魔法少女まどか☆マギカ [新編]救済の物語(完結)   作:曇天紫苑

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長く短い夢の中の宴

 蓋を開けてみると、あれだけ居た魔獣は数分も保たずに全滅していた。

 

「はー、終わった終わったぁ。ケンナ、聞いてたより強いじゃん」

「そ、そうかな。さやかちゃんだって、凄くカッコ良かったよ。あんなに動き回って、疲れてない?」

 

 疲労が溜まっているのか、さやかは軽く伸びをしていた。かなり派手に動いていたから、相応に神経を使ったんだろう。

 杏子と一緒に戦っている姿は、赤と青の閃光が混ざり合う様な綺麗な物だった。きっと、二人は元々相性が良かったんだ。戦闘スタイルも性格も、噛み合う物が有るんだろう。

 でも、どうしてそこまで仲良くなれたのか、繰り返しの中で何度も敵対していた二人を知る私は、少し疑問を抱いていた。

 

「んー、まあね。ちょっと疲れたかも……」

「そっか。あのね、スポーツ飲料を持ってきたんだけど……」

「おおっ、気が利くじゃん。ありがと、ケンナ」

 

 ケンナが影の中に手を入れると、そこから有名な青字のスポーツドリンクが現れた。

 そんな光景に何も驚かず、さやかはお礼を言って受け取った。

 そのケンナは、全く疲れた様子を見せていない。それどころか、周りに気配りをする余裕も有る様で、彼女はスポーツドリンクを杏子へ差し出していた。

 

「はい、杏子ちゃん」

「おう、サンキュ。でも、あんまり褒めてやるなよ。さやかに良くねえぞ」

「むっ」

「ま、駄目とは言わないぜ。実際、さやかはかなり強くなってるからな」

 

 仲良く喋りつつも、ケンナは素早くマミの方へ向かっていた。その足取りは華麗で、移動した事を気づかせない程に自然な立ち回りだ。現に、さやかと杏子はケンナの動きに気づいていない。

 

「マミさんもどうぞ」

「ありがとう、環之小鳥さん」

「あ、ケンナで良いです」

「そう? じゃあ、ありがとう、ケンナさん」

 

 マミも嬉しそうに受け取って、ちゃんとお礼を告げている。

 私から見ても、機嫌の良さそうな雰囲気が漂っている様に見える。やはり、後輩に好意的な視線を向けられて悪い気がする筈もない。勿論、ケンナもマミに対してふんわりとした笑みを向けている。

 

「ほむらちゃんも、飲んで?」

「ええ……助かるわ」

 

 受け取りつつも、彼女の態度に妙な部分が有る事に気づく。何故か、近くに居た筈の私にスポーツドリンクを渡すのが最後だった。嫌われているのかとも思ったけれど、そうではないだろう。

 遠慮がちな対応を取られている気がする。ほぼ初対面に等しい相手に対する物ではなく、旧知の人物への遠慮だ。

 

(彼女がまどかなら、その遠慮にはどういう意味合いが……いえ、そんな事は考えるべきじゃないかしら)

 

 無意識にケンナの行動をまどかに照らし合わせて考えている自分に気づいて、首を振る。二人は別人なのだから、同じ人間として扱うのは危険だ。

 そう思いつつ、渡されたペットボトルの蓋を開けて口を付ける。少し前に飲んだ物とは味が全く異なるけれど、こちらの方が美味しく感じられる。ラベルは見慣れた市販品だけれど、中身には全く覚えが無い。

 マミも、この味に気づいたんだろう。首を傾げながらも、ケンナを見ていた。

 

「あら……これって売ってる奴じゃないわよね?」

「あ、はい。私が作ったんですけど……」

 

 話を聞く限り、自作だったらしい。かなり良い出来だ、とても美味しい。マミ、さやかと杏子も、大いに頷いている。

 

「ああ、結構イケるぞ」

「やるじゃんケンナ、そうだ、今度作り方とか教えてよ」

「美味しいわ。市販品よりずっと良いわよ。ねえ、暁美さん?」

 

「ええ、とても美味しいわ」

 

 マミに話を振られる形で答えたが、その言葉は素直な本心から来る物だ。適度な冷たさと甘みによって、疲労が解けていく様な気がする。

 市販の物より、余程スポーツドリンクとして有用だろう。優しさと気遣いが味の中に染み込んでいる。

 

「本当っ? 良かったぁ……美味しくなかったらどうしようかと……」

「自信を持つべきだと思うわ。本当に美味しかったし、疲れも大分消えた。味も効果も、売ってる物なんかより遙かに素晴らしかったわね」

 

 安堵する彼女に向かって、太鼓判を押す。こうやって、はっきりと賞賛するのが一番だ。遠回しに、迂遠に褒めたって届かなかったら意味がない。

 

「えへへ……ありがとう、ほむらちゃん」

 

 直球の賞賛を受けたのが恥ずかしいのか、頬を赤く染めつつも、ケンナは嬉しそうにした。

 

「っ……」

 

 彼女の態度を見ていると、やはり何処かで見たような気がする。いや、まどかを見ている様な気分にさせられる。その為か、思わず言葉に詰まってしまった。

 そんな私の変化には気づいていないのか、ケンナは胸の暖かくなる様な笑みを浮かべている。そこで気づいたが、彼女自身はスポーツドリンクを飲んでいないし、持っていない。もしかして、自分が飲む分を私に渡したのか。

 マミとの接触は予定内だった様だし、そう考えるのが自然だ。途端に申し訳ない気分になり、私は半分減ったペットボトルを弱めに握った。

 

「ねえ、貴女の分は無いのかしら」

 

 尋ねてみると、彼女は小さく頷いた。

 

「うん。うっかり自分のを作ってくるのを忘れちゃって……」

 

 てへへ、と恥ずかしそうに「うっかりさん」のフリをしているが、それが嘘である事くらい、私にだって分かる。

 思わず、私は自分の持っていたペットボトルを差し出していた。飲みかけだけれど、それでも飲んで欲しいと思った。

 

「良かったら、私のを飲んで?」

「えっ。あ、ううん、いいよ。私は平気だもん」

「それでも、よ。私の気が済まないわ」

 

 そっと渡そうとしたのだが、彼女は目を逸らして顔を赤くした。私の飲みかけは嫌なのかな、と不安になったけど、そうではないらしい。

 

「か、間接キスになっちゃうし……」

「あっ……そ、そうね」

 

 言われて初めて気づき、私はペットボトルを下げた。別に間接キスになっても良いんじゃないかと思う気持ちも有ったけれど、相手が恥ずかしがっているんだから、押しつける訳にも行かない。

 でも、どうしてだろう。その光景を想像すると、瞬く間に恥ずかしい気持ちになったので、それを誤魔化す為にもう一度スポーツドリンクを飲む。

 爽やかな味が沸騰しかけた心を冷ましてくれる感触が、とても心地良い。

 

「さっきも言ったけれど、凄く美味しいわ。ありがとう」

「う、うん、どういたしまして」

 

 お互いにほんのり赤くなりつつも、見つめ合う。正体不明の照れに負けて先に目を逸らしたのは、私の方だった。

 逸らした視線の先には、さやかが居た。彼女は悪戯っぽく、あるいは感心した様子で私とケンナを見比べていて、その表情があまりにも苛つく物だったので、思わず睨みつけてしまう。

 さやかは「おお怖」とだけ言って、杏子の後ろに隠れた。ふざけた態度だと思ったけれど、そういう明るい部分こそ、美樹さやからしいとも感じた。

 

「さてっ、みんな学校から飛び出してきた事だし、ちょっと遊びに行きましょうかっ」

「はい! 賛成!」

 

 手を叩いて告げられたマミの提案に、さやかは杏子の影に隠れたまま手を挙げて賛成の意思を告げた。

 

「あたしも行くけど、ケンナは?」

「うん、私も行くよ。ほむらちゃんはどうする?」

 

 ケンナに聞かれて、少し考える。彼女達との関係は、今の所すこぶる良好だと言えた。

 少し前の私なら、魔法少女の真実によって崩壊するかもしれない関係を築くのを避けようと思ったかもしれないけれど、今は何の問題も無い。

 

「……行かせて貰うわ」

 

 拒否する理由は一つも無い。そう判断して、頷く。

 すると、ケンナは表情を今までより数段明るくして、私の手を勢い良く握った。

 

「一緒に歩こう、ほむらちゃん」

「え、ええ」

 

 押される様に、私はケンナに手を引かれていった。

 周りにはマミやさやか、杏子が居て、妙に弱い私の姿を見守っている。

 このメンバーで何処かへ遊びに行くなんて、何時ぶりだろう。考えてみると、何故だか、そう昔の事ではない気がした。

 不思議だ。私がこの人達としっかり関係を結んでいたのは、かなり前の周回だった筈なのに。

 ただ、私の手を握るケンナだけは違う。彼女の手の感触は、私にとって覚えの無い物だった。だが、同時に、ひどく覚えの有る物でも有った。

 

+-----

 

 ケンナに連れられて来たのは、見慣れたショッピングモールのフードコートだった。まどかと一緒に来た事も有る、私にとっては思い出深い場所だ。

 マミが正面に居て、その左右にさやかと杏子が座っている。対面には私とケンナが居て、各自思い思いの飲み物や食べ物をトレイに置いていた。

 会話の内容は、先程の魔獣や魔法少女の話だ。共通の話題なので、かなり話が進みやすい。

 

「それにしても、ケンナさんは凄いわね。かなりの素質が有るみたい」

「ええ。私達の中でも、圧倒的な能力を持っているわ」

「あはは、それほどじゃありませんって……」

 

 今は、マミと私がケンナを賞賛して、彼女を照れさせている最中だ。

 赤面し、酷く照れているケンナだけど、謙遜が過ぎると思う。私達が戦った魔獣の内、半分はケンナが片づけた物なのだ。ただ、立っているだけで魔獣を潰していく姿は、頼もしいのを通り越して畏怖さえ覚えさせる程である。

 新人故か、彼女の立ち回りには僅かに隙が見え隠れしていたが、固有魔法の強大さが全てを帳消しにしている。

 なら、さぞ消費される魔力は激しい物になるだろうと思っていたのだが、それも違った。

 

「本当に、ケンナさんのソウルジェムは濁ってないわね……この奥で光ってるのは、呪いとは違う物なんでしょう?」

「あ、はい。こういうデザインなんです」

 

 あれだけ派手に戦ったというのに、彼女のソウルジェムは全く濁っていなかった。

 そのソウルジェムも特徴的な物で、先端部分に翼の様な物が生えていて、桃色の奥底で闇色に輝く光りが見て取れた。その色合いは呪いにも似ていたけど、決定的に違う物だ。

 

「グリーフシード、本当に要らないの?」

「うん」

 

 必要なら私の分を渡しても良いと思っていたけれど、本当に必要無い様だった。彼女のソウルジェムは、微かな不穏さを思わせる妖しげな輝きを纏ったままで、何一つ問題は無い様だ。

 

「あ、でもね……実は私の魔法、ちょっとした特技が有るの。ほむらちゃん、使った後のグリーフシードを渡してくれないかな?」

「ええ、良いけれど。何に使うの?」

「それは見てのお楽しみ、だよ」

 

 言われるままに、私の使用済みグリーフシードを手渡して、指先が触れた。さっきまで繋いでいた手の感触は、変わらず素敵な気持ちを抱かせる。

 

「これを、置いて……」

 

 硬直した私の姿を不思議そうに眺めつつも、彼女は私から受け取ったグリーフシードをトレイの上、ジュースとフライドポテトの間に置く。

 そして、彼女は片手で自分のソウルジェムを握り込んだ。それが一瞬光ったと思うと、トレイの真ん中から黒い液状の影が生まれ、さながら底無し沼の様にグリーフシードを飲み込んでいった。

 十秒も経てば、それは何事も無かったかの様にプレスチック製のトレイに戻っていた。だが、上に乗っていたグリーフシードだけは、何処にも見当たらなかった。

 

「こんな風に、使った後のグリーフシードを回収出来るんです」

 

 私達へ向かって、ほんの少し得意げな様子を見せるケンナ。

 見かけの格好良さとは違って、可愛らしい。もう何度思い浮かべたか分からない感想を抱きつつも、私は彼女が起こした現象に驚きを隠せなかった。

 何せ、使用済みグリーフシードを処理する能力を持っているのは、私が知る限りではインキュベーターだけだったからだ。

 

「凄い技ね! 最近キュゥべえを見かけないから、助かるわ」

 

 マミも私と同じ驚きを抱いた様だが、すぐに受け入れていた。

 不思議な事に、この世界に至ってからあの憎き宇宙生物を一度たりとも見ていない。マミが知っているのだから存在はしているらしいが。

 だが、奴に頼るのは正直に言って、今でも少し抵抗が有る。ケンナが彼らにしか出来ない仕事を代行してくれるなら、とても頼もしい。

 

「その能力、何か制限は有るのかしら。呪いの塊を取り込むなんて、危険だと思うけれど」

「心配してくれるの? でも、大丈夫だよ」

 

 詳しい説明をするつもりは無い様だが、不思議と、ケンナの言葉には私を納得させ、引き下がらせる要素が含まれている。

 

「ありがとう、ほむらちゃん」

 

 ああ、この子は何から何まで特別仕様の魔法少女だ。能力が、その存在が、何より性格が、私にとっては特別過ぎる意味を持っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、そういえば。ほむらちゃんは魔法少女やって長いの?」

 

 自分の中の何かを誤魔化す様にコーヒーを飲み干していた私に、彼女は尋ねかけてくれた。

 積極的にこちらへ関わろうとしてくれる事が好ましい。これが他の誰かなら『鬱陶しい』と感じるかもしれないが、ケンナに対しては悪感情一つ浮かばない。

 まどかに似た印象の相手だからかな。そう思いつつ、私は返事をする。

 

「ええ、割と長いわ」

「そうなんだ。私なんか、まだまだ新人なんだよね」

「全然そうとは思えないんだけど……そうね」

 

 新人で、強力過ぎる魔法少女。ああ、まどかみたいだ。

 

 

「なら、いっそ私と一緒に戦ってくれないかしら」

 

 

 まどかを頭に浮かべていたからか、無意識の内に言葉が出ていた。

 

「あっ……いえ、何でも……」

 

 慌てて首を振り、誤魔化そうと試みる。

 私は、何を言っているんだろうか。今日会ったばかりの相手と、打算抜きで一緒に居たい、一緒に戦って欲しいと感じるなんて。

 やっぱり、私はケンナをまどかと重ねているんだろう。見かけは違うのに、中身が程近いからか、気づいた時には『この子と一緒に居たい、助けたい』と思ってしまう。

 酷く浅はかで、愚かな考えだ。私は、まどかが守った世界で戦うと誓ったじゃないか。

 まどかが居ないからって、彼女の代替品を求めるなんて、ケンナに対しても、まどかに対しても不誠実極まり無い。

 

「ほむらちゃん、どうしたの?」

「何でもないわ……」

 

 私の心が一気に暗くなった事を気づいたのか、ケンナは心配そうに顔を覗き込み、『何か有ったのかな』と言いたげに見つめてくる。

 そんな所も、凄く似ている。これで外見が同じだったら、私は泣いて抱きついただろう。

 

「……」

 

 私の顔を黙ってじっと見つめると、何時からか、ケンナは薄く微笑んでいた。

 少々の居心地の悪さを覚えつつも、彼女の声はしっかり聞き取れる。

 

「ね、ほむらちゃん。私と一緒に戦ってくれるって、本当?」

 

 期待を帯びた声音を、私へと向けてくる。うっかり言ってしまった言葉は、ちゃんと彼女へ届いていたらしい。

 不味い事を言ったと思いつつも、私は喜びを隠せなかった。

 私の本能が、彼女と一緒に戦える事を狂喜しているのだ。それは、どれほど理性を駆使しても止められる物ではない。

 

「……本当よ」

 

 私に出来たのは、本能の名ずるままに頷く事だけだ。

 

「良いの? 私、迷惑をかけちゃうかも……」

「迷惑だなんて、そんな風に言わなくても良いのよ。貴女を大切に思ってくれる人は、きっと沢山居るんだから」

 

 まどかを大切に思っている人が沢山居る様に、ケンナを大切に思っている人だって沢山居ると思いたい。そんな気持ちを秘めた。

 その発言を聞くと、ケンナは私の感情を読み取るかの様に、しっかりと両目を合わせ、私の逃げ道を封じ込めた。

 

「だったらさ、ほむらちゃんは私の事をどう思ってるの?」

「……」

 

 余りにも答え難い問いを向けられ、返事が出来なくなってしまう。

 言葉に詰まった私の様子を見て、ケンナは慌てた。

 

「い、意地悪な質問だったかな。それに、今日会った相手に聞く事じゃないよね。ごめん、忘れてくれないかな」

「ええ……答えられなくて、悪いわね」

 

 今はまだ、ケンナに対して総合的な評価を行う事は出来ない。彼女という人間を見ようにも、外見以外がまどかに近すぎて、目が眩んでしまう。

 

「良いって。それよりも、これからよろしくねっ」

「ええ、よろしくお願いするわ」

 

 何だか誘導された様に感じつつも、私はケンナと握手を交わした。

 気づけば、そんな私達を三人がじっと見つめている。特に、さやかは不満げに頬を膨らませていて、とても目立つ。

 

「ねー、ケンナ。あたしは?」

「あははっ、さやかちゃん、杏子ちゃんもこれからよろしくね! 巴先輩も……」

「マミで良いわよ?」

「じゃあマミさんもっ。よろしくお願いします!」

「ええ、それで良いのよ。よろしくね、ケンナさん」

 

 親しみの籠もった言葉に喜びを覚えているのか、マミは表情をかなり緩ませている。

 改めて全員に挨拶を告げ終えると、ケンナは自分の買ったフライドポテトを食べ始めた。猫舌なのか、冷めるのを待っていたらしい。

 「あちちっ」と言いながら食べている姿を眺めつつ、私も自分の買った食べ物を口へ運ぶ。誰かと一緒に食べるのは、美味しい物だ。

 

「にしても、魔法少女が同じ町で群れるなんてなぁ」

「あら、駄目かしら?」

「いや、駄目じゃねえけど……」

 

 マミと杏子の話し声が横から聞こえてくる。二人の関係は私が知る物と大差無いらしく、昔は師弟関係だった様だ。その証拠に、杏子の態度はマミに対してはかなり緩かった。

 

「私達は、円環の理に導かれるその日まで、戦い続ける宿命だけど……何も一人で戦う必要なんて無いわ。一緒に戦う人は、多い方が幸せだと思うのよね」

「まあ、な。それは、分かる」

「ふふっ。一匹狼だった佐倉さんは何処に行っちゃったのかしらね」

「それは、その。まあアレだ。心境の変化、って奴だな」

 

 朗らかに会話を続ける二人。それを認識しつつも、私は内心の変化を悟られない様に、コーヒーをもう一口飲んだ。

 円環の理、その単語を聞くだけで胸が締め付けられる気分になり、内面で自意識が大暴れする。普段からずっと私を苛み続ける寂しさと辛さが、瞬間的に引き上げられていた。

 だって、その理の正体が鹿目まどかと呼ばれた少女である事を知っているのは、私だけだから。

 

「それにね、ケンナさんも暁美さんも実力は十分みたいだし、一緒に戦ってくれると助かるの。二人とも、良いかしら?」

 

 心は恐慌する寸前だったが、それでも聴覚はしっかりとマミの声を捉えている。

 彼女としても、私やケンナと衝突する気は全く無い様で、この五人で見滝原を守って行きたいという決意が現れている。杏子とさやかが居るからか、今の彼女には孤独さが見えなかった。

 何とも、羨ましい事だ。そう思いつつ、私はマミの言葉に賛同した。

 

「ええ、よろしくお願いするわ」

「よろしくお願いします、マミさん」

 

 遅れてケンナが小さく頭を下げる。背が高い為か、何だか不思議な感じがした。

 ともあれ、私はこれから五人で戦っていく事になる様だ。嬉しい様な、残念な様な気分になる。死に場所を探していた私にとって、仲間が居るのは良くも悪い事だった。

 

「そうと決まればっ、チーム結成を祝って今日は食べまくろう!」

「ああ、そうだな!」

「もう、美樹さんも佐倉さんも。食べ物となると動きが早いわねぇ……」

「あはは……二人とも、手持ちのお金は大丈夫かな?」

「大丈夫っ、ちゃんと用意して来たよー」

「折角だしな、ケチな事なんて言ってられるかよ」

 

 楽しそうな会話。私は、それを壁を隔てたの向こうの光景みたいに眺めていた。彼女達の空気に入り込めず、一緒のテーブルを囲んでいる筈なのに、何だか取り残されてしまった様な気がする。

 まどかを知らない彼女達に関わるのは、少し辛い。率先して会話に入り込む程の気力は無かった。

 そんな私を一瞥したかと思うと、ケンナは自分の買ったフライドポテトを一本摘んだ。

 

「ほむらちゃん、フライドポテト食べる?」

「……ええ」

「じゃあ、はい。あーん」

 

 押される形で口を開くと、そこに彼女の持ったフライドポテトが入ってきた。適度に冷めたそれはジャンクフードらしい味だったけれど、ケンナに食べさせて貰った為か、普段より数十倍美味しい。

 

「えっと、美味しかった?」

「美味しいわ」

 

 素直に答えると、ケンナは私に微笑んでくれた。その笑みの作り方が、やっぱりあの子にとても似ている。

 だから、だろうか。沈んでいた気持ちが、周囲に作っていた壁が、不思議なくらいの早さで溶け落ちていく。さやか達の様にはしゃぎはしないけど、それでも多幸感が胸の中で広がり、踊りたくなるくらい弾む。

 

 彼女が私なんかに構ってくれるのが、少し、ううん。かなり、嬉しかった。

 

 

+----

 

 

 

「あ、もうこんな時間……」

 

 ケンナが時計を見た時、私はやっと今の時間を認識した。

 チーム結成が決まってから、私達はずっとフードコートで話に花を咲かせ、正しく『友達付き合い』という物を続けていた。

 それが余りにも楽しかったからか、それともケンナが話しかけてくれるのが幸せだったからか、私はすっかり時間を忘れ去っていて、気づけば外は酷く薄暗くなっていた。

 

「ん、そろそろ帰らなきゃね」

「ああ、明日も学校だしな」

 

 さやかと杏子が席を立つ。二人、特に杏子は相当な量を食べていた筈なのに、食べ過ぎに見えないのが不思議な物だ。

 二人の行動を合図にして、私達は一斉に立ち上がった。トレイは既に返却したので、後はゴミ箱へ捨てれば良い物しか残っていない。

 各自、近くに有ったゴミ箱へ捨て終えて、同じテーブルの前へと戻る。

 それにしても、本当に楽しい一日だった。しかし、そろそろ今日も終わる頃だ。魔獣が出現しなければ、後は家に帰るだけ。

 少し寂しいけれど、また明日が有る。素晴らしい事に、明日が有るんだ。

 

「佐倉さんは美樹さんの家に住んでるのよね。私も、途中まで一緒に行って良いかしら」

「はいっ、大歓迎です!」

「ああ、好きにすれば良いじゃねえか」

 

 三人は一緒に帰る事を決めたらしい。生憎、私は別方向だから、それは無理だ。

 それにしても、杏子がさやかの家に住んでいるなんて。二人の仲はすこぶる良好な様だし、私の知らない所で何かが有ったんだろう。

 繰り返しの中で、そんな状況が訪れていたら、かなりやり易かっただろうに。そんな事を、少しだけ考えてしまう。

 

「ケンナ、一緒に帰っても良いかしら?」

 

 さやか達と一緒には帰れない様だし、あの三人の仲に居てもきっと居心地が悪い。そう思った私は、ケンナに尋ねていた。

 彼女の家が何処に有るのかは知らないけれど、とても一緒に帰りたい相手だった。だからこそ声をかけたのだが、ケンナは申し訳無さそうに首を横へ振る。

 

「ごめん。私の家ってちょっと遠いの……」

 

 断られてしまった。その事をちょっとだけ寂しく思いつつ、私は食い下がる。放課後の時はあちらから誘ってきてくれたんだから、行ける筈だ。

 

「でも、貴女みたいな綺麗な子が暗がりに一人で歩くなんて、危ないわ。良かったらそちらまで送って行っても良いし、バスを使っても……」

「心配し過ぎだよぉ。私、魔法少女だから平気だもん。それに、それを言うなら、ほむらちゃんこそ一人で歩くのは危ないよ? ほむらちゃんって、自分には凄く疎いし」

 

 反撃の言葉を受けて、私は返事に詰まった。

 言われて当たり前だと思いつつも、私は、彼女の言動に違和感を覚えていた。

 だって、私は自分の家の方向は教えたけど、何処に有るのかを教えていないのだ。なのに、どうして家が遠いなんて言えるのか。余程遠くに有るのかとも思った。けど、それなら見滝原中学の校区からも外れる筈だ。

 

「確かに、一人じゃ危ないかもしれないわね」

「でしょ? そうだ、ほむらちゃんのお家まで一緒に帰ろうよっ……駄目かな?」

「……貴女は私の家が何処に有るのかを知らないでしょう」

「平気平気っ、大丈夫だよ。でも、心配してくれてありがとう。私、ほむらちゃんに心配して貰えて嬉しいな」

 

 朗らかな表情に癒されつつも、私は内心で確信していた。

 やっぱり、ケンナは私の家が何処に有るのかを知っている。だって、彼女が口にした『平気』という言葉は、まるで『貴女の家の場所は知ってるから大丈夫』とでも言う様な雰囲気だったから。

 今まで抑え込んでいた不信感が首を上げた。言動がまどかに似ている、態度がまどかに似ている。そして、とても不明瞭な存在感と、異様なデジャヴを起こさせる固有魔法。それら全てが、たまらなく奇妙で、酷く気になって仕方が無い。

 

 私の視線を受けたケンナは、何も気づいていない様子のままだ。無防備かつ無警戒で、私に対して無条件に好意を寄せてくれている。

 

 でも、私は我慢出来ずに尋ねていた。

 

 

 

 

「ねえ、もしかして……あなたの家なんて、何処にも無いんじゃないの?」

 

 

 今まで穏やかな笑みを浮かべていたケンナの顔に、邪悪さが宿って……

 

 世界が、暗転する。

 

+----

 

 

「あっ……」

 

 覚醒した私は、思わず声を漏らした。

 被っていた布団を持ち上げて、身体を起こす。寝起きだからか少し頭痛がしたので、軽く頭を押さえた。意識はぼんやりとしていたが、鈍痛は面倒なくらい私を襲っている。

 あのフードコートでの夢を見た。転校初日にチーム結成祝いで楽しく話した時の、あの日の夢だ。

 でも、最後の部分だけは違った。あの日、私は結局、決定的な事を聞こうとはせず、ケンナは私の家まで一緒に歩いてくれた。

 だから、最後の瞬間の邪悪で恐ろしい顔なんて、私は見ていない。見ていないのに、夢の中のケンナは酷い表情で私を捉えていた。

 

 それはきっと、私が彼女の事を不気味に思っているからなのだろう。

 あの日以来、私は彼女の自宅の場所を知ろうとして、次の日も、その次の日も、ケンナに尋ねかけた。けれど、ただの一度も答えが返ってくる事は無かった。

 何時聞いてもケンナは怒らなかったし、鬱陶しそうにもしなかった。ちょっと困った表情で誤魔化したり、あるいは謝ってくるのだ。

 

 どうしてそう、頑なに拒むんだろう。どうして私は、そこまで拘るんだろう。

 

 彼女に教えて貰えないのは寂しいけれど、きっと相応の理由が有るのだろう。違う時間を生きていた私には、『信じて貰えないから話さない』という選択が心から理解出来る。

 その『相応の理由』を、私は知らなければならない気がした。彼女の隠し事を知れば、何かが見えてくる筈だ。そんな確信が有った。

 

「環之小鳥ケンナ……わのことり、けんな……」

 

 半分くらい眠る寸前の頭で私は考えて、机に置いてあった電話を手に取る。本人に聞くのは気が引ける、なら、手掛かりになりそうな人物に聞いてみるのが一番だ。

 幸い、今日は日曜日である。ケンナとは昨日遊んだばかりだし、今日は誰と約束をしている訳でもない。スケジュールも空いている。

 ケンナが絡む事で何か考えるとすれば、今日が一番だろう。

 

「もしもし……杏子?」

 

 そんな寝起きの勢いからか、私は杏子の携帯電話に連絡を入れていた。




1話の冒頭にちょっと重要なのを追加しました。
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