「んで、シェルダーは………と」
巨大化したシェルダーを倒し、元の大きさに戻ったシェルダーの様子を見に来たのだが、これはーーー。
「ーーーダーク、オーラ……だと」
意識のないシェルダーは禍々しい黒いオーラを放っていた。
「ねぇ、なんかこのシェルダー黒いオーラ纏ってない?」
「見えるのか?!」
俺の後ろから覗き込んだルリナにも見えるらしい。
「見えるけど」
「わたしも」
「僕も見えるね」
どうやらソニアもカブさんも見えるようだ。
いや、待て。それはおかしくないか?
ダークオーラは見える目の方が特殊だと言われていた。俺もロケット団の実験の副作用で見えるようになっているのだとばかり思っていたが、特にそういうのもない三人が見えるということは、これはダークオーラじゃないのか…………?
となるとそれはそれで別の問題が発生してくる。どちらにせよ、これが何なのかを突き止めなければ、いずれ良くないことが起こるのは間違いない。
「すまん、このシェルダーもらってくわ。なんかきな臭さを感じる」
「…………そんなにヤバいの?」
「ヤバいな。黒いオーラを纏ってるってのも問題だが、それを三人が見えてるってのも問題だ」
「え? なに? え?」
「大丈夫だよ、ルリナ。ハチくんはそういう人だから」
「えっ? ちょ、説明になってないんだけど?!」
うん、確かに説明になってないな。
けど、俺の正体を明かされるわけにもいかない。
取り敢えず、モンスターボールを当てて捕獲しておいた。
「ハチ君、このことは………」
「黒いオーラのことは伏せておいてください。進化してないポケモンでも強いポケモンが発生している。こんな感じで上手く誤魔化しておいて欲しいです」
「分かった。ただし、ジムリーダーたちとは共有しとくよ」
「ええ、対応出来る体制だけは確保して欲しいですからね」
そんなやり取りをカブさんとしていると、ルリナの質問攻めに遭っているソニアが懇願する目で訴えかけてきた。
「は、ハチくん、たすけて! ルリナがめっちゃ詰め寄ってくる!」
「ソーニーアー! いいから質問に答えなさい!」
「うぅ………なんだよぉ」
「こいつは一体何者なの!」
「し、知らないよ………本人に聞いてよ………どうせ教えてくれないだろうけど」
めっちゃ迫られてめっちゃ揺さぶられてる。可哀想に。
「アンタ一体何者なのよ」
「ポケモントレーナー」
「それは分かってるわよ。そうじゃなくて!」
何者と言われてもだな………。
素直に国際警察官です、とか言えるわけもないし、カロスでポケモン協会の理事をやってました、なんて言えるわけでもないし。
「………ダンデの体細胞クローン体」
「んなわけないでしょ」
「えっ?」
「えっ? ソニア?」
「え? あ、だよね! そんなわけないよね………!」
すんなり信じてくれるかと思ったけど、全然だったわ。使えねぇな、ダンデ。
まあ、ソニアはなんか一瞬引っかかったみたいだけど。というかダンデって単語に反応しすぎでしょ。
「一瞬信じただろ………」
「………し、信じてないし」
少し間があったぞ。
こいつ、いろいろとチョロすぎないか?
「ルギァァァアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」
すると突然どこからかギャンとした呻き声が聞こえてきた。
なんか、聞き覚えがあるようなないような…………。
「うわっ!?」
「な、なによ!?」
「くっ……」
「………みんな、空だ!」
急に突風が吹き荒れ、吹き飛ばされそうになる。
カブさんの声に釣られて空を見上げると白い鳳が翔け抜けていった。
「メタグロス、コメットパンチ! ネンドール、いわなだれ!」
「ギャラドス、クロバット、かみくだく!」
その後すぐに鳳を追うようにフライゴンに乗った男とマンタインに乗った男が過ぎ去っていく。その周りではメタグロスとネンドール、ギャラドスとクロバットが左右から大回りして白い鳳を囲み込んでいっている。
いや、おい、それ、そいつはーーー。
「な、ぜ………ここに、ルギアが…………」
ルギア。
ジョウト地方に伝わる伝説のポケモン。海神。
最近の記憶だと一昨年ーータイムスリップをしてしまっているため、俺の感覚で二年前になるが、カロスに来た時にフレア団に利用されて魔改造されていたハヤマが黒いルギアを捕まえていた。
…………………………。
「ルギア?」
「ジョウト地方に伝わる伝説のポケモンだよ」
「伝説!?」
カブさんの説明にルリナが大きな反応を示す。
ホウエン地方出身のカブさんはジョウト地方のことも知ってるみたいだな。
「確か海を司るポケモン、だったはず………」
「ど、どうするの………? あのままだと伝説のポケモンが捕まっちゃうわよ」
「ハチくん、どうしよう………ハチくん?」
「ちょっとハチ、聞いてるの?!」
「ルリナ君、落ち着いて………」
何だろう、なんか引っかかるんだよな。
今俺がいるのは一昨年の時間軸だ。つまり本来の俺は今カロスにいる。そしていずれあっちの俺は黒いルギアと対峙することになる。
というかこの時間軸にカロスにもガラルにもヒキガヤハチマンが存在していることになるんだよな。何ならこの後セレビィの力でタイムトラベルをしているため三人になる時間帯もあるというわけだ。それまでに今の俺が元の時間軸に戻れたら話は別になるが、まあ無理だとは思う。だってジムチャレンジに参加している以上、少なくともジムチャレンジが終わるまでは帰してくれなさそうじゃん? まだ最初のジムにすら行っていないんだし、時間的猶予もないから十中八九、三人になっているだろう。
今は超どうでもいいか。
「あーもう! 私だけでも止めにいくからね!」
「えっ、ルリナ!?」
あー、もう少し落ち着いていられないかね。
こっちの考えをまとめさせてくれよ。
「………何するのよ」
誰も止めようとしないのをいいことにルリナがルギアたちを追いかけようとするので、その腕を掴んで動かないようにした。
「やめろ」
「はっ?」
「これ以上はこの件には関わるな」
「はぁ? あれ絶対伝説のポケモンとやらを変なことに使う連中よ! 離して!」
それはそうかもしれない。
だけど、まだ断定は出来ない。相手が誰なのか、情報が少なすぎる。もしここで止めに入ったとして、違っていたらどうしようもなくなる。何なら問題として定義すること自体無理になってくる。
そもそも今はジムチャレンジが開始直後であり、ジムリーダーが下手に問題を起こすとジムチャレンジ自体に影響しかねない。
「その根拠は?」
「………伝説のポケモンを手に入れようとする人間が真っ当な人間だと思う?」
「俺は伝説のポケモンに認められたトレーナーを知っている。もちろんそいつらは伝説のポケモンを手持ちに加えている。要はトレーナーに捕まえられているんだ。それとあいつらと何が違うんだ?」
「それは………」
俺がその一人だからな。
別に伝説のポケモンを捕まえること自体が悪なのではない。それを悪事に利用するから悪なのである。
「ルギァァァアアアアアアアアアアアアアアアッッ!?!」
このまま好きにさせていたら、恐らくルギアは捕獲されるだろう。
「全員でやつあたり」
総攻撃を仕掛けていく彼らのポケモンたち。
「ッ!?」
一瞬見えたトレーナー二人の顔。
見覚えがある。
あれは、あの顔は………ダキムとボルグ、だったか。シャドーの元幹部たちだった。
それにあいつらのポケモン。シェルダー程ダダ漏れというわけではないが、黒いオーラを纏っている。
シャドーの元幹部、ダークオーラのようなもの、ルギア、そして本来の俺は今カロスにいるという時間軸。
何となく嫌な点と点が一気に繋がってきたような気がする。
この結びつきが正しければ、ただのポケモンハンターとかの事件を超えている。素人が首を突っ込むようなものでは断じてない。それこそ本当に死ぬことになるだろう。
まさかな…………。
だけど、それが一番辻褄が合う。
何故カロスのアズール湾にルギアが現れたのか。
何故そのルギアは黒かったのか。
何故オリモトたちがあのタイミングで現れたのか。
「…………ガラルにあいつらが潜伏していてルギアを捕獲した後、ダーク化させた、か」
そしてそれが今俺の目の前で起きている。
これがあのルギアが現れた背景であり、始まりなのだろう。
「………ハチ君、何か知ってるんだね」
点と点を繋ぎ合わせて事の重大性を纏めていると、カブさんが捕まえられようしているルギアを一瞥しながらそう断定してきた。
知っている、か。
まあ、少なくとも三人よりは知っているだろうな。
だからこそ言わなければならない。
「ええ、もちろん。だからこそ忠告します。これ以上首を突っ込むな。首を突っ込んだが最後死ぬぞ」
敢えて俺はそれを認め、だからこそ忠告という形にした。
これはジムリーダーたちが汗を流すようなことではない。ジムリーダーであろうと首を突っ込めば消されるかもしれない事案だ。
「………命の保証はない、じゃないんだね」
「ああ」
どうやらソニアは俺の言い回しに引っかかりを覚えたようで、確認を取るように聞いてきた。
ソニアは今の俺が国際警察官だってことを知っているからな。微妙な言葉の違いだけで、危険度を正しく判断したらしい。
「ルリナ、手を引いて。わたしはルリナに死んでほしくない」
「なに、言って………」
それに頷くとソニアは血相を変えてルリナの説得を始めた。
肩に手を置いてしっかりと自分の方へと向かせ、目を見て訴えかけている。
「ハチくんが死ぬと断定した! なら、それは本当に死ぬことになるような危険なことなんだよ! それくらいヤバい事案なんだよ。だから関わっちゃダメ!」
「じゃあ、どうするのよ!」
そうは言ってもみすみす悪人に伝説のポケモンが行き渡るのを防ぎたい、というのがルリナの本音だろう。ただ、それはここにいる全員が同じ思いだ。ルリナ一人だけが危惧してることではない。
「国際警察を使うの」
一瞬俺を見た後、ソニアは国際警察の名を出した。
「国際警察に報告して調べてもらう。そして対処してもらうの」
普通ならばあまり出てこないような単語がソニアの口から発せられたからか、ルリナは目を見開いている。カブさんも然り。
ソニアは俺の名を出すことなく、俺が調べられるように話を持っていくようだ。出会った頃のソニアなら、ルリナと同じような反応をしていたかもしれない。少なくともこんな手段を取ろうとはしなかっただろう。良くてダンデの名を出してくるかどうか。
そう思うとこの半年で随分と成長したみたいだ。成長、というようは余裕が生まれた、の方がしっくりくるかもな。
「そうだね、僕たち素人が首を突っ込むようなことじゃない。僕たちはジムリーダーだ。街の安全を守るのは仕事だけど、これはその範疇を超えている。関わるとしても単独行動、その場の判断での行動は慎むべきだろうね。それが後手に回ろうとも専門家を交えないのは得策じゃない」
二人の成り行きを見守っていたカブさんが遂に口を開き、方針を纏めた。
「カブさん………」
上空ではメタグロスたちから何とか振り切り、南へと飛んでいくルギアとそれを追う二人の男とそのポケモンたち。
「………分かったわよ」
それを見ながらルリナは溜め息を吐いた。
「でもこれだけは言わせて。何かあったら、止めたアンタの責任だからね!」
「ああ、その時は俺が何とかする」
「何とかって………相手は伝説のポケモンなんでしょ?」
「大丈夫だよ、ハチくんは強いから」
「そうかもしれないけど………伝説のポケモンは遭遇するのすら極めて珍しい強大な力を持ったポケモンなんでしょ? 一トレーナーが御し切れるようなポケモンじゃない。それをアンタが一人でどうにかするだって?」
「ああ、ルギアとバトルした経験もあるからな。どんな技を使ってくるのかも、その対処の仕方も知っている。というか知識のない奴に加わられても邪魔でしかない」
何なら俺の推測が正しければ、この結末も知っているしな。
さっきも思ったけど、今の俺は一人の方が動きやすい。
「………はぁ、ソニア。アンタ、なんて男を引っ掛けてきてんのよ」
「はぁ!? ひ、引っ掛けてなんかないし! そもそもどういう意味よ!」
「もう好きにして。私には着いていけない世界だわ」
「そうしてくれ」
ソニアを茶化すことでモヤモヤとした気分を晴らすなよ、ルリナさんや。ソニアの顔がめちゃくちゃ赤くなってんじゃん。
「ハチ君、最後に一つ聞いていいかい?」
「何ですか?」
「ルギアを捕まえていった彼らを君は知ってるね?」
本当にこの人はよく見ている。
「………見間違いでなければ」
「そっか、分かった。僕たちはこれ以上手を出さない。何か情報があれば君にも回すようにするよ」
「ありがとうございます」
「無茶はしないようにね」
「うす」
カブさんには気付かれたかもしれないな。
何故ソニアが国際警察の名を出したのか。
何故俺がルリナを引き止めたのか。
だけど、敢えて口にしなかったのは俺が何も言わないからだろう。言わないようにしているのを悟って、自分たちが踏み入れる線引きをしてくれたのかもしれない。
まあ、ソニアもルリナも危険なことには巻き込みたくないって年長者の思いもあるのかもしれないが。
カブさんはそういう人だからな。
そのカブさんはまだ残っていたスタッフたちのところへ行き、今後の対応について話し合いを始めた。
「あー、もう! ホント嘘みたいに変わっちゃって……! 後ろ向きになってたあの頃とは大違いだわ。どんだけハチのこと信頼してるのよ」
「べ、別に信頼してるとかじゃないし………!」
「信頼じゃなかったら何だって言うのよ」
「………ハチくんはその………道標、みたいなものかな。ポケモンのこともバトルのことも国際警察のことだって全部ハチくんに教えてもらったようなものだから。だから、うん、道標だよ」
「俺、特に何かを教えたつもりはないんだが? フィールドワークのことくらいしか言ってないぞ」
道標って………。
俺は標識か何かなのか………?
ソニアの進路の交通整備でもしろと?
「ねぇ、ソニア」
「………なんだよぅ」
うん、無視されたね。
よし、今のうちに報告書に纏めておこう。
「………バトルもだけど、もう怖くないの?」
「………まだ正直、トラウマがなくなったわけじゃないよ。でもわたしにはポケモンたちがいるから、一人じゃないってのは分かってる。みんながいるから戦える、かな」
「そっか………」
ダークオーラらしきものを纏ったシェルダーのこと、ルギアのこと、それを追いかけるシャドーの元幹部らしき男たちのこと。そしてそこから予測されるルギアのダーク化のこと。
これを纏めて捕獲したシェルダーも後で転送する旨を書き加えて壱号さんに送り終えると、丁度ルリナが俺の横へとやってきた。
「ハチ、さっきはごめん。アンタ、私のこと、私たちのこと守ろうとしてくれてるんだよね………?」
「え? あー、別に守ろうだとかそういう気概があるわけじゃねぇよ。ただ単に俺の自己満足だ」
「そっか。…………うん、なんかやっぱりムカつくからジム戦でぶっ殺すわ」
ルリナさん、マジぱない。