ポケモントレーナー ハチマン 完   作:八橋夏目

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135話

 現実世界に戻ってくると、しばらくしてルザミーネさんが目を覚ました。

 全員が安堵する中、俺は睨まれても困るのでそそくさと外へと退散。

 海を見ながらぼけーっとしている。

 

「迎えまだかなー…………」

 

 俺の役割ってもう終わったと思うんだけどなー。

 セレビィ、出て来ないなー。

 もう星が出てきちゃってるんだけどなー。

 

「あ、いた………」

「ん………?」

 

 後ろから声がしたので振り向くとムーンが立っていた。

 

「何で外にいるんですか」

「や、だって、睨まれたくないじゃん?」

「それは………でも、ルザミーネさんも分かってるとは思いますよ? ヒキガヤさんが態と悪役を演じていたってことは」

「それはそれで恥ずかしいだろ」

「……………小心者」

「言うな………」

 

 肩を竦めながら視線を海に戻す。

 夜の海は静かで、波の音だけがやけに大きく聞こえた。遠くに灯る施設の明かりが、さっきまでいた夢の世界と妙に重なって見える。

 

「でも……ありがとうございます」

 

 ムーンが小さく、でもはっきりと言った。

 

「ん?」

「ルザミーネさん……ちゃんと起きました。今はリーリエと話してます」

「……そっか」

 

 それだけで十分だった。

 正直、顔を合わせる勇気はない。起きた直後のルザミーネさんに、俺がどう映るかなんて考えたくもない。

 

「責められてませんよ」

「そりゃよかった」

 

 まあ、ぶっちゃけそこは心配してないからいいんだけど。

 

「ヒキガヤさん」

「んー?」

「……悪役、向いてますね」

「褒めてねぇだろ、それ」

「褒めてますよ。一応」

 

 ムーンはそう言って、俺の隣に並んだ。

 少し距離を空けて、同じ海を見ている。

 

「でも……ああいう役をやる人ほど、本当は前に出ちゃいけないんだと思います」

「……は?」

「だって、全部背負う気でしょ」

 

 図星すぎて言葉が詰まる。

 まさかムーンにそれを言われるとは………。

 俺も経験したからこそ、そう思って推定死亡を利用したってのに、まさか言動だけでそこを突かれるとは思わなかったな。

 

「責任も、罪悪感も、誰かの恐怖も。必要なら、全部」

「……悪役の特権だよ」

「それ、逃げです」

 

 ぴしゃりと言われて、反論できなかった。

 この子、言うようになったね。

 

「ルザミーネさん、さっき言ってました」

「何て?」

「『あの人は……怖かった。でも、あの人が一番怖い思いをしてた気がする』って」

 

 胸の奥が、ちくりと痛んだ。

 

「……それ、本人に言われるよりキツいな」

「でしょうね」

 

 ムーンは少しだけ笑った。

 

「でも、だからこそ……」

「ん?」

「ヒキガヤさんの役割、まだ終わってませんよ」

「……はぁ?」

 

 海の向こうを指差すムーン。

 夜空には、いくつか星が瞬いている。

 

「セレビィ、まだ来てません」

「それは知ってる」

「時間が動いてないんです」

 

 その言葉に、背筋がわずかに冷えた。

 

「だからわたしとお話ししましょう!」

 

 だが、その一言で空気がガラッと変わった。

 今湿っぽい空気だったよね?

 急に明るくなったから、思わず草の上にずっこけちゃったじゃん。

 

「な、なんでだよ………」

 

 起き上がりながら聞き返した。

 

「ヒキガヤさんには甘えたい時に甘えてもいいんですよね?」

「うっ………」

 

 誰だよ、そんなこと言ったやつ。

 俺だな。そんなこと言ったような気がする。

 というかそれを引き合いに出してくるとかズルくね?

 あ、女の子はズルい生き物だったわ。

 ほら、いろはすとか特に。

 

「……あれはお前だけが重たいもん背負わされてるように見えたからだ」

「なら、何も問題ありませんね」

「どこが」

「今のわたしは重たいものから解放されました。図鑑所有者でも解毒薬を使っていたわたしでもありません。ただのムーンです。………甘えちゃダメ?」

「うっ……」

 

 あざとい………。

 コテンと小首を傾げるんじゃない。

 そして見上げてくるな。

 

「ええぃ、やめぃ。さっきから段々とお前の将来像が見えてきて、背筋がゾッとしてくるわ」

「チッ………」

 

 っべー、マジべーわ。

 舌打ちするところまで引っくるめて、いろはすだわ。

 

「ったく、俺も大概だとは思うが、お前も拗らせすぎだろ」

 

 一体誰に毒されたんだか。

 

「ふへへへへっ」

 

 笑い事じゃないってのに、だらしない笑みを浮かべるムーンに毒気を抜かれる。

 ………あ、毒で思い出した。

 

「ムーン、解毒薬を作ってみてどうだった?」

「んー、周りに迷惑をかけていた頃に比べると成長できたんじゃないかと思います。ただ、もっと早くに自覚できていれば、ポッチャマが毒に侵されることもなかったんじゃないかと思えて悔しいです」

「その自覚と反省が出来た時点で充分だろ。中には一生そういうのを理解出来ないような奴もいるんだし」

 

 ちゃんと言語化出来てる時点で、その失敗には価値があったのだ。

 ポッチャマもそうでなければ浮かばれないだろう。

 毒から回復した今では普通にムーンに懐いてるみたいだし。

 

「でも、ルザミーネさんが目を覚ました今、心にぽっかり穴が空いた感じです」

「燃え尽き症候群ってやつだろ」

 

 重たい責任から解放されたのだ。

 その空白部分が埋まってないと逆に落ち着かないってだけの話で、ここで新しいものを詰め込む必要はない。詰め込んでたら、身体を壊してやりたいことが出来なくなって本末転倒である。

 

「やりたいこととかないのか?」

「折角アローラに移住したんで、アローラでできることがいいです」

「研究とかか?」

「そうですね。何だかんだ言ってもわたしは研究者ですから。そこが変わることはありませんよ」

 

 研究者であることは最早アイデンティティと言ってもいいのだろう。

 そうなるとやっぱり保護者が必要だよな。

 一応、半裸な博士がそれっぽい立ち位置になるのだろうが、この際もっと大きな括りにしても問題ないかな。

 

「よし、それならお前とソニアはじーさんらに面倒見てもらった方がいいのかもな」

「はい? ソニアって誰ですか……? それにじーさんらって?」

 

 ソニアのこともあるし。

 やはり二人をオーキドのじーさんらと面会させるのが一番いいだろう。ソニアも一人でそんなところに放り込まれるよりは幾分か余裕が出てくるだろうし。

 …………出てくるよな?

 

「ムーンは俺がアローラにいた理由は覚えてるか?」

「えっと、暗殺事件に遭い、ウツロイドを纏ったまま破れた世界で半年程過ごして、出てきたらアローラだった、でしたっけ?」

「まあ、概ねそうだな。あっちでは一月もいた感覚がないのに、戻ってきてみれば半年経ってるわ、出てくるところ間違えてるわ、なんか死にかけるわで散々だったな」

「死にかけすぎですよ」

「それな、ほんとそれ」

 

 破れた世界での時間感覚の麻痺が、そもそもの始まりなのだろう。

 あそこで過ごしたのが、現実では半年も経っていて、アローラに降り立ってウツロイドから解放されたら、途端に呼吸が出来なくなって危うく死にかけたし、カロスに戻ってもまた飛ばされるし。

 死にかけるか時間移動か、そんなのばっかりだわ。

 まあ、それは今は置いといて。

 

「で、その暗殺事件に遭う前、カントーでポケモン博士が一堂に会した会議があったのよ」

「あ、なんか言ってましたね。ククイ博士が。…………ん? じーさんらってナナカマド博士たちのことですか?」

「よく分かったな」

 

 あの人、結構お喋りだろ。

 情報ダダ漏れじゃね?

 俺の個人情報とか大丈夫?

 

「態々その会議を持ち出してくるくらいですから、その時の参加者でお爺さんって部類に含まれるのは、ナナカマド博士、オーキド博士、ナリヤ博士の三人のことだと推測したまでです」

「ほーん。なら、ついでに聞いておくが、ナナカマド博士が一番に出てきた理由は?」

「うちのパパンの上司なので」

「……………………」

 

 …………そうきたか。

 流石にそれは予想してなかったわ。

 前に言ってたか?

 覚えてないってことは、言われていてもさらっと流されているのだろう。

 

「あれ? 言ってませんでしたっけ?」

「聞いたことないな。マジかよ………、まさかそこに繋がるのかよ」

 

 それにしても世間は狭いな。

 世界規模な話なのに世間が狭い。

 これじゃ、ソニアが一人だけ孤立しそうで可哀想になってくる。

 ソニア、持ち前のコミュ力で何とかしてくれ。

 少なくとも同じ状況に放り込まれた場合の俺よりはどうにかなるはずだ。

 

「なら、話が早いって思った方がいいのかもな。ナナカマド博士たちってこう言っちゃ悪いが、老い先短いだろ? 誰かしら研究を引き継げる後継者とか用意しとかなきゃやべぇんでねーの? って言う話だ」

「博士もそれは常日頃から気にかけてはいましたよ。でも博士のように上手くいくなんて思えないって、うちの父はおよび腰です」

「まあ、そんなもんだろ。でも、それなら丁度いい人材がいるじゃねぇか」

 

 チラッとムーンを見ると、段々と顔が青ざめていく。

 俺の言わんとしてることが分かったのだろう。

 

「………ま、まさかわたしに引き継げと!?」

「全ての研究を引き継げとは言わねぇよ。ただ、俺がスポンサーになるからには、それくらいはして欲しいなーって思うわけよ」

「くっ………ここにきて断れないカードを使ってきますか………!」

 

 そんな相当ダメージ受けたようなリアクションしなくてもいいだろうに。

 急ぎの話じゃないんだし、目的がないんだったら、引き継いでみれば? って話である。

 

「というか、そもそも何でヒキガヤさんが呼ばれてるんです?」

「見届け人だとよ」

「見届け人?」

「カロスポケモン協会理事。その肩書きなら、じーさんらが集まって話した内容の信憑性を保証出来るとか、そういう感じじゃねぇか? まあ、実際のところはそれは表向きの話であって、半数近くが知り合いだったもんだから、嵌められたってやつだ」

 

 それ程までにポケモン協会の理事という肩書きは強いらしい。

 ポケモン博士だなんだのと言われているオーキドのじーさんらよりも上の立場になるからな。

 

「えっ………」

「なんだよ」

「しれっとすごいこと口にしませんでした? 半数近くが知り合い?」

「オーキドのじーさんとはまあまあ長いし、オダマキ博士にもジュカインが世話になってたし、プラターヌ博士は面倒見てやってるし、ククイ博士は第一回のカロスポケモンリーグ大会の時に会ったしな。付き添いで来てたダイゴさんとかシロナさんとも顔見知りではあったし、オーキドのじーさんの孫であるグリーンにも何やかんや縁があってな………」

 

 だからこそ、嵌められたのだ。

 最初から目的を言ってしまえば、俺が出てこないことは皆分かっているから。

 本当にいやらしい人たちだわ。

 

「博士の助手を父に持つわたしよりも多い………」

「偶々だ、偶々」

 

 あと生きてる年数が十年弱違うんだから、この先十年でムーンも俺以上の人脈を得ると思うんだがな。

 

「で、先に俺を利用しようとしたのはあっちなんだし、俺もじーさんらを利用してやろうかと思ってな」

「何するつもりなんですか………」

 

 なんか段々とムーンの警戒心が強くなってきてないか?

 

「別に大したことじゃねぇよ。ムーンとソニアを鍛えてもらおうと思ってるだけだ」

「さっきも出てきましたけど、ソニアって誰です?」

「ガラル地方にいるマグノリア博士って人の孫」

「また博士………」

 

 確かに言われるとマグノリア博士とも繋がりが出来たってことなんだよな。一応、顔も合わせていることだし……………覆面してたかもだけど。

 

「ダイマックスの研究している人で、確かダイマックスを使えるものにした人とか言ってたかな」

「バリバリの偉人じゃないですか!?」

「そんなのを祖母に持つソニアは、まあすんごいコンプレックスの塊でな。婆ちゃんに加えて現役チャンピオンが幼馴染で、親友がジムリーダーっていうかなりキツい立場なわけよ」

「うっわ、なんですかそのオンパレード。わたしだったら絶対引き篭もる」

 

 ソニア。

 まだ顔も知らない相手にドン引きされてるぞ。

 やっぱりお前の立ち位置がそもそもおかしいんだって。

 

「しかも昔はソニアの方がチャンピオンーーダンデっていうんだけど、そいつよりもバトルが強かったみたいでな。二人一緒にジムチャレンジに参加した時に、みるみる頭角を現すダンデに対して、多方面からのプレッシャーに晒されたソニアは途中敗退。だけじゃなくてネットにあることないこと書かれて、散々だったらしい」

「…………泣いていいですかね」

 

 それな。

 こんなんなったら、心が擦り減るってな。

 それでもポケモン研究の道に進んで、何だかんだでダンデとの関係をどうにかしたいと思ってるんだから、ダンデに対しての感情は相当なものなんだよ。

 ソニア自身にその自覚がないからタチが悪いんだけどな。

 

「それでも今は研究者の卵として、婆ちゃんに鍛えられているんだよ」

「メンタル鬼過ぎません?」

「だから俺からの細やかなプレゼントってわけだ。じーさんたちと対等に意見を出し合える場をな」

「嫌すぎる!? そんな急にプレッシャーの高いところに放り込まれるとか、何の罰ゲームですか?!」

 

 多分、大丈夫だと思う。

 うじうじ言ってはいるけど、放り込まれたら逃げ切るためにも全力でその場を上手く立ち回ってみせるだろうし。

 

「いろんなコネクションを築けるんだぞ?」

「段階ってもんがあるでしょ!」

「いつまで経っても俺の前でうじうじうじうじしてる奴が悪い」

「この人最低だ!?」

 

 ムーンちゃん、そんなカッカしなさんな。

 ソニアのことばっかり言ってるけど、お前も一緒に放り込まれるんだからな?

 

「そんなこと言ってるけど、お前も参加だってことを忘れるなよ?」

「そうでした………! ソニアさんの話に流されるところだったけど、わたしも参加するんだった………」

「まあ、お前は知り合いばっかだから平気だよな」

「ソニアさんに比べればの話でしょうよ。わたしだって緊張するんですからね!」

「カロスポケモン協会の理事とこんな会話してるのに?」

「……………………今日は月が綺麗ですねー」

 

 あ、こいつ現実逃避し始めた。

 確かに今日の月は綺麗だけれども。

 もしかしたらお月見山でピッピたちが踊っているのかもしれないが、ムーンとの会話まで踊り出したら埒が明かないからな。

 気をつけよう。

 

「わっ?! な、なにするんですかっ」

「いーや、別にー。ただ、現実逃避している誰かさんの目を覚ましてやろうかなと」

「いーやーでーすー。現実なんて見たくないー」

 

 わしゃわしゃと頭を撫でてやるとムーンが暴れ出した。

 意外とムーンの頭って俺の手に収まりがいいんだよな。

 このまま力を入れたら、どうなることやら………。

 

「いた、いたたたたっ!?」

「あ、すまん」

 

 なんて考えてたら、力が入ってしまっていた。

 

「まあ、取り敢えずじーさんらを集めるのは、俺の後輩に任せてあるから、いずれやることにはなると思うんだわ。セレビィにもその時は俺を捩じ込むように伝えてあるし、了承も得たからやらないことはないと思う。だから、その時まででいいから一つ俺の頼みを聞いてくんね?」

「…………何やらせようって言うんです?」

 

 うっわ、めちゃくちゃ警戒してんな。

 

「いや、特に危ないことをやらせるつもりはないんだ。ただ、月刊オーカルチャーっていう雑誌があってな。月ごとに変なポケモンを紹介していたから、それを研究者目線でまとめておいてくんねーかなって。別に現地まで行って調べて来いとかは言わないからさ」

「…………何がそんなに気になったんですか?」

「古代の姿たら未来の姿たら、そんなのが書かれてたんだわ。ただ、その中にメガシンカに似た姿のポケモンもいてな。その辺、どうなってんだろうなと思って調べて欲しいなと」

「メガシンカに似た姿、ですか………」

「で、そのことも含めてじーさんらに共有しておきたいってわけだ。俺は別に研究者が本業ってわけじゃないし、時渡の最中だから、まだ纏まった時間が取れるわけでもない。だからムーンに調べて欲しいってわけだ。分からなければ、分からないでもいい。大事なのはそういうのがあるっていう話の共有だからな」

 

 捨て置ける程、どうでもいい内容でもなかったし、かと言って俺が調べてられる時間もないんでな。

 調べた上でよく分からないなら、分からないでいいし、オーキドのじーさんたちに共有出来ればそれでいいのだ。

 

「………ひょっとしてわたしに逃げ道を用意してくれてます?」

「というより、本格的に調べるかどうかをじーさんらに判断を丸投げするために下調べだけはやっておいたぜ、ガハハ! ってだけだから、ムーンが気負う必要はないって話なだけ」

「………本当にズルいですね」

「ビィビィ!」

「さて、お迎えが来たことだし、ここまでだな」

 

 セレビィが来たことで、ムーンのズルい発言は聞かなかったことにした。

 まともに返したところで、言われそうなことは分かってるからな。

 時には聞かなかったことにすることも大事である。

 

「………ほんとにこの人は。なんかあっという間ですね。こんなのばっかなんですか?」

「こんなのばっかだな。時間の感覚がおかしくなるから、こんな旅行はおすすめ出来ないぞ」

「やりたくないんで大丈夫です」

 

 俺もやりたくないんだけど。

 そういうわけにもいかないから、仕方なくやってるだけだからな?

 

「んじゃ、今度はじーさんらを集めた会議になるかな。ククイ博士には話がいくと思うから、お前も駄々捏ねてでも来いよ」

「普通にククイ博士に事情を話して着いていきますから………」

 

 行きたい行きたいって地団駄踏むムーンを見たかったのに残念だ。

 

「月刊オーカルチャーのことは頼むぞ」

「時間が出来ちゃったので、仕方なく引き受けてあげます」

 

 ムーンの頭を撫でると生意気なことを言ってきた。

 そうは言うが、ちゃんとやってくれることだろう。

 したり顔のムーンを最後に、俺の視界は白い光に包まれていった。

 

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