「それじゃあ、しばらくはこの島に滞在するのねん」
「はい、おばあさまからこの島の生態系を勉強して来いと言われまして」
「マグノリアちんも相変わらずだねぇ」
さらに一ヶ月が過ぎ、ここに来て半年が経とうとしている頃。
道場に一人のギャルがきた。
爺さんたちとは知り合いのようで、再会の挨拶をしているらしい。
まあ、俺は爺さんに借りたヒスイの本を読み返すのに忙しいため、自然と入ってくる会話を聞き流してるんだけどな。どうせ声をかけようものなら面倒事に発展しかねないし、そうでなくとも話しかけ方とか分かんねぇし。
あ、で、そう。このヒスイ地方とやらのポケモンの中にもリージョンフォームと思われるポケモンが結構いた。
具体的いくとジュナイパー、バクフーン、多分ダイケンキ、ハリーセン、ドレディア、ヌメイル、ヌメルゴン、ガーディ、ウインディ、ビリリダマ、マルマイン、ニューラ、クレベース、ゾロア、ゾロアーク、ウォーグルが姿を変えていた。それに加えてハリーセンとニューラは進化先があったり、別のポケモンになっていたりして、ハリーセンの進化後はハリーマン、ニューラの進化後がオオニューラというポケモンらしい。何気に俺の知るリージョンフォームしたポケモンで、通常の姿の進化形とは全く別のポケモンに進化するなんて話は聞いたことがない。だからこれを新たに発表したら激震が走るかもしれない。
「ソニアちんなら大丈夫だと思うけど、この島のポケモンたちの中には凶暴なのもいるから気をつけなきゃだよん」
「はい、一応ポケモンたちは連れてきました。ただ………」
あと驚いたことでいうと、オドシシ、リングマが更なる進化を遂げていたり、ストライクにハッサムとは別の進化先があったりした。それぞれアヤシシ、ガチグマ、バサギリというらしいが、進化条件がちょっと特殊なようで、それ故に現代では姿を確認できていないようである。
「バトルから離れて結構経つもんねぇ」
何にせよ、この一冊には多くの新情報が認められており、研究者にとって喉から手が出る程、価値のあるものであった。というか情報がちゃんとしていて、この本を作ったとされるラベン博士とやらがいかに優秀だったのかを思い知らされる一冊だ。
「はぁ………バスラオだけはどう区別したらいいのやら」
ただ、まだ上手く自分の中に落とせていないポケモンもいる。それがバスラオなのだが、現代の赤と青の筋の姿ではなく白い筋をしているのだ。それだけならまだいいのだが、そこからさらに進化してイダイトウというポケモンになるのだ。このイダイトウはオスが赤い筋、メスが白い筋をしており、現代の赤と青との関係性を考えるとオスが現代バスラオの起源なのかとも思えたりしてきて、全く整理ができていない。極め付けにはラベン博士はこのガラル地方出身らしく、ガラルに生息域していると思われる赤と青のバスラオと白のバスラオを比較しており、何故白い筋だけ進化するのか……というコメントを残しているのだ。
「誰か護衛に連れてく?」
「い、いや、それは悪いですよ!」
マジでこのバスラオ問題だけは複雑すぎて頭が痛くなってくる。リージョンフォームという見方もできるが、それなら赤と青は何故リージョンフォームとして扱われないのかという新たな疑問が浮かび上がったりで…………。
「マジバスラオだわ………」
だから本の後ろの方にいるもっとヤバいポケモンたちのことまで考えることもしたくない。
ねぇ、何なのあのディアルガとパルキア。アルセウスに何されたのよ。
あとあのピンク色のポケモン。ラブトロスだっけ? 何故かシンオウの地にトルネロス、ボルトロス、ランドロスがいたみたいだし、名前的にもそこと関係するんだろうけど………。
マジでこの本一冊で頭が痛くなる。
「はっちーん、ちょっとカモーン」
「今忙しいんで後にしてください」
「バスラオのことばっかり考えてるとハゲちゃうよー」
「こんなことでハゲるなら、俺の毛根は既に死んでますよ。つまり現時点でハゲてない俺はハゲない」
何だよ、人がバスラオのことで頭を痛めてるってのに。
つか、何でバスラオのことだって分かるんだよ。
「ミツバちんの美味しいご飯、はっちんだけ抜きにするよん」
「………はぁ、食い物で脅すとか性格悪すぎるだろ」
多分割とマジでやりかねんからなー。
飯抜きは流石に俺も嫌だ。
面倒事になるのを覚悟しておくしかないか。
「その割には反応するじゃん?」
「ミツバさんの料理が食べられないとか、この島にいる意味がないでしょ」
「そう言ってくれるとワシちゃんもうれぴーよ」
爺がうれぴーとか言うなよ。
俺でもうれぴーとか言ったことねぇぞ。若者言葉を意識してるのかもしれないが、チョイスが古いんだよなー。
「んで? 何の用すか?」
「はっちん、バスラオのことで頭を悩ませるくらいには暇でしょ? だからソニアちんの護衛をお願いね」
「………別に俺である必要ないでしょ」
「………はっちん。ソニアちんはね、この島のポケモンたちの生態系を勉強しにきたの。それはもう砂浜から山から海まで幅広く回ることになると思うのよ。そして当然、ジャングルにもねん」
ジャングル。
この島でジャングルといえば、以前言っていた『いる』という奴のことを言っているのだろう。だから敢えて最後に言って強調もしてきているってわけか。
「……………念には念をってことっすか?」
「よろぴくねー」
「はぁ、分かりましたよ」
皆までは言わせないという意思が込められた『よろぴくねー』には、ただただ溜め息が溢れるばかりだ。
生態系を勉強ってことになると普段足を踏み入れないようやところにまで入ってしまう可能性もある。そして、ポケモンたちには縄張り意識もあるため、人間との境界線を超えてきた者に対して、集団で攻勢を仕掛けてくるのだろう。それが一般的なポケモンたちであれば逃げ切れるのだろうが、爺さんのいうポケモンはそれも難しいのかもしれない。
それで、戦力的に俺しかいないというわけか。
「あ、それとソニアちんはしばらくキャンプするんだって」
「おい」
この爺!
さっきは飯抜きとか脅しといて結局食えねぇじゃねぇか!
ふざけんな!
「えっと……よろしくね?」
「………俺が逃げろって言ったら、さっさと逃げること」
「う、うん」
「逃げる時は必ずこの道場を目的地とすること」
「うん」
「そうならないようにするためにも、ポケモンたちの縄張りに踏み込まないこと」
「うん、分かってる」
「それと、ミツバさんの飯が食えなくなるんだ。分かってるな?」
「うん! 任せて! わたし料理には自信があるから!」
本当に分かってるのだろうか。
自信満々になってるが、しばらくミツバさんの料理を食べられなくなる男に出す料理なんだぞ?
そんじょそこらのもんでは口が肥えてしまって、受け付けない可能性があるからな!
「それにしてもさっきから思ってたんだけど、ミツバさんの料理に対するその熱量は何なの?」
「ばっかばか、ミツバさんの料理は最高だろうが。この島にきて半年、胃袋なんてとうの昔に掴まれて、今ではこの島での楽しみがミツバさんの料理になってるんだからな」
「めちゃくちゃ掴まれてるー! いや、分かるけどさ!」
最早、ガラルといったらミツバさんの手料理だからな。
異論は認めん。
「あ、そうだ。自己紹介がまだだったね。わたしはソニア。研究者見習いなの」
「ハチだ。………特に肩書きとかねぇわ。強いて言えばここの門下生ってことくらいか?」
「いや、ハチさん! そこは『最強の』をつけないと!」
「そうですよ、ハチさん! 『最強の門下生』って言わないと!」
なんか外野がバカなことを言ってるが、ハチマンナニモキコエナイ。
「ハチくん、強いの?」
「さあな。門下生の中では強い方って話だ」
ここでダンデに勝ったなんて話をしたら、余計面倒なことになりそうだ。絶対口が裂けても言わないでおこう。
「あ、そうだ。はっちん、ジャングルもだけどハニカームの海辺りも気をつけてねん。最近ポケモンが暴れてるって近くを通った子たちから聞くのよ」
「…………それは見て来いと?」
「可能ならどうにかしといてね」
「えぇ…………」
雑っ………。
それだけの情報で俺にどうしろと?
見て来い言われても……海なんだろ?
泳げと?
水着なんてないし、そもそもみずタイプのポケモンなんていないぞ?
強いて言えばヤドランくらいじゃね? 水の中いけるの。
「強いかどうかはともかく、頼りにされてるんだね」
「仕事を押し付けられてるの間違いだろ」
それも難易度の高いのばかり。
やはりダンデに勝ってしまったのが影響しているのだろうか。かと言って態と負けるというのはサーナイトたちに申し訳ないし。俺自身が戦うのであればそれでもいいんだけど、戦うのがポケモンたちだからな。下手な采配をするわけにもいくまい。
まあ、その分ジムリーダーたちとのパイプができちゃってるわけだが。最初が現役チャンピオンな時点でおかしな話ではあるが、それだけは大きな成果と言えよう。当初の目的であるガラルでの拠点作りという点でも、あの巨大化事件は役に立っている。しょーもないことで駆り出されることもあるが、それだって道場内での立ち位置を上手く作る材料になってくれている。
だからこそ、俺も爺さんの頼みは強く断れない。師匠の采配はいつだって何かを残してくれている。今回も何が残るのかは分からないが、ここまで押し付けてくるということは意味があるのだと思っておこう。
「まあいい。準備してくる」
「う、うん……」
そう思うことにして、俺は準備をしに部屋に戻った。
✳︎ ✳︎ ✳︎
「おかしい………!」
あれからソニアに同行して道場より北西の湿地帯で野生のポケモンの動向を探った後、チャレンジビーチに入ったところでキャンプをしている。
なんかよく分からんが、ソニアの相棒のワンパチとやらには異様に懐かれてしまい、今も俺の膝の上で腹を見せてきているのは何なんだろうな。普通に撫で回してるけども。あとこいつの鳴き声独特すぎない? イヌヌワンって…………。
「何がだよ」
得意料理は何なのかと期待していたらカレーで、まあ味はよかったし俺が無駄に期待したのが悪いんだけど、ちょっと拍子抜けしていると、急にソニアがふんすと立ち上がった。
「昼間のことだよ!」
「昼間?」
何かあったっけ?
「何でそんなにポケモンのこと詳しいの! 留学して勉強してきたわたしより詳しいとかあり得ないでしょ!」
えぇ………。
そんなこと言われても俺も昔勉強したからだし。
それに今日出会ったポケモンがカントーやカロスにもいたポケモンだから聞かれたことに答えられたわけで、毎度そんなことがあるわけないだろ。
「…………留学してたのか?」
「そうよ。ホウエン地方にね」
「へぇ」
何でまたホウエンなのかはアレだが、俺って留学してたやつより詳しくなってんの?
それって絶対周りの爺らのせいだよな。オーキドのじーさんとか爺ではないがカロスの変態博士とか。
ああ、なんか博士ズが手招きしているのが脳裏に浮かび上がってくるわ。こんな時だけ鮮明に映し出さなくてもいいだろうに。メンバーがメンバーだから、まるで三途の川の向こう側から手招きされているようで怖いんだよ。
「………え? それだけ?」
「何が?」
「何がって、普通ホウエン地方に留学してたって聞いたら、何勉強してきたのー? とか聞く事あるでしょうが!」
「いや、別に興味ねぇし」
「なっ……!?」
だって、興味ねぇもんは興味ねぇんだからいいじゃないか。
「どうせ有名所の話だとホウエンの大災害の時の古代ポケモンのことだろ? グラードンとカイオーガ、いるだけで天候を変化させてしまう二体の衝突によりホウエン地方では各地で異常気象が発生。そしてその衝突を鎮めるべく動いたレックウザ」
「………本当に何でも知ってるんだね」
「有名だからな」
「あっ、じゃあこれは? そのホウエンの大災害の時に封印されていた三体のポケモンを呼び起こした話」
「ああ、レジ三体の話か?」
「…………もう嫌。わたしの四年間返してよ」
「何でだよ」
こいつ、まさか自慢するためだけに留学してきたわけじゃないだろうな………。
「というか、何でこっちの人がそんなに外の話に詳しいのよ!」
「はっ?」
こっち?
こっちってどっちだよ。
外って言ってるし、まさか地元がここだと思われてるのか?
「いくらカブさんの出身地方だからって………まさかハチくんってカブさんの熱烈なファン?」
「なぁ、お前バカなの?」
「はぁ!?」
「いつ俺がガラル出身だって言ったよ」
「えっ…………?」
本当にこいつはホウエン地方で何を見てきたのだろうか。
いや、留学してたのだから普通に賢いんだろうけど、どうにも思い込みが激しいところがありそうだ。もっと視野を、考え方を広く持たないと研究職なんてやっていけないだろうに。
「つか、おかしいって言えば、お前の方こそだろうが」
「………何よ」
「その格好だ。何でフィールドワークやるって分かってるのに、そんなオシャレしてきてるんだよ」
「はぁ!? オシャレは大事でしょうが! わたしはまだ十代よ! オシャレしてなんぼの歳なのに、オシャレしないでズボラな格好してろっていうの?!」
「時と場合を考えろって言ってるんだよ。しかもお前、無防備すぎだろ………。少しは気にしろよ。見えてるぞ」
何でフィールドワークやるっていうのにオフショルダーのニットミニスカなんだよ。しかも生足だし。気を抜くと無防備になるのか見えてはいけないものがチラッと見えたりするから、ソニアの方に顔を向けられないの、分かってるのかね。
「エッチ! スケベ! 変態!」
「自業自得だろうが。嫌ならジーパンでも穿いて来いっつの」
怪我でもしたらどうするんだよ。
「嫌よ、荷物が増えるじゃない! スカートなら生地も薄いし軽く済むのに、ジーパンとか替えを用意するの重たいじゃない。邪魔なのよ!」
「いくらこの島だからって女一人でふらふら無防備にしてたら、変態に襲われるぞ。それにいつ何が起きるか分からないんだ。一人で行動する以上、対策くらいはしておけよ」
「わたし、これでもジムチャレンジでガラル地方を回ってたことあるし、ポケモンたちもいるんだから、これくらい慣れてるわよ」
…………ダメだこりゃ。
怪我してからでは遅いって絶対分かってないだろ。
「…………お前、研究職舐めてるのか?」
「な、舐めてなんかないし………」
ちょっと声を低くして問うてみると、一瞬身体を震わせて、それを悟られないようにそっぽを向きやがった。
「オシャレするなとは言わない。お前の言い分も理解できる。だが、フィールドワークはそんな甘いもんじゃない。特定のポケモンを目当てに訪れるならまだしも、生態系の調査という未知の領域に足を踏み入れる時は、なるべくフットワークの軽くなる格好がベストなんだよ。そりゃ、お前の今の格好もフットワークって意味だけで考えれば軽い格好だろうけど、素肌を出し過ぎだ。ポケモンに引っ掻かれでもしたら、最悪死ぬぞ」
「………ハチくんには関係ないじゃない」
「そりゃ、ここに来るまではそうだったろうよ。けど、現に俺は今お前の護衛に駆り出されてるんだ。怪我でもされたらこっちが良い迷惑だっつの」
「なら怪我しなきゃいいんでしょ?」
………はぁ。
こいつ頑固すぎるだろ。
一体何をそんなに反発してるんだか…………。
あ、まさか反抗期か?
「師匠に海で暴れているポケモンを見て来いって言われてただろ? 俺は今お前の護衛なんだから、当然調査にはお前も来ることになる。それで巻き込まれて怪我する可能性は充分にあるんだが?」
「心配しすぎだよ。わたしまで海に入るわけじゃないんだからさ」
楽観視。
実に怖い思考回路だ。
多分、こいつはあまり危険な目に遭ったことがないのだろう。あるいはかなりの頻度で遭っていたがために、悪い慣れ方をしてしまっているか、だな。まあ、後者は俺じゃあるまいし、なかなかないだろうけど。
「………それに、そんなことでわたしから折れるなんてムカつくじゃない」
ボソッとそう呟いたソニア。周りが静かだからちゃんと聞こえてんぞ。
ただ、この言葉は俺に対してっていうよりももっと誰かここにはいない人物に反発しているような…………。
何があったのかは知らないが、そういうのは俺のいないところでやって欲しいものだ。こんなもんに付き合わされたんじゃ巻き込まれ損でしかないぞ。
「あっそ。一応俺は忠告したからな。それで怪我されてもこっちは面倒見る気ないぞ」
こうなると、痛い目に遭わないと自分で気づくことはないだろう。
焚き火がバチバチと小さく弾ける音がしばらく続いたかと思うと、再度ソニアが口を開いた。
「…………ハチくんって何者なの? ポケモンのこと超詳しかったり、やけにフィールドワークに対して心配性だったり」
「ただのポケモントレーナーだが?」
「絶対嘘でしょ」
「じゃあ訳ありのポケモントレーナーってことで」
「その訳ありの詳細を聞いてるのよ」
「やめとけ。自分でたどり着いたなら話は別だが、聞いたが最後お前は消される」
俺の事情は好奇心で聞くようなものではない。聞いたが最後何らかの形で巻き込まれる可能性があるのだ。その覚悟は持ってないとあいつらみたいに身を守れないだろう。ましてやフィールドワークの服装でこうなのだから、危機意識はまだまだ低いと言えよう。
「は、はぁ!? ま、まさかハチくん、犯罪者?! 指名手配犯なの!?」
「ある意味指名手配はされてるんじゃないか?」
裏社会のブラックリストに、だがな。
「俺はもう寝る。お前も一晩その服装のリスクくらいは考えとけ」
ワンパチとともに俺は寝袋に潜り込むと瞼を閉じて意識を手放した。
こいつマジあったけぇ………。