ポケモントレーナー ハチマン 完   作:八橋夏目

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134話

「ダークライ、ダークホール」

 

 その一言で、俺とムーンとリーリエが闇に包まれていく。

 視界が闇に塗り潰され、耳が遠くなる。音が吸い込まれていく感覚。身体の輪郭がぼやけ、重力がどこにあるのか分からなくなる。

 ダークライの影に潜って移動する時とはまた違う。もっと下に、もっと深く潜り込むようなそんな感覚を覚える。

 俺ですら、こんな感じなのだからムーンやリーリエにはさぞ恐怖心を抱くことだろう。

 トラウマにならないといいが。

 

「……ここは――」

 

 視界に色がついてくると、そこは黒を基調とした建物内だった。足元は硬く、家の床というよりも施設内の床という感じで、照明はあるようでない、ないようであるくらいの明るさでしかない。

 だが、コルニの時はもっと真っ暗な何もない空間だったような気がする。それに対してルザミーネさんの深層心理はもっとリアルで、明確な世界観が存在しているということだろう。

 ラノベ的に言えば、パーソナルリアリティーー自分だけの現実と言ったところか。

 ははっ……超能力が使えるようになってたりしてな。

 

「なんだか……エーテル財団っぽいですね」

 

 リーリエは壁をそっと触って言った。

 触る必要があるのかっていうと、多分ない。けど、触らないと現実感が掴めないのだろう。

 

「だね………」

 

 ムーンも同意する。彼女たちはここに覚えがある。

 壁の色が違うだけで、構造はエーテル財団の施設に近いらしい。

 俺は一ヶ月ほどいたが、ほぼ病室に使われていた部屋しか知らない。だから「っぽい」と言われてもピンとは来ない。

 ただ、嫌な感じだけは分かる。整いすぎていて、人の温度がない。息苦しい清潔さだ。

 

「……で、ルザミーネさんはこの中のどこに?」

 

 ムーンが不安を押し殺すように言った。

 

「普通に考えれば、この世界の中心にいるんだろうけどな」

 

 そう答えながら、俺は周囲を見渡す。

 長い廊下にいくつもの扉。

 しかもここがエーテル財団の中だというのなら、上なり下なり階層が存在するはずだ。それをこのまま手当たり次第に探すのは骨が折れそうだし、時間がかかる。何かしら手がかりでもあればいいのだが………。

 

「リーリエはどう思う?」

「わたくしは……………お母様のお部屋、とかはどうでしょう?」

 

 ルザミーネさんの部屋………つまり私室ってことか。

 悪くはないが、そこに何があるのか、だろうな。

 ただの部屋だというのなら、もっと重要な別のところにいるような気がする。

 

「ルザミーネさんの部屋って…………あの?」

「はい、あの部屋です」

「………なに? 何かヤバいもんでもあるのか?」

 

 二人が妙に強調するので、嫌な予感がしてきた。

 一体ルザミーネさんの部屋に何があるって言うんだよ。

 

「氷漬けにされたポケモンのコレクションルーム」

「はっ?」

 

 ちょっと何言ってるか分からないな………。

 何だって?

 

「ピカチュウやヤドン、ナマコブシに………」

「スターミーがいました」

「お、おう………」

 

 マジかよ…………。

 斜め上にぶっ飛んでんな。

 中々にヘビーなことをしてくれちゃってるようだ。

 

「別棟としてリーリエたちの家があるんですよ。そこに作られたルザミーネさんのコレクションルームは、かなり衝撃的でしたね」

「そりゃ、そうだろうよ。想像もしたくない光景だわ」

「こっちです」

 

 リーリエの案内の元、一度施設の外へと出るためにメインホールへと向かう。

 迷いなく歩みを進めるリーリエとムーンはそれだけエーテル財団の施設に入り浸っている証拠なのだろう。リーリエに至っては自分のところのだしな。

 そうして外へと出ると空はどんよりとしており、ルザミーネさんの心を雲で表しているのかと思える世界である。

 まだ雨が降っていないだけマシってことなのかもしれない。

 

「………晴れてるわけじゃないんですね」

「心が晴れやかな人は、精神世界に引き籠らないだろ」

「確かに」

 

 これで晴れていたら、ここが本人に取っての完全なる理想郷となっており、現実世界に戻ってくることも難しかったかもしれない。

 だが、今のところルザミーネさんの心は晴れてないようだから、望みはあると思う。

 

「つーか、ここ裏側になるのか?」

「そうですそうです。ヒキガヤさんが出入り口にしてたのは反対側のですね」

「ほーん」

 

 まさか裏側にこんな立派な屋敷があったとは。

 気にも留めてなかったから、上空から見てるかもしれないが覚えてない。

 

「……ねえ、ヒキガヤさん」

 

 ムーンが小声で言った。

 

「ん?」

「もし……もしも、ルザミーネさんが起きたくないって言ったら……どうする?」

 

 リーリエがびくりと肩を揺らす。

 その質問を聞きたくなかったのが、表情で分かる。

 

「起きたくないって言う理由次第だな」

 

 俺は即答しなかった。適当な励ましは逆効果だから。

 

「怖いとか、辛いとか、そういう理由なら、背中を押す。責めるんじゃなくて、引っ張る。でも、単に現実から逃げてるだけなら――叩き落とす」

「叩き落とすって………」

「物理じゃないから安心しろ。多分」

 

 多分、って言ったのは、俺が信用ならないからだ。俺自身も分かってる。

 

「安心していいんですかね、それ………。カプたちという前科もありますし」

 

 あれはあいつらが悪いんであって、俺は悪くない。

 舐めてかかってきたから、返り討ちにしたまでだ。

 ルザミーネさんもそこまでのことはいないだろ。………しないよな?

 

「お邪魔しまーす」

 

 リーリエが玄関の扉を開いてくれたので、ムーンが中へと入っていく。

 鍵、開いてたんだな。

 

「うっわ、広っ………」

 

 ザ・お金持ちって感じの玄関ホールで、部屋から部屋へ移動するだけでも苦労しそうな広さである。

 

「こっちです」

 

 ムーンの案内の元………え? そこはリーリエじゃないの? 一応、人の家だよね?

 何故ここまで人様の家の中を把握しているのかは追求しないでおいてやるが、恐らくグラジオにでも招かれているのだろう。

 先行するムーンの後をリーリエと共に着いていくと、ムーンが足を止めた。

 

「……ここ」

 

 目の前には大きな扉がある。白く、無駄に高級感のある扉。取っ手が金色で、光を反射して眩しい。

 リーリエが息を飲むのが分かった。

 

「他と作り違くね?」

「そういう場所ですから」

 

 氷付けにされているポケモンもいるんだもんな。

 他とは格段に守りが厳重に施されているのだろう。

 えぇ………なんか入るの嫌なんだけど。

 やだなー、怖いなー………。

 

「……ルザミーネさん、いるかな……?」

 

 ムーンが扉に手をかける。

 けれど、開かない。

 

「…………ふぐぐぐっ!」

 

 ムーンが力を入れても開かない。

 

「代わろうか?」

「お願いします」

 

 自分では無理だと素直に諦めてくれた。

 

「ふん……………んぐ?!」

 

 固っ………。

 ビクともしねぇ。

 何だこの扉。

 ドアレバーは見せかけか?

 いや、そもそもロックされているわけじゃなさそうな感じだな。

 開けるという概念が存在しないみたいに、扉が拒否している。

 となるとこれは物理的にどうのこうのよりも、管理者権限的なのを使った方が早いのではなかろうか。

 

「ダークライ」

 

 影が揺れた。

 背後に、黒い気配が立ち上がる。

 その瞬間、扉の輪郭がぼやけ、黒い染みが広がるみたいに溶けていった。

 鍵を壊したわけじゃない。扉の存在そのものを「夢のルール」から外したような感じだ。

 …………最早それ、干渉じゃなくて支配の間違いじゃね?

 

「……開きました!」

「いや、開いたとかいう以前に消しちゃってるから」

 

 リーリエがパァ! と顔を明るくするのに対して、ムーンは呆れた顔をしている。

 いやだって、ねぇ?

 

「そんなことより早く連れて帰ろうぜ」

「深くは追求しないでおきますよ」

 

 背中に刺さる視線がやけに痛い。

 

「行きましょう」

 

 リーリエを先頭にムーン、俺と続いて部屋の中へと入っていく。

 中は白を基調としたザ・コレクションルームって感じの作りになっていた。だが、さっき言っていたポケモンたちの氷漬けはない。そこにどういう意味が含められているのかは定かではないが、夢の世界にまで持ってくる必要はなかったということでいいのだろうか。

 それにしても、ただただ眩しいほどの白。

 さっきまでの黒基調の廊下とは正反対。

 なのに、温かさはない。柔らかい白ではなく、何かを照らすための反射板のような…………どこかに女優ライトでもあるのだろうか。

 そして、その中心に――金髪の女性がいた。

 

「…………お母様」

 

 完璧に整えられた白い服装。完璧な微笑み。完璧な立ち姿。

 けれど、目だけが虚ろだ。焦点が合っていない。見ているのに、見ていない。

 

「……ここは安全よ」

 

 ルザミーネさんはこちらを見てそう言った。

 

「外は汚れているわ。苦しみと、醜さと、不幸ばかり」

 

 それは現実から逃げるための言葉だ。

 白い世界を正当化するための呪文。

 リーリエが、一歩前に出る。

 

「……お母様。安全じゃないです」

 

 震えていない。

 怖いのに、逃げない声。

 

「外の世界は……確かに怖いです。汚いものも、苦しいこともあります。でも……」

 

 リーリエは息を吸う。胸が上下する。

 泣きそうなのに、泣かないよう我慢している。

 

「それでも、お父様は……生きています」

 

 空気が凍った。

 ルザミーネの瞳が、初めてこちらに焦点を合わせる。

 あ、ハイライトが入った目になった。

 

「……なに、を……」

「モーンさんは、旦那さんは行方不明なだけですよね。実はそれらしき人を見つけた人がいるんです」

 

 ムーンが続けた。

 淡々と、事実だけを言う。

 

「………らしき人でしょう?」

「これを見てもそう言えますか?」

 

 ルザミーネさんの反論にリーリエがペンダントを見せつけた。

 

「ッ!?」

 

 どうやらそのペンダントは旦那さんのものにそっくりだったのだろう。

 ルザミーネさんの目がこれでもかってくらいに開いていた。

 

「グラジオはね、エーテル財団の仕事もしながら……ずっと探してますよ」

 

 ルザミーネさんの指先がわずかに震える。

 

「……あの子が……?」

「うん。兄として、息子として。……諦めてない」

 

 ムーンの言葉にリーリエは胸元をぎゅっと握る。

 全てを任せて自分は母親とカントーに来てしまったという負い目のようなものがあるのかもしれない。

 だが、グラジオからすれば母親を妹に託したってだけだろう。その間は自分がエーテル財団を守るから、と。

 

「お父様が生きている可能性がある限り……グラジオお兄様は、絶対にやめません」

 

 沈黙。

 白い世界に、初めてひびが入った気がした。

 

「……探しても……無駄よ」

 

 ルザミーネはそう言う。

 でも声が弱い。

 言い聞かせている。

 

「希望なんて……苦しみを増やすだけ……」

「違います」

 

 リーリエが即答した。

 

「希望があるから、前に進めるんです」

 

 ムーンが小さく頷く。

 

「ルザミーネさんがここで眠り続ける限り……グラジオは、一人で全部背負い続ける」

 

 ルザミーネの眉がわずかに歪む。

 それが痛点だと分かる。

 

「それがお母様の言う安全ですか?」

 

 リーリエの言葉が、白い世界に落ちた。

 ルザミーネさんは言い返せない。

 口は動くのに、声にならない。

 ――そこで、ムーンがもう一つ、現実を突きつけた。

 

「それに……ルザミーネさん。現実の身体、もう限界が近いですよ」

 

 ルザミーネの目が揺れる。

 

「……何を……言っているの……?」

「解毒は出来ました。そこは本当に成功しました。毒に侵されて死ぬことはないです」

 

 ムーンは一歩も引かずに続ける。

 研究者の声だ。感情ではなく、結果と予測。

 

「でも……意識が戻らなければ、身体は回復しない。点滴だけじゃ限界がある。栄養失調になる。筋肉も落ちる。内臓も弱る。免疫も落ちる」

 

 リーリエが唇を噛む。

 言葉にしたくない現実を、ムーンが代わりに言っている。

 

「このままだと……いずれ死ぬ可能性が高い」

 

 白い世界が、わずかに揺れた。

 ルザミーネが一歩後ずさる。

 

「……嘘よ」

「嘘じゃない」

 

 ムーンは首を振る。

 

「わたしは解毒のために現実でルザミーネさんの身体を送り出す前にしっかりとデータを取りました。そして解毒薬を完成させてカントーに来たら、明らかにルザミーネさんの身体は衰弱してました」

 

 ムーンの声が少しだけ震えた。

 現実を言葉にするのが、怖いのだろう。

 でも、言わないと終わるから言う。

 

「起きなきゃ……本当に、終わりますよ」

 

 ルザミーネさんは白い世界を見回す。

 逃げ道を探すみたいに。

 でも、ここは彼女の理想郷だ。逃げ道なんてない。逃げ道があるとしたら、それは現実に戻ることだけ。

 

「……外は……怖いのよ」

 

 ルザミーネさんの声が、やっと本音になった。

 

「みんな……わたしを責める。わたしのせいだって……」

「責めません」

 

 リーリエが即答した。

 

「……責めるわけないです」

 

 けれど、ルザミーネさんは首を振る。

 

「あなたたちは……優しいから……そう言えるだけ……」

「優しいから言うんじゃない」

 

 ムーンが言った。言い切った。

 空気が重くなる。

 説得は効いている。

 でも、まだ決定打がない。

 ルザミーネさんは恐らく理屈では理解しているのだろう。頭では分かっているからこそ、外の空は晴れていない。

 そして、心を動かす何かがまだ足りていないのだと思われる。

 ――だから、ここからは俺の仕事だ。

 

「あのー………」

「なによ………!」

 

 ルザミーネさんの怒声が飛ぶ。

 おお、怖っ。

 自分が追い詰められているのが分かっているからか、部外者の俺に向けて牙を剥いてくる。

 

「さっさと目覚めてくれませんかね」

 

 俺は呆れたように言った。

 

「さっきから聞いてれば、駄々捏ねてばかりで結局自分と向き合おうとしないわ、子供二人を置いて自分勝手な妄想で現実から逃げて育児放棄も甚だしいわ。アンタいくつだよ」

「なっ……!?」

「そんなに現実世界が嫌なら、いっそのこと世界の裏側にでも行きます?」

 

 二人に諭されていたと思ったら、急に口撃が来たのだ。顔が険しくなるのも無理はない。

 俺はその反応を見ながら肩をすくめる。

 

「俺、ギラティナとは顔パスなんで放り込めば、一生相手してくれると思いますよ?」

 

 ルザミーネさんの顔が強張る。

 白い世界の空気が一瞬だけ冷えた。

 

「あ、このまま起きる意思がないのなら、ギラティナの前に送り込みますからね」

「そんなこと……!」

「それと多分この話を聞いて抵抗するでしょうから、もっといいこと教えてあげますよ」

 

 出来ないとでも言いたいのだろうが。

 生憎、ここに来れている時点で、何かしらの力があるんだよなー。

 それに気づいてくれればいいのだが、今の彼女には無理な話なのかもしれない。

 現実を直視出来ず、自分の理想郷に縋る彼女には。

 

「俺にはダークライっていう悪夢を見せるポケモンがいましてね? 今も奴の力を使ってここにいるんですけど、このまま起きないようなら、一生旦那や子供たちが残酷な死に方をする悪夢を永遠にループさせる、そういう夢を見せるように言いつけますんで」

「そんなこと出来るわけないでしょ!」

 

 恐怖の混じった、だがそれを掻き消すように怒鳴るルザミーネさん。

 そこまで言うのなら見せてあげようじゃないか。

 

「ダークライ、メガシンカ」

 

 その瞬間、世界が裏返った。

 白い光が闇に飲まれる。

 天井から黒が垂れ、床から黒が湧き、壁の白さが削ぎ落とされていく。

 まるで、この理想郷そのものを塗り替えるみたいに。

 それを目の当たりにしたルザミーネさんが目を見開き、リーリエもムーンも息を呑む。

 地面があるのかどうかも分からないくらい視界が黒一色だからな。その割に全員のことは見えている。

 光という物理法則すら無視した闇の空間。

 そこに姿を変えて巨大な目玉と化したダークライが、目玉を突き破って顔を出すと、メガシンカしたダークライの気配が、闇に包まれた建物全体を支配していく。気配というより殺気に近いかもしれない。殆どの人が恐怖心を抱くことだろう。

 理想の世界が、闇で包み込まれて――世界が乗っ取られた瞬間である。

 

「……なに……これ……」

 

 ルザミーネさんの声が掠れる。

 

「出来るんですよ」

 

 俺は淡々と答えた。

 ――次の手を添えて。

 

「ウツロイド」

 

 新たにボールからウツロイドを出すと、白い体が俺に纏わりついてくる。

 そして、次第に身体は黒く染まり、闇と同化していく。

 

「な………んで………」

 

 変化した俺の姿に開いた口が塞がらない。

 身体は硬直して、明らかに動揺の色を見せている。

 

「お母……様と………一緒………!?」

「ううん、違うよリーリエ。ルザミーネさん以上に同化していて、それでいて主導権はヒキガヤさんのまま。ルザミーネさんとでは比較にならない程の上位互換、完成形だよ」

 

 リーリエも初めてみるのだろう。

 声が震えてカタカタと歯が鳴っている。

 俺とウツロイドのことを知っているムーンだけが、落ち着いたまま。

 

「ルザミーネさん、あなたが何を恐れているのか分かりませんけど、どうやらこれくらい出来ないと世界なんて変えられないみたいですよ?」

 

 ムーンちゃんや。

 これくらい出来ても世界は変えられないからね?

 

『「ウツロイドノドクニヤラレタクライデ、ナニヒキコモッテンダヨ」』

 

 俺が一歩近づくとルザミーネさんは一歩後ずさった。

 

『「オレナンカ、モウホンミョウデソトニデルコトナンテ、デキネェンダゾ」』

 

 ゆっくりとさらに近づいていく。

 

『「ナマエガアルダケ、アリガタクオモエ」』

 

 少しだけ事情を知っているムーンが、視線を逸らした。

 

『「カエルバショガアルダケ、アリガタクオモエ」』

 

 リーリエが息を呑むのも分かった。

 

『「ツミダトオモウナラ、サイゴマデセオエ」』

「……やめて……」

 

 ルザミーネさんの声が震える。

 ようやく少しだけ強がりが剥がれ始めたようだ。

 

『「オレダッテ、ナンニンモギラティナノマエニオクッテルンダ。イマサラ、ムジツダトカイウツモリモナイシ、ダレニモセオワセネェ」』

 

 ルザミーネさんの肩が揺れた。

 効いている。

 彼女の中で、罪悪感と恐怖が同時に膨らんでいるのだろう。

 強がりは既に上書きされたと言ったところか。

 

『「ソレデモモドリタクナイナラ、エイエンノセカイニオクッテヤル。ダークライ」』

「やめてぇぇぇぇぇぇっっ!!」

 

 想像出来てしまったのだろう。

 恐怖心に限界を迎えたルザミーネさんは、頭を抱えながら癇癪を起こした。

 膝から崩れ落ちそうなのを必死に耐えている。

 せめてもの強がりなのだろう。

 ………もう、大丈夫そうだな。

 

『「ウツロイド」』

 

 一声かけるだけでウツロイドは俺から離れていく。

 

「お母様……!」

 

 俺はそのままウツロイドをボールに戻すと、リーリエが涙を浮かべて駆け寄っていった。

 俺は深く息を吐いた。

 ああ、疲れた。

 悪役を演じる分にはいいが、夢の中ってのは一歩間違えると取り返しのつかないことにもなりかねないから、すげぇ神経使ったわ。

 

「見事な悪役っぷりですね」

「そういう割には泣きそうじゃねぇか」

「だって………」

 

 そう言いながら俺の胸に静かに飛び込んでくるムーンちゃん。

 

「頑張ったな」

 

 ムーンの頭を撫でながら最後に見えたのは、ルザミーネさんがリーリエの手を取ろうとする仕草だった。

 そして――闇がすべてを呑み込んだ。

 

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