あれから砂浜の方に降りて、ククイ博士宅の前でバーベキューに相成った。バーネット博士がルザミーネさんについて行っているため、現在独り身の半裸男は自由気ままに生活しているらしく、ドンチャン騒ぎを起こしても問題ないらしい。
俺はそんなバカどもを遠目に空を見上げていたら、いつの間にか寝ていたらしく、気が付いたら朝だった。
朝から茹だるような暑さ。
移住だけは絶対に無理な地方トップグラスだという感想しか抱けない。
「………みんなすげぇな。よく砂の上で寝れるな」
夜はまだいい。熱が引いて砂も気持ちよかった。だが、朝からこの暑さだ。既にジリジリと砂が熱くなってきている。だというのに爆睡している奴らは何なんだろうか。
「………ニャァ」
「………はい?」
………いやね。なんか重たいとは思っていたのよ。無駄に暑苦しくも感じてはいたのよ。
それがまさか腹の上でポケモンが寝ているとは思わないでしょ。
カマクラーーニャオニクスに似てないこともない全身黒を基調とし、赤の縞々模様が入っている小型なポケモン。
「人の上で気持ちよさそうに寝やがって………」
これでは身動きも取れそうにない。幸い砂の上で寝ているわけではないし、パラソルの下でビーチチェアに横になっているから何とかなりそうではあるが、出来ることなら室内に移動したい。
「………抱いていけばいけなくもないか」
小型なポケモン故に、抱き抱えようと思えば楽勝だ。
今はそれよりも室内に入りたい。それと水分も欲しくなってきた。こんな朝から炎天下にいたのでは脱水症状になり兼ねないし、さっさと入るに越したことはないだろう。
「よっこらせっと」
身体を起こして立ち上がり、併せて眠りこける小型ポケモンも抱えてククイ宅へと侵入。鍵は開いていた。不用心だなと思ったが、周りにご近所さんすらいないこんな砂浜で用心もくそもないなと納得しておく。何なら俺たちがいつでも入れるようにしておいてくれたのかもしれないし。
「お、ハチマン、おはようさん」
「うす、おざます」
中では悠々と椅子に座ってタブレットをいじっている家主が。
一人だけ涼しい思いをしやがって。
「何抱いてんだ?」
「起きたら腹の上に乗っかってたんすよ」
ニャスパーだった頃のカマクラを撫でるように、抱き抱える小型ポケモンの顎を撫でると「ニャァ………」と息を漏らした。
だらしない顔をしやがって………。
「ああ、ニャビーか。ここには元々いなかったし、野生だろうな」
「何でまた野生がこんなところに………」
そんなだらしない顔を見たククイ博士がポケモンの種族を言い当てた。
なるほど、こいつはニャビーというのか。
アローラのポケモンはほとんど勉強してないからな。知ってるの、ウルトラビーストくらいじゃね?
「アローラはそういうところだからな。あんまり野生のポケモンも人間に対して警戒心がないんだよ」
「それ野生として大丈夫なのか………?」
見るからに人慣れしているニャビーさん。
最早野生に返す方が危険なのではと思えてくるくらい、緩み切っている。
「あ、ヒキガヤさん! おはようございます!」
「おお、ムーン。おはよう」
早起きなのがもう一人いたか。
こっちは真面目少女だからな。起きていても不思議ではない。
それにしても寝癖がすごいことになってるぞ。俺のアイデンティティが危うくなるくらいには立ってる。
「ムーンは早起きだったんだな」
「そうでもないですよ。わたしが起きた時にはククイ博士とクチナシさんが既に起きてましたから」
「因みに何時起き?」
「一時間くらい前ですかね」
お、おおう………。
今何時だと思ってるんだろうか。
チラッと見ただけだが、まだ六時前だぞ?
早起きなんてもんじゃねぇ………。
だが、この時間で既に暑苦しいという現実。住めば都というが、本当に俺の身体は適応出来るのだろうか。ちょっと心配だ。
「………元気だな」
「それが取り柄だからな」
「それで、そのクチナシさんは?」
「ウラウラ島に帰ったぜ。ハチマンの挑戦待ってるってよ」
「はあ………、やっぱり行かないとダメなのか」
俺とバトルするの楽しみにしてるって言ってたもんなー。あれ、冗談だったらよかったのに。
となると、島巡り? とやらをやることになるのか?
それはそれでアローラの文化知るためにもいいかもしれないが、それよりも今は一度カロス地方戻りたいからなー。時間的猶予はそうないんだし、時間のかかることはあまりしたくないんだよなー。
「昨日のハチマンを見ている分には、カプたちも認めてたみたいだし、ほぼ島巡りが終わったと言ってもいいんだよな………」
え? 今何と?
ほぼ島巡りが終わった………?
そもそも島巡りがあまりよく分かってないが、マジで終わったのん?
「そうですね。ヒキガヤさんの域まで到達している人はまずいないでしょうし、島巡りの意味が霞みそう」
え? 霞んじゃうの?
言い方が悪いがそんなにレベル低いのか?
「だから島キング・島クイーンとバトルするだけってのはどうだ? みんなにとってもハチマンみたいな強者とバトル出来るなんてまたとない機会なんだよ」
「………まあ、それくらいならいいか。そんな時間もかからないだろうし」
「ああ、どうせ観に行くつもりなんだろ?」
「まあな。今年の優勝者くらいは自分の目で観ておきたい」
分かってらっしゃるじゃないの。
そもそもカロスでの大会のことはククイ博士によるタレコミだからな。俺がどういう行動を取るかなんて分かっていたはずだ。
「優勝者?」
「ああ、ムーンにはこの話したことなかったよな。今カロス地方では去年ハチマンたちが主催したポケモンリーグ大会の第二回が開かれてるんだよ」
「………ん? ヒキガヤさんたちが主催?」
ククイ博士の言葉に理解が追いついていないのか、ムーンがコテンと小首を傾げる。
そしてややあって俺の方を見るとまたコテンと逆方向に小首を傾げた。
「………あ、そういえば結構な地位にいたんでしたね」
ようやく理解したかと思えばこの言いよう。絶対忘れてたな。昨日も似たような反応していたくせに。
「お前、俺が元ポケモン協会の理事ってこと忘れてただろ」
「やだなー。そんなわけないじゃないですかー。ただヒキガヤさんのイメージに全くないので結びついてないだけですよー」
「それ、もっと酷いからね? こんなんでも自分の金を寄付して再興したくらいには貢献してるんだぞ?」
絶対信じないだろうがな。
一応言っといてやろう。じゃないとムーンの中での俺が一体どういう人物に作り替えられてしまうのか計り知れないぞ。
「…………………ヒキガヤさん、他人のわたしがこんなことを聞くのはマナー違反だとは思いますが、答えてください」
「まあ、答えられることなら」
「貯蓄いくらあるんですか?」
直球だな!
だがしかし!
こんな状態になってるんだから、もちろんあるわけないだろう!
ワハハ!
…………はあ、悲し。
「今はほぼない」
「ああ、聞き方が悪かったですね。寄付する前はいくらあったんですか?」
「………億は余裕で超えてた」
「ヒキガヤさん!」
うわっと!
いやいやいや近い近いいい匂い近い!
急に詰めてくるなよ!
しかもそんな真剣な目で。俺を犯罪者に仕立て上げる気か!?
「な、なんだよ………」
「わたしと結婚してください!」
………………………………。
「はい?」
今こいつ何つった?
「だからわたしと結婚しましょう!」
ドヤァ! と胸を張るムーン。
一体この子は何を誇らしげに胸を張っているのだろうか。ルミルミと同年代のお子様がない胸を張ってもねぇ………。
「………ニャァ」
「お前の毛フサフサだな。全然野生のポケモンとは思えないぞ」
うん、聞かなかったことにしよう。
それよりもこのニャビーをどうするかだ。一撫ですれば毛の良さが伝わってくる。リザードンとはまた違った柔らかい毛だ。ただ、こいつも進化をしていくに連れて毛が太く硬くなっていくんだろうな。それでも手入れ次第ではそれ相応にフサフサになるがな。
「そのニャビーは?」
………よし、話が逸れた。
「朝起きたら腹の上に乗っかってた」
「はあ……」
「アローラのポケモンって警戒心薄いのか?」
「そうでもないとは思いますけど………あ、でも他の地方に比べたら緩いかも」
「ほーん」
研究者ともなればポケモンのことを話題にすれば食いついてくるのは分かっている。あとはどこまで興味を惹かせられるかだな。
「そのニャビー、どうするんですか?」
「どうしようか………、こいつ全然起きねぇんだよなー」
寝言のように鳴くニャビーは夢でも見ているのだろうか。
こうして見るとまだまだ幼さが残っていて、可愛く見えてくる。実年齢は知らないが、これで高齢ってことはないだろう。まあ、進化してないから若いということにはならないし、その逆も然りだ。だから見た目で判断するのはご法度と言えよう。
「ニャビーはほのおタイプのポケモンですからね。熱には敏感なところがあるのかもしれませんよ」
「それは何か? 俺から離れないのは俺の熱を気に入ったとかって言いたいのか?」
「そう言われると研究したくなってくるじゃないですか。だからヒキガヤさん! わたしと結婚しましょう!」
だぁぁぁあああああああああああああああっっ!!
折角話を逸らせてたってのに!
こいつもこいつで話に乗っかるフリして話の基軸を修正して来やがったぞ!
これが天才の実力ってか!
「………病気だな」
「病気じゃありません!」
嘆くことしか出来ない俺の呟きにムーンが真正面から返してくる。
こいつはどうして俺なんぞと結婚などという人生の一大イベントを、そのクソガキの歳で敢行しようという発想に至ったのだろうか。こいつこそ研究するべきなんじゃないか? 特殊な人間だぞ?
「ククイ博士、ゲラゲラ笑ってないでムーンをどうにかしてください」
「クハハハハッ! いいじゃないか、ハチマン! モテモテで! 羨ましい限りだぜ!」
「他人事だからって………。これがロリっ子じゃなければもう少し心が揺さぶられただろうに………」
でももう俺にはあいつらがいるからね。揺さぶられたとしてもそれ以上のことはない。
「わたしのこと、キライですか………?」
んぐ………。
こいつ、俺より身長低いのをいいことに上目遣いからのつぶらなひとみを使って来やがったぞ。
………いかんいかん。
こんなことで動揺していては先が思いやられる。
「嫌いではない」
「では!」
まあ、変な部分もあるが好意的な奴だと思う。広い範囲で言えば、こいつに何かあった場合には俺も何かしらのアクションを起こすことも吝かではない。付き合いは非常に浅いが、そう思わせるだけのものをムーンに感じているのも事実。
「………はあ、何が目的なんだよ」
だからこそ、何と返すのがいいのかさっぱり分からん。
「ヒキガヤさんと結婚すれば、地位も財産もある人のお嫁さんじゃないですか」
「まあ、傍から見たらそう見えなくもないだろうな」
「そうなればわたしは研究し放題じゃないですか! 研究費のこととか気にせず好きなだけ! 好きなことを! ああ、なんて素晴らしい!」
……………。
「………つまり、支援者がいれば結婚とかどうでもいいと?」
「まあ、端的に言えばそうなりますね」
……………。
「ん?」
「………マジか。愛もへったくれもねぇ……………」
ピンク色な話が途端にモノクロに変わったぞ。
なんつー動機だよ。それ、ただの金蔓じゃねぇか。
俺の気遣いを返せ! 何が研究し放題だ!
「あー……まず、先に言っておくとだな。俺には既に嫁的なのが何人かいる」
「ええ、聞きましたよ。初めての親友にストーカーに後輩にストーカーの姉に実の妹、加えて元恩師に先輩に過去に告白した相手とかも誑かしているハーレム鬼畜野郎だって」
「うん、間違ってないけど、マジで俺が鬼畜以外の何者でもなく聞こえるからその目はやめような」
いやほんと。
無駄に覚えているし、それを嬉々として思い出されると逆にこっちの心が痛んでくる。これが冷たい視線だったら自覚がある分、まだよかったんだがな。
「なら聞くが、そんな男をお前はどう思うよ」
「彼女たちはいがみ合ってるわけじゃないんですよね?」
そうだな。
そう思うと不思議なことだよな。もっとドロドロな関係になりそうなものを。ユキノとユイに至っては百合百合しいしな。
「仲は良いな。お互いべったりな奴らもいる。何なら俺に何かあったら全員で犯人を血祭りに上げそうなくらいだな」
というか現に俺がこんな状況になってるんだから、マジでやってそう。
「なら、問題ないのでは? それだけ統率の取れたハーレムなんて男の理想じゃないですか。というかそもそもヒキガヤさんにそれだけの甲斐性があるからこそでしょ。そこにわたしも加わればお金ガッポガッポでウハウハな気分で研究に没頭出来ますよ!」
ダメだ………。
この子の頭の中は研究のことしかないわ。
研究者としては将来有望だが、女の子としてはどうなんだ………?
人のこと言えた義理ではないが、それでももう少し願望とかあるでしょうに。
「取り敢えず、お前の頭の中にはポケモンの研究しかないことだけは分かったわ」
こうなったら、ムーンに結婚を迫られるのを回避するために、研究費のバックアップに出るべきか………?
「何というか、地位も財産もある使い勝手のいい兄貴を使い倒そうとする妹って感じの構図だな」
やめろよ、そんなゲラゲラ笑いながら他人事のように言ってんじゃねぇよ。このちょっと手段を選ばないところとかコマチに似てなくもないかもとか内心思わなくもないってのに、そんなこと言われたら余計に怖くなってくるだろうが。
「………はあ、絶対こいつの兄貴にはなりたくねぇな」
そう言えば、姉貴がいるとか言ってなかったか?
ムーンのお姉さまもご愁傷様で………。
「お兄ちゃん、だーいすき!」
……………………。
「…………………」
「…………………」
「…………………」
「………っ」
お互いの空気が固まりじっと見つめ合うと、ムーンの顔がみるみる紅くなっていった。
「恥ずかしいならやるなよ」
「だって、ヒキガヤさんがわたしの兄にはなりたくないって言うから、つい……」
尻窄みになりながらモジモジしているムーン。
可愛いかよ!
最初からそういう姿を見せられれば俺だって大きく揺さぶられただろうに。
「ったく、お前は色々と背伸びし過ぎなんだよ。大体お前は世間一般的に、まだスクールを卒業して一年も経ってないような年齢なんだ。研究に没頭するのもいいが、年相応に甘えたってバチは当たらねぇよ」
「こ、子供扱いしないでください………」
「子供が何言ってんだよ」
ぐりぐりと頭を撫でてやるとお気に召さないのか唇を尖らせている。手は頭にある俺の手を退かそうと被せてきたがそれだけで、その先は動かそうとしない。
………こういうところは素直じゃないな。
「ニャァ………?」
「お、目が覚めたか、ニャビー」
「ニャ」
そうこうしているとニャビーが目を覚ました。
「………それで、そのニャビーはどうするんですか」
「どうしような。起きたら俺の腹の上で寝てたから放っておくのもなんだし、こうして抱いてるんだけど」
「一匹で行動している奴だし捕まえても問題はないと思うぞ」
「ニャ〜………」
話を理解していないニャビーは呑気な鳴き声を上げて、俺の腕の中で伸びをしている。
「捕まえるねぇ………」
今の時点で俺の腕の中から出ていく気配もないし、ボールに入れたとしても問題はなさそうだが………。
「お前はどうしたいんだ?」
「ニャ?」
聞いたところで答えが返ってくるわけでもない。
「………ま、ボールに入れるだけが捕まえるってわけでもないしな。しばらく連れ歩くか」
「そういうのも有りなんですね」
「俺は基本そんなんばっかだぞ?」
「それはバトルして捕まえたことがないということですか?」
「ああ、リザードンはヒトカゲの時に家の前で倒れてたし、ダークライは契約、ゲッコウガはケロマツの時にトレーナーを厳選していて結果的に俺を選んで、ジュカインはキモリの時に一人力の出しどころを求めてたからしばらく連れ歩いてただけだし、ヘルガーは一応組織から配布されたポケモンで、ボスゴドラはちょいと協力してもらう機会があってサーナイトなんかラルトスの時に事件の最中で倒れていたところを保護したからな」
「…………それは女誑しの派生能力?」
「知らん」
そんな派生能力あっても嬉しくないな。
誑かしているつもりはないが、今の状況では誑かしていると思われても仕方がないような気もする。結局、将来像を明言せぬままになっちまってるんだし、そこは申し訳ないと思うわけで………。
「………こんな状況だし、マジでどうするべきか」
死人扱いになっている現状、俺は表立ってあいつらの前に姿を出すわけにはいかないのは確か。かといって状況が分からないままアローラに残るのは選択肢にない。一度カロスに戻って状況を把握し、その時アローラに舞い戻ってくるか決めることになるだろう。
ああ、そうなったらムーンの支援をするのもいいかもしれない。働き口もこのメンツならいくらでも用意してくれるだろう。何なら好きなことして稼ぐことだって出来なくはない。
色々手はあるのかもな。
………あ、そうだ。
「話があらぬ方向に行くし超どうでもいいことだが、博士から見てぶっちゃけグズマってどういう存在なんだ?」
「反抗期真っ只中の後輩。手のかかる弟だな」
…………………。
もう少しあいつに優しくしてやろう。