魔法少女まどか☆マギカ [新編]救済の物語(完結)   作:曇天紫苑

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永劫回帰

「ほむらちゃん、だめ……私が裂けちゃう!」

 

 私は、やっとまどかを捕まえた。

 限界の限界にまで濁ったソウルジェムと、この胸に燃え上がる意志の力。それによって、円環の理へと干渉を仕掛ける。それは私の全てを賭けた一撃であり、巨大な罪を背負う覚悟でも有った。

 結果的に、上手く行った。まどかは何の警戒も無く私に捕まってくれて、大した抵抗も出来ないまま、人間としてのまどかを私の手で奪い取らせてくれた。

 世界に亀裂が走り、書き換えられている。今、この世界とまどかは私の手の中に有った。

 

「ふ、ふふっ……言ったでしょぉ? もう二度と、貴女を……」

 

 離さない。

 今の勢いのまま、こみ上げてくる笑いに任せて、小馬鹿にした調子で話してやろうとする。まどかに対してそんな態度を取るのは気が引けたけど、今の自分なら気にならない。

 まどかにも、美樹さやかにも邪魔はさせない。まどかの残酷な選択を私が終わらせる。私の、勝ちだ。

 だが、そうは行かなかった。

 

「なら、私はっ!」

 

 その時、まどかの……円環の理の瞳に、炎が燃え上がった。私の腕の中に居るまどかは気を失っているのに、彼女は強い意志を宿していた。

 何が起きているのだ。彼女は確かに切り離した筈なのに。どうして。その驚きを無視するかの様に、まどかは猛烈な勢いで手を伸ばし、私の腕を掴んだ。

 

「捕まえ……た!」

「っ、まどかぁ! やめなさい!」

 

 ただ掴まれただけで、恐ろしい気配を感じる。まどかが何をする気なのか、それだけで理解出来た。

 あえて敵意の籠もった怒声を浴びせたけど、彼女は一つも戸惑わず、欠片すら怯まない。どうにかして止めなきゃいけないのに、揺らがせる事さえ出来ない。

 

「やめてっ! まどかがこんな事をする必要は……」

「あるもん!!」

「っ!?」

「私は絶対に、ほむらちゃんだけに罪を負わせたりしないっ! あなたがそうするなら、私だってこうするっ!!」

 

 不味い、危険だ。このままでは、私まで裂かれてしまう。円環の理に干渉した私と、その前の、人間としての私に。

 まどかの胸から真っ白く輝く感情が溢れていた。私の発するおぞましい感情と対照的な色をしながらも、互いに互いへと絡み、関係し、干渉し合っている。

 痛みは無い。苦しみも無い。だけど、これはいけない。抵抗が、間に合わない。

 

「やめて、まどか……私が、裂けっ……!!」

 

 硝子が砕ける様な音と共に、私の存在が裂かれた。

 依然、私は『人としてのまどか』を抱き締めている。だが、円環の理もまた、『人としての暁美ほむら』を腕の中に引き入れた。

 天の衣にすら見えるその服を着て、裂かれた私を抱き締めている。私達は、お互いの人間としての部分を抱き合い、目を合わせた。

 まるで、私達が抱き合ってるみたいだ。きっと、まどかもそう思ってくれたんだろう。

 

「罪を犯す時だって一緒だよ、ほむらちゃん……ずっと一緒だって、言ったじゃない」

「まどか……」

 

 優しい言葉をかけられて、涙が溢れ出す。

 やっぱり、まどかには勝てなかった。

 ただ見つめられただけで、暴れ狂う程の喜びに包まれながら、私達は互いの胸から爆発する光の山に身を任せる。

 誰に分かる筈も無いと思っていた気持ちが、他ならぬまどかに理解して貰えた。嬉しく、暖かく、それと同時に、自分の企みが半分は失敗した事に対して胸が痛む。

 一緒に、世界を書き換える。まどかの背中を追う事すら出来なかった。この私が。

 

 ああ、それはきっと、悪い事なんだろう。欲望のままに世界を蹂躙する事なんだろう。でも、構わない。それでも私は、まどかが幸せになれる世界を望むから。

 

 

+----

 

「やっと、思い出したんだね」

 

 まどかの……いいや、ケンナの言葉が、私を現実へ押し戻す。脳裏で蘇ったあらゆる記憶が、私の存在を定義して、私の経歴を明らかにしてくれた。

 

「ええ……思い出したわ」

 

 頭の中で蠢いていた物の正体を、私はやっと理解した。

 

 それと同時に、この場が見滝原ではない事に気づく。椅子が沢山並べられた、桃色を基調とした魔女の結界だった。まどかはその中央に座り、奇妙な形をしたソウルジェムを抱いている。相変わらず、リボンは付けていない。

 彼女の足下には呪いにも見える大量の黒い液体が流れ込んでいて、そのソウルジェムが黒色を吸い取っていた。不気味な光景なのに、美しく慈悲深い様に見える。恐らくは、その現象は呪いを吸い上げ、浄化しているのだろう。

 まさしく、彼女は救済の魔女だ。彼女の結界に入った経験は無かったけど、これは間違い無く、彼女の世界に違いない。

 

「私は……悪魔、そう。私は、悪魔だった筈……成る程、私は、まどかに裂かれたのね」

「うん」

「その結果が、あの世界なの?」

「そうだよ。ほむらちゃんの力は中途半端に影響して、鹿目まどかの肉体だけをこの次元に戻す事になった。人格も記録も無い、ただの身体。そこに、私を入れて貰ったの」

 

 意外に感じたけど、少なくとも驚きは無かった。彼女は、私が裂いたまどかの身体を使っている様だ。どちらにせよ彼女はまどかで、私の大切な人には変わらない。

 躊躇いを捨てた今の私には、大抵の真実なんか動揺するにも値しない。まどかの言葉であっても、不必要な物を切り捨て、葛藤を蹴り飛ばし、感情を抑え込む事くらいは他愛ない話だった。

 私の反応は存外に強く、冷静だった。その為か、救済の魔女は満足げに頷きつつも、何処か残念そうに悪戯っぽく舌を出している。私を驚かせたかったのだろう。少しばかり小悪魔的な姿に、心が満たされる思いを抱いた。

 

「円環の理もまた、ほむらちゃんを中途半端に裂いた。人間ではなく、魔法少女としてね。悪魔としてのほむらちゃんは自己を捨てた概念となって、円環の理と一体化したよ」

 

 自分のソウルジェムを指でなぞり、遊んでいる。その周囲には蜥蜴の紋章と、円形に囲まれた十字に光る紋章が浮かんでいる。その両方を手の中で握ると、彼女は邪悪に満ちた微笑み身を浮かべ、私などより強い悪魔らしさを感じさせる。

 

「……その話は変よ。貴女の中には、円環の理になる前の、人間のまどかが居なかったんだもの。私の裂いたまどかの中に貴女が居るなら、居ない筈が無い」

「そこは私が、調整しているんだよ! じゃなくて、私は、救済の魔女だからね。まどかじゃないもん」

 

 こんな状況なのに、救済の魔女は冗談めかして喋ってくる。その陽気な所はまどかを感じさせるけど、妙に余裕が有ると思える。

 彼女は中央部から立ち上がって自分のソウルジェムを握り込み、その場で一回転をする。軸足を器用に使って回る所は、凄く綺麗だった。

 

「今日のワルプルギスの夜はね。それがほむらちゃんの記憶下に有ったから発生したんだよ。この世界は、かつて暁美ほむらであった悪魔と、かつて鹿目まどかだった女神に観測される事で成立しているから」

「……なら、マミの記憶も貴女の仕業ね、救済の魔女」

「うん。私の魔女としての記憶操作で、マミさんに『ワルプルギスの夜が来る』っていう情報を流したの。だから、じゃないけど。ほむらちゃんは此処で記憶を取り戻すと思ってたよ」

 

 私が経験した事の真実を語りつつ、彼女は側に転がっていた椅子へ座った。頭を少し横へ倒し、隣に有る椅子へ誰かが居る様な姿勢になっていて、私が隣に座ってあげたいと感じさせた。

 でも、そこへ行くよりも、聞きたい事が有る。あの、環之小鳥ケンナに関する事だ。あんな黒髪長髪、長身痩躯の少女の姿、まどかとは似ても似つかない。

 

「でも、どうして貴女は別人として私に接触したの?」

「……うーん」

 

 尋ねると、彼女は自分の結界の上部を眺めた。答えに迷っている、という訳では無い。むしろ、決まっている答えをどう言う表現で返すかを思案している様子だ。

 時間にして一分くらい、ただ結界の中が動く音が響き続けた。私も何かを口にする事が出来ず、ただ返答を待つ。

 ようやく決めたのか、救済の魔女は極めて友好な色の強い表情を見せた。

 

「ほむらちゃんの気持ちが聞きたかったから、だよ」

 

 身体の姿勢はそのままに、彼女の真摯な言葉が放たれる。姿はまどか、でも、その影は環之小鳥ケンナに見えてくる。

 

「どうして、貴女が円環の理に干渉したのか。それが鹿目まどかには分からなかったの。でも、ほむらちゃんと分かりあえないなんて、ほむらちゃんと気持ちがズレたままなんて、嫌だった。だから、私は此処へ来た」

「まどかは、私の事を理解しようと努力してくれたのね……」

「うん。それにね、私の気持ちも知って欲しかったから。その為には、まどかの顔は捨てるべきだと思ったんだ……それに……えへへ」

 

 話の途中で、彼女は照れの強い様子で頬を押さえた。その仕草は子供っぽくも、とても愛らしい。漂う異形の気配さえ、嫌な物だとは思えない。

 救済の魔女と私の間には、依然として距離が有る。でも、気持ちの上では決して遠く無い様な気がした。

 彼女も、それを感じたんだろう。嬉しさの籠もった表情を見せてくれた。

 

「私ね、ほむらちゃんみたいに綺麗な黒くて長い髪にしてみたいって思ってたの。カッコいい自分になりたかったんだ。折角だから、ってやってみたんだけど、駄目だったかな」

「……ううん、素敵だった。でも、元のまどかの方が素敵よ」

 

 そう返すと、彼女は何故か驚いた様に口を開き、泰然としている風だった今までの雰囲気を瞬く間に崩して、大きな声をあげる。

 

「ええっ!? あの顔、ほむらちゃんを元に作ったのに……自信、有ったんだけどなぁ」

「私の中の貴女は、一体どれくらい美化されているのかしらね」

 

 少なくとも、そこまで圧倒的な美人になったつもりは無い。それに、私はケンナの姿より、まどかの姿の方が好きだ。

 

「えぇー。ほむらちゃんは綺麗だよ、ほら、そのサラサラな髪とか、憧れてたんだよ、私」

「憧れられる様な物じゃないわ。でも、誉めてくれてありがとう」

「そ、そんな風に言われると、なんだか嬉しくなっちゃうね。えへ」

 

 頬を赤くして、喜びと照れに満ちたまどかの表情。それはもう、どんな財宝よりも遙かに価値の有る物だ。ずっと眺めていたくなる。

 それにしても、此処まで揺るがない好意を寄せられたのは、何時ぶりだろうか。このまどかは、私だけを見てくれる。それが嬉しくて、同じだけ苦しい。

 今すぐに抱きついて、謝りたくなる。でも、その気持ちは全力で抑え込んだ。悪魔である私が、そんな事をして良い筈が無い。

 そして、私の中の葛藤など救済の魔女はとっくに分かっていたのか、彼女は冗談の混じっていた態度を真摯で強い意志を感じさせる物へ変えた。

 

「この一ヶ月、ずっとほむらちゃんを見てきた。ほむらちゃんを理解したくて、ずっとね。その為に、今までほむらちゃんの記憶をこちらから戻そうとはしなかった」

「私と話をしたのは、そういう目的が有ったのね」

「黙っててごめんね。でも、だからこそ分かるよ。今のほむらちゃんが、どんな気持ちなのか」

 

 椅子から立ち上がると、彼女は夢でも見る様な顔をして、吸い込まれるかと思わせる瞳で私を捉える。

 

「まどかの事、まどかの境遇が辛い物だって思ってくれてるよね。ああいう女の子が、世界を救わなきゃいけない事が惨いんだって、例えまどか自身が受け入れても、許したくないんだよね」

「……そうよ。だから、私は貴女を、円環の理からまどかを奪い取った……後悔は、してない」

「分かってる。でもね。鹿目まどかとしては、やっぱりほむらちゃんと敵になるのは嫌だよ。大切な人と寄り添いながら敵になるべき、なんて、それはきっと酷く苦しい物だと思う」

 

 腕を広げて、胸の前に自分のソウルジェム……いや、あるいはグリーフシードなのだろうか。それを浮かせている。

 近づく物を抱き締めるであろう腕は、彼女の魔女としての性質を何よりも現している風である。きっと、手を伸ばすだけで、私の全てを受け入れてくれるだろう。その慈悲深い両手が、私を待つ様に揺れた。

 

「だからね、まどかは、さ。ほむらちゃんが敵だとか、味方だとかに拘らない。あなたが、戻ってきてくれるなら、まどかは優しく微笑んで受け入れてくれる。周りが何と言ったって、構わない。ねえ、ほむらちゃん。どうする?」

「……先程から気になっていたけど、まるで、自分が『まどか』ではないとでも言いたげな口調ね」

「話を逸らしちゃ駄目、聞いて」 

 

 話から逃げようとした私を呼び、強引に意識を傾けさせる。その中にも優しさが有り、暖かさと美しさが含まれている。

 腕を広げたまま、彼女は何時でも私を受け入れられる様な準備を整えていた。

 

「今なら、戻れるよ? 大丈夫、インキュベーターには何もさせない。貴女は、何の心配も懸念もせずに、まどかと仲良く幸せに暮らせるんだよ」

 

 ニッコリと笑い、「その幸せを、ほむらちゃんにあげたい」と告げてくる、救済の魔女。

 インキュベーターに言われた時は即座に踏み潰した言葉だけど、彼女に言われると、確かな揺らぎが起きる。あの腕の中で泣けたら、謝れたら。そう想像する事が、たまらない誘惑となる。

 でも、それでも。私は、悪魔なのだ。絶対に、負けはしない。例え、まどかに許されたとしても、私は絶対に私自身を許さない。

 

「あ、あはっ」

 

 自嘲なのか、自虐なのか。あるいは、歓喜か。心が望むままに、笑い声を吐き出す。自分の口から出たとは思えないくらい冷たくも病的な声だった。

 私が笑い続ける間も、救済の魔女は表情を変えない。ただ慈悲に溢れた笑みのまま、狂乱する私を眺めている。作り上げた私の姿など、意に介される事すら無かった。

 それでも笑い、声が枯れるまで笑い続ける。笑い声が咳に変わり出した頃、私はやっと救済の魔女と両目を合わせた。

 

「はははっ……ふふ、あは……そんなの、決まってるじゃない。貴女を、逃がすと思う? 私が? どうして? そんな訳が無いでしょうに……バカな子よねぇ……」

 

 きっと、私は最低な笑顔を浮かべている事だろう。まどかの慈悲も優しさも、全てを無にする顔をしている筈だ。それで良い、まどかに向かって、愛しさを籠めて嘲笑してやる。

 でも、そこまでしても、救済の魔女は顔色を変えなかった。

 

「ほむらちゃん、そうやって悪ぶったって、無駄だよ。私には通じないから。私はね、もう、ほむらちゃんの気持ちを理解したんだもん」

「何をバカな……」

「そうやって私を嘲ろうとするとね、ほむらちゃんって、ほんの少し苦しそうな声になるんだよ。気づいてない?」

 

 当然の様に告げられた言葉に、私は何も反論出来なかった。

 自分自身すら騙したのに、彼女の感性は見事に私を黙らせた。

 だが、黙ってばかりで居られるものか。例え残酷な意志が無くなっても、私の意志は変わらない。

 

「……私は、戻らない。戻れないわ。戻るつもりも、無い。私はこの選択肢を選び、その意志と共に死ぬ。今更、引き下がる気なんか無いわ」

「そうだよね。そう言うだろう、って思ってた。ほむらちゃんが、まどかを諦める筈が無いから」

 

 救済の魔女は特に驚いた様子も見せず、その腕を降ろす。

 救いが絶たれた絶望感の様な物が私を襲い、ソウルジェム……いや、ダークオーブの色が邪な物へ染まっていく。

 

「それじゃあ、ほむらちゃんはまどかの敵になるかもね」

「構わないわ。ええ、もう、迷わない」

 

 まどかの敵となる覚悟は、もう定まっている。

 今すぐに戦うのは、酷く辛い。胸が張り裂けそうになる。

 でも、今の私にとっては苦しみも、痛みだって愛おしい。だから、私は怖くなかった。まどかと戦う、そんな決意を抱けた。

 

「……まどか、私達って、こうなるのが運命だったのかもね」

 

 魔女になる時は言えなかった、お別れの言葉。

 こんな事までして、私を理解しようと頑張ってくれたまどかへの、精一杯の感謝の表現だった。

 

 

 

 私達の会話が終わった事を確認したかの様に空間が揺らぐ。

 魔女の結界はその揺らぎを受け入れる様に蠢き、一つの穴の様な物が広がった。すると、そこから一人の少女が入り込んでくる。

 まどかと私だけの空間に入ってきた、邪魔者。それは、かつて美樹さやかと言われていた、人魚の魔女だった。

 

「駄目、だったんだね」

 

 私とまどかを見比べて、美樹さやかはやれやれと肩を竦めた。

 彼女もまた、円環の理だ。まどかの手伝い程度の存在とはいえ、その能力は驚異となる。彼女が来たという事は、恐らく、此処で戦いを始めるつもりだろう。

 

「残念だよ、ほむら。あんたの気持ち、まどかから聞いて少し分かったのに、やっぱり、戦わなくちゃいけないのかな」

「ええ。当たり前でしょう、美樹さやか」

「うん……本当に、ね」

 

 美樹さやかは心底残念そうに、悲しげな顔をしている。そんな目を向けられる覚えは無い。貴女と私は、敵なのだ。

 今、やっと分かった。美樹さやかが私と距離を取る様になったのも、私とこうやって戦う日が来ると分かっていた為か。だとしたらご苦労な事だ。やはり、魔法少女としては致命的に弱い所を持っている。

 そんな所が彼女の人間的な魅力なのだと思ったが、どうでも良かった。

 

「来なさい……私を止めたいなら、ね」

「うん、行くよ。あんたを、止める為に」

 

 美樹さやかは剣を抜き、私へと向ける。救済の魔女は、彼女が動くと同時に行動する気だろう。静かに、その時を待っている様子だ。

 私もまた、自らの意識を完全に切り替えた。全身が魔法少女の服装から、悪魔の装束へと変わっていく。足下から闇色の光りに包まれ、背中を突き破って翼が生えた。

 魔力も、今までとは桁違いだ。美樹さやかは私の能力に一瞬だけ怯んだが、即座に表情を引き締めて、剣を片手に動く。

 

「覚悟なさい……!」

 

 救済の魔女への警戒を続けながら、私は彼女の剣を吹き飛ばそうと腕を伸ばした。だが、素直に当てられる存在ではなく、美樹さやかは身体を引いてそれを避ける。

 

「っ……ほむら、悪いけどっ!」

 

 すぐに体勢を建て直し、美樹さやかはその剣を思い切り握って飛び込んできた。

 それに対応するべく、私は己が悪魔として持つ力を沸き出させる。強い非情さの含まれた感情は、美樹さやかへの殺意に変わる。

 来い、来るんだ。彼女を倒したその時こそ、私はまどかと完全に決別出来るかもしれな……

 

 

「戦う必要なんて。無いよ」

 

 

 私と美樹さやかの手を、救済の魔女が掴んだ。

 

 当然ながら、全てにおいてまどかと同じ手だ。その為に、私は振り払おうとする気力を削がれ、ただ唖然として、彼女の手を見た。

 

「……まどか?」

「戦うなんて、私が……許さない!!」

 

 救済の魔女の手に熱が籠もった。かと思うと、彼女の胸元で浮いていたソウルジェムが闇色に燃えて、中から、私も良く知っている感情が噴き出す。

 おぞましい色であると同時に、美しい色でもあった。こんなにも、輝かしい物なのだろうか。

 いや、呆けている場合ではない。慌てて美樹さやかの顔を確認したが、彼女もまた、何が起きているのかを理解した風ではなかった。

 

「今までずっと、ほむらちゃんの気持ちを理解しようとしてきた。その為に、私はほむらちゃんの側に居続けた。だから、ほむらちゃんが疲れてる時も、苦しんでる時も、それを取り除いてあげられなかった……まどかとして、ほむらちゃんを抱き締めてあげられなかった!」

 

 万力の様な強さで私達の動きを抑え込むと、救済の魔女は天に向かって吠えた。

 

 

 

「……そんな自分を殺したいくらい、腹がっ! 立つ!!」

 

 

 

 純粋な、自らへの憎悪にも似た怒り。彼女がそれを口にした瞬間、その身体全体から恐るべき黒が溢れ出した。

 黒色が圧倒的な素早さを持って、広がり始める。世界に対する強い干渉力が働き、尋常ではない意志の塊が、この宇宙さえ壊そうとしている。

 彼女のソウルジェムはかつての私と同じで、呪いよりもおぞましく、希望より熱く、絶望より深い色をしていた。

 

 悪魔の私にとって、この現象を見るのは二度目だ。だから、何が起きようとしているのか、察するのはそう難しい事ではない。

 でも、誰が驚かずに居られるだろう。まさか、彼女が世界を蹂躙する側に回るなんて。

 

「何をっ……まどか、あんた!?」

「さやかちゃん、ごめんね。私、最初から……貴女の味方じゃなかったの」

 

 剣を引いた美樹さやかは、驚愕の余り救済の魔女を凝視している。私と同じく、美樹さやかもこれを見るのは二度目だ。その為か、半ば唖然とした様子を見せていた。

 まどかの意図が、理解出来ないのだろう。

 

 

――理解できないのも当然だよ。

 

 

 天から降る様な音が聞こえた。美樹さやかには聞こえず、私にだけ届いた、致命的なまでに深い意志の現れである。

 

「私とほむらちゃんが一緒に居られる世界。それが、悪魔の願い、女神の願いなんだろうけど……だけどっ! それじゃあ、女神と悪魔はどうなるのっ!?」

 

――うん、ほむらちゃん以外の、誰に分かる筈もない。

 

 現実の救済の魔女は、強い意志を乗せて叫んでいる。私の事を想ってくれるだけで、こんなにも必死になってくれる。

 

「悪魔はまどかに幸せになって欲しいだけだった。女神はほむらちゃんを一人にしたくないだけだった、でも、その代わりに女神と悪魔が分かり合えずに居るのなら、そんなの、私が認めないっ! そんな運命は、私が壊す! そんなのが運命だって言うなら、その残酷な運命も、不幸な結末も、打ち砕いてみせる!!」

 

――この想いは、私だけのもの……ほむらちゃんの為だけのもの……!!

 

 私の腕を握る力を強め、彼女はその背中から更なる黒色を広げた。大量の糸を絡めた様な姿をした、救済の魔女。その力は今、世界に対して明確な叛逆を引き起こしていた。

 止めようにも、止められない。私が悪魔として持つ性質の全てを利用し、彼女は更なる上の世界へ己の存在を広げ続けている。

 

「まどか、やめな、さいっ……!!」

 

 それでも、私は総力を挙げて抑え込もうとした。どんな手を使ってでも、止めようと必死になった。

 これを通しては行けない。これを許せば、まどかを不幸にする。そんな確信を抱いた私は、彼女を制止する事に全てを賭けた。

 

「私は、救済の魔女! ……その性質は、慈悲! だったら、私は、悪魔だって女神だって、まどかだってほむらだって、誰だって救われる世界を望む!」

 

――ほむらちゃん。

 

 だが、救済の魔女は私の上を行った。

 更なる最果て、世界も宇宙も飛び越えた、その先へ手を届かせていた。それを止めるなんて、私の力では不可能に等しい。

 

「まどか、貴女……!?」

 

 私の妨害を退けた途端、既に広がりきっていた黒色が結界を壊し、世界と呼ばれる全ての物が強制的に彼女の元へ吸い上げられた。

 地球が、宇宙が、その外側すらも。円環の理も、悪魔も関係無い。全ての全てが、彼女の元へ飲み込まれた。

 

 

 

――今度こそ、貴女を救ってみせる。

 

 何処からか響くまどかの声は、背筋が凍る程に深い感情の秘められた物だった。

 

 

 

 




 救済の魔女。その性質は慈悲と後悔。
 数多の世界の全てを強制的に吸い上げ、彼女の作った新しい天国へと導いていく。円環の理によって導かれ、あらゆる連続体に遍在する彼女に、最早、倒す方法は存在しない。もし世界中から悲しみが無くなれば、彼女はまだ悲しみの有る世界を見つけ出し、吸い上げる事だろう。この魔女は、自らの救済から零れた存在が居れば、それに対して恐るべき手段で救済を行使しようとする。

-解説-

 何だかこの悪魔ほむら、口調が変だと思ったそこの貴方。大正解です。
 彼女はBD特典収録の1stテイク版、所謂「没仕様悪魔ほむら」です。人間的に色々と吹き飛んだ所にまで行ききった、ハノカゲ先生の描いた悪い笑顔バージョンより更に上を行く、完成版悪魔……なんですが、私的に、あれは「酔っ払ってる様なもの」だと思うので、本作では「ヤンデレっぽく振舞って誤魔化しているだけの暁美ほむら」です。そうじゃなかったら、幾ら何でも別人の演技になってしまい過ぎるかと。ただ、精神性はこちらの方が数段上に居ます。精神的超人とまでは行かないのですが、素の暁美ほむらより立ち直りが早く、対まどか耐性も強い物になっています。
 が、これはSSですので、声の使い方はともかく、あの喋り方は採用しても問題無いかと。あの精神の強そうな所が、本作には必要だったので。
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