ポケモントレーナー ハチマン 完   作:八橋夏目

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29話

『そこの青年。君は一体何者である?』

 

 ビルの屋上で現実逃避していると、どこからか声が聞こえてきた。

 ………え、まさか先客でもいたのか?

 

『扉の上にあるカメラを見るであるぞ』

 

 キョロキョロと辺りを見渡し声の主を探していると、再度声が飛んできた。

 扉………?

 ………あれ、でいいのか?

 恐らく下に降りるための、というか屋上に出るための扉の方へ向かうと、確かにカメラがある。

 監視カメラだが。

 まあ、そうだろうよ。屋上にカメラがあるとしたら監視カメラぐらいだろうし。こんな高層ビルの屋上に監視カメラというのも不思議な感じはするがな。

 

「えーと、このカメラで合ってますかね」

『合ってるであるぞ』

「あーと、それで?」

『君はどうして屋上にいるのかと問いているであるぞ』

「あー………なんといいますか、やむを得ず不時着したと言いますか………そんなところです。すんません、勝手に敷地に入ってしまって。すぐに出て行きますんで」

「それはいいのであるぞ。それよりもひとまず詳しい話を中で聞きたい。一階に降りてくるである」

「あ、はい」

 

 どうやら逃す気はないみたいだ。

 仕方ない。非があるのはこちらの方だし、言う通りにしておくか。

 降りろということだし、この扉から行けばいいんだろうな。

 

「………うわ、やっぱり階段か」

 

 扉を開けると案の定、下へと階段が続いていた。

 多分降りればエレベーターがあるはず。そこまで降りれば一気に下にいけるだろう。

 気を取り直して階段を降っていく。

 

「それにしても暗いな………」

 

 電気が点いていないため、窓から入る光以外、視界をクリアにする要素がない。このまま降り続ければいずれ暗さが増していくだろう。

 

「………」

 

 しばらく降りていくと階段が無くなった。

 もう降り切った、というわけでもないはずだ。

 代わりにまたしても扉がある。

 多分、ここから出ればエレベーターにありつけるはずだ。

 扉を開けて本フロアだと思われるところに出たものの………。

 

「暗すぎだろ………」

 

 人の気配が全くない。

 高層ビルだし、上の方はテナントも入らなかったのだろうか。

 

「あ、これ非常出口だったのか」

 

 振り返ると扉の上に非常出口のマークが。

 ランプは点いていない。

 使用すらされていないフロアなのは確定だな。

 

「エレベーターは………と」

 

 少し廊下を歩けば、右に八畳程の開けた空間があった。そこにエレベーターらしき鉄製の両開き扉があり、横にはボタンもついている。

 電気が通っているのか怪しいところではあるが、この高層ビルを足で降りるのは流石にしんどいため、物は試しと押してみた。

 

「あ、点いた」

 

 ボタンのランプが点き、上の階層表示は1になっている。

 電気は通っているみたいであるが、何となく使われてない雰囲気が強い。

 2、3、4と数字が増えていくことしばらく。

 42になったところで扉が開いた。

 …………ここ42階層のビルなのか。

 乗り込んで1を押すとゆったりと下降し始めた。

 デパートよろしくガラス張りの壁というわけではないため、外の景色は見えない。

 ぼんやりと鈍いオレンジの光に灯されながら数分、再び扉が開いた。

 

「よく来たである」

「うおっ?! びっくりした………」

 

 エレベーターから降りると突然声をかけられた。

 いきなり過ぎて心臓が止まるかと思ったぞ。

 振り返るとエレベーター横の壁際にサングラスに黒のスーツとシルクハットを被った一人の小さいおじさんが立っていた。杖をついているのを見ると初老くらいだろうか。

 

「着いてくるであるぞ」

「うす」

 

 恐らく、監視カメラから聞こえた声の主だろう。

 ちょっと独特な口調が逆に覚えやすくて助かる。

 廊下を歩きながら四方を見てみると、一階も電気は点いていないようだ。

 ………こんな怪しげな高層ビルに一人の小さいおじさんがいるのか。

 

「………………はあ」

 

 これは二度あることは三度あるとかいうやつかね。

 多分、『また』だろうな。

 また、変な組織に辿り着いちゃった系だろ。

 テッカグヤの対処のためにカラマネロの方を途中で投げ出し、いざ戻ろうとすればアクジキングに遭遇して、なんかよく分からんところに落ちてきた…………。

 俺は一体いつになったらあいつらのところへ帰れるのだろうか。もう十二分に寄り道したと思うんだけどな。

 

「はあ………」

 

 怪しいおじさんに聞かれているだろうが、溜め息が溢れ出てくる。溜め息を吐くと幸せが逃げるとか言うけど、既に逃げられてるんだよなー。何なら絶賛追いかけ中なまである。

 そして何度目かの溜め息を吐いたところで、コツンコツンと二人の足音が鳴り続けていた片方が急に止まった。

 

「入るである」

 

 通されたのは応接室だった。

 ソファもちゃんとある。

 益々怪しい建物だな。

 

「ども」

 

 促されてソファに座った。

 割といいソファなのではないだろうか。ぴったりと身体にフィットして座り心地が丁度いい。

 

「お茶であるぞ」

「ども。いただきます」

 

 いつの間に用意したのか、コトっと目の前に湯呑みが置かれたので、軽く礼を言った。

 

「あ、帽子とサングラスはいいですかね」

「訳ありであるか?」

「ええ、まあ。特に指名手配とかされているわけではないんですけど」

「分かったであるぞ」

 

 よかった。

 流石に顔を見られるのは不味いだろうからな。一応死人だし。

 

「まずは君の名を聞くである」

「う………」

 

 うっ、名前……名前か………。

 そうだな、流石に名乗らないのは不味いよな。なら本名は伏せておいた方がいいか。と言ってもすぐに偽名が思いつくわけでもないし…………。

 

「ハチっていいます」

「ハチ………なるほど、ハチか。覚えたであるぞ」

 

 ………なるほどってどういうことだよ。

 なんか含みを持たれると逆に怖ぇよ。

 

「それで、君はどうして屋上に?」

「いや、まあ、何というか、ワープしたといいますか。気付いたらこんなところにって感じですね」

 

 ウルトラホールから落ちました、なんて言えるわけもないので、そこは濁しておいた。

 

「ワープ? 何かの誤作動でも起きたであるか?」

「まあ、そんなところですね」

「帰れる見込みは?」

「自分の置かれた状況も正確に把握出来ていないんで何とも」

 

 帰るにしてもまず現在地すら分かってないのだ。

 ばしを特定しない限りは帰りようがないだろ。

 

「………ワープした後遺症で記憶が飛んでいるとかはあるであるか?」

「………今のところ支障はないので何とも。ふとした瞬間にあれが思い出せないってことはあるかもしれませんけど」

 

 ………それにしても何かワープしたという話を聞いてもあまり驚かないんだな。

 一般人ならワープ装置もないところにワープしたなんて話を耳にすれば、驚いたリアクションが返ってくるだろうに。それにやけに質問が的確過ぎる。

 やはり、ここは怪しい。

 

「時に、そのワープ装置とやらはどこにあるものなのだ?」

「あー……一応カロス地方、になるんですかね」

 

 ワープ装置でもないからカロスにもないんだけどな。

 あ、でもこれでカロスのことを聞くのに不自然さは無くなったか。

 

「あの、今カロス地方はどういう状況になってるんですか?」

 

 ミアレシティの四方で野生のポケモンたちが乗り込んで来ていたんだ。何かしらが起こっているはずだ。

 そうでなくともあのカラマネロたちをミアレスタジアムやザイモクザのところに置いて来ている。詳細は伏せたとしても犯人の公表くらいはするだろうし、そこも何かしらの情報は発信されていると思うんだけどな………どうなんだろうか。

 

「カロス地方?」

「ええ」

 

 ………ん?

 ここでは何も起きなかったのか?

 

「…………特には何も起きていないであるぞ」

「へっ? いやいやそんなことはないでしょうよ」

「少なくともこのイッシュ地方ではカロス地方で何かが起きているというニュースは流れていないであるぞ」

「イッシュ………?」

 

 今イッシュ地方って言ったか?

 おいおいおい!

 カロス地方ではないのかもと疑ってはいたが、まさかのここでイッシュ地方かよ!

 

「………マジかー」

 

 イッシュ………イッシュかー………。

 ウルトラホールこわー。

 不時着なんて表現したけど、これマジで不時着だわ。

 一体何があったらカロスからイッシュに移動しちまうんだよ。

 

「見たところ行く宛てが無くなったようであるな」

「いやまあ、カロスに帰ればいいだけの話ではあるんですけどね」

 

 はあ………、アローラに行ったかと思ったら、今度はイッシュときたか。

 ここまで来ると誰かが糸を引いて俺をカロスに戻すまいとしているようにすら感じてくる。

 

「ポケモントレーナーのようであるが、腕は立つであるか?」

「あー、まあ、時と場合に寄るんじゃないですかね。ポケモンにも得て不得手がありますし」

「その答えだけで充分であるぞ。君のトレーナーとしての質も高そうである」

「はあ………」

 

 こんなことで良し悪しを図られてもね………。

 トレーナーに求められるのは、それこそ多岐に渡る。バトル面や知識面、経験や発想と限度がない。

 まあ、そこが人々に魅了するのかもしれないが。

 

「一つ提案であるが、我々の組織に入るであるぞ」

「組織?」

 

 え?

 まさかのここで勧誘?

 ヤバい。

 これはマジでヤバい。

 ロケット団やらシャドーやらの過去を彷彿させてくるんですけど。

 ここは丁重にお断りしてさっさとここから退散しよう。

 居場所は分かったのだ。何とかカロスに帰ればーーー。

 

「国際警察であるぞ」

 

 ………は?

 国際警察………?

 この小さいおじさんが?

 

「自己紹介がまだであったな。私のコードネームは黒の壱号。階級は警視長。今は表向き捜査の協力者として活動しているであるぞ。普段はこんな形でマジシャンとして捜査官のバックアップをしている」

 

 警察階級のことは知らないが、警部より警視の方が上なくらいは知っている。その長ともなれば、まあそれなりに偉い人なのだろう。

 なら、この人のことも知っているかもしれない。

 

「………ハンダサムロウという国際警察官のことは知ってますか? 俺はあの人のコードネームも知ってます」

「………ハンサムが使う偽名のことであるな。知り合いであるか?」

 

 ………どうやら国際警察というのは嘘ではないみたいだな。

 

「俺の顔を覚えているかは分かりませんがね」

「君とハンサム君の関係を詳しくは聞くまい。彼の調査の一環で知り合ったのであろうな」

「………そもそもの話、勧誘で警察官になるなんて聞いたことがありませんよ。そんな安易になれるものでもないでしょうに」

「もちろんである。だが、君を一目見れば並のトレーナーではないことはひしひしと伝わってくる。トレーナーの風格は見る人が見れば隠せないものだ。だから、私の地位を使って少々強引ながらも捩じ込む。要は物はやりようということであるな」

 

 ………ん?

 なんか口調がまともになってきたか?

 さっき普段はマジシャンとして捜査官のバックアップをしているって言ってたし、まともな口調の方が素なのかもしれないな。

 

「任務によりますね。言っちゃなんですけど、団体行動とかマジ無理なんで」

「そこは問題ない。私の部下は個別に捜査に当たるようになっている」

 

 と言ってもまだ一人しか部下がいないがな、と続ける小人。

 

「任務はガラル地方への潜伏である。任務期間は………二年程としよう」

「………は?」

 

 小人がカレンダーを見て任務期間を計算すている間、俺もついカレンダーを見てしまった。

 そして、ようやく気が付いた。

 カロスからイッシュにワープしたことよりも重要なことに。

 

「………う、そ、だろ……?」

 

 おいおいおい、これは何かの悪戯か?!

 

「三年前………?!」

 

 そのカレンダーは三年も前のものだった。

 

「カレンダーを見たかと思えばどうしたのだ?」

「一つ聞きたいんですけど、このカレンダー間違ってたりしませんよね? 何年も前のカレンダーを使っているとか」

「それは今年のであるぞ」

 

 …………終わった。

 色々と、終わった。

 

「………はは、どうやら俺は時間までワープしてしまったみたいですよ」

 

 もう泣きたい。

 マジで泣きたい。

 カロス地方で暗殺されかけて破れた世界に引っ張り込まれ、戻って来たかと思えばアローラ地方で。現世に身体を慣らして半年ぶりにようやくカロス地方に戻って来たかと思えば、今度はカラマネロによる襲撃。しかもテッカグヤのせいでウルトラホールに入ってイッシュ地方へとまたまた移動。さらに時間までワープしているとか…………。

 

「………大丈夫、ではなさそうだな」

「流石の俺でも………心が折れそうっす」

 

 無理だ………。

 流石にこれは無理だ。

 折れる。心がバッキバキに折れる。何なら現在進行形で折れていっている。

 三年前。

 三年前なのか、ここは………。

 三年前って、何してたかな。

 ……………………。

 

「…………私も聞いた話でしかないが、国際警察官がワープして来た者を保護したという話がある。彼女は記憶喪失で自分の名前とどこかの塔を守っていたということしか覚えていなかったのだとか」

 

 俺はまだ記憶があるからマシだとでも言いたいのだろうか。

 記憶がないのはないで辛いってことは身を持って知っているが、今は記憶が失くなるよりも辛い。帰った途端また飛ばされて今度は時間までも巻き戻されてるんだからな。場所が移動したのとはわけが違う。最早策は尽きている。出来ることはと言えば、このまま元の時間に辿り着くまで過ごすくらいだ。

 これが昔の俺だったら、コマチに会えないなーくらいしか思わなかっただろうが、今の俺にはコマチ以外にも大事なものがある。何ならあっちで先生に必ず戻ってくるとか言ったばかりである。

 ………まさかあれがフラグだったとか?

 

「その彼女がワープした原因はウルトラホールという空間の歪みだとされている。もしや君もそのウルトラホールに呑まれたのではないかね?」

 

 ッ?!

 な、んでウルトラホールのことを……………あ、そうだ。ウルトラホールについては国際警察も調べてるんだったな。それもそれなりの階級にいれば情報を持っていたとしてもおかしくはない。

 

「………そういえば、ウルトラビーストにコードネームを作ったのも国際警察でしたね。なら、存在を知ってて当然か」

 

 三年前という事実を知ってから思考が一気に止まっている。本来ならば、ウルトラホールの話も濁すべきなんだろうけど、ダメだ。思考がまとまらない。

 

「………やはり君には国際警察に属してもらう他なさそうだ。なに、今すぐ任務に就けとは言う気がないのである。状況が状況だし、こちらにも手続きがあるのでな。しばらくここでゆっくりするといい。設備だけは無駄にあるからな」

 

 確かに。

 設備だけは無駄にありそうだ。エレベーターが動いていたりお茶が飲めたりする辺り、電気水道ガス辺りも稼働しているのだろう。

 それに、イッシュ地方では行き場がない。カントーやカロスに戻ったとしても行き場がない。

 国際警察側に何の企みもないとはこれぽっちも思えないが、このまま野に放たれるよりは安全だろう。

 

「………なら、ご好意に甘えさせてもらいます。つか、もう今日は無理」

 

 俺はそのままぐでーとソファにもたれかかって思考を停止させた。

 …………つら。

 

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