ったから、コマチの口座に国際警察の給料を丸々ぶっ込んどいたわ」

「はっ?」

 

 だから俺は予めコマチの口座に国際警察として稼いだ給料をぶっこんどいた。

 基本的に経費で何とかなっていたし、給料から出すことは殆どなくて手付かず状態だったから、このままコマチたちのシャドウ化したポケモンたちのリトレーン費用にしても問題ない。

 

「あ、てか、コマチのスマホ!? 落としたままだ!」

 

 俺の言葉を理解し始めたコマチは慌て出し、身体のあちこちを触ってスマホがないことに気が付いた。

 今の今まで落としたことすら忘れてたのか。

 拾っといてよかったわ。ってか、よくピンポイントで見つけられたなと思うレベルである。

 

「ほれ」

 

 スッとコマチの目の前にスマホを出すと慌てていたコマチの動きが止まった。

 

「何で持ってるのさ」

「拾ったからだが?」

「ワイルドエリア、でだよね………?」

「そうだな」

「よく見つけられたね」

「コマチへの愛と執念の結晶だな」

「うっわ、気持ち悪っ………」

 

 えぇー、酷くない?

 コマチの危機を察して駆けつけてようやく見つけたってのに。

 愛があってこそだと思うんだけどなー………。

 

「えぇ………酷くない? お兄ちゃん、泣いちゃう」

「………まさかスマホの中見たの?」

 

 …………………見てはないが。

 見られて困るようなものでもあるのだろうか。

 いや、普通はあるか。

 俺も国際警察になってからはデータをスマホに入れて閲覧してるから、以前のように勝手に見られると困る状態だし。

 

「見られて困るようなもんでもあるのか?」

「サイカくんの寝顔」

 

 なんて素晴らしいものを持ってるんだ!

 俺も欲しい!

 

「それは是非とも俺にも送ってくれ」

「やだ」

 

 すげなく断られてしまった。

 くそぅ、トツカの寝顔なんてなかなか見られないというのに。

 というか直接見てはいけない気がして、目を逸らしていたというのに。

 う、羨ましすぎるぞ。

 

「はいはーい。兄妹でイチャイチャしてないで話進めてくださーい」

「ばっかばか、やっと一つ終わったんだぞ。少しくらいコマチを堪能させろよ」

 

 イロハが遮ってきたことでコマチとのやり取りは中断。

 昨日はイロハを堪能したんだし、今日はコマチを堪能させてくれよ。

 じゃないとまたお前のことをヒィヒィ言わせるぞ。

 

「シスコンはいいんで。そういうのは私たちだけに向けてください」

 

 口では雑に扱う癖に、ぴったりこーとくっついてくるのは何なの? 誘ってる?

 …………俺もどうやら焼きが回ってるな。思考回路がピンク色に染まったままだわ。

 こういうのを浮かれてるっていうんだろうな。

 

「わー、滑らかに独占欲を見せつけてくるー」

「これが将来義妹になるとかないわー」

「あ、じゃあお姉ちゃん候補は辞退ってことでいいんですねー」

「はっ?」

 

 こっわ。

 静かにドスの効いた声とか、たった一息でも背筋に電気が走る気分である。

 あの甘い声とのギャップがさらに背筋を凍り付かせてくる。

 

「ひぃ、サイカくん防御!」

「えぇ!? 僕?!」

 

 それはコマチも感じたようで、ベッドの上で上半身を起こして座っているトツカの背中に隠れるように退避した。

 ……………いつの間にか名前呼びになってね?

 

「………ねぇ、ハチ兄。昨日はあんなに抱きついてたし、さっきも二人でこそこそ話してたのに、二人って仲良いん? 悪いん?」

「それな。俺にもよく分からん」

 

 それを見ていたシャクヤが困惑した顔で交互に二人を見比べている。

 それについては俺にもよく分からんのだよなー。

 お互い嫌いって感じじゃないのに、口を開けばこんなやり取りがチラホラで…………。

 ただ、人のことを言えないのも事実なんだよな。俺も俺で傍から見れば、ユキノとはこんな風に見えていることだろうし。

 アレかな? 血は争えないってやつかな?

 

「あー………ヒキガヤの周りってあたしも含めて同学年ばっかじゃん? あとは歳上とか。で、歳下ってなるとあの二人がメインなわけで、ポジション争いというか、同族嫌悪というか………多分、そういうの」

「なーる」

 

 と思ってたら、まさかのオリモトに解説されてしまった。

 初耳である。

 そういう感じなのか、二人って。

 言われるとそうなのかもと思えてくる。確かに二人は数少ない歳下組だもんな。ここにコルニとかも加わってそうだが、二人がコルニとこんな会話をしているとは思えないので、やはり他にも何か理由はあるのだろうと思われるが。

 如何せん、女の子というのは名状し難い生き物である。男の俺はそっとしておこう。

 

「あー、それでだな。話を戻すと………何をどこまで話したっけ?」

 

 脱線に脱線をしてしまったため、話がどこまで進んだのかが思い出せない。

 

「リトレーンの方法も聞いたし、お金のことも心配するなってことは分かったけど、具体的にポケモンのアメ玉の成分とかって分かるものなの?」

 

 視線をバチバチさせているコマチたちに苦笑いを浮かべたトツカがフォローしてくれた。

 流石、気遣いのできる男………男だな。トツカの顔つきも以前より男前になったような気がする。

 見た目は可愛いままなのだが、纏う空気が変わったというか…………。

 

「一応、リストも管理されていた。だが、あくまで奴らが実験したポケモンだけだ。だからリストにない場合は、自分たちで研究していくしかない」

「それって………」

「ああ、元に戻すのに数年、下手したら数十年かかるポケモンだって出てくるかもしれない。だから、それだけは覚悟しておいて欲しい」

 

 方法はあるが、それが正しいのかも検証しないとだし、カメックスたちには悪いが最悪数年かかることになるだろう。下手したら晩年までかかるかもしれない。

 コマチも覚悟はしていたみたいだが、いざ俺の口から聞かされると顔を青ざめさせている。

 無理もない。俺はまだ一歩引いた立場で物事を言えているが、コマチにとっては自分事だからな。

 当事者とそれ以外とでは感じ方に大きな差があるものだ。

 周りもそれが分かっているのか誰もそこは指摘しない。一人を除いては。

 

「素人には無理じゃね?」

 

 皆が思っていることをシャクヤがあっけらかんと口にした。

 カブさんとピオニーのおっさんが頭を抱え始めたぞ。

 振り返ればサカキも目を見開いている。

 シャクヤもおっさんと同じで時たまスパッと切り込んでくることがあるからな。

 流石おっさんの血を引くだけのことはある。

 

「誰も自分たちだけでやれとは言わねぇよ。こういう時こそ、オーキドのじーさんとかを使い倒せばいい。プラターヌ博士は足蹴りにしてこき使っていいからな。あ、でもナナカマド博士とかオダマキ博士には頭下げろよ」

 

 だが、そこは心配しなくてもいい。

 こういう時こそ、あの博士どもを使い倒せばいいのだから。

 特に今の俺たちの拠点はカロスなんだし、変態博士を馬車馬の如く扱き使ってやればいい。

 

「…………ハチ君、そんなこと言って大丈夫なのかい? 今の名前が出てきた人たちって全員大物だよ?」

「大丈夫ですよ。俺が一筆書いておけば何かしら協力してくれると思いますよ」

 

 何の因果か、あの会議で俺のことも認識してくれただろうし、一筆書いておけば少なくとも話くらいは聞いてくれるだろう。

 

「いや、普通あり得ねぇからな! ド・ビッグ相手にぶっ殺されるぞ!」

「ははっ、それだけハチ君も大物ってことだよ、ピオニー君」

「だねー。ここには悪い方の大物もいるくらいだしねー」

 

 わーお、言っちゃった………。

 ってか、ちゃんとその認識はあったんだな、シャクヤにも。

 

「し、シャクちゃん!? それは、ダメだ! 口にしたら………!」

 

 ピオニーのおっさんが慌ててシャクヤちゃんを取り押さえて手で口を塞ぎ、サカキに弁明しようと口をもごもごさせている。

 まあ、大丈夫だろう。こんなことで命を取るようなことはしない男だ。

 それになーーー。

 

「いいか、シャクヤ。あのおじさんは実の息子が小さい時に誘拐されて、後々自分の組織を乗っ取られた挙句、そいつの手下として息子が使われていて、ようやく再会したかと思えば、敵認定された可哀想なおじさんなんだ。だから、そういうことを本人を前にして言っちゃダメだぞ」

「いや、お前が一番口にしてるからな! つか、その話マジかよ!?」

 

 せめてこれくらいは言ってやらないと。

 それでも足りないくらいだと思うぞ。

 

「フン、いずれ自分の息子がオレの元へ歯向かってくるのだ。これ以上ないくらい、面白い展開ではないか」

 

 ほら。

 怒りもしないどころか、不敵な笑みを浮かべるレベルである。

 丸くなったとか以前に、この男も結構イカれてるんだわ。

 

「うっわ、こっちもこっちだったぜ………。カブちゃん、この部屋やべぇ奴しかいねぇぞ」

「ははは、僕は何も見てないし、聞いていないよ」

「カブちゃん!?」

 

 あ、既にカブさんはピオニーのおっさんを生贄にして眼を閉じて耳を塞いでいた。

 多分この場で一番正しい感性を持ち合わせているのはカブさんなんだと思う。

 

「あ、それとだ、コマチ。ウオノラゴンはそのまま連れてけ。プテラとバチンキーだけだと俺が心配だし、ウオノラゴンはその………アホの子だからコマチにも懐くと思う。それとゲッコウガを護衛に置いていく。俺としてもまだ全容は掴めてないからな。安全のためにもゲッコウガも連れてけ」

 

 余りサカキを煽っても後が怖いので、ここら辺にしておいて、コマチにはこのままウオノラゴンを連れて行くように言っておく。

 それと護衛にゲッコウガも置いていこう。

 ロケット団みたいに残党が残っている可能性もあるし、トレーナーの感覚も持ち合わせているため、対処も一人で可能だ。それに隠密に長けた種族でもあるからな。使わない手はない。

 最初、コマチをガラルに送り出す時にも護衛にゲッコウガをと考えたこともあるくらいだしな。

 

「う、うん…………そのゲッコウガは?」

「さあ? どこかにいるだろ」

 

 ここに来てからずっと気配はあるからな。

 一晩ずっと病院のどこかで見張っていたのかもしれないな。

 昨日はもう俺もそれどころじゃなかったし、そういうことも出来るからやはりゲッコウガがの護衛はしばらく必要だろうな。

 

『呼んだか?』

「うおっ!? 何か天井から生えてきやがった?!」

 

 すると天井からぬっと逆さ吊りで上半身だけ出してきた。

 ピオニーのおっさんが驚きすぎて椅子を倒しちゃってるわ。おっさんの真上からだから、その反応も無理ないけど。

 

「………ゲッコウガだね」

 

 横でおっさんが驚きすぎているからか、逆にカブさんは冷静だった。

 お前、みず・あくタイプだよね? とかそういう疑問は浮かべるだけ無駄だぞ? なんせゲッコウガだからな。

 

「ゲッコウガ、コマチを頼む」

『…………やはりそうなるか。なら、こいつは返しておくぞ』

 

 ゲッコウガは既にコマチの護衛に就くことを予想していたらしい。

 だからガラルに残るということで、一つのモンスターボールを俺に投げつけてきた。

 

「…………やっぱりお前か、連れてきたのは」

 

 いつの間にかリザードンがいなくなってるなーとは思っていたが、やはりゲッコウガがボールごと連れてきていたようだ。

 俺のトレーナー代理も出来るって便利だなー。

 

『ヘルガーとボスゴドラは留守番だ。…………ジュカインも無事だったみたいだな』

「ああ、何とかな。サーナイトも強くなったぞ」

『見てたさ。咄嗟にサーナイトのボールも投げ込んだ甲斐があるというものだ』

「ありがとよ、おかげで俺も生きてるよ」

『お前のことは心配していない。そう簡単に死なんだろ』

「それな」

 

 そうなんだけどな。

 ちょっとくらい俺のことも心配してくれてもよくね?

 俺の扱いが最底辺過ぎない?

 

『気をつけろ。敵はあのカラマネロたちだ』

「ああ、だがあいつらも駒の一部に過ぎないという可能性もある」

『今回も難儀だな』

 

 敵の姿が見えてきてはいるが、まだまだ明確になったわけではない。

 ないんだけど…………なぁ、ゲッコウガさんや。

 そろそろ床に着地してはどうかね。

 割と大事なことを話しているはずなのに、天井から半身逆さ吊りって光景は結構シュールだよ?

 

「いやいやいや! 待て待て待て!」

 

 ここでようやく復活したピオニーのおっさんがツッコミを入れてきた。

 

「何でテレパシー使えてんだよ! こいつ伝説のポケモンとかなのか!?」

「あー………強いて言えば今から伝説になっていく感じじゃね?」

 

 伝説のポケモンになるまでの伝説、みたいなタイトルで本とか出せそうだよな。

 自力でメガシンカ擬きを確立したり、テレパシーで会話したり、終いにはトレーナーにまでなったり。

 もうそれだけでも伝説なんじゃないかなーと思うだけど…………。

 

『伝説ってのは誰かが語り継いでいかないと伝説とはならないだろ。だからオレは伝説のポケモンにはならないし、なれない』

「くぅ…………ポケモンに至極最もなことを言われちまった………」

 

 ごもっともで。

 ピオニーのおっさんがダメージを受けている。

 急所に入ったかな。

 いいぞ、もっとやれ。

 俺は退散するけど。

 

「んじゃ、そろそろ俺は行くわ」

「えっ? どこに行くのさ」

 

 部屋を出ようと立ち上がるとコマチに行き先を聞かれてしまった。

 

「カロス」

「もう?」

 

 確かにもうという気持ちではある。

 俺としてもまだコマチの側にはいたい。

 だが、そうこうしている間にも先生に危機が迫っているはずなのだ。御法度ではあるのだろうが、あの未来だけは変えたい。

 

「正直、まだお前の側に着いていたいが、そうも言ってられないんだ。一つ終わっただけで、全てが終わったわけじゃない。これから起こることを考えると早くカロスに戻っておきたいんだよ」

「な、何が起きるっていうの………」

 

 コマチにぼやかして言うと若干引き気味な顔をされてしまった。

 事実を知ったらもっと青ざめるだろうな。それに内容が内容だけにあまり口外したくない。

 

「ん? ユキノ先輩から?」

 

 どうやらイロハにユキノから着信が入ったようだ。

 

「もしもーし」

『イロハ、コマチさんは見つかったかしら?』

 

 おお、久しぶりのユキノの声。

 でもどこか切羽詰まった感じで声に余裕の無ささを感じる。

 嫌な予感する。

 

「え? あ、はい。無事に保護しました。それと」

『そう。落ち着いて聞いてね。ヒラツカ先生の行方が分からなくなったわ』

 

 俺をチラリと見て続けようとした矢先、ユキノが遮るように言葉続けた。

 

「はい?」

 

 ッ!?

 

『姉さんの推測でしかないのだけれど、先生はハチマンが襲撃されたって知って単独で捜索に向かったんだと思うわ。普段ならこういう時でも落ち着いているあの人が、それだけ取り乱していたってことでしょうね。姉さんが連絡を入れても一向に反応がないみたいなの』

「…………ヒラツカ先生が行方不明になったそうです」

「クソッ! 間に合わなかったか!」

 

 思わず壁を殴りつけてしまった。

 クソッ、クソクソクソッ!

 時間はあったっていうのに、結局はこの体たらくかよ!

 

「落ち着け。お前が今ここで取り乱しても何も変わらんぞ」

「あ、ああ。すまん………」

 

 サカキに腕を押さえつけられて宥められ、ようやく我に返った。

 一瞬、怒りやら何やらで頭が一杯になってたな。

 

『ね、ねぇ……今の声………』

「ユキノ先輩。取り敢えず私達もカロスに戻ります。お米にはこっちで信頼のおけるジムリーダーたちが付いていますので大丈夫です。では、後ほど」

 

 イロハは早口でそう言い残すとぷつりと通話を消した。

 こうなってしまってはどうしようもない。

 やはり間接的にも体験してしまった未来を変えることは難しいようだ。それなら俺も知らないもっと先の未来を変えれるようにするしかないのだろう。

 

「………先輩は何か知ってるんですか?」

「この未来だけは変えたかった。ただそれだけだ」

 

 苦虫を噛むように歯を食いしばり、握り拳を作ってしまう。

 そうは言っても悔しさを抑えるのは難しい。

 何もかもが後手に回り過ぎている。

 なのに、先手を打とうにも何も手がない。

 

「行きましょう、カロスへ」

 

 イロハも突然のことに動揺してるだろうに、俺の手を握るとしっかりとした眼で見つめてきた。

 

「まだ終わってないんでしょう?」

「………ああ、そうだな」

 

 その眼を見てようやく頭が冷やされ、深く息を吸い込んだ。

 敵わんな、イロハには。

 普段のあざとさ全開よりも、こうしたあざとさを感じさせない真剣な目をされると心にぐっとくるものがある。

 

「失礼します。………皆さんお揃いみたいですね」

 

 すると突然、病室の扉が開かれると一人の褐色肌の女の子が入ってきた。

 黒のミニスカートに白のポロシャツ。

 そして、その手にはカゴに入ったフルーツと小さい花束が。

 おおう、サイトウの私服初めてみたかも………。

 

「あれ、サイトウ? どしたん?」

「カブさんから三日前にコマチとサイカが襲われたという知らせが入り、私も翌日から捜索に出たところ、夕方にはコマチが無事保護されて残るはサイカのみということで、サイカの救出に私も参加する旨を伝えたのですが、それよりも救出後に必要になる病室の確保をお願いされまして。で、昨晩無事救出に成功したとのことでしたので、お見舞いに来ました」

 

 なんと………!?

 まさかの裏で動いてくれていたのはサイトウだったのか。

 スムーズに病院に運ばれてこんな大きな個室をよく確保出来たなーとは思ってたけど、サイトウのおかげで事前に確保出来てたんだな。

 

「………ところで、何故ハチさんが?」

「そりゃ、最愛の妹に手を出されてやり返さないお兄ちゃんはいないっしょ」

 

 ケラケラ笑うシャクヤの言葉に、俺とコマチを交互に見比べるサイトウ。

 

「……………なるほど、アホ毛は遺伝でしたか」

 

 判断材料がまさかのアホ毛。

 それで兄妹と認識するってどうなんだよ。

 もう少し何かあるだろうに。…………あるよね?

 

「裏で手伝ってくれたみたいで、ありがとな。俺はまだやることがあるからもう行くわ。コマチをよろしく頼む」

「え? あ、はい。行ってらっしゃい?」

「おう、行ってくる」

 

 今のコマチにはトツカだけじゃなくて、シャクヤもサイトウもいる。カブさんやピオニーのおっさんら大人組も目を光らせてくれるだろうから、安全は確保されたことだろう。

 となれば、やることは一つ。徹底的に相手を潰すのみ。

 どこに逃げようが地の果てまで追いかけてやる。

 

「なあ、ところでなんだけどよ」

「はい?」

 

 後ろから追いかけてきて俺の横に並んだイロハにふと思ったことを聞いてみる。

 

「さっきの反応からしてさ、ユキノたちには俺が生きてるって連絡してないのか?」

「…………さっきしようとしてただけですー」

 

 それはつまりユキノから連絡が入るまで、そのことに気がつきますしていなかったってことじゃねぇの?

 

「メールなり何なり送ればよくね?」

 

 昨日の飛空挺の中でとか、送るタイミングはあったでしょうに。

 …………………もうあの時点でイロハの頭の中は発情し切っていたとか?

 無いとは言えないな。ずっと横に張り付いて隠れて手も握ってきてたことだし。何なら指を絡ませたらしてきて、妙に艶かしさもあったしな。

 

「…………朝見た姿と変わってて何かしらありそうな先輩のことをどう説明しろと?」

「うっ………」

 

 今考えられたと思われる言い訳でも反論しづらくて言い返せない。

 

「しかもカロス地方にいたはずなのにガラル地方にいるし、どう説明しろと?」

「うくっ………」

 

 こいつ…………。

 痛いところを突いてくるじゃねぇの。

 そりゃ、端的にしか把握出来ていないだろうから説明は難しいだろうけどよ。

 

「というわけで先輩。帰ったらユキノ先輩たちへの説明よろしくでーす」

「…………本当、いい性格してるわ」

 

 これでこそイッシキイロハって感じである。

 でも、うん………。

 ようやく帰って来れたのだ。時間軸的にはまだズレが生じたままだが、孤独な戦いは終わりだ。

 カロスに戻ったら、全員でぶっ潰してやる。

 

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