ポケモントレーナー ハチマン 完   作:八橋夏目

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133話

 視界が戻ると海が見えた。

 潮風が凪ぎ、肌寒く感じる。

 

「はっ?」

 

 いや、どこだよ、ここ。

 鎧島………ではないな。

 なんか風景が違うし、………あ、そう! 植物が違うんだわ。

 あと、島というより岬、半島……なんかそんな感じのところだと思う。分からんけど。

 

「何か手掛かりになりそうなのは………と」

 

 見渡してみると何となーく見覚えのある灯台だったり、何となーく見覚えのある橋だったりが見えた。

 橋はシルエットくらいなんだけど、金色に光ってる橋なんて、ねぇ……?

 俺の記憶にあるのでは、一つしかないんだよなぁ。

 ゴールデンブリッジ。

 ハナダシティからハナダの岬へと続く金の橋。

 つまり、ここはハナダの岬ということらしい。

 やっべ、普通にカントーに帰って来ちゃったよ。

 

「つか、何しに?」

「ビィビィ!」

 

 あら、珍しく残ってくれてるじゃないの、セレビィさん。

 いつもなら時渡した時点で一度消えているのに、今回は俺の周りを飛び回っている。

 

「なあ、セレビィさんや。俺はこれから何をすればいいわけ?」

 

 まさか鎧島みたいに一年間ここで過ごして下さい、とかはないよね?

 どっちかっていうと今は埋め合わせのための時渡なんだし、ここでさらに長期間滞在するようなことになれば、帰るのがさらに伸びることになるぞ?

 

「ビィビィ」

「あ、着いてこいと」

 

 どうやら今回は道案内のために残ってくれたらしい。

 まあ、確かに?

 今のところ状況が分かる場所に来ていたから、いなくてもどうにかなっていたけど、流石にハナダの岬で放置は俺が何をしでかすか分からないもんな。

 でもな、セレビィさんや。

 さっきから段々と近づいてきている家にすっごく見覚えがあるんだわ。

 ハナダの岬だからもしやとは思ったさ。

 けど、本当にその家に行くのか?

 胡散臭いぞ?

 というか、あちらさんが覚えてるかどうか怪しいからな?

 

「なあ、マジでその家行くのか?」

「ビィビィ!」

「行くのかー…………」

 

 はい、確定でした。

 どうやら今回の用はあの家らしい。

 ということはあの家の主ーーマサキに何かあるわけ?

 

「ビィビー」

 

 バイバーイじゃないのよ。

 君、それ高みの見物って言うんだからな?

 絶対見えないと思って、俺の行動一つを取って笑いこけてるだろ。

 趣味悪いわー。

 

「うーん、マサキ相手だしな………普通に挨拶したのでは、オモロない言われそうだよな」

 

 となると何かネタを一つやらないとだよな。

 えっ、恥っず。

 誰もいないからって、一生笑いものにされかねないことをやれっていうのか?

 

「………一免くださーい!」

 

 うーん、反応ないな。

 

「………二免くださーい!」

 

 というかインターホンは…………思ってるやつがないんだけど。押すところさえも見つけられないんじゃ、やっぱりネタを続けるしかないのか?

 

「三免くださーい!」

 

 あ、ちょっと中で物音がしたような気がする。

 

「四免くださーい!」

 

 近くでドタドタという音が大きくなってくる。

 

「六免ください!」

「普通に御免くださいって言えや!」

 

 ガチャリと玄関の扉が開かれると、盛大なツッコミが飛んできた。

 あ、よかった。ネタが通じた。これでネタすらも通じないんじゃ、ただただ人ん家の前で変なことを叫んでる怪しい男だからな?

 

「って、ジブン……なんや、見覚えあるで?」

 

 見覚えあるくらいは覚えているようだ。

 

「マサキさん、どうしたんーーーヒキガヤさん?!」

 

 するとマサキの後ろから様子を見に来た女の子が顔を覗かせた。

 こっちも見覚えあるのね。

 つか、俺も見覚えあるわ。ありまくりだわ。

 

「あ、ムーンだ。こんなところで何してんの?」

「そ、それはこっちのセリフですよ! こんなところにまで来て、どうしたんです?」

「こんなところで悪かったな、おい」

 

 二人してこんなところと言うもんだから、マサキからツッコミが入った。

 本当、本場の人って細かく拾ってツッコミを入れてくれるよな。

 

「うっ……うぅ……うわぁぁぁん!」

 

 次第に顔がくしゃくしゃになっていったムーンは、何故か俺に飛びついてきて泣き出した。

 

「えっ? ちょ……えっ? なに? どしたの? マサキに酷いことされた?」

「しとらんわ」

「薬ぃ………ぐすっ………薬できたのに………解毒できたのに…………ルザミーネさんがぁぁぁぁ!」

「お、おおお落ち着け? 取り敢えず、えっと……解毒薬は出来て飲ませたってことでおけ?」

「ああ、その通りやで。この子が作った解毒薬でルザミーネさんの解毒は成功したんや。ただ………意識が戻らへんねん」

「な、なるほど………」

 

 わんわん泣くムーンから代わって、マサキが現状を説明してくれた。

 つまり、身体の方はもう大丈夫ってことなのだろう。

 起きてから体力回復なり、栄養補給なり、やることはあるだろうが、少なくとも毒に侵されることはなくなった、と。

 けど、意識が戻らない。だからムーンは焦っていた、みたいな感じかな?

 

「意識が戻らない、ねぇ………」

 

 取り敢えず、ルザミーネさんはここに運ばれていて、ムーンも解毒薬を完成させ、服用させた後、解毒には成功。ただ、未だに意識が戻らない。

 そこに俺が現れた、と。

 ……………つまり、セレビィの要求は俺にこの事態をどうにかしろってことか?

 しかもお前は初めてじゃないだろ? と言われてる気がする。

 そう、初めてじゃないんだわ、これが。

 時間軸的には去年………いや、解毒剤を完成させたってことは一昨年ってことになるのか?

 フレア団事件の際に昏睡状態になったコルニを、黒いのの力を借りて現世に引き戻している。

 要するに、これをルザミーネさんとやらにもやれってことでいいのか?

 いいんだよな?

 

「ムーン、何で俺がここに連れて来られたのか大体分かったわ」

「ぐすっ………えっ?」

 

 ムーンの頭を撫でながら、俺がここにいる理由を話していく。

 

「俺の影には何がいるか覚えてるか?」

「えっと………ダー……クライ………?」

 

 ムーンは確かカプどもを返り討ちにしてやった時に見ているはずだから、ちゃんと覚えていたようだ。

 

「そうそう。で、あいつが司るのは?」

「悪夢………」

 

 もしかしたらクレセリアもいた方がよかったのかもしれないが、コルニの時に既にダークライの力だけで成功しているのだし、そこは大丈夫だと思いたい。

 

「そうだな。これを拡大解釈をすれば、精神世界へも影響を及ぼすことが出来るってことにもなるんだわ」

「えっ………?」

 

 何故そうなるのかは俺にも疑問だが、出来ちゃうのだからしょうがない。

 俺の記憶を食うのもそれに近いものがあるのだろうし、本質的にはまだ解明されていない謎だと思う。

 

「つまりーー」

 

 理解が追いついていないムーンにニヒルに笑いかけた。

 

「ーー精神世界からルザミーネさんを現世に引き戻すぞ」

 

 仕方がないのでね。

 やってやりますとも。

 

「………その顔、思い出したわ。ジブン、あれやろ? ワイがポケギア渡した少年やろ?」

 

 するとムーンではなくマサキの方が反応した。

 あ、思い出したのね。

 人にポケギア渡しておいて説明書渡すの忘れたり、ハナダジムを攻略した後にこの家に来たら、ポケギアから行動ログを取られて、それを見て爆笑したのを思い出してくれたか。

 あの時言われた「大人の世界は怖いんやで。勉強になったやろ?」は完全にフラグ回収されたけどな!

 その後にロケット団にいろいろされましたとも!

 

「ヒキガヤハチマン………うんうん、思い出したで。半年くらい前にもニュースになっとったしな。確かカロスのポケモン協会理事が暗殺され…………えっ?」

 

 ヒキガヤハチマンから連想出来る出来事を思い出していったマサキは、はたと止まった。

 そして俺を下から上へ、上から下へと何度も見返している。

 

「ジブン………足あるよな?」

「見ての通り」

 

 足はちゃんとあると思うぞ。

 ウツロイドの影響で本数が増えているかもしれないが。

 ……………うん、想像しただけで気持ち悪いな。

 

「透けては………」

「いないと思うぞ」

 

 これもウツロイドの影響で…………透けてたら内臓とかが見えるのだろうか。

 つか、透明感のあるウツロイドの身体でも内臓とか見えないよな。

 本当、どうなってんだろうな、あの身体。

 俺に憑依出来ちゃうし、考えないようにしてはいたけど、一度考え出すとやっぱり沼りそうで怖いわ。

 

「…………どないなっとんねんや。ジブン、暗殺されたんとちゃうん?」

「されたな」

 

 マサキはこんらんしている。

 グズマみたいに頭ガンガンとかやめてくれよ?

 見てる方が痛々しいから、目に毒だからな?

 

「生きとるやんけ…………」

「そりゃ死にたくないし?」

「それで生き返ったら、最早人間ちゃうで?」

「じゃあ半分人間やめたってことで」

「いやいやいや」

 

 冗談言うなと手を胸の前で横に振るマサキ。

 そうは言うが、ガチで半分人間をやめてそうなんだよな。

 リザードンの血が入ってたり、ウツロイドの毒が入ってたりするような身体だし、少なくとも純粋な人間ではないぞ。

 

「取り敢えず、ムーン。こんな胡散臭いのは放っといて、精神世界でルザミーネさんにどう声をかければ引き摺り出せるのか考えようぜ」

「え? あ、はい……」

 

 未だ俺に抱きついているムーンの頭を撫でて思考を促す。

 自分の手札に限界が来ていたムーンの今の不安を少しでも抑えるには、少しでも可能性があることを考えさせる方がいいだろう。

 病は気から、とも言うし、病気ってわけではないが、暗い気持ちで考えたって悪い方へ悪い方へと考えてしまうだろうから、気持ちから切り替えていかないと、やれることもやれなくなってしまう。

 

「待てぃ! ワイへの説明はないんか?」

「いります?」

 

 あ、やっぱり説明して欲しい系?

 そうなるとまずダークライについて話さないといけないし、ダークライと俺との関係とか、コルニの話とか、そこら辺も含めてやらなきゃいけなくなるから、面倒ではある。

 ただ、説明がないと判断のしようがないという気持ちも分かるため、説明して欲しいというのなら、それも吝かではない。面倒だけども。

 

「一応ここの家主やで。…………はぁ、まあええわ。ジブンがやろうとしてることにワイは必要か?」

「ルザミーネさんと面識は?」

「ここに連れて来た時が初対面や」

 

 となるとマサキを夢の中へ連れていく必要はないだろうな。

 効果があるとすれば………面識のあるムーンかな。

 

「なら、いらないでしょうね」

「さよか」

 

 そんなあっさり引かれると、こっちが悪いみたいで気になるだろうが。

 仕方ない。

 

「あー……簡単に説明するとだな。俺はダークライを仲間にしている。ダークライは悪夢を見せる力を持つポケモン。その悪夢を見せる力を拡大解釈をして、夢への干渉する力と捉える。それで一度試した結果、夢の中に潜り込んで本人に直接目覚める意思を持たせることが出来れば、夢から覚めると目覚めるって感じだな」

「お、おう…………まあ、なんや。そんなご都合主義が成り立つんかいなって感じやな」

「それはやってみないと何とも。ただ、成功例はあるぞって話だ」

 

 確かに俺もご都合主義だとは思うさ。

 ただな。俺はただの使いっ走りよ。今回の暗躍はこんなベストなタイミングでそういうのがやれちゃう人材を送り込んだセレビィだからな。

 そこんところ、履き違えないでくれよ?

 

「あ、ムーンさん。さっき泣いてたように聞こえたんですけど、大丈夫ですか?」

 

 ムーンの頭を撫でながらルザミーネさんが寝かされている部屋へと案内してもらうと、部屋の中には金髪ポニーテールの一人の少女がいた。

 ベッドには意識のない金髪の女性が横たわっており、少女そっくりである。

 

「う、うん、大丈夫。ごめんね、心配かけて」

 

 俺から離れてポニーテールの少女の手を握るムーン。

 それを握り返して二人して微笑む。

 大変百合百合しくて素晴らしいです。もっとやれ。

 

「えと………そちらの方は?」

「あー………なんて説明すればいいんです?」

 

 俺に聞くなよ。

 今更すぎて俺もよく分からんわ。

 

「ムーンの将来のスポンサーでいいんじゃね?」

 

 そんなことを言ってた記憶があるし、実際あのじじい共の中に放り込むつもりだから、将来のスポンサーってのはある意味間違いではないと思うんだわ。何だかんだでバトルフロンティアが軌道に乗れば、研究費用を援助してそうな気がするし。

 

「えっ?! わたしと結婚する気になってくれたんですか!?」

 

 そういえば、こいつは金のためなら結婚を厭わないとかいう奴だったわ。

 

「お前、まだそのスタンスでいたのかよ。別に何もなくてもお前に将来性は感じてるから、サポートする気ではいるぞ?」

「えっ? マジですか?」

「そりゃ、そうだろ。既にルザミーネさんの解毒薬を完成させてるんだぞ? その歳で。将来性の塊じゃねぇか」

「え、あ、ありがとうございます?」

 

 疑問系で返すなよ。

 普通に凄いことをやってのけてるんだから、自信持てよ。

 自分としては普通にやらなきゃいけないからやったまでって感じだろうけどさ。その気持ちもよく分かるし、実際俺がムーンの立場ならそういう思考回路になる自信がある。

 取り敢えず、頭を撫でておこう。

 

「えっと……仲がよろしいんですね」

「そうだな。一月くらいの付き合いでしかないけどな」

「そ、そうなんですか? それにしてはムーンさんが打ち解けているというか、何というか………」

 

 ポニーテールの少女の視線は、ムーンと俺の間を行き来していた。

 まるで、距離感そのものを測るように。

 それも無理はない。ついさっきまで取り乱して泣いていたムーンが、今は俺の側で落ち着いた表情をしているのだから。

 ムーン自身、自覚はないのだろう。

 だが、不安で張り詰めていた肩は少し下がり、呼吸も安定している。

 俺の想像でしかないが、俺が現れるまでは泣いてこそいなかったものの、ムーンが醸し出す空気が張り詰めていたのだろう。

 それが無くなった今、少女の目には人懐っこさや信頼のようなものに映っているのだと思われる。

 年齢の近い少女同士だからこそ、そこは敏感だ。

 ムーンはリーリエの視線に気づくと、少しだけ気まずそうに笑った。

 

「えっと、ね。リーリエ。この人がルザミーネさんの意識を取り戻せるかもしれないの」

 

 そう言って、ムーンは俺の方をちらりと見る。

 助けを求めるというより、背中を預けるような目だった。

 

「えっ!?」

 

 リーリエの声が一段高くなる。

 驚きと同時に、戸惑いも滲んでいた。

 無理もない。

 目の前にいるのは、知らない他人だ。

 それが急に現れてルザミーネさんを助けることが出来る、だなんて言われても戸惑いしかないだろう。

 どちらかと言えば、警戒心が強くなるものだ。

 そこまでは見受けられないのを見るに、この少女はまだ人を信用出来る子なのだろう。

 それでも、ムーンははっきりと続ける。

 

「ダークライっていう悪夢を司るポケモンがいるんだけど、この人にはそのポケモンがいて、その力を使ってルザミーネさんの精神世界に干渉しようって言ってるの」

 

 言葉にするほど、荒唐無稽な話だ。

 夢に潜り、意識を引き戻す――普通なら笑い話で終わる。

 けれど、ムーンの声には迷いがなかった。

 追い詰められてすがる声音ではなく、可能性を信じている声音だった。

 

「………そんなの、できるんですか?」

 

 少女は不安そうに唇を噛む。

 それでも、否定の言葉は出てこない。

 俺は一歩前に出て、必要最低限の説明だけを口にした。

 

「過去に一度、それで昏睡状態だったやつを復活させたことはある。試してみる価値はあると思うぞ」

 

 言い切るには材料が足りない。

 だが、嘘も混じっていない。

 少女は一度、視線を落とした。

 ベッドに横たわるルザミーネさんへと、ゆっくり目を向ける。

 

「あ、それならグラジオに相談してみる?」

「お兄様に?」

 

 そんな少女に助け舟を出すかのようにムーンが提案した。

 少女の顔は何故グラジオに? という感じである。

 同時に俺もグラジオの名前が出て、次にお兄様発言があったため、頭の中に確認事項が出来てしまった。

 

「ん? グラジオの妹なのか?」

「はい。グラジオお兄様の妹のリーリエです」

 

 白いワンピースの裾を摘んでカーテシーを取る少女は、まさかのグラジオの妹だった。

 そして言われて思い出した。

 母親と一緒に妹がカントーに向かったとか言っていたような気がする。

 やっと点と点が結びついた感じだ。

 みんな金髪だし、娘は母親に似てるんだし、グラジオの母親がルザミーネって名前だったってのをちゃんと結びつけられていれば、もう少しやりようがあったかもしれない。

 なんか、すまん。気付くのが遅かったわ。

 だが、兄の名前を出す時の彼女は、どこか誇らしげで、それでいて頼り切ってはいない。

 

「あー、そうだな。仮面のハチってでも名乗っておくかな」

 

 折角名乗られたのだからと俺も名乗ると、場の空気が一瞬だけ止まった。

 

「はい? 仮面のハチやて?」

「な、なんだよ」

 

 マサキの声には、明らかに引っかかりがあった。

 そして、その予感は外れていなかったらしい。

 

「あのガオガエンの覆面しとるやつか?」

「そうだけど。知ってるのか?」

「知ってるも何も、ジムチャレンジの生配信見てた口やで。手持ち考察とかよくやってたねんけど、最後のダンデ戦でまさかの本人に騙されよったからな。あれは無理やて。ガオガエンの覆面して、ガオガエンでジムリーダーのエースを倒しとったんに、実はサーナイトが切り札ですー、はないやろ。最後にメガシンカさせんなや」

 

 饒舌なツッコミに、俺は肩をすくめる。

 

「その事実を知るのはダンデと一部のジムリーダーだけだったからな。騙されてくれたようで何より。でもちゃんと伏線はあるんだぞ? ジムチャレンジ中、サーナイトだけ一度も戦闘不能になってないっていう」

「んなアホな……………」

 

 マサキがスマホを取り出して、急いで調べ始めた。

 ジムチャレンジでは別に狙っていたわけではないが、結果としてサーナイトだけが一度も戦闘不能になることなく、ダンデ戦にまで辿り着いた。

 それに違和感を感じていれば、もしかしたら実はサーナイトが切り札なんじゃないかって可能性に至れたかもしれない。

 あれからネットでの考察の書き込みを見てないから、どれだけの人が気付いていたのかは分からないが、少なくとも実況者や大会運営の方では見破ることは出来ていなかったのを考えると、そう多くはないだろうがな。

 

「あ、ホンマや」

 

 マサキがスマホの検索結果に眉をひそめた。自分でフリを作っておいて、自分で回収するなよ。

 それにしてもやっぱり誰か俺のポケモンたちの戦績をまとめ上げていたか。

 あれだけ考察組が議論してたんだから、各ポケモンの戦績をまとめ上げていても何らおかしくはない。

 

「ヒキガヤさん………やってること、あくどいですね」

 

 マサキのスマホをチラッと覗き見たムーンは、ドン引きしている。

 

「元々出る気のないものに出させられたんだ。それくらいの遊び心がないと面白くもないだろ?」

「そんな風に考えられる時点でおかしいんですよ、普通は。リーリエ、この人は普通じゃないから。今までの常識とか役に立たないと思っていいからね」

「は、はい………そんなにですか?」

「そんなにだね」

「これが仮面のハチ言うんなら、常識は捨てた方がええで。実際、仮面のハチ対チャンピオン・ダンデのバトルなんて非常識のオンパレードなんやさかい」

「俺としてはいつも通りのバトルをやっただけなんだけどな」

 

 それを言ったらダンデもいつも通りだったのだろうが。

 でも、常識を踏み抜いてるのはダンデだけだと思う。

 何なの、あいつのリザードン。

 一撃の火力がバカ高過ぎて、存在ごと焼き尽くされかねないからな?

 だから、あいつとはもう二度とバトルをしたくない。

 少なくとも数年はいい。お腹いっぱいである。

 

「んで、夢の中に潜ったとして、どうやってルザミーネさんを起こすんや? 力づくか?」

「ルザミーネさんがどういう状態になってるかにもよるが、俺とダークライはあくまで案内人って立場の方がいいだろうな。ルザミーネさんとは面識もないんだし、俺が言葉をかけるよりは娘にかけられた方が心が揺れると思うんだわ」

 

 部外者が口を挟んだところでいいことはないからな。

 ここは身内が最も適任だと思う。

 

「確かに………一番効果がありそうなのはリーリエだよね」

 

 話の矛先が、自分に向いたと理解した瞬間、リーリエの肩がわずかに跳ねた。

 

「で、でもそんな大役………わたくしには………」

 

 弱音というより、怖さだ。

 母親の心に踏み込むことへの恐れ。

 もし呼びかけても、返事がなかったら――その想像が、彼女の言葉を止めている。

 

「………リーリエはお母さんを助けるために来たんだよね?」

 

 そんなリーリエにムーンは、再度手を握った。

 

「わたしにはルザミーネさんを助けられない。身体は治せても心は専門外。ヒキガヤさんが来なければ、助ける道筋も見つけられなかったと思う」

 

 ムーンの声は、静かだった。

 けれど、その言葉には一切の迷いがない。

 

「だからわたしは信じるよ。ヒキガヤさんのこともリーリエのことも」

 

 リーリエは唇を噛みしめる。

 逃げ道を用意されていない言葉ほど、人の背中を押すものはない。

 

「それでも不安ならグラジオに聞いてみて」

 

 その一言が、最後の後押しだったのだろう。

 リーリエはムーンから手を離すとスマホを取り出し、誰かに連絡し始めた。

 まあ、誰かなんて言っても一人しかいないがな。

 

「も、もしもし、お兄様?」

『どうした? リーリエ。何かあったか?』

 

 おお、久しぶりのグラジオの声である。

 あいつも今、母親の代わりに財団を率いているから忙しいことだろう。

 それでも妹からの連絡にはいち早く出たのは、ポイントが高い。

 

「えっと、その………お母様の解毒には成功しました」

『そ、そうか! ムーンのやつ、やってくれたんだな………』

 

 あ、解毒が成功したこともまだ伝えてなかったのか。

 どうやら俺が来るまでこの家の中は、相当思い詰めた空気に包まれていたようだな。

 

「ただ、意識が戻らなくて………」

『なっ!? ………助ける手立てはあるのか?』

「それが………」

 

 リーリエは一度、俺の方を見る。

 その視線には、不安と期待が混ざっていた。

 

「今ここにヒキガヤさんがいるよ、グラジオ」

 

 そこにムーンが何でもないかのように俺がいることを伝えた。

 

『はぁ!? 何でまたハチマンがそこに?!』

「わたしの尻拭い?」

 

 言い方よ。

 ある意味そうかもしれないが、解毒に関しては俺は専門外なのだし、ただの適材適所ってなだけだろうに。

 

『バカ言え。ムーンは解毒という難しいことに挑んで結果を出したんだ。母さんが目覚めないからと言って、ムーンを責めるつもりはないぞ』

「………みんなしてわたしに甘くない?」

 

 それはグラジオも分かっているようで、解毒に成功したというムーンの功績は認めているようだ。

 

『そもそもオレよりも年下のムーンに背負わせることじゃないんだからな』

 

 それな。

 本当にそうだと思うわ。

 せめて親世代の研究者が絡んで共同研究とかだったら、まだ責任も分散出来ただろうに。

 どこかの誰かさんを見ているようで、すごい居た堪れない。

 

「お前は充分すごいことをやってのけてるんだから、出来ないことは出来る奴に任せればいいんだぞ」

「うぅ………わ、わたしのことはいいから! グラジオからもリーリエにヒキガヤさんのことを教えてあげて!」

 

 俺まで褒めると顔を真っ赤にして話を強引に切り替えてきた。

 

『はっ? ハチマンのことをか? 何がどうなってオレにそんな話をさせたいのかは分からないが、うーん………カプ・テテフとカプ・レヒレにトラウマ植え付けるようなヤバいやつ、とか?』

「えっ………?」

 

 思い出すかのように俺がアローラでやったことを口にしていくグラジオ。

 どうやらリーリエもカプ・テテフとカプ・レヒレを知っているようで、有り得ないものを見るかのようにこっちを見てくる。

 

『あのグズマがいつの間にか兄貴と慕って………慕ってると言っていいのかは分からないが、自分より上だと明確に認めたやつ、とか?』

「あったね、そんなこと………」

 

 うんうんと頷くムーン。

 あいつは一体何なんだろうな。カロスに置いてきたけど、大丈夫………まあ多分大丈夫だろう。何だかんだしぶとそうだし。

 

『ウツロイドにめちゃくちゃ好かれてる、とかくらいか?』

「う、ウツロイドにですかっ!?」

 

 続くグラジオの言葉にリーリエは思わず聞き返していた。

 そうだね、母親をこんな状態にしたのもウツロイドだもんね。そんなのに好かれているなんて、ちょっと何言ってるか分かんないわって感じになるよな。

 

『ああ、あのウツロイドに、だ。しかもウツロイドを纏って、それこそ母さんと同じような感じになっても主導権を握ったまま、カプたちを圧倒するくらいだ。最早人間じゃないな』

「いや、一応まだ人間のつもりだし」

 

 そこは一応否定させてもらう。

 俺はまだ人間だ。

 純粋な人間かと言われると怪しいが、まだかろうじて六割くらいは人間だと思う。流石に五割を切ったら人間じゃない何かになると思うんだわ。それか俺を構成するものの中に、人間以上の割合になるものが出てくるかだ。

 

「怪しい自覚はあるんですね」

「そりゃ、なぁ? 俺の体内にはウツロイドの毒も流れたままだろうし? そんなもんが流れていて特に何もないんだから、普通の人間ではないだろうなって自覚はあるぞ。すごい不本意だけども」

 

 グラジオの言う通り、俺ルザミーネさんと同じ状況になってるみたいだもんな。

 というかそれ以上なヤバいことをやってると思うんだわ。

 実際のところ、ウツロイドの毒って、どうなったんだろうな。

 俺の体内にはリザードンの血もあるから、ウツロイドの毒も混じって、血液が猛毒になってないか心配である。

 

「えっと………お兄様? ものすごく不安になってくるだけなのですが………」

『まあ、なんだ。それくらいヤバいやつではあるが、信用はしていいと思うぞ。というか、何がどうしてこんな話になったんだ?』

 

 本当にそれな。

 いつの間にか、俺が貶されてるだけな気がするんだけど。

 いつからこうなった…………。

 

「ヒキガヤさんのダークライの力を使って、ルザミーネさんの夢に潜り込んで直接起きてくるよう促すのに、リーリエが一番適任だよねって話からこうなったの。リーリエだけ、ヒキガヤさんのこと知らないでしょ? だからグラジオにも聞いてみればってことで聞いてみたの」

『なに?! ハチマンはそんなことが出来るのか?!』

「うん、一応前例もあるから初めてじゃないって」

『そうか………ほんと規格外だな…………』

「規格外なのはポケモンであって、俺は至って普通だ」

 

 そんな高度なことはポケモンたちの能力でしか無理である。

 俺は精々混血種になっちゃったってところだろう。

 特にダークライはメガシンカまで獲得しちゃったからな。

 また一つ規格外な力が備わったって感じだ。

 

『規格外なウルトラビーストに対抗するために作られたシルヴァディを連れている身としては、シルヴァディを使いこなす側もそれ相応の実力がないと難しいと思うぞ。ましてやダークライだっけか? あんなポケモンを使いこなすのはハチマンにしか無理だと思う』

 

 うっ………。

 いたな、シルヴァディ。

 グラジオには対ウルトラビースト用に人工的に作り出したポケモンがいるんだったわ。

 アルセウスを再現した廉価版的な能力だったと思うし、確かに規格外っちゃ規格外である。

 

『リーリエ、ハチマンはそんな感じの男だ。まあ、悪いようにはならないだろうから、やってもらえ』

 

 その一言で、リーリエは深く息を吸い、そして頷いた。

 

「わ、わかりました。お兄様もムーンさんもそういうのでしたら、ハチマンさんに協力してもらおうと思います」

 

 決意は、もう揺らいでいない。

 

「んじゃ、やりますかね」

 

 そう言った俺の声は、いつもより少しだけ低かった。

 

「マサキ、留守番よろしく」

「分かった分かった。はよ行きぃ。ワイはジブンらがルザミーネさんを説得してる時に、ルザミーネさんの身体が暴れないように押さえとくさかい」

 

 あ、何気に分かってるじゃないの。

 俺もコルニの時とは違って、そこが懸念材料の一つだったからな。

 マサキが率先して押さえてくれるのならば話は早い。

 これから踏み込むのは、夢の中。

 そして、誰かの心の奥底だ。

 覚悟が必要なのは、俺だけじゃない。

 ――むしろ、一番覚悟を試されるのはリーリエであり、ルザミーネさんなのだろう。

 

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