翌日。
ルリナからのモーニングコールにより起こされた俺はウルガモスに飛んでもらい、急遽バウタウンへと足を運んでいた。
「で、この状況は?」
バウジムに向かうとルリナが待っており、会うや否やガオガエンの覆面を被れと言われ、被った途端に首根っこを掴まれて確保されると、会議室に連れ込まれて椅子に座らされたのである。
そして対面に座るルリナ………とその横に座る金髪のおばさ………お姉さんはどちらさんで?
「初めましてハチさん。私ローズ委員長の秘書をしております、オリーヴと申します」
「はぁ……」
ローズ委員長っていうと……………ああ、ピオニーのおっさんにどこか似ているあの大会委員長ね。
その秘書さんが何の用で?
「昨日はターフジムの攻略おめでとうございます」
「ありがとうございます……?」
「実は今日お呼びしたのは委員長より一つ提案がありまして、それをお伝えに参りました」
「提案?」
うん、さっぱり状況が読めない。
少なくともジムチャレンジに関することではあるのだろうが、俺に何をさせるつもりなんだ?
ルリナの方を見てもニヤニヤしているだけで役に立たない。
「まずはこちらを」
そう言われて差し出されたタブレットで動画が再生された。
『初めまして、ハチ選手。わたくし、リーグ委員長のローズと申します。まずはターフジムの攻略おめでとう。昨日のバトルは私たち大会関係者、ジムリーダーたち、他の選手たちに少なくない影響を与えることでしょう。それくらい見事なものでした』
何というか、らしい感じの挨拶だな。
こういう人って大体入りはこんな感じじゃん?
笑顔も作り笑いというか、ザ・営業スマイルって感じである。
これを見るとピオニーのおっさんとは似ても似つかない別人なんだろうと思えてくる。
『さて、挨拶はこれくらいにして本題に入りましょう。実はあるジムリーダーから君のユニフォームを赤黒いものにした方がいいのでは、という案が出ておりまして、わたくしも昨日の姿を見て一つの決心を致しました。ハチ選手、挑戦者の身ではありますが、スポンサーを付けてユニフォームを変更致しませんか? 君の仮面と合うように模様を入れ、仮面のハチとして今年のジムチャレンジを盛り上げていただけないでしょうか』
うん、まず。
提案したのは恐らくルリナだろう。
開会式でダサいと言われたしな。
で。
スポンサーを付けてユニフォームの変更だと?
俺としてはどんなユニフォームだろうが、ガオガエンの覆面以上の恥ずかしいものはないため何でもいいのだが、そんなことってまず過去に例があるのか?
下手に特例でってやってしまうとただてさえ目立つキャラを演じてるのに、さらに悪目立ちしてソニアの二の舞になり兼ねないぞ。
俺も流石にそうなるのは嫌だし、二つ返事では返せない案件だわ。
『詳しいことはわたくしの秘書兼マクロコスモス副社長のオリーブ君に伝えてあります。どうか良い返事をお待ちしていますよ』
「というわけです」
最後に秘書兼マクロコスモス副社長とかしれっとぶっ込んでくるな。
この人副社長でもあるのかよ。秘書と副社長が兼任出来るものなのかはさておき、この人結構大物なのかもしれない。
いやまあ、マクロコスモス社がどれくらいの規模なのか知らないけど、なんか聞いたことがあるような気もしなくもないんだよな………。
「………取り敢えずルリナ。お前マジで打診してたのか?」
「だってダサいじゃない。その赤黒いポケモンの顔被って白いユニフォームって」
「いやまあ、そうだけどさ」
「何なら今もダサい」
「無理言うなよ。お前にモーニングコールで起こされてそのまま飛んできたんだぞ。服なんか適当になるわ」
「いつも適当の間違いでしょ」
「…………よくお分かりで」
「ほら」
ルリナさんマジぱねぇ。
まあいいや。
ルリナのユニフォームから話が大きくなったのは分かったとして、その大きくなった話をどうするかだ。
「………で、本題の話ですけど、挑戦者がジムチャレンジ参加中にスポンサーを付けることってあるんすか?」
「今のところ付けた者はおりません。ですが、現チャンピオンはジムチャレンジ参加中に直接交渉がされることはありませんでしたが、各企業が目を付けていたのは事実としてあり、ファイナルトーナメント参加が決定した時点で契約書を後はサインをもらうだけ、というところまで作り上げていました」
恐らくマクロコスモス社もその一つなのだろう。
だからここまで企業の詳細を語れるのだと思われる。
ということは少なくともダンデがチャンピオンになった当時の状況は事実ってことか。
「一応大会規定には、選手がジムチャレンジ参加中に特定企業をスポンサーに付けることを違反とする旨の内容はありませんので、失格になることはありません。ただし、各企業間には暗黙の了解でスポンサーの打診はジムチャレンジ終了後というものがあり、それに従ってはやる気持ちを抑えてきた、という風習はありますね」
ルールとしてはないが暗黙の了解として挑戦者のスポンサーになることは御法度とされていたのか。
まあ、開会式を見るに子供の方が多いからな。まだ右も左も分からない内から大人の世界に引き込むのを良しとしなかったってことだろう。だから暗黙の了解で企業がお互いに牽制していたってところか。
「つまりその暗黙の了解を破ってまでスポンサーの打診をしてきたってわけですか。………目的は?」
「ハチ選手の身の安全の確保です」
…………は?
「え? 俺いつの間に命狙われてたの?」
昨日のバトルで命狙われるような要素とかあったか?
それともシャドーの奴らのことか?
…………いや、そっちはないな。ハチ=国際警察の黒の撥号ってことを知っているのはソニアと爺さんだけだし、そもそも黒の撥号もまだ名前が売れているとは思えない。
「命、というよりは素顔の方でしょうね。昨日の今日で大きなアクションが起こされることはないでしょうが、あなたの実力ならばジム戦はスムーズに進むことでしょう。そうなると注目をさらに集めることになり、その素顔に迫ろうとするマスコミも多かれ少なかれ現れるかと」
ああ、なるほど。
これからの話ってことか。
それはあり得そうだわ。マスコミとかここぞとばかりに俺のこの覆面を剥がしにくるだろうし。
あるいはテレビ局とかが変な特番を作ってゲストに呼んで覆面を汚して脱がせてくるってのもありそう。
この契約によりそれらのことが起きないように牽制するって意味合いもあるってわけか。それはこちらとしても有難い話ではあるな。
「それから守るためにスポンサー契約を?」
「はい」
「因みにスポンサーになる企業の名は?」
「マクロコスモス社です」
やっぱりか。
メリットがある話ではあるのだが、やはり一社独占でのスポンサー契約ってのは暗黙の了解を破った上では不公平が過ぎるだろう。せめて三社くらいはないと。
だが、そうなると逆にあらゆる企業からオファーがくる可能性があり、その対応だけでジムチャレンジが終わってしまいそうである。
「一社独占ってのがネックだな………。それはそれでマスコミに別の餌を与えるようなものでは? 被害がなくなるとは思えませんよ」
あるいは贔屓やら出来レースやら散々な記事を書かれて、遂にはガラルから追い出され兼ねない。それくらい世論は怖いし、何が起こるか分からない。
うーん………一社独占にならずに、だけどスポンサーとして名前を連ねても問題視されなさそうな企業ねぇ…………。
そもそもガラルの企業を知らないしな。知っているところで言えばデボンやエーテル財団であるが、どっちもガラルとは無縁、とまでは言わないまでもガラルの企業ではない。スポンサー企業として存在しているのかどうかってレベルの話だろう。
…………あ。
一つだけいけそうなのがあるな。
それも俺の身の安全の確保を目的とするのならば、むしろそっちの方がいいような気がする。
「大会組織委員会がスポンサーになるというのは?」
「ッ!? オリーブ驚きだわ! なるほど。確かに大会組織なら企業ではありませんので、一社独占ということにはなりませんね。それにハチ選手の身の安全の確保が目的となると企業が動くより大会組織が動いた方が体裁が整います」
いや、目がめっちゃ開いたんですけど。
俺としてはそっちの方に驚きだわ。
「それにマスコミが過剰に反応しそうな選手には大会組織がスポンサーに付くという前例が出来上がれば、マスコミへの抑止力にもなるでしょう」
そこまでのつもりはなかったのだが、まあソニアのこともあったわけだし、何かあれば大会組織委員会が動くべきなのは確かだ。それが出来なかったからソニアは炎上したのだろうし。
もし当時の大会組織委員会がすぐに効果的な対応をしていれば、トラウマを植え付けられるようなことにまでは発展しなかっただろうし、ダンデから距離を置くようなことにまではならなかった可能性だってある。
ならば、俺が前例として大会組織委員会を引っ張り出そうじゃないか。
ただ、前例というのならもう二つ条件を付け加えておこう。
暗黙の了解に対する公平性は保っておかなければ各企業との歪みが生まれ、来年以降の開催に翳りを落とすことになる。
「それともう二つ。スポンサーの期限はジムチャレンジが終わるまでの期間限定ということで。それと契約書の公開も必要でしょう」
「身の安全の確保をする必要性がなくなればスポンサーとして居座るのもおかしいですものね。契約書の公開は公平性を保つため、ですか」
おお、提案するだけでその意味を理解してくれた。
秘書兼副社長は伊達ではないな。
「少々お待ちを。直ちに契約書を作成致します。それとトレーナーカードを出しておいてください」
「うす」
ノートパソコンを取り出すとカタカタと凄い勢いで文字を打っていく秘書さん。
ザ・仕事人って感じでそこに痺れる憧れるぅ! というよりはカロスでの日々を思い出してくる。懐かしいってのもアレだが、ポケモン協会を立て直すってなって以降はこんな感じで連日書類作成やらしてたっけな。まあ、ほぼほぼユキノシタ姉妹がやっちゃってたんだけど。
あの二人、無駄にその辺のスペックが高いから仕事が進む進む。
将来あの二人もこんな感じのやり手になってたのかもしれないと思うと、俺には勿体ない気さえしてくる。
それでも俺とともに歩むことを選んでくれたってのに、俺はこんなことになってるし、人生なんだかなーって感じだわ。
あ、そうだ。
懐かしさついでに俺の苦手な取材対応をお断りってのを付け忘れてたな。鍛えられたとはいえ、今の俺が取材なんざ受けてたらあることないこと書かれたりするだろうし、そうでなくてもマスコミがあることないこと書くだろうからな。口は災いの元とはいうし、出来るだけ口は閉ざしておかないと。
「あの、契約書の公開と同時に取材はジムチャレンジが終了するまではお断りってことと出待ちは禁止ってのも流しておいてください」
「理由は?」
チラリとこちらを見てくる鋭い目。
この人の攻撃は命中率高そうだなぁ。
「謎は謎のままにしておいた方がキャラが立つってもんでしょ」
「なるほど。ではそのように致します」
「それと俺を推薦してくれたマスタード師匠のところにも取材にいくのはなしでお願いします。師匠だけならまだしも他の門下生たちにまで迷惑はかけられませんから」
「分かりました。ですが、随分と周りを気になさるのですね」
「博士の孫娘だからって変な期待をされて、無敵の幼馴染と比較された奴を知ってるんでね………」
「…………なるほど。そういう繋がりでしたか」
一度ルリナを見たかと思うと妙に納得してくれた。
「いいでしょう。他に要望があれば何でも言ってください。出来る出来ないはあるとしても言うだけタダです。こちらもそういう考えがあるというだけでも分かれば他に対策を立てられますからね」
「なら、その時は随時お願いします」
淡々と了承してくれると再びパソコンに向き直り、契約書を作成していく。
意外と太っ腹だった。
「あ、そうだ。アンタにこれを見せておくわ」
すると彼女の隣で何かを思い出したルリナが紙袋から何かを取り出した。
「………仕事早ぇな。ちゃっかり背番号まで入れてあるし」
どうやら既に新規のユニフォームを作ってあったらしい。
最早規定事項だったのだろうか。
俺がスポンサー契約を断ってたらどうしてたのだろうかね。
にしてもよくガオガエンの顔を覚えていたな。開会式を何回も見返したとか?
「ソニアに聞いてガオガエンの写真を送ってもらったからね」
「え? あいついつの間に盗撮してたんだよ」
まさかのだった。
今度会ったらソニアはお仕置き確定だわ。
何してやろうかしら。今から楽しみで楽しみで仕方がないぞ。ふへへ。
「はい、肩に合わせるわよ」
「へい」
立って横にズレるとルリナが俺の前に立ってユニフォームを胸に当ててくる。
俺も少し腕を広げてユニフォームの型に合わせるとサイズ的には問題なさそうなのが分かった。
「うん、バッチリね。流石私だわ」
「まあ、白でないだけでコロッと変わった感じはあるな」
鏡で自分の姿を見ているわけではないため、全体的な仕上がりは分からないが、白を基調としていたユニフォームよりは断然こっちの方が様になっている。
これをルリナがデザインしたっていうのだから、やっぱりルリナさんマジぱねぇわ。
「お待たせしました。こちらにサインをお願いします」
「マジか。こっちも仕事早ぇ………」
たった数分で契約書を作成してしまう仕事の早さよ。しかもタブレットの方に転送までして俺がじっくり見れるようにまでしてくれてるし。
オリーブさんもマジぱねぇ。
「………本名?」
「いえ、今回は仮面のハチという一キャラとしてで結構です。公開されるのですから」
「そりゃそうか」
まずは契約書の中身の確認だな。
定型文とかは置いといて………。
仮面のハチとポケモンリーグ運営組織委員会との契約であること。
この契約は仮面のハチの身の安全を確保するためのものであること。
ジムチャレンジ終了後に契約は破棄されること。
この契約により選手のユニフォームの変更を行い、ジムチャレンジを盛り上げることを選手に義務付けること。
選手のグッズ関連の著作権は選手本人にあり、許可なく販売することを禁止すること。
取材やテレビ番組の出演は本人の意向により行わないこと。またその管理・把握は大会組織委員会が行うこと。
推薦者であるマスタード氏及び道場関係者への取材も行わないこと。
他、問題が起きた場合は都度両者で対応を検討すること。
「……………」
まあ、大体まとめるとこんな感じのことが書かれていた。
なんか話になかったものまであるが、そうか。グッズ関連のことも後々出てきたりするのか。全く頭になかったわ。恐らく俺の身の安全を確保するという内容に俺の著作権や人権が含まれているということだろう。悪いようにはなっていないのでこれはこれで置いておくとしようか。
「問題はなさそうですね。俺の不利益になりそうなものは含まれていなさそうですし」
「ありがとうございます」
特に問題点はなかったので、一通り読み終えた後にタブレットにサインを入れた。
これでスポンサー契約は成立か。
「…………サインしといて何ですけど、元々マクロコスモス社との契約のつもりで来てたんですよね。大会組織委員会に変更してよかったんですか?」
「ええ、問題ありません。どちらもトップはローズ委員長であり、私はそのどちらともの秘書ですから」
「さいですか」
聞くだけ野暮だったらしい。
まあ、これだけ仕事の早い人なら何に関わるにも右腕として置いておきたいわな。俺がユキノシタ姉妹に助けられているのと同じなのだろう。
「では、後はユニフォームに大会組織委員会のロゴを入れておきますので」
「お願いします」
これで終わりと言わんばかりにパタンとパソコンを閉じてルリナからユニフォームを預かると、そのまま部屋から出て行ってしまった。
「忙しいのか?」
「忙しいわね。実質会社の運営はあの人が担ってるようなものらしいし」
「へぇ」
歩き方もスタスタと急いでいるような感じだったし、他にもやることがたくさんあるのだろう。
「あ、そうそう。今日の十八時からジム戦入れといたから」
「はっ? マジで? いつの間に?! てか、トレーナーカードは?」
「はい、返すわ」
「いや、いつの間に取ってたんだよ」
「アンタが契約書読んでる間に」
流石っすわ、ルリナさん。
もうなんかずっとルリナの手玉に取られているような気がするわ。
「ユニフォームは今晩来た時に受付で渡すように指示しておくから、ちゃんと受け取るのよ」
「お、おう………なんかもう全部任せるわ」
多分、下手に俺が意見を挟むよりもなるようになってくれた方が楽なのかもしれない。
そう思わせるくらいにはガラルの女性はマジ半端ねぇわ。