酸素マスクも外れ、歩行リハビリを始めて三日目。
アローラ地方に来て一週間が経とうとしている今日この頃。
未だに俺が社会的に死亡したなんて納得出来ないでいる。
ククイ博士の話では、ミアレシティで襲撃されてから約一ヶ月後にヒキガヤハチマンの死亡が発表されたらしい。死亡の会見にはハルノとカルネさんが出席していたんだとか。その会見で、俺が消える前に腹と背中の二箇所を刺されていた事、謎の生物に取り込まれた事、そして空の裂け目に連れ去られ探しにも行けない事を踏まえて推定で死亡しているだろうという結果が出されたそうだ。
だが、こうして俺はピンピンとまではいかなくとも普通に生きている。それはあいつらも予想出来ているはずなのに、一ヶ月後には死亡発表というのは、どうにも裏があるように思えて仕方がない。
「ヒキガヤさん、ウツロイドの毒をもらいに来ましたよーって、何してるんですか?」
「見りゃ分かるだろ。歩く練習だ。こちとら半年振りの歩行に難儀してるんだよ」
VIPルームばりの広い部屋でフルフルと脚をふらつかせながら歩き回っていると、ムーンがやって来た。
そして開口一番がこれ。
ルミルミと同年代の女の子からのこの雑な扱いよ。
最早俺終わってないか?
一応病人って扱いなんじゃねぇのかよ。
「ふぅ………んで? ウツロイドの毒だったか?」
「はい」
ベットまで戻り腰掛けると、ムーンに用件を確認する。
三日前に決めた方針を早速行動に移しているムーンは流石だと思う。研究者としての知的探究心もあるのだろうが、あの日集まった者の中で最年少のムーンが一番働いているって不思議な話だよな。
「出てこい、ウツロイド」
「しゅるるるー」
ククイ博士から返されたボールの一つからウツロイドを呼び出した。毒の提供に関しては特に抵抗する素振りも見せず、あっさりと用意してくれたため、ムーンの方も毒の分析が捗っているようだ。
「つか、もう無くなったのか?」
「ええ、まあ。分析にというよりは抜き取るための薬を作るのに必要なんです」
「まあ、毒に効果のない薬を作っても意味ないからな」
三日で分析が終わったのかね。
伊達にミス・ポイズンなんて呼ばれてないってわけか。その内新発見とかいって論文を出したらポケモン博士とかになってそうな勢いだわ。
「………やっぱりわたしの知るウツロイドとは違いますよね」
ボールから出てきて俺の後ろから抱きついているウツロイドを見て、ムーンが遠い目をしている。
一体ウツロイドと何があったんだよ。ルザミーネさんを思い出したとかか?
「参考にどんな感じのだったんだ?」
「わたしも半年くらいウルトラホールの先の世界で足止めを食らいまして………。その時に現れたウツロイドたちは攻撃こそして来ないんですが、何故かベタベタと引っ付いて来ては服を溶かされたんです」
「………服を溶かされたことはないな。というか危害は特にない。むしろ救われたまである」
「それに、そんな女の子のような仕草を見せることなんて全くありませんでした」
すりすりと身体を擦り付けてくるウツロイドは、確かに珍しいだろうな。そもそもウルトラビーストが人に懐くというのが珍しい光景らしい。ルザミーネさんは対ウルトラビースト用のボールを作って、そのボールで捕獲することで言うことを聞かせることに成功してたみたいだが………うちのはハイパーボールなんだよなぁ。しかも自分から入るという謎行為付きの。
「慣れると可愛いもんだぞ。結局のところウルトラビーストは知らない土地に急に飛ばされて、それに驚いて暴れ回るって話なんだから、そこさえなければ共存することも可能なんじゃねぇの。知らんけど」
この懐き方は異常だけども。
最早サーナイト並み。
「サナ!」
そんなことを思っていたら、モンスターボールからサーナイトが勝手に出てきた。
一応回復はしたものの、俺が退院するまではバトル禁止とされている。
「どしたよ、サーナイト」
「サナサナ!」
「はいはい」
どうやら俺に擦り付いているウツロイドに嫉妬したみたいだ。自分も撫でろと。甘え上手だこと。
「サナ〜」
「しゅるる〜」
いや君ら引っ付きすぎでしょ。サンドイッチ状態になってるから………。
「この懐き方は異常だと思う」
「それには同感だ」
「ポッチャ、ポッチャ………ポッチャマ!」
「ぐぇ?! ちょ、おま、いきなりは反則だろ!」
俺が動けないのをいいことにムーンのポッチャマが俺の頭に飛び乗って来た。
首折れるかと思った。
どうしてみずタイプのポケモンは俺の頭に乗りたがるんだよ。首が折れるからマジ勘弁してほしい。
「あらあら、ポッチャマもすっかり懐いたみたいですね」
これは懐いたというより、いい奴隷を手に入れたという感じだろう。出会った当初のゲッコウガもケロマツの姿ではこんな感じだったし。
「しゅるるる」
「サナ」
フンスと俺の頭の上を陣取ったポッチャマをサーナイトとウツロイドが手際良く退出させていく。
いつの間にこんな息のあったコンビネーションが取れるようになったのだろうか。
「ポチャ?!」
突然浮いた身体に驚いたポッチャマがその場で手足をじたばたと動かしているが、空を切ることしかない。
そこへムーンの手が伸びポッチャマは回収されていった。
「どうやら今はサーナイトたちの時間だから無理そうよ、ポッチャマ」
「ポチャ………」
そこまで落ち込むことなのか………?
そんなに熱を入れられたんじゃ、逆に居た堪れなくなるだろうが。
俺の頭ってそんなに居心地いいのかよ。
「おい、待てって!」
「ああっ?! うっせぇな! 確かめるだけだろうがっ!」
何やら外が騒がしくなってきた。来客だろうか。
ムーンの方を見ると彼女も心当たりがないらしく、首を傾げている。
「邪魔するぜぇ!」
「邪魔するなら帰れ」
「アアッ!!」
ふぇぇ、なんか見るからにチンピラな奴が入って来たんだけど………。
誰よ、こいつ。この前集まった中にいなかったじゃねぇか。秘匿案件じゃなかったのかよ!
「テメェがクソ島キングやククイから分厚い待遇受けてる奴だなァ?」
白髪………銀髪じゃないよな…………え、リアル第一位さん?
それにしては体躯がいいぞ………?
「グズマ………あなた何しに来たのよ」
「あん? テメェには関係ねぇだろうが」
「おい、グズマ。せめて声のトーンを下げろ」
「グラジオ、どういうことか説明して」
「あ、ああ。と言っても………オレもグズマが急にエーテルパラダイスに乗り込んで来たから何が何やらって状況でな」
えー………。
結局、コイツなんなの?
チンピラがここまでたどり着けちゃうって警備甘々過ぎない?
「………またハラさんとケンカでもしたんでしょ」
「ハッ、あのクソ島キングがぐたぐた硬っ苦しいことばかり言いやがるのが悪ィんだよ」
ハラさん………はあの膨よかな島キングか。
あの人の関係者ってことか?
いやでもそれはそれでハラさんに情報の大切さを注意しなくてはいけなくなるのでは?
「それで? なんて言われたの?」
「………オレ様を楽しませてくれる外の世界を知る男がいるから会ってこい、だとよ」
「「なるほど」」
え、なんで二人ともそれで納得しちゃうわけ?
マジでどゆこと?
というかコイツ何者?
「それがこんなひょろっとした男だとはな。がっかりだぜ」
えぇ………、なんか突然来たかと思ったらがっかりされてるんですけど。俺はどうしたらいいんですかね。
寝る? 寝るか。
「よし、おやすみ」
三人で会話が成り立っているようなので、いそいそとベットに潜り込み布団を被った。
「………そこで寝るという選択肢を選べるあなたの肝の座り方に驚きよ」
「や、だって俺関係なさそうだし」
「グズマはあなたに用があって来たのよ」
「ポチャー」
「えぇ………」
やだよ、こんなチンピラ。
どう転んだって面倒なことになるだけじゃん。それなら最初から関わらない方が全てを無しに出来て万々歳じゃないか。
それとポッチャマ。お前に文句を言われる筋合いはないぞ。
「つか、何故ウツロイドがここにいやがる………!」
「彼のポケモンだからよ」
「ハァ? 冗談もそこそこにしとけよ」
「嘘じゃないわ。ほら」
チンピラさんが来てからサーナイトと一緒に俺の後ろに下がったウツロイドを見て、チンピラさんが指摘してきた。
それに呼応するようにウツロイドは、布団から上半身だけ出して起き上がった俺に抱きついて……というか巻きついてきている。
「な、ん、だ、と…………っ!?」
それには流石のチンピラさんも言葉を失っている。
まあ、そうだよな。ウツロイドを見て逃げないだけ凄いと思うわ。もしかするとウツロイドないしはウルトラビーストに会ったことがあるのかもしれない。それならばムーンたちと同反応であっても何らおかしなことでもあるまい。
「テメェ、オレ様と今すぐバトルしやがれ!」
「断る。俺病人」
いきなり来てバトルをしろとか。
一応ドクターストップかかってるんですけどねー。そこんとこどうするんだろうか。
「そうよ、グズマ。彼はまだ回復してないのだから、バトルなんて無理よ」
「ハッ、外の世界ってのはそんな生温いところなのかよ。アローラよりもひ弱過ぎるじゃねぇか。あのクソ島キング。何がオレ様を楽しませてくれるだ。一発ぶん殴ってやる」
何ともまあ好戦的だこと。
そんなに強い奴とバトルしないならハラさんとかに頼めばいいのに。
「アローラにも強い奴はいるんじゃないのか?」
「ハァ? ンなわけねぇだろうが。それならオレ様のことを既に楽しませてくれてる」
「………グラジオとかじゃダメなのか?」
「オレ様はガキには興味ねぇんだよ!」
何とも面倒な男だな。
さっさと帰ってくれないかなー。
「俺もお前に興味ないんだけど」
「………ハッ、腰抜けか。がっかりだぜ」
「何とでも言えばいいさ。俺はドクターストップをかけられている身だ。それを無理強いさせて症状を悪化させた場合、お前は責任取れるのか?」
「………だったら、退院日を教えろ。退院早々ハッ倒してやる!」
「グラジオ、そこは任せた」
「あ、ああ………」
俺から丸投げされたグラジオは未だに様子を伺っているようだ。そんなに予測不能な男なのか、このカスマってのは。
「まさかあのグズマを引かせるとは………。あなた実はもの凄い人なのでは?」
「いや、逆にそんなに警戒心強く持たれてるクズマの方がヤベェ奴だろ」
「そうだったわ。ヒキガヤさんはグズマのことを知らないのよね。彼がどういう男か」
「ハッ、オレ様は帰るぜ。次顔を見せる時はテメェを倒す時だ!」
ムーンが男の過去を語ろうとすると、捨て台詞を吐いてさっさと出て行ってしまった。
え、なに?
そんなに都合の悪いことがあったのん?
「うおっ?! グ、グズマ!? お前、何でこんなところに!」
部屋の外から何やら聞き覚えのある声がグズマと鉢合わせたようだ。ほんと、あいつ何やらかしたんだよ。
「………ククイ博士ですね」
「みたいだな」
しばらく扉の方を見ていると話し声が収まり扉が開かれた。
「ったく、ハラさんもグズマを寄越してくるとは………。すまんな、ハチマン。変なのが現れて」
いや、うん、不審者ではあったけどさ………一応知ってる仲なんだろ? ボロカスに言われすぎじゃね?
「それはまあ別に………。それよりあいつ、何やらかしたんすか」
「あいつは、グズマは元々ハラさんのところで修行してた身なんだ。ただ、古い風習やしきたりをとにかく嫌がり、島巡りも半端に終わっちまってな。そうなるとこの群島地方ではポケモントレーナーになっても島巡りを投げ出した半端者という目で見られる節があって、まあ一言で言ってグレたんだ」
群島地方、というか外部との接点が乏しい地域における問題だな。昔からの風習に沿わない者は弾かれる。皆がやるのだからそうするべきだ精神が根強く、異議を唱えるための外部の情報も入ってこないとなると、嫌になるのも分かる。特にスクールの頃から割と好き勝手にやってきている俺にとっては締め付けがキツ過ぎる。そんなもんに従うくらいなら出ていってやる、とか言い出しそう。
グズマもそのルートに立っていたってわけだ。
「そんな奴はグズマ以外にもそれなりにいてな。特に今の若者にとっては沿わないみたいだ。グズマはそういう奴らを仲間にしてスカル団っていうあぶれ者組織を作ったんだよ」
ああ、そういう感じね。
グズマは外に出るのではなく、自分と同じような奴の拠り所になったってのか。俺にはない発想だな。
「やってることはいちゃもんつけたり、嫌がらせしたりというチンピラ集団だったらしいですけどね」
「だったってことは今は?」
「解散しました。ルザミーネさんの件の後に」
「ルザミーネさんの件というと、ウルトラ楽園の件か?」
「お前、そういう覚え方してたのか………」
「くくっ、ウルトラ楽園………」
「ポチャ?」
博士は呆れたように、ムーンはなんかツボったのか笑いを堪えている。
未だにこの少女のことは理解出来ん。博識かと思えば毒女で、子供かと思えば大人より冷静で、妙なところでツボに入る変わった子である。
「グズマはあぶれ者にとっては唯一島キングに刃向かった存在で、輝いて見えたんだろうな。島巡りを投げ出したとは言えトレーナーとしての実力は高い。カリスマ性が充分にあったんだ」
「それでスカル団を率いるまでに至ったと」
「ああ」
それが何で俺のところに来るんだ?
さっぱり分からん。
「だが、ウルトラビーストに魅了されたルザミーネさんにたぶらかされてな。オレたちの敵側になっちまって、まあグズマにも色々あって事件終息後にスカル団を解散したってわけだ」
「ハラさんたちも流石に責任を感じたみたいでね。グズマとはもう一度話し合うようにはなったんだけど………」
「今度はあの二人の喧嘩が度々あってな。ハラさんの孫のハウには気に入られているってところがまた面白いと思わないか?」
尚更分からん。
態々エーテルパラダイスまでバトルしに来るとか、しかもハラさんに言われたから来たってことだろ?
実は仲良いんじゃねぇの……?
「うん、取り敢えずどっちもどっちな阿呆というのは分かったわ。喧嘩で言われたことを実行するとか、実は仲良いだろ」
「ハッハッハッ! それはオレも見てて思ったさ。ハラさんは何かとグズマのことを気にかけているし、グズマはグズマで対ハラさんって感情が強い。反発し合っているが、あの二人にはそれが上手い付き合い方なのかもしれないぞ」
「うわ、超どうでもいい。んなもんに俺を巻き込むなよ」
喧嘩するほどなんたらとか夫婦喧嘩はなんたらとか、そんな言葉がお似合いな二人の話に、俺を巻き込むのはどうかと思うぞ。せめてこの地方の人間にしといてくれよ。巻き込まれた方は堪ったもんじゃない。
「あ、で、ムーン。ウツロイドの毒いるんだろ?」
「え? あ、はい、いただきます」
「ウツロイド」
「しゅるるー」
話を変えるためにもムーンの当初の目的を遂行することにする。
今の今まで俺の背中に張り付いていたウツロイドに頼むと、ムーンが持ってきていた大量の試験管に紫色の液体を注いでいく。
「それで、ククイ博士は何用で?」
「ん? ああ、毎日恒例の見舞いだ」
「クソ暇なんすね」
ほんと飽きもせず毎日来てるよね。
ここって四大島から離れている人工島だよな?
そんなところに毎日毎日通うって、暇人でなければ何だと言うのだろうか。
「そういうわけでもないが、ハチマンだからな。社会的死人を匿ってるなんてことが知れ渡ったら、オレもお前も面倒なことになりかねん。だからこうして毎日エーテルパラダイスに通ってるってわけだ」
「そりゃまたご迷惑をかけますね」
「いいさ、乗りかかった船だからな」
その割に毎日毎日嫁の話をしていくよな。
ただの嫁自慢話だぞ。
聞いたところでっていうね。
「………ムーンは図鑑所有者なんだよな?」
「ああ」
「俺の知る中で、ムーンは歴代の図鑑所有者の中でも貴重な逸材だと思う」
「そうなのか?」
「ああ。バトルのセンスは見てないから何とも言えないが、この歳で偏ってはいるものの知識は豊富で、並のトレーナーが出来ないような経験をしている。これは他の図鑑所有者にも言えることではあるが、それを抜きにしても頭の回転の速さはトップレベルだと思う」
ガラル地方に旅立ったコマチよりも歳下だとは思えない言動。
今取り組んでいる解毒薬の開発なんて、俺でも無理だ。頭脳面は天才と言っても過言ではないだろう。
「………あの、本人がいる目の前でそういう話するの、やめてください。恥ずかしい………」
すると、頬を赤く染めたムーン目線を合わせず抗議してきた。
ミス・ポイズンと言えど、褒められるのは慣れてないのかね。
「すまんすまん。ただ、ムーンの価値をちゃんと理解しておいてほしいと思っただけなんだ」
「………それは、その………ありがとうございます…………。でもやっぱり恥ずかしいのでやめてください………」
「おう。この話はもうしないようにする」
背中を刺されたり腹を刺されたりして、ギラティナとバトルしたりして流れ着いた偶然の出会いではあるものの。
この類稀な才能を持つ少女に出会えたことは感謝してもいい。奴らを許す気は毛頭ないが、それくらい貴重な発見だったと思う。
「ここまでハチマンがムーンを評価するとはな」
「人を見る目は確かだ、なんてことは言う気はないが、なんか楽しみなんだ。ムーンの将来が」
別にポケモン博士になれとは言わないし、決めつける気もない。ムーンの人生はムーンのものだ。俺がとやかく言えることではない。ただ、将来的にポケモン博士並みの知識量や功績をあげていたら面白いと思っただけである。
「ありがとう、ウツロイド。それじゃわたしは実験の方に戻ります」
「おう、無理はするなよ」
「しゅるるー」
ウツロイドから毒をもらい終わったのか、キュッキュッと試験管を封し、部屋からそそくさと出て行った。
「そういえば歳下キラーだったな」
「お兄ちゃんスキルがオートで発動してるだけじゃねぇの。俺にそういう趣味はない」
断じてない。………ないよな?