ポケモントレーナー ハチマン 完   作:八橋夏目

146 / 155
132話

 その後、ユキノたちと合流し、ギラティナにより犯人集団はあっちの世界へと連れて行かれたことを伝えると何故か呆れられてしまった。

 何故に?

 それよりもシズカさんが車椅子から降りて、普通に歩いていることの方が何倍も驚きだったようで、話題はそっちで持ちきりだった。

 可哀想に。

 あいつら、誰の記憶にも留められてなさそうだぞ。まあ、覚えておく価値もねぇけどな。

 俺もさっさと忘れたい。

 で、軽く話し合った結果、以前のように復興していくまでね、という結論に至った。

 あーだこーだ言ったところで人々の生活は続くんだ。責任問題やら何やら言ったところで、まず必要なのは復興しないことにはどうしようもない。

 で、その作業は主にユキノが指揮を取るらしい。可能であれば、ハルノも手伝うつもりなようだが、まだそこまで気持ちが向くかどうかと言ったところである。

 そして、その夜。

 未だにセレビィが現れないため寝ればいいんだろうということで、自分の部屋に来たわけだが、何故が既に人がいるというね。

 しかもハルノとシズカさんという、これまた年上お姉様ズが。

 イロハ、ユキノとユイってきて、今度はこの二人という流れなのだろうか。

 二人のネグリジェ姿は官能的で、透け感が余計に俺の性欲を駆り立ててくる。

 

「ハチマン、しよ……」

「ヒキガヤ、私はもうお前のものなのだろう?」

 

 片や甘えるように、片や以前の俺がぶつけた独占欲を持ち出して煽ってくる。

 だが、その瞳は揺らいでいて、本音の裏に隠されたもう一つの本音もあるように思えた。

 イロハ、ユキノとユイの時とは違い、どこか空気に重さがあるのだ。

 まあ、シズカさんの方は分からなくもない。傷物にされた上書きを求めているのと同時に、その時の光景がフラッシュバックして、相反する感情が入り混じっているのだろう。

 ただ、ハルノは何に怯えているのだろうか。

 ベッドの方へと向かい、ハルノとシズカさんをそっと抱き寄せる。

 

「あは……手、震えてるよ」

 

 そう言いながらも、ハルノは離れなかった。

 指先は俺の服を掴んだまま、力の入れ方だけが定まらない。

 

「声が震えてる人に言われたくないな」

「ハルノ……」

 

 呼ばれただけで、ハルノは一瞬びくりと肩を跳ねさせた。

 それから、逃げるみたいに胸に顔を埋めてくる。

 

「……ねえ」

 

 布越しに、くぐもった声。

 

「今日、いなくならないよね」

「は?」

 

 思わず間の抜けた声が出た。

 そんな前提で聞くなよ、と思ったのに――否定がすぐに出てこない。

 

「……何だよ、それ」

 

 強く言えない。

 強く言ったら、嘘になる気がした。

 

「いるだろ。少なくとも、今は」

 

 自分で言っておいて、逃げた言い方だなと思う。

 でもハルノは、それで十分だったみたいで。

 

「……今でいい」

 

 小さくそう言って、指に力が戻る。

 確認が取れたみたいに。

 その横で、シズカさんは黙っていた。

 視線は俺に向いているのに、どこか焦点が合っていない。

 

「……ヒキガヤ」

 

 低い声。

 名前を呼んだだけなのに、空気が一段重くなる。

 

「私はな」

 

 一度、言葉を切る。

 続けるかどうか迷っている間が、やけに長い。

 

「……忘れたいわけじゃない」

 

 意外な言葉だった。

 

「忘れたら、あいつらに顔向けできん」

「…………」

 

 消したい気持ちはあるのだろう。というか傷物にされた時の記憶なんて消したいに決まってる。それでも同時にサワムラーとハリテヤマを失った記憶でもあるため、忘れずに背負い続けるらしい。

 全く以って律儀な人だ。

 

「だから――」

 

 そこで息を吐く。

 

「上から、塗り潰せ」

 

 乱暴な言い方。

 でも、震えていないふりをしているだけだと分かる。

 それでもこのままだと背負うつもりでも背負い切れなくなる。

 だからせめて自分の身体が穢されてもなお、誰かのものへとなれるのなら、という事実が欲しいのだろう。

 俺がシズカさんと口約束したのも、俺の大事な人が傷物にされたことへの怒りと俺のものだという独占欲と、何より穢されても俺はアンタを抱けるという証明をしたかったのだ。

 

「一応、先に言っておくと俺は独占欲が強いぞ?」

「知ってる」

「その独占欲のおかげで車椅子生活ともおさらば出来たからな」

 

 えっ? そうなの?

 まさか俺のあの口約束がきっかけだったん?

 マジかよ………。

 

「既に三人抱いてる男だぞ?」

「今更じゃん」

「君を繋ぎ止めるための楔は多いに越したことはないだろう?」

 

 うぐっ………。

 まさか楔と言い切られてしまうとは。

 強ち間違ってないんだよな、その解釈。

 俺自身、戻ってくるつもりだし戻りたいとも思っているが、それだけでなく戻らないといけない理由まで用意されてしまい、戻らないという選択肢は潰されているのだ。

 多分、あの三人はそこまで意識的にやってないとは思うが、無意識下ではそういうのもあったのだろうと思っている。

 

「愛は重たいくらいが丁度いいって感覚の男だぞ?」

「今は私もそれくらいじゃないと怖いから同類だよ………」

「私もその重たい愛に押し潰されたいから、似たり寄ったりだな」

 

 そして、このお姉様ズははっきりと言語化してくる辺り、タチが悪い。

 どんなに拒否されそうな理由を挙げてみても、気持ちは変わらない。

 分かってはいたが、ここまで言われたからには応えないわけにはいくまい。

 

「「だからーー」」

 

 二人はずいっと俺の両耳の側に顔を寄せてくるとーーー。

 

「「ーーめちゃくちゃにして」」

 

 爆弾を投下してきた。

 いろんな感情が入り混じった表情を見せられて、それでも懇願してこられたら、誰だってプツンといくだろう。

 

「んむぅ!?」

 

 ハルノの頭を掴んで引き寄せ唇を奪う。

 同時にシズカさんにも背中に回していた手を移動させ、胸を揉む。

 舌を絡ませ、唾液を絡め取り、歯茎を舐める。とにかく乱暴に接吻する。

 

「んむぅ、ふぐっ………!」

 

 ハルノはその乱暴さに抵抗しない。

 それどころか、自分も舌を絡めてこようと懸命に動かしている。

 その一方で、シズカさんは俺の肩に腕を回し、頬を寄せてくる。

 ネグリジェが透けている分、シルエットがくっきりと浮かび上がっており、その中へと手を滑り込ませて躍動させていく。

 

「ん……っ、ひ、ひっく……く、ひき……」

 

 シズカさんは苦しそうに息をし、俺の名を呼ぶ。

 その声に、俺はさらに興奮した。

 

「んむっ、んふっ、はぁ……はぁ………」

 

 唇を離すと、ハルノは喘いでいた。

 その顔は真っ赤で、目は潤んでいる。

 乱れた髪をかき上げると、そのままシズカさんの唇に襲い掛かる。

 

「ひき、がや………っ!」

 

 シズカさんも驚いたのか、一瞬抵抗した。

 だがすぐに、俺の舌を受け入れた。

 舌を絡ませ、唾液を交換し、息を合わせる。

 そんな中、俺はシズカさんのネグリジェの紐を解いた。

 胸元が開き、白く美しい肌が露わになる。

 

「ん……ふ……」

 

 シズカさんが微かに喘いだ。

 その声に、俺の股間はさらに熱を帯びる。

 俺の手はシズカさんの背中を撫でていく。

 その肌は滑らかで、温かい。

 背中を撫でる指先を、脊椎のカーブを辿るように滑らせていく。

 シズカさんの身体はその触れ方に応えるように微かに震え、俺の舌をさらに迎え入れた。唾液の糸が切れ、二人の唇が離れる瞬間に、甘ったるい音が部屋に響く。

 

「ひっ……はぁ……」

 

 シズカさんはうっとりとした目で俺を見つめ、頬を赤らめている。その様子は、先の恐怖と不安を洗い流すかのように、今この瞬間の快楽にのみ没頭しているかのようだった。

 俺の視線は、再び彼女の胸へ。解かれた紐からこぼれ落ちた豊満な乳房は、薄明かりの中で白く輝いている。その先端が、息遣いと共に小刻みに揺れている。

 

「……見ないで」

 

 シズカさんが小さく呟いたが、その声は拒絶の色を帯びてはいなかった。むしろ、見られることへの羞恥と期待が入り混じった、甘い響きを持っていた。

 

「大丈夫、綺麗な身体ですよ」

 

 俺はそう言って、彼女の唇を再び奪った。片手では彼女の髪を梳き、もう片方の手はその柔らかい谷間へと滑り込んでいく。

 

「ひゃっ!」

 

 シズカさんの身体がびくりと跳ねた。俺の指先が、その敏感な丘を優しく、しかし確実に刺激していた。

 

「ん……ふ……あ……」

 

 彼女の唇から漏れる声は、次第に大きくなっていく。それはもはや抵抗ではなく、快感に身を委ねる雌の啼き声だった。

 俺はシズカさんをベッドに優しく倒し、その上に覆い被さる。そして、隣で息を切らしているハルノを、今度は俺の方に引き寄せた。

 

「はるの……」

「ん……っ」

 

 俺はハルノのネグリジェも乱暴に剥ぎ取る。その下から現れたのは、シズカさんとはまた違った、豊満な美しい肢体だった。少し色白で、シズカさんよりは少し小ぶりだが、その分、より繊細で愛おしげな印象を与える。

 

「……見ないで、だめ……」

 

 今度はハルノの方が、目に涙を浮かべて抵抗する。その瞳には、恐怖と期待が複雑に絡み合っていた。

 

「大丈夫だ」

 

 俺はハルノの頬を優しく撫で、囁いた。

 

「俺がいる。誰もお前を傷つけたりしない」

「……うん」

 

 ハルノは小さく頷き、目を閉じた。その長い睫毛が、震えるように微かに揺れていた。

 俺はハルノの唇を奪う。シズカさんの時とは違って、優しく、丁寧に。その唇が柔らかく開かれるのを待って、舌を滑り込ませる。

 

「ん……ぁ……」

 

 ハルノは、その舌の動きに応えるように、自分も舌を動かし始めた。二人の唾液が混じり合い、部屋に甘い香りが漂い始める。

 その一方、俺の手はハルノの胸へ。シズカさんとは違った感触に、俺の指先は喜びに震えた。

 

「んふぅ……手、そんなに乱暴に……」

 

 ハルノの艶めいた声。俺はもう考えない。ただ、欲望に身を任せる。

 ハルノの唇を離すと、今度はその細い首筋へと唇を滑らせる。耳朶を噛み、鎖骨を舐める。その肌は、甘い香りを放っている。シズカさんの匂いとはまた違う、どこかふんわりとした、優しい香りだ。

 

「ひゃっ……ん……あ……」

 

 ハルノは、俺の愛撫に身を任せ、快楽の声を上げている。その声は、俺の股間をさらに熱くさせる。

 俺はハルノの身体を持ち上げ、ベッドの上に移す。シズカさんの隣だ。二人は、互いの姿を見つめ、顔を赤らめている。

 

「……二人並ぶと、壮観だな」

 

 俺はそう呟くと、自分の服を脱ぎ始めた。シャツを脱ぎ、パンツを下ろす。すると、俺の股間から、既に硬く熱を帯びた欲望が現れた。

 

「……っ!」

 

 ハルノとシズカさんが、その姿を見て息を呑んだ。その瞳には、紛れもない欲望の色が浮かんでいた。

 

「さあ、どちらから……?」

 

 俺は、二人の顔を見比べながら、悪戯っぽく尋ねた。

 まだまだ夜は長い。

 とことんまで貪り合おうじゃないか。

 

 

 

   *   *   *

 

 

 

 翌朝。

 俺が起きると、両隣でハルノとシズカさんが眠っていた。その姿はとても穏やかで、昨日の激しさを思うと何とも不思議な感覚である。

 というか、二人の性欲がヤバかった。

 貪るつもりが搾り取られたような感覚だ。

 お互い無我夢中だったのもあって抑えが効かなかったのだろうが、すごかった。

 あーあ、これで五人も俺の欲望をぶつけてしまったな。

 だが、後悔はない。

 五人とも誰にも渡す気はない。

 

 

 着替えて部屋を出ると、廊下でイロハと鉢合わせた。

 そしてニヤァと不適な笑みに変わっていく顔。

 

「せーんぱい、昨晩はお楽しみでしたね?」

 

 コノヤロ………。

 そんな軽いもんじゃないって分かってるだろうに。

 何なら今からでも分からせてやろうか?

 

「なあ、イロハ」

「な、なんですか………」

 

 少し脅すつもりで声を低くし、ゆらりゆらりとイロハへ近づく。

 何かを察したイロハは、顔を引き攣らせて後ずさっていくも、やがて壁へと当たり、焦り始めた。

 俺はそんなイロハに覆い被さるように壁に手をついてーー所謂壁ドンから耳元へと顔を寄せた。そしてーー。

 

「便箋とかってあったりするか?」

「はっ? 何で便箋?」

 

 イロハが想像してそうなこととは全く違うことを聞いてみた。

 予想外なことを言われたためか、イロハも素っ頓狂な声を上げている。

 可愛い。

 

「いや、俺もさ、ここから先の未来は何一つ知らないわけよ。なら、いくつか自分からフラグを立てておこうかなって」

 

 壁ドンから解放し、代わりに頭を撫でながら事情を説明していく。

 

「フラグ………まだ増やす気ですか」

 

 ぶーたれながらももっと撫でろと促してくるので、抱き寄せてわしゃわしゃと撫で回した。おでこは俺の胸にぐりぐりと押し付けてきている。

 

「いや、そっちじゃねぇし。誰が一級フラグ建築士だよ。そりゃハーレム築いてる自覚はあるが、ラノベとは重さが違うだろ」

 

 満足したのか、イロハは俺の胸から顔を離して、代わりに腕に絡んできて歩き始めた。

 俺も遅れないように一緒に歩き出す。

 

「私、ラノベは読んだことないんで知りませんけど、確かに先輩の愛は重いですからねー。漫画みたいな軽さでは語れないのは認めましょう」

「お前は一体何目線から言ってるんだよ………」

 

 口ではそう言う癖に、既に行動が伴ってないんだよなー………。

 

「俺の愛は重いって言うが、お前らの愛も重たいからな?」

「えー? 私の愛は軽くないですかー? あ、待って。なんかその言い方は私の愛だけ薄いみたいになるでやっぱなしで」

「それだよ、それ。そういうのだよ」

 

 重たいと思われたくない癖に、他と比べたら薄く感じられたくないって思う時点で重たい愛なんだよなぁ………。

 

「まあ、ユキノ先輩が正妻なのは変わらないんでしょうけどねー」

「正妻って………」

「やー、だって、先輩が暴走した時に止められるのって、大体ユキノ先輩じゃないですか」

 

 仕事部屋として使っている部屋のノブに手をかける。

 

「あら? 私が何かしら?」

「ひぃ?!」

 

 そのタイミングで背後から声をかけられた。

 それにびっくりしたイロハは俺にしがみついてくる。

 

「おはよう、ハチマン。昨晩はよく眠れたかしら?」

「おはようさん。お前、それ分かってて聞いてるよな?」

 

 そんなイロハを気にすることもなく、ユキノは全てを分かった上で煽ってくる。

 そして、手では早く入れと促してきた。

 

「………姉さんにとってヒラツカ先生は数少ない甘えられる相手だったから、あんなことになったんじゃ、姉さんも壊れるんじゃないかと思ってたのよ」

 

 それはそう。

 俺も何となくそんな感じはしてたわ。

 

「………確かにシズカさんの車椅子を押してた時のハルノは、どこか遠い目をしていたし、昨日も大事なものを失うのがトラウマになってるようには見えたな」

 

 部屋に入り、ユキノが紅茶の準備をし始めた。

 

「ええ、だから姉さんにはヒラツカ先生に付きっきりでいてもらうことにしたのよ。本人の気の済むまで」

 

 結果的に、ユキノのその判断は正しかったのだろう。無理に仕事を手伝ってもらって壊れるよりかは、気の済むまで本人のやりたいようにやらせて精神を保ってくれてた方が後々面倒事にならなくて済む。

 

「………先生の方はどうだった?」

 

 ユキノにとっては姉とは違い、ヒラツカ先生は一歩距離があるからな。様子を測り取れなかったのだろう。

 俺はそう予想を立てているとイロハが俺の懐に入ってきて、腕の位置を勝手に動かし、あすなろ抱きを促してきた。

 

「あの人は強いな。ちゃんと受け止めて、前に進もうとしてる」

「そう」

 

 あの人は強いしかっこいい。

 アレに惚れるなって言う方が無理あるが、それと同時に守りたくもなる。

 ずっと感情を押し殺してかっこいい姿だけを見せられるより、昨日みたいに感情をぶつけてくれた方が俺は嬉しいかな。

 ただな………。

 

「正直、今回はお前らと違って二人の感情の捌け口にされた感は否めないな」

「あら? それは受け止める側も重要なのよ? 今回はあなた以外には無理だったでしょうね」

「そういうもんかね」

「そういうものよ、きっと」

 

 受け止める側も重要、か。

 あんなどろっとした感情は他にぶつけないでくれ、って思う面も確かに俺の中にはあるからな。

 その役に抜擢されたというのなら、選ばれた、選んでくれたということでいいのだろう。

 

「あの二人、これからどうするんでしょうね」

 

 今も寝ている二人を思い浮かべて、イロハが先のことを案じた。

 朝からこいつのほっぺはプニプニだな。

 

「それについてなんだが………ユイは?」

 

 取り敢えず、俺の案だけは伝えておこうと思ったのだが、ユキノとイロハがいて、ユイがいないことに違和感を覚える。

 

「二人のこれからに何でユイ先輩が?」

「あー、ほら、ユイはかくとうタイプを鍛えてるだろ? 俺がガラルにいた頃に世話になった道場の主が元かくとうタイプのジムリーダーだったんだよ。だから偶には違うところで経験積んでみるのもいいかなって」

 

 当初の予定としてはかくとうタイプを鍛えているユイに丁度いいかなと思って爺に話を通してきたのだが、二人くらい増えても問題はないだろう。

 シズカさんも身体が鈍ってるだろうし、シズカさんが行くならハルノも一緒に行きたいだろうしな。今はまだシズカさんと離れるのが一番怖いだろうし。

 

「お、おはよー………」

「ガラル地方の道場………ちなみにその道場の名前は?」

「あー、何だっけ。マスター道場だっけか? マスタード道場だったかな」

「あ、うん、いいわ。もう分かったから」

 

 マジで?

 俺ですら道場の正式な名前を覚えてないというのに、ユキノには見当が付いたのかよ。

 

「マジかよ………あの道場って有名なのか?」

「まあ、知っている人は知っている、くらいかしら。私も雑誌か何かで読んだくらいで、元チャンピオンが師範の道場だって書いてあったわ」

 

 あ、確かに。

 雑誌で元チャンプの道場なんて紹介されたら、ちょっとは記憶に残るか。

 

「あ、っていうかあの爺、元チャンプだったわ」

 

 そうだった。

 忘れてたわ。

 あの爺、元チャンピオンなんだったわ。

 ただのゲーム好きな爺ってイメージしかないから、チャンプのイメージが湧かないんだよ。

 

「うへぇ………、先輩またそういう………」

「何だよ」

「いーえ、別にー」

 

 イロハは俺の腕の中で何か言いたそうにしていたが、聞いてもはぐらかされてしまった。

 

「それで? あなたにはその口添えが出来るだけの資格があると? いえ、もうあなたの口ぶりからしていけるのでしょうけど。だってハチマンだもの」

「だってにんげんだもの、みたいに言うなよ」

 

 ゆきを、みたいな名前にするか?

 

「先輩ってつくづくそういう人たちと縁がありますよね」

「それな。本当にそれ。あの道場、やたらめったらチャンピオンやらジムリーダーやらが来るから、あっちでの知り合いがそういうのばっかりでな」

 

 多分、国際警察から派遣された場所があの道場でなかったら、ジムリーダーたちとそこまで面識を深めることはなかったと思うんだわ。

 どこに入門二日目に現役チャンピオンとバトルさせる道場があるんだよ。

 

「………ユキノ先輩、頭痛くなってきました」

「諦めなさい。治らない病気よ」

「酷ぇ………」

 

 イロハがいつもユキノが呆れる時にこめかみを抑えるのと同じようにポージングしてくる。

 妙に似てるな。

 

「ちなみにもう一人、元チャンプのおっさんもいるぞ。その娘になんか懐かれた」

「うっわ、出ましたよ。まーた引っかけてきたんです?」

 

 振り返って俺を見上げてくるいろはす。

 

「いや、お前らの話したら『うっわ、やっべー。ハチ兄と恋人とか絶対ないわー』みたいなこと言われた」

「しれっと兄扱いされてる…………」

「で、なんか知らん内にコマチと仲良くなってたわ」

「まさかのお米のお友達ポジション!?」

「あいつはあいつでジムリーダーたちと人脈作ってたぞ」

「血は争えないのね………」

 

 それな。

 あいつも俺の知らないところでシャクヤたちと繋がってて、ピオニーのおっさんにしょっ引かれた際には何故かカブさんとバトルすることになってたしな。

 

「ねぇねぇ、それであたしはどうすればいいの?」

「うおっ!? いたのかよ」

「いたよ! さっき入ってきたけど、話し込んでるから邪魔しないように聞き専になってただけだし!」

 

 急にソファの方から声をかけられ、思わず驚いてしまう。

 

「お、おお、なんかすまん…………」

 

 どうやら途中からいたらしい。

 話し込んでて入ってきたのにすら気付いてなかったわ。

 どうもそれはイロハも同じらしく、俺と一緒に肩を跳ね上げていた。

 ユキノは………角度的に見えてたのかもしれないが、面白いから黙ってようとかそんなのだろう。

 

「それで? あたしはそのマスタードを食べに行けばいいの?」

「ブッ?!」

 

 爆弾投下娘がいきなり爆弾を落としてきた。

 

「くくくっ」

「ふっ……ふふっ……!」

 

 二人も笑いを堪えるのに必死である。

 

「え? な、なに?」

「爺を食っても腹壊すだけだからやめとけ」

「お爺さんに寝取られ?!」

「やめろ! 話をそっちに持っていこうとするんじゃない!」

 

 なんてことを言い出すんだ、いろはす。

 文脈的にそう捉えられなくもないから、余計に危ない発言だぞ。

 

「えっ? でもマスタードなんでしょ?」

「マスター道場ね。そこの師範がマスタードさん。人よ、食べられないわ」

「あっ、お爺さんの名前なんだ………」

 

 笑いを堪えながらも淡々と説明していくユキノさん。

 でも声はちょっと震えていた。

 あー、もう本当心臓に悪いわ。

 落ち着け、俺。

 

「あー、それでだな。話を戻すと爺さんにはその内俺の紹介で人を寄越すかもしれないから、その時はよろしくって言ってあるんだわ」

「軽いわね………そんな口約束で大丈夫なの?」

 

 出来上がった紅茶がテーブルに置かれる。

 この香りはアールグレイか?

 湯気に乗った香りが鼻腔をくすぐってくる。

 

「はっちん、よろぴくねー、とか言ってるような爺だぞ?」

「あ、うん………大丈夫そうね」

 

 イロハをソファに座らせて、俺もその横にどかっと座り込む。

 ユキノも全員の紅茶を並べた後、ユイの横に座り込んだ。

 

「それで? 姉さんとヒラツカ先生と何が関係あるのかしら?」

「ユイと一緒にシズカさんもどうかと思って。何ならハルノも一緒で構わないぞ」

 

 やっと話の本題に戻ってきたので、俺の案を伝えた。

 脱線し過ぎだろ。

 

「………気分転換には丁度いいかもしれないわね。ヒラツカ先生も身体が鈍ってるだろうし」

「あの人のしおらしい姿とか、初めて見ましたよ。こっちも結構ダメージきましたし」

「先生のこと大好きだもんね、ハルノさん」

 

 ………うん、ユイの口からだと大好きの一言で片付けられても違和感ないから不思議だよな。

 

「取り敢えず、三人分の紹介状を書いておくわ。行きたきゃそれ持ってガラル地方の鎧島に行ってこい」

「手紙渡す前に門前払いとかされない?」

 

 …………されるかな?

 

「仮面のハチの紹介で来ましたーって言っときゃ大丈夫だろ。あそこの門下生、何故か俺のことを持ち上げてくるし」

「逆にそれで『あの人の名前を騙る愚か者め!』的なことになりません?」

「その時はバトルで叩き潰せばいい。ユイならあそこの門下生は余裕で倒せるはずだぞ」

「ユイ先輩ならって、それはるさん先輩やヒラツカ先生も余裕ってことじゃないですか」

「ま、そういうことだ」

 

 君たち、そろそろ自分の実力を理解した方がいいからね?

 特にユイは。

 

「紹介状を書くと言うのなら、ここに便箋があるわよ。それともパソコンで作る?」

「手書きの方がいいだろ。その方が書体で判別出来るだろうし」

 

 戸棚から便箋を数枚出してくるユキノ。

 そっちに入ってたのか。

 てっきり机の方かと思ってたわ。

 

「心配なら、入門二日目にして現役チャンピオンを倒した仮面のハチの紹介って言っときゃ、いけるはず。その事実だけはどうしても隠しとかなきゃいけない事実だからな」

「今漏らしてますけど?」

「ぶっちゃけ当の本人たちはどうだっていいんだよ。うるさいのは周りだけ」

 

 差し出された便箋を前になんて書こうか迷ってしまう。

 

「なんて書くかな。『取り敢えず、人送ったからそこにいるのをよろしく』でいいか。最後に仮面のハチって付けておけばいいだろ」

 

 最早適当である。

 人数もまだ確定ではないし。

 逆に畏まった文章の方が怪しまれるかもな。

 俺と爺の間に畏まった雰囲気なんか微塵もなかったし。

 一年くらい経って爺とフルバトルした時くらいか?

 それでもお互い軽かったと思うし、俺の正体を知っていることを伝えられた時は緊張感はあったものの、あれはなんか違うし。

 

「なんて適当な………」

「いやー、だってあの爺、俺が忠犬ハチ公だって知ってたし」

 

 もう俺の秘密を知ってるんだから適当にしとこう。

 伝わればいいや。

 

「それが今一番隠さなきゃいけない理由じゃないの………。全く、あなたって人は………」

「あー、じゃあ何か言われたら門下生には仮面のハチ、お爺さんには忠犬ハチ公を挙げておくね」

「ええ、それが一番確実だと思うわ」

 

 ユイが気を利かせて対応をまとめてくれた。

 その辺は自由におまかせします。

 

「ビィビィ」

「あ、今来ちゃう? もうちょっと待ってくんない? てか待って。もう一つ頼んでおきたいことがあるから」

 

 まさかのここでお迎えのご登場。しかもご丁寧に俺のリュックまで持ってきての、だ。

 まだ紅茶も飲み切ってないからマジで待って。

 

「ユキノ………いや、イロハの方がいいかな。また博士たちを集めて会議を開けるようにしておいてくんね? そこに今度はねじ込みたい奴らがいるし、議題に挙げたいこともあるんだわ。すぐにっては言わないから、あのじーさんたちの予定調整とか頼めないか? ユキノよりはあの場にいたお前の方がみんなに認識されてるだろうし」

 

 取り敢えず、オーキドのじーさんたちをイロハに集めておいてもらおう。

 道場で思い出したが、ずっと引っ掛かってることがあるのだ。

 あの月刊オーカルチャー。

 ただの月刊誌なはずなのに、その中身がどうにも頭の片隅から離れないのだ。

 じーさんたちにはそれを調べてもらいたいのだが、一人一人説明するのも面倒だし、じーさんズが集まるのならソニアやムーンも呼んでおきたいからな。

 

「えぇー?! わ、私がですか!? プラターヌ博士に頼むんじゃダメなんです?」

「アレは使い倒していいから、そうなるように仕向けといてくんね? そういうの、得意だろ?」

「いや、得意ってわけでは…………分かりましたよ。先輩の名前をフルで使って頑張ってみます」

 

 俺の名前を使ってもそんな動くかね、あの人たち。

 というか今の俺の名前に効力とかあるのか甚だ疑問だぞ?

 

「というわけだ、セレビィ。どっかのタイミングでポケモン博士たちを集めた会議が開かれるだろうから、その時はそこに俺もねじ込んでくんね?」

「ビィビィ!」

 

 よし、これでフラグは立っただろう。

 紅茶を飲み干して、手紙も書き上げてしまう。

 

「よし、セレビィの許可も得られたし、手紙も書き終えたし、こんなもんかな」

「なるほど、これが一級フラグ建築士」

「まだそこ擦るのかよ。ほれ、俺のポケモンたちを頼むぞ」

「あ、はい。了解です」

 

 隣のイロハにジュカイン、サーナイト、ガオガエン、ダークライ、ウツロイド以外のポケモンたちのボールを渡しておく。

 

「おはよー………」

「あー、ねむ………」

 

 そこで部屋に入ってきた欠伸をしながらのハルノと、目を擦って気怠げなシズカさんと目が遭った。

 次いでセレビィのことも認識したようで、二人の眠そうな顔が一気に覚醒していく。

 

「じゃ!」

「ちょ、ハチマン?!」

「ヒキガヤーッ!?」

 

 二人の叫び声を聞きながら、セレビィの力で俺の視界は白くなっていった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。