ポケモントレーナー ハチマン 完   作:八橋夏目

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64話

 アーマーガアタクシーに揺られて到着したのはエンジンシティ。

 北西にあるポケモンセンターで降ろされた俺は、タクシーのおっちゃんに言われるがままに東へと向かった。

 街の南側はここよりも高低が低いようで一望出来る。

 街の中でこんだけ高低差があるっていうのも大変だな。断層とかでもあったりするのかね。

 人の流れに沿って少し歩けば人集りが急に増えてきた。

 聞こえてくる会話から、どうやらジムチャレンジの観戦者が多いらしい。

 まあ、ガラルの一大行事だからな。人も集まれば金も動く。そりゃこんだけ騒がしくもなるわ。

 人の多さに辟易しながらジムに入れば、中は中で人でごった返していた。カロスでのポケモンリーグ大会を想起させるな。あれがジムバッジ集めの段階から始まるってことだろ?

 

「………出るのやめようかな」

 

 なんて思いながら受付に辿り着くと、選手受付の方はガラ空きだった。

 皆もう済ませているのか、単にタイミングがよかっただけなのか。

 どちらにせよ、並ばずに済むというのはありがたい。

 

「あの………ジムチャレンジ参加希望です」

「いらっしゃいませー! 推薦書はお持ちですかー?」

「あっと、……これでいいっすかね」

 

 なんかやたら明るいお姉さんに爺さんからもらった紙切れを渡す。

 

「はい、ありがとうごさいまーす。確認させてもらいますねー」

 

 パソコンに俺の情報が登録されていく。

 

「名前は、ハチさん。推薦者は………マスタード………マスタードさん?!」

「声、でけぇ……」

 

 やはり爺さんの名前が出た瞬間に驚かれてしまった。

 人が多く騒がしいのが功を奏したのか、誰も振り向いてくることはない。

 

「あ、すみませーん。えっと、これ本物………」

「一応……本人からもらいましたし………」

「そ、そーですよねー………マジか………レジェンドが選手を送り込んでくるなんて………」

 

 あのー、めちゃくちゃ声に出てますよー?

 まあ、でも。こうなることは予想の範囲内だ。今はまだいい。受付嬢だけが知り得るところだからな。

 開会式で個々の紹介があるのかは分からないが、少なくともバトルが始まれば、途端に広まってしまうだろう。

 今から考えるだけでも恐ろしいわ。

 

「背番号はどうなさいますかー?」

「背番号?」

「はい、ジムチャレンジ用のユニフォームの背中に三桁の好きな番号を載せることができるんです。一応、選手を見分けるためのものともなっていますので、全員に何かしらの番号を選んでもらってまして」

「一桁とかできないんすか?」

 

 急に番号とか言われてもな………。

 名前被せで8しか思いつかないんだけど。

 

「できますよ。一応、トレーナー名、トレーナーIDと紐付けされて管理されるため他の選手と被ることに影響はありません。ただ、他の選手と被る確率はぐっと高くなりますが………」

 

 いけるのか。

 ただ被る確率は高くなると。

 まあ、どちらにせよ番号に先着順がない時点で被る可能性はある。そこに問題がないというのなら、これといった数字も思いつかないし『8』でいいんじゃね?

 

「なら8で」

「はーい、8番ですねー。ユニフォームのサイズはいかがされますか?」

「Lサイズで」

「では、Lサイズのユニフォームに8と印字しますねー。しばらくお時間いただきますので、少々お待ちくださーい」

 

 そう言って右手で「はよそこから退け」と促される。

 はいはい、人多くて忙しいもんね。ごめんね、手を煩わせちゃって。

 そのまま俺は受付横の壁に凭れ掛かり、ロビーを見渡した。

 どうやら観客の方は隣に三つも窓口を用意しているようで、それでも長蛇の列が出来上がっている。受付を終えた者から階段の方へと流れていき、中にはお子様連れのママ友集団もいた。こんな朝早くから子供たちも元気だな。

 

「今年こそ、絶対にキバナさんまでたどり着く!」

「その前にカブさんを突破しなきゃだろー?」

 

 ふと聞こえた会話の中にカブさんが出てきた。

 どうやら男子二人は去年も出ているらしい。それでもカブさんに負けたのか辛勝だったのか、キバナにまでは辿り着いていないようだ。それだけガラルのジムリーダーはレベルが高いという証左なのだろうが、実際にはどれくらいの強さなのか楽しみである。

 

「ハチさーん、お待たせしましたー。ユニフォームが出来上がりましたよー」

 

 なんて考えていたら呼び出された。

 意外と早いな。

 そんなすぐ出来るものなのか。

 

「一時間後に開会式が始まりますので、奥の更衣室で着替えてお待ちくださーい」

 

 白いユニフォームとトレーナーカードを受け取り、そのまま奥へと案内された。長い廊下を右に折れ、辿り着いたのは男子控え室と書かれた部屋。

 中に入ると既に人がいた。参加者だと思われる白いユニフォームに身を包み、談笑している者、緊張して顔色が悪い者、戦術を確認している者、いろんなタイプがいる。

 

「ロッカー脇から隣にもいけますのでー」

 

 それだけ言ってそそくさと案内係は去っていった。

 隣いくか。

 ずらりと並ぶロッカーの壁を抜け隣の部屋にいくと、こちらは打って変わって静まり返っていた。

 ただ、どこかしら緊張感が漂っている。

 

「………おや? もしやハチさんでは?」

 

 するとこの中に俺を知る人物がいるようだ。

 

「お、おう………ああ、マクワ……つったっけ?」

 

 いつぞやのグラサン太っちょボーイではないか。

 えっ、なに? こいつも参加すんの?

 

「はい、お久しぶりです。ハチさんも出場されるのですね」

「ああ、まあな。ダンデとの約束でもあるし」

「ということは推薦者はチャンピオン?」

「いや、元チャンピオンの方だ」

「…………はっ?!」

 

 マクワの反応が一瞬遅れたような気がする。

 気のせいか?

 

「推薦者は師匠だよ。多分、その内紹介はされるだろうって言ってたし、そうなると騒がれるのは目に見えてるからあんまり広めないでくれよ」

「え、ええ………それはまあ僕も予想が付きますね。僕もジムリーダーの息子ですので………」

「あー、母ちゃんがジムリーダーなんだっけ?」

 

 そういえばそんなことを言っていたような気もしなくもない。

 

「はい、以前もジムチャレンジには参加してるのですが、ちょっと母と喧嘩中でして。売り言葉に買い言葉で、つい僕の実力を見せてやるからもう一度推薦してくれって言ってしまいましてね」

「ふーん」

 

 ふーん、としか言いようがない。他所様のご家庭のことにいちいち口出しなんてしたくもないし、変に巻き込まれるのも勘弁だ。

 

「………なんだよ」

 

 何故かこっちをじっと見てくるマクワ。

 

「………流石に今回はハチさん自身がバトルしたりはしないですよね?」

「しねぇよ。アレは俺の実力をお前に見せつけるためだけの、謂わばパフォーマンスでしかない」

 

 そんなことをしたら目立つ以前の問題だろうが。下手したら怪しい研究機関に目を付けられたり、Rがトレードマークの組織のようなところに狙われる可能性だってある。

 

「………なあ、俺の思い過ごしかもしれないが、何かこの空間………空気感というか、妙に緊張が走ってねぇか?」

「ああ、それは恐らくあの人のせいかと………」

 

 マクワに促された方を見て俺は絶句した。

 

「………………」

 

 ……………何故いるんだよ、お前。

 ここは選手の控え室だろうが。

 お前は別の控え室があるはずだろ。

 お前のせいでみんなめちゃくちゃ緊張してるじゃねぇか。初の大舞台に立とうって子供もいるんだろ?

 それをお前が邪魔してどうするんだよ!

 

「お前、声掛けねぇの?」

「いや、流石に………。母は長年ジムリーダーをしていて気心の知れた仲でしょうが、僕は母の名代で何度かお話した程度なので………」

「まあ、そりゃそうか」

 

 さて、どうする?

 マクワでも無理となると………このまま俺も困惑する側になっておくか?

 声を掛けたら目立つのは確実だし。

 けど、今頃スタッフたちが大慌てでこいつを探しているだろうし。

 つか、マジで何でこいつがここにいるんだよ。

 

「はぁ、仕方ない。放っておいても邪魔なだけだし」

 

 かと言ってそのまま声を掛けたんじゃ顔を覚えられてしまう。

 なので、早速爺さんからもらったガオガエンの覆面をリュックから出して、帽子を外しそれを被る。なるべく周りから顔は見られないようにして、だぞ。

 横で「何してんだ、この人………」って視線が飛んできているが、知ったこっちゃない。

 

「お前、何やってんの?」

 

 そしてそのままそいつの前に立って声を掛けた。

 

「ん? おお、その声はハチか? 久しぶりだな」

「久しぶりだな、じゃねぇよ。ここで何してんだ、って聞いてるんだよ」

「えっ? 普通に開会式が始まるまで控え室で待機してるのだが?」

「どこの世界にチャンピオンとチャレンジャーが同じ控え室になる大会があるんだよ。ジムリーダーでもねぇよ」

「やはりそうか。今年は大部屋になったのかと思っていたのだが………」

 

 こいつバカか?

 いやバカか。

 いくら方向音痴とはいえ、ここじゃないことくらいは想像つくだろうが。

 

「ならオレの部屋はどこだ?」

「いや知らねぇよ。知るわけないだろ」

 

 真顔で俺に聞くなよ。

 何でお前の控え室をいちいち俺が把握してなきゃならんのだ。

 

「とにかく、お前がここにいたら他の奴らが萎縮するだろうが。さっさと出てけ」

「と言われてもだな」

「分かった分かった、取り敢えずフロント行くぞ」

「あ、ああ」

 

 ダンデを立たせて隣の部屋へと戻り、更衣室を後にする。

 途中ギョッとした視線を浴びたのは言うまでもない。

 ああ、ジムチャレンジが始まる前からこうなるのか………とほほ。

 

「よし、いこうか!」

「………待て、フロントはこっちだぞ」

 

 早速廊下を逆方向に進もうとしやがった。

 俺、絶対こいつとは旅したくないわ。というか一緒に出かけたくもない。毎度この調子でいられたらマジでグーで殴ってると思う。

 

「方向音痴にも程があるだろ………」

「どこへ向かうかは自分次第なんだぞ」

「ああ、そうだな。だから迷子になってるんだろうが」

 

 いい事言った! みたいにフンスと鼻を鳴らすが、そういうのならしっかりしてくれよ。

 ソニアってこんなのを連れてよくジムチャレンジに参加出来たな。マジで尊敬するわ。今度何か奢ってやろう。

 

「あ、いた。ダンデ、アンタどこにいたのさ」

 

 ロビーへの出口手前で白いもふもふのコートを着た女性にダンデが呼び止められた。

 

「メロンさん………控え室にいたんだが、どうやらチャレンジャーたちの控え室だったみたいだ」

「はぁ、一瞬ポケモンに拉致られたのかと思ったよ」

 

 メロンさん? とやらは俺を凝視すると深い溜息を吐いた。

 

「で、そっちのアンタはどうしてそんな格好をしてるんだい?」

「っ、顔を見られたくないからですけど?」

 

 急に話しかけないで。

 こっちにくるとは思わないだろ。

 平静を装ったが、ちょっと心臓がうるさい。

 

「確かに規約には仮面を付けてはいけない、なんてことは書かれてないからね。けど、結構怪しいよ?」

「自覚はありますよ。けど、一応推薦状もあることだし、身元は保証されてるかと」

「そうだね、逆に怪しい人物を送り込んできた推薦者の責任になりかねないしね。でもそれはそれで目立って恥ずかしいんじゃない?」

「これはあれっすよ。最早別人になりきってる、的な? 素顔が見られてない分、まだ平気っすよ」

「そうかい、まあルール違反じゃないんだ。アタシのところにまで来るのを楽しみにしとくよ」

 

 とは言われても何番目なのだろうか。

 まあ、何番目でも出会うことにはなると思うけど。

 

「ハチさん!」

 

 すると背後から俺を呼ぶ声が聞こえてきた。

 

「おや? マクワ、どうしたんだい?」

「母さん………、ただハチさんを呼びに来ただけです」

 

 声でマクワなのは分かったが………えっ? 母さん?

 

「そうかい。まずはアタシのところに辿り着くまでに負けるんじゃないよ?」

「当たり前じゃないですか。母さんを倒してセミファイナルのトーナメントに出る。そしてファイナルトーナメントも優勝して、ダンデさん! あなたに勝ちます!」

「オレは誰が相手でも全力でぶつかるまでだぜ!」

 

 急に宣戦布告されても驚きもせず全力で応えるとは。多分話の意図は理解してないと思う。

 

「ハチ、だったかい?」

「うす」

「息子と知り合いだったのかい?」

「まあ………ちょっとありまして」

 

 マクワの母親となると途端にやり辛いな。

 俺の実力を分からせるために結構手荒なことをした自覚はあるし。

 

「そういえば鎧島に修行に行かせた時に、そんな名前が出てきた気がするんだけど………」

 

 そう言ってチラッとマクワの方を見ると、マクワは顔を逸らした。

 おい、そんな反応したらバレるだろうが。

 

「やっぱりそうなんだね」

 

 ほら。

 これ、アレだろ?

 息子に何やってくれてんだとか説教されるパターンだろ?

 どうしてくれんだよ。

 

「なるほどなるほど。こりゃ益々楽しみだねぇ」

 

 …………あれ?

 なんか思ってた反応と違う。

 てっきりマクワが鎧島に危険なトレーナーがいるとか報告してると思ってたんだが…………。

 でも確かにそんな印象を持っていたら控え室で声を掛けたりはしない、か………?

 じゃあ、なんて母ちゃんに話してあるんだ?

 変な誤解されてないか心配になってくるんだけど。

 

「というかアンタも知り合いなんだね」

「ハチには一度コテンパンにされてますからね! 次こそは勝つ!」

 

 おいコラ、何堂々と言っちゃいけないこと言ってるんだよ。

 

「おいバカ。そういうのは言わなくていいんだよ。無敗のチャンピオンなんだろうが」

「公式戦での話だ。非公式戦でなら負けたこともないこともない」

「それはない奴のセリフだ」

 

 こんな会話が世間に知られたら、俺はもうガラルにいられなくなるな。

 うん、よし!

 これからはダンデを見かけたら知らないフリをしよう。下手にこいつが口を開けば、危うい単語が出てきかねない。そうなると俺の身の安全の保証かまなくなってしまう。

 

「鎧島………ダンデに勝てる凄腕のトレーナー…………アンタ、もしかしてダイマックス多発事件の時の助っ人かい?」

 

 あったな、そんな事件も。

 あれからもう半年も経つのか。

 

「ああ、オレが引っ張ってきた男だ!」

 

 おい、だから余計なことは言うなって。

 どんどん俺の印象がダンデ並みのトレーナーになっていくだろうが。

 

「ダンデ、アンタのチャンピオンの座、今年は危ういんじゃない?」

「望むところだ! ハチの強さは重々理解しているからな! メロンさんもハチ相手には苦戦を強いられますよ!」

「へぇ、そんなにかい?」

「ええ、そんなにです」

 

 ニヤリと不敵な笑みを浮かべるチャンピオンとジムリーダー。

 

「………二人とも絶対アタシのところにまで辿り着くんだよ!」

「う、うす」

「当たり前です!」

 

 この人も大概だな。

 ダンデ並みのトレーナーの印象を持っただろうに、実に楽しそうな不敵な笑みだった。

 カブさんといい、ピオニーのおっさんといい、ガラルにはそういう輩で溢れているのだろうか。

 

「さあ、ダンデ。いくよ」

「はい!」

 

 メロンさんにダンデを引き渡し、別方向へ歩いていく二人の後ろ姿をぼーっと眺めた。

 うん、後ろから見るとマクワに似てなくもないな。

 

「………あれがお前の母ちゃんか」

 

 なんかマシンガントークされたわけじゃないが、終始ペースを持っていかれてたような気がする。

 

「はい、六番目のジムリーダー、こおりタイプ専門のメロンです」

 

 あ、六番目なのか。

 それより………。

 

「こおり………?」

 

 確かマクワのポケモンっていわ・ほのおタイプのセキタンザンだったよな。他のポケモンを知らないが、親がジムリーダーともなれば手持ちも似てきたりするくね? コルニ然りセキチクジム然り。

 

「親の専門タイプに影響されなかったんだな」

「こおりタイプのポケモンが素晴らしいのは重々承知です。ですが、僕はいわタイプの魅力に気づいてしまったんです! だから………」

 

 ああ、なるほど。

 そういうことか。

 

「喧嘩の原因ってそれか?」

「うっ………、よく分かりましたね」

「あー、まあ、なんというかそんな気がした」

 

 だからいわタイプのポケモンたちで強さを証明する、みたいなことになってるんだな。

 なるほどなるほど。

 

「と、急ぎましょう。もうすぐ整列を促される時間です」

「はいよ」

 

 時間だと言うので、俺はマクワの後に着いて控え室に戻った。

 

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