沢渡春都の朝は早い。
最近ちょくちょく布団に潜り込んで、しがみついている桃を起こさないようにそっと外して起き上がった。
「やれやれ、また怖い夢でも見たのかな?」
桃は最近変な白い喋る動物の夢を時々見るようになってしまい、見た夜は必ず春都の布団に潜り込んで来るようになったのだ。
着替えて敷地内で軽く鍛練して身体をウォームアップしてから、朝食の調理を始めた。
外から「ドゴッオン、バキッーン」と凄まじい轟音が響いてくる。
起きてきた佐倉三姉妹が打ち合う鍛練の音だった。
(負け越してはいるけど、桃とならなんとかやり合えるけどな。
残り二人は付き合うのも無理、無理。
気に目覚めたのは俺が先で、鍛練時間も俺の方が多かったのに、なんであっという間にあんなに強くなるんだよ?
オマケに前回の戦いで死にかけて以来、三姉妹みんなやたら過保護になって「アタシ達で春兄を守るんだ!!!」って。
女の子に守られるなんて、俺カッコ悪いなあ(泣))
なお春都はそんなに弱い訳ではない。
文醜や顔良相手なら互角以上に戦え、勝ち越すぐらいにはなっている。
恋子こと呂布、そして姉の面子にかけて呂布と互角にやり合える杏子、関羽クラスの桃と化物が揃っているだけだ。
春都は気を取り直すと、石焼き窯から焼き上がったパンを取り出した。
こんな贅沢な調理環境になったのは、これまで住んでいた風見野市から倉庫のある見滝原市に引っ越ししたからだった。
佐倉三姉妹の鍛練で出る轟音問題や田豊の洛陽への通勤問題を解決するため、ゲートのある倉庫の隣の倉庫を米軍から買い取り、家を新築したのだ。
ここなら周り中、ゲートを守るため米軍が作った要塞化ビルで囲まれているので、ご近所から苦情がくる心配は無い。
その時どうせ作るならと、前政権の大不況で潰れたあちこちのレストランから調理設備を買い叩いて移設したのだ。
パンもピザも焼けるし、他にも大型の業務用炊飯釜やデカイ中華鍋やら色々手に入って、春都はご機嫌だった。
元々調理が大好きで、将来コックに成りたかった春都の夢の国だ♪
ご家庭でそんな物が必要かと思われるだろうが、このぐらいないと佐倉三姉妹と春都の食べる量に追い付かないのだ。
気を使って凄い力が出すという事は、その分エネルギーを大量に使うという事である。
恋姫世界であっても、エネルギー保存則は変わらない。
当然その分いっぱい食べて、エネルギーを補充しなければならないので、恋姫世界では兵糧問題は史実三國志よりかなり重要性が増していた。
成長期の子供達が、栄養に気を使ったメニューをこれだけ大量に食べて運動すれば、身体が大きく成長するのは当然で、身長もすくすく伸びていた。
佐倉杏子は原作では、栄養バランスの悪いお菓子やらハンバーガーなどのファーストフードばかり食べていたためか、痩せっぽっちだった。
この世界では長身でバランスの取れた筋肉質な細マッチョ体型になり、特徴的な赤毛のポニーテールが無ければ、ほむらさんも杏子が誰だかわからないくらい外見が変わっている。
恋子も貧しい辺境暮らしの原作よりいっぱい食べられたので、原作より身体が成長し始め、原作よりもっと強くなり始めた。
気による強化を仮に普通の大人の武将が十の力を気の力で三倍の三十にしている所を、体格に劣る呂布が五の力を天才的な気の力で十倍の五十に上げていたとする。
ではもし成長で呂布も元の力が五から十に上がればどうなるか?
オマケに原作では互角にやり合える相手が居なかったため、更なる高みに昇れ無かったのが杏子という互角のライバルと日々切磋琢磨している。
どこまで強くなるか、そら恐ろしいものがある。
さてこんな米軍のど真ん中で、鍛練でしょっちゅう戦っていれば当然こうなる。
「本日もバトラー達が集うバトリング会場まずは赤コーナー、レディアン!!」
サッカー場くらいある広場で、戦いを始めようとしている三人には聞こえないのをいいことに、ジョッキーはビルの館内放送で解説を続ける。
「対しましては、青コーナー、棍バトラーレン!!」
恋子の最近のマイブームは棍、要するに長くてぶっとい棒だ。
別名丸太とも言うが。
どうも禁軍の乱で、閂棒で武将二人を防ごうとした剣ごと、まとめて伸したのがお気に召したらしい。
「本日のオッズはどうなりますか?!さあ、張った、張った!
あっ、もちろん皆の癒し、キュアピーチちゃんに賭けても構いません。
大穴狙いの方は居ませんか?!」
勝手に変なリングネームを付けての解説に、各要塞ビルの分厚い防弾ガラスの窓には、馬券ならぬバ券を握り締めた米兵達が鈴なりで見物して歓声を挙げている。
「レディアン、やっちまえ!!」
「レン、トップを狙え!」
戦いが白熱し、たまに蹴飛ばされて凄まじい力で吹き飛んできた石が、防弾ガラスを貫通し、米兵の負傷者が出る時もあるが、誰も逃げる者はいない。
「イエーイ♪これがリアルバトルの醍醐味だぜ!」
佐倉三姉妹の戦いは、杏子が恋子の棍を槍で貫いて、へし折った事で決着がついた。
恋姫世界の武将は気の力で運動能力を上げるだけで無く、武器や服など身に付けている物を気を流す事で強化している。
棍全体を満遍なく強化していた恋子に対し、杏子は槍の穂先の一点に気を集中する事で、杏子より強い気を使える恋子の気防御をぶち抜いた。
技の杏子、力の恋子と言われているだけの事はある。
桃は身体の小ささが災いして、途中でエネルギー切れになり、リタイアしていた。
将来の成長待ちだろう。
「ウ~、お姉ちゃんお腹減った!」
「アハハ、そうだな。
でもちゃんと手を洗ってからだぞ」
「負けた・・・。
もっと強力な素材で出来た棍があれば・・・いや、素材の問題じゃ無い!
今度は負けない!」
家に戻ってきた三姉妹は叫んだ。
「「「春兄!お腹ペコペコ!!!」」」
「ハイハイ、わかってるよ♪
並べるの手伝ってくれい。
よっ!!とっ!!はっ!!」
仕上がったばかりの巨大な中華鍋からピラフをよそるのを三姉妹に任せ、幸助と田豊用の焼き上がったパンを石窯から取り出し、全員分のハムエッグをよそった。
サラダをボウルごとテーブルに載せ、ちゃんと野菜も食べるよう各自の皿に盛り付ける。
子供達用に1L牛乳の紙パックを一本ずつ置き、大人には紅茶を入れた。
量が多過ぎるのと、大人と子供のメニューを作り別けているので、味は悪くないのだがどうしても雑になりがちだった。
「あ~、レストランのコックさんはこの程度の人数分の作り別けなんかサラッとやるんだろうな。
またまだ前途遼遠だなあ」
春都は汗をタオルで拭い、食卓についた。
「「「「「「頂きます」」」」」」
エネルギー消費量が多い三姉妹は、朝ガッツリ食べなければ、学校の途中でへばってしまう。
給食の量では三姉妹には軽食にしかならないのだ。
逆に幸助や文官の田豊が三姉妹と同じメニューと量を食べたら、食べ過ぎで身体を壊してしまうだろう。
食後は春都が片付けと皿洗いを済ませ、学校へギリギリに駆け込む。
気を使って車並みの高速で走れば余裕なのだが、公道でそんな真似をしたら騒ぎになるので、わざと気を一切使わず走っていく。
春都が教室に駆け込むと、それまで雑談していたクラスメート達がピタリと静かになった。
誰も春都と目を合わせようとしない。
春都は張勲を庇って受けた額の向う疵と曲がった事が嫌いな性格のせいで、皆から怖がられ不良扱いを受けていた。
家事と鍛練と袁紹と袁術の遊び相手を務めていたせいでメチャクチャ忙しく、勉強にあまり時間が裂けなかったため成績も悪い。
地の頭は悪くないので、小学校時代はなんとか着いていけたのだが、中学校になると成績が落ち始めた。
お蔭で「仲間に入れてやる」と勘違いした本物の不良に絡まれ、即座に断ったため喧嘩沙汰になった。
当然無傷で制圧したが、そのせいで不良扱いが確定した。
春都の強さに勝手に惚れ込んで、校内で他の生徒の前で人の事を勝手に兄貴呼ばわりして、舎弟にしてくれとか言ってくる奴は出てくるは、外部から応援を呼んで、数と年上の兄貴分連中に頼って春都を倒そうとする奴はいるわ、散々である。
囲まれても両手の満杯の買い物袋を放そうとしない春都に、勝利を確信して高笑いしていたそいつらが、後ろから忍び寄った桃一人に蹂躙されて、心がへし折られる色々ひどい結末だった。
力自慢の不良連中が、ランドセル背負った小学生の女の子一人に全員やられたとあっては、心が折れても無理はない。
褒めて褒めてと得意気な顔の桃は、遠い目をした春都に頭を撫でて貰い、二人は夕闇の中一つずつ買い物袋を持って帰路に就いた。
夕食の食卓で幸助から話が有った。
「皆悪いんだが、米軍から協力要請が有ったんで、連中の実験に付き合って貰えないだろうか?
なんでも米軍にも気を身に付けた人間が何人も出たそうなんだが、気を身に付けると何がどこまで可能なのか知りたいんだそうだ。
だが米軍の人達は身に付けたばかりで強くないので、経験を積んでいるお前達に色々試してみて欲しいんだそうだ」
前回の病院の件で米軍を警戒している春都が渋い顔で答えた。
「してもいいけど何をやらされるんだ?
薬漬けにされるとか、流石に勘弁だよ」
「ああ、その心配は無いよ。
気で強化された身体でどんな武器まで扱えるかテストするんだそうた。
頼むよ、あんまり米軍に不満を溜め込ませると暴発しかねないから、ここらでガス抜きしておきたいんだ」
「わかった、会社も通行料を貰ってるんだし、お得意様だもんな。
それに俺一度機関銃とか撃ってみたかったし。
杏子達はどうする?」
「アタシは銃はどうでもいいけど、春兄が行くなら手伝うよ」
「ん、手分けすれば早く終わる」
「あたしもお姉ちゃん達と行くの!
それにね、アメリカの人達よくチョコとか呉れるんだよ。
また貰えるかな♡」
そして日曜日、宇宙基地演習場で並べられた「武器」を見た春都と佐倉三姉妹は目を剥いて、口をアングリと開けていた。
確かに「武器」だった。
機関銃ではなく、機関砲や大砲だったが。
「あ、あの~、これを持ち上げて運べるかってテストですよね?」
ルメイ大佐が答えた。
「いや、持ち上げて撃てるかのテストだが、聞いていないのかね?」
「いや普通は重機関銃とかミニガンから始めるんじゃないですか?
いきなり大砲って」
「そっちはうちの兵士がテストして、もう可能だと判明しているから安心したまえ。
彼等がダメだった物から始めよう♪」
まず春都がおずおずと25mm機関砲を持ち上げて片膝立ちで構えた。
気を全開にして、人間が撃てるように改造・追加された取手と引き金に手を懸け発砲した。
「砲口もそれほどぶれていなかったし、問題は無かったようだね?」
「連続発砲の振動で歯がガクガクして舌噛んだんですけど(涙)」
「フム、それは計算外だが、さしたる問題ではないな。
病院に特別病室が用意してあるから」
「い、いえ、結構です。
もう痛くありませんから(汗)」
「杏子嬢のほうは20mmバルカン砲に苦戦しているようだね。
大分砲口がぶれている」
「こんなに弾がいっぺんに出るなんて、アタシは聞いてないからだよ!」
「ウウウ、お姉ちゃん!あたしの手じゃうまく取手を掴めないよ!」
「ああ、済まないね。
うちの兵士の手の大きさに合わせて作ったので、桃嬢の手の大きさでは流石に無理か。
お詫びにお菓子を用意してあるから、桃嬢はゆっくり休んでいてくれたまえ。
ン、恋子嬢はそれが気になるのかね?」
恋子がさっきからジッと眺めているのは、M1エイブラムス戦車から外してきた120mm戦車砲だった。
「ん、最高の棍♡」
「「「はい?」」」
恋子はヒョイと戦車砲を持ち上げると、楽しげにビュッビュッと振り回した。
「杏子姉!勝負しよう♡
今度は負けない♪」
杏子の顔に何とも言えない苦笑いが浮かび、予備の戦車砲を掴み上げて構えた。
「チッ、しょうがねえなあ、ヤるか♪
掛かってこいや!!」
二人が始めようとした時、ルメイ大佐が割って入った。
「待ち給え君達!殴り合いは射撃テストの後だ!」
「あの~、それでいいんすか?」
「春都君、万一殴り合いで砲身が歪むと射撃が出来なくなるからね」
「いえ、そうじゃなくて・・・
いや、いいっす」
まるでバスターランチャーのように構えた二人の射撃テストは失敗した。
二人とも反動を支えきれず、吹っ飛んだ。
腕の力は堪えられても、二人の小さな足の接地面積では、どんなに踏ん張っても支えられる筈がない。
ルメイ大佐は考え込んでいた。
「フム、ならば接地面積を増やせばいいのだね。
ダンバーを脚に着けるか?
いや、二人係りなら?
それとも二脚架を付けて伏せ撃ちならば」
思考の迷路に入りこんだルメイ大佐を他所に、掠り傷で起き上がった二人は嬉々として戦闘を始めていた。
凄まじい音響を発して、六メートル近い鋼鉄の砲身がぶつかり合い、二人の雄叫びが木霊する。
「オオッ!」
「ハアッ!」
勝負は棍に慣れている恋子の勝利で終わった。
「春兄!勝った!勝った!褒めて!!」
「あ~チクショウ、次は負けねえからな!
覚悟しやがれ!」
春都は遠い目で恋子の頭を撫でて、フォローした。
「恋子良かったな。
杏子も慣れない武器でよくやるじゃないか」
(万一この二人が喧嘩したら回りがエライ事になる。
そうならずに仲良くなるように、俺がフォローしなきゃな)
後日、人知れず溜め息を吐いていた春都の家に三姉妹宛に砲身が肉厚に改造され、以前ボツになりお蔵入りしていたリボルバー式自動装填装置付きの戦車砲と脚に装着する鉤爪型ダンバーが人数分届き、春都はしばらく胃薬を手離せなくなった。
後に三姉妹は遠くの敵には射撃し、接近戦では抱えた戦車砲を棍代わりと脚の鉤爪型ダンバーを蹴りに使う新武術、坦克砲術を編み出したが、他の誰も習得出来ず、三姉妹の子孫だけに継承される北斗神拳みたいな伝説的な武術となる。
「お姉ちゃん!あたしも120mm欲しいよう!」
「あ~、もっと大きくなったらな。
それまでは105mmで我慢しな」
「ブーブー、春兄!お姉ちゃんがあたしをいじめるう!」
「桃ちゃん、お姉ちゃんは桃ちゃんが心配なんだよ。
俺が鍛練の相手するから、心配されないくらいもっと強くなろうよ。
取りあえずの目標は俺に完全勝利出来る事かな」
(あ~、簡単に越えられないように、俺も鍛え直さなきゃな、トホホ)